2017年5月23日 (火)

土曜日は、共謀罪についての講演会~私たちはどこまで危険にさらされるのか

 連日、気分が悪くなるような政治家や官僚の発言や政局の動きを目の当たりにしています。こんな風にして、法律が成立し、運用され、国民は、安心・安全どころか、暮らしの不安がつのり、危険にさらされていくのをこらえていかねばならないのか、と思ってしまいます。私たちの世代ももちろんですが、これからの若い人たちの歩む道は、いっそう険しいことになるに違いないと思うのです。

 今日にも、共謀罪は衆院本会議で可決されようとしています。緊迫した空気を肌に感じながら、パソコンに向かっています。

 土曜日の20日は、明治大学リバティ・タワーの一室で開かれていた澤藤統一郎弁護士の「共謀罪―その危険な本質と狙い」という講演会(ちきゅう座主催)に参加しました。そのお話の内容を、私の理解の限りでまとめてみると・・・。

 今回の「共謀罪」は、321日、政府が国会に提出した法案では「テロ等準備罪」と言い換えましたが、「組織的犯罪処罰法」の改正案で、2003年から3回提出されていましたが、いずれも廃案になり、2009年以降、法案提出の動きはなかったのです。

安倍内閣は、急きょ、昨年から、共謀罪新設は、オリンピックを控えてのテロ対策として、「国際組織犯罪防止条約」(TOC条約、2000年採択)締結のための必須要件として、その必要性を強調し始めました。しかし、そもそもTOC条約は、マネーロンダリング対策などが主目的で、テロ対策が目的ではありません。テロ対策のための条約としては、すでに日本も「爆弾テロ防止条約」「テロ資金供与防止条約」などの国連条約やその他8つの国際条約を締結、国内法も整備しているわけで、今回の「共謀罪」とTOC条約とは、連動するものではなく、別個の問題です。殺人罪などの重要犯罪には、刑法上準備罪・予備罪も規定されています。

では、なぜ、安倍政権は、共謀罪の新設を急ぐのかといえば、

広範囲の人と行為を、早い時期から、捜査の対象とすることができる

捜査機関、とくに警察の判断で、情報収集や捜査を開始することができる

特定秘密保護法(201312月)、盗聴法の拡大、司法取引を導入した刑事訴訟法の変更(20165月)とあいまって、一般市民の監視を強化することができる

・・・・

要するに、「共謀罪」新設は、安倍政権の、一強体制のうちに、改憲へと突き進みたいための地ならしであり、同時に、一般市民への監視体制を強化して、不都合な市民の発言や活動を抑止したいがためなのだろうと思いました。

 

駿河台の街路樹のもとには、心地よい新緑の風が吹き抜けます。お茶の水駅前のスクランブル交差点には、週末にもかかわらず若い人たちが行き交っていました。いたって静かで、のどかな学生街ながら、気持ちはどこか晴れない一日となってしまいました。

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3年ぶりの剪定のビフォー・アフターです。せっかくのヤマボウシ、残念だったのですけれど。晩年は室内犬となった、主のいない犬小屋は片付けられないでいます。

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2017年5月17日 (水)

正岡子規について書きました

 今年は子規生誕150年という。『現代短歌』の特集<子規考>に書いたものです。誌上では子規作品の発表年に誤植がありましたので、送稿の原稿を掲載します。先日発売の6月号には、訂正記事が掲載されています。

 

              ◇ ◇ ◇

子規との気ままな出会いから      

 

子規について、私は、中学校の国語教科書においても、作歌を始めてからの文学史・短歌史においても、素通りに近かった。私の関心は、もっぱら現代短歌にあった。ただ、一九六〇年、学生時代に入会した『ポトナム』は、小泉苳三の書誌学的研究の伝統がまだ残っていたし、私の職場が図書館だったこともあって、書誌への関心は深まった。例えば、戦時期の発禁歌集・歌書、占領期のプランゲ文庫内歌集・歌書の目録や『ポトナム』の小泉苳三、阿部静枝らの著作目録の作成を始めたのが1970年代であった。苳三の『近代短歌史(明治篇)』(白楊社、一九五五年。一九六九年再版)では、近代短歌史の時代区分や子規の役割をめぐる考え方に違いがあることを知った(拙著「小泉苳三と『近代短歌史・明治篇』」『ポトナム』一九八四年八月)。

 

退職後、マス・メディア史を少し学ぶ時期があって、明治期の新聞史において、藩閥政府を批判する陸羯南の『日本』を根拠地とする、ジャーナリスト・俳人・歌人としての正岡子規に出会う。そこで、私が何よりも興味深く思ったのは、病身ながら従軍を思い立ち、種々の曲折を経て、実行したことであった。同僚や『国民新聞』の徳富蘇峰、国木田独歩の従軍記事に刺激されたからだろう。一九八五年三月三日広島に向かい、四月一〇日宇品港を発つが、日清戦争はすでに休戦、船上で下関条約批准を知る。日記には「五月十日 講和成り万事休す」とまで記し、五月一七日帰国船上で喀血するという顛末であった。子規の従軍日記は、愛国的というよりは、軍隊内の差別に激しく抗議する一方、戦後の大陸の山河や小動物、村人の営み、日本兵や記者たちの日常を克明に綴るものであった(拙著「子規の従軍」『運河』199712月)。

 1894年: 
生きて帰れ露の命と言ひながら(従軍の人を送る)
日の旗や淋しき村の菊の垣(天長節)

1895年: 

戦ひのあとに少き燕かな(金洲 燕) 

君が代は足も腕も接木かな(予備病院 接木) 

行かばわれ筆の花散る処まで(従軍の時) 

なき人のむくろを隠せ春の草(金洲城外 春草)

  当時の私の子規認識はここまでで、その後、『正岡子規、従軍す』(末延芳晴 平凡社 2011年)を読み、子規の従軍の目的や背景について新たな示唆を得た。子規は「なぜ、従軍したのか」について、戦争を国と国との喧嘩とみなし、正義による制裁をすべく主体的に参加する意欲と、天皇を国家の中心的頂点に位置づけ、戦争翼賛・植民地容認への過程をたどることによって解明し(304308頁)、「国家と国民は、共同の敵を打ち倒し、祖国の危機を救うという意識と使命感の共同性」を希求した結果だとする(318頁)。 

