2026年7月 9日 (木)

皇室典範改正の行方~結局、今は何も変わらない

「静謐な環境」って、なに?

 国会の会期が7月17日まで迫る中、6月30日、「皇室典範改正案」が閣議決定した。その原文を見ても一読するにも長く、実に分かりにくい。報道によれば、この閣議決定案には、全体会議での審議がなかった追加条項を盛り込まれたとして、野党が反発し、国会は空転した。なぜか「皇室典範改正案」を最優先とする高市政権は、野党の条件―党首討論、参院予算委員会の集中審議と高市首相の出席などを容れて参院審議を再開するに至った。与野党とも、こと皇室事案になると「静謐な環境」が好きらしい。天皇退位の特例法の時もそうだった。今回、中道、立憲の対応が異なるものの、どうも、賛成多数で成立しる見込みである。 

世論という同調圧力

 「皇室典範改正案」の ① 女性皇族が結婚しても皇族として残る  ② 旧宮家の男系男子を養子にする
という二案とも、今の憲法とは相容れない拙劣な改正案である。いや、現行の皇室典範自体も違憲なのだが。しかし、新聞各紙の社説や世論調査では、さすがに、荒唐無稽で時代錯誤も著しい②案への違和感や疑問を呈する流れが出てきた。非科学的な「万世一系」の疑わしさを指摘する論者もいる。しかし、それとセットで主張されるのが、女系・女性天皇への期待である。たとえば、
 読売新聞は、4月16日に「皇位継承の安定 女性・女系を排除せず論じよ」とし「今の継承順位は変えないことを前提に、将来の女性・女系天皇も排除せず、皇統の存続を最優先に検討すべき」と明言した。7月1日には「皇室典範改正案 「旧宮家」へ皇統が移る恐れも 女性・女系を排さず議論し直せ」、「各紙の社説の多くも懐疑的だ。憲法1条は天皇の地位は「日本国民の総意に基づく」とする。「養子案は国民の総意にかなうだろうか。世論はむしろ、女性・女系天皇を望む声こそ高まっている。その道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい。」とした。

 朝日新聞は、5月12日に「養子案の容認 皇室への信頼保てるか」と題し、「女性・女系天皇への道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる開かれた議論が求められる。」6月9日には「皇族数の確保 養子案には疑問が残る」の見出しで「今後は女性・女系天皇への道を閉ざさず広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい」としさらに、6月12日には「皇室典範改正 「総意」の名に値するか」と題し、「世論はむしろ、女性・女系天皇を望む声こそ高まっている。その道を閉ざすことなく、広く国民が納得できる議論の場を速やかに設けてもらいたい」と結ぶ。

 毎日新聞は、6月11日に「安定的な皇位継承 女性・女系排さず議論を」「毎日新聞の世論調査では、女性天皇への賛成は72%を上る。女性・女系天皇を認めるかどうかも含めて検討しなければ、制度面からも国民の理解の面からも、いずれもゆき詰まり兼ねない」と述べ、7月1日には「養子の子に皇位継承権を付与するという男系固執」は、「女系・女性天皇を封じる意図」すると指摘する。どの社説も、自社の世論調査の女系・女性天皇への賛同を踏まえ、議論を加速させたい意向だが、ここにも大きな陥穽がある。

 ①案によれば、女性皇族は結婚後も皇族として残り、従来通り、基本的人権を奪われたままで、法律に基づかないで増やし続けた「公務」「公的行為」の人材要員となるにすぎない。配偶者や子どもとの身分関係が複雑になり、住居や生活費はどうなるのかも不明に近い。かりに女性天皇が実現したとすると、従来、天皇が背負ってきた義務や重圧を女性皇族までに拡大することになる。いずれも、女性皇族の非婚・結婚の自由、子供を持つか持たないかの自由が損なわれる。女性天皇の配偶者になった男性にとっても、子孫を残すという重圧を背負うことになり、基本的人権を認めない人間をふやすことになる。天皇制を憲法の「番外地」としてこの矛盾を放置する憲法学者もいる。新憲法下で天皇は政治的権能を有しないはずが、果たしてきた役割を省みれば、政権との密接な関係は否定できない。外国訪問、戦死者・被災者慰霊、種々のイベントへの参加によって政権の欠落部分を補完する機能を強いられ、利用され続けている現状に着目する必要がある。

 今回の改正「皇室典範」の見直しは30年後をめどにというから、その間に何が起こるか分からない。改正案の無責任さも露呈していることにもなろう。
 この改正案の前提は、現在の皇嗣子から皇嗣子の長男へという皇位継承の順位は”ゆるがせにしない”というので、女系・女性天皇容認を言い立てても、愛子天皇が実現するわけでもない。政権交代ができ、皇室典範を改正して、女性天皇が実現できるようにしたとしても、愛子さんが皇族に留まっているかどうか、結婚していない場合、とどまって結婚し子どもがいない場合、女系を容認しても男女の子どもがいた場合、秋篠宮の長男の処遇はどうなるのか・・・などの課題に直面するだろう。

