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2015年4月28日 (火)

佐倉市長選挙余話~N候補の違反ポスター撤収は、投票日の翌日27日だった!

きのう、ある交差点で小学校の下校時交通見守りに参加していると、この記事でも何度か触れた、N市長候補の公職選挙法違反ポスターを撤去している人に出会った。「大変ですねえ、何枚くらい回収するの」と尋ねてみると、「200枚かな」とあっさり答えていた。「これって違反じゃない?」といえば否定もせず、ポスターを留めてあるテープをカットしながら、ポスターに候補者と並んだ、例の小出監督を指して「このヒゲ面と酒ヤケの顔がイケなかった」(それが敗因?)とブツブツといいつつ、車に運んでいた。支持者か業者だったのか。投票日の前日、選挙事務所が回収中と答えていたのは、方便だったのだなあ。翌日撤収の200枚という枚数は信憑性があるかもしれない。それにしてもそのポスターの下に小さく記してあった530日の二人のユーカリ駅前の演説会は中止なのかしら。

告示後の当ブログへのアクセス件数は、日ごとに増えて、投票日翌日の27日には普段の5倍を超えたのには驚いている。ネット上でも、違反ポスターと虚偽バナー広告の動画はかなり話題になっているようだった。どう始末をつけるつもりかしら。

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2015年4月27日 (月)

佐倉市長選挙、違反ポスター・虚偽ネット広告は放置のままだ~候補者も、スポンサーもここまで堕ちた

   なにやらキナ臭い、見苦しい市長選挙戦が終わった。投票所前の候補者掲示板の横に、まだ堂々と違反ポスターが撤去されずに残っていた。「ヤリ得」ということか。現職で三期目をねらう蕨市長に対立する西田候補は順天堂大学誘致を専らの争点として担がれ、支持母体の誘致推進派の執拗なネガティブキャンペーンは続き、ポスターやネット広告は、公職選挙法違反のまま突っ走った。選挙管理委員会と警察がどこまで摘発するかもしっかり監視しなければならない。担がれる方も担ぐ方も、法律もモラルも投げうっての汚れた手は、洗い落とせるのだろうか。今後は、開発業者主導による土地区画整理事業による再開発、都市計画変更を注視していかねばならない。

 

   当選した市長も、褒められたものではない。告示が近づくと、ネガティブキャンペーンに危機を感じたのか、順天堂大学誘致のそれまでの慎重な姿勢を崩して、非常にあいまいな態度を取り始めた。「誘致の方向はすでに決まっていて、選挙後は順天堂の理事長と会うことになっている」ということを強調し始めたのだ。この件については、フラフラせずに、「選挙公報」にも「大学誘致活動」としか触れていないのだから、財政緊迫の折、無駄遣いなきよう努力してほしい。企業誘致、サッカースクール招聘・長嶋野球教室推進・オリンピック選手団のキャンプ誘致・・・etc. メデイア向けのパフォーマンスに気を取られるのではなく、どれほどの経済波及効果と活性化に寄与するのか、その実質を見極める施策であってほしい。

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2015年4月25日 (土)

明日が投票日だというのに~佐倉市長選挙、あふれる違反ポスター、虚偽中傷ネット広告を取り締まらない、取り締まれない?!

 ネットの広告は、煩わしく、うるさいのだが、ブログなどただで使えるのだからとスルーするし、自分の検索ワードが自動的に反映されるのも気味の悪いものだが、それも受忍してきた。

 

