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2014年4月29日 (火)

新緑の歴博へ、企画展「歴史にみる震災」はこれでよかったのか(1)

 地元の国立歴史民俗博物館で、311日から始まった企画展示が気になっていた。東日本大震災では、千葉県では旭の津波被害、浦安ほか各地での液状化、県北西部は佐倉も含めての放射線量のホットスポットなどが問題になっているので他人ごとではない。日本人は、震災の歴史から何を学んできたのか。この日は、担当者によるギャラリートークもあるというので、早めに出かけた。

 京成佐倉駅から私が乗ったバスは、新緑の愛宕坂を上って、博物館入口まで運んでくれる。アプローチの大階段をのぼり、企画展示の地階までの、これまた大階段を下り、さらに奥まったところが企画展示室である。今回の展示は、Ⅰ.東北の地震・津波 Ⅱ.近代の震災の2部構成であった。第1部では、「東北の津波」被害に焦点があてられている。

Gedc3438

旧佐倉連隊営門を過ぎると愛宕坂

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1.東北の地震・津波

1 前近代の被災
 
2)近現代の地震・津波

2.近代の震災

1)関東大震災            
2)北但馬・北丹後地震             
3)東南海・南海地震
 
4)福井地震

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 東日本大震災の津波は<想定外>の<1000年に1度の>の規模だったのか

 第1部の入り口の冒頭の大きなスクリーンには、東日本大震災の津波がいつ、どこで、どのくらいの高さになったかが、秒刻みでの変化が見られるようになっていた。そして、東日本大震災は、仙台市若林区荒浜地区採取の地層剥ぎ取りの標本と「日本三大実録」の記録などから、貞観地震(869年)とほぼ同規模の地震と津波被害を東北地方太平洋沿岸にもたらしていたと推測され、その「説明」には、「2011年の津波は、決して想定外の規模ではなかったのである」と記されていた。また、慶長地震津波(1611)についても、歴史資料や堆積物調査によって、明治三陸地震津波(1896615日)、昭和三陸地震津波(193333日)の被害よりもさらに内陸まで津波は及び、東日本大震災の規模に匹敵することが示されているという。東日本大震災の直後、政府関係者、原発関係者、メデイアで盛んに喧伝された「1000年に1度」の大災害という事実はなく、「見直し」の必要が記されていた(「図録」13p)。

 慶長地震の被害状況の一部が、はからずも、日本に「金銀島探検」に来ていたスペインの探検家ビスカイノの報告書に記録されていたのである。「想定外」「1000年に1度」などと、いかにも人間の知恵と技術で制御しきれなかったような「言い訳」として、軽々しく使っていた人々を、あらためて記憶に留めなくてはいけないと思うのだった。

Gedc3432

正面の大きな窓には、満開の桜がみごとだった由

 

 

<情報>も大切だが、<記録>が大事

 今回の企画展で思ったのは、現代のような情報社会においてももちろんなのだが、まだ、情報量そのものが少なかった、あるいは情報統制が厳しかった明治・大正・昭和における災害の原因や実態を後世に伝える手立ては、かなり難しいことがわかった。第1部の第2節「近現代の地震・津波」に登場するつぎのような人々の仕事が私の目を引いた。

 遠野の山奈宗真(18471909)は、城下で戸籍調べや地租改正調査にあたったが、明治三陸津波直後、町会議員として岩手県下の津波被害調査を建言、県からの支援を得て、自らが指揮を取り、190個所にわたる各種調査報告書をまとめた。また、中島待乳アルバムとして残った48枚の写真には、3人のカメラマンによる大船渡から釜石周辺の被害状況が写されていた。また、写真師末崎仁平(鍬が﨑町、宮古市)19枚の写真には、この町に限られた被害状況と救助活動が写されていた。瓦礫に埋め尽くされた街、倒壊の家屋、打ち上げられた漁船、流された鳥居、生き埋めの人らの救助活動、遺体が荼毘にふされる様子など、私たちが目にした東日本大震災の報道写真とかわらない光景であった。しかもこれらの写真は、両者とも、東日本大震災後の2012年から2013年にかけて、さまざまな経緯で、初めて全貌が判明した写真群であったという。

