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2009年12月26日 (土)

『カティンの森』『大理石の男』、ワイダの新旧二作品を見る

 『灰とダイヤモンド』のラストシーン

アンジェイ・ワイダ(1926~)作品との最初の出会いは、『灰とダイヤモンド』(1958年)のはずだ。日本公開から数十年後のテレビ放映ながら、反政府ゲリラの暗殺者の青年がもんどりうって倒れても、なお執拗に銃で撃たれるラストシーンの衝撃は忘れ難い。暗殺の「仕事」はこれが最後だと、恋人を振り切ってきたばかりの主人公の死であった。この作品は、19455月、ドイツ降伏前後のポーランドの数日間の出来事という設定だった。ソ連を後ろ盾にしたポーランド政府への抵抗映画に思えたのだが、制作された当時の共産党体制下のポーランドでは、ラストシーンの青年の死は、体制への抵抗の空しさと仕打ちを表現したものと評価されたという。

 『大理石の男』を追う、若い女性の執念

そして、この12月に入って、『大理石の男』(1977年)のテレビ放映を見ることができた。あらかじめ少しばかりネット検索はしたものの、どうもイメージがつかめなかった。当初、テンポが速く、過去と現在が入り混じっていて、ついていけない感じもあったが、見ているうちに思わず引き込まれた、2時間40分の大作であった。

ポーランドの映画大学の卒業制作では、テレビ局の機材とスタッフが利用できるらしい。1952年生まれという設定の女子学生は、博物館の金網で囲われた倉庫に放置された若い労働者の大理石像を見つけた。彼女は、その若い労働者がなぜ大理石像にまでなって讃えられ、そして、なぜいま埃をかぶって倉庫に横倒しになっているのかを、卒業制作のテーマにすることにした。博物館では撮影を断られ、大学の指導者はなぜか、そのテーマに難色を示す。テレビ局の古い記録フィルムやスタッフの話で、大理石像になった青年はビルクートといい、1950年代後半、コンビナート建設が盛んな時代に、8時間通してレンガを積み続ける優秀なレンガ工として有名になり、「労働英雄」として称賛されていたのだ。だが、彼を讃える肖像画も引きずり降ろされる記録フィルムも出てきた。現在、その彼の行方は杳として知れない。女子学生が取材に訪れた関係者は誰もが口を閉ざし、触れたがらない。そんな中、「あのヤケド事件」がカギではないかとの情報を得る。

その証言と再現によれば、ビルクートが仲間と一緒に各地の工事現場に招かれ、模範実技を披露する日々が続く。そんなある日、工事現場の労働者の観衆の前で、実演のさなか、一つのレンガが手渡された後、彼はその場に倒れ込む。高度に熱せられた1個のレンガが彼に手渡され、両手に酷いヤケドを負ったのだった。以降、レンガ工として再起できなくなってしまう。なぜそんなことが起きたのか。仲間のやっかみなのか、もっと組織的な事件だったのか、見ている方も不安になる。女子学生はかつての記録映画の監督で、いまをときめく人物への突撃取材で、さらに真相に近づくことになる。最も信頼していたレンガ工仲間の裏切りが示唆されたり、その仲間の弁護をしようとすれば遠ざけられたり、いろいろな曲折を経て、元の職場の組合幹部に迎えられようともする。ビルクート自身はひたすら真相を知りたいと思うが、その壁は厚い。家族とも遠ざけられた彼が、ようやく会えた妻に裏切られていたことを知る。そこまでのいきさつを知った女子学生は、さらに、彼の息子の消息を知り、働く造船所の前で待ち伏せし、聞かされたのは父ビルクートの死であった。彼女は、その息子を連れて、意気揚々とテレビ局に向かうのだった。何か明るい展開がありそうなラストシーンではあった。

女子学生の取材と周辺人物の証言の積み重ねで、徐々に真相が明らかになっていく。市民が時の政府や党の都合でいかに翻弄されていくのかを、丹念に解き明かしていく手法はさすがと思った。

テレビでは、放映前に、82歳になるワイダ監督への取材フィルムが流されていた。この映画の構想はすでに1963年には出来上がっていたが、なかなか映画制作の許可が下りなかったといい、13年後の1970年代後半、当時、ようやく許可した文化大臣は、この映画の件で辞任させられたという。

こんな緊張感のある映画製作過程が、映画の中で<大理石の男>のドキュメンタリー制作に挑む女子学生にもそのまま投影されている作品になっていた。

『カティンの森』をどう伝えるか

映画評論家の友人、菅沼正子さんの推奨作品、アンジェイ・ワイダの最新作『カティンの森』(2007年)が岩波ホールで公開されている。本ブログのマイリスト登載の地域ミニコミ誌『すてきなあなたへ』58号には、菅沼さんの映画評があるので、そちらもご覧いただきたい。クリスマスも近いある日、岩波ホールへと出かけた。週日ながらほぼ満席で、やはりシルバー組が多い。

<カティンの森>とは何があったのか。「カティン」といわれて、私は正直なところ、ソ連のフルシチョフ時代、大統領が「カティンでのポーランド将校らの大量虐殺はソ連の手でなされたことを認めた」という報道がされたのを思い起こすくらいであった。すでに、多くの新聞の映画欄に登場しているので、ここでは簡単に紹介しておきたい。

