2026年8月12日 (水)

欠陥法案、続々、もうこの国を愛せない(4)~国会閉会後はというと

 高市首相の熊本地震の被災者避難所の視察が「3分」に過ぎなかったと報じられ(「田中龍作ジャーナル」2026年8月3日)、拡散されると、氷川中学校の滞在時間は五十何分だと、内閣広報官が反論する羽目になった。https://tanakaryusaku.jp/2026/08/00033801

 朝日新聞8月4日の「首相動静3日」によれば、避難所の氷川中学校到着3時13分、視察が午後3時21分から34分、35分から54分までが被災者との意見交換をしたことになっている。実際に、避難所になっている氷川中学校の教室に滞在したのはかなり短かったことは推測できる。その前には、校長室で地元住民との意見交換が行われていたらしい。また、首相官邸からは、BGM付きの首相の「熊本視察動画」が発信されたことも批判されている。たしかに、真新しい防災服を着て、走るように移動する動画は、子どもが燥いでいるのようにも見える。6日経っての視察先での「激甚災害指定」の宣言といい、予備費からの200億円で「国ができることはすべてやる、先手、先手で」との発言は、失笑をかった。電気、水、道路を断たれ、家を失い、瓦礫の中で暮らす被災者や車中泊を余儀なくされている人たちをさかなでしないか。災害の政治利用、パフォーマンスといわれても仕方がない。
 折も折、8月1日、2024年1月の能登地震の復興計画の一環での公営住宅整備3100戸のうち、2棟14戸が七尾市に完成し、入居した旨の報道がなされた。2年半以上がたってもこんな状況であることを知らなかった私は驚いた。この事態を、物々しく、いかにも復興が進展しているかのように報道する方もおかしい。遅れているのはなぜなのか、何がネックなのかことこそ深堀りするのが報道ではないのか。能登半島地震、今回の熊本地震の復旧・復興対策一つをとっても、後手、後手の結果ではないのか。

 6月末には「日本成長戦略概要~「強い経済」の構築による、強く豊かな日本列島の実現~」が明らかになった。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/jgs2026gaiyou.pdf(内閣官房)

 また、7月21日、政府は「骨太方針」を閣議決定した。その中の「安全保障の強化」という項目には「5年以内の防衛力の変革を明記。その一環として、有事に備えて弾薬などの生産ラインを維持するため、工場を国が保有し運営は民間に委託する「公設民営化」の検討を盛り込ん」でいる(東京新聞7月22日)。

 さらに、政府は8月4日の閣議で、2026年版「防衛白書」を了承したのである。無人機や人工知能(AI)を活用した「新しい戦い方」の出現を踏まえて1章を創設した。「新しい戦い方」って、いったいどこと戦うというのか。中国と太平洋進出や中国とロシアの動向を念頭に置いているという。すでに今年の3月、熊本市の健軍陸上自衛隊駐屯地に、住民の反対を押し切って、中国の沿岸部や北朝鮮が射程に入る長距離ミサイルが配備された。10年かけて、各地に配備、反撃能力(敵基地攻撃能力)を高めるというのだ。防衛費の総額は、9兆353億円(対前年度比+3.8%)で、長距離ミサイルを含むスタンド・オフ防衛能力分野では、総額の約1割の9733億円で、2023年度から5年計画で毎年1兆円近くが計上されて来た。重点分野の内訳は、以下の通りである。

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【参考】

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jijicom 2025年12月26日より

 物価対策の一環としての食料品消費税減税のはずであったが、8%を1%に下げたところで、生鮮食品を含む食料品の物価上昇はすでに、7%をとっくに上回っていることは、多くの国民はスーパーや生協での支払いで実感済みである。来年4月からの2年後に8%に戻すという。8月5日、財源を示さないままの閣議決定であるが、8月6日の首相の記者会見では、2年後には「私が責任をもって、8%に戻す」覚悟?が確認されている。

   8月7日には、農林水産省は、食料自給率を公表した。図表に見るような長期推移を以下のように分析している。
「食料自給率は、長期的に見ると、米の消費が減少する一方で畜産物や油脂類の消費が増大する等の食生活の変化により、低下傾向が続いてきましたが、2000年代に入ってからは概ね横ばい傾向で推移しています」

 たしかに、横ばい状態が続いているが、カロリーベース37%というのは過去にもあったが最低である。カロリーベースの自給率の計算式は以下の通りとなる。

カロリーベース 食料自給率 = 国産供給熱量÷ 国内総供給熱量
= 1人・1日当たり国産供給熱量÷ 1人・1日当たり総供給熱量
= (830kcal/人・日)÷(2,237kcal/人・日≒37%

   この食料自給率は先進7カ国(G7)の中で最も低い水準で、食料供給のうち、国産で賄えない63%分は米国(26%)やカナダ(11%)、豪州(10%)などからの輸入に頼る。自給率が下がれば紛争や為替変動などの影響を受けやすく、食料安全保障上のリスクとなるわけである(jiji.com 2026年8月7日)。 品目別の自給率はでは、米が96%、野菜73%、魚介類46%、砂糖類33%と続くが、果実28%、大豆25%、小麦になると17%となる。相当危ういことになってはいないか。知っているようで、この数字を目にするとあらためて驚いてしまう。物価上昇に歯止めがかからないのは、ここにも原因の一つがあるようだ。

