2016年12月 5日 (月)

今晩のNHK「ニュース7」ご覧になりましたか~許してはいけない、あまりにも露骨な安倍広報!

 オバマ大統領が年末休暇でハワイに滞在するタイミングで、安倍首相が、オバマ会談を兼ねて、真珠湾の米軍犠牲者の慰霊に出かける由のニュースが流れた。実は、7時直前に天気予報を見ようとしてテレビをつけたところ、安倍首相のぶら下がり記者会見で上記ライブ映像が流されていたのである。7時からのトップニュースでは、長々と例の安倍御用女性記者とアナウンサーの質疑応答も流し、5分以上に及んだ。そして、その後、流された項目は、イタリアの国民投票・オーストリアの選挙結果、福岡の自動車事故、ネット上のまとめ記事サイト問題、超高層ビルの雷被害と続き、参議院TTP特別委員会のニュースになったと思ったら、公明党議員と安倍総理の一問一答のほんの一部分だけが流されたのだ。続いて、大谷選手の契約更改のニュースが続いて、そして、なんと、安倍首相の会見の模様が再度流されたのである。合わせると8分を超えた。

 NHKがここまでやるとは、驚いた。これでは、再任されないとの報道のある籾井会長の資質の問題というよりは、NHK自体がここまで腐敗しきったことの現れである。

来年1月には辞める大統領に、その直前に会って、何を話すのだろうか。就任前のトランプのもとにいそいそ出かけて行って、話した内容は明らかでないが、TPP脱退を覆させることなど到底できない力関係だったのだ。オバマ大統領は、安倍首相に真珠湾訪問が「あなたにとって強いられるものではないように」と伝えたそうだが、NHKは、「政府に強いられる前に」、安倍首相の「真珠湾訪問を日米和解の価値を知らしめる発信にしたい」という言葉に倣えば、NHKは、「(NHKと政府の)親密の価値を知らしめる発信」をしたことになる。オバマ大統領にとっては休暇中の一出来事に過ぎないというのに。日米同盟のさらなる強化のため、トランプへのご機嫌伺にもとれる。TPPのアメリカ脱退宣言、北方領土問題の行き詰まりや国内経済の悪循環、失政の続く安倍内閣は、国民に向けて目くらましを仕掛けたのではないか。

 

 参議院TPP特別委員会は、今日7会派による質疑がなされたのであるにもかかわらず、なぜ公明党だけなのか、なぜあれほど短い時間しか取れなかったのか。記事まとめサイト、雷被害のニュースは、まさに「ヒマネタ」といってもよく、ワイド番組で流せばいい程度の項目で、30分枠のニュース番組で流す必然性がない。

 

 

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2016年12月 4日 (日)

「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」(『社会文学』)をご紹介いただきました

 今頃になって気づいたのですが、 山梨モリエールさんが、ブログ「猫の後ろ姿」に、2回に分けてご紹介くださっていました。ありがとうございました。

鮮明な書影も添付されています。つぎの2本をご覧ください。

猫の後ろ姿 1739 内野光子「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」 

2016-09-01

http://ameblo.jp/e-no4765/entry-12195659447.html

Photo


Photo_2

「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」付<年表・沖縄の戦後短歌―本土短歌ジャーナリズムと天皇の沖縄訪問19442016)> 『社会文学』4420168pp6580

 

 

②猫の後ろ姿 1745 金子兜太『あの夏、兵士だった私』

20160909

http://ameblo.jp/e-no4765/entry-12198439598.html

 

 

 

 

(参考:当ブログ記事)

残暑お見舞い申し上げます~沖縄に関するテーマで書きました

2016829

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/08/index.html 

「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」を報告しました
2016627
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/06/post-167c.html

 

「平和の俳句・老陛下平和を願い幾旅路」(『東京新聞』2016429日)

2016517

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/05/2016429-463d.html

 

 

 

 

 

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2016年11月30日 (水)

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(2)

政府の対応

ビデオメッセージ放送の直後、安倍首相は、天皇の国民に向けての発言を重く受けとめ、年齢や公務の負担を考え、どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければいけない、と文書を読み上げた。

菅官房長官は、臨時に記者会見し、公務の在り方について憲法の規定を踏まえたうえで、引き続き、考えていくべきものだという認識と天皇のお言葉が、国政に影響を及ぼすようなご発言ではなく、憲法との関係で問題になるというふうには考えていない、と述べた。

宮内庁の風岡長官は、宮内庁での記者会見で、今後の天皇の在り方について、個人としての心情を憲法上の立場を考えての発言だった。お気持ちが、広く国民に理解されることを願っていると述べた。

天皇の希望する「譲位」が可能なのかどうか、政府筋や各党、「有識者」らの考えるところも伝えられている。現在は、安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の論議、ヒアリングによる意見聴取が続けられている。ヒアリングは、117日(皇室制度分野)、14日(歴史分野)に行われ、あと1130日の憲法の専門家による1回を残すのみとなった(議事録公表はそれぞれ15日、24日)。「有識者会議」の会議名「天皇の公務の負担軽減等に関する」にも象徴されるように、そして任命されたメンバーは、財界人やこれまで各種の審議会委員の常連で「おなじみ」の名が多く、政府からの独立性には疑問を残す。すでに結論ありきで、若干の調整や妥協のもとに、政府の意向である「特例法」に落着させようとする思惑が感じられる。さらに、ヒアリング対象者のメンバーも、その意見の多様性というよりは、かなり偏向したものが予想される。ところが、現在までの議事録要旨、新聞記事などにより「意見聴取の概要」を作成してみると、その結果はかなり微妙である。第3回のヒアリングが今日30日に開催予定である。以下の表は後日補充したい。

これらのヒアリング結果を、有識者会議がどうまとめるかであり、内閣が、その結果をどう受け止めるかである。世論の動向もかなり重要な要素とはなり得るが、いまの安倍内閣では、当初の「特例法」による対応を強行するかもしれない。

 天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議メンバー                         

 

今井 

日本経済団体連合会名誉会長

小幡 純子

上智大学大学院法学研究科教授

清家 

慶應義塾長

御厨  

東京大学名誉教授

宮崎  

千葉商科大学国際教養学部長

山内 昌之 

東京大学名誉教授

 

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/pdf/sechikonkyo.pdf

 意見聴取の概要 

 

                                                                                                                                               
 

対象者

 
 

肩書

 
 

生前退位

 
 

特例法

 
 

日程

 
 

平川祐弘

 
 