 女性・女系天皇を容認して、そこまでして「天皇の世襲制」を維持したいというのが世論の大勢と捉えていいものか、私には疑問である。マス・メディアが、愛子さん人気と表面的な「男女平等」志向にすり寄る形で、女性・女系天皇容認の世論を形成してきたのではないかと思うからである。いまは、政府案に反対する事案ではあるが、メディアのミスリードによって憲法の基本理念に反する憲法第一条の存在、象徴天皇制自体の曖昧さ、疑念から国民の目を反らす役目を果たしているのではないかと、思ってしまうのだ。

今すぐできることは

 それでは、いまの私たちがすぐできることはあるのだろうか。はっきり言って、私には、名案は浮かばない。秋篠宮の「皇族も生身の人間」発言に見るように、皇族数減少に対応するには、まずは「活動の規模を縮小するしかない」(2024年11月30日、秋篠宮59歳誕生日記者会見)のではないか。世間での非婚化、晩婚化、少子化は止めようもなく、いわば“お家断絶”も稀でなく、無縁となる墓も続出している。皇族たちの家庭にだって、そんなことは起こり得る。それを無理にでも、つなげようとするのが「改正皇室典範」ではないか。残念ながら、私は見届けることができないが、いましばらく、みずから知り得たファクトをもとに、拙い思いを発信するしかないかな、と。

 

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2026年7月 5日 (日)

来年の歌会始の選者が発表されたが。

 7月1日付の官報で、来年の歌会始の選者が発表された(1738号 5頁)。宮内庁告示7号は、「令和九年歌会始お題「旅」の詠進歌の選者は、七月一日、つぎの者に定められた。」として、5人の氏名(ペンネームも可らしい)だけが並ぶ、そっけないものだ。各新聞の報道では、年齢と肩書を付しているが、新聞によって、その肩書は微妙に異なる。たとえば、「産経新聞」によれば、以下の肩書が付されていた。(以下敬称略)

永田和宏(79)=歌誌「塔」選者、京都大名誉教授
秋山佐和子(79)=短歌結社「玉ゆら」主宰、日本文芸家協会会員
今野寿美(74)=歌誌「りとむ」同人、現代歌人協会会員
栗木京子(71)=歌誌「塔」選者、日本文芸家協会会員
大辻隆弘(65)=現代歌人協会会員、現代歌人集会理事

 「朝日新聞」では、永田が朝日歌壇選者、栗木が読売歌壇選者という肩書が加わるが、今野が「りとむ」の編集人であること、今年まで「りとむ」発行人三枝昂之・編集人今野が夫妻で選者であったこと、これからも続くあろう「塔」の永田と栗木が選者であることを見ても、かなり偏った人選であることはたしかである。来年は三枝に代わり国学院大学の岡野弘彦師系の秋山が入り、5人のうち3人が女性となった。歌壇、短歌を支えてきた女性たちの数をいささかでも反映したことになるのかもしれないが、女性であればよいというわけではない。女性歌人の力を借りて、少しでも歌会始を盛り上げたい意図が見え隠れする。女系、女性天皇によってでも天皇制を維持をしようとする目論見にも通じ、多くのリベラル派と称する人たちにも支持されていることを思うと、暗澹たる思いにかられる。
  2008年の以下のブログで触れた 選者の男女逆転が今回実現したわけだが、その内実が変わるのか、変わらないのかを見届けたい。
節度を失くした歌人たち―夫婦で選者、歌会始の話題づくりか: 内野光子のブログ  

 「詠進歌」と称して公募した短歌作品は、皇族や選者たちの短歌は入選作とともに天皇に奉じられるのである。「伝統」や「文化」の名のもとに身分制度をあらわにしているのが、「歌会始」ではないか。そして、以下の表にみるように、歌会始選者と国家的褒章制度とは密接にリンクしている。あたらしい選者には、今後の「選者」という功績によって、叙勲や”文化的な栄誉”ある褒章が待ち受けているように思う。この叙勲や芸術選奨、文化勲章などの選定経過については、このブログでも触れたことがあり、選考組織は名ばかりで、各省庁、官邸の意向で進行していることがわかるのだが、詳しくは別稿に譲りたい。

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上の表は拡大できますが、以下のPDFでもご覧になれます。
<近年の歌会始選者の国家的褒章受章歴>ダウンロード - e8bf91e5b9b4e381aee6ad8ce4bc9ae5a78be981b8e88085e381aee59bbde5aeb6e79a84e8a492e7aba0e58f97e8b39ee6adb4.pdf

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通りがかりの方に教えていただいた「ポポー」、花も咲いていたようだが、気づかなかった。熟した実はクリームのように美味という。

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2026年6月30日 (火)

きのうの「NHKニュース7」はひどかった!