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jiji.com 2026年8月7日より

 【参照】 
農林水産省(2026年8月7日)
令和7年度食料自給率(カロリーベース・生産額ベース)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-20.pdf

 こんなことを調べたり書いたりしていると、心はますます萎えてくる。この辺でやめたいと思う。

 

 

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2026年8月 7日 (金)

比屋根さんが亡くなられた、さびしいです。

  8月2日、比屋根照夫さんが亡くなられた。今朝の毎日新聞で知った。最後にお会いしたのが、2017年8月1日、松本三之介先生の『「利己」と他者のはざまで』(以文社)の出版を記念しての会だった。日付まで覚えているのは、長兄の命日でもあったからである。会は、生家にも近い池袋のお店だった。比屋根さんは、大田昌秀元知事の県民葬の準備で多忙の中、上京されたとのことであった。会は、先生の新著の合評会を兼ねて、参加するには必ずレポートするよう、世話役の友人から言われていたのだが、私には、かなりきつかった。あとは、先生と参加者の議論をひたすら聞くばかりだった。

参照「『「利己」と他者のはざまで』に触れて」(2017年8月 3日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2017/08/post-5537.html

  私は、大学では松本ゼミでもなかったのだが、卒業後、同期のゼミ生だった友人から声がかかって、ゼミ旅行や「飲み会」に誘っていただくことがあった。 比屋根さんとは同じ年のはずだが、大学でご一緒していたわけではない。琉球大学を卒業後、東京教育大学の大学院で松本先生の指導を受けられた後、琉球大学で教鞭をとられている。本土復帰前に日本に留学するには、入国審査が必要だったという話をされていた。「沖縄近現代思想史研究の第一人者」紹介されることが多く、私も「伊波普猷」の名を初めて知ったのが比屋根さんの論文であったが、他の多くの著作を読んでいるわけではない。

 比屋根さんとは、もう一つの思いがけない“接点”があったのである。私は、少しばかり沖縄の歌人、沖縄の短歌、平成期の天皇夫妻が詠んだ沖縄の短歌について、調べていたことがあった。
 そこでなんと、比屋根さんの若き日の短歌に出会ったのである。1958年3月の『短歌研究』の〈沖縄の歌と現実〉特集は、吉田漱による沖縄の歴史・政治・経済の現状と歌壇についての丁寧な解説と作品集を収めていた。編集の杉山正樹は「ジャーナルの上でやや置去りにされがちな沖縄の諸問題を島民の切実な“地の声”を中核として」企画したと記しているのだが、その作品集の中に、つぎの一首を見出したのである。

・絶望に通ずる道を歩むに似たり一日一日のかなしきいとなみ
 比屋根照夫(「琉球(新報)歌壇」)

 『琉球新報』の「歌壇」に発表された年月日は、調べればわかるのかもしれない。そこまではしていないのだが、比屋根さんが18歳の頃の短歌であったろう。とうに短歌とは離れているそうだが、当時の沖縄の行く末を嘆いての一首である。詠まれた状況は、なんと昨今の沖縄のみならず、日本の行く末にも通じるものがあって、愕然とするのであった。

参照「沖縄とジャーナリズム(1)短歌ジャーナリズムはどう向き合ったか」(2015年6月29日 )
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/06/post-cfd1.html

「沖縄タイムス」(8月6日)は「沖縄近現代思想史研究の第一人者で沖縄の政治や社会状況に積極的な発言をした」と報じている。もう一度、電話ででも、今の沖縄について、短歌についての話をお聞きしたかった。
 ご冥福を祈ります。

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1974年8月、松本ゼミOB研修旅行、「自由民権の地 弾正が原」にて。碑に向かって中央左のシャツ姿の松本先生、その後ろに立つのが比屋根さん。山形で山形大学の二人と先着組に合流、蔵王温泉のこまくさ荘と白銀荘に各一泊、
観光のドライブの後は数人による研究発表が二日続いた。この旅行の予定にはなかったが、「斎藤茂吉記念館」にも、急遽立ち寄っていただく。三日目は、会津若松を経て、帰京組は郡山から特急に乗り、私には楽しい旅が終わった。

 

 

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2026年7月31日 (金)

欠陥法案、続々成立~もうこの国を愛せない(3)電気事業法改正の中身

  7月17日の国会の会期最終日のどさくさに紛れて、改正電気事業法も成立した。参院本会議では、共産、れいわ、社民が反対、賛成多数(賛成227、反対16)で可決した。「原発の建て替え可能に」なった旨の小さな新聞記事は散見できたが、「改正皇室典範」報道に比べれば、雲泥の差であった。テレビなどではほとんど報じられることはなかった。

  2026年7月21日、経済産業省は、ホームページの「電気事業法の一部を改正する法律案」が成立しました」の記事には、その法律の趣旨・背景を次のように述べていて、あえて「原子力発電」という言葉を避けているかのようである。

「・ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化により国際的なエネルギー情勢が変化する一方、国内ではDXやGXの進展による電力需要の増加が見込まれている。
・こうした中で、電力の安定供給を確保しエネルギー安全保障を推進するべく、大規模な地域内・地域間送電線の整備の促進や大規模電源の整備の促進等による供給 力の確保、電気事業の安定的・持続的発展のための環境整備、太陽電池発電設備等の安全性の向上等に関する措置を講じる。」

