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2015年12月29日 (火)

ことしのクリスマス・イブは(4)~歌会始選者の今野寿美が赤旗「歌壇」選者に

 きのうの「しんぶん赤旗」(20151228日)によると、また、一つのサプライズがあった。短歌という狭い世界の話になるが、来年から赤旗「歌壇」の選者の一人に今野寿美がなったというお知らせである。私としては「ああ、やっぱりここまで来たか」との思いなのである。これまで、私は、著書やこのブログ記事でも「歌会始」が、「歌会始」の選者たちが、表に裏に、日本の歌壇をいかに牽引してきたかを、幾度も述べてきた。それは、やはり、現代短歌が当然のように「天皇制」の呪縛から解かれていないことを意味していた。今野寿美は、今年2015年の歌会始の選者として、2014年に、岡井隆の辞めたあと、代わる形で就任していた。すでに2008年からの歌会始選者、三枝昂之の妻である。夫婦での選者は永田和宏・河野裕子に次いで、2例目であった。その今野寿美が赤旗「歌壇」の選者になるという。歌会始の選者が赤旗「歌壇」選者になるのは初めてのことだ。これは、「赤旗の勝手、今野寿美の勝手でしょ」で済む問題なのだろうか。

 先の共産党の国会開会式出席表明にしても今野寿美の赤旗「歌壇」就任にしても、「共産党もそこまでやるか、変わったもんだネ」と通り過ぎていいものだろうか。少し遡って、昨年7月の「安保法案」の閣議決定から国会審議、「強行採決」がなされた以降、ともかく「戦争法案」「戦争法」に異を唱え始めた文化人や研究者、芸能人たち、かつての自民党OBたちをも、しきりに“著名人”を動員して、持ち上げ、盛り上げようとした。過去の言動には目をつぶってでも、目前の取り込みに必死な姿勢が顕著なのだ。そんな風潮に「おかしい」と少しでも異を唱えると「無視」をするという形で、排除するのが、一貫したやり方だ。開かれた、多様な論議を前提とする「自覚的」民主主義政党のやることなのだろうかな、とも思う。さまざまな形で盛り上がってきた市民運動を取り込もうとしている姿勢も露骨になってきた。となると、むしろそこから離れていく人も少なくはないのではないか。

 さらにさかのぼると、短歌の世界では、1993年からの歌会始選者に岡井隆の就任が決まったときは、あの前衛歌人がといって歌壇に衝撃が走ったものである。「体制も反体制もない、天皇制は変わった。歌会始とて短歌コンクールの一つに過ぎない」と言って宮廷の人となった。なかには、岡井が属する短歌結社から離れた同人も現れた。2004年、共産党が「綱領」を改めて、上記のように非常にあいまいな形で「現在の天皇制を維持する」することになったらしい時期に、三枝は、『昭和短歌の精神史』(本阿弥書店 20057月)を出版し、他の幾つかの賞と同時に第56回芸術選奨文部科学大臣賞(評論その他部門)を受賞し、前述のように2008年から歌会始選者となり、20116月には、紫綬褒章を受章している。2014年には、岡井隆に代わり日本経済新聞歌壇選者、現在は、日本歌人クラブ会長にも就任している。彼は、1970年代、早稲田大学闘争に参加、大学紛争世代の歌人として、第1歌集『やさしき志士達の世界へ』(反措定出版局、1973年)をもつてスタートしている。その後の歩みについて、歌壇のリベラル派とも言われた故小高賢によって「年齢による自然な流れというより、意識的なハンドルの切り替えと言ってもいいだろう。背景には現代への認識と歌壇状況への判断があるにちがいない。〈歌会始〉の選者に就任することなども、三枝の時代認識なのだろう」(小高賢編著『現代の歌人140』 新書館)と、ソフトランディングな物言いがされている。また、2009~2010年、永田・河野夫妻が歌会始選者になったときの歌壇の反応については、拙著でも触れ、ブログ記事にしている。すでに闘病中だった河野裕子の選者起用についても、岡井や永田らに、その「就任」の私物化にも似た動向があったらしい。翌年の選者に就任後、1か月余りで他界しているのだ。今野にしても、「歌会始」選者の肩書を恣意的に使い分けているのをしばしば見受けられた。赤旗のきのうの紹介記事には記されていなかった。赤旗の今回の選択は、「象徴天皇制」を民主主義と平等原則に反すると「綱領」に記しながら、象徴天皇制の文化的なイベントと称される「歌会始」に加担することにならないのか。

