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2013年10月30日 (水)

福島第一原発事故の汚染水問題から見えるもの

福島第1原発の汚染水漏れ問題は、安倍首相のIOC総会でのプレゼン「状況はコントロール下に」「汚染水の影響は完全にブロック」発言以降、逆に注目されるに至った。国会での質疑の中で、「全体として状況は・・・」となり、「汚染水の影響はブロック」と「完全に」が消えたではないかと質されていた。しかし、言葉の問題以前に、少なくとも、東電が発表する限りにおいても、現実は、汚染水の漏えいは続き、海への流出は続いている。いったいどういう経過だったのだろうという疑問が、頭をかすめる。私のいつもの流儀で、情報整理のため、以下のような、「福島第1原発の<汚染水>漏れ問題経過年表」を作成し始めた。当初は簡単なつもりがだんだん大掛かりな年表づくりになってしまった。これからも追加や手直しを続けたいが、出来上がった年表をながめて、総じて言えるのは、97日の安倍発言は、当然のことながら、その信頼性は国内外で、あっという間に崩れていった。各種の世論調査でも、時がたつにつれて、国民は、その嘘を見抜いて、80%以上が信頼していないことを示した。汚染水の問題が、93日の原子力災害対策本部会議における基本方針で「解決に至っていない」としながらの安倍発言であったこともわかった。国内向けと、海外向けを使い分けるということになる。

 汚染水問題の基本でもある、福島第1原発では、原子炉冷却のための汚染水は、どのように処理されているのか。処理されるはずだったのか。その、どの過程で、どこで漏えいが続いているのかを時系列でたどると、少し見えてくるものがある。以下は私の理解での感想となる。

「福島第一原発<汚染水>問題経過年表」

http://dmituko.cocolog-nifty.com/fukusimaosensuikeika.pdf

(当初の年表を修正・補充版に差し替えました。10月30日)

・「汚染水」という呼び方

当初は、「放射性物質を含む汚染水」「放射線汚染水」「放射性汚染水」などと記述されながら、「汚染水」に定着してしまった。強制わいせつや強姦を「いたずら」「乱暴」、暴行や虐待を「いじめ」などと表記するのと一緒で、その犯罪性を後退させる役目をしてないか。こんな川柳があった。

「汚染水 きちんと言おう ヒバク水」(茅ヶ崎市 K・K)

(「時事川柳」『東京新聞』20131012日)

・汚染水処理の流れ 

建屋の地下貯水槽:2013年1月までに1~7号まで完成、その最大貯水量は約5.8万トン

(原子炉への注水一日約360トン、地下水・雨水流入一日約400トン)

      ↓                         ↑(注水)

セシウム除去装置   ⇒   淡水化装置   ⇒   淡水受けタンク

                  ↓          

              濃縮塩水受けタンク

                  ↓

                 アルプス 

                   ↓

          地上貯水槽(高濃度トリチウム含む)

20138月現在量33万トン、容量39万トン、20173月までに80万トンまで増やす予定)

 ↓              ↓

 (高線量の廃棄物)        (薄めて海へ放出予定) 

 ・汚染水問題はいつから?

 311直後の、201144日、東電から放射性物質を含む汚染水11500トンを  海 に放出したとの発表があったことから始まる。いきなり大量の海への放出、そ の重大さと過去はどうであったのだろうとの認識が、当時の私などには薄かった。政府は「危険回避のため止むを得なかった」とした。稼働し始めた淡水化装置や汚染水セシウム浄化装置からの漏水は20116月に発覚、東電は、港湾内や外洋への流出は認めようとしなかった。しかし、東電は、地下貯水槽自体からの汚染水漏えいの可能性を、201345日になって初めて認めた。また、海への流出を認めざるを得なくなったのは、海に近い観測井戸におけるトリチウムの数値が増加していた事実からであり、2013722日であった。国の対策も遅れるわけである。それでも、201393日には、原子力災害対策本部会議で「汚染水問題に関する基本方針」が出され、汚染水問題は「いまだ解決に至っていない」から、国が前面に出でて470億投入するとした。安倍発言への布石だったのだろう。 

・汚染水はどこから漏れるのか・・・

 地下貯水槽、汚染水浄化装置及びその周辺、汚染水移送配管、地上貯水槽及び堰からの漏えいが想定される。漏えい確認は、上記個所以外のほか観測井戸、港湾内海水、外洋海水などに放射性物質がどの単位で検出されたかどうかが目安になる。現実には、漏えい個所が特定できないまま、放射性物質の検出数値が高くなるケースも多く、地元が懸念する海に近い井戸、港湾内、外洋での数値が高くなっても、長いあいだ、証拠がないと、海への流出を認めようとしなかった。

