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2012年1月16日 (月)

「除染」はどのように実施されているのか~佐倉市の場合

   昨年12月初旬から、友人とのウオーキングを再開した。寒いさなかなので、午後2時ごろからということで、気ままに近くを4050分、私は朝の犬の散歩と合わせるとちょうど1万歩を超える程度だ。少し足を延ばすと、13000歩前後になる。1月に入ると、佐倉市の公園の除染工事期間と重なったので、まるで除染工事見回りの様相を呈した。実施予定は公表されていないので、偶然に出会った工事といえる。この季節のウオーキングならば、生垣の山茶花や千両の実を愛で、公園の木洩れ日の下を、あるいは寺や社の落ち葉を踏みしめ、街路樹の梢の先の青空を見上げつつ、冬の風情を存分に満喫したいところだが、今年はちがった。参加したいくつかの測定会で、ここは0.3μ㏜、ここはなんと1μ㏜を超えたところ、あの辺りは、市の基準値の0.223μ㏜以下だった・・・などなどと。
 市の計画によると、放射線量の数値が高い、最優先施設13施設、優先施設17公園が順次実施予定だが、前者で、1月中に完了するのは半分ほどだし、宮ノ台近辺の8公園については1月20日頃までに完了予定ということである。
 

18日(日)子の神公園:ここの作業員は、公園内の側溝の清掃で除染工事ではないと明言していたが、市役所の調べで除染工事の一環とわかった。除染工事中、立入禁止の看板もなかった。
 

19日(祝)青菅大塚公園:隣接の青菅小学校とともにかなり放射線量の高いスポットのはずである。除染工事中と立入禁止の看板は掲げていた。公園の中央での作業がよく見えない。表土を掃いているような、削っているような、数人の手作業にしか見えなかった。市の作業マニュアルでは、3~5㎝削り取ることになっているという。

青菅大塚公園Aosugeootuka1
 

112日(木)西谷津公園:優先的な除染リストに入っていた公園だが、まだ工事は始まっていなかった。私たちが公園に立ち入ると、中年の男性が車からおりて、公園の写真を撮り始めた。工事関係者?市役所職員?「まだ除染が始まらないのですか」の問いに「今日は、そのことで回っているのではないんです」というではないか。しばらく話しているうちに思い出したのだ。市議会のT議員だった。地元でもないのになぜ?「こんな立派な公園なのに、子どもも、先輩たちのような方もいらっしゃらないし、利用されていないのがもったいない」という。どんな遊具があって、どんな風に利用されているかを調べているという。「だって、放射能が高いと言われて、ここで遊ばせる気にならないのでは」というと「どのくらいだったら危ないのか、専門家によって意見が違いますよね。正しく知って、正しく怖れないと・・・」とどこかで聞いたようなセリフ。そう、この人は佐倉市議会最大会派の1年生議員だった。子どもたちの低線量被ばくについて、この程度の認識なのかな、とも思う。「ときどき傍聴にも出かけてますよ。1年生議員に頑張ってもらわないと、なかなか市政も変わらないですから」と釘を刺しておいたが。
 

113()北門原公園:青菅小の通学路にもなっているところだ。重機の社名と除染中の看板の入札工事業者の名前が異なる。作業は下請け業者なのだろう。私たちが覗いたときは、山をなしている土をショベルカーに積んではばらまいている最中だった。表土を削った後、「きれいな土」を撒いているのか、「削った土」を撒いているのか。放射線量は、表面の土をかき混ぜるだけでも放射線量は確実に低減するらしい、とは聞いている。そんな手抜きはまずないと業者を信じてその場を離れた。

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北門原公園



114()15日(日)上谷津公園:モノレールの線路沿いの細長い公園である。通学路に面した、跨線橋側の側溝が、私たちの測定会では2回とも高い数値が出たところである。重機で表土を削っているさなかのようであった。いったいどこに穴を掘って埋めるのだろうか。
 

116日(月)西谷津公園:12日にも訪ねたが、この日は、工事のさなかであった。公園外周を歩いてみると、一連の除染工事の様子が少しわかった。公園の平らなところの芝生や表土を削りとった跡は、白茶けて見えた。周辺の凹凸のある、木立の下の芝は熊手のようなもので引っ掻き枯草を集めて、あちこちと小山をなしていた。平らな広場の端には、大きな穴が掘られ、まさに大きな黒いシートが2枚その穴の底に敷かれようとしていた。

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西谷津公園 

 これらの作業を見ていて思うのは、大変な労力を費やす割には、その効果の覚束なさである。115日「こうほう佐倉」には、除染を完了した3施設、児童センター・保育園・中学校の除染前後の数値が示されていたが、0.261μ㏜⇒0.1220.399μ㏜⇒0.2000.377μ㏜⇒0.201という結果だった。こんな作業がいつまで続くのかと思い、いや、福島県下の原発による汚染を思うと気が遠くなる。このような負担を国民や自治体に強いながら、いまだ脱原発が打ち出せない政府は、何を考えているのかと思う。「除染」という「移染」に過ぎないと揶揄されながらも、それでも、除染は必要最小限度の対策と考えなければならないのだろう。まだまだ、続く気の重いウオーキングではある。

 

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