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2013年3月31日 (日)

何を変えてゆくのか

『うた新聞』3月号の東日本大震災特集に寄稿したものです。

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「新聞歌壇」の時評は行儀が良すぎ、短歌総合誌が好んで載せる座談会も放談に近い。その顔触れの賑わしさにもかかわらず迫力や魅力に乏しい。インターネット上の新聞では、一般紙には載ることのない、鋭く、ユニークな記事や論説に出会うことがある。いま、私が注目している一つが「日刊ベリタ」に連載中の山崎芳彦記者の「核を詠う」(二〇一一年八月一四日~)である。 

第一回は、『竹山広全歌集』『昭和の記録・歌集八月十五日』を入手したことから書き起こされる。山崎記者は、三・一一をきっかけに、時には自作も披露しながら、「短歌は原爆や原発をどう歌ってきたか」にこだわり、精力的に書き続けている。二月現在、八八回、番外編もある。 

歌壇でも、佐藤祐禎『青白き光』(二〇〇四年)や東海正史『原発稼働の陰に』(二〇〇四年)、大口玲子『ひたかみ』(二〇〇五年)などが遡って、再評価されるようになった。山崎記者は、さらに、農業の傍ら若狭の原発建設現場で働いていた奥本守の『紫つゆくさ』(一九九一年)にたどり着き、「原発の支持億万人を越ゆるとも死の灰捨つる場所は世になし」「遠き日の被曝を逃れし広島の人と原子炉造ると励む」など多数の作品を紹介する。また、『昭和萬葉集』『朝日歌壇(年刊)』など各種アンソロジー、福島原発の被災地で編まれた『松ヶ浦』(相馬短歌会)『あんだんて』(南相馬短歌会)『つくし』(つくし短歌会)『きびたる』(きびたる短歌会、いずれも二〇一二年刊)などの合同歌集からも原爆詠と原発詠を渉猟する。歌集収集の困難を乗り越えながら、愚直なまでにのめり込む歌人がこれまでいただろうか。小高賢や吉川宏志らの評論にも言及、賛意を表しつつ、持論を展開する。地域に根差した歌人たちの地味で持続的な作品や営為の発掘、伝達に労を惜しまない。 

一方、歌壇は、俳人の長谷川櫂がいち早く『震災歌集』を出したからと言って、あるいは、小説家の金井美恵子が短歌を貶めたからと言って、大仰に対応する。歌壇ムラは、いまだに外圧に弱いらしい。 

また、いっとき、原発詠の当事者論議まで飛び出したが、佐藤通雅の「表現にとって肝要なのは、実体験の有無でなく、事態をまえにいかなる当事者となりうるかだ」、高木佳子の「その問題をいかに自分のこととして引きつけ、生の姿をもち、肉声として発しているか」の正論に落着するだろう(角川短歌年鑑平成25年版、一八四頁)。岡井隆は「原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた」と詠んで少数派を自負してみせるが、その本質は、市民の感覚や意思を排して、権力志向が著しいことは彼の軌跡からも明らかである。小賢しい論を仕立てて擁護する歌人もいる。 

隠蔽や操作が日常化した情報の海に心地よく浮遊するのではなく、情報の分別・取捨能力を身につけ、渡り切る覚悟が重要ではないか。                          (『うた新聞』2013年3月号所収)

 

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