東大名誉教授 比較文化論

 
 

反対

 
 

反対

 
 

1

 

117

 

 
 

古川隆久

 
 

日大教授 近現代史

 
 

容認

 
 

反対

 

(皇室典範)

 
 

保阪正康

 
 

ノンフィクション作家

 
 

賛成

 

 
 

条件付容認

 

(皇室典範)

 
 

大原康男

 
 

國學院大名誉教授 宗教学

 
 

反対

 
 

反対

 
 

所 功

 
 

京都産業大名誉教授

 

日本法制史

 
 

賛成

 
 

条件付容認

 

(皇室典範)

 
 

渡部昇一

 
 

上智大名誉教授

 
 

反対

 
 

反対(摂政)

 
 

2

 

1114

 
 

岩井克己

 
 

ジャーナリスト

 
 

賛成

 
 

反対

 

(皇室典範)

 
 

笠原英彦

 
 

慶応大教授 日本政治史

 
 

反対

 
 

反対

 
 

櫻井よし子

 
 

ジャーナリスト

 
 

反対

 
 

反対(摂政)

 
 

石原信雄

 
 

元官房副長官

 
 

賛成

 
 

容認

 
 

今谷明

 
 

帝京大名誉教授日本中世史

 
 

反対

 
 

反対

 
 

大石 真

 
 

京大教授 憲法 

 
 

賛成

 
 

反対

 

(皇室典範)

 
 

3

 

1130

 
 

園部逸夫

 
 

元最高裁判事

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

高橋和之

 
 

東大名誉教授 憲法

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

百地 章

 
 

国士舘大客員教授 憲法

 
 

賛成

 
 

賛成

 
 

八木秀次

 
 

麗澤大教授 憲法 

 
 

反対 

 
 

反対 

 

 

1130日については、121日の新聞記事に拠り、補記した(123日)。

 

 

政府の対応

ビデオメッセージ放送の直後、安倍首相は、天皇の国民に向けての発言を重く受けとめ、年齢や公務の負担を考え、どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければいけない、と文書を読み上げた。

菅官房長官は、臨時に記者会見し、公務の在り方について憲法の規定を踏まえたうえで、引き続き、考えていくべきものだという認識と天皇のお言葉が、国政に影響を及ぼすようなご発言ではなく、憲法との関係で問題になるというふうには考えていない、と述べた。

宮内庁の風岡長官は、宮内庁での記者会見で、今後の天皇の在り方について、個人としての心情を憲法上の立場を考えての発言だった。お気持ちが、広く国民に理解されることを願っていると述べた。

天皇の希望する「譲位」が可能なのかどうか、政府筋や各党、「有識者」らの考えるところも伝えられている。現在は、安倍首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の論議、ヒアリングによる意見聴取が続けられている。ヒアリングは、117日(皇室制度分野)、14日(歴史分野)に行われ、あと1130日の憲法の専門家による1回を残すのみとなった(議事録公表はそれぞれ15日、24日)。「有識者会議」の会議名「天皇の公務の負担軽減等に関する」にも象徴されるように、そして任命されたメンバーは、財界人やこれまで各種の審議会委員の常連で「おなじみ」の名が多く、政府からの独立性には疑問を残す。すでに結論ありきで、若干の調整や妥協のもとに、政府の意向である「特例法」に落着させようとする思惑が感じられる。さらに、ヒアリング対象者のメンバーも、その意見の多様性というよりは、かなり偏向したものが予想される。ところが、現在までの議事録要旨、新聞記事などにより「意見聴取の概要」を作成してみると、その結果はかなり微妙である。第3回のヒアリングが今日30日に開催予定である。以下の表は後日補充したい。

これらのヒアリング結果を、有識者会議がどうまとめるかであり、内閣が、その結果をどう受け止めるかである。世論の動向もかなり重要な要素とはなり得るが、いまの安倍内閣では、当初の「特例法」による対応を強行するかもしれない。

 天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議メンバー                                  

 

今井 

日本経済団体連合会名誉会長

小幡 純子

上智大学大学院法学研究科教授

清家 

慶應義塾長

御厨  

東京大学名誉教授

宮崎  

千葉商科大学国際教養学部長

山内 昌之 

東京大学名誉教授

 

政治の怠慢とは

 数紙の社説でも指摘のあった「政治の怠慢」とは具体的に、以下のような経過を指している。すなわち、小泉内閣の際に設置された有識者会議では、女性・女系天皇容認の報告書が提出したが、20069月に秋篠宮家に長男が誕生、皇室典範の改正が見送られた。また、野田内閣の際には、皇室制度に関する有識者へのヒアリングの結果、女性皇族の結婚後も皇室にとどまることができるとする論点整理が公表された。その後、何らの進展を見ておらず、今回に至ったことになる。また肝心なことは、先送りにされ、現天皇一代限りの特例法で突破するのだろうか。

 

最近の皇室関係有識者会議

  

 

小泉内閣

 
 

野田内閣

 
 

安倍内閣

 

論点

 
 

皇位継承の安定維持

 
 

皇族現象への対応

 
 

生前退位への対応

 
 

会議名

 
 

皇室典範に関する

 

有識者会議

 
 

皇室制度に関する有識者

 

ヒアリング

 
 

天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議

 
 

期間

 
 

20051月~10か月

 

17

 
 

20122月~7か月

 

6

 
 

201610月~

 

11月ヒアリング3

 
 

報告書

 
 

200511

 

女性・女系天皇容認

 
 

201210

 

女性宮家創設を含む論点整理

 
 

20171月論点

 

整理?