・「汚染水浄化装置」の故障が続く

 汚染水漏れの原因が浄化装置だったという事実も皮肉だが、新聞報道などでは、

  「汚染水浄化装置」としか伝えられなかったが、セシウム除去装置であり、まず使  用されたのが、フランスのアレバ社製、アメリカのキュリオン社製の装置だった。その不具合は拭いようもなく、アレバは621日に停止した。東芝製の「サリー」も登場するが、2011924日にはこれも停止になった。

・放射性物質除去装置ALPSは機能しなかった・・・

  汚染水処理の切り札として、20129月東芝が完成させ、20133月福島第1原発で試運転が始まったが、6月にタンクの水漏れから一部停止、88日不具合から停止した。927日再開直後不具合から即日停止となった。930日再開、104日停止、原因不明という。62種の放射性物質は除去できるが、トリチウムだけは除去できない。平均処理能力は一日640トンと言われる。試運転の再開と停止を繰り返すのは、完成品ではなく、試作の段階ではなかったのか。

・汚染水問題が解決しない一方で

  福島第1原発事故の解決や復興が進まないさなか、安倍首相は原発の再稼働に向け、外遊しては、原発輸出の前提ともなる「原子力協定」を、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、インド、トルコ・・・で進める、その心と目は、国民を無視するものではないか。

 

・「会議は踊る」ようなことになっては?

1022日、衆院予算委員会の笠井議員の「93日の原子力災害対策本部会議で基本方針を決めたが、その後会議は開いたか」の質問に答えて、茂木経産相は「たくさんの会議を作って、連日のように会議だけが踊っていれば問題が解決するとはわれわれは思っていません」と答えていたが、そのまま、政府にそっくりお返ししたいセリフである。年表を見ればわかるように、汚染水問題についても沢山の会議が作られたが、現状の改善は全く見られず、むしろ悪化の一途をたどっているような状況である。上記の、原子力災害対策本部会議は第3293日以降、1030日現在開催されてはいないのである。本部長の首相は、トルコへの原発売込み営業に奔走中である。

 

37日:  1回廃炉対策推進会議(議長茂木経産相)

426日: 1回汚染水処理対策委員会(委員長大西有三)

(廃炉対策推進会議のもと)

71日:  1回陸側遮水壁タクスフォース(主査大西有三)

 (汚染水処理対策委員会のもと)

99日:  1回汚染水対策現地調整会議

(赤羽原子力災害現地対策本部長/経産省副大臣)

910日: 1回廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議

(原子力災害対策本部会議のもと)

廃炉・汚染水対策チーム会議 (チーム長茂木経産相)

 

こうした会議の他に原子力規制委員会は、つぎのような会議を発足させた。

20121221日:第1回特定原子力施設監視・評価検討会

201382日:第1回特定原子力施設監視・評価検討会・汚染水対策検討

       ワーキンググループ

2013913日:第1回海洋モニタリングに関する検討会

       (担当名中村佳代子原子力規制委員) 

 

これでは、仕事が進まないはずである。まさに「会議は踊る」ではなかったのか。

 

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2013年10月27日 (日)

文化功労者はどのように決まるのか~歌人岡野弘彦の受章に思う

 1025日、文部科学省から文化勲章・文化功労者の発表があった。その日の夕刊では、報道資料が配布されているのか否か不明だが、受章者の略歴を載せる新聞と載せない新聞があった。正式な発令は113日、例年、文科省からその名簿は発表されるが、受章理由の記述はない。肩書、専攻分野、顔写真のみである。文化勲章も文化功労者も、特定の著作、作品、演目その他の活動などを受章対象とはせず、総合的な評価ということになろう。

◇岡野弘彦氏(おかの・ひろひこ)89歳。歌人。国学院大在学中に折口信夫氏が指導する短歌結社「鳥船」に参加し、創作活動を開始。以後、常に第一線で活躍して戦後短歌史に大きな足跡を残す。83年から07年まで、宮内庁御用掛(御歌)を務めた。静岡県。(『毎日新聞』夕刊20131025日)

◇岡野弘彦氏(おかの・ひろひこ)89歳 歌人。折口信夫に学び、戦争体験と民俗的視点を生かした作風で、戦後短歌史に足跡を残した。歌会始選者などを務めた。98年日本芸術院賞、06年現代短歌大賞。(『朝日新聞』20131026日)