 きのうの「NHKnews7」は二重の意味でありえない報道番組であった。

 一つは、サッカーのブラジル戦を6時間後にひかえたという触れ込みで、それは丁寧な解説をしての「番組宣伝」であった。30分番組の12・3分ではと思っていたところ、NHKoneで調べてみると、なんとトップ13分32秒間、延々と続けていたことになる。その後、広島三原市の強盗殺人事件、近鉄の京都駅脱線事故が3分間弱で続いた。その後、衆院定数削減法案が委員長職権で審議入りしたことと皇室典範改正案が自民党部会で了承したことの二件を併せて、たった3分36秒間の放送だったのである。続いて、ベネズエラの地震、中国の対日輸出禁止措置に関して20企業の追加、大相撲名古屋場所番付発表、気象情報で終了。

 公共放送たるNHKが、自分の局の番宣に報道番組の半分近く使うという編成は、どう考えても異常である。もはや受信料納入の根拠は失ったといってもよい。

 もう一つは、皇室典範改正のニュースで、昨日6月28日、富山県の高岡市での中曽根弘文議員による講演の中での皇室典範改正をめぐる発言とその釈明についての放送であった。 

 中曽根議員は、天皇の長女愛子さんには皇位継承はあり得ないし、天皇になっても結婚はむずかしい、という主旨の発言をしたことについて、その発言への批判が高まり、釈明したという内容だった。

 放送では、中曽根議員が「皇位継承をめぐって皇室典範の規定などに触れたうえで「愛子さまはすばらしいが、愛子さまはありえない。『法律だとこういうふうになっている』というのを、しっかり国民に知ってもらわないと、おかしな方向に議論がいってしまう」と述べたことと、「言葉が適切でなったことは反省している。現在の皇室典範などを述べたものだ」と報じていた。

 そして、下のような画面とテロップが流れたが、一瞬、テロップの意味が分からなかったのだ。「皇位継承をめぐり、皇室典範の規定などに触れた上で、“愛子さまはすばらしいが、愛子さまはあり得ない”」??

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6月29日 NHKnews7より。

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6月29日日テレより。

 あわせて、他局のニュースを見ていると、中曽根発言の中身が分かってきた。共同通信によると、講演では、「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」「愛子さまが天皇になった場合には、男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある」とも述べている(6月28日)。また釈明の弁では「皇室典範を根本的に変えれば別だが、今の皇室典範や国会の議論において愛子さまが天皇陛下になることはないということを申し上げ」、結婚する人もいないとの発言についても「世間の期待が高く、個人的な心配を述べた。もちろん愛子さまの幸せな人生を願っている」と語っている(6月29日)。

 また、北日本放送によれば、「愛子さま素晴らしいし、本当に愛子さまの気持ちはよくわかるんですよ。すでに愛子さまはあり得ないんですよ。それでもみんな、愛子さま愛子さまとやっているというのは、マスコミの責任がありますけども、まず法律がこうなっているんですけども、しっかりと国民の皆さんに知っていただかないと、おかしなことがずっと議論が起きてしまう」と、生の発言を記事にしている(6月29日)。

 中曽根議員の発言は、まさに、その通りで、現在の「皇室典範」でも、改正案であっても、愛子さんは天皇にはなれないことは明白である。それを、マス・メディアは、世論調査の結果を踏まえ「女性天皇・愛子天皇」への待望論を展開している。それに、大方の野党、共産党までが、リベラルと称する論者やフェミニストたちまでが、本気でこれに乗じているのが現状である。 そして今回の中曽根発言は与野党からの反発・批判も強めている。
 日付が変わると、女性週刊誌は、女性蔑視のハラスメントではないかとか、「男系男子にこだわりあらわ」(朝日新聞)という記事にまでなってしまうのである。
 ふたたび、NHKのテロップの話に戻るが、「愛子さんの皇位継承はあり得ない」という中曽根発言の主旨を少しでも和らげようと腐心したのではないか。中曽根議員の思想信条とは、およそ相容れない私だが、こと皇室になると、当たり前のことまで口を封じられてしまい、表現が不自由になってしまうことが怖ろしい。

 

 

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2026年6月26日 (金)

「皇室の存続」や女性天皇の議論を認めず、天皇制廃止求める院内集会のご案内

 昨日、「女たちの戦争と平和資料館」から、つぎのような集会案内が届きました。私が「友の会会員」になったのは、数年前に「wamセミナー天皇制を考える」の第3回集会(2021年2月23日)で、「歌会始」について報告したことがきっかけでした。当ブログでも、幾度となく、今国会で決まりそうな皇室典範改正の2案が、憲法の基本理念たる基本的人権と平等に違反するものであることを言い続けてきたつもりです。

 今回、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)と「ふぇみん婦人民主クラブ」の呼びかけで、以下の集会が開催されます。私もどんな集会になるのか出かけてみたいのですが、帰りが遅い時間になるので参加は難しく、賛同署名だけはしたところです。関心のある方は、以下をご覧ください。

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7.3院内集会
<「皇室の存続」や女性天皇の議論を認めず、私たちは天皇制廃止求めます>

日時:202673日(金) 18:20-19:30
場所:参議院議員会館(東京メトロ・永田町駅) 地下1階 B107会議室 (定員80人)
※ 18:00から入館証の配布を開始します。

プログラム(予定)
1. 呼びかけ団体挨拶
2. 声明の趣旨説明
3. 賛同団体・個人によるリレートーク

声明のPDFこちら625日、若干の字句修正を入れました)。
個人・団体賛同を求めています。賛同フォームはこちらFramaForms、締切:202673日正午)。

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2026年6月22日 (月)

