2017年11月24日 (金)

本郷界隈、ほんのひとめぐり

 初めての「文京ふるさと歴史館」~窪田空穂展へ

「文京ふるさと歴史館」というところで、「窪田空穂展」を開催していることを知って、本郷に長らくお住いの友人と訪ねた。展示会は、正確には「季節のうた 歌人窪田空穂 生誕140年・沒50年」というものだった。受付では、65歳以上は無料ですと言われ、私たちは、なんとなく複雑な気持ちで地下の特別展を回りはじめた。

空穂は、若いときは、この文京区内を転々としていたので、ゆかりの地も多いという。1921年から、雑司ヶ谷、現在の目白台に居を構え、亡くなる1967年まで50年近く暮らしていたことになる。展示は、こじんまりとはしていたが、わかりやすいものだった。年譜や生い立ちに始まり、中央には「春夏秋冬のうた」が歌集や短冊などでまとめられていた。また、文京の季節を詠んだ百首、地名を詠み込んだり、地名を小題に付した作品が壁いっぱいに展示されていた。

私も、個人的なことをいえば、文京区竹早町にあった中学校に池袋から都電の17番で通学している。高校・大学は地下鉄丸ノ内線茗荷谷下車で7年間通ったことになる。さらに、浪人中の一年間は、山手線大塚駅前の予備校に通い、初めての職場が、目白の学習院大学で、2年間通勤したのだから、文京区とは縁があり、親しみ深い。さらに、音羽通りの講談社裏にあった、閉鎖直前の東大病院分院に入院していたこともあった。その折、なんと、分院近くの町内会掲示板で窪田章一郎の訃報を知ったのだった。空穂・章一郎終焉の家近くに居合わせたことになる。そんな思い出の数々とともに、地名を詠んだ作品を興味深く読み進めるのだった。 

・咲き照れる桜仰ぎてわが童その手さし伸べ花に触りにけり(植物園)

『土を眺めて』

・目白台わか葉にけぶる空揺すり大きとどろき東より来る

(敵機の襲来を見る)『明闇』

・護国寺の松の木下ゆ秋日照る音羽通りの真直ぐにみゆる(護国寺境内)

『朴の葉』

・豊坂の上より見るや北屋根に残りて白く打ち続く雪(薄雪)

『さざれ水』

 「豊坂」は、空穂が自宅から早稲田大学に通う道であったそうだ。文京区内には名のついた坂が100以上あるとのこと、縁のある私とていくつの坂を越えただろうか。

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本郷三丁目の交差点から春日通りをわずかに進んだ、真砂坂上バス停を右に入る。向かいが真砂中央図書館になる

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囲ったところが歴史館です

         私は今年、空穂没後50年という認識もないまま、戦前の『新女苑』という女性雑誌の歌壇選者をしていたころの空穂について調べていた。その過程で、戦後に出版された歌集に戦時下に発表した短歌がそっくり削除されていたことを知った。その辺の事情も知りたいのだが、今回の特別展では、もちろん触れてはいなかった。生家のあった松本市には窪田空穂記念館があって、様々なイベントが開催されているが、私はまだ出かけてはいない。

 

*空穂について、*以下のブログに記事に書いていますので、ご参考までに。

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2017/06/post-8c97.html
戦時下の女性雑誌における「短歌欄」と歌人たち―『新女苑』を中心に
2017年6月19日 (月)

黄葉の東大キャンパス

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赤門を入ってすぐ

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工学部前の大イチョウ

 東大の銀杏の黄葉が素晴らしいという友人の勧めで、足を伸ばした。友人には、格好の散歩コースのようで、丁寧に案内していただく。キャンパスは、外来者も多く、散歩のご夫婦や家族連れ、カメラ撮影に余念のない人、日曜画家かカルチャーの絵画教室の人たちか、だれもが輝く銀杏の黄葉に圧倒されているようだった。久しぶりの三四郎池も、都心とは思えない静かな佇まいで、私にとっても、秋を満喫した半日となった。

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2017年11月23日 (木)

森友問題、二つの動き~会計検査院報告と近畿財務局長の告発

森友学園、値引き問題の会計検査院報告が出たが?!

 

1122日に、会計検査院から、森友学園への国有財産売却8千億円余の値引き問題に関する報告書が、国会に提出された。先の私のブログ記事にもあるように、すでになされたNHKの検査院長独自インタビューの骨子に沿うものであった。値引きの十分な根拠が確認できないという結論だった。

 

①国交省のゴミ推計量と撤去費用の根拠が不十分、財務省近畿財務局は必要な手続きをしないで売却予定価格を決定したことは適性を欠くこと
②売買契約交渉過程での具体的なやり取りが確認できず、会計経理の検証が十分できなかったので、財務、国交両省に文書の管理の改善が必要であること

 

 政府は、これまで、「適正な処理だった」と言い続け、安倍首相は、第三者のしっかりした独立した機関である会計検査院の調査結果に委ねているので国会で云々することではないという答弁を続けていた。その上「前川前文部事務次官さえ、私が関与してないことを明言している」とか、「籠池氏はすでに詐欺罪で捕らえられている人だ」とか、弁明にならない発言を繰り返してきた。

今回の報告書は、適正な処理、適正な価格、その根拠としての交渉記録は破棄という政府の共通した抗弁に疑義を呈する程度のものだった。しかも、財務省、国交省の担当者が、なぜ異例な対応を繰り返したのかは解明されておらず、適正なゴミの種類や量、撤去費用を具体的に示すこともなく、売買契約の妥当性についても言及されない玉虫色の調査結果と言えよう。検査院は、どこまで本気で調査をしていたのか、「手ごころ」や「忖度」が加わらなかったのかが、素朴な疑問であった。