文化勲章は、前年までの文化功労者から選考されるが、文化功労者はどのように決まるのだろう。文科省に委員30人以内で設置される文化審議会の、国語、著作権、文化財分科会と並ぶ文化功労者選考分科会で選考される。選考委員は年度によって異なり7~10人で、多分野から候補者15人程度を選考する。「選考分科会で選考 => 答申 => 文部科学大臣 => 決定 => 発令」のような流れになるのだが、分科会の委員名の一覧は文科省のホームページではみられない。おそらく事前には発表しないのだろうけれど、過去の分もすべてネット上で閲覧できることにはなっていない。今年度の91日発令で次の10名が委員となった(http://www.art-annual.jp/news-exhibition/news/26326/)。

 内田伸子・漆原秀子・栗木京子・近藤信司・多田一臣・建畠哲・永井良三・中沢正隆・野沢美穂子・松浦寿輝

 肩書は、上記サイトで見てほしいが、文学関係では、栗木京子(歌人、現代歌人協会理事)と松浦寿輝(小説家、詩人)であった。

 今年の文化功労者は、15人で、

 日本画・文化財保護の上村淳之(80)、短歌の岡野弘彦(89)、邦楽の山勢松韻(80)、国文学の久保田淳(80)、ゲノム科学・国際貢献の榊佳之(71)、洋楽・文化振興の堤剛(71)、評論・翻訳の中井久夫(79)、細胞分子生物学の広川信隆(67)、建築の槙文彦(85)、半導体工学・電子産業技術の舛岡富士雄(70)、比較認知科学の松沢哲郎(63)、生物物理学の柳田敏雄(67)、社会心理学の山岸俊男(65)、中国思想史・中国史・国際貢献の吉川忠夫(76)、詩の吉増剛造(74

 

  多分野に及ぶ。文学関係の受章者は、短歌の岡野、国文学の久保田、詩の吉増ということになるが、全分野にわたり、委員10人の手におえる範囲ではない。当然のことながら、文科省サイドから提出される候補者名簿による選考になるが、その詳細はもちろん不明である。数多ある省庁の審議会の運営の例にもれず、意見を聞かれる程度であろう。今年の選考委員に、珍しく歌人の栗木が参加している。歌人が文化功労者となったのは、1996年の近藤芳美以来である。 歌人では、文化勲章の斎藤茂吉、佐佐木信綱(1951年)土屋文明(1986年)の3人を含め、窪田空穂(1958年)と近藤に続く岡野ということになる。

 

 先ごろの拙著『天皇の短歌は何を語るのか』(20138月)の「勲章が欲しい歌人たち」(初出『風景』20029月)では、これらの5人に「岡野が続くことになるのだろうか。たしかに<国家への貢献度>は高いが、過去の受章者たちに比べて歌人として、あるいは研究者として過去の業績にどれほどの説得力があるかが問われることになろう」と記したのだった(73頁)。

 

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2013年10月24日 (木)

赤い羽根募金、社協の会費って、個人の自由ですよね!「希望ヶ丘自治会、募金等の自治会費上乗せ決議無効判決」勉強会に参加して

 10月に入ると、しばらく、このささやかなブログにも、アクセスが少しずつ増えてきます。例年のことながら、街頭や自治会で赤い羽根の共同募金が始まったからだと思います。私は、ブログ開設の2006年以降、自治会における寄付・募金の在り方、自治会員において、募金等が強制ないし事実上強制に近い状況で集められていることの違法性について書いてきました。それらの記事へのコメントも読んでいただきますとわかるように、多くの意見や実践記録が寄せられています。
 
それに先立ち、私自身は、自治会役員時代に、会員の皆さんと日赤の社資と社協会員募集・集金について、少しでも募金の任意性を担保するための改善を図り、定着して10年余になります。近年は、市内の有志で、各自及び近隣の自治会の集金実態調査、佐倉市や佐倉市社会福祉協議会と意見交換や申入れなどをしてきました。そうした活動の励みになったのは、個人的には、私のブログ記事への全国各地からのアクセスやコメント、さまざまなサイトでリンクをしていただいたことでした。さらに、大きく背中を押されたのは、2007824日の大阪高裁の判決、翌2008年年43日の最高裁による上告棄却、大阪高裁判決の確定判決でした。

