今年の芸術選奨、これはどういうことなのだろう?
3月13日発表になった昨年度の業績に対する芸術選奨が発表になった。とりあえず、私は短歌関係のみに着目しているわけだが、どうも変な現象が起こっている。これまでも、このブログにおいても、昨年まとめた著書でも触れた。国家的褒章制度が持つ権威性とその選考過程の閉鎖性を指摘してきた。この賞は、作品、歌人でいえば「歌集」「歌書」が対象である。ところが、毎年の選考委員・推薦委員と「受賞者」の名簿を見ただけでも、歌壇の事情を少しでも知っている者ならば、その固定化と結社系列の特定化の懸念がよぎるのではないか。
たとえば、今世紀に入ってからの短歌関係受章者一覧を作成してみると以下のようになる。括弧内の太字は所属結社(誌名)を示した。少しでも、現代短歌の事情に通じた者であれば、この受賞者と所属が意味するところ分かるのではないか。「心の花」は佐佐木信綱が中心で1898年に創刊され、幸綱は信綱の孫にあたる。昭和10年代にさかのぼるが、『短歌人』創刊の斎藤瀏は、『心の花』出身である。窪田空穂の詩歌集『まひる野』に由来し、空穂の嗣子窪田章一郎と馬場あき子・岩田正・篠弘らが中心となって1946年創刊されたのが『まひる野』である。1978年、馬場あき子らが独立して『かりん』を、1982年に武川忠一らも独立して『音』を創刊している。さらに『かりん』より三枝昻之らが分かれて『りとむ』を創刊する。いずれも窪田空穂の流れをくむものである。
http://dmituko.cocolog-nifty.com/geijutusensyoujusyouysaitiran.pdf
それでは現在も、信綱や空穂の歌風を受け継いでいるかと言えば、その特徴はかなり薄れている実情ながら、各結社の主宰者たちは、自らの出自や所属をとても大事にしていることが分かる「一覧」ではないか。
岡野弘彦は、釈迢空をの師とする歌人で、国学院大学で永らく教壇に立ち、歌会始選者が長かった。水原紫苑は春日井建を師とする歌人で、日本の古典芸術にも造詣があるという。永田和宏は、アララギ系の高安国世創刊の『塔』を継承し、歌会始選者も努める。
ここに登場する歌集や歌書は、私も一部読んでいて、かなりすぐれた作品と思われるものが多いのだが、どうしてもこの年、この作品でなければならないという決定的な要素が見出しがたい。適否は別にして、人気投票とか売り上げなどという客観的なバロメーターもない。どう見ても、選考委員・推薦委員2・3人の個人的な嗜好ないしは評価で、国家的な褒章制度が成り立っているということをもっと知るべきではないかと思う。これは短歌の分野に限る問題ではないはずである。
(4月7日補記)
今日になって、「ほろ酔い日記」(佐佐木幸綱さんのブログ)につぎのような記述を見出した。
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2014年03月21日 | 日記
芸術選奨・授賞式(於・都市センターホテル)
藤島秀憲君の歌集『すずめ』が、今年度芸術選奨・新人賞に決定。選考委員の一人として授賞式に参席した。
『すずめ』は推薦委員の小池光が推薦してくれ、選考委員の川上弘美、正木ゆう子、篠田節子、沼野充義、高橋順子、高橋一清氏らに好評で、そろって支持してくれた。
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