 さらに、「法律の概要」を、素人なりに読んでみたところ、この法律の要は、「大規模電源の整備の促進等のために、経済産業大臣が大規模発電事業者の大規模電源の整備計画を認定し、電力広域機関が整備等に必要な資金の貸付けを行う(財政投融資等を活用)」ことにあり、 同時に、太陽電池発電設備等の安全性の向上のために規制を強化することにあるようなのだ。

 これだけの文言からでは、報道にあるような「原発建て替えに公的融資が可能になる」ことまで読み取るのが、私には難しいが、さらに、経産省は、2026年6月には「原発のリプレースを2040年代までに最大5基、50年代までに最大14基」とする目標を発表している。欧米の例で言えば、一基2兆円を超えるケースもあり、電力会社が投資をためらう現実があるようだ(朝日新聞 2026年7月17日)

  今回の熊本地震にあっても、被害状況が報告される際に、必ず直近の原発、川内、伊方、玄海原発の異常の有無が報告される。九州の西側に大きな活断層があるのが分かっており、未だ同様の強い地震が発生するかもしれないし、未知の活断層もあるかもしれない地震列島からなる日本である。東日本大震災における福島原発のような大事故になるかもしれないのである。     

 2024年1月の能登地震における志賀原発では、東日本大震災の2011年来、2機とも点検のため稼働停止中であったが、強い揺れに加えて高さ3メートルの津波が襲来した。変圧器が一部破損して大量の油漏れが発生、外部電源の一部も使えなくなり、核燃料プールからは水があふれ出たという事実を、北陸電力は、まったく損傷がなく問題ないと発表し、後に訂正したのだった。振り返れば、1999年、2号機着工の直前に起きた臨界事故は、8年間隠蔽されて来たこと、専門家から敷地内の活断層の存在が指摘された経緯もあったのである。以下の当ブログを参照ください。

能登半島地震の映像を見るたびに(2)志賀原発は大丈夫なのか(2024年1月21日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/01/post-32f1ea.html

 東日本大震災時、原発は54基あったが、その後、21基は廃炉が決まり、残る33基のうち、15基が再稼働した。「原発の最大限利用」による40年ルールの例外として60年を超えての運転を可能にした原発もある。2024年10月には東北電力女川2号機(1995年7月稼働)が、2026年1月には東京電力柏崎刈羽6号機(1996年11月稼働)が再稼働している。5月8日には、関西電力美浜3号機(1976年12月稼働)の高温高圧蒸気漏えい事故、2025年2月、中部電力は浜岡3号機(1987年稼働)・4号機)(1993年稼働)の再稼働をめぐっての耐震データの不正発覚、調査中にもデータ隠蔽工作がなされていたとする悪質、かつ組織的な状況が規制委員会から2026年7月に報告された。

  加えて、原発事故が発生した場合の住民の避難経路の不備が指摘され、廃炉で生じた核のゴミの処理・貯蔵場所債決まらないまま、再稼働、建て替えを促進するための公的融資ができるようにしたのが、今回の電気事業法改正だったのである。
  国民に多くを知らせないまま、各電力会社への事故への責任をあいまいにしながら公的融資までして「原発回帰」を強行しようとしている高市政権への監視を緩めてはならない。

  そういえば、岸田政権時代の2023年、閣議決定した「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」で、新たな土地での新設はハードルが高いということなのだろう、既設の原発を「最大限活用する」方針に転じ、廃炉が決まった原発の敷地内で次世代革新炉に建て替え(リプレース)を進めることを決めていた。「建て替え」を「リプレース」などと言い替えたりして、実質「新設」を可能にする、方向転換を打ち出していた。

   高市政権は、すでに3月24日の電気事業法改正案を閣議決定し、「政府は24日、原発などの大規模な電源や送電網の整備を促すため、公的機関による融資を可能とする電気事業法改正案を閣議決定した。データセンターの新設などに伴い電力需要の増加が見込まれる中、電源投資を行う民間の資金調達を政府が補完する仕組みを整える。」と報道されていた(「原発に公的融資可能に 電気事業法改正案を閣議決定」時事通信 2026年3月24日)。さらに、大規模太陽光発電所(メガソーラー)については、10キロワット以上の発電設備を設置する際、工事前に第三者機関による安全性の確認を義務付ける制度も創設する規制強化策も盛り込んでいたのである。

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   夕方、散歩に出ようとしたら、駐車場で猫に出会う。近づいても逃げない。   

 

 

 

 

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2026年7月22日 (水)

欠陥法案、続々成立~もうこの国を愛せない(2)再審制度見直し

再審制度を見直す刑事訴訟法改正案が、7月17日、参院本会議で賛成多数で可決、成立した。見直しの背景には、これまで、さまざまな冤罪事件があった。

冤罪を晴らすための、救済手段である再審制度の不備が、冤罪被害者自身やその家族を苦しめてきた。長期化した再審制度は、服役中に死去したり、死後に無罪が確定したりする現実があり、真犯人捜査を大きく阻害し、迷宮入りにしてきた。

「皇室典範改正案」関係の記事や解説は、大々的に報道されたにもかかわらず、比べれば、再審制度の見直しについては、総じて少なく思えた。7月17日、刑事訴訟法改正が成立した途端、見直しの不備が「懸念」という形で、報じられるようになったような気がする。私の勉強不足もあって、見直しの問題点がなかなか見えにくかったのだが、ようやく少し理解できるようになった。改正後も残る問題点は多い。