 さらに、続いて「昭和三陸津波」「遠地津波による被害―チリ津波」(1960524)と「東日本大震災」(2011311日)のコーナーが設置されている。チリ津波は、チリの地震後、20数時間後にやってきた津波のメカニズムを恐ろしく思ったものである。19605月と言えば、東京では「安保反対」「岸を倒せ」のデモで騒然としていた頃である。なお、今回の展示には見かけなかったが、奥尻島地震の津波の高さも驚異的であったのが思い出される。カタログの年表によれば230人の犠牲者を出している。昭和以降の地震・津波の資料類は格段の量に及び、情報手段も多様化したと思う。しかし、だからといって、後世に、確実に、正確に伝わっていくかとなると、必ずしもそうではない。これは、幾重もの意図的な隠蔽や情報操作が複雑に絡み合って、国民に届かない情報も少なくなかったことは、東日本大震災の例を見ても明らかであろう。(続く)

 

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2014年4月25日 (金)

340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空

  佐倉市に20数年住んでいて、わが家の上空がさわがしく思える近年、これはいったいどうしたわけなのか。羽田の発着便が増えたことが最大の理由だと思う。好天南風の天候下の着陸便の佐倉市上空あたりが4000フィート、約1200mの低空だとかなりの大きさの機影と騒音である。多い時間帯では3分~5分に一機が通過する。夏、エアコンなしで窓を開けていたら、テレビの音が一時聞こえなくなる程度の騒音である。

  これに加え、最近になって、極端に大きな爆音と低空飛行の機体が気になりだした。一昨年になって分かったのが下総航空基地の哨戒機の飛行訓練であり、最近知ったのが習志野第一空挺団の飛行であった。

 下総基地では哨戒機P-3Cのパイロット養成をおこなっているので、天候にもよるが、ほぼ週に4~5日は、館山沖の海上訓練のために2~3機が発着し、佐倉市上空を往復する。9時台は東から西へ、帰りの午後3時台は西から東へ、高度800m、機影はかなり大きい。さらに、夜間訓練は、季節によって異なるが、日没後2時間、夜の8時までには終了するということで、500~800mの低空での発着訓練が実施されている。夜の井野中の校庭に立つと、その旋回の状況がよく分かる。高度を下げての2本の照明灯は、まるで自分が狙われているような錯覚にも陥るほどにおそろしい。

  そして、不覚にも、最近になって、まさに我が家の上空に覆いかぶさるように飛んでいく飛行機に気付いた。これは、前述の哨戒機よりももっと低空なのである。時間帯も、下総基地のそれとはズレている。どうしたことかと、下総基地の広報に問い合わせた。「いや、それは習志野空挺団でしょう、下総基地の滑走路を使用して発着しています」という。一瞬、わけがわからなかった。というのもかつて、津田沼からバスで通勤していた折、習志野駐屯地の上空での落下傘による降下訓練をよく目にしていたからである。

「習志野の落下傘の訓練機がなぜ佐倉で飛ぶんですか」
「習志野には滑走路がありませんから、下総の滑走路を使用して発着して、習志野の演習場で降下訓練をしています」
「なぜ、ここらあたりを、こんな低空で飛ぶんですか、500m位ですか」
「いや、340mです。340mよりも低くても高くても危険なのです」
「どういう頻度で、訓練しているのですか、いつまで続くのですか」
「ほぼ、一か月のうち14・5日、月の半分くらいを、そうですね・・・佐倉上空は、4と・・16回は旋回しています」
「何時から何時までですか」
「天候によりますが、朝の8時から夜の8時までの間です。ふつう、昼間の訓練は、午前中には終了しているんですが、きょうの午前中は雨だったもので」

  時計を見ると午後2時近くだった。どうも夜間の訓練もあるらしい。ともかく電話は切って、調べることにしよう。下総基地の広報担当者は「習志野空挺団のHPには訓練予定も出ています」と何度も繰り返していたし・・・。  

