『蟻の兵隊』を見る
『蟻の兵隊』(池谷薫監督)は、2006年、劇場で見た友人から、ぜひと勧められていたドキュメンタリー映画だ。2008年暮れ近くになって、地元の9条の会のDVD上映会でようやく見られることになった。
1945年、日本が降伏した後も、中国山西省に残留し、国民党軍として中国共産党軍と戦った日本兵たち、その一人奥村和一が主人公である。残留兵2600人のうち550人が戦死し、700人以上が捕虜となり、日本に引き揚げてきたのは敗戦10年後のことだった。軍の命令で残留した兵たちは、後、国を相手に軍人恩給を求めたが、国は、彼らが自らの自由意思で現地除隊の上、勝手に志願して国民党軍として戦った、としかみなさなかった。最高裁もその訴えは棄却した。奥村は、自らの体に無数の砲弾を残しながらの身で、同僚を訪ね、上官を探し訪ね、中国の裁判所や検察庁、公文書館にまで資料を探索に出かけ、ついに、軍司令官・澄田ライ四郎(ライは貝偏に来を書く。元日銀総裁澄田智の父)が国民軍軍閥・閻錫山と日本兵残留工作の密約を取り交わした文書にまでたどり着く。その内容は、澄田自身の保身が顕著なものであったのだ。しかし、日本政府は、元残留兵たちの軍人恩給は認めてはいない。映画は、さらに奥村と元残留兵たちと力を合わせての法廷闘争、奥村自身が山西省での初年兵時代の残虐な住民虐殺の実態、そうした体験を家庭では話そうとしなかったという妻の証言、重い口を開いて密約の事実を語っていた上官の一人がいまは重篤な病床でなおも奥村らに応えようとする現実を、実写の映像で丁寧に綴り、現在の司法や政府の理不尽な対応と平和への願いを訴えた労作であった。
さらに、私がこの映画で印象に残っているのは冒頭の靖国神社境内のベンチで、何の屈託もなく屋台からのテイクアウトを食している若ものたちへのインタビューであった。聞き手が連れ立っている奥村さんの履歴や体験を紹介すると真剣な表情に変わっていくシーンである。また、終わりに近いところで、たしか8月15日の境内で、右翼の一団に囲まれながら演説をし終わった小野田寛郎さんに奥村さんが「あなたは戦争を美化するのか」という主旨の言葉をかけると小野田さんがすごい形相で立ち去る場面があった。また、植物人間のようになった元上官が見舞った奥村さんに懸命に叫んで応え、家族が「わかっているんですね、聞こえているんですね」と語る場面には涙が止まらなかった。
どんなに言葉を尽くしても伝えるのは難しい。見てはじめて伝わるのが映画なのだろう。
ただ、中国での取材、元上官への訪問、会議などが必ずしも時系列ではなく進行するので混乱する。せめて、画面の端にでもそのつど年月を挿入してもらうと理解の手助けになるのではないかと思った。
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