 

近畿財務局長の告発

 同じ1122日の午前中、司法記者クラブでは、「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」有志と代理人弁護士による記者会見が開かれていた。先月の佐川国税庁長官らの告発状提出に続き、森友学園への国有地売却に関し、美並義人近畿財務局長(当時)を背任罪で告発、東京地検に告発状提出後の会見だった。その内容というのは、「瑕疵」(欠陥)には当たらない、建設工事の支障とはならない、地中埋設物を故意に「瑕疵」とみなしてゴミ撤去費用と計算し、国有財産を違法に安く売却していた国の当事者を背任罪に問うべきだとするものであった。

土地の価格についての近畿財務局職員と籠池前理事長などとの間での交渉音声記録によれば、土地の価格についての売却価格の提示や買取希望価格の提示とみられる発言があり、地下99mのサンプル掘削で先端に絡まったわずかな生活ゴミに過ぎないことを確認しただけで、業者や籠池学園前理事長から、ゴミ撤去の請求書や領収書が示されないまま、値引き額が決定、売買契約が成立したことになっている。そもそも、校舎建設に支障のない、架空のゴミ撤去費用から算出された値引きによる売買価格であったと指摘している。

それに加えて思い起こすのは、その売買契約は、異例の10年間の分割払いでありながら、事案終了として、関係文書を直ちに破棄したという佐川前理財局長の発言だった。

司法の力で、疑惑の“総合商社”たる岩盤に穴があけられないか。

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司法記者クラブ、記者会見の模様、テレビ報道は、フジとテレビ東京でした

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日比谷公園の紅葉、弁護士会館14階より。野外音楽堂ではきょうも集会の準備が始まっているようだった。野音の奥の三角の建物が日比谷図書館

 

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2017年11月11日 (土)

11月9日NHK「ニュース7」、会計検査院院長インタビュー放映の意味(2)~NHK「ふれあいセンター」の対応~

 きのうの続きだが、NHKふれあいセンターとのやり取りでは、おかしなことがいっぱいあって、また怒りがこみあげてくる。録音をとっているはずなのに、オペレーターたちは、記録に余念がなく?こちらの話に全くの無言、無反応で、電話が切れたのではないかと「聞こえていまずか」と確認することも何度かあった。電話の受け手は、「ハイ」くらいの返事をしたらどうなのか。とくに、代わって出てくる「上司」というのが、態度が悪い。今回の場合もそうなのだが、視聴者の話をさえぎって、NHKの代弁者、防波堤の如くしゃべるのだ。正直言って、その「上司」の個人的な意見など聞きたくない。

 今回のやり取りで、こんなこともあった。私が、NHKが前川元文科省事務次官のインタビューを放映していないことと今回の会計検査院長のインタビュー報道には、共通する問題があると、言いかけると、「え?今度は前川さんの話?、別件ですね」というから、「最後まで聞いてください」と。両者に共通するのは、あまりにも恣意的で、政府への偏向が著しい報道姿勢ではないかと、つい力が入ると、「前川さんの件、報道局に伝えるのか」、気のない返事、「伝えるも伝えないも、あなたが選択することではなく、すべて伝えるのが仕事でしょ」といえば、「私は混乱してしまった」とのこと。なんとも情けない「上司」ではあった。

「ふれあいセンター」なのだから、できれば担当者とのやりとりが望ましい。もしそれが無理なら、担当者からの意見や声を、後刻でもいい、視聴者に伝えるシステムが必要なのではないか。さらに、すぐにでもできる提案をしたい。「ふれあいセンター」の仕事を、NHKの下請けのアルバイトに丸投げをするのでなく、担当でなくてもいい、NHKの現場担当者を含めた職員自らがローテーションで、視聴者のナマの声を聞くチャンスを設けるべきだと思う。「みなさまのNHK」をいうならば、何よりも「ふれあい」の一歩であり、職員の「研修」にもなるのではないか。「ふれあいセンター」が、むしろ、NHK職員や現場担当者(これもかなり下請けが多いらしいが)と視聴者とのバリアになっている現実を十分承知しながら、視聴者の意見を聞くふりをしているのが実態なのだろう。

各地で開かれる「経営者と語る会」も、もっと回数を増やし、各地でトラブルになる参加者の人数制限など撤廃すべきである。受信料から、高額給料を払っている経営委員であり、大会議室くらい難なく用意できるだろうに。

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2017年11月10日 (金)

1月9日NHK「ニュース7」、会計検査院院長インタビュー放映の意味~NHKの政府追従報道はどこまで続く~

 1022日、総選挙前夜の党首追跡報道が、議会の議席数に比例する時間をもって編集するという悪弊とともに、その与党分が「よいしょ」一辺倒であったと複数の方からメールをいただいた。私は見ていなかった。

 トランプ来日報道も日米首脳親密強調の色濃いものであった。私が見たニュースで、少し驚いた場面があった。115日「ニュース7」で、トランプ大統領の移動の車列を沿道で迎えて「岐阜からこのためにだけに来たので、(見られて?)うれしい」という若い男性が大写しされていた。こんなレアケースがニュースとして流される内容なのだろうかと大きな疑問が残った。

 そして昨日119日の「ニュース7」で、森友問題の調査報告が迫ったとして、河戸会計検査院長との単独インタビューを放送した。調査が詰めの段階に入り、調査に必要な重要文書が欠けているのは問題であり、国有財産の値引きに関しては種々の要件により値引きはあり得る、という主旨であった。