1939年、ドイツとソ連がポーランド不可侵条約を結んだ直後、91日ドイツ軍が、917日ソ連軍もポーランドに侵攻する。クラクフからポーランド東部まで、将校である夫を追ってきた妻アンナと娘。ブク川の橋は、ドイツ軍に追われ、身一つで逃げてきた人々であふれる。橋の反対側からはソ連軍に追われてきたという人々。「クラクフ第8槍騎兵隊はどこか」と尋ねるアンナ、途中の教会は野戦病院となり、近くの駅から、ソ連軍の捕虜となったポーランド将校たちが列車に乗せられようとしていた。夫、アンジェイの姿を見出したアンナ、一瞬の逢瀬に、脱出を勧めるアンナ、軍への誓いを説くアンジェイ、ふたりはソ連軍兵士に引き裂かれ、アンジェイらを乗せた軍用列車は去ってゆく。一方、アンジェイの父、クラクフ大学教授のヤンは、大学に一堂に集められた同僚たちと共に「反独宣伝の拠点だった大学閉鎖」を告げられ、突然収容所送りのトラックに乗せられるのだった。ここから、アンナとヤン夫人の夫の帰りを待つ「闘い」が始まるのだ。

アンジェイは収容所での過酷な暮らしの中で、不安を抱きながらも手帳に記録を残す。これによって、家族らに真実の一端が知らされることになるのだ。ふたりの妻の話を核に、夫や兄がカティンの森の犠牲者となった、大将夫人ルジャと娘、アンナの兄の妻と息子、中尉の妹たちも、受け入れがたい事実の真相を探ろうとするなか、ドイツ軍とソ連軍に翻弄されつつも様々な抵抗をこころみる勇気とプライドが胸を打つ。

そして、行方不明になった15000人ともいわれるポーランドの将校たちは、当初ソ連軍によりドイツ軍に虐殺されたと宣伝され、ドイツ軍はソ連軍による虐殺だと断定する。長い間、ポーランドにおいてすらタブーとされていたカティンでの虐殺は、1940年当時、ソ連領だったカティンで、スターリンの命令によるソ連軍の手になる大量虐殺であったことが明らかとなり、フルシチョフはそれを認めて謝罪している。

父親をカティンで虐殺されたアンジェイ・ワイダは、今回の映画で、ソ連軍による虐殺の実態を執拗なまでに再現し、その残酷さと虚しさを訴えている。ラストに近い、そのシーンは何分ほど続いただろうか。目をそらしてはいけないのだというメッセージは重い。

 数あるワイダの作品の中から私が見ている、わずか3作品に触れたが、これらに共通しているのは、戦争や暴力が生み出す狂信の愚かさ、残酷さと虚しさではないかと思う。そこには愛の絆も強調されるが、同時に見逃してはならないことは、体制や時代、状況にあわせて生き延びたり、いい思いをしたりしている人々への視線ではなかったか。必ずそういう人物を複数登場させて、声高に責めることはしないが、見る者の喚起を促し、考えさせる点が優れていると思う。『大理石の男』の映画監督やコンビナート建造現場の監督となっている主人公が信頼していた同僚、『カティンの森』の、市長夫人となった大将一家の家政婦、アンジェイの親友イジェ(苦悩の末、自殺するのだが)などであった。

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2009年12月24日 (木)

志津霊園問題、疑問だらけの決着~ほんとうにこれでよいのか

最終合意、決着というが

佐倉市議会は、1221日、市と志津霊園の管理者である本昌寺との最終合意案、和解案を含む関連3議案を賛成多数で可決した。これにより、都市計画道路122mが横断する形の志津霊園(3500)の移転を巡る問題がようやく決着をみて、道路開通へ一歩踏み出したと幾つかの新聞が報じた。市が本昌寺と道路用地買収の交渉に着手したのが1982年、簡単な経過は、1029日の本ブログ記事「TBS<噂の現場>を見ましたか~佐倉市へ、再び志津霊園問題」をあわせてご覧いただきたい。

前記事にもあるように、交渉中だからと「噂の現場」の取材スタッフから逃げていた市長だが、1210日になって、補正予算の1件として「最終合意予算案」を市議会に急きょ提案、1218日に志津霊園関連議案特別委員会は現地視察を含めた審議を行った。残念ながらこの委員会の傍聴ができなかったのだが、私が傍聴した21日は、市議会の最終日だった。冒頭の委員会報告によれば、佐倉市の弁護士から、これまでの経過と最終合意案の妥当性についての説明があって、賛成多数で可決した、という。その予算案とは、寺の移転先土地代金57000万円(25000㎡)に墓地代替地の造成費用73000万円と墓の移転補償費57000万円を上乗せするものであった。まだ、本昌寺以外の4つの寺の墓地移転の交渉を残しているものの、2014年度以降に道路建設が始まるメドがたったというのだ。