 では、その判決の内容とは何であったのか。概略は、新聞報道やネット上で知ることができましたが、件の高裁判決文自体がオフィシャルな判決集に登載されないこともあって、全貌がわかりにくかったのです。私たちの市民有志の間からも、じっくり勉強してみようということになって、10月初め、勉強会が開かれました。その時の、私のレポートのレジメを少し書き直し、その一部を記録にとどめておきたいと思います。内容的には、これまでの記事とほとんど重なりますが、参照すべき原資料のURL も付しましたので、あわせて、ぜひ原文にあたってほしいと思います。

 滋賀県甲賀市希望ヶ丘自治会のケースの実態、訴えた会員5名の主張、訴えられた自治会(役員)の主張、大阪高裁の結論に至った理論構成、判決を受けての全国社会福祉協議会の通知の内容、をぜひ確かめていただきたいと思います。私たちは、この判決後の佐倉市役所と社協の対応についていくつかの疑問点を指摘してきました。わずかながら、私たちの意見を取り入れられた部分もありますが、基本的な姿勢の改善が見えてこないのが現状です。

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「<希望ヶ丘自治会>の募金等の自治会費上乗せ決議の無効判決」について

1.事実の経過:

20063月:希望ヶ丘自治会(940世帯、加入率89%)は定期総会において、自治会費を年6000円から8000円に増額を賛成多数で決議、2000円分は日赤・社協・小中学校後援会などの会費に充てるとした。

・その後の役員総務会で、増額分の支払いをしない者は、自治会離脱届の提出を求め、市からの配布物を配布しない、災害・葬儀等に協力しない、ごみステーションを利用させない、など決議した。

・会員5人(原告)が、思想及び良心の自由を侵害し公序良俗に反するから、決議は無効と自治会(被告)を訴えた。

2200843日最高裁確定判決までの経過:

20061127日(一審)大津地裁判決  会員5名の請求を却下、会員控訴

2007824 (控訴審)大阪高裁判決 一審判決を破棄、自治会決議無効の判決*

200795日  自治会が最高裁に上告

200843日 (最高裁)上告を棄却、控訴審・大阪高裁判決確定

*全文収録http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/text-070824akaihane-osakakouhan.htm

http://bkref.web.fc2.com/ok070824.htmlなどにもあり)

 

3.判決の内容のポイント        

 

会員5人(控訴人)

 
 

 自治会(被控訴人)

 
 

①各会は自治会とは別個のもので、寄付や加入は個人自由で憲法19条思想信条の自由、21条結社の自由を侵害する。

 

②当自治会は地方自治法の「地縁による団体」の認可を得ている。住民の加入の自由、民主的運営、差別的扱いの禁止を定める。増額分を支払わない者への差別は同法違反。

 

憲法22条①居住の自由に違反  

 

よって、諸人権規定違反は、民法90条の公序良俗に違反し無効。

 

 

 

①各会への寄付金支出は自治会の目的の範囲内で、会員は決議による会費負担の義務を負う。

 

②自治会は、会員総意による運営をしており、各会は地域社会に資する団体で、そこへの寄付は地域社会や会員の福祉にかない、自治会の目的に沿う。

 

③自治会費上乗せによる募金・寄付金の徴収方法は、住民の高齢化・集金業務の負担大に伴い、住民の強い要望により決議したもので、全国的に見ても一般的で合理性、必要性がある

 

<判決理由>

①募金及び寄付金は、その性格から、その使途如何を問わず、すべて任意になされ、強制されるべきではない。それは決議以前の自治会員の募金及び寄付金への対応が多様で、さまざまな価値観、思想信条は十分尊重されなければならない。

②その支払いを事実上強制され、社会的に許容される限度を超えるときには、思想・信条の自由を侵害するものとして民法90条の公序良俗違反によりその効力が否定される場合もありうる。

③本件自治会決議は、強制を伴うとき、会員の任意の意思決定の機会を奪うものとなる。

④地域住民の日常生活に支障をきたすような差別が、自治会未加入者になされることは、会員の脱退の自由は事実上制限されているものと言わざるを得ない。

⑤規約上の脱退を求めない会費不納付者扱いでなく、増額分を支払わない会員に対して会費全額の保留扱いとしているからといって、将来も脱退を余儀なくされる恐れがないとは言えない。 

<結論>

本件決議に基づく増額会費名目の募金及び寄付金の徴収は,募金及び寄付金に応じるか否か,どの団体等になすべきか等について,会員の任意の態度,決定を十分に尊重すべきであるにもかかわらず,会員の生活上不可欠な存在である地縁団体により,会員の意思,決定とは関係なく一律に,事実上の強制をもってなされるものであり,その強制は社会的に許容される限度を超えるものというべきである。