しかし、2日ほど前から、「公式佐倉市民の皆様へ 順天堂大学からの公式発表です。」という動画広告が出るようになった。「公式発表?」動画を見てみると、当ブログでも触れた「順天堂大学の誘致を実現する集い」(416日開催)の、佐倉市と交渉にあたったというこの3月末日、その職を退いたS学部長のスピーチだったのだ。現在は何の責任もない大学退職者のスピーチが公式見解などとはとても思えない。その“公式見解”とは、現市長の中傷に終始するものであった。これって、対立候補妨害情報なのではないか。公職選挙法でネット上の活動が緩和されたからと言って、このスポンサーは誰なのか、これほどの費用を投入しているのは誰なのか。順天堂大学の学部の担当者に尋ねてみても、いまの時期、そんな「公式見解を大学は出すはずがありません、出していません」ときっぱり言っていた。少し驚いた展開となった。大学の担当者は、さらに「S前部長は、学部スタッフのOBではあるが、個人的な発言にすぎない」と明言していた。まさに虚偽広告を流すのは、だれなのか。

 

それに、これも前の記事でも触れたが、佐倉市内にやたらと貼られた、新聞全紙4枚ほどの大きなN市長候補とマラソンの小出監督とのポスターは、やはり公職選挙法違反ポスターだった。小さい字で書かれた講演会通知を標榜するこのポスター、告示後は完全なる違反ポスターなのだ。市の選挙管理委員会は、419日告示前も告示後も、候補者にはただちに撤去するよう、警察署には取り締まるよう通知している、とはいう。警察も、民有地に貼られている以上、撤去は出来ない、という。選挙管理委員会は、「通知しかできないで、歯がゆい」とまで言う公職選挙法って?

 

25日朝現在、私の知る限りユーカリが丘近辺の違反ポスターは野放しだ。N候補の選挙事務所は、違反ということなので「回収中」「撤去中」というのみで、まるで蕎麦屋の出前が遅れたときのセリフ「今出ました!」ではないか。明日が投票日、事務所では、200枚中30枚回収したと言っているそうだが。 

 

 

 

 

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2015年4月19日 (日)

「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」のニュースもご覧ください

  私が参加している地元の9条の会、「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」のニュース28号と29号に寄稿していますので、下記にお立ち寄りいただければ幸いです。当ブログ記事と重なる内容でもありますが、短縮して、読みやすくなったでしょうか。佐倉市内の公共施設における常置と、世話人が住む町内を中心にしての戸別配布を目指して、約4000部を発行しています。

28号(20151月):「はじめての沖縄、知事選の最終盤だった」
29号(20153月):「安倍首相の<好きな言葉> 

たんに「ことばじり」でないのが怖い~シュクシュク(粛々)は、政治家の「窮地」の合言葉?」

 ↓↓↓

「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」ブログ

http://sakurasizu9jo.cocolog-nifty.com/

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2015年4月18日 (土)

市長・市議選の争点は「大学誘致」ばかりではない~やっぱり出た”怪”文書「順天堂大学誘致の会ニュースレター」

 明日19日の佐倉市市長選挙の告示日を控え、けさ、私の住む町内にポステイングされたのが表記の「順天堂大学誘致の会ニュースレター」という、新聞全紙大のカラー刷りビラだった。内容は、今年3月末日現在のことらしく、4月になって立ち上げられた「順天堂大学誘致の会」のブログ記事当初とほぼ同様であることから、前から準備をしていたビラだったのだろう。いや、すでにおおかた配布済みのビラかも知れない。発行元は、住所は、モノレールのユーカリが丘駅下の順天堂大学ヘルスプロモーションリサーチセンター内とある。順天堂大学が、ここまでして、市長選に臨むだろうか。こんな風にお金と労力をかけるものだろうか。大学自体のイメージダウンにもなりかねない。

 

 市長選公示前に市内配布をめざすだけあって、さまざまな仕掛けが隠されているようだ。選挙前によく見られる法令違反ギリギリの「怪文書」に思える幾つかの点を見てみよう。

①まず「ニュースレター」と銘打っていながら、号数も日付もない。

 

②見出しにもなっている誘致の会の「発会式」の日付がどこにもない。

発会式は、328日にウィシュトンホテルで開催されているが、ビラの記事には、その日時がどこにも示されていない。

オモテ面の見出しは「~発会式にて:分かってほしい事実をレポート~ 順大誘致に新たな扉を開こう」となっていて、「順天堂大学誘致の会発会式」会場の写真一枚、会場の舞台の横断幕にも日付が記されていなかった。合計8枚の写真が一面の半分近くを占める。