初めてだった、市議会最終日の傍聴

最終日は、提出の議案について各委員会から委員長が審議要旨を報告する。この日は50分ほど費やされた。そのあと、「討論」という形で、会派代表から各議案になぜ賛成・反対したのかを述べる。といっても、その議案も選択的で、なぜ反対したのか、賛成したのかの意見を述べるのも選択的で、要するに、会派として「これだけは言っておきたい」という意味の「討論」で、議論が交わされるわけはない。一方通行の発言の場であるようだ。もちろん無会派の議員1人にもそのチャンスはある。議案の中では、志津霊園関連3議案への意見がもっとも多かったし、時間も割かれた。そのあと、35号までの議案、請願・陳情の1件、1件について起立による賛否が問われ、議長の賛成多数、全員賛成の声ばかりが響きわたり、可決されてゆく。傍聴席からは、最前列でも議席が見渡せない。乗り出して覘くと、下の議場では、議員たちは立ったり座ったり、衣擦れも聞こえてこない無言の行が繰り返される光景が繰り広げられている。まさに「傍聴」で、議員の起立・着席の意思表示は傍聴席からは見られないというのも、不思議な一件ではある。

おもな反対意見は

いまは、私のメモに頼るしかないが、「討論」の中で、複数会派から志津霊園関連議案への反対意見としては述べられたのは、次のような点であった。

①今期1112月議会に追加議案として提出され、審議が尽くされていない。

②移転補償費、造成費は、すでに一部支出しているので、二重払いにあたる。

③今回の補償費の算出根拠が不明で、過大補償にあたる。

④現在の墓地面積の約7倍の25000㎡の代替地を提供しているのは不当である。

⑤代替地造成工事費の支払いに工事会社の大林組を介在させているのは、かつて多額の使途不明金を出した「墓地移転協力会」の不正行為により工事が頓挫したことの二の舞になる可能性が大きい。市は、大林組には渡し切りで、その詳細に関知しないのはおかしい。

⑥本昌寺は志津霊園の一所有者であって、他の4つの寺とは合意に至っていない。全所有者の同意を前提とすべきだ。

          

また、他に、次のような疑問を呈した議員もいる。

⑦今回の市と「本昌寺」との最終合意で、当初、15億円受渡し契約がなされた、市と「墓地移転協力会」との合意文書は破棄できるものではない。その後の基本合意も議会の同意を経ていない。

⑧市と本昌寺との「互譲」による最終合意というが、市側の一方的な譲歩に過ぎない内容である。

⑨志津霊園問題の沿革をたどれば、幾つかの時点で佐倉市は重大に過ちを犯しているがそれについては一切質されていない。

・墓地を道路予定地にする非常識な計画であった

・「協力会」との協定の不備・確認をしないまま8回に渡り「協力会」に支払い続けた 

・国からの補助金受領に虚偽報告があり、補助は受けられなかった・・・

⑩今後の道路事情、人口推移、財政事情、費用対効果などから、そもそも、道路開通は本当に必要なのか、もっと慎重に判断すべきではないか。

などなど・・・

思いがけなかった賛成会派

これらの疑問に答弁はないのだが、この議案への賛成意見を述べた会派もあった。市長を支援する保守会派が賛成意見を述べるのはまだしも、共産党議員が賛成意見を述べたのには驚いた。「本昌寺、協力会の背信行為に見舞われたが、都市計画道路の開通は20年来の懸案事項であり、今回、最終合意に達し、ようやく努力が報われた。造成費、補償費について精査したところ、適正であることが確認できたので、賛成した」というのがその主旨であった。今回反対した会派とは、これまで、大方の議案で賛否を共にしていたにもかかわらずである。どこか筋が通らず、不自然に思われたので、休憩時間、廊下の給茶機前で顔を合わせた、もう一人の共産党議員に「どうしたんですか、きょうの志津霊園問題の賛成意見は、解りづらいですね」と思わず声をかけてしまった。もっとも、新社会党は賛成意見こそ述べなかったが、賛成だった。少数会派の選挙対策なのだろうか。苦渋の選択?はないだろう。なんとも暗い気持ちで帰途に着いたのだった。

道路行政のこれから

車を持たずに暮らしている私などは、上記の⑩の意見に近い。122mの道路開通のため、これまでの出費の15億円、裁判費用、対策室人件費などの累積の上に、さらに13億の上乗せまでして、進める道路計画なのか、疑問は尽きない。開通は、地元の人たちの「悲願」というが、私の住まいの近くにも、井野東土地区画整理組合内の都市計画道路も「悲願」と喧伝されていた。区画整理事業は今年の清算予定が3年間延長され、道路開通も3年後の予定となった。しかし、この道路計画が決定したのは、1965年、井野東区画整理組合準備会の発足が1998年、道路が開通したとしても、その端は旧道に交叉、16号線につながるわけでもない。バイパス機能は全うできないだろう。1.6km、16m、公管金11億、基盤工事5億、千葉県による本格的な道路工事はこれから始まる。いったいいくらかかるのだろう。多くの緑を失い、ほんとうに必要な道路だったのだろうかと思う。道路行政は、根本的に見直す時代となったのではないか。                

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2009年12月17日 (木)

「短歌ハーモニー」作品展示へどうぞ

 千葉市女性センターのセンターまつりが12月13・14日に開催されました。10回目とのこと。毎月、このセンターを会場に歌会を開いている「短歌ハーモニー」も、まつりには、ここ数年間、短歌作品の展示の形で参加してきました。今年は手違いで申込みに遅れ、展示コーナーが確保できなかったのですが、お世話役の尽力とセンター事務局の理解により、学習室の掲示板の一部をお借りすることができました。例年は色紙や短冊での出品が多いのですが、今年はスペースのこともあって、はがきの大きさで統一しようということになりました。展示期間は、まつりの場合はわずか2日間ですが、今回は、1が月余りよろしいということで、しばらくの間、展示が続いています。各人一首のみですが、次のような作品です。かわいらしい展示会となりました。きょうは今年最後の歌会、午後は忘年会で、大いに盛り上がりました。