 これって、調査報告書が公表される前の、院長みずからのNHKへのリーク?なのか。それにしても、公表前に、会計検査院組織内、議会、国民に予断を与えてしまう内容ではないか。いや、森友問題における文書不備が問題だといい、値引きもあり得るということは、すでに調査結果の方向性を明示したにも等しい。

 私は、今朝、NHKふれあいセンターに電話をした。河戸院長のインタビュー報道は、第三者機関であるはずの会計検査院が、報告書公表前に、報告内容を予断させるような発言を放送したのは、メディアとしてのルール違反があり、視聴者をミスリードする可能性があるのではないか。どうして、この時期に報道したのか、と質問すると、「そういうご意見があったことを担当に伝えます」という、いつもの応答である。さらに、こうした放送をしたことについてNHKの意図を確認したいといえば、「質問には答えないことになっています」とこれまた、いつもの返答なのである。「同じような質問が多く来ている場合、これまで、NHKとしての回答をしてもらったことは何度でもありますよ」といえば、上司のN.Jと名乗る男性に代わった。 

私: 先ほどの方から、質問の内容を聞いているか。

NHK:聞いている。いま、WEB上でその記事を読んでいるが、何が問題なのか。

私: 報告書公表前に、その内容をNHKにもらしたことにならないか。

NHK:内容は、一般論であって、文書が欠けているのが問題、値引きする場合もあり得るという、当たり前の発言であって、これまでも報道されていることで、まったく問題はない。

私: 一般論ではない。はっきりと森友問題の調査報告書についての質問に答えている。この時期に、院長のこのような発言を報道することは、メデイアとしてのルール違反であり、視聴者をミスリードしていることになる。

NHK :ルール違反とか、ミスリードというのはおかしい。反論したい。

私:私はあなたの反論を聞きたいのではなく、NHKの意図を確認したい。あなたたちは、NHKの責任者でもないし、意見を伝えるだけといつも言っている。あなたの意見ではなく、NHKの見解を知りたい。



 「ふれあいセンター」、「ふれあい」など言いながら、いつも一方通行で「担当者に伝えます」というばかりのシステムが問題なのだ。受信料はとことん集金するが、あとの意見対応がないに等しい。質問などが殺到した場合は、統一見解、回答があってしかるべきではないか。即答でなくともよい、NHKとしての見解が知りたい。

  ついでながら、NHKは、前川元文科省事務次官に、他局に先んじて、真っ先に、インタビュー取材しながら、とうとうそのインタビューを放映することはなかった。そして今回まるでスクープかのように、会計検査院長の独自インタビューを、この時期を選んで放映したのである。政府に都合の良い情報は率先して流すが、不都合な情報は流さない、という、これほど、露骨で、恣意的なNHKにつけるクスリはないのか。すぐに編集権を持ち出して、やることは政府広報ではやりきれない。


 
受信契約による受信料の支払いについて、126日には最高裁の判決が出る。司法の適切な判断を待ちたい。

 

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2017年11月 8日 (水)

歴博の企画展「1968」に出かけました

Dscn1246                 写真撮影はここまで

見てきたその日の夕刊で

夫の仕事の合間ながら、お天気もいいことなので、急きょ、国立歴史民俗博物館に出かけた。目当ては、1010日から始まっている「<1968> 無数の問いの噴出の時代」という企画展である。一見わかりにくいネーミングだが、、さまざまな場から、様々な形で噴出してきた日本の社会運動に1968年という年で切り込もうという趣旨らしい。従来の組織による問題設定・解決方式によるのではなく、「個」「私」から主体的な問いかけにより、各地の住民運動、各大学で学生運動が盛り上がった1968年前後に焦点をあてた展示という。 

帰宅後、夕刊を広げると、朝日新聞(117日)のトップが「学生運動の軌跡 <歴史>に 60年代末全共闘・反戦・・・」とあって、そのタイミングに驚いた。この記事では、主に学生運動に焦点があてられていたが、実際の展示は、第1部「<平和と民主主義>・経済成長への問い」と題された、「べ平連」の運動、それに呼応するような戦後を問い直す神戸の街、三里塚闘争、熊本水俣病闘争、横浜新貨物線反対運動に割かれるスペースが大きく、第2部「大学という「場」からの問い―全共闘運動の展開」がやや小規模だったかな、という印象だったので、少し、偏っていた感があった。

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               いつものように町内会の回覧板でも回ってきたチラシ

そのころ、私は何をしていたのだろう

1968年といえば、私はすでに社会人となっていたが、まだ生家の池袋から永田町の職場に通っていた。明治百年という区切り方をして、政府やマスコミは賑やかだったようにも思う。60年安保の時代とは、議事堂付近の様相もずいぶんと変貌を遂げていた。職員組合から参加する集会やデモも、なんか義務的要素が色濃くなっていた。そんな中で、聞こえてくる、べ平連運動も直接は関わらなかった。三里塚闘争は、地理的には東京に近いのにもかかわらず、写真集や映像で、農地を奪われる農民の必死の抵抗、団結の重要性を感じながらも、どのくらい我がこととして考えていたかは、疑問だった。成田に隣接の佐倉市に暮らし始めて30年、成田空港を利用することも多くなって、この地に、「東京国際空港」は必要だったのだろうかと考えてしまうこともある。水俣病患者や家族と国やチッソとの闘争にあっては、その歴史を少しばかり繙いただけでも、悔しさを募らせていたことは確かだが、横浜の新貨物線反対運動も、東京には近かったのに、どれほどの関心を持っていたかとなると心細い。さまざまな住民運動が、「公共の福祉」や「国益」の名のもとに、地域エゴとして退けられてきたことを思う。そして、貨物線は完成したが、いまやトラック輸送がとってかわり、その必要度はどうなのだろうと。佐倉市における、私が住む地域でも、1960年代に計画された都市計画道路は数年前に完成したものの幹線道路とはつながらず、沿線は空き地が続く。駅近くの高層マンションや大型商業施設が出来ても、周辺の個人商店を撤退に追い込み、共存とはならなかった。たった二・三十年で住民の高齢化、空き家が増える一方の「開発」とは、いったい何だったのだろう、と。そんなことまで考えてしまう今回の展示だった。