 

③名前が示されない人物写真は、いずれも、県議・市長・市議の立候補予定者だった。

壇上でスピーチしている関係者の肩書の有無も不可思議だ。東邦大佐倉病院加藤院長、順大スポーツ健康科学部島内部長、佐倉アスリートクラブ小出監督、渡貫博孝氏とあるが、名無しで乾杯の音頭を取っているN県議、これも名無しでマイクを握っているN市長立候補予定者の写真なのである。それに、壇上にずらりと並んだ面々の写真、顔は小さいが、大学誘致推進派の11人の市議たちだった。

かなり用意周到な編集ぶりである。県議選・市長・市議選用のどちらにも利用できるビラだが、目当ては市長選なのではないか。

また、順大の学部長は、この3月末日で退職なのだから、その肩書を最後の最後まで活用したことになろう。最新の「誘致の会」ブログ記事では「前学部長」の肩書で登場しているが、今後の立場はどうなるのか。

④「24億円を一人歩きさせる市長」を強調する。

記事によれば、順天堂大学は、24億円というのは「順天堂は、これまで、大学学部新設時、行政からの支援を半額として要請してきた実績と同様の指針」であって、助成金額は交渉によって決まるものとの見解を示す。これも、ずいぶんと乱暴な話だ。“とりあえず”半額の24億円からスタートさせるという交渉パターンは、「民・民」ならば成り立つのかもしれないが、助成金を出すのは佐倉市、市民の税金からなのである。その積算根拠を示すのは当然だろう。佐倉市に本気で進出したいのならば、「出せない書類は出せない」と突っ張るのは大学の本意なのか、とさえ思えてくる。「誘致の会」側のフライングではないのか。201210月、佐倉市と学校法人順天堂と連携協働協定を締結する際は、市長と順天堂の理事長が話し合っているはずなのだが、キャンパス進出・誘致の項目は示されていなかった。

 

⑤「協議の継続、進展の合意について」の新聞報道は想定外だったのか。

 この新聞報道に接した市民としては、市長は市長選を前に、これまでの方針を変えたのかとの不信感さえ募らせた。ところが、誘致推進派、「順大サイド」にしてみると、決裂のまま、市長選挙戦に持ち込み、誘致に積極的な対立候補者擁立のシナリオに狂いが生じたのかもしれない。

 「誘致の会」は、416日「順天堂大学の誘致を実現する集い」に引き続いて、きょう18日は、送迎バスを付けて、「女性のための市民公開講座 順天堂大学誘致 なぜ進まない?」を開催し、市長立候補予定者の講演がある。

市長選の争点を順天堂大学誘致に特化していいのか。市長選や市議選は、もっと大事なことを真摯に議論するチャンスにしなければいけないのに。市民の政治姿勢も問われる正念場でもある。

いずれにしても、開発業者山万が無償提供するという大学予定地を含む「ユーカリが丘駅北土地区画整理事業」とその一帯の「都市計画変更」が、「ユーカリが丘駅北土地区画整理組合準備会」の業務代行山万と市との協議が進行中なのは確かである。

 

<追記>2015年4月19日
①昨18日、上記記事をブログにアップした直後、わが家にも山万の広報誌「わがまち」(2015年4月付)が投函されていたのを知った。 2面が3月28日「順天堂大学誘致の会」発会式開催どまりの記事だった。ここにも、壇上に立った関係者、前市長、順大の学部長、東邦大学学佐倉病院院長、マラソンの監督の写真と名前は記されるが、N市長候補予定者の写真には、名無しで「前衆議院議員も決意表明」のキャプションを付する。なんだか笑えてしまうなあ。