 また、共産党と友好関係にある『新日本歌人』『短詩形文学』などでも、「歌会始」について、真剣に論じられていた時代もあった。1988年に『短歌と天皇制』、2001年『現代短歌と天皇制』(ともに風媒社)を出版したころには、一般の新聞・雑誌、短歌雑誌などでも多くの書評をいただいた。2013年『天皇の短歌は何を語るのか』(御茶の水書房)の出版時は、前二著の場合とその反響はまるで違っていた。歌壇の中核には歌会始の選者やその側近、芸術院会員はじめ国の各種褒章の受章者とその側近がひしめいているので、そこへ手を突っ込む短歌ジャーナリズムは皆無に等しく、短歌と天皇制、短歌と国家権力は、歌壇のタブーになろうとしている。

 しかし、そんな風潮を早くよりキャッチし、警鐘を鳴らし続けている歌人もいる。そして、この年末になって、佐藤通雅は、拙著3冊をあげて「果敢にタブーに踏み込んだこれだけの作業を、見て見ぬふりをいいのかと義憤の念にかられて、私はいくつかの文章を書いてきた。近代になってからの天皇制の変遷、また歌会始の歴史が、内野によってかなり明らかになったのだ。とはいっても、全面的に賛意を覚えているわけではない」との紹介をされた。私がいう「天皇・皇后の被災地訪問は、政府や企業あるいは自治体の被災地・被災者対策の不備を補完する役割」とするに加えて、佐藤は、「補完の域を脱した、内部からの抵抗を感じることが何度もある」「為政者への無言の異議申し立て」である、といった異論などをもさしはさみながら、「いずれにしても、選者になったとたん黙して語らないのも、周りが見て見ぬふりをするのも不健全にはかわりはない。タブーはもう脱ぎ捨てて、さまざまな角度から意見を出し合い、問題を共有していくことを私は望んでいる」と結論付けた(「歌の遠近術12短歌と天皇制への視点」『短歌往来』201512月)。この論評を、阿木津英は「(内野の)業績を正当に認めることを<自主規制>する歌壇に義憤の念にかられてあえてとりあげた」と紹介している(「局部集中現象と自主規制」『現代短歌』20161月)。また、若い岩内敏行は、「二〇一五年は時代の危機が叫ばれた年だったが、象徴天皇制となった後の、短歌と天皇制の関係もまっすぐに議論する場面に来ているだろう」と佐藤の論評を紹介した(「評論月評」『短歌往来』20161月)。こうした発言が続くなかでの、共産党の国会開会式出席への転換、歌会始選者の赤旗歌壇選者就任は、決して無関係ではなかった。これがきっかけとなって、文芸と天皇制への問いかけが始まる2016年になることを期待したい。

 なお、雑誌『女性展望』(市川房枝記念会女性と政治センター出版部 20151112月号)には、「戦後70年 ふたつの言説は何を語るのか」を寄稿するチャンスを与えられた。ここでは、今年814日の「安倍談話」と815日全国戦没者追悼式での天皇の「おことば」について論じたので、いずれブログに紹介できればと思う。

 

 

 

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2015年12月28日 (月)

ことしのクリスマス・イブは(3)~なんといっても、サプライズは、国会開会式出席表明の共産党だった!(その2)

中央委員会に問い合わせると

1225日、赤旗の記者会見の記事について、中央委員会に電話をかけてみた。どういうわけか、担当に代わりますと言って、赤旗編集局政治部の人が出てきた。赤旗記事と綱領の部分を見ながらのやり取りとなった。やはり上記「綱領」と今回の対応の表明との齟齬についての素朴な質問なのですが、と切り出した。

 

Q 「お言葉」の内容が儀礼的・形式的となり、憲法の条項と精神からの逸脱が見られないので、出席することにし、一方で、天皇のための「玉座」から「お言葉を賜る」形式は、憲法の主権在民の原則と精神に反していることは明らかで、「表明」でも指摘していながら、なぜ出席することに転換したのかの理由がわからない。

A 出席をして、抜本的な改革を求めることが必要だということだ。

Q 新憲法下での議会が始まって70年近く経ているのだが、この間、共産党は、憲法の精神・原則にのっとって、たとえば、「玉座」について、具体的な抜本的な改革を、国民に対して、あるいは議会内で提案したことがあったか。

A 私の記憶では、ありません。

Q 「私の記憶」ではなくて、党として提案した事実はあったのか。

A なかったと思う。

Q 「綱領」では、「現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と言っていながら、「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」としている。「その存廃」をいつ来るかもしれない「情勢が熟したとき」の国民の総意にゆだねるという意味だと思うが、「情勢が熟したとき」とはどういう状況をいうのか。