 そして、検索してみて、出てきたのが、つぎのような当面の予定と4月・5月の訓練予定表であった。これを見て、驚いた。こんな危険にさらされていたのだ。災害救助のための訓練ならば、受忍すべきところがあるかもしれない。しかし、平穏な住環境を日々侵しながら、個別的自衛権を標榜し、憲法では決して容認できない集団的自衛権を掲げての、これ以上の軍拡はもうゴメンだというのが、正直な気持であった。ヘリコプターの訓練のことも調べてみないといけない。今年の基地開放日は終了したらしいが、「夏祭り」があるし、資料展もあるということだから、出かけなければならないか。

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●航空機からの降下訓練:
 時期 4月21日(月)~22日(火)
 時間 08:00~21:00  場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターからの降下訓練:  
時期 4月21日(月)~24日(木)
 時間 08:00~20:00
 場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターの離発着訓練:  
 時期 4月21日(月)~29日(火)
 時間 07:00~20:00  
 場所 習志野演習場

●4月・5月の予定表
http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/topics2jump/index.html

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5月14日補記
その後、5月14日の自衛隊機の騒音の大きさに、再度習志野空挺団に問い合わせたところ、月に休日を除いてほぼ毎日、朝8時から夜8時まで、1回の降下訓練がほぼ5回の旋回で、約30分、それを1日4~5回繰り返す由。上の記事のにある佐倉市上空16回というのは、一定のものではなく、5×5、25回程度まではあるということらしい。高さは、340m厳守ということなので、かなりの恐怖感を覚える高度である。コースにより、わが家からは、それほど低いと思えない高度の時もあるのだが・・・。コースについてはさらに問い合わせ中。

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2014年4月22日 (火)

地区代表者会議、昨年と変わらず~たった一人の傍聴記  

 市長の「あいさつ」は選挙演説!
   私たちの自治会は、志津地区に属し、4月20日(日)9時30分~(志津コミセン)ということであった。毎年この時期に、新しい年度の80にちかい自治会長・町内会長・区長を集めて、市と日赤、休憩をはさんで社協が説明会を開催する。私は、いま自治会の役員ではないが、昨年から傍聴をしている。同じ週末には、他の3地区も含めて4回開催される地区代表者会議には、必ず市長が出席して30分近い「あいさつ」がなされる。この日の市長の「あいさつ」も、佐倉市全体にかかる事業と志津地区にかかる事業に分けて説明するのだが、「あいさつ」というよりは、自分はこれだけのことをしてきたという、いわば選挙演説のようなものだった。
  今年、私がこの会議で確認しておきたいことが2点あった。一つは、自治会などでの募金や寄付についてどのように説明するのかであり、一つは、佐倉市が推進する「まちづくり協議会」についてどのように説明するかであった。 第1点、自治会での寄付金の一律徴集が横行している実態を少しでも改善したく、これまでも幾度となく市長への手紙や有志グループでの担当課長との話し合いや要望書提出などを重ねてきた。しかし、大きな改善は見られなく、先の投稿に及んだわけである(前回記事参照)。市の関係者は、あの投稿を読んでいるか、今年の説明にいささかの変化はあるだろうかも気になった。 行政は、自治会の寄付金一括徴収を黙認するのか 一昨年、市民グループでの市への要望書提出と話し合いを通じて、自治会で行う寄付集めは、自治会が一律で集めるものでなく、個人の自由なのだから、その徹底、指導を実施するよう、要請していた。昨年の説明会では、説明会における配布資料「自治会・町内会・区役員の手引き」(平成25年度)の「自治会等業務委託契約とはどのようなものですか?」の回答として、はじめて、つぎのような文面が挿入された(5頁)。しかし、自治人権推進課長の口頭の説明では、一切省かれていた。今年度も下記の文言は全く同一のものであり、口頭の説明もなく、昨年と同様であった。

「募金等は、個人の自由意志に基づくものです。募金等を自治会費に上乗せして徴収するとした総会決議は無効であるとの判例(*H19.8.24 大阪高等裁判所)もございますので、自治会等におかれましても募金等の取扱についてご配慮いただきますようお願いいたします」
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/04/post-74bc.html

