2016年8月29日 (月)

残暑お見舞い申し上げます~沖縄に関連するテーマで書きました

 私にとっては、少々きつい夏だったのですが、次の論稿が活字になりましたので、おついでの折、ご覧いただければ幸いです。①は、依頼があり、寄稿したものです。「特集 震災後の文学は可能か」とは、若干離れた感があるテーマでしたが、私の中ではつながっている課題でもありました。年表も大部分は省くことになってしまったのですが、編集部にはお世話をかけました。②③については、いずれ、ブログに転載させていただこうと思っています。ご参考までに、その目次(一部)の画像を添付しました。

「沖縄における天皇の短歌は何を語るのか」付<年表・沖縄の戦後短歌―本土短歌ジャーナリズムと天皇の沖縄訪問1944~(中略)~2016)> 『社会文学』4420168pp6580

Img209_2

②夏の課題図書「『沖縄文学全集第三巻・短歌』その声を聴く」 『現代短歌』9月号(夏休みの宿題「戦争と短歌」特集)20169月 pp4849

Img207

「沖縄にも天皇歌碑があった(その三つを訪ねて)『新日本歌人』9月号(新日本歌人協会七十周年記念)20169月 Pp2223

Img208




|

2016年8月20日 (土)

いま、なぜ、「情報公開」の後退なのか~佐倉市社会福祉協議会がやっていること~予算・決算の広報に見る

 これも、やや旧聞に属するのだが、気になっていたことがある。615日の新聞折り込みで届いた佐倉市社会福祉協議会の広報紙「社協さくら」(188号 2016年6月15日)の2頁目を見て、一瞬「?」と思った。今年度の「事業計画・予算概要」と昨年度の「事業・決算報告」が、なんと一緒に1頁に収められていた。例年は、5月に事業計画・予算が、7月に前年度の事業・決算が報告されていたはずだったが。今回の予算・決算は、その情報量が極端に少ないし、肝心の計算書や内訳書はすべて省略されて、円グラフが登場していたのだ。内訳部分が、まさに「墨塗り」状態となってしまったのである。

「社協さくら」188号 http://www.sakurashakyo.or.jp/koho/koho_188.pdf

詳しく見てみよう。ご覧のように「予算概要」が「事業活動収入」「事業活動支出」が二つの円グラフでしか示されていない。決算も同様である。

1頁分を「予算」と「決算」に分けてコピーした。
 

<2016年度 事業活動収入>  「社協さくら」188号2p

http://www.sakurashakyo.or.jp/koho/koho_188.pdf

Img199_2

<2016年度事業活動支出>上記 「社協さくら」188号2p

http://www.sakurashakyo.or.jp/koho/koho_188.pdf

Img200
  例年だと、年度初めの最初の号(51日号)に、事業計画と共に「(法人全体)資金収支当初予算書」が、1頁を使って掲載されていた。夏の号(71日号)には前年度の事業報告と共に「事業別資金収支計算書」「「貸借対照表」「財産目録」が掲載されていたのである。昨年の5月と7月号の該当頁は以下のとおりであった。

「(法人全体)資金収支当初予算書」(「社協さくら」183号)http://www.sakurashakyo.or.jp/koho/koho_183.pdfImg201
「事業別資金収支計算書」「貸借対照表」「財産目録」(社協さくら」184号

http://www.sakurashakyo.or.jp/koho/koho_184.pdf
Img202


   私が今回、問題にしたいのは、例年「社協さくら」で、わずかながらでも公表してきた上記の会計情報が、今年は、すべて落とされていたのである。予算も決算も、広報紙「社協さくら」に収録できる情報は、その紙面の制約を受け、限られるだろう。詳細な数字は、それぞれ、分厚い予算書や決算書、下記の社協のホームページのサイトで見るしかない。確かにたくさんの数字を並べても、市民には分かりにくい。だから、市民に分かりやすい言葉と数字で公表するのが、広報の役割のはずだ。

こともあろうに、スペースを圧縮した上、事業活動の収支を事業活動別に円グラフで示されても、その中身がさっぱりわからなくなってしまった。ホームページを探してみても、この円グラフの元になっている資料が見当たらないのである。円グラフだけとなった今年の予算と決算、例年と比べての問題点を探ってみたい。

1)自治体からの「補助金収入」が明示されなくなったこと


 
今年度の予算の収入事業活動収入(法人全体)の円グラフにある「法人本部」に入る収入源は何なのかがわからない。昨年まで、「法人本部」というくくりはなく、上記昨年の「(法人全体)資金収支当初予算書」には、主要な収入源である「会費収入」2329万円(万以下切り捨て)、「経常経費補助金収入」6610万円、「受託金収入」19809万円であることがわかる。ここで「経常経費補助金収入」とは、何のことかわからないかもしれないが、佐倉市と千葉県からの補助金の合算で、昨年度の予算では6600万円というのがわかる。

2)佐倉市からの人件費補助の実態が相変わらず不明確なこと

調べてみると、この大部分は、佐倉市からの人件費の補助金で、2013年度(平成25年度)までは、長い間、1億円を超えていた。市や県、自治体からの補助金、つまり税金によって社協の人件費が賄われていることになる。これは他の社会福祉法人との大きな違いであり、公平性を欠くことは明らかでありながら、今日まで続いている。佐倉市からの指定管理による事業や受託事業を受ける場合の人件費もあり、法人全体への人件費補助との関係の不明確さが、監査のたびに指摘されながら、その措置がなされずに放置されていた。それがようやく、平成26年度(2014年)から、若干修正がなされているようだが、その不明確さは、依然として解明されていない。にもかかわらず、「経常経費補助金収入」の勘定科目すら、「法人本部」とくくられてしまったのである。

(佐倉市の佐倉市社協への人件費補助については、以下の記事を参照して下さい。
*2014年6月6日 佐倉市社協への人件費補助は大幅に減額されたのか~その背後を探る
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/06/post-b3b6.html