一年ぶりの京都、ポトナム短歌会の全国大会へ

 昨年に続いて、京都での大会であった。コロナ禍で中止の後は、日帰りの大会となったが、夕方6時半解散なので、スケジュールはかなりきつい。私は、会場の京都ガーデンパレスに一泊した。御所の蛤御門の真ん前で、ロケーションとしてはいいのだが、参加者は減って、今年は80名近くだった。私がほとんど欠かさずに参加していた1960年から70年前半は、200人を超えていたように思う。高齢化により、やむなしというところか。当時の選者の先生方は、他界されてしまったし、私の長い間の不参加により、知り人がめっきり減ってしまった。

 『ポトナム』は、2022年に創刊100周年を迎え、近現代短歌史にも寄与してきたことはたしかだろう。それは、創刊に関わった小泉苳三はじめ、選者の多くは研究職についていたことにも拠るのかもしれない。小説家でもあった頴田島一二郎、社会運動家、評論家でもあった阿部静枝は異色ではなかったか。

 現在のポトナムには、選者や有力同人の二代目として、ベテランの大原輝子さん、近年、短歌を始められた湯川攝子さんがいらっしゃる。また、ポトナムの同人であった母を持つ阿木津英さん、江戸雪さん、現役の同人である父を持つ本多稜さんという具合に、短歌のDNAは引き継がれているようである。なかには、お孫さん世代が入会したという話も聞いている。

 懇親会の場で、そんな話で盛り上がったが、一人、部屋に戻ってから、「短歌」の魅力って何なのだろうと、考えてしまった。

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私が参加した第一分科会の歌会。大会全体の互選賞の1位は「『目に海が入ったんだよ』波しぶき浴びておさなは海に出会えり(坂本容子)」であった。ちなみに拙作「鮮黄の花房重く伸ばしきるミモザの枝は風にも堪えて」。歌会に先立っての講演は栗木京子さんだった。

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翌日、ホテルに近い「護王神社」に寄ってみる。昨年もそうだったが、この時期、夏季のお祓い神事が始まっていて、「茅(ち)の輪めぐり」ができる。下は、社務所でいただいたうちわ。「護王」、天皇を護ったことに由来する神社だというが、現代にあって、天皇を守るということはどういうことなのか。私には、「足腰の守護神」の方が切実だった。道の向かいにわたって京都御苑の砂利道を進んだ。うちわには、拾った松ぼっくりをのせてみた。

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2026年6月16日 (火)

あの「西田ゆずる」が、中傷動画作成にかかわっていた!

  といっても、佐倉市の住民だって忘れかけているが、2015年の市長選挙の渦中の候補者であった「西田ゆずる」=西田譲が高市陣営の中傷動画作成にかかわっていたのだ(『週刊文春』2026年5月21日)。

  この市長選というのは、佐倉市のユーカリが丘駅前に順天堂大学の一部を呼び込み、地域の活性化を図るとして地元の開発業者山万と市議会最大会派さくら会が、その計画には消極的だった現職の蕨市長の対抗馬として「西田ゆずる」を候補に立てたのである。元衆議院議員という触れ込みだった。2010年県議を辞職、佐倉市近接の八千代市長選で落選したが、2012年千葉9区の衆院選で落選も、ブロックの比例で復活して一期だけ衆議院議員をつとめた「西田ゆずる」が突然市長候補として担ぎ出された。順天堂大学誘致を掲げ、それこそ、公示前から、さまざまな形で、現職市長のネガティブキャンペーンを繰り広げたのだった。当時は、いまほどスマホもSNSも普及していなかったので、西田支援、対立候補蕨中傷のチラシ、出所の分からない怪文書が、どの範囲か、大量にばらまかれ、違反ポスターが街にあふれていた。Facebook、ブログなどネット上でも中傷情報が日に日に更新され、拡散されていた。山万は、佐倉市から25億を引き出すからと、順天堂大学に持ち掛けたのが発端で、蕨市長はその25億円に難色を示していたのである。山万は、ユーカリが丘駅北口の再開発の一環として、大学誘致を目玉に、若者の行き交う街、周辺のオフィスビル、マンション建設による経済効果などを吹聴していた。

 泥沼化した、ひどい、醜悪な選挙戦だったが、ともかく、西田候補は25800余票、蕨候補が33200余票で決着がついた。この間、私は一住民としていたたまれず、ブログに関連記事を連投していた。記事はともかく、関心のある方は、まとめた年表があるので、ご覧ください。

2015年4月佐倉市長選挙経過年表file:///C:/Users/Owner/Desktop/2015%E5%B9%B4%E4%BD%90%E5%80%89%E5%B8%82%E9%95%B7%E9%81%B8%E6%8C%99%E7%B5%8C%E9%81%8E%E5%B9%B4%E8%A1%A8.pdf

 その西田譲落選候補の名前と、なんと、またとんでもないところで、出会うことになったのである。文春報道によれば、高市陣営が中傷動画作成を依頼先の松井健サイドの側近として動画作成にかかわっていたことになる。
 しかも、西田譲は、今年の3月31日の閣議により、黄川田仁志こども政策担当大臣の補佐官への起用が決定、4月1日に発令されている。黄川田大臣によれば「SNSやインターネットに強い」というのが起用の理由だった。ネガキャンの功労者、論功行賞人事だとすると辻褄があってしまう。とんでもないことがまかり通っていたのである。