②4月15日、佐倉青年会議所主催で、佐倉市長選挙立候補予定者3人による「公開討論会」(市民音楽ホール)の中継動画を視聴した。ここでも、N立候補予定者は、他の二人が地元出身者であることに対して、「私はよそ者ですが」とした上で、「順大誘致」を争点化するのに必死な様相が顕著だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年4月14日 (火)

佐倉市、順天堂大学誘致をめぐる「選挙戦」 ~誘致の効果は机上の空論、得をするのは誰なのだろう

なぜそんなに急ぐのか 

    いま、ユーカリが丘駅周辺には、「順天堂大学誘致の会」のノボリがあちこちではためいている。そして、マラソンの小出義雄監督と市長候補者Nの顔写真が大きいポスターと4月16日には「順天堂大学誘致を実現する集い」が開催され、同大学スポーツ健康科学部長とN市長候補の挨拶があると顔写真入りのポスターもやたらに目につく。他にも県議とのコラボのポスターがうるさいほどだ。
   2015年3月28日、「順天堂大学誘致の会」が発足、山万のウィシュトンホテルでの発会式では、順大の部長と小出氏は、誘致に消極的な現市長をののしるような口調の話が続いたらしい。これらは、上記「誘致の会」が4月になって開設したブログに掲載されているので、一度確かめられるといいと思う。ことの経過を示した記事は、いつ・だれが・何をしたかが不明瞭で、現市長の個人的中傷に終始する。
    私は、現市長のこれまでの市政への姿勢には疑問も多く、多岐にわたる問題で、グループや個人で市役所担当課に足を運んだり、情報公開や要望・意見書を提出したりしてきている。今回の誘致の問題の経過を見ても市長はじめ行政側にも不明確な点が見受けられる。しかし、大学に建設予定地を無償貸与するという山万、誘致推進派の市議たちやN市長候補者の発言が余りにも性急で、利権が露骨で、市民の生活を置き去りにした無責任な態度が許せないでいる。
    さらに、N市長候補の公式サイトには、経済効果抜群の順天堂大学誘致こそが、佐倉市躍動への道とばかりに、かなり“エモーショナルな”言葉が飛び交う。子育てにも力を入れるというが、どうも高齢者対策などはどこかへすっ飛んでしまったような勢いで、誘致を前面に出した施策で、中身が伝わってこない。それに、この候補は、色々な政党や、選挙地を渡り歩き、国会議員時代には、原発事故によるセシウムの影響は皆無だから避難住民は、ただちに帰還させよと政府に迫って物議をかもした人物でもある。  
    最近、ご近所の知り合いからは、「今の市長は、大学誘致に反対なんだってね。ユーカリに大学が来ればにぎやかになるのにね」という声を聞いた。  
    市長選挙戦は、もう始まっていて、公職選挙法すれすれの熾烈な前哨戦のさなかと言ってもいい。 顔写真と名前の大きいポスターは、近づいて探さないと分からないような小さな字でトークや講演会の日時・場所が申訳のように記されている、よくあるシロモノである。  
    以上の順天堂大学誘致推進派の話には、二つの重大な事柄が抜け落ちている。というよりは故意にはずしての発言が横行しているのだ。

補助金24億円は市民の税金! 

