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2014年10月 9日 (木)

何年ぶりだろう、京都へ(2)伏見桃山御陵、京都国立博物館

 もう一泊するつもりだったが、どうも、台風18号に、追いかけられるのか、追いかけるのかの様相になってきたので、一泊で夕方帰ることにした。昨夜の京都は、静かなものだったが。

 伏見桃山御陵に近い「泰長老」、何ともおめでたい地名に合同宿舎はあった。連れ合いが赴任中、私も娘もときどき訪ねてはいた。朝、近くのテニスコートの球音で目が覚めたのを思い出す。現在、この宿舎の廃止が決まり、15棟近い建物に入居者が散在して残っているようで、各出入り口のメールボックスは1戸ないし34戸以外は目張りがしてある状況で、さびしい団地になっていた。一部建て替え計画では、工事車両の出入り口に難航しているらしい。こんな「官有地」が全国に散らばっているのだろうな。早く見直して財政再建に役立ててほしい、というのが庶民の気持ちだ。JR桃山駅は相変わらずの佇まいで、踏切を渡ったところのお蕎麦屋さんを娘は覚えていた。御陵と反対側へ行けば、京阪伏見桃山駅、大手筋商店街で、当時はなかなかの賑わいであったが、いまはどうだろう。

 

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メールボックスは塞がれて

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 今日は参道へと進み、立派な砂利道となる。明治天皇陵まで登ると、宇治川と向島団地一帯が見下ろせる。かつては、真下の長い階段は、体育会系の生徒や学生の練習場と化していたが、今日、この階段には、23人の姿しか見えない。さらに少し下りの参道を進むと昭憲皇太后陵なのだが、陵の左右の松が赤茶けて枯れているようだった。目の前のゆるい短い石段を降りると、先の天皇陵前の階段下に合流する。下から見上げる石段には、なかなかの威圧感がある。

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JR桃山駅、踏切より望む

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明治天皇陵前から街を望む

 さて、夕方早めの新幹線に乗ろうとすると、あまり時間はない。少なくとも、9月にオープンしたという国立博物館新館へは行ってみたい。ということで、ルートは娘に任せて、JR桃山から東福寺乗換で京阪七条に出る。 若いときのひとり旅では、たしか京都駅から歩いた記憶もある。左手にすぐ博物館のレンガ塀が始まり、道路の向かいは三十三間堂で、辺りはにぎわいはじめ、ようやく観光地の趣を呈してきた。まずは、遅いお昼ということで、博物館内のカフェに入った。旧館「明治古都館」では、107日から鳥獣戯画展が始まるというが、新館「平成知新館」では913日から「京へのいざない」というオープン記念展が開かれている。あまり関心を示さない娘は入場料を払い、私は70歳以上無料の恩典に浴した。という私も、1階の仏像展示は、信仰の場で見なければ意味がないなどとライトアップされた仏像をしり目に、主に2階の肖像画、中世・近世絵画コーナーと1階の絵巻・書跡・染織コーナーを、かなりの駆け足で見学した。神護寺の平重盛像、源頼朝像は教科書でも見たような気がするし、その表情の違いなど興味深かったし、「京のにぎわい」の絵図の子どもや屏風の遊女たちの姿にも足を止めるものがあった。知恩院の法然上人絵伝が出品されているのは、後から知った。どうも通り過してしまったらしい。染織では日本の織物の装飾性というかデザイン性の高さをあらためて感じながら、もうちょっと時間が欲しいと思いながら、博物館を後にした。

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考える人レプリカと京都タワーを望む

京都博物館旧館前広場から

 京都駅では、娘オススメの中村藤吉本店の生茶ゼリー入りあんみつを土産に、柿の葉寿司のお弁当を買い込んで、八条口で別れた。

 結局、京都は時雨もしなかったが、名古屋を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなり、東京は、朝からシッカリ雨が降っていたそうだ。

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