 1.検察の不服申し立て(抗告)を原則禁止~布川事件の場合

  これまでの刑事訴訟法の再審開始決定に対する検察の即時抗告を認める規定を削除し、抗告は原則禁止になったが、「十分な根拠」がある場合に限り可能とした。「十分な根拠」の判断は検察に委ねられ、例外規定がある限り、抜け道になりかねない。

  1967年の茨城県布川町の強盗殺人事件では、物的証拠がなく自白と目撃情報のみによって起訴された二人は、無罪を主張したが、1978年、最高裁で上告が棄却され無期懲役が確定した。1983年、2001年の二回の再審請求を経て、2011年水戸地裁で無罪判決が出て、検察が控訴を断念して、無罪が確定した。この間、検察サイドの自白の任意性、信用性が問われ、違法な取り調べ、捜査官の偽証、録音テープの改ざんなどが発覚、再審開始決定がなされたが、検察は即時抗告、2008年には、違憲や判例違反があるとして最高裁に対して異例の特別抗告までしたが2009年に最高裁が棄却、再審開始決定により、上記の無罪判決に至ったのである。検察側の証拠開示の遅れや恣意的な即時抗告、特別抗告によって、裁判は長期化した。1979年の鹿児島県の大崎事件は、第五次の再審請求が審理されていて、4度目の再審開始決定が待たれるところだ。検察の2度の不服申し立て行い、無期懲役の服役中に死亡した1984年の日野町事件については、今年になって裁判のやり直しが確定したのである。この途方もない長い年月の意味をしっかりと考えなければと思う。

<日本弁護士連合会HPより>

布川事件
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/retrial/shien/fukawa.html

布川事件特別抗告についての会長声明
https: //www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2008/080723.html

日野町事件
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/retrial/shien/hinocho.html

大崎事件
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/retrial/shien/osaki.html

2.証拠開示について

 これまで、刑事訴訟法には、再審の際の証拠開示の規定がなく、裁判所による検察への開示勧告しかできず、検察による証拠隠しや証拠捏造がなされ、長期化することが頻繁に起こった。そこで「再審請求の理由と関連した証拠」について裁判所が検察に提出を命ずる規定が新設された。しかし、「再審請求の理由と関連した証拠」という開示証拠の範囲が限定され、全面開示には至らなかった。再審理由との「関連性」が必要性と相当性などにより裁判所によって恣意的に運用される可能性がある。

 上記の布川事件でも、二回目の再審請求の折、検察側の証拠開示は否定的だったのを、従来の裁判所の開示勧告によって新たな多くの証拠によって有罪を覆す証拠が開示されていた。また、1985年の熊本県の松崎事件においては、開示によって、証拠のはずのシャツが事件後に捏造されたものであることが分かり、2019年再審無罪が確定している。

松橋事件
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/retrial/shien/matsubase.html
                                                                                                

3.証拠の目的外使用の禁止について

 再審手続きやその準備の目的以外で、元被告人や弁護人が開示証拠をそのまま交付・提示・提供することを一律に禁止することになった。事件の被害者のプライバシー保護が目的と言うが、捜査や公判の問題をメディアや支援者にそのまま公開すれば、罰則や罰金が課せられることになった。7月17日、日本新聞協会は「報道機関への情報提供に萎縮が生じ、非公開の再審請求審がさらに不透明になることを危惧する」との声明を出した。

 再審制度の見直しのきっかけにもなった1966年の静岡県の袴田事件について、1980年最高裁における死刑判決確定後、1981年、2008年の二回の再審請求がなされた。この間、検察が味噌だるから発見したという事件時の着衣のカラー写真が開示され、弁護団の実験の結果、捏造だとわかり、その後の曲折もあったが、2024年9月静岡地裁の無罪判決が出て、東京高裁は特別抗告を断念、無罪が確定するという経過をたどった。袴田さんとその姉、弁護団、支援者の活動は長きにわたったことを思うと、検察、裁判官たちの組織・自己保身の体質を変えるには、まだ数々の課題が残っているようだ。

 1960年代初め、非常勤講師だった下村三郎先生(東京高裁判事時代?)の「刑事訴訟法」の講義を受けて、単位もとったはずなのに、ああ、いったい何を話され、何を聴いていたのか。あとで、チャタレイ裁判で東京地裁の無罪判決を東京高裁で逆転有罪判決を下し、退官後は、ロッキード事件の橋本登美三郎の弁護人を務めた人でもあったことを知った。

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2026年7月19日 (日)

欠陥法案、続々成立~もうこの国を愛せない(1)

 毎日新聞の栗原俊雄専門記者が、日本国旗損壊罪法案が基本的人権を侵害するものとして強い反対をよそに成立を急いだことについて「≪国を愛さない自由≫」もある」との見出しで解説している(毎日新聞朝刊 7月17日)。いまの私の「もうこの国を愛せない」という心境にぴったりだった。近頃の国の内外の政情を見るにつけ、「鬱」を通り越して「憤死?」への道をたどることになるのだろうか,と。