A 国民の間で現制度の廃止という気運が高まってきたときだ。

Q 「綱領」の文脈から言えば、将来に向けて、「象徴天皇制」を改正ないし廃止すべきという具体的な提案がなされ、それへの努力という方向性が示されるべきだと思うが。

 A 情勢が熟したときは、廃止の主張をするはずだ。

 Q では、今の情勢を変えるような、情勢が熟すような提案や政策を掲げ、国民に対して、あるいは議会内で働きかけをしたことがあるか。

 A 現在は、現憲法の基本である平和憲法を守ることを最優先して、活動することが大切だ。

 

これはあくまで要約で、電話での答えは、記事にある「表明」文言、質疑の「回答」文言、「綱領」の文言を繰り返し、記事以上の説明はできないというのだ。当方も、「綱領」を読みあげてみるが、「表明」との齟齬についての疑問は疑問のままだった。そんなこともあって、私の方は、もう一つの大事な質問を忘れてしまっていることに気が付いた。「記者との一問一答」記事の冒頭で、開会式の改革を実現する上でも出席することが積極的対応になるのか、を問われて、志位委員長はつぎのように答えている。

 

 「欠席という態度を続けた場合には、わが党が天皇制反対という立場で欠席しているとの、いらぬ誤解を招き、憲法の原則と条項を厳格に順守するために、改革を提起しているという真意が伝わりにくいという問題があります。その点で、出席した場合には、そうした誤解を招くことなく、憲法順守のための改革を提起しているという真意がストレートに伝わることになると考えました」

 

 この「真意」が、ますます分からなくなってしまう。先の「綱領」では、現在の「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度」すなわち「象徴天皇制」は、「民主主義および人間の平等の原則と両立するものではない」と言っているのにもかかわらず、「天皇制反対という誤解を招く」ということは、「天皇制には反対していない」ということを言いたかったのか。となると、先の「綱領」の文言との齟齬はどうなるのか。誰かこの疑問を解いてほしい、と思って、ひとまずネット検索してみると、次のブログに行き当たった。しかし、2004年の「綱領」を国語的に読む限り、現憲法下の「天皇の制度」を肯定はしているとは読めない。かりに、「綱領」の[憲法と民主主義の分野で](四.民主主義革命と民主連合政府⇒(一二)現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容)のトップで、「現行憲法の前文をふくむ全条項(ぜんじようこう)をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす」とうたっていることと「天皇制反対」が矛盾していることとも思われない。<「天皇制反対」はしない>というならば、先の「綱領」で<象徴天皇制が民主主義と平等原則と両立しない>としていること、との矛盾の方が重大なのではないかと思う。

長春だより(大田英昭のブログ)http://datyz.blog.so-net.ne.jp/2015-12-25
日本共産党と天皇制――国会開会式への出席をめぐって 
[日本・近代史]
こうした天皇制に対する共産党の公式見解に大きな変更が加えられたのは2003年、第7回中央委員会総会における党綱領改定案についての不破哲三議長による提案報告および党創立81周年記念講演会での同氏の講演においてであった。ここで不破氏は、主権在民の原則が明確な現行憲法下の日本は君主制国家ではないと断言し、戦前の「絶対主義的天皇制」からの断絶をいっそう強調した。こうした認識のもと、当面は「天皇制と共存」すべきことを同氏は明らかにしたのである。なお同氏は上記講演で、「このことを見て、『共産党はいままでがんばってきた旗をおろして現実に妥協しすぎるんじゃないか』、こう心配する声も聞かれ」るが、それは「誤解」だと弁明している。
 このような方針転換によって、共産党の2004年綱領では、天皇制を「ブルジョア君主制の一種」とするかつての文言が削除され、「民主主義革命」を経て樹立される「民主連合政府」においても「現行憲法の前文をふくむ全条項」がまもられる、すなわち天皇制が維持されるという方針を明確にした。 

  そこで、ふたたび、中央委員会に電話をして、中央委員会であることを確かめて、質問をした。
 

Q「天皇制反対という誤解を招く」ということは、「天皇制には反対していない」ということを言いたかったのか。

 A そうですよ、共産党は天皇制に反対していない。

 Q でも、「綱領」では、明らかに「象徴天皇制」は民主主義や平等原則と両立しない、と言ってますよね。その象徴天皇制には反対はしないのですか。

 A 共産党は、現行憲法で、できることとできないことを明確に分けて考えている。象徴天皇制が、憲法に違反しているとは言っていない。あなたはごっちゃにしているので、よく私の話を聞いて!わが党は、憲法を守るのがすべての前提だ。憲法を守らないでいいのか。「一問一答」でも、「日本の将来の発展方向として・・・」