子規は、八〇句ほどの従軍俳句を詠んだが、同時に、一七もの漢詩を残した。従軍という過酷な世界の印象やイメージ、感慨や情念を、俳句ではストレートに表現できない限界を感じたのではないかとする(218219頁)。さらに、従軍俳句のベースには漢詩があったとし、俳句との相関関係を具体的に示す。「なき人のむくろを隠せ春の草」「戦のあとにすくなき燕かな」の原イメージは、漢詩「三崎山」の「枯骨に春草生じ」、「金州城外」の「乱後の亡民 求むべからず/杏花の空屋に 燕児愁ふ/遼陽の四月 草猶短く/行人の為に 髑髏を掩はず」にあったとする(229263頁)。子規の漢詩や新体詩には、「敵を斬って斬り払え」といった過激で物騒な文言が並び、アジア民族への蔑視をあらわにする。こうした傾向は子規に限らず、子規の時代に限らず、本来ならば、国家の方向を質してゆくべき多くの知識人、文学者、ジャーナリストという市民社会のリーダーたちの陥穽であったのかもしれない。 

 また、品田悦一『万葉集の発明』(新曜社 2001年)に接したときは、日本の近代化の過程で萬葉集は<発明>されたとするなか、萬葉集が時代を超えて「国民歌集」となってゆく経緯を教えられた。品田の書誌的な分析の起点は、小泉の『近代短歌史(明治篇)』の萬葉集再評価の系譜であり、さらには子規による萬葉集評価にあったのではないか。  

その後、ふたたび子規に出会ったのは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』であり、それを原作とするNHKのテレビドラマであった。その子規像は、原作とも異なり、史実とも異なるフィクションに戸惑ったのであった。

  そして今、年を経て、病床記たる『墨汁一滴』『仰臥漫録』『病牀六尺』などを読んで思うのは、子規の「終活」の見事さであり、介護を担った母と妹、律の存在であった。(『現代短歌』2017年5月)  

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2017年5月 9日 (火)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(5)日銀話法の「先行き」は?

 前々回の記事で、内閣府発表の「月例経済報告」の景気判断の難解な?言葉について書いたが、先の記事にも登場した日銀は、景気判断情報として「短観」と「景気レポート」を公表する。いわばここでの「日銀話法」にも触れておきたい。

「短観」では
「短観」とは、正式名称を「全国企業短期経済観測調査」といい、日銀が全国の約11000社の企業を対象に行う調査で、471012月の4回発表される。その調査内容は、企業が自社をどう見ているか、業況や経済環境の現状・先行きなど企業活動全般にわたる。

「短観」は、数表ばかりなので、すぐには読み取れない。以下は、43日の公表時の新聞記事や金融機関のレポートの見出しと冒頭部分である。 

円安頼みの景気、先行き懸念根強く 3月日銀短観を解説」
 日本銀行が3日発表した3月短観で、大企業・製造業の景況感は2四半期連続で改善した。「トランプ相場」による円安が輸出を後押ししたが、最近のトランプ米大統領の政策運営は不安定さを増しており、円安や株高の勢いは弱まっている。国内の消費の力も弱く、企業の先行きへの見方は慎重だ。」
【朝日新聞デジタル】 
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 大企業製造業の景況感、2期連続改善 日銀3月短観 
日銀が3日発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)は、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業製造業でプラス12と、201612月の前回調査を2ポイント上回った。改善は2四半期連続。世界経済の回復を背景に、自動車やはん用機械など輸出企業の景況感が改善した。ただ、海外の政治情勢などが見極めづらく、先行きには慎重な見方も根強い。」
【日本経済新聞】 
201743 1111

 日銀短観の概要/非製造業を中心に人材不足」
日本銀行が43日に発表した20173月(2017227日~331日)の全国企業短期経済観測調査(短観)では、企業の景況感が改善した一方で、先行きにはなお慎重さが滲み出るものとなりました。米国の新政権や欧州連合(EU)を離脱する英国などの先行き不透明感から、海外経済は依然として不安が残るようです。」
【ニッセイアセットマネジメント】201745

 いずれも、企業の「景況感」は「改善」しているが、「先行き」については、海外経済の不安定要因により慎重な見方が根強いことが伺われた。

 

「展望レポート」では

ところが、427日に、日銀から「展望レポート」が発表された折の黒田日銀総裁は、記者会見の冒頭部分で、つぎのように述べている。

「わが国の景気の現状については緩やかな拡大に転じつつあると判断しました。この点、やや詳しく申し上げますと、海外経済は新興国の一部に弱さが残るものの、緩やかな成長が続いています。そうした下で輸出は増加基調にあります。国内需要の面では設備投資は企業収益や業況感が業種の広がりを伴いつつ改善する中で緩やかな増加基調にあります。個人消費は雇用、所得環境の着実な改善を背景に底堅く推移しています。この間、住宅投資と公共投資は横ばい圏内の動きとなっています。」

朝日新聞は次のように伝えている。

「日銀、景気判断9年ぶり<拡大> 海外経済の堅調受け」

 日本銀行は27日の金融政策決定会合で、景気の基調判断を引き上げて「緩やかな拡大に転じつつある」として、約9年ぶりに「拡大」の表現を盛り込んだ。海外経済が堅調で輸出や生産が増え、円安が企業収益を後押ししている。ただ、海外頼みの強気な見通しだとの指摘もある。」
【朝日新聞デジタル】
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4月27日「NHKニュースウオッチ9」から。「輸出・生産を起点とする
前向きの循環が強まる中 労働(市場の)需給は着実に引き締まり」とは?!

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4月27日「NHKニュースウオッチ9」

  報道では、景気の基調判断をこれまでの「緩やかな回復基調にある」から「緩やかな拡大に転じつつある」になったとして、「拡大」が挿入されたことを強調していた。が、何をもって「拡大」?なのか。任期切れが見えて来た日銀総裁の「自己査定」?のようにも。これぞ、責任を取るつもりもない「日銀話法」に思えて来た。 先の「朝日新聞」の記事では、次のグラフとともに、つぎのように解説する。

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「17年度の物価上昇率見通しは従来の1・5%から1・4%へ引き下げたが、18年度は1・7%で変えず、新たに示した19年度は1・9%で、民間見通しより高い。目標の「2%」は18年度ごろに達成できるとの見方を維持した。 日銀は、海外需要に引っ張られる形で国内景気も持ち直し、賃金、物価は上がると予想する。ただ2月の物価上昇率は0・2%で、予想との差は大きい。」

朝日新聞デジタル】20174272340

 

  その民間見通しとのズレをつぎのように分析する記事もある。「民間エコノミスト40人の平均見通し(ESPフォーキャスト)は2018年度の物価上昇率が1.0%で、日銀の1.7%とは開きがある。景気拡大と言われても実感が伴わない面がある」というのである(「民間見通しとズレ シナリオに不信感根強く」)こうしてみてくると、日銀の景気判断および先行き予測にはかなり強引なものがあり、安倍政権の経済政策に寄り添い、その失策を助長し、日銀総裁自身、虚勢を張っている光景にしか思えないのである。

<参考>
〇「短観」とは何ですかhttps://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/statistics/h12.htm/

〇経済・物価情勢の展望(展望レポート)

http://www.boj.or.jp/mopo/outlook/index.htm/

 