「皇室典範」については、野党の結束ならず、途方もなく珍妙な改正案が成立した。当ブログでも何度か書いて来た。全体会議を経て、両院正副議長のとりまとめから、政府提出の条文案に至る過程で、先の取りまとめになかった「養子縁組の子が皇位継承権を持つ」という森衆院議長の“失言”を政府提出の改正案条文に盛り込み、それを「立法府の総意」というアクロバット的なすり替えをおこなったのである。この間、木原官房長官、高市首相は、国民の代表である議会の両院正副議長の「取りまとめ」に沿った条文であるといい続け、木原官房長官と共に「将来の検討を先取りしたり縛ったりする趣旨ではない」との答弁を繰り返し、「立法府の総意」であることを強弁した。中道はこともあろうに「将来の検討を先取りしたり縛ったりする趣旨ではない」によって賛成に回ったという経緯がある。

  今回の「国旗損壊罪」を創設する法案は、7月17日、参院の本会議での可決をもって成立した。この法律の守る法益は「国旗を大切に思う国民感情」であり、処罰対象は「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で「公然と国旗を損壊、除去、汚損する行為」なのである。「人間の感情」はさまざまで、簡単に「≪国民≫感情」などと一括りに出来るものではない。しかも、「不快感」や「嫌悪感」などとて千差万別で「著しいかどうか」など何が基準になるのだろうか。素人が考えても、「国旗」に対するさまざまな感情や表現活動は、憲法の思想・内心の自由、表現の自由で保障されているもので、損壊罪の創設は、違憲と言わねばならないだろう。

 法案の審議過程で、法案提出者の維新の議員は、この法律によって「愛国心の醸成」にもつながると発言している。そもそも、この法案は、自民と維新との連立合意にあたって、維新からの提案であったという。立法事実にも乏しく、両党の“お約束”実現に振り回された形だった。さまざまな場合分けをして、処罰の対象になるか否かとかしましい。処罰に至るにはかなりハードルが高いが、国民の国旗への扱いについて、牽制する効果を期待したいのだろう。スポーツや官公庁、教育現場でのイベントなどでの国旗の扱いに、規制や強制が強化されないか不安である。現に、教育現場では、国歌「君が代」伴奏や歌唱の強制をめぐって裁判が続いている。一般家庭や個人ではどれほど国旗への関心があるものだろうか。皇族たちの出先での歓迎の日の丸は、ほとんどが、日本会議や神社本庁が配布しているのが現状である。

(つづく)

 

 

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2026年7月15日 (水)

男女を問わず、皇族たちの人権は?「愛子天皇待望論」って何だったのだろう

   

 前記事と重なる部分もあるのだが、「皇室典範改正案」が成立する見込みが確実になったので、今一度整理しておきたいと思った。地元のミニコミ誌への寄稿も兼ねて。
 「皇室典範改正案」が6月30日に閣議決定されると、大方のマス・メディアは、旧宮家の男系男子を養子とする案への疑念を呈し始めた。たしかに、養子案は荒唐無稽な時代錯誤も著しく、非科学的な「万世一系」に根拠はなく、多くの国民も受け入れ難いのでないか。同時に、新聞などは、自社の世論調査結果を踏まえて女系・女性天皇への期待を、強調するようになった。

 7月10日、衆院での質疑もそこそこに即日、賛成多数で可決したことを受けて、7月11日の三大全国紙の社説は、一斉に、国会運営の強引さと野党国民民主と中道の従来の主張と異なる改正案に賛成したことを糾弾した。与党の恣意的な国会運営、質疑における詭弁、答弁不能、テープレコーダーのような繰り返しにも近い政府答弁に呆れもした。
 きょう7月15日、参院特別委員会審議入りし、16日には委員会採決、17日には本会議で成立の運びという筋書きで、国民そっちのけの国会軽視も甚だしい。しかも、見直しは30年をめどとされ、だれが責任をとると言うのだろう。なんでこんなに息苦しいことになってしまったのか。

 これまでの新聞等の論調を見てみよう。

 朝日は、7月10日「皇室典範改正の暴走」を非難、養子の男性子孫は皇位継承資格を持つという規定は、女性・女系天皇への道を塞ぐものだとし、翌11日には、衆院で改正案に賛成した中道や国民民主などの野党の拙速な対応を追及した。
 毎日も、7月1日、「養子の子に皇位継承権を付与する」という改正案は「女系・女性天皇を封じる意図」することへの疑念を示した。
 読売は、4月16日の社説で「皇位継承の安定 女性・女系を排除せず論じよ」と明言して以来、世論調査を踏まえて、7月1日にも「女性・女系を排さず議論し直せ」と訴えている。女系・女性天皇を容認しないのは、憲法の男女平等に反するという論調から「愛子天皇待望論」が週刊誌やネット上などで噴出した。「改正案」からは、実現に程遠い議論ながら盛り上がりを見せ、まるで、ガス抜きをさせているよう気がした。一方、NHKテレビの15日7時のニュースは、改正案成立が確実になった途端、急になにやら、こまごまと解説を始めるという、いつもの悪質なNHKの手口に終始する。

 現憲法下では、皇族たちは男女を問わず姓を持たず、さまざまな基本的人権を奪われている。改正案の「女性皇族は結婚後も皇族として残る」ということは、基本的人権を奪われたままで、法的な根拠を持たずに増やし続けた「公的行為」「公務」の人材要員となるにすぎない。配偶者や子どもの処遇、住所や生活費はどうなるのかも不明に近い。また、仮に女性天皇が実現したとすると、従来、天皇が背負ってきた義務や重圧を女性皇族までに拡大することになる。女性天皇の配偶者は、子孫はどういう処遇になるのか。いずれも、基本的人権を認めない人間をふやすことになるのではないか。

