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2011年8月24日 (水)

佐倉市はどうする!~放射能汚染問題と市民と(2 )﨑山比早子さんの「原発事故と健康」の話を聞いた

818日、佐倉市ミレニアムホールで、高木(仁三郎)学校出身、元放医研の医師の﨑山さんの話を聞いた。レジメにある放射線の生物影響、放射線によるDNA損傷その修復とがんの発生、被ばく線量と発がんの関係、原発事故と放射性セシウム、原発事故とヨウ素剤という流れで、パワーポイントを使用しての話だった。ムダのない慣れた話ぶりで分かりやすかった。私は、放射線によるDNA損傷については、改めてその恐ろしさを認識したし、また、高線量被ばくと停戦量被ばくの医学的影響、とくに甲状腺がんの発生などの関係が、ようやく腑に落ち、さらに、福島第1原発事故により、報道の中で話題になった「ヨウ素剤の服用」の意味や「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)が全く機能してなかった事実」の意味を今になってようやく理解したようなことだった。そして、﨑山さんは、日本の国や自治体は、研究者や他の国際機関から甘いとまで言われている国際放射線防護委員会(ICRP)の「年間1ミリシーベルト」の基準だけでも守ってほしいと強調した。

自分たちで放射線量を測定することも、こうした学習会に参加することもとても大切なことと思う。

しかし、いまの私たちが測定や学習に甘んじていていいものか。低線量被ばくは、この佐倉市でも収まることはない。そのリスクを少しでも食い止めるのはどうすればいいのか、の視点で、私たち市民も動かなくてはいけないのではないか。ちょっとやそっとのことでは、行政は動かない。市議会の保守派は、ともかく市民派と言われる議員たちや会派も、放射線量の測定や除染を行政に一応「申し入れ」るが、その後の動きが見えない。

福島県下向けの文科省の年間20ミリシーベルトという上限の数値を金科玉条のように、それを「下回っています」と繰り返す佐倉市、放射線量対策検討委員会を立ち上げたというものの、連絡調整の会を重ねるばかりで、何もやろうとしない。市民と連携してこうした行政への姿勢を質す議員や会派はどこへ行ったのだろう。

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