   一つは、すでに市議会での質疑では、順天堂大学側が新キャンパス建設費「約49億の半分、24億円を佐倉市が負担せよ」と示していることについて、推進派は、24億円という佐倉市の財政負担への言及や説明が一切ないことである。たださえ苦しい市の財政からの24億の負担は大きすぎる。積算の根拠が示されないまま、市民の税金から24億を出せ、とにかく補助を出せという無謀さは逃れようもない。推進派は、誘致に関する懇談会が示した「経済波及効果」を鵜呑みにして、人口増、雇用増、さらに建設時に佐倉市でなされる消費が65億、以降毎年21億に達すると言う「とらぬタヌキの皮算用」、いわば机上の試算ばかりを強調する。学生・職員あわせて千人が定住・通学したときの消費、大学の研究管理費用、イベント関連費用合わせて21億になるという試算なのだ。順天堂発祥の由縁と伝統、文化教育振興も合わせて力説するのだが、870人規模のキャンパスができたからと言って、上記の劇的な数字は、にわかに信じがたい。
  学生が増えても税収につながらず、大学の固定資産税には免除が続き、少子化の中での学生確保自体の困難さ、キャンパスの都心回帰による撤退などへのリスクをどう考えるかの視点が抜け落ちている。誘致に伴う「期待」だけが先行していると言ってよい。 「順天堂大学の佐倉回帰実現に向けての署名のお願い」という文書を見ても、上記の額や財政負担自体の要請については一切触れてはいない。順天堂大学が、自力で、ないしは業者と組んで、環境に与える影響を配慮の上、この地にキャンパスを新設したいというのならば、歓迎する市民も多いだろう。しかし、一学部のキャンパス新設が、佐倉市を劇的に変えることなどありえない状況のなかで、積算根拠も示されない24億の負担は、市民にとっては納得しがたいのも当然ではないか。

経過、その双方の違いは?  

  他の一つは、このブログでも何回か記事にしているが、佐倉市のこの地区の開発や再開発にいつも絡む業者の関与についてである。今回の大学誘致問題は、2005年、前市長と開発業者山万の嶋田社長が順天堂大学の佐倉進出を要請したことに始まったらしい。山万運営のモノレール、ユーカリが丘駅舎に、順天堂大学ヘルスプロモーションリサーチセンターユーカリが丘支局なるものが開設されたのもこの頃か。健康づくりの社会化を目指すというが、毎年開く国際シンポもなじめないものだった。しかし、このシンポにも、佐倉市からは毎年100万以上の助成金が出ていた。 大学と市との交渉はいつからとみるべきなのか。2012年10月23日には、「学校法人順天堂と佐倉市との連携協働に関する協定」が締結されるが、そこでは、教育・文化・スポーツ・健康・まちづくりなどの分野での相互協力、地域社会の発展と人材育成に寄与する趣旨が記されるのみで、キャンパスの進出・誘致は一切述べられていない。この辺の経過が不明ながら、同年の12月17日市議会において、「大学誘致に関する意見書」が発議され、採択されるのである。その内容は、人口及び生産年齢人口を減少させない施策として、市とのゆかりが深い順天堂大学誘致をせよ、というもので、何ら具体的な提案につながるものではなかった。この意見書に反対する議員たちの質問に、市長は「現時点で、大学側からは、進出の話は聞いていない」と答え、ある会派は、順天堂大学の本部に佐倉へのキャンパス進出の意向を確認に出かけたところ、「佐倉への進出は、選択肢にない」との回答であったという。
  ところが、2013年11月28日、順天堂大学(総務局長)より「山万からの建設用地3000坪の無償提供、佐倉市からの建設費49億の半額の財政援助を条件に新キャンパスを開設したい」という提案があったのである。その後、市は、財政支援、補助金を出すか否か、その額を検討するにしても、詳細な計画が必要と求めていたが、その期日までに大学側からの回答がなかった。一方、大学側は、その期日までに市の姿勢や支援への回答がないので、「市長には誘致の意思がない」と判断、その表明の新聞報道に至った。さらに、市は、その後、幾度か、大学側との交渉の継続を表明するも、大学側は、市側による報道発表には虚偽があると、決裂を表明して、対立候補の支援に至った。

得をするのは誰なんだろう?  