 本来、皇族といえども、憲法上は、男女を問わず、皇籍を離れる自由、非婚・結婚の自由、子供を持つか持たないかの自由があるはずである。また、天皇は政治的権能を有しないはずだが、果たしてきた役割を省みれば、政権との密接な関係は否定できない。天皇の外国訪問、戦死者・被災者慰霊、皇族たちの種々のイベントへの参加によって、政権の施策の欠落部分を補完する機能を強いられ、利用され続けている現状に着目する必要がある。

 朝日新聞が先の10日の社説で、「象徴天皇制と、法の下の平等や個人の尊重など<人類普遍の原理>という異質なものが憲法に同居しており、完全に整合させることは難しい」とやや踏み込んだ一文あったことに私は注目したのだが、どうなることか。憲法の基本理念と天皇制は相容れないはずである。

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2026年7月 9日 (木)

皇室典範改正の行方~結局、今は何も変わらない

「静謐な環境」って、なに?

 国会の会期が7月17日まで迫る中、6月30日、「皇室典範改正案」が閣議決定した。その原文を見ても一読するにも長く、実に分かりにくい。報道によれば、この閣議決定案には、全体会議での審議がなかった追加条項を盛り込まれたとして、野党が反発し、国会は空転した。なぜか「皇室典範改正案」を最優先とする高市政権は、野党の条件―党首討論、参院予算委員会の集中審議と高市首相の出席などを容れて参院審議を再開するに至った。与野党とも、こと皇室事案になると「静謐な環境」が好きらしい。天皇退位の特例法の時もそうだった。今回、中道、立憲の対応が異なるものの、どうも、賛成多数で成立しる見込みである。 

世論という同調圧力

 「皇室典範改正案」の ① 女性皇族が結婚しても皇族として残る  ② 旧宮家の男系男子を養子にする
という二案とも、今の憲法とは相容れない拙劣な改正案である。いや、現行の皇室典範自体も違憲なのだが。しかし、新聞各紙の社説や世論調査では、さすがに、荒唐無稽で時代錯誤も著しい②案への違和感や疑問を呈する流れが出てきた。非科学的な「万世一系」の疑わしさを指摘する論者もいる。しかし、それとセットで主張されるのが、女系・女性天皇への期待である。たとえば、
 読売新聞は、4月16日に「皇位継承の安定 女性・女系を排除せず論じよ」とし「今の継承順位は変えないことを前提に、将来の女性・女系天皇も排除せず、皇統の存続を最優先に検討すべき」と明言した。7月1日には「皇室典範改正案 「旧宮家」へ皇統が移る恐れも 女性・女系を排さず議論し直せ」、「各紙の社説の多くも懐疑的だ。憲法1条は天皇の地位は「日本国民の総意に基づく」とする。「養子案は国民の総意にかなうだろうか。世論はむしろ、女性・女系天皇を望む声こそ高まっている。その道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい。」とした。

 朝日新聞は、5月12日に「養子案の容認 皇室への信頼保てるか」と題し、「女性・女系天皇への道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる開かれた議論が求められる。」6月9日には「皇族数の確保 養子案には疑問が残る」の見出しで「今後は女性・女系天皇への道を閉ざさず広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい」としさらに、6月12日には「皇室典範改正 「総意」の名に値するか」と題し、「世論はむしろ、女性・女系天皇を望む声こそ高まっている。その道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい」と結ぶ。

 毎日新聞は、6月11日に「安定的な皇位継承 女性・女系排さず議論を」「毎日新聞の世論調査では、女性天皇への賛成は72%を上る。女性・女系天皇を認めるかどうかも含めて検討しなければ、制度面からも国民の理解の面からも、いずれもゆき詰まり兼ねない」と述べ、7月1日には「養子の子に皇位継承権を付与するという男系固執」は、「女系・女性天皇を封じる意図」すると指摘する。どの社説も、自社の世論調査の女系・女性天皇への賛同を踏まえ、議論を加速させたい意向だが、ここにも大きな陥穽がある。

 ①案によれば、女性皇族は結婚後も皇族として残り、従来通り、基本的人権を奪われたままで、法律に基づかないで増やし続けた「公務」「公的行為」の人材要員となるにすぎない。配偶者や子どもとの身分関係が複雑になり、住居や生活費はどうなるのかも不明に近い。かりに女性天皇が実現したとすると、従来、天皇が背負ってきた義務や重圧を女性皇族までに拡大することになる。いずれも、女性皇族の非婚・結婚の自由、子供を持つか持たないかの自由が損なわれる。女性天皇の配偶者になった男性にとっても、子孫を残すという重圧を背負うことになり、基本的人権を認めない人間をふやすことになる。天皇制を憲法の「番外地」としてこの矛盾を放置する憲法学者もいる。新憲法下で天皇は政治的権能を有しないはずが、果たしてきた役割を省みれば、政権との密接な関係は否定できない。外国訪問、戦死者・被災者慰霊、種々のイベントへの参加によって政権の欠落部分を補完する機能を強いられ、利用され続けている現状に着目する必要がある。

