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2014年1月29日 (水)

久し振りに、20世紀メディア研究所研究会(第82回)参加しました(2)占領期からポスト占領期の日本の映画における「女」と「キリスト教」の表象

②占領期からポスト占領期の日本の映画における「女」と「キリスト教」の表象(紙屋報告)

表題は難しそうだが、報告者のレジュメにあるように、その目的は、敗戦直後に流行した「パンパン映画」と敗戦直後から復興期にかけて流行した「母もの映画」に焦点をあてて、その連動性と同時代性を検証しようとするものであった。

これらの映画の時代、私は小学生だったので、自営業の両親は、映画に連れて行ってはくれなかった。ただ七つ上の次兄は、池袋という地の利もあって、一人で映画館へ行くことが多く、のちのち、松竹の助監督試験で最終面接まで残ったというのが自慢?の映画青年となった。父も長兄も映画は決して嫌いではなく、映画の話では、結構、盛り上がってはいたと思う。私はといえば、銭湯の脱衣所の天井近くに所せましと貼られている映画ポスターを見上げては、子どもながらいろいろな情報を仕入れていたのだと思う。

報告では、「パンパン映画」とは広義の「娼婦」が登場する映画と解し、つぎのような作品が紹介された。堕落と解放との合わせ鏡の二面性を持つ娼婦という仕事から抜け出すには「改悛」とリンチという「ムチ打ち」の過程を示唆する場面がしばしば登場するという。「夜の女たち」のラストの数分間を会場で見せてもらった。主人公の田中絹代がみずから娼婦の仕事から足を洗おうとし、妹をも仲間から連れ出そうとすると周りの女たちからリンチを受ける場面が長々続くが、そこがどういうわけか教会の焼け跡の瓦礫のなかで、焼け残った聖母子像のステンドグラスの下だったのである。闇の焼け跡からよろよろと連れ立って去る二人を見送るしかない女の群像だったのである。全編を見ている報告者は、このステンドグラスは、いかにも唐突で、マッカーサーのキリスト教の布教精神が表れているとみる。

「夜の女たち」(松竹 溝口健二監督 田中絹代主演 19485月公開)

「肉体の門」(吉本映画 マキノ雅弘+小崎政房監督 轟由紀子・月丘千秋主演 19488公開)

「白い野獣」(東宝+田中プロ 成瀬巳喜男監督 三浦光子・山村聡主演 19506月公開  

「日本の悲劇」(松竹 木下恵介監督 望月優子主演 19536月公開)

「赤線地帯」(大映 溝口健二監督 三益愛子・若尾文子・京マチ子・ 木暮実千代主演 19569月公開)

*主演者などは筆者が補った

Photo_2

「夜の女たち」のラスト近く,田中絹代(左)

「母もの映画」では、広くは母性愛映画ということだが、報告では、1948年から1950年代に量産された、母親の自己犠牲を描いたつぎのような作品などが紹介された。三益愛子が主演した母ものだけでも30本を超える。「母三人」あたりから「母もの」シリーズが定着し、「山猫令嬢」は母もの第1号と言われ、最初の題は「マダム上海」で、上海から引揚げた母が主人公で、三益・三条が母娘を演じている。大映以外の会社からも「母もの」と銘打って続々と製作されるようになった。母に幻滅する子たちが登場し、その母の脱性化の過程で、母性愛が強調されてゆくパターンが多いという。「母」「母子像」などでは、聖母のイメージと重ね合わせとなり、とくにそのラストは、キリスト信仰が暗示される。

山猫令嬢」(大映 森一生監督 三益愛子・三条美紀・小林桂樹・高田稔主演 1948 3公開)

「母」 (大映 小石栄一監督 三益愛子・三条美紀・若原雅夫主演 19488月公開)

「母三人」(大映 小石栄一監督 水戸光子・入江たか子・三益愛子主演 19494月公開)

「母恋草」(松竹 岩間鶴夫監督 宮城千賀子・井川邦子・岸恵子主演  19516月公開)

「母子像」(東映 佐伯清監督 山田五十鈴主演 19566月公開) 

 報告者は、「パンパン映画」と「母もの映画」と称せられる両者に共通して現れるこれらの傾向を「機械仕掛けの神」と表現していた。

 なんといっても、私は、これらの映画を残念ながら見ていない。そんな仕掛けがあったとは。「ハンカチをご用意ください」とのキャッチコピーや娼婦たちの肌をあらわにした姿態やリンチ場面を強調するのは、あくまでも観客動員のための宣伝くらいに思っていたのだが、占領軍の検閲というより、積極的な介入がここまで及んでいたことを、あらためて知った次第である。そして、製作者サイドには、占領軍の意図を「忖度」をするという自主規制もあったのかもしれない。

  しかし、そうした枠のなかでの表現者の意欲とエネルギーをどう評価すべきかも考えなければならないだろう。

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