 3)「会費」収入の占める割合が分からなくなったこと

 いわゆる、多くは自治会などを通して、各世帯から集められる「会費」も、「会費収入」として勘定科目にあげられることなく、今年度の円グラフでは「法人本部」にくくられてしまっている。私は、この「会費」という存在自体に、大きな疑問を持つので、注視を続けている。

「社会福祉協議会」は法律上自治体に設けられる「社会福祉法人」だとされるが、他の社会福祉法人と同等のはずである。それが、社協だけは、「会費」と称して、多くは自治体公認、支援の下に自治会などを通して、いわば「半強制的に」集金するシステムを作り上げている。本来は一社会福祉法人への個人の「寄付」であるべきものである。法律的な根拠もなく、こんな集金方法が横行することに対してはすでに司法的判断が出ているのにもかかわらずなのだ。すなわち、社協に限らず日赤や神社その他への寄付金が自治会を通じて集められたり、自治会費に上乗せされたりすることに対しては、「違憲」であるという「最高裁決定(滋賀県甲賀町希望が丘自治会)」が出ているにもかかわらず、各地の社協や自治体は、いまだ野放し状態なのである。

(「会費徴収」についての判例については、以下の記事も参照ください。  

*2013年10月24日「赤い羽根募金、社協の会費って、個人の自由ですよね!「希望が丘自治会の最高裁判決」の勉強会に参加して 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/10/post-3888.html

 

  私たち市民は、そうして集金された「会費」が、社協の収入源として持つ意味合いを常に認識するためにも、会費収入の額は示されていなければならない。全国にに各地の自治会では、「寄付の強制は違憲」との認識で闘っている人々も多い。佐倉市社協も、ようやく、上記「最高裁決定」を自治会長の説明会資料などに小さく報告するようになったが、いまだ、「寄付のお願い」という形で、自治会を通じて「会費」を集めることを続けている。こうして、佐倉市の傘のもと、他の社会福祉法人との差異化を目指し、佐倉市からの人件費補助を受け、佐倉市からの膨大な受託事業を請け負っているのである。かつては、社協が佐倉市の定年退職者の天下り先であった時代もあったが、いまは、「嘱託職員」の採用実態などに、癒着がないかは、注視する必要があるだろう。職員の採用は、独自の試験によるというが、佐倉市職員待遇に準じている。

 4)「社協さくら」の発行が、年4回から3回に減ったこと

 そもそも、「社協さくら」の188号(2016年615日)に今年度予算と昨年度決算資料が、例年になく簡略化されて、一度に掲載されたのはなぜか、を問い合わせてみた。今年の事業計画により、「社協さくら」の発行は、経費費削減のため、これまで4回発行していたのを3回にしたというのである。「ホームページも充実させましたし・・・」というのがその理由である。しかし、予算・決算報告については「情報公開」の流れには完全に逆行するものだろう。そのホームページにも、今回、私が何回か閲覧しているうちにも、不備はみつかり、いま、修正を申し入れている。

 

なお、各年度のデータは、次のサイトで知ることができる。

佐倉市社協事業計画・予算・事業報告・決算

http://www.sakurashakyo.or.jp/m0102_page01.html

しかし、開いてみればわかる通り、諸表の羅列で、表自体の説明や表相互の関係が全く示されていないので、表題だけで、その表の意味を理解するのは難しい。今回188号の円グラフの下にも、「詳細につきましては本会ホームページをご覧ください」との注意書きが記されているが、このサイトにたどり着いても、前述のように、そもそも円グラフのもとになっている数字を示す資料(表)が作成されていない。担当者は、「今回の円グラフは、収入・支出のおおきなくくりによる割合を示しているので、勘定科目とは一致するものではない。各くくりの扇形の数字や内訳は、各種の複数の表から寄せ集めているが、総計の数字に間違いはない」という。市民は、「広報」の読者は、根拠となるべき数字を求めようにも、数字の海を前に途方に暮れるばかりだろう。まずここであきらめよと言わんばかりに。(つづく)

なお、当ブログにおける、社協の会費、日赤の募金などについての記事は、カテゴリ「社会福祉協議会」「寄付・募金」をクリックしていただくと、見ることができます。

 

| | コメント (0)

2016年8月17日 (水)

歌人は、沖縄とどう向き合うのか~私の歌壇時評

 昨年の『ポトナム」の歌壇時評(7月号)(当記事末尾の昨年の記事参照)でも触れたが、戦後七〇年間、沖縄の短歌・歌人について、本土の短歌メディアは、わずかな例外はあるものの、あまりにも無関心であり過ぎたのではなかったか。

  ところが、二〇一四年一二月、翁長雄志沖縄県知事誕生で辺野古新基地建設をめぐる県と国との対立が多くの国民の知るところになると、短歌総合誌の沖縄への視線にもやや変化が表れ、沖縄の歌人の登場や時評での言及が活発になった。『現代短歌』では、今年五月から「沖縄の歌人たち」の連載が始まった。『短歌研究』では、昨年一〇月、歌文集『アジアの片隅で』を出版した新城貞夫の評論と作品が登場した(二〇一六年三月、六月)。新城の『花明かり』(一九七九年一一月)は、佐藤通雅の解説とともに遠い記憶にある歌集だった。結社誌や同人誌でも、私の知る限りながら、沖縄歌人特集や時評などでの言及が増えたように思う。 これらの動きの前触れは、ややさかのぼって、『短歌往来』の沖縄特集(二〇一三年八月)の小高賢「歌の弱さと強さ」における「沖縄にとって自明の固有性(文化、戦争体験、基地問題への怒り)が、逆に、ずれを生んでいるのではないか」「背負っている環境から一度離れてみることではないか」という問題提起であったと思う。小高は、沖縄の短歌は作品と作者の取り換えが可能なほど個性がないというのだ。