今にもかすれて消えそうな、ガリ版刷りの資料群

展示物は、ケースのガラスに、顔を近づけないと読めないような、ガリ版刷りの集会案内のビラやニュース、手書きのメモ類からポスターや旗、ハチマキ、ヘルメットまで多種多様であった。

各地で立ち上げられたべ平連、その最初の、424日の清水谷公園からのデモ呼びかけの葉書は「声なき声の会」呼びかけ人代表として、高畠通敏、小田実の名がある。予備校生たちの「斗う浪人」創刊号の編集発行は「浪人平和運動連絡会議」で、615集会の報告から始まるが、いずれも1968年のことである。

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展示会カタログより、左が「声なき声の会」呼びかけ人代表からのデモの案内、右が「斗う浪人」創刊号

三里塚闘争での家族ぐるみ、地域ぐるみの闘争の一端とも思える、少年行動隊や高校生たちのビラにはドキッとする。それに、反対同盟が結成された集落で、同盟員集結の合図としたドラム缶の太鼓が、実際展示されていたのだ。風雪に耐えて、白茶けたザラザラな表面と打たれてかすれた団結の文字が生々しかった。

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Img344   いずれも展示会カタログより

やはり、最も関心のあった第2部は、東大と日大の闘争に焦点を当てた内容であった。東大は、医学部学生の処分問題が発端であったし、日大は、20億円の不正経理の発覚が端緒となった。首都圏や地方の大学も、各々独自の問題を抱えていたことがわかる。.大学管理だけがきつくなってゆく中、二大学の闘争の激化は、管理者との攻防という枠を超えて、周辺の市民たちにも大きな影響を与え、先行していたべ平連の運動や各地での同時多発的な住民運動と無関係ではありえなかったこともわかる。ただ、学生運動の一部は、突出した過激な闘争となり、内ゲバも激化、19706月には安保条約が自動延長になるなどすると、住民運動や市民運動は、多様化するが、個別の運動となっていくような沈静化みられるようになった、と私には感じた。

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しかし、この時代の運動を担った世代の人々が、現在に至るまで、ジャーナリストになったり、出版社を自力で興したり、あるいは教職についたり、地域の住民運動のリーダーになったりして、独自の道を歩んできた人に出会ったりすると、旧友と再会したような気分にもなる。その一方で、見事に企業人になり切った人、ここまで変節・変貌できるのかと思える人、何かはっきりしないけれど、あるいは苦悩をしているふりをしながら、陽のあたる場所を歩いている人、「元活動家」を売りにしている人と様々だが、かける言葉を失う。持続し、継承することの難しさを痛感してしまう。そして自分はどうだったのかと振り返るチャンスにもなる。

ともかく、歴博が、現代史に切り込んだ展示をしてくれたことを喜びたい。この展示のプロジェクトは、東大・日大の闘争時の活動家が数十にも及ぶ段ボールに入った資料の歴博への寄贈に始まったと言い、いろいろな経緯をたどりながら、いま大学の資料センターなどにおさまっている資料や個人蔵の資料があって、はじめて可能な展示であったろう。

出来れば多くの友人たち、佐倉市民に見てもらいたい、とくに若い世代の人たちに、との思いで、佐倉城址を後にした。アンケート先着1000名内だったらしく、歴博の招待券を頂戴した。1210日までなのでお早めに。これからの日曜日には、展示プロジェクト委員代表の荒川章二教授のギャラリートークがあるそうだ。

 

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2017年11月 5日 (日)

「忖度」が「まんじゅう」になって~正岡子規の「忖度」ふたたび

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 出先の夫から、大阪の知り合いから「忖度まんじゅう」をいただいたとのメールが入っていた。帰宅後、さっそく、熱いお茶を入れていただいたが、石川県の会社が製造した、大阪土産という、かわいらしいお饅頭であった。「商標登録申請中」と、その包み紙には刷り込まれているので、今年の「森友・加計問題」が浮上してからの急ごしらえなのだろう。

「まんじゅう」にもなった「忖度」だが、今回、永田町や霞が関で飛び交うのは「忖度」なんていう上品な言葉では言いあらわせない、もっと下世話な、犯罪のにおいすらもする実態を浮かび上がらせた。日本には、「おもねる」「媚びる」「へつらう」という言葉もあるし、日常的には「オベッカをつかう」「ゴマをする」とか「お追従」「ご機嫌をとる」という言い方もある。「迎合」「配慮」「意向をくむ」という少し上品そうな言葉もあるが、忖度する側・される側、双方の心中に共通してあるのは「贔屓」「縁故」「情実」「私情」であり、必ず「見返り」が期待され、「互酬性」を伴う。政府や役人による優遇、不正見逃しなどが横行し、「献金」「天下り」などという「金銭」「地位」「栄誉」が行き交う。その行き着く先を考えると、環境破壊、テロや戦争の土壌にもなり、人間の命を人間が奪うことにもなり得る。

「忖度」が泣き出しそうでもある。たかが「まんじゅう」されど「まんじゅう」ながら、包み紙の地の模様は、模様ではなく、いくつかの文章が連ねてあった。すなわち、石川啄木「硝子窓」、福沢諭吉「「学問の独立」、太宰治「ダス・ゲマイネ」などの一節で、いずれも「忖度」の語が使われている個所が印刷されていたのである。そして最後は、今年、生誕150年を迎えた正岡子規の「歌よみに与ふる書」から、つぎの一節が刷られていた。

