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2014年9月20日 (土)

朝日新聞バッシングの気持ち悪さと恐ろしさ

 いま、私は家で、4つの全国紙と業界新聞など2紙に目を通している。主に全国紙なのだが、いまこれらマス・メディアの間で、メディアの問題として、連日報道されているのは、朝日新聞の従軍慰安婦に関する吉田証言誤報と福島原発事故に関する当時の現場責任者だった吉田調書誤報問題である。さらに、新聞で目にする週刊誌―週刊文春、週刊新潮、週刊ポスト、WILL・・・、文芸春秋などの広告である。これでもか、これでもか、朝日をつぶすぞとばかりのバッシング記事である。私など、あの文言を読むと、生理的な嫌悪感さえ感じる。この罵詈雑言の、行儀の悪さの記事広告は、目を覆うばかりである。私は先のブログ記事「安倍首相記者会見の気持ち悪さ」(201457日)でシナリオ通りの行儀の良すぎるお通夜みたいな、いまの首相記者会見の不気味さを指摘したが、これとは対照的に、これらの週刊誌は、メディア同士の商売がたきとなると、ああも攻撃的になって、自らの醜態をかえりみない事態になるのか。<行儀の良い・悪い>を使い分けて、時の権力にすりよる姿勢が露わである。 

いまの政治状況の中で、原発事故からの復興がママならなず、沖縄での基地の固定化・分散化が見えてきたなか、特定秘密保護法などでの情報管理・統制が厳しくなる一方、集団的自衛権行使容認、原発再稼働・原発輸出、消費税再増税、TPP参加によるアメリカ従属の規制緩和・・・と、首相の外遊にぞろぞろ従いていく経済界の面々たちには、さまざま寄与できたとしても、大多数の国民にとっても、メディアにとっては、その命や暮らし、存続さえ脅かされようとしている。攻撃の矛先はいまの政府にあるというのに、攻撃の相手を間違えてはいないのか。メディアは自分で自分の首を絞めていないのか、の疑問に立ち至る。はや、NHKや全国紙の一部には、政府広報と化しているものがある。実際のところ、肝心の週刊誌の売り上げは増えているのだろうか。

 朝日新聞の従軍慰安婦問題における「吉田証言」の信憑性は、訂正記事にある事実よって崩れたのだから、遅きに失したことは否定できない。これまでの経過をみても、すでにその信憑性には疑問が投げかけられていたのだから。しかし、この吉田証言の虚偽によって、「従軍慰安婦」の強制性自体が否定されるものではなく、他の記録や証言に拠っても明らかである。首相は、朝日の記事で日本の国際的信用を傷つけた?と言っているそうだが、国際的信用を傷つけているのは誰?IOCで福島の原発事故による汚染水を完全にコントロールされていると言ってから1年も経つのに、コントロールの決め手がない。首相の靖国参拝には、アメリカまでを失望させ、「河野談話」を見直すと言ってみたり、止めたと言ってみたり、北朝鮮の拉致被害者の救出にあたっては、その場限りの全員救出をうたうだけで外交的な努力がなく、北朝鮮の攻勢に右往左往しているばかりではないか。今回の内閣改造では、その右傾化が拍車をかけ、ナチス礼賛団体との親密性が国際的にも拡散しているのが実態だろう。

そんななかで、メディアは、上記、現内閣の国際的信用の失墜について独自の調査と見解をどこまで報道できたのか。せいぜい、「識者」や「専門家」を自社の都合にあわせて起用し、「バランスよく」発言をさせて、お茶をにごす程度ではないのか。その発言者たちも、そのメディアに都合のいいところを切り取られて、まるっきり反対のコメントとして報道されても、抗議をするでもなく、メデイアへの頻出を自らのステイタスのごとくに大事にしていることがわかってきた。ああ、これが<翼賛>なんだな、と思わせる。言論弾圧とは、ある日、突然、土足で家に上がり込んで、蔵書を持ち去られたり、身柄を拘束されたりすることだけを意味するものではなく、じわりじわりと、ときに笑顔でやってくる恐ろしさは、歴史からも多くを学ばねばと思う。

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