  また、松村正直は『毎日新聞』「短歌月評・沖縄戦70年」(二〇一五年五月二五日)において、「自らの主張をただ述べただけの歌も多い。〈政府の蛮行〉〈大和の犠牲〉〈権力の横暴〉といった言葉が入ると、どうしても歌は硬直化し、スローガンになってしまう。今回のアンソロジー(『歌壇』二〇一五年六月の沖縄特集)は沖縄出身者の社会詠でほぼ占められているが、もっと多様な視点があっても良いだろう。例えばそこに、俵万智、松村由利子、光森裕樹といった沖縄移住者の歌を加える柔軟さも大切だと思う」と指摘した。

  これに応える形で、名桜大学(沖縄市)で教鞭をとる屋良健一郎は、『心の花』の時評で「沖縄歌人の作品は、スローガン的、類型的という、幾度となく指摘されてきた基地詠の表現上の課題を(私を含め)克服できていないものも多い」(二〇一三年一〇月)「沖縄の作者の歌は漠然と<基地>や<オスプレイ>を詠むに留まって、現場であるはずの<現場性>が乏しい」(二〇一四年六月)と述べ、小高の指摘を卓見とした。さらに、『現代短歌』二〇一六年一月号「全国秀歌集」一〇首の選歌では「一年間に総合誌に発表された県内在住者の歌から作品本意に選んだ。戦争・基地を詠む歌が多かったが、〈秀歌〉はどれだけあっただろう」として、俵万智、光森裕樹、松村由利子、佐藤モニカという本土出身歌人の四首を含めていた。屋良が沖縄の短歌や歴史などの学習会や展示会などに積極的に取り組んでいるにもかかわらず、短歌総合誌重視という中央志向といわば全国区の著名歌人への傾斜に、私は、危惧を覚えたのであった。

  その一方、名嘉真恵美子が、沖縄の短歌(主に反戦歌や基地詠)が、「類型」や「ナマ」という評言を受け入れ、作歌が萎縮し、高く歌い上げるような強いひびきの歌が減ったと指摘し、玉城洋子が、「日本国の沖縄への眼差しは冷酷なもので、歴史の中で見て来た「琉球」「沖縄」への構造的差別がある沖縄の現実、沖縄戦を引き継ぐ「米軍基地」の「命どぅ宝」を掲げ、時事詠を多く詠んできた自負を語っていたのが印象的であった(『短歌往来』二〇一三年八月) 沖縄のことを少しでも知りたく、数か月前から一日遅れの『琉球新報』の購読を始めた。今年の「慰霊の日」は沖縄で迎える予定だ。 (『ポトナム』2016年8月所収)

* 2015年 6月 29日
沖縄とジャーナリズム(1)短歌ジャーナリズムはどう向き合ったか

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/06/post-cfd1.html

| | コメント (0)

2016年8月14日 (日)

マイナンバーその後 、保険会社からマイナンバー申告書類が届く

 8月の中旬に入って、私のところに生命保険会社から、次のようなマイナンバー申告の「ご案内」の書類と「お願い」のチラシが届いた。もちろん申告は任意で不要なのだが、下記の「ご案内」と「お願い」の中の文言が気になり、問い合わせ先に電話した。

 

「個人番号(マイナンバー)・法人番号申告のご案内

その冒頭はあいさつ文だが、上記のタイトルのもと「個人番号(マイナンバー)・法人番号申告のお願い」の題のもとに、次のように記されている。

「このたび、『社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)』が導入され、生命保険会社は税務署などに提出する支払調書にお客様の個人番号(マイナンバー)・法人番号を記載することが定められました。つきましては、個人番号(マイナンバー)・法人番号の申告をお願いいたします 

Img198

②「個人番号(マイナンバー)・法人番号申告に関するお願い

これは①の『ご案内』の説明チラシの位置づけのようである。最上段には次のように記され、申告方法や利用目的などが続き、裏面には、「個人のお客様の番号申告の流れ」が大きく図示されている。

「社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)の導入により、生命保険会社では税務署等に提出する支払調書にお客様の個人番号(マイナンバー)・法人番号を記載することが義務づけられています。つきましては、お客様の個人番号(マイナンバー)・法人番号を当社あてに申告ください

Img195

  善良な市民だと、手続きの流れに沿って、マイナンバーの通知書、マイナンバーカードのコピーを張り付け、本人確認の写真付き証明書か写真がないものは2種類の証明書のコピーを貼付することになるだろう。これって、マイナンバーと個人情報満載の証明書情報もあわせて、保険会社はゲットできることになる。これらのセキュリティの甘さは、これまでも、なんど頭を下げられてきたことか。IT社会における情報漏れ防止の担保の難しさを、私たちは学んできたはずである。 安易に個人情報をばらまいてはいけないと思う。

 ところで、この二つの①「ご案内」と②「お願い」文書の文章の微妙な違いに着目してほしい。①「ご案内」では、「生命保険会社は…記載することが定められました」「申告をお願いします」となっているのが、②チラシ「お願い」では「生命保険会社では・・・記載することが義務付けられています」「申告ください」と②チラシ「お願い」の方が強い口調になっている。「義務」は、どう読んでみても生命保険会社の「義務」としか読めないのであるが、一読、いかにも保険加入者に「義務」づけられているから「申告ください」と促しているようにも読める。ウカウカと誘導に乗ってはいけない。

 あらためて、問い合わせ先に、確認してみる。

Q 私たち顧客には、義務はないはずですが、いただいた文書には、紛らわしいところがありますね。

A 申し訳ありません。会社には「支払調書」にマイナンバーの記載が義務付けられていますが、お客様の義務ではありせん。

Q マイナンバーの申告は、お客の任意であって、義務でないということがどこにも書かれていませんが、書類には、しっかりと明記してほしいです。

A 申し訳ありません。そのようなご意見があったことは上司に伝えます。

Q 確認ですが、マイナンバーを申告しなかったことにより、サービスに支障がありますか。

A まったくございません。

  なお、ネット上で調べてみると、私のかかわる保険会社ではなかったが、他の保険会社の「マイナンバー申告のお願い」にあたるお知らせの中に、例えば、「よくある質問」としてQ&Aのコーナーを設けて、つぎのような問答が記されていた。これとて、必ずしも正確な情報ではないが、こうした問答を載せることによって、 お客には、マイナンバーについて考える時間や余裕が生じるはずである。

<エヌエヌ生命>https://www.nnlife.co.jp/aboutmynumber

Q.マイナンバー(個人番号)を申告しないとどうなりますか?

