ドイツ、三都市の現代史に触れて~フランクフルト・ライプチッヒ・ベルリン~2014.10.20~28(7)
国立図書館で遊ぶ?
10月25日(土)の午後は、グリューネヴァルトからポツダム広場へ直行、そこから遠くはないはずの「ドイツ抵抗運動博物館」(Gedenkstatte Deutscher Widerstand/ドイツレジスタンスメモリアルセンター)をめざす。ポツダム通りを道なりに行けばいいはず。その途中で外壁には足場が組まれている建物に、Staats Bibiliothek、国立図書館の文字が見える。元図書館員としては寄らないわけにはいかないだろう。中に入ると広いホール、カウンタはずーっと奥で、その手前には、人間の背丈ほどもありそうなロッカーが並ぶコーナー、パソコンの検索機が並び、展示パネルも並ぶ。そして、当然のことながら、奥のトイレ近くに、カードボックスが追いやられていた。展示は、図書館の沿革がわかりすく解説されていた。 ちなみにと、検索機で、私たち二人の著書を検索してみたが、見つからずじまい。それならば、「森鷗外」「村上春樹」とで検索してみると、百件単位で出てくるのだから、検索が間違ってはいないのだろう。そんないたずらをしたあとは、ホールのベンチで一休みし、目的地に向かう。
外壁工事が続く、国立図書館
図書館ホール
カードボックスは、ホールの片隅に
十数分野に分かれたリーフレットのガイド
ドイツ抵抗運動博物館
図書館の向かいのマタイ教会と新ナショナルギャラリーの間の道を進むと、それはあった。入口は狭いが、中庭は広い。ここはかつての陸軍最高司令部で、ヒトラー暗殺計画に関与した軍人たちが銃殺されたという惨劇の広場でもあり、その追悼碑と中央には男性立像がある。二の腕を胸につけて突き出した拳の両手を直角に組んでいるのは、その抵抗の意思の強さを示すのだろうか。
そして、中に入って、また驚いた。ガイドのリーフレットに拠れば、テーマや事件、活動主体ごとに18室に分かれている。どこを重点的に見ればいいのか。リーフレットにも英文が併記されているので、それを頼りに、展示室を進む。受付で尋ねたところ、日本語のカタログはないが、英語ならありますと、あちこちの棚から選んで持ってこられた。比較的薄い冊子を購入することにした。展示室は、たとえばワイマール共和国時代から国家社会主義の台頭、労働者、芸術家、文学者、クリスチャン、赤いオーケストラ、白バラ、移民、ユダヤ、シンティ・ロマなどをテーマにまとめられている。とくに、200人以上が逮捕され、その中心的リーダーたちがここの広場で銃殺された、1944年7月20日ヒトラー暗殺計画事件については幾室にもわたって詳しく展示・解説されていた。また、第7室は、たった一人でヒトラー暗殺事件を計画、未遂に終わり、1939年11月8日に逮捕された家具職人ゲオルグ・エルザーについてで、彼の生い立ちから始まって、ザクセンハウゼン強制収容所を経て、1945年4月9日ダッハウ強制収容所で銃殺されるまでの足跡を克明に追跡した記録が展示されていた。第15室は、映画「白バラの祈り」で、私も初めて知った、ミュンヘン大学の女子学生ゾフィー・ショルと兄や仲間たちとの抵抗運動についてまとめられていた。どの室の展示もさまざまな工夫が凝らされ、弾圧と抵抗の詳細が分かるようになっていた。しかし、写真からのメッセージはインパクトはあるが、解説を即座に理解するのは至難の業で、眺めて、通りすぎる程度であった。小ホールでは、見学の生徒たちが館員から説明を受けているようであった。丁寧に見ていたら一日はかかりそうな、といっても、言葉の壁はもはや苦痛だろう。帰国後、たとえば、クライザウ・サークル(KreisauCircle)とかジプシーSinti・Romaについて初めて知ることも多かった。
ドイツ抵抗運動博物館の入り口に、その沿革が。英訳も付されているが
ヒトラー暗殺計画の軍人たちが銃殺された中庭、中央に男性立像の追悼モニュメントが見えるだろうか
処刑者の追悼碑
ドイツ抵抗運動博物館リーフレット
第7室 ゲオルグ・エルザーの生涯
処刑されたゾフィー・ショル(右)とミュンヘン大学、白バラの学生たち、左隣がショルの兄
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