 

 と、「綱領」後半を読み上げるばかりである。きょうの電話の相手は、若い声だけあって、ばかに高姿勢なのが気になる。「中央委員会の政治部なんですね」と確認すると、「中央委員会に<政治部>なんてない、あなたは勘違いしている」「それではなんという部局?」と聞けば「国民の声」係だそうだ。

 

Q 「綱領」で「象徴天皇制」がおかしい、と明言しながら、いつ来るかわからない「情勢が熟したとき」に憲法を改正するかどうかを国民に問うということか。

A 今の状況では、そんな情勢になるときは、まず当分は来ない。多くの国民が天皇制の廃止などを言っていないに、 天皇制の廃止を言い出したら、国民の総意を軽んじることになると、2004年のフワはいっている。

Q フワ?(不破らしい)。共産党が目指すところがあるのならば、それに沿って、議会や国民に働きかけて、機運をつくるのが政党ではないか。これまで、どういう活動を、国民に対してや議会内でしてきたか。

A 今回の表明だって、こんな問題があるのだと、国民に注意喚起ができたことはよかったじゃないか。国民の大多数は、「玉座からのお言葉」についてだって、関心がないどころか「あれでイイじゃん」というレベルでしょ。

Q レベルって、なんか見下した感じですね。

A 「レベル」で悪ければ、「段階」と言い直しますよ。国民はいまの段階で、天皇制を廃止しようなんて考える人はどの世論調査でも少数だ。

Q 世論の多数に従うというだけでは、政党ではないですよね。同じ様な考えを持つ人を増やしていくのがその働きでしょ。

A いまは、憲法に違反する戦争法を廃止することが最大の問題で、天皇制の問題は、現在の課題ではない。あなたは理解したくないだけだ。

 

 ということで、「なかなか理解は、難しいですよ」と電話を切った。ほんとに、外から見ていると、やはり謎が多い政党だな、と思う。そもそも政治集団なんてそんなものだと言われてみればそれまでだが、これまで、反権力と闘ってきた人々を支援する党でもあったわけだから、オープンで、明確な文言で、発信してもらいたいと思うのだ。ところが、最近とみに、おかしいぞと思っている矢先に、今回の「表明」であったのだ。

 そして、サプライズは、さらに続いたのだ。(続く)

 

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2015年12月27日 (日)

ことしのクリスマス・イブは(2) ~なんといっても、サプライズは、国会開会式出席表明の共産党だった!

  志位さん、ご乱心か?とも思ったのだが、大島衆議院議長に、来年の通常国会から天皇が出席する開会式に出ることになったので「よろしく?」と穀田議員・山下議員と共に挨拶し、そのあと、記者会見を開いたというのである。当日のネットで見る限り、皮肉にも、一番詳しい報道をしているのが産経ニュースだった。

共産・志位委員長会見詳報(1)(2) http://www.sankei.com/politics/news/151224/plt1512240038-n1.html

   記者会見の動画を見ると、12月25日の「赤旗」記事に掲載されない質疑もあったのだ。それは、後述するとして、志位委員長の表明が5分、質疑が18分の最後の方で、今回の決定の党内論議に触れている部分も紙面では省かれていたが、そこでは12月21日の常任幹部会の全員一致で決まったものだと回答している。

残念ながら、決して想定外なことではなかった  
   2006年に開設した私の、このブログでも明らかなように、私は、歌詠みの一人として、近現代の「天皇制と短歌」について、ほそぼそながら、その歴史をたどり、検証を続けてきた。おのずから、新憲法下における「象徴天皇制」にかかわり、天皇の短歌作品を中心に考察し、「歌会始」という皇室行事に現代歌人たちの多くが絡め取られている現実を指摘し、幾冊かの書物を出版してきた。今回の「表明」は、どうしても見過ごすことの出来ない「事件」に思えた。「事件」ではあったが、決して想定外なことではなかった。これまでも、幾つもの、幾つもの布石があったのである。