A.マイナンバー(個人番号)をご申告されない場合でも、年金やその他の保険契約に基づくお支払手続きに支障はございませんが、保険会社には支払調書にマイナンバー(個人番号)を記載する義務がございますので、なにとぞご理解のうえご協力をお願い申し上げます。

<日本生命>

Qマイナンバー(個人番号)を申告しない場合、支払手続きはしてもらえないのですか?

Aマイナンバー(個人番号)を申告いただかなくても、保険金等をお受取りいただくことはできます。なお、保険会社は支払調書にマイナンバー(個人番号)を記載する義務がございますので、ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

  なお、マイナンバー制度の普及率、7月上旬時点で、マイナンバーカードの申請数が636万枚で、通知を出したのが1億2000件というから、約5%というわけである(週プレnews 2016年7月18日)。政府は利用拡大のロードマップができているというが、国民の制度自体への不信感と利便性に欠けることが、やはりネックになっているのはないか。

また、マイナンバー制度導入前後の私のレポートに以下の記事がある。合わせてご覧いたければと思う。

◇マイナンバーに法的根拠はあるのか~内閣官房も自治体も、その説明に苦慮している! 16/01/15

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/01/post-7a6d.html

◇マイナンバー通知、到着、どうしますか、「ニューデンシャ」って、何?! 15/12/05 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/12/post-8d52.html

◇「マイナンバー制度」は、日本だけ!? 先進国の失敗からなぜ学ばないのか 15/11/25

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/11/post-afb2.html

 

 

| | コメント (0)

2016年8月12日 (金)

『青葉の森へ(三)』(短歌ハーモニー合同歌集)が出来上がりました

 今年20161月に短歌ハーモニー歌会は150回目を迎えました。2002年に千葉市女性センター(現、男女共同参画センター)の短歌講座の修了者によって立ち上げられた歌会でした。2006年に合同歌集『青葉の森へ』を、2011年には『青葉の森へ(二)』を刊行しました。今回は11人の参加となりました。メンバーは少しづつ入れ替わりましたが、当初からの会員たちからは励まされる思いでした。青葉の森公園に近い千葉市ハーモニープラザを会場に、毎月第三木曜日の午後のひとときを過ごしています。各自近作から50首の選歌、タイトルや小題、構成をどうするのか、イラストを自作にするのか選ぶのか、表紙の色や注文の部数まで、皆さん、迷いながらも楽しそうでした。取りまとめと印刷所との交渉などてきぱきと進めてくださる会員たちのおかげで完成しました。近隣の図書館にも寄贈させていただきますので、手にとってご覧いただければさいわいです。 歌集の一部を紹介したいと思います。

Img194

秋元京子「野の花咲く道」

「この道」を唄いながら野の花を握りしめた車椅子の母

人も去り彫刻の森は眠りにつきオレンジの灯をやさしくつつむ

少年は口唇かみしめ弟を背負い焼場に直立不動(原爆写真展)

大堀静江「酔芙蓉」

白昼夢はほたるぶくろに蛍入れランタンとなし里山歩く

米寿なる恩師の元に集いたるわれらも傘寿共に祝わん

七〇年時代がもどる空気あり孫子の代に残さるゝは何

岡村儔子「篠懸の実」

波しずか海光照らす東京湾小さくフェリー止まりいるごと

街路灯あかりの中を舞うごとく初雪はらはら路面に消える

旅客機は夕日を浴びて一線を上昇しつつ光を放つ

加藤海ミヨ子「ナンジャモンジャの木」

純白のこの花ナンジャヒトバタゴ今年も咲いた青葉の森に

ただ一人歩み始めた老いの坂なだらかなれと願いて進む

苦しさを投げ出したくなる悲しみも齢と共に薄れゆくなり

鈴木佐和子「生きる」

考えて考えて出す我が一歩すべらぬように転ばぬように

ふと見上ぐリハビリの窓に冬の空清らに澄みてしばし安らぐ

咲きだした水仙一つ墓に置くもしやもしかに思い出せばと

鈴木美恵「蘇る鐘」

気がつけばバスから手を振る幼子に吾も思わず振りこたえたり

瑠璃色の弁天沼に映し出す紅き櫨の木秋を集める

湖に浮かぶ小島の教会に蘇る鐘ひとつ撞いたり

竹形三枝「悲喜こもごも」

家を出た子の捨てゆきし本の中に世の中を見る鋭さを知る

ノートルダムの震災のミサに与りて復興を願いあれから五年

老いて子に従いますと住みなれし町をはなれゆく友の手つめたく

藤村栄美子「羽ばたけ 未来へ」

公園や移動の時も駆け回るショパンのワルツの子犬のように

(姉八歳二カ月、妹六歳7カ月)

静けさを引き裂いて飛ぶ戦闘機防災訓練に参加するはなぜ

(二〇一三・九・一)

国会を大包囲してヒューマンチェーンを結んだ手の温かきこと

(秘密保護法反対)(二〇一四・一・二四)

美多賀鼻千世「シンフォニー」

ピストルの合図と共の湧き上がる子らの歓声風に乗せられ

初場所の土俵の取り組み下に見る光る背中に赤みが増して

足元のすらりと伸びた若いひと薄色のスカートひるがえして

渡辺洋子「時巡り」

指折りに帰る日数え暮らす日々思えば寒い日本の冬よ

二つ三つ蕪の頭に青葉出てキッチンの隅にも小さき息吹きは

観覧車すがたを消して時巡り山の木芽吹き日ごと色増す

内野光子「焼け跡のダリヤ」

寝たきりの犬の身を返せば手のひらに触るる骨のかたち寂しむ

したたかに咲き継ぎたりしポンポンダリヤ焼け跡耕す畑の隅に

マンションの廊下の灯り列なせり三月十一日など忘れたかのように

 