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「・・・今は古人の心を忖度するの必要無之、ただ此処にては、古今東西に通ずる文学の標準(自らかく信じをる標準なり)を以て文学を論評する者に有之候。」 

 

「歌よみに与ふる書」は18892月「日本」から10回にわたって連載されたいたものだが、この節は、第6回目(224日)に掲載されたものの一部である。念のため、前後を引用しておこう。現代の短歌の世界でも、先人や同時代人の作品鑑賞や評伝などにおいて、この「忖度」が充満しているとは言えないか。自らの「文学の標準」がいつの間にか、ブレてゆく歌人も少なくはない。

 

同じ用語同じ花月にても其れに対する吾人の観念と古人のと相異する事珍しからざる事にて」云々、それは勿論の事なれどそんな事は生の論ずることと毫も関係無之候。今は古人の心を忖度する必要無之、只此処にては古今東西に通ずる文学の標準(自ら斯く信じ居る標準なり)を以て文学を論評する者に有之候。昔は風帆船が早かつた時代もありしかど蒸汽船を知りて居る眼より風帆船は遲しと申すが至当の理に有之、貫之は貫之時代の歌の上手とするも前後の歌よみを比較して貫之より上手の者外に沢山有之と思はば貫之を下手と評すること亦至当に候。歴史的に貫之を褒めるならば生も強ち反対にては無之候へども、只今の論は歴史的に其人物を評するにあらず、文学的に其歌を評するが目的に有之候。

(講談社『子規全集』に拠る青空文庫)

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晩年の母の一首、見つけました

 風邪でしばらく外出を控えていたが、図書館通いを再開、国立国会図書館にでかけた。10月15日のブログ記事、母の晩年の短歌を知りたく、「女流短歌連盟」の「第1回女人短歌会」の入選作を報じる記事があればと、後援が毎日新聞社なので開催日1957627日直後の『毎日新聞縮刷版』7月号をのぞくと、なんと72日にずばりの記事があった。

「入選者決まる 第一回女人短歌会」の見出しで、十人の入選者の作品と名前があった。十人の中には、岡山たづ子(岡山巌夫人)や山本かね子(後の『沃野』代表)の名前があったのも驚きであった。

内野佳子(東京) 

磨きたる廻転窓の玻璃すきて厨浄むる如く陽の射す

 そういえば、この一首、母が色紙に書いているのを見たことがあった。母にとっては大事な一首であったにちがいない。阿部静枝先生も指導に当たっていた、地元の『豊島新聞』の歌会や『ポトナム』の歌会に参加して間もないころの入選である。これが励みになって、短歌からは離れられなくなっていったのだろう。

 この記事の翌日73日には、生方たつゑが「生活のうた 『女人短歌会』のこと」という記事で、入選作品の短評と以下のような総評もなされていた。

「日本の体質は短歌的であり、女性の体質はさらに短歌的である。情感で享け、情感で消化しやすい。しかし、今回多くの応募歌の選をしながら発見しえたことは、女性がたしかに思惟の世界をもちつつあるということであった。じめじめした女の暗さや、血のねばねばした詠嘆から、もっと知的な、内発的な開眼が行われつつある。・・・」

 母は、長兄は、大正15年年生まれなので、昭和の歴史とともに母として、商店の主婦として働き、三人の子を育てた。このころ、末っ子の私が高校生で、教育やPTAの役員などからの解放感もあったのではないか。これからいろいろやってみたいことがあったろうに、二年半後、母は56歳の若さで亡くなる。いまの医学をもってしたら、きっと克服できたにちがいないとも。親孝行したいときには・・・、としみじみ思った日もすでに遠い。

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2017年10月28日 (土)

「報道リスク」って?「黙れ」ということ?~佐川国税庁長官の罷免要求署名、刑事告発人に名前を連ねて

  署名を受理する財務省も、告発状を受領する検察庁も、ともかく「1022日の選挙後」にこだわっていたそうだ。結局、告発状の方は、選挙前の1016日に提出し、署名の方は、1024日に提出することが出来た。

 

「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」は、すでに、821日、3週間で1万筆を超えた佐川国税庁長官罷免要求署名を財務省に提出していた。その時も、財務省は、入り口は正面玄関でなく、別の出入り口を指定し、メデイアのカメラは一切お断りというお達しだった。しかし、財務省の正面に集まった記者やカメラマンは、玄関前の道路での取材を始め、その一部は、その日の午後のテレビで放映された。一万余の署名のボリュームや呼びかけ人7人の姿やコメントを捉えた。

 

一度は締め切った佐川長官罷免署名だったが、テレビや新聞報道で知って、いまからでも署名したいという人たちの声が事務局に殺到して、第2次署名として再開、1012日に締め切り、合わせて2万筆を超えた。ネット署名のコメント欄の多種多様な政府や佐川長官批判、その署名の数もさることながら、用紙署名には、集会で署名を集めた、駅頭で署名を呼び掛けた、近所の知り合いや遠い親戚にも声を掛けた、カンパの切手を同封した・・・というメッセージがどれも熱い。第2次署名の締め切り直後の提出に関して、財務省は、10月下旬でないと受理できない、その理由は受領する担当者の調整がつかない、という理由にならない理由を繰り返すばかりだった。麻生大臣に手渡したいと言っているわけでもないのに。交渉の末、1022日以降ならということになったが、何のことはない、「総選挙」の前はマズイ、ということではないか。そして、マス・コミはどこが来るのかと、しきりに聞いてくるというのだから、マスマス、財務省の意図は「見え見え」ではないか。森友・加計問題での財務省の担当者の国会答弁では、つねに、だれに対しても、丁寧に対応するという仕事ぶりをアピールし、問題の関係者にはその通常の対応をしたまで、とも答弁していたのを思い起こす。