   ただ、日本赤十字社の「社資」の募集は、市から自治会が委託を受けている業務ということで、日赤の千葉県支部の担当者からパンフレットに従い今年度の事業計画と回覧文書・納入方法などが説明された後、社会福祉課長からの口頭説明があり、自治会による加入の推進と社資取りまとめの依頼がなされた。そして最後に、社資(社費と寄付)は「個人の自由な意思、判断によるところでありますのでご配慮願います」と「手引き」にある言葉が付け加えられた。該当箇所の「手引き」の文言は昨年と変わらないが、口頭で「個人の自由な意思、判断による」が、最後の最後に付け加えられたことが昨年との違いだろうか。 しかし、多くの自治会長たちは、多分前年度通りの自治会費上乗せ徴収や班長による社資500円集金が引き継がれることだろう。「個人の自由な意思、判断による」発言は、たんなるアリバイ作りにも思えるのだった。大事なのは、具体的にどういう方法があるのかの方向性を示すことではないか。

「まち協」は将来見直す?
   
ここで、市役所からの説明は終了した。 私の関心事である「まち協」について、市長は地域振興の項目で「地域まちづくり協議会への支援」と一言で済ませたし、「手引き」による自治人権推進課長の口頭説明では、通りいっぺんの協力要請であった。しかし、ある自治会長から、「まち協」についての核心に触れる質問が出た。 ① 「地域まちづくり協議会」と各地区自治会等の「連合協議会」とはどう違うのか。 ② まち協の目的がはっきりしない。本来市がやるべき業務を、なにがしかの補助金(初年度70万円、次年度から90万円)で、地域に投げているようなものではないか。 というものだった。担当課長は、①について、「まち協」は、一小学校校区の範囲内で、自治会のみならず、地域で活動する種々の団体で構成する点がことなる。②については、地域のつながりが薄れていく中で、たとえば大災害が起きたとき、単独の自治会では、その対応が難しいとき、力を合わせて解決する共助・自助が進められる・・・?といった答弁だった。その後、市長は自ら立って、「①のような疑問は当然だが、ともかく今は、まち協と連合協議会が連携して、大災害などに備えてほしい・・・。将来は、両者を融合していくようなあり方も考えていきたい・・・。皆さんは、自治会の仕事が増えるのではないかという不安があるかもしれないが、決してそんなことはなく、これまでと同様の活動をしていただけばよい・・・」という主旨のことを述べたのだった。なんだか、イギリスの例などを引っ張りながらあまり自信のない答弁だった。「今までと同様の活動」でよいというならば、なんで「まち協」が必要なのかが分からなくなる。たしかに、既成の「まち協」の実態を見てみると、主力メンバーが自治会、PTA、事業者などのOBや退職者などで固められ、これまで自治会や地区社協等で十分やれたことをなぞるだけの居場所づくりになっていることが多い。市長の答弁ははからずも「まち協」の実態を言い得ていたのではないか。「まち協」推進策は、税金のバラマキによる地域の不満解消策にすぎず、行政指導による差障りのない仲良しクラブになりかねないのではないか。本来の自治会活動をさらに弱体化するものではないかとさえ思われるのだった。

社協の説明会は、昨年と変わっていなかった
   
「地区代表者会議」は休憩をはさんで、残りの約30分間は社会福祉協議会の説明会に様変わりし、説明要員は、すべて社協職員に交代する。「社会福祉法人佐倉市社会福祉協議会説明会」となるわけである。以降は、「社協が行う業務は市の委託業務ではありません」という「手引き」の注記にあるように、市から自治会への説明ではなく、「社協独自」の説明会なのである。しかし、説明をうける自治会長ら地域の代表者たちの認識はどうであろうか。 そして始まる「佐倉市社会福祉協議会会員募集」の説明会。ひたすら、募金のお願いと納入方法である。司会の事務局長は、複数回「個人の自由な意思、判断による」を口にはしたが、どうしたらそれが担保されるのか、徹底するのかの精神が伝わってこない。いや、その気持ちがあったのだろうか。配布の「関係資料」の末尾には、前年度と同様、平成25年度の自治会ごとの集金実績「会費納入額一覧」が付されている。まるで競争を煽る成績表のように。 佐倉市は、社協と一線を画するような説明会だが、市と社協との濃密な関係については、拙ブログで何度か触れたので、ここでは省く。

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2014年4月19日 (土)