なお、『青葉の森へ』の第一集、第二集については、以下の記事がありますので合わせてごらんください。

第一集について

http://dmituko.cocolog-nifty.com/tankahanonikasyuudekiagarimasita.pdf

第二集について

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/10/2-bde0.html

| | コメント (0)

2016年8月 9日 (火)

「うた新聞」吉川宏志「<いま>を読む~批評が一番やってはいけない行為」という私への反論

88日、午後3時前、天皇の「お気持ち表明」なる「玉音放送」を待っているとき、「うた新聞」(いりの舎)の編集部から8月号の吉川宏志「<いま>を読む第4回―批評が一番やってはいけない行為」の記事に印刷の不手際があったとの連絡を受けた。間をおかずに、吉川さんからも電話をいただいたので、誤植ではなかったらしい。その折、「うた新聞」紙上に、その反論を書かせてもらえることになった。

それはともかく、上記の記事は、私の『ポトナム』七月号の歌壇時評への反論であった。当ブログ記事「『時代」の所為(せい)にはするな=私の歌壇時評」(7月30日)として再録している。私への異論があったこと自体、貴重な体験となった。

歌壇には、もっと論争が起こればいいと思っている。異なる意見を持つものとの議論が民主主義の根幹でもあり、「反論に値しない」と無視することの恐ろしさを思う。ただし、あえて、注文するならば、①論争をするのであったら、論難されている当事者が受けて立つこと ②反論は、相手の論の核心部分を突くこと ③相手の文章の引用や先行研究の引用に関しては、明確な表記をすること、などなど・・・。①については、いわば「保護者」同士や「弟子筋」同士の<代理>論争的な側面を持つことも多いからであり、②については、論点をずらしたり、末節を切り取ってきたり、過去に遡ったりすると焦点は拡散し愚痴になりやすいからである。③は、今回の吉川さんの私の文の引用がとてもわかりづらかったからでもあった。

 いま、吉川さんの言いたいことは何だったのか、読み込んでいる。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2016年8月 8日 (月)

8月6日、目黒五百羅漢寺の桜隊原爆殉難者追悼会へ

 猛暑が続く東京、目黒の五百羅漢寺に、夫と出かけた。夫はすでに何回か参列しているが、私は今回初めてだ。早朝から法要は始まっているが、私たちが参加したのは本堂前の原爆殉難碑「碑前祭」からで、住職のお話のあと、ご焼香となった。「移動演劇さくら隊原爆殉難碑」の碑銘は徳川無声の書により、裏面には柳原白蓮の「原爆のみたまに誓ふ人の世に浄土をたてむみそなはしてよ」が刻まれているという。丸山定夫と園井恵子、高山象三、仲みどり、森下彰子、羽原京子、島木つや子、笠絅子、小室喜代9名の慰霊碑である。

Dscn0481

 「移動演劇さくら隊」とは、戦時の統制下で従来の演劇活動が出来なくなった演劇人たちだったが、丸山定夫らは、苦楽座を結成、後、さくら隊として、1944年から45年にかけて、内閣情報局管轄下で地方巡業中であった。その根拠地というか、疎開先が広島だったのである。詳しくは、以下のHPを参照。

「桜隊原爆忌の会」HP

http://www.photo-make.jp/sakura.html

 

Dscn0482
慰霊碑の右側の供花に「佐々木愛」の名が読める

そして、今日は、新藤兼人(19122012)作品『さくら隊散る』(1988年)が上映されるという。エアコン直下で少々冷房が効きすぎるくらいの席であった。「さくら隊」の成り立ち、活動の足跡、犠牲者の悲惨な最期までを克明にたどる。即死ではなかった、丸山定夫も厳島で、園井恵子と高山象三の二人は神戸の知人宅で、仲みどりは、やっとの思いで広島から東京の実家に逃れ、入院先の東大病院で亡くなるまでの痛苦の数日をリアルに再現している。彼らと同じ団員ながら、偶然、広島を離れていて助かった俳優の池田生二(19121998)と槇村浩吉(桜隊事務長、19102001、犠牲者小室喜代の夫)が案内役を務めて、ゆかりの場所や人を訪ねるのである。また、丸山定夫と昭和初期からプロレタリア演劇の同志として、新劇、大衆演劇、映画などを支えてきた人々、千田是也(19041994)滝沢修(19062000)小沢栄太郎(19091988)宇野重吉(19141988)山本安英(19021993)杉村春子(19061997)らが、証言者として、昭和前期、敗戦までの過酷な演劇の歴史、そこにおける丸山定夫や園井恵子らについて語るのである。私などは、1950年代から60年代の映画全盛時代に、スクリーンで見慣れた滝沢、小沢、宇野らであったし、証言者として登場する嵯峨善兵、薄田研二、松本克平、浜村純、殿山泰司らも、映画の名わき役、あるいは敵役として、当時は知らないまま見ていたが、彼らも筋金入りの演劇人だったことを改めて知ることになる。私が観た舞台は数えるほどで、滝沢の「セールスマン死」と宇野重吉くらいだったか。映画のナレーションは、聞き覚えのある声の乙羽信子(19241994)であった。杉村春子の証言を聞いていると、その語り口も、内容も実にドラマティックて、さすがと思ったのだが、小津安二郎作品などで、杉村が「あら、あんたたち、もう集まってるじゃい」とか、べらんめい調で他の出演者たちに割って入ってくると、その画面が一気に引き締まる、といった記憶がよみがえる。

 出演者の生没年は、家で調べてみたのだが、1987年からの制作、1988年公開の映画だったのだが、宇野や小沢は最晩年の証言であったし、百歳を迎えた新藤は別として、公開後の10年内外で多くの方が没している。この映画は、まさに貴重な証言集でもあったのである。