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2017年5月 7日 (日)

近頃はやる言葉と消えた言葉

私はブログの記事を書く時も、短歌関係の文章を書く時も、過去の事実、目前の現実からものごとを考え、動きたいと思っている。短歌を詠み、短歌史や女性史をたどるときも、政治を語るときも、地域や旅先での出来事を書くときも、自分自身の耳目で、身体で確かめられる事実からスタートしたい、と思っている。こんな物言いも、抽象的なこと、この上ないのだけれど、つたないブログ記事ながら、そんな思いで書き続けてきた。

 表現する者にとっての想像力や創造力の源は、「事実」に違いない、との思いからである。ありふれる情報と自らの限られた体験の中から、なにが「事実」なのかをみきわめる能力を身に着けることが、市民として、表現者としての責任でもある。その事実を確認するための手立てや作業には、大変な労苦が伴うこともある。あふれる情報の表面を撫でて、都合のいい情報を集めただけの物言いが横行し、しばらく盛り上がることがあっても、長続きしない。いわゆる「ポピュリズム」とか、「同調圧力」とも呼ばれる現象なのかもしれない。 

 2チャンネルまがいは論外として、インターネット上の世界でも、論壇という堅い世界でも、近年、明確な物言いや持論を展開すると、「こだわりすぎる」「そう単純には割りきれない」「狭量」とかいう俗語や妙なレッテル貼りで返されることが多いようだ。昨年、このブログ記事で紹介もした、ある歌人との論争をめぐってのわずかな体験でも、そんな現象が見て取れた。これらの評語は、やや「堅気」を装った世界でも、「解決しがたい難題」を目の前にすると、 

「<地平>や<時空>を超えて、<通底>した、<通奏低音>のように問いかけられている課題だけに、<複眼的><重層的>な<視座>が必要で、<二項対立的>な考え方では、容易に結論が出せるものではない。多様な選択肢を踏まえ、バランス感覚をもって向き合うべき課題である・・・」

  のように、すべてを「相対化」して、結局、自らの結論を先送りするような論調が目立っている。さらに、「良心的な」論者は、「苦渋の選択」を披露することもあるが、一時期、若手論者の間で流行していた「差し違える」「切り結ぶ」覚悟は、どこかに消えてしまったようなのだ。

  私は、遠い学生時代、その後もいささか「判例集」、裁判官の判決文を読むことがあった。あの難解な言い廻しはなじめるものではなく、何が結論なのかが一読ではわからないことが多かった。機会があったら、裁判官の用語や用法にも触れたいのだが、また、手に負えなくなるかもしれない。余談ながら、裁判における判決直後の報道で、勝訴側の喜びの声とともに、敗訴側の「まだ、判決文をくわしく読んでいないので、コメントは差し控える」と報じられるだけである。その後「コメント」が報じられることは、まずない。重要な判決に限っては、少し時間を経た「解説」報道になることはあっても。

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2017年5月 6日 (土)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(4)難解な?景気判断とキラキラ政策

「緩やかな回復基調が続いている」とは

 「アベノミクス」の破たんは、安倍首相が自らの「アベノミクスは道半ば」「その果実が全国津々浦々まで行き渡り、実感していただくまで」との発言に見られる通りである。閣議を経て内閣府から発表される「月例経済報告」では、ここ数年、少なくとも2014年来、「景気は緩やかに回復している」「緩やかな回復基調が続いている」という、なんか寝ぼけたような「総括判断」が続いていることでも、明らかである。さらに、その月例報告では、景気の「先行き」についても言及するが、2012年末、野田内閣から引き継いだ安倍内閣時代に入って「輸出環境や経済対策の効果により景気回復に向かうことが期待される」として以来、「緩やかに回復していくことが期待される」が繰り返され、リスク要因としては「海外景気の下振れが我が国の景気を下押しする」とし、その要因をまず海外に振る。実態とは別に、要するに、「期待通りに」「緩やかな回復基調が続いている」という表現が、2017年の今日に至るまで続いているのである。さらに、各月の先行きリスク要因として、前述の海外景気の動向のほか、時々の国内の雇用・所得環境、デフレ、消費税引き上げ、消費者マインドなどの影響などが付け加えられるのである。

詳しくは、1980年代から各年1月の景気判断と先行きをたどる年表を作成したので、未定稿として、ご覧いただきたい。

〇「月例経済報告」における<日本経済の基調判断>の推移
(内野光子作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/getureikeizaihokokunenpyo.pdf

 また、下記のような、近年の安倍政権下の「月例経済報告」を例に興味深い分析がある。景気判断の表現が、なぜ、こんな曖昧な、どっちつかずなことになるのか。その理由の一つとして、そもそも、景気判断自体が、難解で、専門家によって判断が分かれ、簡単には表現できないからという。一つは、現政権が、常に「景気がいいこと」が、何よりの政権維持の要因、願望でもあることから、おのずから「政治的配慮」の結果でもある、という。そういえば、テレビ・新聞などに登場するエコノミストたちにも、明確なコメントよりも、どっちともとれる、素人でも十分語れそうな、あたりさわりのない発言が多い。まさに「政治的配慮」に十分配慮した結果なのだろう。そうした「政治的配慮」による「景気判断」が、経済政策を大きく誤らせたり、遅らせたりしていないか、安倍政権は、その瀬戸際にあるようなのだ。

〇難解な「霞が関文学」はこう読み解こう~10月の月例経済報告、景気判断引き下げ  岡田 晃)

 http://shikiho.jp/tk/news/articles/0/8900720151021日)

 

 

「世界の真ん中で輝く」とは~キラキラ感が半端でない

  安倍首相は、それでも、この三年間、201517年の年頭所感で、意味不明な「世界の真ん中で輝く日本」を強調している。国民の多くは、首相の年頭所感など関心はないと思うが、「世界の真ん中で」という報道に接するたびに、私は「何言ってんだか」のそらぞらしい思いがしていた。今回、前掲のような年表を作成していると、安倍政権の政策は、実の伴わない、キラキラ感だけがひとり歩きして、ほかの政権よりはマシと思わせている側面が、政権維持を可能にしているのではないか、の思いを強くした。ちなみに、今年の2017120日の第193回国会での安倍首相の施政演説を読んでみるとよくわかる。その目次をあげてみると・・・。 

 

一 はじめに

二 世界の真ん中で輝く国創り 

(日米同盟)  

(地球儀を俯瞰する外交) 

(近隣諸国との関係改善) 

(積極的平和主義) 

三 力強く成長し続ける国創り 

(「壁」への挑戦) 

(中小・小規模事業者への好循環) 

(地方創生) 

(観光立国) 

(農政新時代)  

四 安全・安心の国創り 

(被災地の復興) 

(国土の強靱化) 

(生活の安心)