「自治会と寄付金 一律集金に異議を唱えよう」に関西からの「声」がありました

  兵庫県の知人より、朝日新聞、417日の「声」欄に、上記拙稿への反響が載っています、とのメールをいただいた。また別の知人からは、全文ではないけれど、朝日新聞デジタルで読めます、とのこと。あわてて検索、下記を見い出した。関西版載ったということだろうか。

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(声)自治会一律集金 異議に賛同

20144170800分)

   無職 藤内一光(愛媛県 75)

 「私の視点 自治会と寄付金 一律集金に異議唱えよう」(3月17日)を読   み、深く同感した。私の地域の自治会費は1戸年1万2千円。そこから、社会福祉協議会費・日本赤十字社資に加え、赤い羽根共同募金・緑の募金もあわせ、1戸あたり計千円余りが支出される。 

 本来、自治会は、会員一人一人が、字義のとおり「自らが治める」意識のもとに、会員相互の共益を追求することを目的とした団体であったはずだ。我が会でも自治会費で街灯をつけるなどしている。だが前述のように、外部の、しかも個人の自由であるはずの事項への出費は、本来の自治会活動費がそれに食われて、活動の充実を阻害するとともに、会費が高額化する一因にもなる。 

(後略)  

(続きは以下の通りです) 

本来、寄付とは自由意思でするもののはずだ。各自が自治意識をより一層高め、活動にふさわしい会費の支出かどうか、丁寧にチェックしつつ活動していくことが大事だと痛感する。

4月28日補記
後略部分、まっとうさんのコメントで判明、ありがとうございました

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  自治会費が、一年に12000円、一か月1000円と、その投稿の方の自治会の実態を知って、その高額なのにまず驚いた。ブログのコメントや友人たち、多くの方々からは、自治会の運営や慣例に理不尽を感じながらも、改善・改革に苦慮している様子が伝わってきます。なかには、面倒やストレスを避けて、自治会自体に参加しないか、退会している方々も多いです。さらに、たかが数百円や数千円のことだし、積極的に悪いことをしているわけでもないし、大した違和感は覚えない・・・、という人たちもかなり多いです。しかし、募金で集められた多額の寄付金が、いつ、どこで、どのように、使われているかを知ることも大事で、それを知ったからには、現状追認するわけにはいかなくなるのではないかと思う。

  私たちが、電力会社に支払っている電気料金が、原発立地の見返りに地域振興のためと称する資金や高額の報酬を得ている顧問や役員たち、あるいは学界までにも落とされていた資金になること、NHKに支払っている受信料が、会長や理事、経営委員長や委員たちのとてつもない高額報酬や政府広報のような番組作成やタレントたちに使われていることを、見落としてはならないことと同じように大事なことではないか。

 

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2014年4月11日 (金)

「ユーカリタウンネットワーク」って、いったい何をしたいの?

地域の連携、各種団体を束ねたい?

 前回「地域まちづくり協議会」の記事でも資料で示したが、2011327日、従来からあったユーカリが丘地区自治会協議会が中心になって「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」なるものが設立された。東日本大震災の直後だったので、防災のためには広域の住民組織の連携が必至のような雰囲気の中での発足だった。要するに、ユーカリが丘自治会協議会のエリアの自治会のみならず、商業団体、社協、PTA、ボランテイア団体などを束ねた、まったくの任意団体だったのである。佐倉市が推進している「地域まちづくり協議会」のスタートにも思えるネーミングであるが、各自治会の役員のみならず各自治会の会員はどれほど認識していたのだろうか。それまでも、自治会の回覧物を通じて、そんな動きがあるのを知っていたが、防災対策のためならば、各自治会や自主防災会との活動との関係が不明だし、どうもその目的の目玉は別のところにあるらしかった。地域の活性化というが、とくに商店・商業施設の活性化、開発業者山万との連携、京成電車のユーカリが丘駅特急停車推進にあるらしいことが分かった。

 