 今回の改正「皇室典範」の見直しは30年後をめどにというから、その間に何が起こるか分からない。改正案の無責任さも露呈していることにもなろう。
 この改正案の前提は、現在の皇嗣子から皇嗣子の長男へという皇位継承の順位は”ゆるがせにしない”というので、女系・女性天皇容認を言い立てても、愛子天皇が実現するわけでもない。政権交代ができ、皇室典範を改正して、女性天皇が実現できるようにしたとしても、愛子さんが皇族に留まっているかどうか、結婚していない場合、とどまって結婚し子どもがいない場合、女系を容認しても男女の子どもがいた場合、秋篠宮の長男の処遇はどうなるのか・・・などの課題に直面するだろう。

 女性・女系天皇を容認して、そこまでして「天皇の世襲制」を維持したいというのが世論の大勢と捉えていいものか、私には疑問である。マス・メディアが、愛子さん人気と表面的な「男女平等」志向にすり寄る形で、女性・女系天皇容認の世論を形成してきたのではないかと思うからである。いまは、政府案に反対する事案ではあるが、メディアのミスリードによって憲法の基本理念に反する憲法第一条の存在、象徴天皇制自体の曖昧さ、疑念から国民の目を反らす役目を果たしているのではないかと、思ってしまうのだ。

今すぐできることは

 それでは、いまの私たちがすぐできることはあるのだろうか。はっきり言って、私には、名案は浮かばない。秋篠宮の「皇族も生身の人間」発言に見るように、皇族数減少に対応するには、まずは「活動の規模を縮小するしかない」(2024年11月30日、秋篠宮59歳誕生日記者会見)のではないか。世間での非婚化、晩婚化、少子化は止めようもなく、いわば“お家断絶”も稀でなく、無縁となる墓も続出している。皇族たちの家庭にだって、そんなことは起こり得る。それを無理にでも、つなげようとするのが「改正皇室典範」ではないか。残念ながら、私は見届けることができないが、いましばらく、みずから知り得たファクトをもとに、拙い思いを発信するしかないかな、と。

 

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2026年7月 5日 (日)

来年の歌会始の選者が発表されたが。

 7月1日付の官報で、来年の歌会始の選者が発表された(1738号 5頁)。宮内庁告示7号は、「令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者は、七月一日、つぎの者に定められた。」として、5人の氏名(ペンネームも可らしい)だけが並ぶ、そっけないものだ。各新聞の報道では、年齢と肩書を付しているが、新聞によって、その肩書は微妙に異なる。たとえば、「産経新聞」によれば、以下の肩書が付されていた。(以下敬称略)

永田和宏(79)=歌誌「塔」選者、京都大名誉教授
秋山佐和子(79)=短歌結社「玉ゆら」主宰、日本文芸家協会会員
今野寿美(74)=歌誌「りとむ」同人、現代歌人協会会員
栗木京子(71)=歌誌「塔」選者、日本文芸家協会会員
大辻隆弘(65)=現代歌人協会会員、現代歌人集会理事

 「朝日新聞」では、永田が朝日歌壇選者、栗木が読売歌壇選者という肩書が加わるが、今野が「りとむ」の編集人であること、今年まで「りとむ」発行人三枝昂之・編集人今野が夫妻で選者であったこと、これからも続くあろう「塔」の永田と栗木が選者であることを見ても、かなり偏った人選であることはたしかである。来年は三枝に代わり国学院大学の岡野弘彦師系の秋山が入り、5人のうち3人が女性となった。歌壇、短歌を支えてきた女性たちの数をいささかでも反映したことになるのかもしれないが、女性であればよいというわけではない。女性歌人の力を借りて、少しでも歌会始を盛り上げたい意図が見え隠れする。女系、女性天皇によってでも天皇制を維持をしようとする目論見にも通じ、多くのリベラル派と称する人たちにも支持されていることを思うと、暗澹たる思いにかられる。
  2008年の以下のブログで触れた 選者の男女逆転が今回実現したわけだが、その内実が変わるのか、変わらないのかを見届けたい。
節度を失くした歌人たち―夫婦で選者、歌会始の話題づくりか: 内野光子のブログ  

 「詠進歌」と称して公募した短歌作品は、皇族や選者たちの短歌は入選作とともに天皇に奉じられるのである。「伝統」や「文化」の名のもとに身分制度をあらわにしているのが、「歌会始」ではないか。そして、以下の表にみるように、歌会始選者と国家的褒章制度とは密接にリンクしている。あたらしい選者には、今後の「選者」という功績によって、叙勲や”文化的な栄誉”ある褒章が待ち受けているように思う。この叙勲や芸術選奨、文化勲章などの選定経過については、このブログでも触れたことがあり、選考組織は名ばかりで、各省庁、官邸の意向で進行していることがわかるのだが、詳しくは別稿に譲りたい。

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上の表は拡大できますが、以下のPDFでもご覧になれます。
<近年の歌会始選者の国家的褒章受章歴>ダウンロード - e8bf91e5b9b4e381aee6ad8ce4bc9ae5a78be981b8e88085e381aee59bbde5aeb6e79a84e8a492e7aba0e58f97e8b39ee6adb4.pdf

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通りがかりの方に教えていただいた「ポポー」、花も咲いていたようだが、気づかなかった。熟した実はクリームのように美味という。

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2026年6月30日 (火)

きのうの「NHKニュース7」はひどかった!