 

 

(参考)

皇室典範に関する有識者会議報告書(20051124日)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html 

 

国民はどう受け止めたか

では、国民は、どう受け止めたのだろうか。当然、メディアの社説や報道による情報操作が多分に反映されてはいるが、いくつかの世論調査結果を見てみよう。設問やの選択肢が異なるので、比較や推移を見るのは簡単ではないが、一つの目安とはなるだろう。

これらの数字を見る限りでは、今後の天皇を含めて、「生前退位」を認めたいとするのは6割から9割にもおよび、そのためには、現天皇に限らず、制度・法律の制定を望むという世論は根強く、、6割から7割を占めることが分かる。政府は、この民意をどう反映するのか、が課題となった。

 

日本経済新聞2016725日発表)

 生前退位表明は憲法上問題ない   80

  〃       問題ある   11

わからない、その他        9

 今後の天皇にすべてに認める制度を 65

現天皇一代限りの制度を      12

現行まま、摂政を         15

わからない、その他            8

 NHK82628日実施、95日公表)
* 生前退位認めた方がよい    84.4% ⇒
  生前退位認めない方がよい    5.2
  わからない          10.4

*⇒皇室典範を改正による     70.3

特別法による         24.5%  

わからない、その他   5.2%

出典:生前退位に関する世論調査2016826日~28日実施(NHK放送文化研究所)

file:///C:/Users/Owner/Desktop/生前退位/20160905_1.pdf

 日本経済新聞20161030日発表)
 生前退位を認める          63%⇒
〃 認めず摂政を置く          13
国事行為を委任する           11

*⇒皇室典範の改正による       61
  一代限りの特例法による      23
  その他              16%

東京新聞20161120日発表)

 生前退位をできるようにした方がよい 89.3

現行制度のままでよい        8.6

わからない・無回答         2.1

 生前退位の法整備は特例法でよい   25.9

〃今後すべての天皇を対象に    69.9

 わからない・無回答         4.2

(参考)
平成の皇室観 ~「即位 20年 皇室に関する意識調査」から~
放送研究と調査2010https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2010_02/100202.pdf

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2016年11月29日 (火)

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(1)

あまりにも突然に

今年の713日、NHK「ニュース7」のトップで、天皇が宮内庁関係者に「生前退位」の意向を示しているという報道があり、突然のことで驚かされた。翌日の新聞やテレビはその後追い報道で埋め尽くされた。しかし、714日の定例記者会見で風岡宮内庁長官は天皇が具体的な制度に対して言及したことはない、と否定した。では、NHKの特ダネが誤報だったのか、ということになるが、日常的に、皇室報道には何かと神経をとがらせている宮内庁は、その報道にはなんらの抗議もコメントもしなかった。宮内庁と官邸、宮内庁のオクとオモテとかの攻防による情報操作の結果であったような報道も目にするが、国民には、その結果しかわからない。

折しも、710日の参院選で、改憲勢力が三分の二を超え、都知事選では、告示日直前に野党共闘の候補者が混迷のうちに決まったという時期でもあった。

 そして、88日午後3時、天皇の「お気持ち」表明のビデオメッセージが流されてから4か月になろうとしている。あの放送は、いったい何だったのか。法律的にはどういう位置づけだったのだろうと、いまでも疑問は去らない。記者会見でもない、メディアからの質問の回答文書でもない。行事における「おことば」でもない。11分間、テレビのキー局をすべて独占した「玉音」放送による メディアジャックのように思われた。放送をしないという選択をした放送局は一部の地方テレビ局だけだった。

 

メデイアは、どう伝えたか

その後のメディアには、天皇の「お気持ち」、憲法上の天皇、皇室典範上の天皇、天皇家の将来、天皇の健康状態、公務や「行幸」実績など膨大な情報が流れた。

NHK報道があった713日以降、全国紙を中心に、その社説や記事を概観してみた。手元の切り抜きだけでも膨大な量になるのだが、各紙の基調は、88日の天皇のビデオメッセージ直後の社説(いずれも89日付)に集約されるだろう。つぎのように、私はまとめてみた。なお、『公明新聞』と『赤旗』には「社説」らしきものが見つからなかったので、山口代表は政府の意向を見守ると言い、志位委員長は、政治の責任として生前退位について真剣な検討が必要だというにとどまっている(『赤旗』2016年8月9日)。各紙の*以降は、特徴的な主張とみられる事項を記した。

朝日新聞:気持ちを前向きに受け止め、国民「総意」への議論深めよう。政治に怠慢と不作為の責任がある。決めるのは国民で、皇室活動の再定義が必要である。

*一連の事態は、象徴天皇制という仕組みを、自然人である陛下とそのご一家が背負っていくことに伴う矛盾や困難を浮かびあがらせた。どうやってそれを解きほぐし、将来の皇室像を描くかが課題。

産経新聞:皇位の安定的継承のため、国の未来を見据えた丁寧で緊急な議論が必要だ。

*天皇と宮内庁、内閣との意見疎通は十分だったか、摂政、男子系継承、旧宮家復帰などにも踏み込むべきだ。

東京新聞:超高齢社会への備えも怠ってきた中で、皇室の在り方への問題提起と受け止め、天皇制永続のための改革にも踏み込むべきである。

*誇るべきは、男系・女系ではなく一系にこそ。

日本経済新聞:高齢化社会の象徴天皇制の在り方を考えよう。議論を怠ってきた政治責任は重い。

*特別な日時を設定したてビデオメッセージの形で表明する方法も適切であったのかの検証が必要である。

毎日新聞:気持ちを前向きに受け止めたい。各種世論調査でも共感が多く、高齢化社会での安定的な皇位継承は時代の要請でもあるから、多角的な国民全体の議論深めたい。

*政治的圧力による退位の排除、女性天皇も議論の対象になり得る。

読売新聞:思いを真摯に受け止め、象徴天皇の在り方幅広く議論する契機としたい。

*自発的退位と国民総意の矛盾、強制的退位の恐れなどの問題、負担の軽減・分担などによる方策の可能性もあり得るか。

琉球新報:生前退位を認め、議論を深めよう。

*訪沖10回及び昭和天皇の戦争責任、民主主義との葛藤のなかで、好意的な県民も多い。

 さまざまな発言の中で 

どの社説においても、憲法における象徴天皇制が国民の間に定着していることを前提に、今回の天皇の意向表明を契機に議論を深めていこうという趣旨は、共通しているように読めた。しかし、私がここで思うのは、象徴天皇制が定着している、というよりは、象徴天皇制についての無関心な要素が大きく反映しているのではないかという危惧なのである。これは、教育やメディアが、そして何よりも、政府や政治権力が、正面切って「象徴天皇制」について考える情報を提供してこなかったことによるものではないかと思うのだ。昭和天皇の死去及び即位の礼、在位10年、20年の折も、情緒的な報道に終始していたのではないか。

 象徴天皇制の特に皇位継承についての政治の怠慢を指摘する数紙があったことは、まず記憶にとどめておこう。また、明確ではないながら、今回、「朝日」の社説が「象徴天皇制という仕組みを、自然人である陛下とそのご一家が背負っていくことに伴う矛盾や困難」を指摘している点、また「日経」がビデオメッセージによる意向表明が一斉に行われたことへの疑問を投げかけていたことには注目したい。これまで、現憲法の象徴天皇制が憲法の基本理念とする民主主義・平等主義との内部矛盾に釈然としない思いを持つ者にとっては、大事な指摘だと思った。しかし、現実には、そこには、目が向けられそうにもない。公明党が、宗教上、「象徴天皇制」との関係については明言していないし、共産党も、近年は、象徴天皇制にすり寄っている感がぬぐえない。さらに、ジャーナリストや識者たちも、そこにはあえて触れようとしない。