佐倉市推進の「地域まちづくり協議会」としては不認証、NPOへの動き

 その広域的な「協議会」は発足後、先にも述べたように、以下の当ブログ記事でも明らかのように、「地域まちづくり協議会」の一つとして佐倉市に申請した。市の「地域まちづくり協議会」「まち協」のコンセプトはあくまで一つの小学校区、“顔の見えるエリア”の自治会を中心とする各種団体の連携であったから、数校の小学校校区をまたぎ、30近い自治会を擁し、当時ですら8000世帯を越えるエリアでの「まち協」は、どうしても認められず、その審議会でも不認証の結果となった。* 質問書の提出や地元の市議の一人H議員の「広域のまち協のどこがイケないのか」と市議会でのやり取りがあったりした。紛らわしい「地域まちづくり協議会」という名称、市が進める「まち協」活動との混乱を懸念した佐倉市からクレームがついたらしい。そして20136月「ユーカリタウンネットワーク」に変更、その名前で市民公益活動団体登録申請に及んだが、登録も成らなかった。そこで、NPO法人資格取得の準備に入る方針が決まったらしい。今年の28日に設立総会開催されたばかりである。NPO法人資格取得のための千葉県への申請は2月27日になされている。

* なぜ、ユーカリが丘地域まちづくり協議会は不認証になったのか

(1)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/12/post-673d.html

 ( )

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/02/post-a456.html

 

そして、自治会の対応は・・・

 そして、当自治会は、班長や会員に何の前触れもなく、「ユーカリタウンネットワーク設立総会議案書」なるものが回覧され、3月の班長会議で加盟の採決をする、というお知らせ。このあまりの拙速さとそれを提案する役員会の姿勢にも驚き、ともかく、期せずして複数会員の「加盟見送り」の要望書により「待った」を掛けたことになる。 

 これからも、他の自治会や多方面からの加盟のお誘いの声がかかるだろう。自治会の自律性が問われることになろう。

 

懲りない面々たち・・・

 前述の2月下旬に当自治会で回覧された「ユーカリタウンネットワーク」臨時総会議案書、「(NPO法人)ユーカリタウンネットワーク」設立総会議案書(201428)の二つの文書を読んでいくと、さらにいろいろなことが分かった。繰り返しになるが、2番目の議案書の「(NPO法人)」というのは、NPO法人になったわけではなく、「“これから申請するはずの”NPO法人」ということで、いかにも紛らわしい。

 NPOをめざすならば、定款も必要だし、事務所・役員名簿・財産目録なども必要である。目的は、地域のまちづくり、保健医療福祉、環境保全、災害救援、地域安全、情報化社会、経済活動の増進・発展を掲げる。ここからは、地域の課題の総花的な列挙で、当たり前すぎて、何も見えてこない。しかし、事務所・役員名簿によれば、事務所は、地元開発業者山万の施設内であり、役員には、各自治会役員OB、社協OB、山万グループ役員で大方が占められる。「参考資料」として付された「『ユーカリタウンネットワーク』の生い立ちと経過概要について」をみてさらに驚く。20115月の「ユーカリが丘自治会協議会」で「自治会協議会の事業をユーカリが丘地域まちづくり協議会に移管」とあるではないか。それに続いて、以下の記述が続く。

 1.「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」が設立されたことを契機として、特急停車推進運動および防災フォーラムなど街ぐるみの活動は「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」で実施してほしい旨要請を受けた。

 2.自治会協議会は市長との懇談会以外の活動は行わないことが決定された。

 

 こんな話は聞いたことがない。この時期の当自治会でそんなことが議論されたり、決定したりしたことの報告を受けていただろうか。あの大震災の年である。あわてて、平成23年度の班長会議の議事報告を出してみた。2011523日に会長が「ユーカリが丘自治会協議会」に出席して、予算案は議決されたが、役員案は議決されなかったことのみが記されていた。5月と言えば、新年度の多くははじめて会長になった人たちは何がなんだかわからない時期での議決である。こんな時期を見計らっての決定だったわけである。少なくとも、地域の「自治会協議会」は、各自治会を束ねた団体として、市から補助金も受けている。いやはや、自治会協議会の事業を取り込んでまでの「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」のスタートだったのである。おそらく、開発業者主導の中で、タウンネットワークに流れ込んだ自治会協議会のOBたちの考えたことではなかったか。

 

私は、自治体からは独立した、多様で、自由な活動をめざすNPO法人を否定するものではない。市の「地域まちづくり協議会」もダメ、「市民公益活動団体」もダメということで、どうしても所期の目的を達成したいならば、さまざまな構成団体の一員として、あるいは一住民としてNPO法人に参加すればいいと思う。様々な考えを持つ住民を擁する自治会を構成団体にしようとすること自体が間違っているのではないか。