 ちなみに、西田譲の佐倉市長落選後を調べてみると、衆院選に何度か立候補しているが落選、一方、佐倉市長選落選後の2016年、「ワールドパーク」という不動産会社を起し、事業内容として、「遊休地の不動産活用、公的資産の活用、リニューアル、運営受託、不動産投資・開発」を掲げていた。2017年には、稲毛海浜公園リニューアル事業者に選定、2018年には、  千葉市花の美術館、稲毛記念館の指定管理事業を開始していたのである。こんな事業者を指定管理者にして、千葉市、大丈夫なのか、心配になって来た。いや、心配や不安が募るばかりの日本ではないか!

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屋上から、池のコイを狙っていて、なかなかどかないで頑張っているサギ、2羽で来ることもある。

   なお、私の住む佐倉市を含む選挙区は「千葉9区」、富里出身の秋本真利という議員は、2012年に当選以来、自民党ではめずらしい再生エネルギー推進派ということだった。ところが、ところが、風力発電事業者の「日本風力開発」から、国会質問の見返りとして現金を受け取り、受託収賄罪で起訴、あわせて、コロナ禍に乗じて、持続化給付金不正受給、選挙区内でのマスク配布や秘書給与不正受給、事務所の市街化調整区域での違法建築などを問われ、2024年10月に議員辞職に至っている。

 それでも、今年の選挙では、自民、中道、維新、参政の4人が当選という情けない結果となった。懲りない選挙民の面々、選挙民も舐められたものだと思う。

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日本を覆う暗雲を晴らしたい?!近くの図書館での「おはなし会」にちょこっとお邪魔した夫がいただいてきた「テルテル坊主」、やさしいお顔を描くのは難しい。

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2026年6月 8日 (月)

中傷動画作成者への共同通信の取材で、わかったこと~やっぱり

 前の記事で、高市サイドから中傷動画を流布された総裁候補だった小泉進次郎大臣や林芳正大臣が口をつぐみ、衆院選挙で中傷動画を流された野党の面々も黙っているのが不思議と書いた。どこか不自然な気がしていたのだが、きょうの共同通信の報道に、「やっぱり」の感が強まった。

 共同通信によると、中傷動画作成者の松井健氏への取材で、まず、明らかになったことが二つある。一つは、高市氏の木下秘書が松井氏から総裁対立候補たちの批判的な内容の動画の作成を提案され、依頼し、1000~1500をSNSで大量に流布したこと。その電話でやり取りした記録によれば、木下秘書の携帯番号であったことが確認された、ということだった。
 さらに、松井氏は、衆院選挙対策として、そうしたAIによる動画作成の依頼を与野党の候補者陣営から50件の依頼を受けたが、実際に作成したのは20件ほどだったというのである。なるほど、高市首相サイドの追及に消極的にならざるを得ないわけである。

 このニュースが報じられたのを受けてか、高市首相はぶら下がりの会見で、「私はこれまで答弁してきたことに揺るぎはない」と強調。松井氏と秘書の関係については「面識はない。実際にお会いして名刺交換して、相手の所属や氏名をちゃんと承知していることはない」と述べていた。もはや、「面識の有無」ではない。X発信が大好きな首相が、なんとアナログな!電話やメールでのやりとりは、いっさいなかったことにしたいらしい。

 

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2026年6月 7日 (日)

情報の収集・分析の「司令塔」?のはずが~“有料”の文春オンライン音声は聴きたくない高市首相

 5月27日に「国家情報会議設置法」が成立した。縦割りの情報・収集分析を国家情報局が司令塔となって担うというものだった。
  6月4日、衆院予算委員会で、中道の伊佐進一議員が、前日に『週刊文春』がオンラインで公開した昨年12月17日のオンライン会議の音声記録について質問した。この会議では、高市首相の公設第一秘書(高市早苗事務所長)木下剛志氏がこれまでまったく面識もなかったという自民党総裁選時の中傷動画作成者松井健氏とやり取りがなされ、その音声データが公開された。これにより、これまでの高市首相の答弁の信ぴょう性が問われることになったのである。

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5月28日、参院厚生労働委員会より。

 その高市首相は、音声記録について木下秘書のものか確認を求めるよう事前通告していた伊佐議員への答弁は、オンライン資料は有料だったので、批判的な記事を書く週刊誌の「有料会員になることは拒否する」というものだった。「有料」「有料」をなぜか繰り返していた。その後、昼休みに文字起しを読んだとして、その内容は、総裁選後の「国民の声」をどう収集するかのやり取りだったから中傷動画とは関係がないとも答弁している。自らの秘書への疑惑には答えず、やり取りの内容に言及するという答弁ずらしをしている。音声記録は、文春サイドの了承があるので提供するという提案には、有料会員でない者が、他人の取得したものを聴くのは規約違反になるとの妙な配慮をして見せる。 自分に不都合な情報らしいから、そして、有料(初回登録300円)だから情報を遮断するようでは、国家的情報収集・分析などできるのか、しかもその司令塔?を担えるものなのか、いい加減な言い訳にしか聞こえなかった。