 五 一億総活躍の国創り 

(働き方改革) 

(女性の活躍) 

(成長と分配の好循環)

 六 子どもたちが夢に向かって頑張れる国創り 

(個性を大切にする教育再生)

 (誰にでもチャンスのある教育) 

七 おわりに

 

 

さらに、以下の資料を合わせて読んでみると、そのきらびやかさ?は、格別である。そこにはつぎのような言葉が頻繁に使われるが、一語一語どういう違いがあるのかが不明である。その曖昧さの中で、つけられた予算だけが費消され、成果がなに一つ出なくとも、何ら責任をとるシステムがない。

「日本再興戦略2016~これまでの成果と今後の取組」(201662日)

内閣官房日本経済再生総合事務局

file:///C:/Users/Owner/Desktop/2016saikou_torikumiアベノミクス.pdf

 

問題、課題、整理、整備、対応、対策 

喚起、活用、再興、再生、見直し、改善、改革、革新 

構築、制度設計、創出、開発 

向上、成長、拡大、推進、促進、加速、強化、深化

連携、育成、助成、支援 

実行、実現、実施 

効率化、活性化、高度化、具体化、円滑化、一体化、簡素化

 同時に、黒田東彦日銀総裁は、14日の全国銀行協会の年頭会合で、つぎのようにも述べていた。さすがに、「毎年申し上げているように聞こえるかもしれない」などのコトワリを入れているが、「お集りの皆様の表情が和やかで明るい」「これまで以上の確信を持って」など、エコノミストらしからぬ、根拠もないまま、横文字を散りちりばめながらの「ご祝儀」にはあきれる。

日本経済はまさにいまデフレ脱却に向けた正念場であると思う。というと、毎年申し上げているように聞こえるかもしれないが、世界経済はようやく金融危機後の停滞局面を脱し、新たなフェーズを迎えている。日本経済にも前向きなモメンタム(勢い)が強まっている。  

 ここで景気動向を最も敏感に反映する指標の一つとして、本日ここにお集まりの皆様の表情を拝見していると、昨年の今ごろと比較してもより和やかで明るさが増している。 

 トランプ米次期政権の政策運営やブレグジット(英国の欧州連合離脱)など、注意を要することがないとは言わないが、私はこれまで以上に強い確信を持って、今年はデフレ脱却に向けて大きく歩みを進める年になる、と考えている。  

 日本銀行もしっかり金融緩和を進めていくが、デフレ脱却には民間の投資拡大が不可欠だ。金融機関も企業の動きを後押しし、ご自身もフィンテック(ITを生かした新たな金融サービス)をはじめ金融イノベーションを進めていただきたい。」

  日銀の「しっかりした金融緩和」政策の実態といえば、政府の国債発行は増大を続け、いまや1000兆円を超えた。市中銀行が引き受けた国債を、すぐに日銀が買い取っている(日銀トレードといわれている)。その合計は、昨年9月現在で398兆円に及んでいる。それによって世の中に出まわるお金を増やそうというのが、「異次元緩和」と呼ばれるものだった。しかし、現実は、出回るどころか、いま、日銀の市中銀行からの預かり金は、323兆円にものぼるのだ。なぜかと言えば、マイナス金利が実施されているのは、そのうちのわずか10%内外で、あとは、ゼロ金利か、利子が付いているのだから、市中銀行は、まず日銀に預けるだろう。デフレ脱却どころか、国民の生活への不安は深まり、国民は、消費を控え、低い金利ながら預貯金に回す。働く世代の所得も伸びず、非正規労働者のみならず、過酷な労働条件を強いられているという悪循環が続いているのが、現状と言える。

  さらに、年度が替わったこの4月にこんな記事もあった。4年間の責任をどう取るつもりなのだろう。

「黒田緩和、見えぬ「出口」 5年目に 物価上昇見通せず

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4年間で景気はどう変わった?/物価は伸び悩み、日銀の保有国債は急増している

 日本銀行が黒田東彦(はるひこ)総裁の就任後に始めた大規模な金融緩和は4日、5年目に入った。大量の国債買い入れやマイナス金利など、世界でも異例の政策を打ち出したが、「物価上昇率2%」の目標は、来年4月までの総裁任期中の達成は事実上断念。出口が見えない政策が続き、低金利を背景に政府の財政が拡張し続ける・・・」2017450500分 朝日新聞デジタル)

 安倍首相は、景気が良くなったとの証拠とばかりに、求人倍率は、確実の伸びていると、しばしば胸を張る。「求人倍率」は、以下の表のようにたしかに伸びてはいた。しかし、その実態は、厚労省資料「一般職業紹介状況」[実数] (パートも含む)での「有効求人倍率」と並んだ、近くの欄に、「対有効就職率」というのがあるのだ。これは何を意味するのかと言えば、ハローワークで、求人票を見て、応募し、実際に就職した人の割合を示す。実際に就職できた人の割合である。なんと10%に満たない。就職先を選びさえしなければ、就職できるはずという「求人倍率」なのである。求職者は、待遇や労働環境などを選ぶだろうし、採用者側も、適性や人を選ぶだろう。双方のミスマッチは、まったくカウントされない数字である。それに、人手不足の業界では、必要以上に、いわば、サバをよんだ採用者数を登録する、また、本気で採用する気がなくとも、登録の費用負担はないし、ハローワーク経由の採用には助成金がでることなどの特典もある。それに、ハローワークから企業への求人呼びかけも活発である。そうした実態のもとに成り立っている「有効求人倍数」であり、「就職率」であることは、まず報道されない。あわせて、求職者人口、労働人口自体が、減少していることも無視できない。安倍首相の発言のみが報道されていることも、知っておかなければならない。

    (求人倍率)(就職率)

2013度平均 0.97%   ―
2014度平均 1.11%   ―
2015/5   1.07%   7.7%
2016/2   1.38%   8.2%
2017/2   1.53%   8.4%

 安倍首相は、3日の憲法記念日に、憲法を改正して、第91項・2項を残して、3項を加え自衛隊の存在を明記する、高等教育の無償化を書き込むとかを、言い出したのには驚いた。政権の座について以来、こうした言及は、自民党憲法草案にも、公約にも、政策にも、一度もない。改憲推進集会の場とは言え、突然の首相のメッセージであったのである。9条の12項と新設するという3項との法律的な整合性はあり得ないし、無償化に至っては、憲法条項ではないし、財源はどうするのだろう。現状を見ても教育の充実は、まだ先にやらねばならないことはたくさんあるはずである。いわば、聞こえの良い「無償化」という思いつきで、アベノミクスの破たんや失政を払拭したい焦りにも思える。「無償化」にことよせて、共謀罪と相まって、大学や学問の自由をも奪おうというのだろうか。

 

 

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2017年5月 3日 (水)