・人ひとり逝きたる月日はやくしてのこり花にはしじみ蝶舞う      大堀静江

・ちるいちやう金色回廊陽にはえてひとすじのびしバイパスよぎる  海保秀子

・裏庭に夕日映ゆる葉鶏頭は萌え立つ色を寒風にさらし       小山ひろよ

・車中より見つけた三日月見え隠れ歓声上げて燥ぎいる孫      中川とも子

・風を切り急な斜面を駆け降りるその眼は真っ直ぐ我にむかひて  藤村恵美子

・君が名を呟くわれと伝えたし桜咲く日も雁渡る日も          前田絹子

・生きていてくれるだけでいいそれでも母の笑顔と返事が欲しい      千世

・盛り過ぎ花数減らす朝顔も種の実りを待つ楽しみに         加藤海ミヨ子

・明け方を救急車のサイレン迫りきてひたりと停まれる後の静けさ  内野光子

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内野光子著作目録2001~(2) 2006~

 以下は、「内野光子著作目録2001~」(2006年2月17日、本ブログ所載)以降のメモから短歌関係エッセイとポトナム以外に発表した作品のみとしました。遅々とした歩みですが、エッセイのほとんどは、本ブログ・マイリスト「短歌の森」、最近は本欄の記事として掲載していますので、あわせてご覧いただければ幸いです。

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歌人の妻たち、どう歌われたか・草野比佐男  ポトナム  20066

近藤芳美・代表歌ではない秀歌・気になる一首(特集近藤芳美に学ぶ)

短歌 20066

短歌作品・野に立つ(32首)短歌ハーモニー短歌集青葉の森へ』所収2006.77

歌人の妻たち、どう歌われたか・三枝昂之  ポトナム   20067.

歌人の妻たち、どう歌われたか・島田修三   ポトナム   20068

歌人の妻たち、どう歌われたか・岩田正   ポトナム   20069

芸術選奨はどのように選ばれたか1~4   ポトナム   2006.10~2007.1                                                .1                         .1                    

戦後における昭和天皇の短歌―その政治的メッセージとは1~11

                              ポトナム   2007212                                      

アンケート・歌人55人に聞く憲法・短歌    新日本歌人   20075

視点・社会詠の行方            ポトナム   2008.1

視点・ふたたび社会詠の行方        ポトナム   20082

憲法随想・地域で何ができるのか      新日本歌人  20082

視点・短歌の「朗読」、音声表現をめぐって1~11 ポトナム20083                                      2009.1

昭和天皇の短歌は国民に何を伝えたか―象徴天皇制下におけるそのメッセージ性と政治的機能

五十嵐暁郎編『象徴天皇の現在-政治・文化・宗教の視点から』(世織書房 2008年6月)所収

アンケート竹山広を読む          短歌往来  20088

藤田貴佐代『風の飛翔』評         短歌新聞    2008.8

インターネット「歌壇」どうなるか1~11  ポトナム  2009.212

醍醐志万子(特集・戦中派歌人研究下)   短歌現代  2009.5   

この一首、わたしの作歌ポイント      梧葉21    2009.4.25

時代の「空気を読む」ことの危うさ(特集・現在を読むこと)

                                          短歌研究    2009.6

白楊賞受賞者詠草(15首) とエッセイ(1000号記念) 

                     ポトナム  2009.8

師の思い出・小島清              ポトナム    2009.8

戦後64年、歌会始の現実           ポトナム    2009.8

新作5首                  短歌新聞   2009.8 

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2009年12月10日 (木)

「すてきなあなたへ」58号をマイリスト「すてきなあなたへ」に掲載しました。

画面左側で号数をクリックしてください。

(目次)
佐倉市のムダ遣いは議長専用車ばかりではない
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)を知ってますか~健康寿命を延ばすために鍛えよう!
ノルウェーの女性たち~政治参加への道―ムンクもフィヨルドもよかったけれど―*
菅沼正子の映画招待席『カティンの森』―真実を知らなければならない―
編集後記

*ノルウェーの選挙事情については、ノルウェー大使館のオフィシャルサイトをみると三井マリ子さん執筆の詳しいレポートがあります。写真もいろいろあって、日本では考えられないようなことも実践されています。関心がある方はぜひご覧ください。

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2009年12月 9日 (水)

赤い羽根共同募金の行方~使い道を知らずに納めていませんか、その情報操作のテクニック(3)

④社会福祉協議会とは

 

 それでは、その「社会福祉協議会」とは、募金や会費を配分している「社会福祉法人」なのだが、佐倉市のケースで見てみよう。用語解説的なことはここでは割愛する。数年前の本ブログ「社会福祉協議会の<移送サービス>は誰のため?」(2006418日)でも平成16年度の財政状況を通じて、その実態に触れたことがある。当時、社協の「移動サービス」を受けるには、年間500円の会費を納入した会員であることを要件とするので、自治会全世帯が会費を納めるようにとの要請がわが自治会にも届いた。それが発端で、その移動サービスが有料なのはわかるが、会員が要件というのはおかしいので調べてみたら、県内でも全国的にも皆無に等しかった。私は社協に出向いて意見を述べた。後、その不合理な要件は外されたが、運転や介助のボランティアが集まらない、利用者が少ない?とかでその事業自体が沙汰やみになっているらしい。