 森友問題の国有財産値引きに関して、佐川局長は、国会において、国から価格を提示したこともないし、森友側から提示されたこともない、との発言を繰り返していたが、国会の閉会後、あらたな音声証言や文書が出て来たうえ、パソコンの文書は自動消去されたという珍妙な発言も、その後の麻生財務大臣の消去延期発言で、佐川局長の虚偽発言が明らかになり、証拠隠滅疑惑も浮上した。そこで、市民有志による佐川長官の刑事告発が進められた。100人を超える告発人とその代理人6人の弁護士による告発状の受領も、代理人の方々の努力で、ともかく1016日受領にこぎつけたわけだ。告発状提出後の司法記者クラブでの記者会見の模様は、テレビや新聞での報道の通りである。テレビカメラが6台、30人近くの記者が集まった。

財務省も検察庁も「選挙後」「選挙後」という、政府与党への「配慮」は、露骨だ。そして、取材をしても報道しなかったメディア側の「萎縮」も根深い。

「報道リスクを避ける」とは

 そんな折、今日の朝日新聞は、「林文科相『報道リスクを避ける』 加計の獣医学部来月前半に結論」の見出しで、林文科相が記者会見で、大学設置・学校法人審議会の審査結果が遅れているのは「審査内容が報道されるリスクを避けるため、日程を調整した」「52年ぶりの獣医学部新設の案件があり、より慎重な審議を行うのに必要な日程を確保した」と述べた、と報じた。この記事だけからは、「審査内容が報道されるリスク」、「報道リスク」とは、何を意味しているのかが不明だし、肝心の記者は、「報道リスク」と何なのかを質問しなかったのだろうか。文字通りに読めば、「審査内容が取材によって報道されることによるリスク、悪影響」とでもいうのだろうか。何への「リスク」「悪影響」なのか。「加計学園獣医学部新設認可」への大きな流れの中での「悪影響」ということになりはしまいか。「審査内容の取材による報道」を否定することにならないか。これは、メデイアへのけん制と、審議会メンバーや関係者への口封じを示唆することでもある。

 

いまのところ、他のメデイアでは、「報道リスク」発言を報道していないのも、また気がかりである。要するに、文科省としては、結論が出るまで「黙れ!」ということなのだろうか。まさに、報道の自由の侵害の何ものでもない。メディアは、こんな発言をこのまま黙ってきいているのだろうか。

「静かな環境の中で」とは

 こうした状況は、表現こそ違ったが、天皇の生前退位法成立過程の前段、衆参両議院正・副議長の各政党の意見聴取による論点整理・調整がなされることになり、大島理森衆議院議長の「静かな環境の中で議論を深めるべきだ」という趣旨の発言をしたことと共通する。「静かな環境」とは、「対立激化を避け、政争の具にしないために、非公開で」進めよという政府の意向を背に、大島議長は各党間でのフィクサー的役割を果たし、まとめた。最後は、議会軽視、民意とは異なる方向を指摘されながらも、特別法として「挙国一致」的な決着を見たことは、記憶に新しい。

 

そのうちに、憲法改正の議論や審議も「静かな環境」のもとに審議、国民投票がなされるべきだという論理で、「国民的な議論」や「国民の深い理解」は「排除」され、いつの間にか、じわじわと世論操作や表現の自由、言論の自由、報道の自由が統制される日が来てしまうのではないか、そんな不安が去らない。いや、すでに来ているかもしれない。

安倍首相はじめ、政府与党は、総選挙後、「政権運営は謙虚に、丁寧に」と言っていた矢先、野党の質疑時間を短縮するという見直し案を検討しているというのである。野党も、メデイアも国民も、いま、踏ん張りどころのはずである。

 ふだん、めったに、政治的な話にはならないご近所の方との立ち話や久しぶりにバスで乗り合わせた知り合いとの話でも、佐川国税庁長官の話になると盛り上がる。あの国会答弁とその後の国税庁長官へのご出世と会見もしない振る舞いが許せないのである。同じ思いを形にして、苦しくても、声をあげなければならない。

 

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なお、刑事告発についての報道は以下をご参照ください。いずれも、10月16日の報道、放映でした。

①ユープラン動画:「佐川国税庁長官(当時財務省理財局長)他、背任罪・証拠隠滅罪で  刑事告発」38分

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck&feature=youtu.be

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck

②「佐川国税庁長官らを告発」(朝日新聞、2017.10.16夕刊)

③「佐川前子区長らを告発」(毎日新聞、2017.10.16夕刊)
④「佐川宣寿国税庁長官を告発 市民団体が証拠隠滅容疑」(産経ニュース)   http://www.sankei.com/affairs/news/171016/afr1710160015-n1.html

⑤「『嘘の答弁』森友問題で佐川国税庁長官ら刑事告発」(テレビ朝日)   https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20171016-00000025-ann-soci

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck

⑥「『森友』問題めぐり、市民団体が佐川国税庁長官らを告発」(TBS)   https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20171016-00000069-jnn-soci

⑦「森友問題 佐川国税庁長官らを証拠隠滅の疑いなどで刑事告発」(関西テレビ)   https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171016-00000004-kantelev-l27
 自局のこれまでの関連ニュースを織り込みながら、今回の告発のポイントを分かりやすく紹介しています(動画付きでないのが残念です)。

⑧「森友問題で、市民ら背任容疑で東京地検に告発」(Economic News)   http://economic.jp/?p=77274

 *なお、友人からは、翌日10月17日のNHK「おはよう日本」の6時40分台に報道があったと、後日、連絡をいただいた。

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2017年10月21日 (土)

私には選ぶ政党がない、人がいない!

