書庫の隅から見つけた、私の昭和(3)「川田正子愛唱童謡曲集・第一輯」と「五年生の音楽」ほか
歌集というと歌詠みの歌集と間違われるのだが、曲も付いた、古い歌集がいろいろ出てきた。何回かの引越しの度にどうしても捨てられず、ここまでたどり着いたのだろう。まずは私が使った童謡集と教科書だ。
①「川田正子愛唱童謡曲集・第一輯」海沼実選曲 白眉社 1946年9月 16P 15円
②「川田正子愛唱童謡曲集・第三輯」海沼実選曲 白眉社 1947年9月16P15円
③「川田正子孝子愛唱童謡曲集第1集」海沼実編 新興音楽出版社 1949年5月 24P 40円
④「日本名歌百曲集」加藤省吾編 新興音楽出版社 1950年10月 160P 160円
⑤「日本童謡唱歌百曲集」改訂版 加藤省吾編 新興楽譜出版社 1950年11月 160P 160円
⑥「五年生の音楽」再版翻刻版(文部省著作教科書)文部省著 大阪書籍(株)1949年 12月 10円90銭
⑦「六年生の音楽」修正版(文部省著作教科書)文部省著 日本書籍(株) 1951年 3月 26円
①から⑤まではB5判、⑥⑦はA5判で、いずれも綴じが崩れ、表紙がはずれているものもある。仙花紙というのか、すっかり茶色になっている。
①には「平和日本の進路に第二国民の健全なる知能徳性の涵養は重大関心事である。天真無雑な児童の感情に音楽の与へる偉大なる影響は決して等閑視出来ない。この意味に於て今日ラジオの有する重要な存在意義を深く考えるとき・・・」という編輯者、三戸知章の「はしがき」のような文が表紙裏に記されている。「見てござる」「めえめえ子山羊」「赤とんぼ」「里の秋」「汽車ポッポ」など9曲。②には、草川信の短い「はしがき」があり、「海沼さんと云ふ良いお百姓さんは、正子ちゃんと云ふ美しい花を咲かせました・・・」と始まる。「蛙の笛」「嬉しい豊年」「お猿のかごや」「可愛いい魚屋さん」「みかんの花咲く丘」など8曲。私は「里の秋」と「みかんの花咲く丘」が好きだったから買ってもらったのだろうか。裏表紙の広告によれば、このシリーズは第五輯まであって、第二輯は持っていないが、「農家の皆さん今晩は」「土曜日の午後」「シンチュウグンノヘイタイサン」などを収録している。これらは聞けば思い出すかもしれないが、覚えていない。なかの「月の沙漠」「婆や訪ねて」はよく歌ったものだ。③11曲のトップが「少年王者の歌」で、これは聞けば思い出すだろうが、すぐには歌えない。知っているのは「あの子は誰あれ」「赤い靴」「どこかで春が」「みかんの花咲く丘」だ。①②の表紙にはいずれも川田正子、③には笑顔の正子・孝子の写真があり、当時の私たちにはアイドルであり、スターだった。時代が少し下ると美智子が加わり三姉妹の童謡歌手といわれた。さらに、後年、美智子は、二人の姉とは異父姉妹だったことなどを知ることになる。
④⑤は、⑤の初版の方が先に出版しているが、姉妹編として④を出すにあたって、十数曲を④に譲り、文部省唱歌を加えたという。④の編者の「序言」によれば⑤の初版が売れて判を重ねたので「童謡唱歌」の方は小学生向け、④の「名歌」の方は中学校高校生向けということで、改訂したようだ。たしかにこの2冊は、私も長い間利用していたと思う。
⑥⑦は教科書だから、楽器の写真や楽典の初歩的な記述もあり、私の書き込みもある。いわゆる文部省唱歌だから外国曲が多いが、歌詞は、文語調が多く小学生にはなじまなかったのでは。高学年になって、音楽専科の若い女性教師は、男の子のいたずらに怒って泣いて教室を出て行ったり、歌の上手な子を「ひいきに」したりで、私は、教科の音楽は好きになれず、「ヒステリー」などという言葉を覚えたのもこのころだ。その分、ラジオから流れる童謡には、胸踊らせたのではないか。
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