憲法改正「2020年に施行したい」 首相がメッセージ~なんと、先ほど入ってきたニュースは

憲法記念日のきょうの午後、日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などによる「第19回公開憲法フォーラム」の改憲集会で、安倍首相は、2020年には、「憲法9条に、自衛隊を明記する条文を書き込む」改正を行い、オリンピックの年を、日本が生まれ変わる年にしたい」とのビデオメッセージを寄せたという。当ブログの前の記事で、安倍政権は、最初は、憲法9条を持ち出さずに、憲法改正を目論んでいると思っていたが、それは、やや見込み違いであった。9条の1項・2項を残して、自衛隊を明記するという。「私たちの世代の内に、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、自衛隊が違憲かもしれないなどの議論が生まれる余地をなくすべきである」と述べている。メッセージで「今日、災害救助を含め、命懸けで、24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿」とも称揚する「自衛隊」は、「専守防衛」どころか、「駆けつけ警護」、できればひそかに実施したかった「米艦防護」など、「警護」「防護」の名のもとに自衛隊の軍事活動、装備は、拡大する一方である。日米安保条約、日米地位協定、安保関連法が、それらを正当化、拡充してきた。近隣諸国との緊張関係をいたずらにあおるような昨今の安倍政権の拙劣な外交政策や情報操作は目に余る。私たちは、日本が自ら軍事強化へと進もうとする現実をしっかりと見つめ、何とか歯止めを思っている時期に、なんということを。

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駅頭で、「憲法9条をまもりたい」のニュースを配りました

 きのう52日、憲法記念日を控え、地元の9条の会で、ニュースを配りました。夕方の4時半からの1時間、11人ほどで、「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」ニュース34号を配りました。近くの県立高校の下校時間にもあたり、また買い物客も多い駅前のデッキは、かなりの人通りでした。全部で200枚弱を配ったことになりますが、受け取りの感触は、私には今一つでした。小さなお子さんを連れた家族連れや高齢者、そして、高校生たちに、受け取ってくれる人が多いようでした。一方、働き盛りの年代層、中年男性や若い女性たちは、「オレたちには、そんなこと考える必要もない」「私たちに関係ない」みたいな、かたくな態度で通りすぎていく人たちが多かったような気がしました。

 私たちの会は2006年から活動を始め、11年目に入りました。10数人の世話人から、亡くなった方も3人いらして、その後の出入りはありながら、細々と活動をつづけています。

 この日、マイクを持ったのは、いつものNさん、私も少しばかり手伝いましたが、どうも苦手です。原稿を持たずに呼びかけることができるようにとも思います。出かける直前のメモは以下の通りでしたが、どこか抜けたり、足したりと~。

 

 「皆さん、私たちは、さくら志津憲法9条をまもりたい会です。2006年から活動を始めて10年たちました。いま、最新号のニュースをお配りしています。どうぞ、お手に取ってお読みください。今年は、あすの憲法記念日で、憲法施行70年になります。私たちは、この憲法に守られ、日本は戦場になることも、海外の戦場で人を殺すことはありませんでした。その海外でも日本の憲法、とりわけ憲法9条が高く評価されてきました。

その憲法が、いま安倍政権によって変えられようとしています。昨日、憲法改正の集会で、安倍総理は「憲法改正の機は熟した」と発言していました。はたして、そうなんでしょうか。

安倍政府と改憲勢力は、まずは、一見、聞こえの良い、環境権とか、プライバシーの権利とかを守るため、最近では、高等教育の無償化を図るために、憲法を改正しようとしています。まずは、こうしたことから、改憲、お試しの改憲をしてから、9条を変えようとしています。環境権、プライバシーの権利、教育の充実にしても、現在の制度や法律で十分対応できるのです。

共謀罪の新設もそうです。いまある法律で守れることを守らず、テロ防止とかオリンピック開催のためにという口実で、共謀罪を新設する目的は何でしょうか。一般市民の活動を普段から監視して、政府に少しでも異を唱える人たちや集まりを萎縮させようとするのです。政府に都合のいい法律の新設や憲法改正には、私たちは反対です。

もう一度、立ち止まって考えてみましょう。」

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5月3日の朝、
ドクダミが繁茂するなか、今年は、生垣のレッドロビンの内側から咲き始めたテッセン
奥の紫モクレンのさかりは過ぎていた

 

「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」のブログでは、ニュースのバックナンバーも読めます。ぜひお立ち寄りください。 

http://sakurasizu9jo.cocolog-nifty.com/blog/#_ga=2.161657660.1437253997.1493986454-443006642.1464273255

なお、以下は、私が最新号に寄せた文章です。

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「劇場」のカーテンは降ろさせない

トランプ劇場、小池劇場、籠池劇場と呼ばれて、メディアを賑わしています。

今回の籠池劇場は、森友学園に異常な安値とスピードで国有地を払い下げられたことを、一人の豊中市議の疑問から明るみに出たことに始まりました。国有地払い下げに政治家の圧力、官僚の加担、首相夫人の関与にまで発展しました。舞台での敵役は、籠池一家から、政治家や財務省・大阪府の役人、首相夫人まで飛び出し、目まぐるしく入り乱れています。政府は幕引きに躍起です。一部マス・メデイアは視聴率が少しでもとれればと、視点をずらして扱い続けていますが、登場するコメンテイターが、徐々に、首相の仲良しジャーナリスト「すし友」に移行しているのが気になります。財務省・大阪府の情報公開や官僚や首相夫人の証人喚問で、真実を明らかにしていくべき問題でしょう。世論の力、国民の力が問われる局面です。

アメリカでは、トランプ大統領の暴走に対して、議会や司法が、そしてメディアがきっちりと歯止めの機能を果たしています。韓国においても、国民や司法の力がトップを変えました。安倍首相は、トランプに、真っ先に駆けつけたといって自慢げであったし、その後もトランプ追随が目に余ります。

私たちのささやかな活動さえも監視の対象とされる「共謀罪」の新設、災害復興支援打ち切りの一方で、原発再稼働への舵を切り、天皇の退位問題をきっかけに、君が代・日の丸・元号・教育勅語などの問題がウヤムヤに溶解し始めています。さらに、沖縄の基地新設を既成事実として進む日米同盟強化など問題は山積みです。「残業月100時間未満」と非正規拡大のセットは、まさに「労働者哀史」です。私たちの身近な不安をあおることばかりです。

私たちは、政党に頼り、専門家の話を聞くだけではなく、自分たちの素朴な疑問からスタートして、一人一人が、自ら調べて、発信して、議論して、行動する努力なくしては、政治や世論を変えることができないと思っています。

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手入れせずとも、毎年咲いてくれるツツジ

 

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2017年5月 2日 (火)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(3)政治家の「失言」ではない「虚言」~共謀罪の場合