 もちろん、多くを読み得てはいないし、断片的ながら、ビデオメッセージ直後の発言の中で、私が、注目したものをいくつか挙げておこう。

 西村裕一(憲法学者 北海道大学准教授 1981年生)「象徴天皇のあり方」『朝日新聞』201689日: 現天皇は積極的に「象徴としての務め」の範囲を広げてきました。とくに先の大戦にまつわる「慰霊の旅」ように「平成流」に好ましい効果があることは確かです。しかしそれは、民主的な 政治プロセスが果たすべき役割を天皇にアウトソーシングするものといえます。(中略)仮に 天皇に退位の自由を認めるとしても、別の「誰か」の人権が制約されることに変わりはありま せん。天皇制は、一人の人間に非人間的な生を要求するもので、「個人の尊厳」を核とする立 憲主義とは原理的に矛盾します。生前退位の可否が論じられるということは、天皇制が抱える こうした問題が国民に突きつけられる、ということを意味しています。

河西秀哉(神戸女学院大学准教授・日本近現代史 1977年生)「天皇と戦争をどう考える」『朝日新聞』2016823日: 戦争で犠牲になった人々全体を悼み、苦しみを分かち合う姿勢は海外でも受け入れられている反面、日本の責任が見えにくくなるところがある。また、韓国訪問はまだ果たせず、植民地支配の問題までは踏み込めていない。政治的な意味合いを帯びかねない天皇の海外慰霊は、そもそも憲法が想定していない(とも指摘)。こうした公的行為の拡大は、天皇の権威性を高めることになり問題だ。

北田暁大(東京大学教授 1971年生)・原武史(放送大学教授 1962年生)「北田暁大が聞く危機の20年・生前退位」『毎日新聞』2016827日:
北田;(ビデオメッセージによる意向表明は)政治・立法過程を吹っ飛ばして国民との一体性を表明する。今、天皇が憲法の規定する国事行為を超えた行動ができることについて、世の中が何も言わないというのは、象徴天皇制の完成を見た思いがします。
;今回衝撃的だったのは、憲法で規定された国事行為よりも、憲法で規定されていない宮中祭祀と行幸こそが「象徴」の中核なのだ、ということを天皇自身が雄弁に語ったということです。

辺見庸(作家1944年生)「『ご意向のにじむお言葉』について」『生活と自治』201612月:

 あのおかたは、父すなわち昭和天皇の戦争責任について、いちどでも言及したことがあっただろうか。そのような『ご意向のにじむお言葉』をもらしたことがあっただろうか。(中略)「深く思いを致」すというなら、現行憲法の第一章「国民」ないしは「人民」ではなく、なにゆえに「天皇」であるのか、その不条理についてなのであり、「伝統の継承」ではない。

①において「民主的な 政治プロセスが果たすべき役割を天皇にアウトソーシングするものといえます」のくだりは、私がこれまで拙著で述べてきたこと―天皇や皇族の障がい者施設の訪問、被災地視察、慰霊の旅から「おことば」や短歌の発信に至るまで、行政の行き届かない、福祉・防災・戦後対策などの補完の役目を果たしているという主旨を「アウトソーシング」とも指摘ていて納得したものである。

③においては、北田は天皇制の問題について、とくにリベラル系の研究者による議論はあまりなく天皇制が必要なのかという、本格的な議論もせず、「平成の後がある」ことを忘れていたか、忘れたふりをしてきたと指摘する。

 以下、次の記事では、政府や国民はどう受け止めたのかを、有識者会議の動向や世論調査をもとに検証したい。

 

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2016年11月19日 (土)

きょう「順天堂大学誘致の現状と真相」がポストに

「順天堂大学誘致の現状と真相」と題する『わがまち』臨時号(山万KK企画部編集・発行)がポスティングされていた。いつものタブロイド判の裏表の2頁だった。 いつもと違うのは、臨時号、いわば号外なのだろうけど、日付がない。発行・編集がいつもの「わがまち編集委員会」ではなく、「山万株式会社 企画部」となっていた。

『わがまち』は「地域の有志の方々と山万が協同で制作しているタウン情報誌」という触れ込みながら、まぎれもなく山万の広報誌なのだから、今回はそれがはっきりしたわけだ。日付がないのはどうしてかな。まだウェブ上には登場していなかった。

内容は、一面が、新聞報道を受けて、問い合わせが多く、不正確な報道でもあるので、「現状に至った経緯」を市民・住民に伝え、正確な理解を頂く、という趣旨で、「『こうほう佐倉』では語られていない真実」「断腸の思いでの取り下げ」の見出しで記されていた。裏面は「順天堂誘致に向けたこれまでの経緯(概要)平成17年10月~平成28年10月」と題して年表風な説明となっていた。しかし、その書きぶりは、昨年の市長選での「怪文書」めいて、その内容以前に、不快感が漂う。

最後は「順天堂大進出が白紙」という『千葉日報』の記事があったが、区画整理組合・山万・順天堂大学は、「白紙」との認識は持っていない、ユーカリが丘における順天堂キャンパス誘致の実現に向けた重要性の認識と熱意は変わっていない旨の文章で結ばれていた。

私は、地権者でもない、直近の住民でもないけれど、これまでの山万の井野東の開発手法を見てきただけに、不安だった。地元への説明会に参加したり、議事録を読んだりした。市議会や「大学等誘致に関する懇話会」の傍聴もした。説明会の資料がなかったり、後手になったり、かなりの情報操作をしているのも分かった。今回の経緯の中からすっぽり落ちている、市長選での誘致推進だけを争点とするような候補者陣営の露骨な選挙運動は、目を覆いたくなるほどだった。

「あきらめていない」というのだが、私たち住民にとっては、ユーカリが丘駅北のイオン撤退の跡がどうなるのかの方が、先決なのではないか、の思いも強い。肝心の駅周辺の既存の商業施設と駅から離れた、新しいイオンタウンの行方も心配だ。

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2016年11月18日 (金)