佐倉市社会福祉協議会は、事業として、①社会福祉事業 ②委託・介護保険業務などの公益事業 ③佐倉斎場の業務など収益事業を行っている。以下は、3事業合わせての収支計算書から作成した表である。数字は万以下を切り捨てている。

この作業を通じて、『社協さくら』149号の平成19年度「事業別収支計算書」自体の記入にあきらかな間違いがあるのが分かった。その後、広報誌での訂正もなく、ホームページ上の訂正も見つからなかった。社協に問い合わせたところ「ホームページ上訂正してあります」というのだ。この号には二つの訂正があったが、一つは寄付者名の訂正、もう一つは訂正とお詫び」の文言のみで1行の説明もなくクリックの誘導があるだけである。だから私も見落としていた。せめて「計算書に記入の間違いがありました」くらいのリードを付すべきだろう。不都合なことはできればなかったことにないしなるべく目立たぬように?という体質がここまでしみ込んでいるとは。

ともかく、計算書の内容に入ろう。収入の「経常経費補助金」とは、何のことはない、佐倉市からの補助金である。また、この2年間の特殊事情として次の2点は見落とせない。収入「寄付金」は、例年は、400500万円ほどだが、ちょうどこの2年間は、ある個人からの年5000万円ずつの寄付が含まれているので、この科目の数字は突出しているといっていい。さらに、この数年間、計算書を見た限り初めて出会った勘定科目が平成20年度の収入「投資有価証券売却」、支出「投資有価証券取得」である。ほぼ同額となっているのだが、何をしたのか。このご時世、4000万以上の有価証券売買でどれほどの売却益があったのだろうか。損を出しているのではないか。この書類上は不明だ。また、「貸借対照表」を見てわかるのだが、投資有価証券として13974万円を持っていること自体不思議である。投資するほどの余剰金があるということは、どうしても「社会福祉法人」にはなじまないはずである。

           

 事業別資金収支(平成1920年度)

 単位万円      (平成19年度)     (平成20年度)          

勘定科目

社会福祉事業

事業合計

社会福祉事業

事業合計

会費

2243 (8%)

2243

2235(7%)

2235

寄付金

5513

5513

5385

5385

経常経費補助金

10215(37%)

10215

10229(31%)

10229

委託金

3195

  5872

3735

6395

事業

1737

  5872

1913

4905

貸付業務など

 378

378

393

393

介護保険

5365

5340

共同募金配分金

3246(12%)

3246

2956(9%)

2956

投資有価証券売却

4320

4320

以下略

収入合計

27545

43927

32796

40023

           

人件費

12341(45%)

20703(52)

12750(38%)

20410(46)

事務費

  679

1455

  848

1805

事業費

5661(20%)

6786

6127(18%)

6991

貸付業務など

  446

446 

537

537

助成金

1795

1795

1913

1913

積立預金積立

5127(18%)

5127

5132(15%)

5132

投資有価証券取得

4315

4315

退職共済預け金

715(3%)

715

732(2)

732(2%)

以下略

支出合計

27374

39750

33335

44389

「事業別資金収支計算書」(『社協さくら』149号、154号)より作成

この表から何が読み取れるだろうか。専門家ではないものの、公益・収益事業の特別会計では、人件費を含めて、ほぼ独立採算の数字が出ていることがわる。社会福祉事業の欄で、注目すべきは、市からの補助金が1億円を超えるが、それは主として人件費補助にあてられ、わずか数百万円が各事業の「行政からの補助」として申し分け程度にバラまかれているのが実態である。もう一つ着目するのは、収入のうち、社協の会費78%と共同募金からの配分額912%の「分配作業」を、支出で見ると3845%の人件費をかけてしていることにならないか。収入の1620%、支出のほぼ事業費にもあたる1820%を「動かして」しているということだろう。さらに大きな割合を占めるのが、1518%の積立預金積立である。この中身はここではわからないが、「貸借対照表」に拠れば平成20年度において、積立には各種あるが、主たる行き先は、すでに24175万円プールしている「福祉基金」11849万円を確保している「退職給与引当金」などではないか。佐倉市社会福祉協議会には、正職員14名の正職員、15名の嘱託職員が勤務する。事業別にみると25名が社会福祉事業であり、公益事業3名、収益事業1名ということだ。

たったこれだけの数字からでも、見えてくるものがある。広報誌は、毎号、収入全体の20%弱程度の会費や募金の「集金」促進に必死であるが、その使い道や決算には紙面を割かない。正確な情報を伝えない。佐倉市からの補助金の大部分が人件費に消える「社会福祉法人」。そこでなされている事業といっても上記会費や募金の振り分けに過ぎない。これではまるで30名弱の人員を雇うための「社会福祉法人」ではないのか、とさえ思えてくる。私の知る限りでも市職員の退職者が社協には当り前のように天下りしている時代があった。今はどうなのか。嘱託とはどういう人たちなのか。職員の採用は公募されているのか。他の社協ではよく公表している組織図や定員、理事や関係委員リストなどの記載は一切ない。