 私は、「さくら隊」で最も若くして亡くなった高山が、薄田研二夫妻の長男であったこと、槇村が敗戦後、真山美保と新制作座を立ち上げたことなどは、浅学にして知らなかった。案内役の池田生二も見たことのある風貌だと思ったら、1960年代の映画と、以降はテレビの刑事ものや時代劇に数多く出演していることもわかった。 

 会場では、思いがけず、昔の職場の同僚と会い、旧交をあたためることができた。この日の参列者120人ほどと。

 さらに五百羅漢様たちに敬意を表してお参りもすることができた。 耳の痛い「ことば」も多い。

「周りに左右されず信念を貫く」
「おのれを制御できる人ほど自由である」
「広く学び、深く究める」
「多くを聞いて、少しく語る」・・・・。

 懇親会は失礼して、目黒駅に出て、私は、友人と久しぶりのおしゃっべりに時を過ごした。

Img193_2

 

| | コメント (0)

2016年8月 3日 (水)

ツイッターもフェイスブックもやらないのですが、感想を寄せてくださる方に感謝です。

①『ユリイカ』8月号、<特集・新しい短歌、ここにあります>に寄稿しました。

2016728 

②「時代」の所為(せい)にはするな~私の歌壇時評(2016730日)

先月末に、上記、筆者執筆の短歌関係の記事再録①と執筆エッセイ収録の雑誌②を紹介いたしました。「リアルタイム」でのネット検索で以下のコメントを知りました。(c)(d)のコメントは、①の『ユリイカ』8月号の拙文を読まれた感想であり、(b)は、②の紹介でした。(a)は、筆者のどの文章を読んでのコメントなのかは、特定していませんでした。私のブログの<短歌関係記事>へのコメントは、極端に少ないなか、ツイッターやフェイスブックでのコメントは、貴重で、大変ありがたかったです。ありがとうございました。もちろん面識のない方ばかりで、なかには私の短歌関係の記事で言及した方もいらっしゃいます。

(a)「正論なんだけど正論すぎて逆に間違い」な気がする。人間に首尾一貫性を求めすぎというか。人間とはもっとちゃらんぽらんなものではないか。~とツイートされた(shu matsuki)さん、若い方なのに、妙に達観されているのですね。「うん、うん」とうなずく「歌人」は多いはずですが、公言する「歌人」は少ないでしょう。自らを正当化するには、あまりにも、説得力に欠けるからではないでしようか。



(8月4日補記)

 新しくコメント(e)を発見、「未来短歌会」の藤原正樹さん、ありがとうございます。ウェブ上で、拙記事をご丁寧にご覧いただいていますようで、大変うれしく思います。まさに同じことを言い続けていますが、なるべく実証的にと、狭い資料・情報検索ながら、知りえた新しい事実をもって臨みたいと思っています。内容についての言及に、いつかで出会えればなおありがたいです。

****************************************

a)  内野光子さんの文章は「正論なんだけど正論すぎて逆に間違い」な気がする。人間に首尾一貫性を求めすぎというか。人間とはもっとちゃらんぽらんなものではないか。

Twitter reracise1972 shu matsuki - 2日前 (731)



b)  内野光子さん(歌人)の痛烈な現代歌人批判。ここでいう「現代歌人」とは三枝昻之、永田和宏、今野寿美の三人を...今野)が宮中歌会始めの選者であることに気づいた」と記す(「カナリアはいま卒倒するか」『蓮』20163月)。岩田亨は、永田は「怖い」を連発していたが、何がそんなに「怖い」のか、「<NHK短歌>や...

Facebook 東本高志 - 3日前 730日)



c)  ユリイカの特集、内野光子さんに依頼した編集部も立派だが、臆せずに自説を通す内野さんもさすが。

Twitter yoshiaki_oinuma (生沼義朗) - 3日前 730日)


d)  ユリイカ、いちばんおもしろかったのは内野光子さんのエッセイで、次が、清家雪子さんのインタビューでした。

Twitter seijiota (太田青磁) - 3日前 730日)


e) ユリイカ、内野光子に書かせているのはわかるのだが、いままでの主張の繰り返しになっていて、ウェブででも丁寧に見ている人は既視感ありあり。どうしても一般論的に荒くなってしまう。一回きりだし。 proofreader2010 (藤原正樹) - 7時間前(8月4日)

 

| | コメント (0)

2016年7月30日 (土)

「時代」の所為(せい)にはするな~私の歌壇時評

以下もやや旧聞に属することになってしまったが、5月中旬締め切りで、歌誌『ポトナム』に寄せた時評である。

********

 

2015927日、緊急シンポジウム「時代の危機に抵抗する短歌」(同実行委員会主催)が京都で、同年126日、緊急シンポ「時代の危機と向き合う短歌」(強権に確執を醸す歌人の会主催、現代歌人協会・日本歌人クラブ後援)が東京で開催された。「時代の危機」という言葉もあいまいながら、どちらにも参加できず、隔靴掻痒の感はぬぐえないが、その感想を記録にとどめておきたい。

 

京都での呼びかけ人、吉川宏志は「安保法制など、憲法を揺るがす事態が起こっている現在、私たちは何をどのように歌っていくのか。近現代の短歌史を踏まえつつ、言葉の危機に抵抗する表現について考えます」と訴え、表題の「時代の危機」は「言葉の危機」に置き換えられていた。京都での三枝昻之は、戦中戦後の短歌雑誌に対する検閲にかかわり、歌人みずからの自己規制の危うさを語り、永田和宏は、最近の政治家の失言を例に、脅迫的な暴言を繰り返す危険な言葉遣いを指摘、歌人は危機感をもっと率直に表明することの大切さを語った、と総括する(吉川宏志「時代の危機に抵抗する短歌~緊急シンポジウムを終えて」『現代短歌新聞』201511月)。

 

東京では、永田が「危うい時代の危うい言葉」と題して、民衆の表現の自由が民主主義の根幹ながら、その言葉が様々な手段で奪われようとしている危機を語り、レジメには、「権力にはきつと容易く屈するだらう弱きわれゆゑいま発言す」などの短歌が記された。今野寿美は「時代の中の反語」と題して与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」を例に時代状況の中で曲解・悪用されてきた事実を指摘、表現者のとして自覚の重要性を説いた。予告にあった佐佐木幸綱の「提言」は、本人が風邪のため中止になったらしい。