ユーカリが丘への順大誘致、白紙へ

 16日の夜遅く、知人からのメールで、1024日付で、順大誘致のための「都市画案の取り下げ」、区画整理組合設立のための「事前協議の取り下げ」がなされた、との一報が入っていた。京成ユーカリが丘駅北への順大誘致は、一帯の開発業者である山万が、かねてより強引に進めてきた計画だった。この数年間、周辺の地権者を巻き込み、自治会や市議会議員を巻き込み必死であった。昨年の佐倉市長選では、ほぼ順大誘致だけを公約に掲げた候補者を立て、実に醜い選挙戦を展開したが、敗退した。

 佐倉市ユーカリが丘駅北土地区画整理組合準備会(代表田中一雄)は、佐倉市が誠意ある対応をしないので、信頼関係を失ったとして、今年の14日付「土地区画整理組合の設立認可申請に係る事前協議」、24日付「都市計画提案書」を取り下げたことになる。山万は、土地を無償提供し、佐倉市からは負担金を出させるからと順天堂大学に進出を持ち掛けたのが事の始まりだろう。佐倉市は、負担金を出す以上は計画や費用の詳細を求めたが提出されないことを以って、進めなかったいきさつもある。少子社会で、大学キャンパスの都心回帰が強まる中、順大も踏み切れなかったのだろう。最大の地権者、山万の、そうした読みの浅さが、今回の結果を引き起こしたのだろう。それにしても、振り回された地権者、周辺住民、行政の経済的負担は計り知れない。あわせて市長や行政の優柔不断な姿勢も否定できなかったのではないか。 

 なお、「取り下げ書」の文書は、以下の藤崎良治市議会議員のホームページで見ることができる。

藤崎良治のHP

http://www.asahi-net.or.jp/~pn8r-fjsk/contentFrame.htm16/11/16) 

ユーカリが丘北 都市計画提案取り下げ書

  また、11月17日の朝刊では、若干のニュアンスの違いはあるが、つぎのような見出しだった。ネット上での掲載時間が一番早いのが『千葉日報』だったと思う。

千葉日報11/16 0500

順天堂大進出が白紙 佐倉市、誘致不透明に 地権者ら申請取り下げ

東京新聞11/17 0800

佐倉市の順大誘致が白紙に 地権者ら申請取り下げ

読売新聞11/17 1025

地権者と市の信頼崩れ、大学誘致が暗礁に

朝日新聞1117

佐倉にキャンパス 順大の計画中断 地権者ら都市計画案など取り下げ

 佐倉市のホームページでの昨年までの関連記事は、以下にまとめられている。

http://www.city.sakura.lg.jp/0000011401.html

 さらに、これまでの経過については、本ブログでも何回か記事にしているので、関心ある方は、あわせて以下をお読みいただければと思う。

(新着順)

順天堂大学「誘致ありき」のユーカリが丘駅前再開発はどうなる!説明会に参加 ~「誘致」が決まらないのに、強引に進める不可解 15/09/29

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/09/post-5850.html

佐倉市の市長選での順天堂大学誘致問題とはなんだったのか~また新しい情報に接して(15/06/05

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/06/post-ab09.html

・佐倉市長選挙、違反ポスター・虚偽ネット広告は放置のままだ~候補者も、スポンサーもここまで堕ちた(15/04/27

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/04/post-224d.html

・市長・市議選の争点は「大学誘致」ばかりではない~やっぱり出た”怪”文書「順天堂大学誘致の会ニュースレター」(15/04/18

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/04/post-7056.html

・佐倉市、順天堂大学誘致をめぐる「選挙戦」 ~誘致の効果は机上の空論、得をするのは誰なのだろう(15/04/14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/04/post-5c84.html

・ユーカリが丘、順天堂大学キャンパス誘致、見送り?(15/02/09

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/02/post-fea7.html

・ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が ~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(20141010日)傍聴から振り返る(2)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/320141010-ebd5.html

・ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(20141010日)傍聴から振り返る(1)

14/10/14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/post-7e2b.html

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2016年11月12日 (土)

小春日和の青山通り~「音を紡ぐ女たち―女性作曲家を知り、聴くPart2 」とマルシェ

 かねてよりご案内いただいていた、表記のコンサートに夫と出かけた。東京ウィメンズプラザフォーラムの一環としてのコンサートで、昨年に続く2回目だった。知られざる作曲家を広める活動をされている小林緑さんの事務所の企画である。

 

今日は、ハープが主役である。ハープは、ピアノよりも長い歴史を持ち、重要な楽器でありながら、現在ではオーケストラの一部としかみなされない楽器になってしまった。しかも、その音色から、女性にふさわしい、いや「女々しい」楽器とさえ言われるようになった歴史もあるということだ。今回は、この優美な楽器のために作曲・演奏した女性たちに焦点をあてたとのこと。ヨーロッパでは、男性のハーピニストも増えているとのこと、小林さんからの解説があった。

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 演奏者の有馬律子さんは、ピアノを習っていたが、8歳のとき、自らハープを望み、始めたという。ハープ一筋で芸大を卒業後は、チェコのヤナ・プシュコヴァに師事、帰国したばかりの新進。190センチに近い、40キロを超え、47弦、7つのペタルの楽器を駆使する颯爽とした姿で、繊細で、しなやかな、やさしい音色を奏でるのだった。

 

 コッリ=ドゥシェク(17751831?)の「ハープのためのソナタ」、パラディス(17591824)の「シシリエンヌ」、ド=グランヴァル(18281907)の「メランコリックなワルツ」は、伊藤倫子さんのフルートとのアンサンブルだった。さらに、ヴァルター=キューネ(18701930)、ルニエ(18751956)のハープ演奏、とくにルニエの「バラード第2番」(1911)は、本邦初演ではないかとのことであった。

 久しぶりのハープの音色に癒されるひとときを過ごした。

 ☆☆☆

 昼下がりのウィメンズプラザを出ると、青山通りには、テントが立ち並ぶマルシェが出現、大変な人出であった。毎週土日に開催しているファーマーズマーケットだという。どのテントでも普段、近くのスーパーではお目にかかれない野菜や様々な食材が並んでいた。

 青森のりんごの店では、おすすめの「おいらせ」、スターキング系の掛け合わせといい、品種を聞き逃した王林よりはやや黄色がかったものと2種類を、屋久島のお茶「縄文」というのを購入・・・、あれもこれもと欲しくなるのだが、食事のコーナーへと移る。ここも様々な移動車での呼び込みが盛んである。ようやく座れた相席のテーブルで、ピザとおでんというメニューとなったのがおかしかった。今日は、日本酒のフェアーが開かれている由、19の蔵元が参加、辺りは、おちょこ片手で、ご機嫌の人も多かった。ヨーロッパ旅行では、よく出会うマルクト広場の市場、我が家の近くにもこんなマーケットが欲しい、と帰路につくのだった。