まだまだ、疑問は尽きないが、ひとまずこのレポートを終わりたい。

なお、20024月(平成14年度)から、佐倉市社会福祉協議会は、いっそうの地域福祉の充実をはかるためと称して、逐次14の地区社会福祉協議会から構成されることになった。まったくのボランテイアな組織の地区社会福祉協議会に若干の予算を付して仕事を投げている構図ではないか。そして、投げられた地区社協はどんな仕事をしているのか・・・。その成立の経過と実態についてはあらためてレポートしたい。

                                                                                                         

私は、今回ひよんなことから、共同募金の流れやそれにかかわる中央共同募金会、都道府県共同募金会、市町村社会福祉協議会の在りように関心を持ち調べ始め、多くを知ることができました。皆様もご自分の地域の社協に一度目を向けてみてはいかがでしょう。(終わり)

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赤い羽根共同募金の行方~使い道を知らずに納めていませんか、その情報操作のテクニック(2)

③「千葉県共同募金会佐倉市支会」(佐倉市社会福祉協議会)では                         

 千葉県共同募金会の佐倉市支会の専任職員はおらず、佐倉社会福祉協議会の地域福祉推進グループが担当しているらしい。佐倉市における共同募金についての情報は、私たち募金者には、自治会を通じて配布される広報誌『社協さくら』で届けられている。この数年間分、欠号はホームページで補いながら通覧してみた。社協の広報誌だから共同募金関係に限り、直近の1年間5号分の『社協さくら』(151155号)の記事を整理してみた。(081215)155号(09101日)の記事を整理してみた。まず、12月号で当年度の歳末たすけあい募金の目標額が示され、10月号では来年度にまわる当年度の目標額と事業費分だけの予算額が示される。使い道が示されるのは、3月号に前年12月の歳末たすけあい募金の実績額に前年度の繰越金を加えた配分総額と目的別の配分内訳のみで、赤い羽根共同募金については配分実績額のみで、現実にどのように使われたかの報告は一切なかったことになる。しかも、記事の表現は読み取りづらく、曖昧で、私の問い合わせに、職員すらも予算を決算と取り違えるほどだった。

 

151(081215日):当年平成20年度の歳末たすけあい募金の目標額

 152(0931):  平成20年歳末たすけあい募金の実績額と前年度の繰越金を加算した配分総額の内訳実績額

 154(09715): 平成20年度赤い羽根募金の県からの配分実績額(平成19年度募金に基づく)  

155(09101): 来年度平成21年度の赤い羽根募金の目標額

  私の頭の中で、以上のように整理できるまで、職員とのやり取りがあった。担当責任者に、赤い羽根共同募金の使い道をなぜ決算で公表しないのかを尋ねてみると「社会福祉協議会に詳しい予算書も決算書もあるから見に来てください。あなたの話を聞いていると頭が痛くなる!?」と答えたのである。「募金者には、大まかな使い道くらい知らせる義務があるでしょう。しかも決算だか、予算だかわからない表現でしか公表しないのはおかしいですよ」と言えば「ご意見として聞いておきます」との答えだった。

ところで、前述の中央共同募金会が作成している赤い羽根データベース「はねっと」で「佐倉市」のキーワードで検索すると、「赤い羽根募金の助成で行われた活動(平成19年度募金)」(20年度実施―筆者注記)として、以下のようなフォームで事業名、助成先の団体名、財源の種別、助成額がリストとなって示される。助成額の右には「表示」という欄があって、ここをクリックすると具体的な活動と財源が見られることになっている。この欄は省略し、50件のうちの一部を例示した。

No.

事業名

団体名

種別

助成額

1

地域福祉ネットワーク事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域         

4,495,000

2

母子・父子世帯に対する支援金配分事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域歳末

4,150,000

3

在宅福祉サービス「おたすけくん」事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域歳末

3,918,888

4

社協さくら発行

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域

3,851,000

5

ひとり暮らし高齢者に対する支援金配分事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域歳末

2,540,000

6

ボランティアグループ活動助成事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域

1,807,000

7

要支援世帯に対する支援金配分事業

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域歳末

1,096,000

8

特別養護老人ホーム通院・外出用車両購入

志津ユーカリ苑

NHK

歳末

1,090,000

9

在宅福祉(いきいきサロン・食事サービス等)

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域

961,000

(

中略)

46

歳末行事への支援事業(クリスマス会)

ありんこグループ

地域歳末

50,000

47

歳末行事への支援事業(クリスマス会)

セントケア千葉株式会社

地域歳末

50,000

48

歳末行事への支援事業(クリスマス会)

志津大山記念会

地域歳末

50,000

49

ボランティア活動支援

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域

48,173

50

地域福祉講座

社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会

地域

40,000

まさに私が探し求めていた配布先と配分額であった。こうした具体的な使い道を募金者に伝えてほしいのだ。ただ、この情報からは、種別ごとの助成額の合計や助成総額が記述されていない。表の中の「NHK歳末たすけあい」は、中央共同募金会から配分された都道府県共同募金会が直接、各市町村の施設直接に配分するもので、佐倉市の社協は一切関与しないということだった。