  市は、財政支援にあたっては、当然のことながら、詳細な事業計画を見て、市民への説明責任を果たさなければならない。順天堂大学が詳細な建設計画を佐倉市に提出できないのにはわけがあったのではないか。  
  というのも、山万が無償貸与するという大学建設予定地約3000坪を含むユーカリが丘駅北口の一画約3.64ヘクタールは、山万を業務代行とする区画整理事業の対象地区で、山万は、2010年8月20日に市の担当課と事前相談を開始している。その結果2012年10月3日「ユーカリが丘駅北区画整理組合準備会」を結成、基本計画協議に入っている。2013年4月10日、市街地整備課との何回かの協議の結果、「基本計画協議書」が提出されるも、さらに変更の協議が続いているのが現況のようだ。  
    今年2015年3月11日には、上記区画整理組合準備会から「都市計画提案事前相談書」が提出された。これは、新しい都市計画提案制度に基づく民間からの都市計画変更提案のスタートともいえよう。区画整理事業地区と駅周辺地区の第一種住居地域(建蔽率60%、容積率200%)・第一種低層住宅地域(50%・100%)・近隣商業地域(80%・200%)の4.23ヘクタール(138筆、地権者山万他12名、現在は、千葉銀行とみずほ銀行に挟まれた形の駐車場など)をすべて近隣商業地域とし、幹線道路沿いを80%・300%、その後背区域を80%・200%に変更、順天堂大学、商業施設、都市型居住機能を集積し、土地の高度利用を図り、効率を高めたいという構想である。

Img062
「都市計画変更事前相談書」の地域の位置図

Img061
上記事前相談書」の「土地利用計画図」緑の斜線部分が大学予定地という。
上記2枚の図表を含め、他の資料も、末尾の区画整理組合準備会の参考資料をクリックしてください。

  2013年7月6日の区画整理組合準備会による周辺住民説明会当時は、20階以上の高層ビルを2・3棟建設し、1・2階は商業施設、上層階はマンション、その内の1棟の一部に大学が入居するという内容であった。その後、現在は、ビルの高度もかなり制限された形で協議が進められているという(市関係者)。周辺住民にとっては、日照権、ビル風被害、交通渋滞などは生活に直接影響する重大問題である。
  誘致推進派は、まだ、その用途地域が決定していない段階で、キャンパス計画も確定せず、その建設費の詳細も決まらないまま、市に補助金を要請していることになる。 山万が「区画整理事業」とその地域を含む「都市計画変更」を主導で進めるにあたって、その地域内に3000坪(9920㎡)を無償貸与してでも、順天堂大学を誘致したい理由は何か。「大学を中心とした若年層の流入」や「にぎわい」を標榜して、周辺を含めた不動産の付加価値を目指しているのではないか。だが、駅から少し離れると、空き家は急増し、高齢者家族や独居の高齢者の割合が高く、地元商店が消え、買い物難民が増えている現実などを直視することこそ、市や開発業者の重要課題ではないのか。

  それにしても、例のマラソンの監督は、現市長後援会ニュースでも、にこやかに握手をしている写真を見かけたし、今回の対立候補のポスターにも登場している。節操のない者が利用されるのも利用するのも見苦しいではないか。

<ユーカリが丘駅北土地区画整理組合準備会資料(2015年3月11日)>
・都市計画提案事前相談書(2015年3月11日、都市計画課受理) http://www.city.sakura.lg.jp/cmsfiles/contents/0000012/12896/soudansyo.pdf

同上添付資料(位置図・都市計画図土地計画利用平面図等ほか) http://www.city.sakura.lg.jp/cmsfiles/contents/0000012/12896/tennpusyorui.pdf

<当ブログの関連の過去の記事>
・ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が ~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(20141010日)傍聴から振り返る」(1)(2)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/post-7e2b.html
 
20141010日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/320141010-ebd5.html
(
20141014日)

・ユーカリが丘、順天堂大学キャンパス誘致、見送り?201529日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/02/post-fea7.html

・佐倉市の大学誘致はどうなるのか~順天堂大学おかしな動き、その蔭に
201538日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/03/post-5d0f.html

・「順天堂大学誘致」はどうなったか、佐倉市議会の質疑からみえるもの
2015316日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/03/post-2f8b.html

 

 

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2015年4月 9日 (木)