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2016年11月 6日 (日)

『昭和前期女性文学論』(新・フェミニズム批評の会編 2016年10月)に寄稿しました

 すでに二年ほど前に提出した「阿部静枝の短歌はどう変わったか―無産女性運動から翼賛へ」と題する拙稿が、上記論文集に収録され、ようやく活字になりました。執筆者は、コラムを入れると、総勢30人を超え、511頁の大冊になりました。カバーの一部と参考までに出版案内のチラシを載せました。
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出版案内チラシ
 
 「新・フェミニズム批評の会」って?
 1991年に発足、「フェミニズム/ジェンダー批評を取り入れて文学作品の再評価や発掘をはかると同時に、これまで女性作家やその作品を正当に評価してこなかった日本の文学史の書き換えを目指し」(本書「はしがき」)、毎月一回の研究会を開き、これまでも『明治女性文学論』(2007年)『大正女性文学論』(2010年、ともに翰󠄀林書房)を刊行し、このシリーズ第三弾にあたります。他に『樋口一葉を読み直す』『『青鞜』を読む』も刊行していす。直近の 『<311フクシマ>以後のフェミニズム』(御茶の水書房 2012年7月)に、私は「311はニュースを変えたか~NHK総合テレビ<ニュース7>を中心に」を寄稿しています。
 
「阿部静枝」って?
 決してポピュラーな歌人ではありませんが、大正時代に創刊の短歌結社『ポトナム』の指導者の一人で、私が学生時代、短歌に関心を持つきっかけにもなった「阿部静枝」(18991974年)は、私の生家にも近い池袋に住まい、ながらく豊島区議会議員を務めていました。毎月の「東京ポトナム」の歌会では、きびしくも、必ず褒める一か所を見い出してくれる師でもありました。
 阿部静枝については、これまで、断片的にいくつか書いてきましたが、今回は、阿部温知という無産政党政治家との結婚を機に、短歌のテーマや表現に広がりを見せ、その社会的活動も活発となりながら、夫の急逝を経、無産政党終息への過程でその知見と弁舌は、政府、軍、多様なメディアにより重用されていきます。この時代の静枝に焦点をあてました。近著『天皇の短歌は何を語るのか』に収録した「戦時下の阿部静枝~内閣情報局資料を中心に」は、発見以後、あまり利用されることががなかった内閣情報局の内部資料により、当時の女性作家や評論家がいかにマークされ、利用されようとしていたかを考えましたが、それと対をなすものです。
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2016年11月 4日 (金)

勲章が欲しい歌人たち、その後~岡井隆が文化功労者に

 「勲章が欲しい歌人たち」と題して、15年ほど前に、同人誌に書いたことがある。その後の新しいデータを踏まえ、補筆したものを、拙著『天皇の短歌は何を語るのか』(御茶の水書房20138月)に再録した。「しつこいね」との声も聞こえないでもないが、やはり、伝え続けたいと思う。

 1028日、政府から、文化勲章の受章者と文化功労者の発表があった。叙勲もあった。ここ数年、学生時代のクラスメートや職場の後輩たちの名前を見出し、もうそんな年になったのかと愕然とする。とくに、付き合いの長い短歌の世界で、いずれも他人事として、聞き流せばいいのだけれど、少しばかり、つまらない情報を持ち合わせているから、「やっぱり」「まさか」の思いがよぎる。

 今年の文化功労者の中には、歌人岡井隆の名があった。岡井については、いろいろなところで書いているので、繰り返さないが(最近では、「タブーのない短歌の世界を~<歌会始>を通して考える」『ユリイカ』20168月号)、後掲の「日本芸術院会員歌人の褒章・栄典一覧」でも明らかなように、国家的な栄典制度を歌人にあてはめてみると、一つの方向性が見えてくると思う。

 文化勲章は、太平洋戦争下、広田弘毅首相時代の1937年に発足した。これまで、文化勲章を受章した歌人は、佐佐木信綱(1937年)、斎藤茂吉(1951)、土屋文明1986)の三人で、年金が伴う文化功労者になったのは、佐佐木(1951)、斎藤(1952)、土屋(1984を含め、窪田空穂(1958)、近藤芳美(1996)、岡野弘彦(2013)、そして今年の岡井隆(2016)となった。文化勲章は、1979年以降は、原則的に前年度までの文化功労者の中から選ばれることになっているので、岡野、岡井は、文化勲章の待機組ということになる。

 岡井隆(1928~)は、アララギ系の歌人で、塚本邦雄、寺山修司らと戦後の前衛短歌運動の推進者であったが、現在『未来』主宰、19932014年まで歌会始の選者を務め、その後、宮内庁御用掛となった。

では、文化功労者は、どのように選ばれ、さらに、文化勲章は、どのように決められるのだろうか。

 当ブログでは、すでに、岡野弘彦が文化功労者になった折、以下の記事を書いているので、合わせてお読みいただければと思う。

 

・文化功労者はどのように決まるのか~歌人岡野弘彦の受章に思う(20131027日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/10/post-5776.html

 

 まず、「文化功労者」は、文部科学大臣が文化庁に設置されている文化審議会の中の文化功労者選考分科会にその選考を諮問する。選考分科会の委員は、毎年9月に710人程度発令され、多分野から候補者15人程度を選考し、文科大臣に答申し、文科大臣が決定・発令という流れで決まる(文化功労者年金法)。 文化勲章は、文科大臣が、前年度までの文化功労者から選考し、内閣総理大臣に推薦する。総理大臣は、閣議決定を経て、天皇に上奏、天皇が裁可、発令となる(文化勲章受章候補者推薦要綱)。 決定するのが、文科大臣か内閣総理大臣かの違いを設け、文化勲章は、従来の「伝達式」は、1997年から、天皇から直接手渡される「親授式」に格上げされ、いっそう、その「重み」が加わったことになる。その様子は、昨日のニュース映像でも伝えられたとおりである。

 

 


文化勲章受章候補者推薦要綱  

平成2年12月12日 内閣総理大臣決定

平成2年12月14日 閣議報告 

平成12年12月28日    

 

