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2012年2月27日 (月)

「ベン・シャーンの絵は福島には貸さない」って、なぜ?

  

フクシマでの展示が断られる 

先月、葉山の神奈川近代美術館のベン・シャーン展に出かけたことは記事にもしたが、226日の朝日新聞を見て驚いた(http://www.asahi.com/national/update/0225/TKY201202250463.html)。現在は、名古屋市立美術館で開催中、その後は岡山県立美術館を巡回して、6月には、福島県立美術館での開催が決まっている。ところが、アメリカの7つの美術館が所蔵する69点の作品は、福島には出品しないという回答があり、福島県立美術館には、これらの作品が展示できないことになっていたという。69点中52点はハーバード大学付属フォッグ美術館所蔵の作品といえば、1930年代、ニューディール政策下のニューヨーク市、農村地帯の救済所や労働者らに焦点をあてた批判精神に貫かれた作品が多かった。また、「解放」「オッペンハイマー博士像」(ニューヨーク近代美術館)、「立っている少女」(メトロポリタン美術館)など、印象深かった作品も含まれていることになる。ビキニの水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」の久保山愛吉さんを描いた「ラッキードラゴン」を所蔵している福島県立美術館としては残念だったに違いない。しかも、原発事故の被害や衝撃も大きかった福島での展示には、大きな意味があっただろうに。そして、ベン・シャーン自身だったら、どんな対応をするのだろうか。 

朝日新聞によれば、アメリカの美術館側の貸し出せない理由は、館によって微妙に異なるようだが、「スタッフと作品の安全を最優先した」「原発から80キロ圏内の旅行自粛の国務省勧告に従う」など、放射能への不安であったことがわかる。 

アメリカの美術館の対応を、アメリカが原爆や水爆の加害国でありながら、被害国日本への身勝手なふるまいと責められるかどうか、冷静に考えなければならないだろう。

 

危機認識の違い 

その「80キロ圏内」について、最近、222日のNHKほかの報道で、以下の事実を知らされていただけに、複雑な思いであった。アメリカの原子力規制委員会の議事録公開によって、日本の福島第1原発事故発生直後の会議の様子が明らかになった(http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0222.html)。報道によれば、事故から2日後には、同委員会幹部から炉心溶融の可能性を理由に原発から50マイル(約80km)圏内の退避勧告を出すべきではないかという進言がなされていた。また、16日にはヤツコ委員長が同じ事態がアメリカで発生すれば50マイル圏内の避難勧告が妥当とする勧告を行うよう委員会に提起していたことが分かったという。今回の議事録は、電話会議を含め311日事故直後から10日間で3200頁にも及んだという。 

日米の対応の仕方が二つの点で、大きく異なっていた。一つは、日本では、20キロ圏内の退避指示と2030キロ圏内の屋内退避指示という非常に緩い対策しかとらなかったという事実だ。当時、東京在住の外国人や福島で働く中国人が日本脱出をしていたことと思い合わせ、大げさなと思っていた私自身も、今回ショックを受けたのが正直なところだ。一つは、アメリカにおける詳細な議事録の存在だった。 

日本は、原発事故発生の当事国であったにもかかわらず、危機管理と自国民保護の認識の違いをまざまざ見せつけられた思いだ。

 

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