 今回は、どういうわけか、選挙に関する世論調査と称する電話が3回もかかってきた。こんなことは珍しい。最初の二つは、「???選挙情報センター」のようなところからで、よく聞き取れなかったので、答えずに切った。3回目は、はっきりとテレビ局名を名乗ったので、答えてみることにした。

 ふだんからの信条でいえば、私には選ぶ政党がなく、選ぶ人が見当たらない。が、今回ばかりは、消去法で、なんとか結論を出して、投票に出かけたいと思っている。

安倍政権が一向に臨時国会を開こうとせず、開いたらと思ったら、冒頭での解散、そして衆院選挙へという流れのなかで、議会の終盤での森友・加計問題の解明は、いささか手詰まりの感があった。政府与党は、知らぬ、存ぜぬ、承知せず、問題はないと逃げると、質問に立つ野党の議員の資料の分析不足、ツメの甘さが目立った。答弁への反論は弱く「おかしいじゃないですか」「国民は納得しませんよ」というところにしか落着しない。

それでも、一部のメディアや市民たちが、新しい文書・音声データの入手・公表を始めると、逃げ切れないと観念して解散に踏み切ったとしか思えない早業であった。「国難」どころか、自らの身に降りかかった疑惑を一掃するための解散だったことがわかる。一方、北朝鮮の弾道ミサイル発射などをめぐる金正恩とトランプ大統領との攻防を背景に、「国民の生命と財産を守る」はずの政府は、Jアラートの一件をみても、国民には、屋内と屋内にいる時とに分けて、次のような警告?をする。今回のミサイル発射の対応、Jアラートが機能しない自治体が散在するし、誤作動もあって、かえって混乱をきたしたという。これって、自然災害と同様の対応でしかない。 こんなことまでして、危機感を煽ろうとしているのかと思うと、「違ウダロー」と叫びたくなる。

 

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 「ミサイルが落下する可能性がある」との情報伝達があった場合は、どうすれば良いのでしょうか。

【屋外にいる場合】 

 ○近くのできるだけ頑丈な建物や地下街に避難する

 ○適当な建物がない場合は、物陰に身を隠すか地面に伏せ頭部を守る

 

【屋内にいる場合】 

 ○できるだけ窓から離れ、できれば窓のない部屋へ移動する 

内閣官房国民保護ポータルサイトより 

http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/nkjalertqa.html

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アメリカに追従して「核兵器禁止条約」の締結を拒み、日韓・日米の合同演習、沖縄の辺野古新基地・北演習場整備など米軍基地の拡充、さらに日本の防衛費を増額しての米からの軍装備・武器輸入、第93項に自衛隊明記など、まさに、政府自らが日本人の生命と財産を脅かしている現実を、私たちは、直視しなければならない。

安全保障環境が変わった、というのが政府の軍備強化の理由であるが、アメリカの傘の下が安全なのか、いざとなったらアメリカは助けてくれるのかは、上記の状況の中で、期待することはできないし、考えてもいないだろう。沖縄でのオスプレイ墜落、今回の東村のへリコプター墜落・炎上にしても、その原因が特定できないまま、いずれも事故後一週間での飛行再開を止めることが出来なかった日本、本土の各地で、米軍基地周辺での制空権に甘んじて、日本の空でありながら自由に飛行できない日本・・・、など、「国益」が侵されても、アメリカにもの言えぬ日本にしてしまったのは、だれなのか、なぜなのか。70年余の歴史が横たわっている。

   ひるがえって、各政党の地域での活動を見ていると、歯がゆい。きらわれないように、突出しないようにとの配慮が蔓延していて、自治体の議員は、自身の住む町の自治会などにおいては、旗幟を鮮明にしない人たちが多い。逆に、地域の諸団体を巻き込み、あたかも後援会の様相を呈するところもある。

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『さくら・志津憲法9条をまもりたい会ニュース』 第35号(20179月) より

 

       膨張し続ける防衛費~あなたは、どこの国の総理ですか

 

 トランプ政権が発足して以来、北朝鮮のミサイル発射は失敗も含めて13回にも及んだ。飛行距離、高度ともアメリカ本土をターゲットにすることも可能になったとする。1990年代からロケット打ち上げ実験を開始、2015年からは弾道ミサイルに特化しての開発を進めているらしい。810日には、北朝鮮は、日本の上空を経てグァムに向けての発射を予告した。こうした緊迫する情勢を受け、日米は817日の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会<2+2>で、日本の役割拡大を確認したという。そこでは、日本を標的とする弾道ミサイル対策として、以下のように示されていた。

 

1)イージス艦搭載ミサイル「SM3」が大気圏外で迎撃する

2)失敗した場合、地対空誘導弾備型迎撃システムパリオット(PAC3)が撃つ

 

今回の<22>で、日本政府は、アメリカが開発した陸上配備型「イージス・アショア」の導入を決定した。日本全土を2基でカバーできるという触れ込みだが、一基800億円もする高い買い物だ。現状では、ミサイルを迎撃するのが技術的困難だとするのが大方の専門家の見方である。最近、イージス艦、オスプレイの事故が続きその欠陥も明白だろう。

 