「一般の方々には関係ありません!」とは

  組織犯罪処罰法改正案の審議で「共謀罪」の新設は、「一般人には、いっさい関係がない。最初から犯罪の目的をもっている組織にのみ適用される」と繰り返してきた安倍総理や金田法相、法案を提出されたのち本格的な審議をとも言い続けてきたが、フタを開けてみても、疑問はますます増殖する法案だった。321日、「テロ等準備罪」と看板の付け替えをして、国会に提出された。これに先立ち、316日、法務省は「正当に活動する団体が犯罪を行う団体に一変したと認められる場合は、処罰の対象になる」との見解を明らかにしている。正当に活動する団体が犯罪を御かなう団体に“一変”した」って、誰が何を以って、“一変”したと判断するのかが分からない、というより、捜査当局の解釈や裁量によっては対象になることが明らかになったわけである。さらに、328日衆院法務委員会で、盛山正仁法務副大臣は一般人は捜査対象にならないと答弁した根拠について「何らかの“嫌疑”がある段階で一般の人ではないと考える」との見解を示した。“嫌疑”は現場の警察官が判断することから、共謀罪で捕まる対象者は警察官の判断次第ということになる。従来から、犯罪の予備があったか否かの最終判断は司法にあるから、と法務大臣は答弁していた。要するに、いったん警察官に“嫌疑”をかけられたら、検察や裁判過程でしか”嫌疑“を晴らせないことになる。

 2004年小泉内閣の時に、当初の共謀罪は、国会に提出されたが、20056年にかけて、審議を重ね、与野党の修正案が出されたりしたが、20066月、与党が成立を断念し、20071月安倍晋三首相は、共謀罪創設を柱とする組織犯罪処罰法改正案について、成立を目指すが、第166回国会、第167回国会とも審議に入らないまま継続審議となったが2009年の衆院解散により廃案となった。

 かつても「目配せを」をしたら共謀罪か、の疑問もあったが、今回は、地図と双眼鏡を持って花見をしていたら準備罪になるとか、法務大臣が答えていた。一般人には関係がない、オリンピックが開催できない、というのはまさに「虚言」というほかない。表現の自由以前の思想の自由内心の自由をに深く侵害するものなのである。

(続く)

 

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=i朝日新聞2017年2月17日=

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2017年5月 1日 (月)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(2)政治家の「失言」ではない「虚言」

 政治家の「ウソ」は「失言」ではあり得ず、確信犯的な「虚言」といっていい。政策や公約に沿った形での発言が多いので見破りにくい。それだけに、本音の「失言」よりもたちが悪い上、国や国民へ影響大ながら、責任追及が難しい。国民が、有権者がよほどしっかりしなければならない。

 私がふだん、「ウソばっかり!」と思わず叫んでしまう、いくつかを紹介してみよう。自分の薄れた記憶をよみがえらせ、少し調べてみた結果でもある。

 

「東北の復興なくして、日本の再生なし」とは

2016310日、安倍首相の官邸での記者会見)

 

 東日本大震災後5年を経た、このときの記者会見では、「東北の復興なくして、日本の再生なし」としめくくった。首相は、被災地に30回以上も訪ねたと、前置きして、次のようにも述べている。

「3年前に訪れた時、見渡す限りの更地であった、宮城県の女川町の中心地は、先月、その景色を一変させていました。地域の皆さんの<足>であるJR石巻線が復旧し、木の温もりを感じる新しい駅舎の前には、電気屋さん、青果店、フラワーショップ。素敵な商店街が完成し、たくさんの人たちで賑わっていました。 政権交代した3年前、計画すらなかった高台移転は、ほぼ全ての事業が着工し、この春には、全体の4分の3の地区で造成が完了します。ほぼ全ての漁港が復旧します。7割を超える農地が作付可能となり、9割近い水産加工施設が再開を果たしました。」

 ここでも、「政権交代した3年前、計画すらなかった」と前政権の批判を欠かさないなか、女川町の復興に言及している。同じ年の20164月に私も、女川を訪ねている。町会議員のAさんに女川原発と町内を案内していただいた。町の中心地であった場所に新しい女川駅舎と商業施設がオープンして間もなかったのである。首相は、賑わいを強調するが、私たちが訪ねたのは、大型連休の初めで、イベントの開催中であったが、閉店中の店もあり、地元の人が日常の買い物をするような場所でもなく、観光客で賑わっているという風でもなかった。ランチをと思っても、ワカメうどんの店かマグロ丼かがメインの店しかなかった。

 航空写真を見ても分かるように、安倍首相は、鳥の眼も虫の目も持ち合わせていないのだろう。女川駅舎の北の高台、町立病院から見おろせるのは、かさ上げ工事真っ最中であって、下の写真のように、造成地の形がまだ見えなかった。飛び地のような商業施設、工場やその他の施設と復興住宅が道路と結ばれても、まさに点と線の「まちづくり」となってしまわないか、の危惧が去らない。Aさん家族も、まだ病院近くの仮設住宅に住んでいるとのことだった。 「復興のトップランナー」と言われた女川町、Aさんは、これまでの5年間は、何とか頑張れたが、これからの5年が大変だろうとも語っていた。

 

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(左)地盤をかさ上げし、約200m内陸に移設されたJR女川駅(左下)。駅前には遊歩道が海に向かって延び、両側には商業施設が並ぶ。昨年末に開業した=2016年2月19日、本社へリから喜屋武真之介撮影。(右)津波で街が流された旧JR女川駅(右)周辺2011年3月19日、撮影。 

 宮城県女川町では、住宅約4400棟のうち約2900棟が全壊し、死者・行方不明者は872人(震災関連死含む)に上った。震災前に1万人余だった人口は7000人を割った。2017年度までに864戸の災害公営住宅(復興住宅)を整備する計画だが、完成したのは3割の258戸。=毎日新聞2016310日から=

 

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女川町立病院の在る高台から見た海側と山側のかさ上げ工事。町立病院の脇にも
いくつかの慰霊碑があったが、下の写真の道路脇にも見える=2016年4月29日、筆者撮影。撮影時からちょうど一年、どれほど進捗しているだろうか

 今回の今村前復興相の「東北でよかった」発言は、自主避難者への借り上げ住宅の無償提供の打ち切り方針に対して、「故郷を捨てるのは簡単だ」(2017312NHK日曜討論)、「福島原発事故による自主避難者が帰還できないのは自己責任」(前記事参照、44日記者会見)の発言に続くもので、安倍内閣の原発事故の国や東電の責任を認めようとしない、被災者切り捨て、復興予算を残してしまうという「復興政策」の破たんを体現する発言であって、「東北の復興なくして、日本の再生なし」「東北の復興が最優先課題」などのキャッチフレーズは、もはや裏付けを失っているのだ。 

 