歌人の「身すぎ世すぎ」と「居場所」と

 最近、と言っても、やや古くなったものもあるが、短歌雑誌に寄せた三つのエッセイを再録しておきたい。「いつでもどこでも」同じことを繰り返しているような気がしているが、ご意見いただければありがたい。末尾に掲載雑誌名と< >でシリーズ名を付した。

1)
「身すぎ世すぎのかなめ」と自立                                       近年、短歌雑誌などを読んでいて苛立つことが多くなった。ならば読まねばいい。 NHKの短歌番組など見なければいい。だが、その行き着くところは、短歌や歌人そのものではなく、インターネットも含む短歌メディアのなかで、沈むまいと必死に身を処する一部の著名歌人たちへの思いだった。老若を問わず、少しばかり衒学的に、どうでもよいことにきびしく、嘆いて見せたりするが、決して敵を作らない。そこには、自立的な批判精神をどこかに置き忘れたかのような、和やかな時間が流れる。「短歌は滅ぶぞ、ほろぶぞ」と言いながら、書いたり、話したりして、その露出度を満喫している長老もいる。
   それでも、私が、短歌から離れられないのは、作者の有名・無名を問わず、共感や感動にいざなわれ、「あなたならどうするの?」と質されるような短歌の作者と対話を試みたい気持ちになるからかもしれない。また、短歌を通じて、日本の近現代史をたどっていくと、思わぬ発見や予想通りの展開に驚くこともある。その検証を進めてゆくときのわくわく感や、ときには味わう徒労感にも、捨てがたいものがある。 しかし、周囲や師弟間への配慮を決して怠らず、自らの言動のブレが顕在化しないように入念な工夫を凝らし、正当化に破たんを来たせば開き直りもする歌人が多い。「是々非々」の柔軟性を標榜しながら、ただの「ぐにゃぐにゃ」というのは見苦しくもある。『開放区』に参加する望月祥世は、金井美恵子の短歌批判に対する歌人の反応に関連して、発信を続けている。たとえば、「本来なら、短歌の世界の内部から出て然るべき批判が、歌壇外に追放されたくなく、仲間を失いたくない歌人に代わって、ジャンル外の金井さんによって語られただけであって、感謝をもって迎えるべき批判だ」(「銀河最終便・風間祥のブログ」二〇一二年一二月九日)など一連の発言に対して、短歌メディアもネット上でも、無反応に近い。  
   ことしの八月、筆者は『天皇の短歌は何を語るのか』を上梓したが、歌人からの反応が極端に鈍い。

・いざといふ場合に本音吐かぬこと身すぎ世すぎのかなめとぞして 清水房雄(『蹌踉途上吟』)
(<視点>『現代短歌新聞』2013年10月)

2)
櫻本富雄『歌と戦争―みんなが軍歌を歌っていた』
(アテネ書房 二〇〇五年五月第二版)