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jiji.com6月6日より 。

  さらに、翌6月5日、参院予算委員会では立憲の岸万紀子議員の音声記録の秘書とのやり取りを確認したかどうかの質問には、聞いたけれど、あの状況での音声は、声が高く、ハキハキしている秘書とされる声はいつもと違っていて違和感があり、判別できなかったと答えている。オンライン会議自体の有無についても、莫大な量のやり取りの中から一つ一つを確認することは困難だとも開き直る。質問議員は文春の記事が正しいことを前提にしているのは心外だとも。では、文春の捏造なのかという質問については、明確な答えはなかった。

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6月5日参院予算委員会、日本テレビより

 また、岸議員は、『週刊現代』から高市早苗事務所への上記昨年12月17日のオンライン会議についての質問に対しての回答にも言及した。すでに、今年の4月3日付けで事務所からは、中傷動画作成者松井氏の「NoBorder」サイドからの求めに応じてオンライン会議がなされたことを認める回答が届いていた。これについて、首相からは、秘書は「事実とは異なる」と言っている、との回答しかない。

 『週刊現代』も、「サナエトークン」問題の取材過程で、木下秘書と松井氏の接点は、幾度か確認しているという。取材記者は「松井氏は、5月18日にネット番組『NoBorder News』に出演し、高市総理の公設第一秘書で、事務所所長の木下剛志氏と、オンラインでのやりとりを重ねていたと告白した。さらに、木下氏から具体的な指示はなかったものの、「動画作戦」を自ら主導しておこなったと主張した」と報じている(河野嘉誠「現代ビジネス」2026年6月4日)。 

 『週刊文春』や『週刊現代』が事実と異なる報道をしているというならば、高市首相や秘書、高市事務所は、記事の訂正要求や抗議をしないのか、記事を捏造しているとなったら、裁判を起こすべきだろう。6月5日の参院予算委員会で塩村あやか議員も遠慮がちに、これだけ疑惑が広がっているのに、なぜ抗議等の検討しないのかと質問していたが、その回答は、これまた、どの口がという答弁に驚いた。

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6月5日参院予算委員会、塩村議員への答弁「いま、私は日本国を背負って国家運営に取り組んでいる。ほんとうに、そういうことに時間を使っている暇はない」と。このセリフ、どこかで聞いたような。自民党総裁となった直後、「衆院解散」を問われて、「今、そんな暇はございません」と答えていた。

 それに、中傷動画の対象となった総裁候補だった林芳正総務大臣、小泉進次郎防衛大臣ほか、野党の面々、なぜ抗議なり、削除を要請しなかったのだろう。その発信経過を明確にしようとしないのかも不思議な気がする。 

 補正予算の大部分を予備費として計上し、しかもその財源を国債に拠るという補正予算案を衆・参の質疑各一日で成立させてしまう離れ業を認めてしまう野党も情けない。政府は数の力でやりたい放題、日本はどんどん沈んでゆく。

 

 

 

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2026年5月30日 (土)

木原実歌集『笑う海』再読、天皇制を考える

 「皇族数確保」の二案について、当ブログ記事でも何度か触れているように、多数決で行けば、今国会で可決成立、「立法府の総意」として、皇室典範は改正される運びである。しかし、議員たちは、皇室典範改正の運用の先を本気で考えたことがあるのだろうか。そして、リベラルと称する人たちが、「愛子天皇」への期待や容認にざわついているが、天皇制という身分制度を持続するかぎり、皇族たちの人権、とくに女性皇族の基本的人権、結婚の自由を侵害し続けることをどう考えているのだろうか。また、全国紙などのメディアは、この皇室典範改正には熟議が必要、改正後の課題などを示し始めながら、一方で、『旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて』(伏見博明著 中央公論新社 2022年1月)、『女性皇族の四季(アエラ・ムック)』(朝日新聞出版 2026年3月)『神国日本』(毎日ワンズ 2026年1月、1976年平凡社版復刻、第一書房版は1927年以降幾度も版を改めている)など、時流に乗った自社系列?の出版の宣伝が目立つ。今週の週刊誌は、二案の矛盾をついているかのようであるが、「愛子天皇待望論」の変形だろうか。

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  木原実さん(1916~2010)の歌集には、存分に天皇を詠んだ短歌があったはずである。ひさしぶりに木原実歌集『笑う海』(潮汐社 1994年12月)を読みだしたら、止まらなくなってしまった。

 木原実(以下敬称略)は、今の木原某官房長官とは同姓ながら(実と稔ちがい)、1967年から1980年まで、社会党の衆議院議員を五期務め、詩人でもあり、歌人でもあった政治家である。戦前には労働運動にかかわり、1935年に治安維持法違反で逮捕、1942年に応召、ソ満国境で敗戦を迎えている。

 上記の歌集には、ベルリンの壁崩壊、ソ連邦解体前後のドイツやソ連を主題にした臨場感あふれる作品が多く、昭和天皇死去前後の日本の思想状況をも活写している。そして何より、戦前からの組合、農民運動の再興を目指して社会党議員として活動してきた実績と天皇制反対の意思は固い。