 

東京での呼び掛け人であった三枝は、シンポの表題を京都のそれと比べ、「時代の危機と向き合う・・・」として、「ソフト」にしたのだといい、シンポの主題は、「安保法案の是非ではなく、政治の言葉の是非」であると、繰り返し述べている(「2015126日シンポジウムを振りかえる」(『現代短歌』20163月)。

 

二つの集会のキーマンである吉川、永田、三枝の三者は共通して、「時代の危機」というよりは「言葉の危機」を強調したかったのではなかったか。「時代の危機」を前提にしながらも、あえて「言葉の危機」「政治の言葉」に置き換えたことは、見逃してはならないと思う。「安保の是非」は横に置いておいて、歌人は「言葉の危機」にどう対応するかの念押しに、参加者の多くは、やや肩透かしを食らった気がしたのではないか。

 

東京の集会に参加した石川幸雄は、永田の「投獄されて死んでゆくのは犬死だ」と怯える姿を目の当たりにした後、「ここで 登壇者の内三名(三枝、永田、今野)が宮中歌会始めの選者であることに気づいた」と記す(「カナリアはいま卒倒するか」『蓮』20163月)。岩田亨は、永田は「怖い」を連発していたが、何がそんなに「怖い」のか、「<NHK短歌>や新聞歌壇の選者から降ろされるのがこわいのか。考えて見ると歌人の地位を失うのがこわいらしい」と、三枝については「『昭和短歌の精神史』は戦中の歌人の戦争責任を不問に付し」た「歴史観が今日の状況を作ったのではないか」と報告している(ブログ「岩田亨の短歌工房」2015128日)。私には、壇上の歌人たちが時代に「異議を申し立てた」という「証拠」を残すために、こうした発言の場を設けたように思われた。一過性で終わることのない本気度を見せてほしいと思った。近く記録集(*注)が出るというので、若い人たちの討論の内容も確かめたいと思う。(『ポトナム』20167月号所収)

*注 『(シンポジウム記録集) 時代の危機と向き合う短歌~原発問題・特定秘密保護法・安保法制までの流れ』(三枝昻之・吉川宏志共編 青磁社 2016年5月8日)の書名で刊行された。

 

| | コメント (0)

2016年7月29日 (金)

都知事選に思う~なぜ、東京はオリンピックを中止できないのか

オリンピックは、今
 
都知事選“主要3候補”の政策論議は実らないまま、選挙戦は終盤戦に入ってしまった。投票日は二日後に迫った。参院選の当時は、舛添問題を執拗に報道しながら、国政選挙報道自体を自粛していたテレビ、とくにNHKの対応には、このブログでも触れたように、重大な問題を残した。都知事選において、主要候補が出そろって、これまでとは違う方向性が見出せるかもしれないという期待はあったが、見事に裏切られてしまった。各新聞やテレビ局は、それなりの工夫をしながら、テーマごとに各候補に質問している。しかし、その回答が、いずれも似たような、曖昧なものだったり、権限のない国政にかかわるものだったりする。あるいはキャッチフレーズやパフォーマンスだけで、実態をどれほど把握し、財政的な裏付けをどうするかが聞こえてこない。街頭にしても、個人演説会にしても、敵失を喜ぶネガティブキャンペーンは見苦しい。

私は都民ではないが、都民にはぜひ考えてもらいたい都政の課題がいろいろある。私には、どうしても、そのうちの一つ、オリンピック問題が気にかかるのである。三候補のうち、小池は、「情報公開をして、民間からの寄付も大事な財源」、鳥越は「情報公開をして、見直しコンパクトなものにしたい」といい増田は「復興五輪の原点に立ち返りたい」とも答えているが、いずれも、現実的な施策には結びつかない。

やや旧聞に属するが、参院選のさなか、あるミニコミ誌の電子版に寄稿したものがあったので、若干、手を加え、あらためて記事としたい。そもそも、オリンピックの原点に立ちかえって、考え直せないのか、と思ったからである。

そして、リオのオリンピックが近づき、アスリートたちが現地入りしているが、治安や衛生状態が心配されている。さらには、ロシアのドーピング問題も不明瞭なままに、なし崩し的に参加・不参加が決められてゆく。そんなところでメダルを争って何の意味があるのだろうか。

 

「底なしの疑惑の宝庫五輪かな(さいたま 高本光政)」 

表題は、69日の『毎日新聞』の読者川柳(「仲畑流万能川柳」)の入選作だ。東京オリンピックに、これほどケチがついているというのに、なぜ、「東京オリンピックをやめてしまおう」という機運にならないのかが不思議なのだ。というより、これほど今の安倍政権の失政が明らかであるのに、ほかに選択肢がないからと支持率が下がらず、無関心層が劇的に減ることもない。その構図と似てはいないか。

オリンピックの招致活動において、その報道、明らかな世論操作によって、東京オリンピック開催が決まっていく、実に見苦しい経過を知ることになる。さらに、安倍首相がIOC総会でのプレゼンで「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」とスピーチし、質疑で放った「福島の汚染水は、完全にコントロールされている」(201397日)との虚言を忘れることができない。

それまで、東京での開催を危ぶんでいた人たちも、東京に決まった以上、最善を尽くそうではないか、などという大きな声に流されて、多くの国民は取り込まれ、アスリートたちは利用されているのを知ってか知らずか「きれいな色のメダルをとるため頑張りたい」などと抱負を語るのを見るのは、やりきれない。そして、保守層はもちろん、「革新的」な野党に至るまで、企業もメディアも色めき立っている。もはや「スポーツの祭典」などでもなく、「国威発揚」と「利権政治」の温床になってしまっているにもかかわらず、である。