「世界で最も厳しい水準の安全規制」とは

 原発の安全性について、安倍首相が「世界で最も厳しいレベルの新規制基準」「世界で最も厳しい水準の規制基準」と胸を張って答弁するのを何度見てきたことか。20129月、田中委員長を含む5人の委員による原子力規制委員会が立ち上げられ、新規制基準は、2013619日決定、78日に施行された。2014124日第186回国会施政方針演説で、安倍首相は「世界で最も厳しい水準の安全規制を満たさない限り、原発の再稼働はありません」と宣言し、同年4月11日の閣議決定「エネルギー基本計画」において、「原子力発電所の安全性については、原子力規制委員会の専門的な判断に委ね、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める。その際、国も前面に立ち、立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」として以来、様々な場面で、その真偽が質されることになる。日本の原発の安全性、新基準による再稼働の安全性については、日々、その説得力を失いつつあるのが現実であろう。

 例えば、菅直人元首相は、2014416日に提出した「エネルギー基本計画に関する質問主意書」で、「世界で最も厳しい水準の規制基準」という根拠は何か、を問うたところ、政府答弁書(2014425日)では、つぎのようにいう。

「(新規制基準は)国際原子力機関や諸外国の規制基準を参考にしながら、我が国の自然条件の厳しさ等も勘案し、地震や津波への対策の強化やシビアアクシデント対策の導入を図った上で、世界最高水準の基準となるよう策定したものである。

 なお、新規制基準においては、事業者が満足しなければならない性能の水準を定めており、これを実現する方法の詳細についてあらかじめ指定しておらず、国際的にも、原子力に係る規制基準においては、性能基準を規定していると承知している。

 この答弁に見るよう、「世界最高水準の基準となるよう」策定したにすぎず、水準をクリアする具体的な方法は、事業者任せとしか読めない。

 また、201472日、原子力規制委員会田中委員長は、記者会見で、つぎのようにも述べる。「最高水準にあるというのは、様々な、いわゆる重大事故対策について我が国の場合は特に外的な要因、自然条件が厳しいということを含めて、そういうものに対する対応というのは相当厳しいものを求めているということから最高水準であるということ」、そして、「世界最高水準とか世界最高とかいうのは、やや政治的というか言葉の問題なので、具体的ではなく、今、私どもが求めているのは適合性」でしかなく、適合したからと言って「安全性」を担保するわけではないとの発言は、幾度となく繰り返されている。

 また、20141021日参議院内閣委員会での山本太郎議員の「日本の原発は世界で最も厳しい安全基準といえるか」の質問に、田中委員長はつぎのようにも答えている。

 「政府特別補佐人(田中俊一君) 正確に申し上げますと、世界で最も厳しい基準とは言っていなくて、最も厳しいレベルの基準と言っているんです。ですから、そこのところは間違えないようにしていただきたいと思います。」やはり、山本議員の質問主意書への答弁(2014年11月25日)の中で、つぎのように明言しているのである。「世界最高水準の基準となるよう策定したものであるが、必ずしも最も厳しい基準であることを意味するものではない」と。

以上のことからも、日本では、「世界で最も厳しい規制基準によって、原発の安全性は確保されているわけでない」ことは明白になった。それでは、その安全性に責任を持つのは、原子力規制委員会の「専門家」の委員なのか、その専門性を「尊重」する政府なのか。少なくとも、安倍首相の「世界で最も厳しい水準の安全規制」は、少なくとも現実を正しく伝えてはいない。騙される国民が悪いのか。

かつてテレ朝の「報道ステーション」で、「世界一厳しい規制基準なのか」を問うた番組(2014725日)を見たことを思い出し、薄れた記憶と紹介記事でたどってみた。すると、先の記者会見の速記録や議員の質問書への政府答弁やの国会質疑の答弁とも重なる。

 その日の報道ステーションは、フィンランドのオルキルオト原発とそれに併設されたオンカロなどの取材に基づき、日本の新しい規制基準とを比較している。

フィンランドの岩盤の強固さと地震国日本との違い、そして、地下450mのオンカロの併設、日本では、使用済み核燃料、汚染水・汚染土などの中間処分場、最終処分場が確保されてないことを前提にしての比較である。①原子炉の二重の格納設備②フィルターベント(圧力を下げ、放射の物質を除く)③メルトダウン対策としてのコアキャッチャー、の有無が指摘された。 

 ①は、テロ対策にも備えることにもなっている。③は、原子炉創設時には可能だが、現存の原子炉に備えるのは困難であり、原子力規制委員会の田中委員長は、コアキャッチャはーは、「広げて冷却する装置なので、、事故後の時間稼ぎ」程度にしかならないとしばしば明言している。

 以上は、私なりのまとめなので、参考資料と合わせお読みいただきたい。と同時に、フィンランドのように、いかに厳しい規制基準のもと「夢の原子炉」への道を歩み始めたものの、その過程でいくつかのトラブルに見舞われ、その工事を受注していた、フランス原子炉メーカー「アレバ」自体が、倒産の危機に直面し、大幅な工期の遅れが生じてもいるのも現実である。原発に関しては、世界一厳しい規制基準などあり得ないことを知るのであった。

 首相や政府は、原子力規制委員会が「世界で最も厳しい水準の規制基準を目指して」策定した基準に適合したことを以って、原発再稼働の安全性を担保してないことは、明らかなのだ。「だれも世界一厳しい安全基準なんて、言った覚えはないよ、世界で最も厳しい水準を目指して策定した基準に過ぎないんだから」と、すでに開き直っているようなものではないか。

 また原発事故関連の政治家の「虚言」で忘れてはならないのは、20139月、東京オリンピック招致のプレゼンテーションでの安部首相の福島原発事故による汚染水はコント―ロル下に置かれている、「アンダーコントロール」されているとの発言であった。ちなみに、そのプレゼン直前にの94日の東京オリンピック招致委員会の竹田理事長が、汚染水問題で集中質問を浴びたブェノスアイレスでの記者会見で、「福島は東京から250キロ以上も離れている。東京は安全であり問題がない」と答え、当時も福島県民の顰蹙をかっていたことを思い出す。これらの発言については、本ブログでも記事にしたことがあるので、合わせてご覧いただければと思う。

〇これでいいのか、2020東京オリンピック(201399日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/09/2020-d1d1.html

〇オリンピック東京招致はいいことなのか(201397日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/09/post-77a7.html

 

参考

〇報道ステーションの紹介記事

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3843.html

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-3302.html

〇原子力規制委員会の記者会見速記録

file:///C:/Users/Owner/Desktop/000068790201472日原子力規制委員会記者会見.pdf

〇山本太郎ホームページ

https://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/3816

山本太郎質問主意書への20141125日の答弁http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/187/touh/t187083.htm