天皇制

襟もとふかく天皇をみた二十歳の未決監房赤い煉瓦みち

地獄が天皇を待つと書いたザ・サンの記事読みつづける雨のなか

象徴不信の声もなく早鐘を打つように戦後が終わる

高速道路に車の影はなく 堵列する亡霊二百十八万八千二百五名の雨しぶく

 『笑う海』に収録の「短歌のある風景」において、一首目について「私は十九歳から二十歳にかけての一年を未決の独房ですごした。当局は二十歳の私の『思想が悪い』と言いたてたが、その思想を「納得するまで勉強してやろうと、二十歳のプライドが考えたりした。それまで思うてもみなかった天皇について、あれこれ考えたのもその獄だった」と記している。

ベルリンの壁崩壊前後のドイツ

ヒットラー消えて五十年 幻影のなかの塔つぎつぎにたつ

石畳に沿って花を植えるヒットラーの支持者にこやかに老いている

 ・ソ連邦解体

すりへった赤の広場の石畳ふみかためふみかためロシア人の血の色

モスクワは五月ライラックの花陰に割れ鐘と青銅の大砲と

マルクス・E・レーニン主義研究所木漏れ日の堅い窓を閉ざす

薄明をきてロシア知識階級ユートピアの旅は終わったようだ

 著者は向坂逸郎を師と仰いでいたのだが、自身の活動基盤からして、知識階級への不信感は強く、「大きく細く民主という文字にじんで歩いてくる 学園都市の雨」といった作品もある。

 ・社会党の変遷

行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず 

政治はむなしいなあといって死んだ人の忘れていた命日がくる

なんどか終わりをみてきた汽車の旅 東京に連立政権が生まれる冷夏

野合ではないよといって転がった線香花火の火の玉を拾いにゆく

鮮明な旗をあげよ 暗緑色の闇にゆれている夏コスモス

 1980年6月の衆参同日選挙で、自民党大勝、著者は、千葉県1区次点で落選している。全体では、衆院で自民284、社会104、公明33、民社32、共産29議席。参院で自民69、社会22、公明12、共産7、民社5議席という時代であった。1981年脳溢血に倒れ、一時言葉を失い「行ったりきたり 境涯のなか 組織の暗闘 声もたてず」と自らの身体の組織の働きを詠み、「言葉を惜しめこの饒舌の世に石は一つずつ空にむいてたつ」と詠む。
  議員引退後の社会党は、1986年土井たか子委員長就任、1989年の参院大勝、1994年自民党、さきがけとの連立内閣により村山富市首相が誕生しているが、「自衛隊合憲、安保条約堅持、原発容認」と社会党の政策を大転換させた。こうした社会党の動向をも反映し、その変貌を慷慨している作品も多い。戦前の社会大衆党から戦後、今日の社民党に至るまでの社会党の歴史については、正直、私などには複雑すぎてわかりにくかったが、著者が今の社民党の凋落ぶりを知ったら、何と言って嘆くだろうか。

・コンピューター・ロボット

コンピューターウイルス井戸を覗き手もとの闇を駆けぬけてゆく

ロボットをつくりだすロボット工場二十四時間操業休みなし

人脳よりすぐれた状況判断をするロボットができたと業務報告

 現在は、AIやロボットは、すでに市民生活にとってもなじみ深いものになっている。いずれも、1990年代初めの作品だが、現代でも十分訴える力を宿し、一首目など一種の不気味さを感じさせるものがある。

・短歌

傘を忘れた 軽薄短小の歌のおかげで 電車はずっとすいていたんだ

どれいの韻律ぜいぜいと漂うあたり 葱華輦かつぐ衛士らのよろめき

敗残の歌を詠みついで八月の雨に会う おう! 敗残兵塚本

 一首目は「Ⅰ部1988年―1990年」に収められている作品。1987年は、俵万智『サラダ記念日』がベストセラーになり、「ニューウェーブ」短歌が台頭してきた年でもある。二首目は、1989年2月24日、昭和天皇大喪の礼の異様な光景と敗戦直後、小野十三郎が短歌を「奴隷の韻律」と称した「短歌的抒情」が喘いでいる様をリンクすることで、天皇制への批判を強めたかったのではなかったか。三首目については、歌集に収録した前掲のエッセイで「悔いの思いが深い。生きのこったものの負い目は年とともに鮮烈でさえある。」と語っている。その文末に「われを撃て麦秋のその麦の間を兵士のわれが泳げるを撃て」の塚本の一首をあげている。生き残った負い目を詠んでも、木原、塚本とは、最近亡くなった岡野弘彦とは、詠み方も歩んだ道もずいぶんと異なるものとなったことがわかる。

 以下の作品において詠まれた状況は、現代においても変わってはいない。むしろ状況は劣化しているのではないか。

世界一周の鼠をつくづくとみた 円ははげしく買われ 戦火はやまず

国際貢献という政治造語に血を流す 現代風な夕焼け雲

活性化とはイヤな言葉だ 夏の正午のそうめんすする音とか

新書版「過労死」おくられてきて労働組合は無役という時代

 最近の高市首相が頻発する言葉、「安全保障政策の司令塔」、「包括的戦略的パートナー」など、よく考えると、基本的人権、国民の安全・安心より優先するものがあるかのような勢いである。目前の不都合は「目詰まり」だったり、「歯止め」が効かなかったりという、無責任な言葉が行き交うのである。