したがって,このような内容を有する本件決議は,被控訴人の会員の思想,信条の自由を侵害するものであって,公序良俗に反し無効というべきである。

 

4.判決後の全国社会福祉協議会の対応

①社協会費等の納入方法に関する考え方について(2007927日、全社地発第231号)

 (都道府県及び指定都市社会福祉協議会あて通知)

「自治会の決定による社協等の会費や共同募金会への寄付金の一括徴収について違法と判断を下したものではなく自治会の意思決定を行うにあたって『募金及び寄付金に応じるか否か、どの団体等になすべきか等』について各会員に任意の態度、決定を十分尊重すべきことを求めたものである。

*全文http://dmituko.cocolog-nifty.com/zensyakyo2007.pdf

②社協会費等の納入方法に関する考え方について(2008430日、全社地発第25号)

(都道府県及び指定都市社会福祉協議会あて通知)*

「・・・確定した判決は、自治会として社協会費納入の協力や、社協会費を含めて自治会費を集めることが違法であるとの判断を下したものではなく、自治会がその意思決定を行うにあたって、本件決議が『募金及び寄付金に応じるか否か、どの団体等になすべきか等』について『会員の意思、決定とは関係なく一律に、事実上強制をもってなされるものであり、その強制は社会的に許容される範囲を越えるもの」であったことが問題とされたものであり、・・・」

「自治会費と一括して会費を集める場合・・・、社協会費の納入が任意であることを明示したり、社協会費専用の封筒を用意するなどの工夫が必要になる。・・・」

*全文http://dmituko.cocolog-nifty.com/zensyakyo2008.pdf

 

5.最近の佐倉市社協・佐倉市役所の対応

①佐倉市社会福祉協議会

「佐倉市の地域福祉を推進するために皆様に会員募集をお願いしています」(2013420日 佐社福第31号)(各地区代表者各位あて通知の付属)(地区代表者への説明会資料『佐倉市社会福祉協議会平成25年度会員募集関係資料』20134月所収)

「佐倉市社会福祉協議会の会員の募集にあたり、下記の点につきまして、特段のご配慮をいただきたくよろしくお願いいたします。

 (1)全世帯の皆様にぜひ会員になっていただき、地域福祉を推進する一員としてご参加をお願いいたします。

 (2)会員は自由意志によりご参加いただくことを尊重してください。

 (3)集金の際、市民の皆様が強制的に徴収されているような印象を受けないようご配慮をお願いいたします。

②佐倉市役所(自治人権推進課)

『自治会・町内会・区役員の手引き・平成25年度版 自治会・町内会・区活動Q&A』5

「Q:自治会等業務委託契約とはどのようなものですか

A:委託契約に基づく業務…①②③④()

⑤その他市長が必要と認める事項(日本赤十字社社資募集、愛の一円募金)

○社会福祉協議会が行う業務(会費・赤い羽根募金)は委託業務に含まれません。

○募金等は、個人の自由意思に基づくものです募金等を自治会費に上乗せして徴収するとした総会決議は無効であるとの判例(*H19.824大阪高裁)もございますので、自治会等におかれましても、募金等の取扱についてご配慮いただきますようお願いいたします。」 

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直近の以下二つのブログ記事もあわせて参照いただければと思います。

2013223 ()

社協会費の集め方、皆さんの自治会では??「自治会の自由」ではなく、「市民の自由」をこそ

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/02/post-5d4d.html

2013429 ()

自治会は、いま、総会の季節~社協や日赤への募金はどうなっていますか~佐倉市の場合

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/04/post-74bc.html

 

 レジメでの参照資料を精査していただくと、全社協の2回にわたる通知が、大坂高裁の判決を意図的に曲解しているのがわかります。佐倉市社協が発信する文書自体に矛盾があるのが分かると思います。「自由意思」をうたいながら「全世帯」の会員加入を依頼している点、また、配布資料には、各自治会等の500円×世帯数の目標額をかかげ、昨年度の納入額の実績一覧を付している点こそ整合性がないことを露呈しています。さらに、佐倉市社協は、上記の判決が出たことさえも、各自治会に通知することはありませんでした。佐倉市自治人権推進課による手引きに、注として書かれた太字の部分は、今年度の手引きに初めて書き加えられたものです。これは市民に発せられたと同時に、社協への指導方針でもあるはずです。社協が進める会費徴収の方法を黙認するのでなく、少なくとも、判決の主旨を周知徹底すべきだと思います。