ところが、「はねっと」の数字と佐倉市社協の数字があわなかった。ちなみに、上記の佐倉市への種別による助成額を試算してみると、次のようになる。

地域16件:   14,242,000

地域歳末30件:   14,139,010 (募金実績11,926,587円に前年度の繰越金加算)*

NHK歳末4件: 1,689,237

(合計50件:   30,070,247円)  

*の数字は、『社協さくら』147号(200831日)掲載の「平成19年度歳末たすけあい運動配分報告」の配分額と一致し、上記『社協さくら』152号(200931日)の「平成20年度たすけあい運動の報告」、「配分実績1549万」(実績15,491,954 円)に該当する。佐倉市社協にとってNHK歳末はかかわらないので、上記合計件数・配分額は余り意味がないらしいが、「地域16件」の件数は一致するものの、配分額が14,073,000円で合致しない。また、「はねっと」では、助成先団体名「佐倉市社会福祉協議会」でも検索できるのだが、上記の一覧と件数・助成額も異なる。無頓着というか無責任というか、まじめに読むほど、「頭が痛くなる」のはこちらの方だ。

そういえば、中央共同募金会の「はねっと」担当者は、種別による合計額は昨年まで公表していたが、複雑な事情?により今年から記入しないことになったという。その理由を尋ねても、締め切りに間に合わない、あるいは、未報告の施設や団体があるので、数字に齟齬が生じ、混乱を招くからというのだ。このリニューアルは、情報公開からいえば「後退」ではないのか。締め切りに間に合わない施設や団体があるなら、空欄にしてでも公表すべきではないか、配分だけ受けて報告しないなど、もってのほかと思う。担当者は「合計額を公表しないことについて、内部でもだいぶ議論があったので」再度検討したいとのことだった。不完全な数字を公表して、クレームでも来たら困るとでもいうのだろうか。不完全ならば、それが実態で、説明責任を果たすべきだろう。

 さらに、「はねっと」のデータで佐倉市を検索、団体名をみると、50件のうち20件が佐倉市社会福祉協議会で、助成総額約3007万の約902710万の助成がなされていることになる。先にみたように、中央共同募金会の助成総額の62%が市町村の社会福祉協議会へ配分され、千葉県募金会の助成総額70108万円の内の、赤い羽根共同募金の31485万円及び市町村歳末たすけあい募金22285万円、あわせて77%が県内の社会福祉協議会に配分されたことになる。福祉施設や福祉団体向けの助成も市町村社会福祉協議会を通じての配分が多いのが実態である。要するに地域に配分される共同募金(赤い羽根・歳末合わせ、NHK歳末は除く)は市町村の社協に丸投げに近い状況で、佐倉市の場合は90%以上が社協の手によって助成、配分されているというのが実態である。(つづく)

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2009年12月 7日 (月)

赤い羽根共同募金の行方~使い道を知らずに納めていませんか、情報操作のテクニック(1)

(この記事へのたくさんのアクセス、ありがとうございます。前の記事に1か所、%表示に当方のミスがありましたので訂正し、題名も一部変えました。12月7日)

1.募金という名の「集金」、自治会費上乗せなど、とんでもないのだが・・・

 毎年101日、街頭で始まる共同募金は、風物詩のように報道されることが多い。私たちの町内でも募金袋が回り始めた。かつては、この町内でも班長が500円の領収書を持って会員宅を回って「集金」していた。現在でもそんな集め方をしているところが多いと聞く。以前、班長は自治会費の集金だけでも、留守の家が多くて難儀している上、他を含めて年に数回の募金の集金にはネをあげていた。会員からもご近所の班長が回って来るとなると断りにくく、半強制的だとすこぶる評判が悪かったから、募金袋の手渡しによる今の方式が定着しかけているのもうなずける。

 ところが、近年、全国的に募金実績が年々下降線をたどり、募金の元締めの中央共同募金会はじめ、日本赤十字社、社会福祉協議会などが危機感をつのらせているという。そこで、各自治体傘下の各団体支部・支会などから自治会への「協力要請」が盛んになったらしい。タレントを使ったポスターの掲示、パンフレットの全戸配布等に加え、わが町内でも、自治会役員会に社会福祉協議会の幹部が説明に来たり、班長会議に日本赤十字社のボランティアが宣伝に来たりしている。そんな“促進策”は、本来、自由意思による、任意な“募金”とは相容れないはずだ。

 にもかかわらず、こんなとき浮上するのが、各種募金の自治会費上乗せ案らしい。自治会の役員や班長も高齢化して、訪問集金は厄介だ、留守で何度も訪ねたくない、上乗せすれば募金の集まりもよく、ラクだ、というわけだ。しかし、これについては20094月、滋賀県甲賀市希望が丘自治会の募金自治会費上乗せ決議無効とする高裁判決の最高裁決定が出て、一件落着している。にもかかわらずである。本ブログでも取り上げているが、6000円の自治会年会費に、赤い羽根共同募金、日本赤十字社の募金などを一括して2000円を上乗せしようとする自治会が訴えられたケースで、決議は思想・信条の自由を侵し、無効とする最高裁決定であった。「募金」の趣旨からいえば当然のことながら、募金活動を総括する団体は判例に言及することなく、「募金は任意」の一言で通り過ぎようとしている。突き詰めれば、自治会や職場などを通じての募金自体も見直すことになりかねない様相を恐れているのかもしれない。しかし、私たちも、ここでボランティアの在り方を根本から見直す時期に来たのではないかと思う。

