「題詠マラソン」時代の主催者の五十嵐きよみとマラソン参加者(投稿者たち、二〇〇三年一六二人、二〇〇四年三七五人、二〇〇五年五六三人)たちの交信記録を読むと、実にいきいきとした雰囲気で、作歌を楽しんでいる様子が伺える。学生サークルの女子マネージャーと部員たちの信頼関係をみるようでもあり、二〇〇五年、五十嵐が体調を崩して、次年度の休止が伝えられるとねぎらいや励ましのことばが行き交う。そして、荻原裕幸は、要所要所に登場して管理人として、歌人として、このサイトを支えていた様子がわかる。五十嵐・荻原の編集でアンソロジー『短歌、wwwを走る。題詠マラソン2003』)も公刊されている。荻原は、こうしたイベントが盛況となったいくつかの理由をあげている。もともと短歌というものが、「座」や「場」を軸とするジャンルであった、執筆に対価を求めない、発表に費用がかかる、総合誌・結社誌等には歌人の序列があった、短歌メディアの伝達力(発行部数)が小さかった、現代短歌が内的なテーマより外的な問題への関心が高まっていた、と分析する。メールマガジン『月刊短歌通信ちゃばしら』(二〇〇〇年五月~、公式サイト「ちゃばしら@web」二〇〇二年一一月~)を運営する井口一夫は、これらの短歌・歌壇の事情が要因となって個人単位のサイトが激増したことを指摘し、さらに、従来の短歌メディアである総合誌や結社誌の停滞感と表裏をなしていると述べる。(「[場]の時代―荻原裕幸の考察を追って」『歌壇』二〇〇五年一月)。
最も早い時期の歌人「個人のホームページ」は誰のものだったのか。加藤治郎の自筆年譜では「一九九六年三月:個人のホームページ[WAKA]を開設。インターネット時代の幕開け」とある(『現代短歌雁』四八号二〇〇〇年一二月)。この後続く主な個人のサイトについては個別に触れたいと思う。
結社においては、『塔』短歌会の一九九六年四月が最初らしい(松村正直編「塔年表」『塔』二〇〇四年四月五〇周年記念号)。結社内グループ・支部のサイトを含め二〇件近くある。現在では、発行人の身内の出版社青磁社のHPとの連携も密接である。
続いて、『短歌人』は、一九九七年三月に開設、当初より生沼義郎が管理(後、村田馨も加わる)。生沼の「祭都」はじめ、前出の藤原龍一郎ほか天野慶、天野翔、黒田英雄、小池光、関節夫、西王燦、吉浦玲子、吉岡生夫、佐藤りえ、松木秀ら、世代を超えて自らのサイトを持つ会員が多数いて、二〇〇七年三月現在、三三件に上る。
前田透急逝により、一九八四年四月、『詩歌』の若手中山明、井辻朱美、林あまりらによって創刊された『かばん』は、ことし二五周年を迎える。一九八八年に穂村弘が参加、ネット歌壇に格別の貢献をしたと思える「歌人集団かばんの会」の「かばんWEB」開設年月が私には不明ながら、会員サイト一九件。開設者には飯田有子、高柳蕗子、東直子、雪舟えま、などの名前があがっている。
歴史の長い『心の花』のHPには二〇〇一年一月からの記事があり、掲示板管理人ともども大野道夫が担当しているという。『水甕』のHPは開設年月の明示がないが、二〇〇一年以降のニュースや文章が収録されている。時評や春日真木子の「野方ノート」などが遡って収録され、資料的には有用であろう。
一九二三年、地域結社誌として創刊された『短歌』(中部短歌歌会)は昨年すでに一〇〇〇号を超えたが、一九九六年、『塔』についでHPを開設している。春日井建逝去後、編集発行を継承している大塚寅彦個人のHPが一九九六年四月に開設なので、管理人は彼だったのだろうか。現在の中部短歌会HPは読みやすく、会の歩み・同人紹介・春日井建顕彰とともに年に一・二回開催のサイバー歌会や次代ホープの情報もある(『ポトナム』一〇〇〇号大塚氏寄稿参照、ご教示多謝)。
戦後に出発した結社誌のホームページについて検索してみると、『コスモス』(連絡先宮里信輝)には、古い記事として、二〇〇三年三月の創刊五〇周年記念の集合写真が収録され、さかのぼって二年前から最新号までの目次と特別作品欄やエッセイ欄の一部が収録され、読むことができる。『歩道』(二〇〇三年一月開設)は、結社の歴史や案内、結社賞受賞記録はじめ、佐藤佐太郎の秀歌・主要歌論が読むことができ、著書・歌碑・資料室情報が得られる。主要な現役・物故者歌人の作品も読めるようになっていて、かなり情報量が多い。ともにパソコン上は厄介とされる「縦書」を原則として、短歌表記の伝統に忠実であろうとしており、『歩道』は教育的要素が色濃いサイトになっている。
『未来』のHPのスタートはいつだったのだろうか。大島史洋が記す「未来の歴史」には、HPの開設・更新履歴には触れられていない。バックナンバーの目次だけの収録は一九九六年六月にさかのぼる。編集人が近藤芳美から岡井隆になった時代を経て、編集・発行人ともに岡井になったのが二〇〇一年二月だったが、岡井の名で二〇〇六年一〇月の日付でホームページ冒頭での挨拶があるが、リニューアルでもあったのだろうか。『地中海』のHP(浜田昭則管理、二〇〇三年一月開設)は、古くは、見本誌的に一九九八年から二〇〇三年の一二月号のみの目次と主要記事が収録されている。また、二〇〇二・三年以降の作品抄、今月の二人、巻頭二〇首、地中海の歌人、歌壇月旦なども収録、資料的にも充実したHPといえそうである。『アララギ』の解散を受けて、一九九八年創刊の『短歌21世紀』が翌年には若い会員を対象に「ウイング21」を新設し、注目され、HP上にも反映している。『新アララギ』も選者の一人石井登喜夫が開設したHPを当時のスタイルのまま継続している。各月の若手会員の作品を冒頭で紹介、宮地伸一の「歌言葉考言学抄」の連載、掲示板での批評・添削などにより育成面にも力を入れているのがわかる。『かりん』のHPは、現在見あたらないし、『りとむ』のように更新がやや滞っている結社もある。所帯が比較的大きい『まひる野』、歴史のある『潮音』『ポトナム』など、HP自体を持っていないのはややさびしい。
大野道夫の二〇〇五年の調査によれば、ホームページを持っている結社は八・四%であった(六七八結社を対象とし、二九六結社から回答を得たアンケート調査。「短歌結社・俳句結社の社会学」『短歌・俳句の社会学』ぱる書房 二〇〇八年)。二〇〇五年の調査ながら、その後増えたとしても、見当たらないサイトもあるので、数としてはあまり変更がないのではないか。無回答の結社を含めれば、決して多い数ではない。結社誌の編集発行の継続も難事業であるが、HPの立ち上げ・更新は、まだ管理者の個人的な努力に頼ることも多く、継続が難しいことを物語っていよう。
つぎに、ネット「歌壇」の状況に呼応し、徐々に推進力にもなり、さらには、ネット「歌壇」の取り込み先にもなってゆく、短歌メディアの動向について触れておきたい。ネット「歌壇」が、短歌の質的向上に役立つツールかを見極めていきたい。(『ポトナム』2009年8月号、9月号所収)
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