開催決定までと決定後の不祥事が続く

 過去のことを水に流すのが、日本人の美徳なのだろうか。思い返せば、東京オリンピック決定までも、いろいろ取りざたされたではないか。20116月石原都知事が東京への招致を表明、2011311日以降は、具体的な施策もないまま、東日本大震災復興のための「復興五輪」が声高に叫ばれ、201191日締め切りの立候補に名乗りを上げた。2012217日、国立競技場建て替えを決定した。しかし、世論はそれほど甘くはなく、20125月、IOCの日本での世論調査では、東京開催賛成が47%、反対23%、どちらともいえない30%であったのである。ちなみに、いわば開催国の国民支持率は、当時、マドリード78%、イスタンブール73%とは大きく隔たっていた。大震災、原発事故で、オリンピックどころではない、というのが日本国民の大方の気持ちだったのではないか。これに、危機感を覚えたJOCは、立候補ファイル提出の1317日までに、必死のメデイア戦略を展開しての招致活動を続けた。同ファイルには、どこにも東日本大震災も、復興の文字も出てこない。記載された国内支持率は201211月現在66%に上昇したものの、それでも他の2都市には届かないことが明らかとなった。その後も2012年から13年にかけて、新しい猪瀬都知事、メダリストらを動員しての年末年始の活動をメデイアに幾度となく登場させている。

立候補ファイル提出後は、以下のような社説が続き、以降、国際キャンペンが解禁となった。一部のメデイアが若干の懐疑を示しつつも、東京オリンピックGO!のモードに切り替わった。

19産経:東京五輪招致 国を挙げて発信力を競え

19東京:社説:東京五輪招致、足元の支持を広げたい

110朝日:東京五輪招致、成熟都市と誇るなら

110毎日:五輪招致、東京だからを示せ

111日経:五輪開催で日本を元気に

113読売:東京五輪招致、日本の総力で実現したい

-

20133IOC評価委員の東京視察がなされ、その先々での報道が活発化、6月のIOC世論調査における国内支持率は、東京70%、マドリード76%、イスタンブール83%と東京は上向いた。そして97IOC総会におけるプレゼンがなされ、翌日、開催地「東京」が発表された。910日の全国紙は、一斉に以下のような社説を掲げ、テレビでは、どの報道番組も、バラエティも、東京オリンピックに沸いた。あるプレゼンテイタ―の「お・も・て・な・し」のジェスチャーがもてはやされもした。また高円宮妃のプレゼンは、皇室の利用ではないかの声は、その後、すぐにかき消された。

 朝日:東京五輪―成熟時代の夢を紡ごう
日経:国や都市の未来を考える五輪に
読売:2020年東京五輪 復興と経済成長の起爆剤に
産経:2020年東京五輪 成功は世界への約束だ
東京:2020年 東京五輪 成功の条件 原発事故を封じ込めよ

1015日、国会では、「2020年東京五輪に向けた努力を政府に求める決議」が衆参本会議で採択され、反対は参院の山本太郎一人のみだった。パフォーマンスとの見方もあったが、私には至極まっとうな対応に思われ、全会一致、同調圧力の恐ろしさを感じたのだった。その後の顛末は、まだ記憶に新しい。

2015717 予算大幅増のザハ設計案撤回
201591  エンブレム佐野案模倣で白紙撤回
20151222 隅研吾設計案発表
2016425 新エンブレム野老案発表
2016511  JOCの不正振り込み疑惑発覚

2016511日には、英ガーディアン紙、BBCが、JOCIOC委員国際陸上連盟ラミン・D関係者に16億円振り込みをした件をフランス当局が捜査していることを伝えた。代理人として「電通」の名が浮上し、531日の参院内閣委員会の山本太郎議員の質問で、竹田日本JOC会長は、認めるに至ったが、電通への依頼は信頼に足りるとした。その後は、新聞・テレビの報道は、「舛添都知事公私混同事件」の異常なほどの報道が展開され、この裏金問題も、甘利元経済再生大臣の裏金問題もどこでかき消された印象が強い。テレビ・新聞が報じなければ、週刊誌や月刊誌に期待したいが、タレントの不倫や病気を追いかけるのではなく、オリンピック裏金疑惑を徹底取材に奔走してもらいたいという思いもある。

東京オリンピックという名のもとに、まるでオリンピックが聖域のようになって、どの政党やメディアも「やると決めた以上は・・・」はと、立ち止まることなく2020年に突き進むとしたら、やはり恐ろしい。安保法制、沖縄の基地問題、憲法改正問題、原発事故の収束・原発再稼働・廃炉、さらには、保育・介護の拡充、貧困・格差という政治的な課題が「さて置き」され、「オリンピック」のためならばという「大義名分」となってしまうことには、警戒しなければならない。都民はもちろん国民は、これまでなされてきた情報の隠蔽や操作を見抜く力、いざとなっても、決して責任を取らない権力のシステムを監視しなければならない。私たちの覚悟と責任は重い、とつくづく思う。

 

なお、オリンピックと経済効果が声高に叫ばれているが、以下の資料では、過去の実績に照らし、つぎのような危うさを警告しているように思う。近年のオリンピック運営における国力を誇示するような演出、メダル獲得競争などは、「競技者ファースト」、開催国の負担軽減というオリンピック精神に反する実態が横行していることにも目を向けなければならない。

 

1.収支決算をプラスにするには以下の3条件のクリアが必須だが、困難を極める

・ 直接経費が収入(放映権料、企業協賛金、チケット・ライセンス売り上げなど+公費)と見合う

・費用対効果のあるインフラ整備(交通・ホテル・IT環境など)が実施される

・諸施設の後利用も採算がとれる

2.経済効果以外の都市再生・政治的結束・環境配慮・国際理解・ダイバーシティなどが望める

<参考>

「オリンピックと経済」(坂田和光)

 

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9880033_po_078103.pdf?contentNo=1

『レファレンス』(国立国会図書館立法調査局)781号(20162月)

<総合調査 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて諸課題>

 

 

 

| | コメント (2)

«『ユリイカ』8月号、<特集・新しい短歌、ここにあります>に寄稿しました。