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2014年4月10日 (木)

地域まちづくり協議会、住民はどこに~「まち協」は本当に必要なのか

Mokuren2014

庭の東側の紫木蓮が咲き始めました  

自治会の「まち協」参加は、突然に・・・

 2011年末~12年の下記のブログ記事において、私の住まいのある佐倉市において、あまりにも広域にわたる「まちづくり協議会」は、市の方針にもかなわず不認証になった経緯を書いている。その折にも、規模に関係なく、「まちづくり協議会」自体についての必要性に疑問を呈してきた。ところがなんと、今年になって、わが自治会が、あらたな1学校規模の「まちづくり協議会」の参加を年度末に近い2月の班長会議で決めてしまったのである。

なぜ、ユーカリが丘地域まちづくり協議会は不認証になったのか

(1) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/12/post-673d.html

 ( )

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/02/post-a456.html

 そこで、少々あわてたのだが、何人かの有志で、班長会議への突然の提案・議決によって、参加の有無を決めるのはおかしいと、自治会長に要望書を提出した。情報もないまま、班長だけで決めるという手続きにも不備があり、「まち協」自体の曖昧な目的がもっと議論されるべきだと思ったからである。

 

なぜか、佐倉市は「まち協」を進める

佐倉市は、いま、「地域まちづくり協議会」の設立を盛んに進めようとしている。佐倉市は、ホームページでも「地域まちづくり協議会とは、各小学校区を基準として、区域内で活動する自治会・町内会を基盤に、地域で活動する団体・組織が、それぞれの目的や活動を尊重し合い、緩やかに連携・協力することで、地域が対応できる課題などは、協働して、その解決を図っていただこうとする組織」と述べ、その意義を「地域のことは、地域の皆さんが自ら考え、解決に向けて行動していくという住民自治を基本に、これを支える地域コミュニティの充実・活性化が必要です。 『今、自分の地域が抱えている問題・課題は何か』ということを地域が一緒に考え、地域が協力しあって、これらの問題や課題に取り組むことで、互いが支え合うことの意義、必要性が再認識されます。市では、皆さんが暮らす地域に関心を持っていただき、話し合いながら地域住民が協力し合い、地域の諸課題に取り組むための『地域まちづくり協議会』の設置を支援いたします。」としている(以下参照)。  http://www.city.sakura.lg.jp/0000005010.html

 そもそも、「まち協」は、2006929日成立した「佐倉市市民協働の推進に関する条例」(200711日施行)を法的根拠によるが、その成立過程にも問題はあった(以下参照)http://www.city.sakura.lg.jp/0000004988.html

 

  佐倉市には、小学校が23校あり、「まち協」第1号は、200768日に設立した臼井小学校校区の「臼井ふるさとづくり協議会」であった。その後6地域で立ち上がり、現在7つの「まちづくり協議会」が存在する。その規模は、実績からみると5004000世帯とかなりの隔たりがある。

  立ち上げの前には、校区内の自治会、社協、防災組織、PTA、青少年育成住民会議、民生・児童委員などの代表者による準備会が持たれ、市役所の自治人権課職員が必ず「指導」にあたり、申請・承認まで面倒を見てくれる。 発足した「まち協」は、市から、初年度70万、次年度以降90万円の補助金が出る。

 

「まち協」で、何をしようとしているのか

  それでは、そこで何がなされているのかといえば、市民協働情報誌「まちづくりしょ!」は4頁、年4回の情報誌で知ることができるし、各「まち協」のホームページでも、活動の様子が広報されている。「自治会を越えた市民協働事業」というが、その活動のポイントのはずであるが、どれも似たりよったりの行事写真と役員の顔写真、集合写真がカラーで掲載される程度である。しかも、いま私の住んでいる地域の自治会の活動とほとんど重なる。防犯見回り、防災訓練、清掃、餅つき大会など、そしてPTAや社協と共催している交通見守りだったり、敬老会だったりする。その上、「まち協」でもやるということ?似たようなイベントの両方に参加しなさいなさいということ?たださえ、自治会のイベントへの参加者や自治会の組織率が低迷している状況の中で、それはないだろうと思う。それに各自治会の役員の負担や会員の動員など、半端ではなくのしかかって来るのではないか。その上、私たちの地域には、すでに、20以上の自治会を束ねた自治会協議会というものがあって、広域の問題の対応にあたることになっているはずである。