   「歌」は歌でも「短歌」の本ではない。初版は二〇〇五年三月に発行されているが、その折、『図書新聞』に書評を執筆したことがあって、この第二版を著者からいただいた。それは、初版の誤植訂正はもちろんだが、表現の統一、補筆などなされた頁に付箋がびっしりと付されているものだった。その修正の速さと丁寧さに驚いてしまった。現物を手許に置いての厳密な考証を前提にした論考には説得力があり、戦時下における表現者の責任を一貫して問い続けてきた仕事の一つであった。『日本文学報国会―大東亜戦争下の文学者たち』(青木書店 一九九五年六月)などは、戦時下の文学を考えるための必見文献だろう。これらの著作は、資料に裏付けられているので、文献案内的な役割を果たすこともある。著者が長年にわたって収集されたコレクションの一部を手離し始め、いまは、ふたたび「古書の世界」に返されているさなかと伺った。
    櫻本さんとは、表題の一冊を機に、メールでのやりとりが始まり、いろいろ教えていただくことが多くなった。そして、手離された戦時下の紙芝居のコレクションが、めぐりめぐって、神奈川大学非文字資料研究センターで整理され、公開の運びとなった昨年一二月、シンポジウムが開かれた。その会場で、パネリストのお一人だった櫻本さんに初めてお会いすることができた。「その内、本を送りますよ」とおっしゃっていたが、しばらくして、ほんとうに、昭和一〇年代の歌集や歌書の数十冊が届いたのである。かつて一部複写をしていた本、古本での入手が困難だったり、高価だったりした本がほとんどで、その手触りに興奮してしまうほどだった。しかし、譲り受けた貴重な書物をどう活用するのかを考えると、責任の重さもひしひしと感じるのであった。    
    一時期、短歌・ジェンダー・メディア関係などの年表や辞・事典、資料集などが出版されると、なんとなく落ち着かず、手許に置きたくなって購入してしまうことがあった。図書館勤めのクセが抜けきらなかったのかもしれない。現在は、置き場所のこともあり、インターネットで目録・資料の検索が容易になり、出かけなくても複写が入手できるようになったので、やたらに買うことはしなくなった。でも、よく利用するレファレンスブックをはじめ読み終わった書物にも、付箋、マーカーや書き込み、ドッグ・イヤのやり放題なので、他人には見せられない。そんなことをしながら、調べものが一段落すると、先行研究を無視する人、ネタ本、孫引きやコピペが割れる人、参考文献・注などで人脈を保つ人、自説を微妙に変えていく人、資料を独占したい人、何とも腰が引けている人などが、おぼろげながら分かってくる。そして、私自身、知らなかったことを知り、勉強不足を実感するのもこのときで、わずかな自著にも、付箋や書き込みが増えてゆく。
(<秘蔵の一冊>『現代短歌』2014年12月)  

3)
歌人の「居場所」

    一九九二年から昨年まで「歌会始」選者を務めた岡井隆は、選者入りした当初、「歌会始」は「全国最大規模の短歌コンクール」に過ぎないと、その相対化を強調した。確かに、応募者数だけに着目すれば、二万首前後を推移する「歌会始」をしのぐコンクールもかなり出てきた。近年、選者や選考委員を務める歌人たちが世代交代するなかで、その実態に注目したい。  季刊短歌紙『梧葉』は、〈「作品募集」一覧〉として、募集要項を掲載している。網羅性はないが、その一覧性から、いろいろと読みとることができる。最新三号分により昨年七月から約一年間締め切り月日順に見ていくと、いずれも回を重ねた「募集」で、総数三八件に及んだ。  不明部分は主催者のHP等で補いながら、まず、主催者別にみると、歌会始の宮内庁、国民文化祭の文化庁、自治体の教育委員会など行政機関に係るものは一八件(観光協会二件含む)で約半数を占める。NHK・新聞社・出版社六件、歌人団体六件、靖国・上賀茂など神社四件、歌人の記念館など二件、その他二件という結果になった。「歌会始」は別として、いわゆる「町おこし」的な性格が色濃い催事だが、短歌の普及にどれほど貢献してきたと言えるのだろう。  選者・選考委員では、上記三八件の限り、永田和宏七件、三枝昂之・今野寿美・永田紅・安田純生の各四件、篠弘・伊藤一彦・坂井修一・東直子らの各三件が続き、二件の歌人が十数人に及び、その重複ぶりが顕著である。これに歌会始・NHK・新聞歌壇の選者を重ね合わせると、歌壇の「勢力地図」が垣間見える。地元歌人や顕彰歌人の研究者起用などには合点がいくとしても、新日本歌人協会「啄木コンクール」と靖国神社献詠歌選者の兼務、地方紙(版)歌壇選者の複数兼務、元「全共闘」歌人が聖教新聞歌壇選者であるといった事実を前に、私は立ち止まってしまう。歌人の顕示欲と主催者側の集客への思惑が相まってのことか、「選者」という場所がよほど居心地がいいとしたら、それも問題ではないか。 
(<今月の視点> 『短歌往来』2015年4月)          

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