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2013年10月 4日 (金)

「92歳の報道写真家 福島菊次郎展」へ

 何種類かの新聞のデータベースが見られ、即印刷ができることもあって横浜の日本新聞博物館まで出かけた。A新聞社のOBでもある旧友からチケットを頂いたこともあって同館の企画展「92歳の報道写真家 福島菊次郎展」(共同通信社共催、2013824~1020日)へ行ってきた。

 この写真展には「ヒロシマからフクシマへ―。戦後、激動の現場」の副題がついていた。福島菊次郎は(1921年~)は山口県下松市出身、時計店を営んでいたが、1946年から広島の被爆者の写真を撮り続け、『ピカドン ある原爆被災者の記録』(東京中日新聞社 1961年)の日本写真批評家協会賞特別賞の受賞をきっかけに、プロの写真家となって上京した。安保闘争、安田講堂事件、あさま山荘事件、三里塚闘争、水俣病、祝島の原発反対運動など激動の現場に立ち会った。その写真は、大手メディアにもつぎつぎと掲載され、幾冊かの写真集にもなった。1980年代に入り、メディアにも絶望、6年間にわたる無人島生活も胃がんとなって、やむなく柳井市に在住。1989年から写真パネルによる巡回写真展を全国各地で開催するようになり600回に近い。2012年にはドキュメンタリー映画『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎の90歳』(長谷川三郎監督)が制作され、2013年には13冊目の写真集『証言と遺言』が刊行された。

今回の展示では最も広いスペースを占める「ビカドン」と名付けられたパネルには、被爆者、漁師の中村杉松さんとその一家の病苦と貧困、離散の始終を追った10年間の写真が並ぶ。過酷で無援の、怨念に満ちた闘病生活、入院中に残された子どもたちの家出が続く悲惨さに胸が詰まる思いだった。三里塚闘争も、当時は農民支援の学生たちの過激さばかりが強調された報道であったが、この展示では1966年空港建設決定から1971年工事開始を経て1978年開港まで、いや今日までの地元の農家の人々の闘いや思いに気持ちが届かなかったことを知らされる。成田空港に近い佐倉市に住む者として、現在、航空機騒音の増大に悩まされているし、今後の空港の”成長戦略“を思うと、もう、便利さや利益追求はもうやめにしてほしいという思いが募るのだった。「東大闘争とあさま山荘事件」「水俣病などの公害」のコーナーでは、当時の新聞やテレビ報道の一面性を知ることにもなる。これらのコーナーの合間合間の、原宿族の若者、ウーマンリブの女たち、瀬戸内離島物語の子どもたちのまなざしは、決して明るいばかりではないが、そのエネルギーにどこかでほっとする部分があったことも確かであった。

映画『ニッポンの嘘』も見たいが、帰宅後、ネット上で見た動画「抵抗の涯 てに 写真家 福島菊次郎の”遺言”」(1)~(6)(Lunatic Eclipse11)が面白かった。高齢ながら、年金を拒み、足もとが危なく転びながらも、天皇・軍隊への反乱のために撮り続けている、以前と較べると「突込みが足りない」とぼやきながら、福島は、愛犬ロクとのアパート一間の暮らしを続ける・・・。地元の岩国米軍基地の一般公開日に出かけ、何回か通った限りの感想として、最初は反対の意思表示をしていた住民たちも、次に訪ねたときは、抵抗姿勢を示すに留まり、現在では、和気あいあいという印象で、日本はアメリカの植民地になってしまった、と嘆いていた。その直感は、国民の自衛隊に関する姿勢にも当てはまると感じたのは 、先月下総航空基地の公開日に見学したばかりだったからかもしれない。

なお、この企画展以外に、ロビーや通路を利用しての、「2020年オリンピック東京決定の号外」展示や「1964年東京オリンピックの報道紙面」が展示されていたが、この意図はどこにあったのか、ただ、話題性に便乗しただけだったのか、不明のままであった。

館7内のカフェ(CAFE de la PRESSE)で昼食の後、4階の新聞ライブラリーに入館、朝日新聞「聞蔵Ⅱビジュアル」(1879.1~)、読売新聞「ヨミダス歴史館」(1874~)のデータベースで、昭和前期1945年までのある人物の検索をすることができた。ただ、毎日新聞(東京日日新聞)のデータベースでは、キーワード検索は見出しのみで、記事全文には及ばないとのことであった。140円というプリント代は少々高いのだが、面倒な手続きがないのがありがたい。

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