  いったい佐倉市は何のつもりで、助成金まで出して、こんなことを進めるのか。また、構成団体の代表者たちは、準備会まで重ねて、設立のあかつきに何をしようとしているのかが見えてこない。準備会のメンバーでもある知人二人に尋ねたことがある。

  「ご苦労様だけど、<まち協>ってあまり存在意義がないのでは。自治会の屋上に屋を重ねる様なことは、自治活動をかえって散漫にして、各事業の責任がアイマイになりやしない?」Aさんは、「そんなことはない。みんなで寄って、たのしくやればいいんじゃないの」といい、Bさんは、「消防団を持たない地域の自分たちのような自治会は、ほかの自治会の消防団に来て貰わないと、消火活動の後片づけもやってもらえないですよ。自分たちで消防団を持たない以上不安でしょ。そんなときのために、近隣の自治会や消防団とも連携していかないと、・・・」と、「まち協」の必要性を“熱く”語るのであった。Aさんは、定年退職後の男性たちの居場所づくりと勘違いしているし、Bさんも、消防団員は特別公務員という身分であること、消防団員のなり手がないことや高齢化などは、全国各地でも問題になっていて、とくに都市部では深刻化してことは承知のとおりで、「まち協」で解決できる問題でないことを知らないわけではないだろう。 

  自治会を越えての近隣住民との連携事業というならば、問題は擁しつつも、ともかく自治会協議会があり、福祉に関しては地区社協があり、小中学校との関係では教育懇談会があり、情報交換や協働事業を進めているではないか。各自治会、各様にいろいろな工夫をして行くことで十分であるし、それこそが自治なのだろうと思う。佐倉市から助成金が出る段階で、その自治会の自律的な役割は後退し、世間にいう行政の「下請け的な機関」に甘んじ、それ以上に、自治体行政の本来の業務や責任を曖昧にしてしまう。「まち協」は、害あって一利なしの組織ではないのか。

現在でも、佐倉市は、各自治会の世帯数に応じて行政情報配布などの協力費として、自治会にお金を出している(かつては各自治会連絡長の個人口座への振込だった)。この実態すら、自治会の性格からは疑問があるわけで、それに加えて、「まち協」への補助金はさらに問題が大きいと思えるのである。

 

  ところで、私たちの自治会の「まち協」加盟はどうなったか。会員8名から理由は若干異なるが「見送り」の要望書が出て、役員会からの提案、前月班長会議の決議を無効とする議決がなされ、参加は見送りとなった。その理由は、主として「手続き的な不備と議論不足」が強調されたのだが。

 

  なお、当自治会で、ほぼ同時に、上記「まち協」加入問題と1か月遅れで、まさに年度末に、浮上したのが、「ユーカリタウンネットワーク」という団体への加入問題であった。稿を改めて記事としたい。

 

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2014年4月 9日 (水)

「自治会と寄付金」への反響がありました

「自治会と寄付金 一律集金に異議を唱えよう」(朝日新聞「私の視点」317日)への反響がありました。47日(月)の朝日新聞「声」欄に、「町内会 寄付の慣例見直そう」(町内会長 見矢木二郎 福島県 68才)が寄せられていました。

 「(投稿)に同感です。182世帯ある私たち町内会は、2011年度から福祉関係の寄付、協力・負担金の支出を一切やめました。会費収入が約38万円に対して各種協力・負担金などが焼く31万円で町内会費の8割ほどを占め、寄付のための町内会費のように思えたからです。また、寄付は個人で行うものであり、町内会としてまとめてやるのはよくないと考えたからです。・・・」

 さらに、これまで年間の町内会費2600円だったものが、600円になったことも書かれています。ご覧いただければと思います。

  なお、当ブログへのアクセスの件数は、たしかに3月17日以降増えていますが、

4月7日には、関係記事へのアクセスが通常の3倍くらいありました。「声」欄の力に励まされた思いでした。

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