 文化勲章の受章者の予定数は、毎年度おおむね5名とする。

 文部科学大臣は、文化の発達に関し勲績卓絶な者を文化功労者のうちから 選考し、当該年度の文化勲章受章候補者(以下「候補者」という。)として 内閣総理大臣に推薦するものとする。ただし、必要と認めるときは、その年 度の文化功労者発令予定者を候補者とすることができる。 

 文部科学大臣は、候補者の推薦に当たっては、学術及び芸術の特定の分野 に候補者が偏ることのないように努めるものとする。 

 2の推薦は、内閣府賞勲局長が指定する日までに、文書により行うものと する。

 

 


文化功労者年金法
              十六年四月三日法律第百二十五号

 最終改正:平成一一年七月一六日法律第一〇二号

(この法律の目的) 

第一条  この法律は、文化の向上発達に関し特に功績顕著な者(以下「文化功労者」という。)に年金を支給し、これを顕彰することを目的とする。 

(文化功労者の決定) 

第二条  文化功労者は、文部科学大臣が決定する。 

  文部科学大臣は、前項の規定により文化功労者を決定しようとするときは、候補者の選考を文化審議会に諮問し、その選考した者のうちからこれを決定しなければならない。(後略) 

 

それでは、文化功労者選考分科会の委員はどのように選ばれ、どういう人たちがなっているのだろうか。20人の文化審議会委員は、毎年2月に報道発表され、文科省のホームページにも掲載されるが、同じ文化審議会委員ながら、文化功労者選考分科会委員は、9月に報道発表されるものの、ホームページへの掲載はない。それを報道するメディアも少ないことから、あまり知られていない。文科省に問い合わせ、ファックスで送ってもらったのが以下の書類である。ホームページに掲載しないのは、情報公開は必要なので報道発表はするが、栄典に関することなので、ホームページに載せるようなことはしたくないという配慮らしい。

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 さて、そのメンバーだが、10人のうち、私が名前を知っていたのは、田中明彦、松浦寿輝の両名だったし、小説家「宮本正仁」って誰?と思って調べてみると「宮本輝」の本名だった。あとの委員は、武蔵野音大の人を除いては、すべて国立の研究機関や大学に属する人たちで、元文科省事務次官次だった官僚もいる。たしかに研究分野を異にする委員ではあるが、彼らの眼が各分野での「文化の向上発達」に「勳績卓越」「功績顕著」な人たちに届くとは思えない。若干の意見は聞き置かれようとも、おそらく他の省庁の「審議会」と同様、おおかたは、事務方の提案の了承機関になっているのではないか、と。今年の選考委員で、文学関係では、松浦と宮本の両委員ということになる。両名は、ともに、芸術選奨文科大臣賞(松浦2000年、宮本2004年)、紫綬褒章(松浦2012年、宮本2010年)を受けている仲である。こうしたな環境の中で選考され、歌人の文化功労者岡井隆が誕生した。

 世の中の様々な賞、歌壇における短歌雑誌や歌人団体、新聞社やNHKなど民間の組織が主催する賞についても様々な問題、例えば、選考委員の重複・集中、選考委員結社間での互酬性、受賞者の重複、各賞の特色の薄弱化など、これまで指摘してきたつもりである。政府が関与する各種の褒章・栄典制度において、とくに文藝にあって、政府の関与、情報の不透明性、選考委員・選者の常連化などによる権威性を伴う現実は、文芸の自律を脅かさないのか、権力からの独立性が保たれるのか、という危惧なのである。権力は、露骨に、あるときは巧妙な手口で、表現の自由や学問の自由をひたひたと侵害してくる現実に対して、あまりにも無防備なのではないか。私たちの抵抗の手段として何が有効なのか、歴史に学び、世界に学び、もっと賢くならなければの思い頻りである。

 

 以下、参考までに二つの一覧表を作成した。

・日本芸術院会員歌人褒章・栄典一覧

・歌会始選者を中心とした受賞栄典一覧

http://dmituko.cocolog-nifty.com/kajnnohosyoeiten.pdf

 

 

 

 

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2016年10月25日 (火)

国立歴史民俗博物館の常設展「近代」見学記

10月23日、日本科学者会議東京支部の方のお誘いで、佐倉のフィールドワークに参加した。といっても、午前中の市内めぐりは失礼して、午後からの国立歴史民俗博物館の第5室「近代」の見学とかつて、歴博で「近代」の展示を担当された新井勝紘さんの話を聞いた。

歴博の企画展に出かけた際には、必ず、常設展の第5展示室「近代」と第6展示室「現代」を見学するよう心掛けてきたが、これまで素通りしていた個所がいくつもあることにも気づかされた。今回、かつて歴博研究部で「近代」を担当された新井さん(昨年まで専修大学教授)の解説付きという充実した見学となった。展示は、大きく「文明開化」「産業と開拓」「都市の大衆の時代」に分かれる。以下は、まったくの気ままな、私流の見学記録ながら、書きとどめておきたい。

 

沖縄のペリー来航

「文明開化」の展示は、ペリー来航で始まるが、ペリーに随行してきた画家ハイネの石版画がまず目をひいた。そのうちの一枚に「首里城からの帰還の圖」というのがあった。ペリーは浦賀に来る前に、何度か沖縄、琉球王国に立ち寄り、水や食料の補給に始まり、無理難題も突きつけた。アメリカは、琉球をアジアの軍事的拠点として目を付けていて、ペリーは、軍と大砲を従え首里城まで押し進み、武力で王国の開国を迫っている。浦賀来航の折にも、琉球に軍を待機させ、日本の開国拒否に備えていたことになる。明治政府による琉球処分、日本敗戦直前の捨て石作戦としての沖縄、アメリカによる沖縄占領、そして今日におけるアメリカの軍事基地としての沖縄への道筋を知って愕然となるのだった。

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歴博のパンフレットより、左下が「旧石巻ハリストス正教会堂」の⒑分の1模型

 

