NHKスペシャル「ジャパンデビュー第1回~アジアの“一等国”」をめぐって(2)
1.番組をめぐる動向
2009年4月5日(日)に放送された上記テレビ番組は、日本の最初の植民地、台湾における統治政策の歴史をたどるもので、「台湾総督府文書」、統治時代を知る人々の証言、研究者への取材などで綴られたものであった。とくに、台北第1中学校卒業者などの証言内容が、反日的なもので、統治政策のマイナス面のみが強調され、日本の統治によるインフラ整備などを評価しない上、親日的な台湾の人々を傷つける恣意的な編集や内容になっているという「偏向」を指摘し、NHKへの抗議や訴訟、署名運動が展開されている。
これらの運動は、個々のNHK視聴者の声が盛り上がってという経緯ではなく、「日本李登輝友の会」「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」「桜チャンネル」などが中心となって進められているようである。NHKは、放送に登場した証言者から直接の抗議を受けていないこと、放送内容・コメントも資料に基づいたものであることなどを回答している。一方、各地の市民団体が共同で立ち上げた「開かれたNHKをめざす全国連絡会」は、NHKに対して、外部の圧力には毅然とした態度で対処するよう要請している。
2.どんな番組だったのか
番組を見た当時、よく調査されているとは思ったが、私は、1895年から1945年までの50年間の日本による統治時代を、植民地台湾および総督の位置づけの変化、統治政策―産業・政治・軍事・教育・文化政策の推移から、通史的に概観する場面がなく、断片的、各論的な構成で進行したので、やや戸惑った。「資料」「証言」「研究者の分析」という手法の中で、視聴者には分かりやすい「証言」が多用され、前面に押し出された印象が強かった。また、海外の研究者によるコメントは、よりグローバルな番組企画の姿勢を見せたかったのかもしれないが、日本の研究者のコメントも聞きたかったのでやや残念にも思った。台湾統治政策における近年の後藤新平再評価への姿勢、同化政策における天皇制の役割、日本の研究者の見解の対立点などへの言及も欲しかったが、時間的に無理だったのだろうか。
3.ドキュメンタリーの手法
歴史もののドキュメンタリー一般に共通することだが、資料や研究者による検証ばかりでは、番組の構成として硬いものになりがちだ。しかし、イメージ映像や再現(ドラマ)がやたらと挿入されると、私などはまず興味は半減し、安っぽく思えてしまうのだ。体験者の「証言」を取り入れることは、たしかに、わかりやすさ、親しみやすさの点で魅力的ではあるが、生身の人間の発言は、時期(時代)、場所、相手など環境により流動的である上、番組ではさらに制作者の編集がなされることは加味されなければならない。発言のみが決定的な「証言」となりにくいことは、私たちは、様々な場面で経験することである。それでもテレビは「証言者」の発言内容と同時に環境、声調、表情までをも伝達してくれるので、視聴者は、トータルな情報として受取ることができる一方、断片的な「証言」に多くを依存することのリスクも承知しておくことが必要になるかと思う。
4.「台湾のマス・メディアの形成と天皇制」を読み直しながら
前述のように『台湾万葉集』がきっかけになり、私は、台湾の日本統治時代のことを本格的に勉強したくて、30年来の仕事を離れ、大学院に進学することにした。これまでのテーマであった「短歌と天皇制」と「メディア」への関心から、この時代における台湾の研究を始めることになった。その過程で『台湾万葉集』の水脈もたどれるかもしれない。1998年に提出した修士論文「日本統治下の台湾におけるマス・メディアの形成と天皇制」の一部は、今回のNHK番組とかかわる部分もありそうである。もう一度読み直すことを思い立った。今から思えば、内容も盛りだくさんだったし、方法論も行き届かないところが多いが、章立ては以下の通りで、第Ⅰ部第4章あたりを中心に、今回の番組と照合しながら、進めたい。なお、第Ⅲ部は、その簡略版を日本統治下における台湾のラジオ・映画の動向と天皇制」として、『立教大学社会学研究科論集』第5号(1998年3月)に収録している。(続く)
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はじめに:主題と動機/先行研究/構成
第Ⅰ部 日本統治下の台湾におけるマス・メディアの形成
第1章 日清戦争前後における日本の情報環境
第2章 日清戦争はどのように報道されたか
第3章 台湾における新聞の出現と統合
第4章 台湾統治政策の推移と日本語教育の歴史
第Ⅱ部 一国二制度から内地延長主義への移行過程における天皇制とメディア
第1章 台湾における”天皇”の浸透
第2章 三一法~特別統治時代のメディアの動向
第3章 1923年皇太子行啓とマス・メディア
第Ⅲ部 台湾統治政策転換期におけるマス・メディア―放送・映画を中心に
第1章 台湾におけるラジオ放送
第2章 日本統治下における映画の動向
おわりに:結語/今後の課題
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