 きのうの「NHKnews7」は二重の意味でありえない報道番組であった。

 一つは、サッカーのブラジル戦を6時間後にひかえたという触れ込みで、それは丁寧な解説をしての「番組宣伝」であった。30分番組の12・3分ではと思っていたところ、NHKoneで調べてみると、なんとトップ13分32秒間、延々と続けていたことになる。その後、広島三原市の強盗殺人事件、近鉄の京都駅脱線事故が3分間弱で続いた。その後、衆院定数削減法案が委員長職権で審議入りしたことと皇室典範改正案が自民党部会で了承したことの二件を併せて、たった3分36秒間の放送だったのである。続いて、ベネズエラの地震、中国の対日輸出禁止措置に関して20企業の追加、大相撲名古屋場所番付発表、気象情報で終了。

 公共放送たるNHKが、自分の局の番宣に報道番組の半分近く使うという編成は、どう考えても異常である。もはや受信料納入の根拠は失ったといってもよい。

 もう一つは、皇室典範改正のニュースで、昨日6月28日、富山県の高岡市での中曽根弘文議員による講演の中での皇室典範改正をめぐる発言とその釈明についての放送であった。 

 中曽根議員は、天皇の長女愛子さんには皇位継承はあり得ないし、天皇になっても結婚はむずかしい、という主旨の発言をしたことについて、その発言への批判が高まり、釈明したという内容だった。

 放送では、中曽根議員が「皇位継承をめぐって皇室典範の規定などに触れたうえで「愛子さまはすばらしいが、愛子さまはありえない。『法律だとこういうふうになっている』というのを、しっかり国民に知ってもらわないと、おかしな方向に議論がいってしまう」と述べたことと、「言葉が適切でなったことは反省している。現在の皇室典範などを述べたものだ」と報じていた。

 そして、下のような画面とテロップが流れたが、一瞬、テロップの意味が分からなかったのだ。「皇位継承をめぐり、皇室典範の規定などに触れた上で、“愛子さまはすばらしいが、愛子さまはあり得ない”」??

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6月29日 NHKnews7より。

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6月29日日テレより。

 あわせて、他局のニュースを見ていると、中曽根発言の中身が分かってきた。共同通信によると、講演では、「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」「愛子さまが天皇になった場合には、男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある」とも述べている(6月28日)。また釈明の弁では「皇室典範を根本的に変えれば別だが、今の皇室典範や国会の議論において愛子さまが天皇陛下になることはないということを申し上げ」、結婚する人もいないとの発言についても「世間の期待が高く、個人的な心配を述べた。もちろん愛子さまの幸せな人生を願っている」と語っている(6月29日)。

 また、北日本放送によれば、「愛子さま素晴らしいし、本当に愛子さまの気持ちはよくわかるんですよ。すでに愛子さまはあり得ないんですよ。それでもみんな、愛子さま愛子さまとやっているというのは、マスコミの責任がありますけども、まず法律がこうなっているんですけども、しっかりと国民の皆さんに知っていただかないと、おかしなことがずっと議論が起きてしまう」と、生の発言を記事にしている(6月29日)。

 中曽根議員の発言は、まさに、その通りで、現在の「皇室典範」でも、改正案であっても、愛子さんは天皇にはなれないことは明白である。それを、マス・メディアは、世論調査の結果を踏まえ「女性天皇・愛子天皇」への待望論を展開している。それに、大方の野党、共産党までが、リベラルと称する論者やフェミニストたちまでが、本気でこれに乗じているのが現状である。 そして今回の中曽根発言は与野党からの反発・批判も強めている。
 日付が変わると、女性週刊誌は、女性蔑視のハラスメントではないかとか、「男系男子にこだわりあらわ」(朝日新聞)という記事にまでなってしまうのである。
 ふたたび、NHKのテロップの話に戻るが、「愛子さんの皇位継承はあり得ない」という中曽根発言の主旨を少しでも和らげようと腐心したのではないか。中曽根議員の思想信条とは、およそ相容れない私だが、こと皇室になると、当たり前のことまで口を封じられてしまい、表現が不自由になってしまうことが怖ろしい。

 

 

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2026年6月26日 (金)

「皇室の存続」や女性天皇の議論を認めず、天皇制廃止求める院内集会のご案内

 昨日、「女たちの戦争と平和資料館」から、つぎのような集会案内が届きました。私が「友の会会員」になったのは、数年前に「wamセミナー天皇制を考える」の第3回集会(2021年2月23日)で、「歌会始」について報告したことがきっかけでした。当ブログでも、幾度となく、今国会で決まりそうな皇室典範改正の2案が、憲法の基本理念たる基本的人権と平等に違反するものであることを言い続けてきたつもりです。

 今回、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)と「ふぇみん婦人民主クラブ」の呼びかけで、以下の集会が開催されます。私もどんな集会になるのか出かけてみたいのですが、帰りが遅い時間になるので参加は難しく、賛同署名だけはしたところです。関心のある方は、以下をご覧ください。

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7.3院内集会
<「皇室の存続」や女性天皇の議論を認めず、私たちは天皇制廃止求めます>

日時:202673日(金) 18:20-19:30
場所:参議院議員会館(東京メトロ・永田町駅) 地下1階 B107会議室 (定員80人)
※ 18:00から入館証の配布を開始します。

プログラム(予定)
1. 呼びかけ団体挨拶
2. 声明の趣旨説明
3. 賛同団体・個人によるリレートーク

声明のPDFこちら625日、若干の字句修正を入れました)。
個人・団体賛同を求めています。賛同フォームはこちらFramaForms、締切:202673日正午)。

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