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2006年2月17日 (金)

書評『歌と戦争』(櫻本富雄著)

<『歌と戦争―みんなが軍歌をうたっていた』>書評
歌と権力との親密な関係―容認してしまう人々への警鐘

 

敗戦直後、疎開先から焼け跡のバラックに移り住んだ筆者の家族は、停電になるとよく歌を歌った。小学校低学年であった私は「みかんの花咲く丘」や「とんがり帽子」を、年の離れた兄たちは「りんごの歌」(サトウハチロー作詞/万城目正作曲)をはじめ「湯の町エレジー」(野村俊夫/古賀政男)「三百六十五夜」(西条八十/古賀政男)「東京の屋根の下」(佐伯孝夫/服部良一)などを好んで歌った。父が得意の「ゴンドラの歌」や母が歌う「船頭小唄」はあまり好きになれなかったことなどを思い出す。

本書は、戦時下の軍歌や戦意昂揚の歌の数々を担った作詞家・作曲家・歌手たちのほとんどが、間断なく、上記のような敗戦後の歌謡曲の担い手として活動している事実を検証し、歌に関わる表現活動の責任を問う、力のこもった著作である。それらの表現活動に介在した軍部、役所、新聞社などとあわせてレコード、ラジオ、映画などのメディアにかかわった人々を照射し、戦時下の「歌」の全体像とその本質に迫る書でもある。第一部軍歌の本流・公募歌、第二部戦時下の音楽社会、第三部翼賛に邁進した作詞家と作曲家たち、第四部子供の軍歌・浸透する翼賛運動、から構成される。

いわば「仕掛け人」たる主催者が発信する「公募歌」が隆盛を極めるのもこの時代の特色である。第一部では一九三七年から一九四五年までの「公募歌」が時系列で分析されているが、そのリストを一覧するだけも息苦しさを覚える。大本営発表の「勝ち戦」やその犠牲者を称える戦時歌謡が目白押しで、入選作を補作したり、自らの詩を提供したりした作詞家のサトウハチロー、西条八十、野村俊夫、佐伯孝夫らの名前が幾度となく登場し、戦時下に没した佐藤惣之助、北原白秋もその晩年の足跡をしっかりと残している。曲の方も、古賀政男、古関裕而、服部良一、万城目正、中山晋平ら一部の作曲家にかなり集中していることが明らかになる。第二部では、NHKラジオによる「放送軍歌」、「国民歌謡」の放送、官製の音楽会や合唱会の開催による普及活動、歌手たちが果たした役割などを掘り下げる。第三部では、上記の作詞家・作曲家らを個々の人物中心にその表現活動と責任を追及する。なかでも、音楽界のリーダー的存在であった、山田耕筰、堀内敬三らの「活躍」ぶりには目を見張るものがある。日曜日の朝、堀内敬三の名曲解説「音楽の泉」を親しく聞いていた世代としてはかなり衝撃的な内容であった。第四部では、「少国民」世代である著者の実体験も交えて、子供たちが歌った歌、歌わなかった歌、歌わされた歌などが紹介される。戦時下における児童文化人を総動員した「日本少国民文化協会」とNHKが共催で「ミンナウタヘ」大会なるものが全国的に展開され、「日本のあしおと」「進め少国民」「愛国行進曲」など五曲が課題曲とされた。大会の趣旨には「放送により全国の少国民をして同一歌曲を同一時に唱和せしめ音楽を通して少国民の団結を強化し大東亜建設の意気を旺盛ならしめ併せて歌唱力の向上に資せんとす」と記されているという。現在の教育現場における「君が代」の強制、声量調査などにみる体質との共通性を見出し、慄然とするのである。

著者が「あとがき」でも述べる「戦時下の文化人が各自の戦中言動(表現活動)を、戦後どのように継承し、それを自己の人間としての営為にどう反映しているか、いないか。戦後の文化人が、そのような文化人の言動をどのように評価しているか、いないか」の検証は、執拗なまでの資料博捜に支えられている。さらに、著者は、ことさらに事実認識と歴史認識を区別した上、持って廻ったような難解な言い回しでの自著への批判や「権力の走狗として率先して旗振りをした者と、動員されてしまった者との責任の質の違いを明確にする必要」を強調してその表現責任を限りなく曖昧にして認めようとしない言説への目もきびしい。

著者は、これまで、さまざまな分野の文化人たちの表現者としての責任を問い続けてきた。資料の発掘・収集にかける熱意と経済的負担は計り知れず、大学を根拠地としない「野」にある研究者であるところにも着目したい。たった六〇数年前までの日中戦争の時代の「不都合」を振り返ろうとしない、そればかりか「なかったことに」したい人たちが勢いづいている昨今、このような著作が生まれたことは意義深い。また、本書は著者のホームページ「空席通信」上の連載をまとめたものであるが、今後の精力的な取り組みにも期待したい。

なお、同じ曲名や人名が数か所で語られることが多いので、整理の上、相互参照や索引が付せられていたら、より読みやすかったかもしれない。

(『図書新聞』2005年6月11日掲載)

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コメント

ブログ拝見しました。「お気に入り」に入れさせていただきました。内野さんのエネルギーに敬意を表します。話題の筒井清忠『西條八十』を読み始めています。

投稿: MK | 2006年2月23日 (木) 00時24分

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