 最後に

きりきざんだ夢と知りながら野を走るものに惹かれる

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以下は、かつての『笑う海』の書評、重なる部分も多いが合わせてお読みくだされば幸いです。

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『芸術と自由』(1995年7月)初出。『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001年)所収。

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2026年5月27日 (水)

アンドリュース・ワイエス展、行ってきました。

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チラシの作品は「クリステイーナ・オルソン」(1947、マイロン・クニン・コレクション)。幾何学的にも思われる陰、黒いワンピースのクリステイーナの前面が浮き立つように見えた。

  上野の都美術館で開催中の「ワイエス展」に行ってきた。開館時刻に間に合うように家を出たが、上野駅公園口で下車すると、あちこちに修学旅行生が群れをなしていた。シーズンなんだなと。それに美術館手前の広場では、大陶器市の旗が林立するテントの下は大賑わいであった。

  都美術館は、都民でなくとも、シニア料金ということで、2300円のところ1600円。なんでも値上がりの昨今、2千円でおつりがくると用意していると、やはりシニアの女性の方が「もしよかったら、これをどうぞ、ムダになってしまうので」とチケットを差し出された。驚いたが「いいんですか、ありがとうございます」と利用させていただくことにした。その方はご夫婦でロッカーに荷物を預けていらしたのを見かけたので、もう一度お礼の言葉を掛けた。約束した友人の都合でもわるくなったのかな。得をしたというより、ちょっぴり幸せな気分であった。

 作品一覧をみると、前の記事でも触れた「丸沼芸術の森」所蔵の「オルソン・ハウス」一連の作品も多い。そのカタログでしか見ていない「オルソン・ハウス」の作品は、習作も多いが、現物にお目にかかれるのはうれしい。オルソン・ハウスの模型も作られていて、この窓の絵は、ここの窓、このドアからの眺めがはこちらの絵という図解まであった。窓からの光、その光が織りなす翳と風を描き切ったかのような作品には不思議な魅力があった。

 1974年のワイエス展の個々の作品の記憶はすでに薄れているが、当時のカタログを見ていて好きだった作品にも出会うことができた。

 今回の展示で、私には初めての作品も多かった。『冬の野』(1942年 ホイットニー美術館)、「ハリケーンの海」(1944、ボストン美術館)、横長の「粉ひき場」(1962、フィラデルフィア美術館)、猫が可愛い「うたた寝」(1963、ファーンズワース美術館)など、個人蔵のものを近年、寄贈されたという記述が目立つ。

 また、1974年のカタログではモノクロだった作品を鑑賞できた喜びは大きい。たとえば、以下の「洗濯物」「ゼラニウム」であった。撮影可の二階にあった「ゼラニウム」は人気らしく、若い人たちも入れ替わりでスマホに収めていた。

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「ゼラニウム」(1960年、ファーンズワース美術館)。窓を通して見える向こうの窓との間には、クリスティーナと思われる後姿とゼラニウムの鮮明な赤が描かれ、窓をめぐる板塀の質量感にも圧倒される。

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「洗濯物」(1961年 カマ―美術館)。日差しを浴びて海からの風にはためく洗濯物の下では、かごの横で気持ちよさそうに寝そべっている犬がいるではないか。

 なお、今回の展示には「丸沼芸術の森」、福島県立美術館所蔵のほかにも、国内の企業や愛知美術館、メナード美術館の作品もあったのだが、「ユニマットグループ」所蔵のものがかなり多かったのである。「ユニマットグループ」って?知らなかった!調べてみると、1968年、個人商店からスタートして、不動産、リゾート・オフィス、メンテナンス、インテリアから飲食、美容・健康、保育・教育事業など手広く展開する企業と知った。その内、メセナの一環で美術館でも建てるのかしらとも。

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「松ぼっくり男爵」(1976年、福島県立美術館)。松ぼっくりは、さかさになった鉄カブトに集められている。この鉄カブトは、ワイエスの隣人カーナー牧場の主が、第一次大戦に出征した折に使用していたものだという。

 最後の展示室を出たところでは、ワイエスの技法を解説した映像が流されていた。描く対象の色合いや材質感を作り出すための、気が遠くなるほどの積み重ねがなされれているのを知った。

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「薄氷」(1969年、三井住友銀行)を例にテンペラの画法を解説していた。

 なお、今回の展示では、オルソン・ハウスに住む姉弟の姉クリスティーナを描いた作品は少なかったし、晩年、その作品群が明らかになった「ヘルガ」一連の作品はなかった。ワイエス全体像を見るにはやや不足感を否めなかった。

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 以下の当ブログ記事も参照いただければ幸いです。
アメリカへ行ったことがないのに、アメリカの画家三人に魅了されて(1)ワイエス(2026年4月28日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2026/04/post-1885f0.html

アメリカへ行ったことがないのに、アメリカの画家三人に魅了されて(2)ワイエス(2026年5月 6日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2026/05/post-4532ad.html

 

 

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