安全な原発は夢か 仏アレバの新型炉建設が難航  (安西巧)
2015/1/26 7:00 日本経済新聞 電子版版http://www.nikkei.com/article/DGXMZO82205990R20C15A1000000/

〇経営崖っぷち 仏原発アレバ
2017年3月7日 東京新聞

ttps://silmarilnecktie.wordpress.com/2017/03/07/37%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%B4%96%E3%81%A3%E3%81%B7%E3%81%A1%E3%80%80%E4%BB%8F%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%90-%E7%B4%AF%E7%A9%8D%E8%B5%A4%E5%AD%97%EF%BC%91%E5%85%86%E5%86%86%E8%B6%85/

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各地のプロジェクトで、工期の大幅な遅れが繰り返されている。
=日本経済新聞電子版2015126日より=


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 仏原子力大手アレバ、16年は最終赤字が縮小:3月1日、経営再建中のフランスの原子力大手アレバが発表した2016年決算は、最終赤字が6億6500万ユーロ(7億0200万ドル)で、15年の20億4000万ユーロ、14年の48億3000万ユーロから縮小した。写真はロゴ、パリ近郊で2015年5月撮影(2017年 ロイター/Charles Platiau)=2017 3 1日 ダイヤモンドオンラインhttp://diamond.jp/articles/-/119879

 

 

 

 

 

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2017年4月28日 (金)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(1)政治家の「失言」とメディア

政治家の本音の世界

 政治家の場合本音かウソのどちらかであって、「失言」ということはあり得ないのではないか。本音かウソを言い放ち、誤解と言いつくろい、それでおさまらなければ、撤回と謝罪を繰り返すという処理が当たり前になってしまった。役職更迭・辞任はあっても、議員を辞職することはめったにない。

「貧乏人は麦を食え」 (池田勇人大蔵大臣、1950127日参議院予算委員会)、「中小企業の五人や十人自殺してもやむを得ない」「(池田通産大臣19521127日の衆院本会議)「バカヤロー」 (吉田茂首相、1953228日衆議院予算委員会)など、子供心にうっすらと記憶に残る政治家たちの本音発言は、今日に至るまで、幾度、聞いてきたことだろう。今回の今村元復興相の「帰還困難者の自己責任論」(201744日復興庁記者会見)「東北でよかった」(2017425日自民党二階派講演会)発言は、モラルとか「弛み」「緩み」、「感情的になった」の次元ではなく、彼らは、ふだん思っていることを正直にストレートに述べたに過ぎなかったのである。そこには、つねに「弱者切り捨て」政策の系譜が脈打っている。

さらに、記者の質問に対して、「出ていけ、二度と来るな」(前掲44日記者会見)という今村発言、さらに「あますとところなく記録を取って、一行でも悪いところがあったら首を取れとは、なんちゅうことか」と取材陣を指さし、「そんな人は(会場に)に入れないようにしないといけない」(2017426日東京都内の講演会)という二階自民党幹事長のメディア批判は、トランプ大統領のメディア攻撃以上に重大発言だった。アメリカには、まだ、司法やメディアによるチェック機能が歯止めとなっている。

 折しも、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は、426日、2017年の世界各国の報道自由度ランキングを発表した。日本は、180国中72位で、ランキングを始めた2010年の11位から年々順位を下げ、「先進国」では最下位、自由度最悪180位の北朝鮮を批判できる状況ではない。日本では、チェックすべきマス・メディアが、政府の意向をまさに「忖度」してテレビの報道番組のキャスターを降板、交代させてしまうのだ。森友問題でのキーワードともいえる、官僚たちの「忖度」をきびしく追及できるのだろうか。組織犯罪処罰法改正案に「共謀罪」新設の論議についても、個人のジャーナリストたちによる抗議は見受けられるけれども、マス・メディアとしては、社説や記事で法案の欠陥や審議についての言及、「一般人」に降りかかるリスクへの警鐘はあっても、メディア自体、わが身に降りかかる危険に対しては、あまりにも無防備ではないか。「一変」したとして、いつ「弾圧」されるかもしれないのである。「大逆事件」や「中央公論社解散」の時代に引き戻される「治安維持法」の世界にならないとも限らない。

 

近頃のNHKは何を伝えたのか

NHKは、会長が変わっても、その放送内容は、政府広報の色彩はますます濃厚になるばかりである。「視聴者の関心」という客観性のない、恣意的な選択による国会中継に始まり、ニュースは「編集権」と称して、その項目と時間配分における政治報道の偏向は目に余る。たとえば、国会質疑報道にしても、質問の方は、映像と読み上げで簡単に済ませ、整ったところの首相や閣僚、官僚の答弁を肉声で伝える。答弁につまったり、トラブったりしたところは省略する。これは国会中継や他局の報道を見ないことには分からずじまいである。

NHKは政治報道を、すぐに“政局”報道に論点をずらす。政府の政治日程に焦点を合わせる。自国より、他国の軍事・政治事情に重点を置く。北朝鮮、韓国、中国そして中東の軍事・戦局報道に力点を置き、日本の軍事的危機をあおる。国内に事件や災害が発生すれば、必要以上に事細かく報じ、落着すると被害者・被災者に寄り添い、立ち直るすがたを追うが、事件や災害の核心に迫る調査報道はしない。「専門家」や街の声の予定調和的な編集が、かえって信頼度を損なうこともある。一昨年の安保法案強行採決報道、昨年からの沖縄のオスプレイ墜落や基地関連報道、今年になっての、南スーダン派遣部隊の日報問題、森友学園への国有地払い下げ報道、閣僚たちの「失言」報道、共謀罪審議報道にも、あてはまる。仕方なく、民放や新聞報道の後追いとなった事例も多かった。

視聴者の手の届かないところで、受信料は、会長以下理事たち、経営委員たちの高い報酬となり、記者たちの取材費に、大河ドラマのロケ費用やタレントの出演料になる。なかには犯罪に手を染める職員たちの給与にもなった。民放のパクリのようなバラエティやクイズ番組、これでもかとタレントを並べる。新番組「ごごナマ」がいい例だ。語学番組や高校講座、音楽・美術・旅行・自然などの教養番組にすら、タレントを起用し、押しつけがましいコメントやナレーションが流される。なんか、もう「うんざり」という感を免れない。若者ばかりでなく、高齢者のテレビ離れも進むだろう。

受信機器を持っただけで受信料が発生するという放送法は、契約の自由を侵す。受信料未払いの実態は定かではないが、NHKと総務省がNHK放送の同時ネット配信を進めると、視聴の有無にかかわらず、住民税化への道につながる。だとすると、それをNHKだけが独り占めするということは、もはや国営放送となり、その肥大化は免れない。現実には、放送と通信の融合を前提に、民放やその他のマス・メディアとの競合や競争によって報道の質を高めることにつなげるにはどうしたらいいのか、無関心であってはならない。

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