  2017年度の防衛予算は51000億を計上、過去最高であったが、来年度は、「安保環境が厳しいため予算は通りやすい」と防衛省幹部の目論見通り、52551億という数字も出ている。ミサイル攻撃の発射前に「敵基地攻撃能力の保有」を目指せば、さらに巨額の費用が必要となる。

内閣改造の目玉だった河野外務大臣と小野寺防衛大臣は、アメリカで何を決めて来たのか。去る2月、国会答弁では、日本の武器輸入は、アメリカの雇用創出に貢献するとまで、胸を張った?安倍首相、89日には、長崎の被ばく者の代表が、核兵器禁止条約の不参加に抗議し、首相に質した言葉「あなたは、どこの国の総理ですか!」と、私も問いたい。91日)(内野光子) 

 

 

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『東京新聞』(2017年8月17日夕刊)

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↑『東京新聞』(2017819日朝刊)


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 『東京新聞』(2017年8月30日夕刊)

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2017年10月15日 (日)

晩年の母と、1959年の私に出会う

 今、必要があって、国立国会図書館で『女人短歌』のバックナンバーを調べている。デジタル資料化されているので、マイクロやフィッシュと違って、現物の雑誌の頁を繰る楽しさがある。こちらの視力もあって、画面は、たしかに見にくいこともあるが、つい、今は必要のない短歌や記事に寄り道することが多い。

 33号(19579月)の作品欄の最終頁は、蒔田やよひ、清水千代、阿部静枝、五島美代子であり、その左頁の雑報欄に「第一回女流短歌連盟の会」とある。そんな「連盟」があったんだと、読み進めてみると、何と、母親の名前「内野佳子」が出てきたのだ。「えッ」と読み返す。女流短歌連盟主催、毎日新聞社後援の第一回女人短歌会では、応募1213首の中から選ばれた入選者10人の名前の中の一人として列記されていたのである。選者は生方たつゑ、長澤美津、五島美代子、阿部静枝であった。私は知らなかった!私が高校生の時代、母には、晴れがましいことだったに違いないのに、私には記憶がない。一体どんな作品だったのだろう。当時の毎日新聞を調べなければいけないと、帰宅後思い立ったのである。

 また、そんな中で、なんと、わたくしの短歌にも出会ったのである。いつだったか手元の1997年の『女人短歌』終刊号の「初出の一首一覧」のようなコーナーを目にして、自分の一首を見つけたことは覚えているが、バックナンバーがあるわけでなく、そのままになっていた。今回、1959年発行の40号と41号に掲載されていることがわかった。高校時代からほそぼそ始めていた短歌だが、大学に入学直後、母の短歌の師だった阿部静枝先生の紹介で『女人短歌』に入会したような記憶がある。しかし、錚々たる歌人のおば様たちとご一緒するのは気も引けたし、気も重かったのだろう、そして、その年の12月に母を亡くしていることもあって、早々に退会したようなのだ。現在も所属している「ポトナム短歌会」入会前のことである。恥ずかしいが、以下のような作品だった。といっても、現在の作品と何ほど違うのかと思うとつらいものがある。

40号(19596月)

コーラスの聞こゆる屋上春の風に髪を吹かせて舊師を想ふ

勇気ある判決讀みて法律を学ぶ徒のわが今日を祝へり

闇の中鐵路に残る響きありて生きものごとき心を傳ふ

41号(19599月)

店頭に少女が並べるカン詰は雨季の朝陽に鋭く光れり

水道を太くして皿洗う遅き夕飯ひとりで終えぬ

白桃を冷やしてありぬ桶の水淡き紅色明るく映す

閉店のチャイムが流れるデパートに追はるる如く干物を買ひぬ

一箱のトマトを置きて豊かなる如き厨は灯さぬままに

ミキサー車静かな廻りが暑を誘うビルに囲まれしビルの工事場

ギリギリと土掘る機械を隙間よりながめて去れり和服の老女

 40号に表れる旧字は、当時の私は書くことが出来なかったと思うので、漢和辞典を引いたのか、阿部先生が直されたのか、編集部が直されたのか、定かではない。旧かな表記に関しては、古文の知識から必死になって使ったのだろうと思う。2首目の「勇気ある判決」とは、この年の330日の東京地裁の米軍駐留を違憲とした、いわゆる伊達判決だったのだろう。当時、創刊されたばかりの『朝日ジャーナル』を小脇に抱えたりした先輩がカッコよく見えた。私自身は、学友からは「氷川下セツルメント」の活動に幾度となく誘われたり、出版まもない丸山真男の『現代政治の思想と行動』、当時はまだ上下の2巻本だったが、読書会のメンバーに声を掛けられたりした時代だったが、参加するでもなかった。他大学の高校時代の旧友で「全学連主流派」の活動家から「法律なんて、いったい何の」とか責められたりもしていたが、といって、まじめに法律の勉強をする学生にもならなかった。

41号になると旧かな・新かなの混在であって、ちょっとまずいことになっている。41号末尾の2首は、実家がある、当時の池袋は、建設ラッシュのさなかであったことがわかる。

さっそく、連れ合いにも読んでもらうと、「若いね、前向きだったんだ」との感想であった。 

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国立国会図書館新館で開催中の「挿絵の世界」2017年10月10日~11月11日、図書館に通いながら素通りだったが、この日、複写の待ち時間を利用して、大急ぎで一巡りした。すこし想像とは違っていた。第1部挿絵の確立 第2部挿絵の展開 第3部挿絵の多様化 の構成であったが、なんか焦点が定まらない形だった。同じ挿絵でも、焦点を絞るべきではなかったか。新聞小説に限るとか、児童読み物に限るとか、印刷術の発達が挿絵をどう変えたか、一人の挿絵画家を追ってもいい・・・・などと。

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