石巻ハリストス正教会

人垣のある家屋模型の前を通りすぎようとしたとき、「石巻、イシノマキ」という新井さんの声が聞こえて来たので、思わず近づくと、模型は、なんと「旧石巻ハリストス正教会堂」であったのだ。今年の4月に石巻を訪ねたとき、ホテルのそばの千石町に「石巻ハリストス教会」があった。朝まだ早かったので、中には入れなかったのだが、簡素な佇まいであったことが思い出される。この教会はロシア正教の流れを汲む教会で、明治初期から東北のこの辺りでの布教が盛んであったという。私たちが見た教会は、宮城県沖地震で傾いた教会が、解体移築された跡地に1980年に建てられたものだった。1880年に建てられた旧館の移築先は、北上川河口の中州、中瀬公園内で、東日本大震災で被害を受けて、2階まで浸水、大きく傾いた写真を見たことがある。すでに、解体され、復元計画が検討されているという。日和山から中瀬公園を遠望した折は、津波に堪えた石ノ森章太郎萬画館が見えるだけだった。その「旧石巻ハリストス教会堂」の模型だったのである。だから、現在、その姿をとどめているのは、十分の一という模型ながら、ここ、佐倉の歴博だけということになる。移築先で5年前に津波で浸水してしまった2階の礼拝堂の畳敷きまで再現されていて、ここで出会えたことには、感慨深いものがあった。

 

(当ブログの以下の記事参照)

2016年5月14日 (土)
連休の前、5年後の被災地へ、はじめて~盛岡・石巻・女川へ(6)女川原発へ
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/05/5-5cf0.html

 

五日市憲法

 圧巻は、やはり自由民権運動、1968年に、西多摩郡五日市町(現あきる野市)の深沢権八家の土蔵から発見されたという「五日市憲法」についての展示だった。新井さんこそが、当時、東京経済大学色川大吉教授のゼミの調査の一員として、土蔵の2階で、五日市憲法草案が包まれていた風呂敷包みを最初に手にした人だったのである。827日、その夜、合宿先の国民宿舎で、民間人による「憲法草案」らしいとわかったときの「興奮」は、格別で、忘れることができないとも説明された。その後の調査で、24枚の和紙に書かれた204条からなる憲法草案は、地元の小学校の教師千葉卓三郎(18521883)を中心に、多くの青年たちが集まって勉強会を開きながら、1881年、書き上げていったものだった。国民の権利についての規定が詳しい、画期的なものであったのだ。当時の多くのいわゆる「私擬憲法」の中でも先進的な内容であったという。それにしても、自由民権運動のコーナーには、各地で設立された「結社」名が壁いっぱいに貼られていた。全国で2043結社を数えるという。高知の立志社が有名だが、その数が、高知234がダントツで、京都59、熊本53、島根53と続いているのも興味深い。

 現代の護憲運動は、広がりを見せながらも、青年層からの盛り上がりに欠け、閉塞感さえ伴うのはどうしたわけだろう。そんなことにも思いが至るのだった。

 

「近代」の展示の隠れテーマは、<差別>

 以下は、見学の後、新井さんの講義をお聞きしてから、あらためて、展示を思い起こすのだったが、新井さんは、「近代」の隠れテーマは<差別>にあった、という。さらに、歴博の展示のコンセプトは、あくまでも「民衆」と「課題設定」にあり、総ざらい的、教科書的な流れをとらなかった。これは、初代館長井上光貞さん、そして裏方でかかわった、新井さんの先生でもある色川大吉さんらの功績が大きい、と。これまでの歴史といえば、人物で語る歴史、統治者の名で語る歴史が、幅を利かせていた。 そんな視点で、展示を振り返ると、開化の落差としての「被差別部落」の実態、北海道開拓とアイヌ、関東大震災と朝鮮人のコーナーに力点が置かれていたし、労働者としての女性、消費文化の中の女性などにも焦点があてられていた。

 新井さんによると、部落問題に関しては、資料収集の難しさ、その展示の方法の難しさがあったという。現在の展示でも、地域が特定でできないように展示し、様々な配慮がなされ、見学者の写真撮影禁止のコーナーでもある。人別帳での表現、墓石の戒名に特定の文字を入れる地域などの実例が示されていた。

また、関東大震災における流言飛語による「朝鮮人虐殺」を伝えるコーナーでは、当初、文部省から「見出し」に「虐殺」の文字はふさわしくないと使用を止められたが、解説文や映像の中には残した。また、新井さんが異動した後、最近になって、朝鮮人の犠牲者「6600人を上回る」という表現にクレームがつき、「多数」に修正したという事実もあったそうである。歴博は順次、古い展示からリニューアルを進めてきている。近く「近代」も、閉室して、リニューアルの計画なので、どんな展示になるかも不安になってきた。教科書検定と同じ道をたどるのだろうか。

なお、展示パネルには、いわゆる、天皇による時代区分もないし、首相や個人名を挙げての見出しもないのが特徴でもある。ちなみに、展示の中で、唯一、天皇像が登場したのが、下記の「千葉県満州上海事変出征現役名鑑」(昭和7年)というものであった。

 

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携帯での撮影、画像不良です。「千葉県満州上海事変現役出征名鑑」

 

色川大吉・新井勝紘さん登場のラジオ番組~五日市憲法 明治の草の根憲法から学べ~を聴く(荻上チキ<セッション22201653日放送)

https://www.youtube.com/watch?v=cmWp7Mgc8Fo

 

 帰宅後、五日市憲法で確認したいことがあったので、ネット検索の途中で、上記の番組に出会った。荻上チキの番組は、以前から友人に勧められていたこともあって、たまに聞くことはあったのだが、53日の番組のことは初めて知って、聞いてみた。昼間の話に続く五日市憲法についての詳細な話であったので、興味津々だった。荻上さんは相変わらず饒舌で、電話取材でのしつこいほどの質問に、「もうその辺でいいのではないですか」と色川さんにたしなめられていた。直接の関係はないものの、例の不倫報道の前のことではあったが。

 新井さんや色川さんの話では、五日市憲法の先進性は種々の条文に現れていて、その核心は、つぎの45条にあるという。

「日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ、他ヨリ妨害ス可ラス、且国法之ヲ保護ス可シ」

 また、86条では「民撰議院ハ行政官ヨリ出セル起議ヲ討論シ又国帝ノ起議ヲ改竄スルノ権ヲ有ス」と国会の優位規定もあった。各条文の中身もさることながら、まだ、20代の千葉卓三郎を中心に、深沢家の親子と多くの青年たちが相寄って、西欧の啓蒙書を読み、議論を重ね、自分たちの政治は自分たちの手でつかむという意気をみなぎらせていたことが尊いものだったと。選挙を終えたら、あとはおまかせという現代の政治のありように警鐘を鳴らしていた。今の青年たちは学んでほしいとも。女性の皇位継承を認めたり、独立した地方自治条項を設けたりしていた一方、女性や障がい者の参政権を認めないこともあった。 条文は以下を参考。

http://archives.library.akiruno.tokyo.jp/about/img/itsukaichi_kenpousouan.pdf

 

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