2.共同募金会とは何をしているところか

①「中央共同募金会」では

そんなことを考えていたら、「共同募金 続く減少傾向 問われる促進策」の記事が目にとまった(『東京新聞』20091122日)。 都道府県単位の共同募金会の集約によれば、バブル景気の後退を反映して1995年の2648000万円をピークに2008年は2087000万円までに落ち込んでいる。募金方法は「ボランティアが各世帯を訪問して寄付を呼びかける」戸別募金が主流で、全体の74%を占めるという。しかし、その実態は、町内会、自治会役員や班長による戸別集金ではないのか。募金会では、募金額の減少の原因は、自治会加入率、市町村合併による募金の目安額、不況による企業からの寄付の低下にあると分析している。裏を返せば、全国の自治会に対して、自治会費への上乗せや自治会での半強制的な集金という方法を黙認、丸投げをしてきた証ではないのか。また、都市部を中心に地域の結び付きが弱まる中、地域福祉推進を目的とした募金をどう活性化するのかが課題という。募金方法の問題も大きいが、私は、募金の入り口よりは、その出口、つまり、どのように使われているか、目的や使途を明らかにすることが大事ではないかと思う。

 先の新聞記事と中央共同募金会への問い合わせによれば、2008年各都道府県から積みあがった地域福祉活動配分(≂社会福祉協議会)が、配分総額1844000万円の約62%を占める。他に、団体・グループ配分24%、福祉施設配分14%であった。全国の募金総額約208億と配分総額184億の差額24億が都道府県の運動経費ということになるという。その内の11000万円が分担金として中央共同募金会に収められている。

中央共同募金会の一般会計収支計算書によれば、経常支出137400万の内、人件費は1765万、正規職員11名、派遣2名といい、事務費・事業費あわせて27400万円という数字がある。霞が関ビルの家賃も半端ではないだろうな、と思う。

中央共同募金会のホームページの「統計情報」所収のある表の数字が余りにも異常だったので、問い合わせたところ、間違った統計表を掲載していたらしく、断りの文面もなく、その日の夜には、差し替えられていた。確認しようとしたところ、担当者は翌日休暇をとっていて、他の職員は事情を知らなかった。一人でそっと差し替えていたらしいのだ。この緊張感のなさは何なのだろう。なお、ここでは、赤い羽根データベース「はねっと」というサイトを開設、数年間の詳細な地域の統計が分かるようになっているが、これにはのちほど触れたい。

②「千葉県共同募金会」では

中央共同募金会の統計情報によれば、千葉県共同募金会の2008年度募金実績額は、78313万円であり、配分総額は、70109万円であった。千葉県共同募金会発行の「2009赤い羽根」というパンフレットの「ご報告~昨年度結果・今年度計画~」によれば、千葉県の募金総額78313万円の内訳は次表の通りだ。パンフレットの数字が合わないので調べていくと、募金内訳と配分実績内訳が入り混じった形で、パーセントが表示されていたのである。 募金額及び配分額の合計欄がなく、分母が不明なので割合など確かめようがない。こんな不完全で解りにくい表を載せていることに腹が立ってきた。担当者は電話口で電卓を叩いてでもいるのだろうか「おかしいですネ」という。肝心の配分結果は、下記の総額・内訳とも電話取材とホームページの「支出内訳」でわかった。

<Ⅰ表>千葉県共同募金会 における募金実績と配分額(2008年度)

募金の種類

募金実績額()

配分結果()(件数)

赤い羽根共同

502, 945, 370

443,019,550 (1982件)

市町村歳末たすけあい

242, 501,992

222,581,144 (55か所) (1053事業)

NHK歳末たすけあい

37, 683,793

35,488,562  (156) (18045) 

合計

783, 131,155

701,089,256  3191件)

赤い羽根共同募金の配分結果の金額と件数は、中央共同募金会ホームページ上の

統計情報」に拠る

 

募金実績額と配分結果の差額8200万円はどこへ使われているのかが、今のところわからないが、パンフレットによれば、千葉県共同募金会の 運動経費の総額は9451万円と計上されている。その内、3900万円が人件費で、正規職員5名の嘱託職員1名とのことだった。

 なお、<Ⅱ表>は、上記3種の募金の県内の配分先・数・配分額は、ホームページの「支出内訳」から作成した。

<Ⅱ表>千葉県共同募金会 における配分先・数・配分額(2008年度)()

募金の種類/配分先

社会福祉協議会

福祉施設

福祉団体等

赤い羽根共同  

314,853,000(56 )

68,580,000(40)

28,530,000(42)

市町村歳末たすけあい

222,581,144(55)

NHK歳末たすけあい

31,594,212(143)

3,894,350(13)

<Ⅱ表>における赤い羽根共同募金の配分額合計411,963,000円(138か所)と<Ⅰ表>配分結果443,019,550円との不一致については調査中。

    

 <Ⅱ表>からもわかるように、赤い羽根共同募金の配分結果総額44301万円を分母に県内の社会福祉協議会に配分された31485万円は62.5%にあたる。市町村歳末たすけあい募金も全額県内の社会福祉協議会を通じて配分されている。配分された佐倉市社会福祉協議会は、さらにどのように配分しているのかを知りたいと思った。(つづく)

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