    記者からの「なぜ、このタイミングで」という質問もあり、志位委員長は「政局への対応とかかわって、今回決定したわけではない」と強調する。決定の理由の核心は、冒頭の表明でも、質疑の回答においても、「開会式での天皇の発言に変化が見られ、この30数年来は儀礼的・形式的なものものとなっている。天皇の発言内容に憲法からの逸脱は見られなくなり、儀礼的・形式的な発言が慣例となって、定着した」という主旨で語られている。 「表明」部分で志位委員長は、これまで1947年から、国会開会式に欠席してきた理由について、一つは、開会式の形式が「主権在君」の旧憲法下の形式が踏襲されていたこと、二つは、天皇の開会式の「お言葉」に日・米の内外政策を賛美・肯定するなどの政治的発言が含まれ、憲法が定める天皇の「国政に関する機能を有しない」という制限規定に違反していたこと、と述べている。後者については、上述のように、30数年来、儀礼的・形式的な発言が慣例となって憲法上問題はなくなった。しかし前者に言う形式については、戦前を踏襲していることに変わりがないので、主権在民の原則と精神にふさわしいものになるよう、抜本的な改革を求めるためにも開会式に出席することがより積極的な対応になると判断した、というのだ。 「お言葉」の内容の変化を言うのなら、この30数年を待たずとも、判断できたのに、なぜ今なのかが不明であり、形式については、旧憲法下と変わっていないながら、出席することによって積極的に対応するというならば、1947年以降、出席しないまま、何をしてきたのかの疑問を拭えない。
  この理由の曖昧さが、つぎのようなメディアの報道となった。しかし、メディアは、以後、それ以上のことは追跡しないし、検証しないのが習いでもある。多くのメディア自身が、現行のような天皇の「おことば」を頂いての国会開会式の在り方にどう考えるのかについてはすべてスルーして、その姿勢を明らかにすることを避けているのが現状であろう。  以下は、メディアの報道を時系列で、見出しと、その共産党への論評部分を抜粋したものである。

 ・産経ニュース(12月24日11時14分)共産党、国会開会式に出席へ 天皇陛下御臨席に反対方針を転換「アレルギー」払拭へ:共産党は安全保障関連法の廃止を求める野党連立政権「国民連合政府」構想を提案しており、従来の対応を変えることで他党に根強い「共産党アレルギー」を払拭する狙いがあるとみられる。
・NHKwebニュース(12月24日12時20分) 共産が方針転換 通常国会の開会式に出席へ: こうした背景には、国会対応で柔軟な姿勢を見せることで、来年夏の参議院選挙に向けて野党勢力を結集するための環境を整えたいというねらいもあるものとみられます。
・朝日新聞デジタル(12月24日12時49分)共産党が通常国会開会式へ 党として初、野党と同調:これまで天皇陛下の出席を理由に欠席してきたが、方針を転換した。開会式に出ている他の野党と足並みをそろえることで、来夏の参院選での共闘へ環境を整える狙いがある。
・共同通信(12月24日12時59分)共産、国会開会式出席へ 参院選睨み現実路線:共産党は今年秋、党綱領に掲げる「日米安全保障条約廃棄」の凍結を打ち出しており、来年夏の参院選をにらんだ現実路線の一環とみられる。
・時事通信(12月24日16時49分)共産、国会開会式へ=「現実路線」さらに一歩:共産党は、安倍政権に対抗するため野党各党に提唱した「国民連合政府」構想に絡み「日米安全保障条約廃棄」の一時凍結などを表明した。それに続く今回の方針変更には、現実路線への転換を一段とアピールする狙いがありそうだ。
・東京新聞(12月24日夕刊)国会開会式に共産出席へ 「天皇臨席は憲法逸脱」から転換:同党は来年夏の参院選をにらみ、党綱領に掲げる日米安保条約廃棄の凍結を今年十月に打ち出しており、今回の方針転換も現実路線の一環とみられる
・毎日新聞(12月25日)共産国会開会式出席へ:「現実路線」を相次いで打ち出すことで、無党派層の支持拡大を目指す狙いがある。

 

  正直いって、私も、共産党の今回の対応は、選挙を控えて、まさにポピュリズムに走ったのではないかと思った。「戦争法」廃止の一点で野党連合を組んでの安倍政権打倒を言いながら、いまに至って「天皇の制度」のこれまでの方針の一部を転換する必要があったのだろうか。その転換への矛盾にも思える理由と相まって、私の理解を超えた。
 しかし、今回の決定は、唐突のようでありながら、これまでにはいろいろな伏線があったように、私には思われた。会見中の質疑で、共産党の「君主制」に関する考えを確認されて、志位委員長は「2004年に決定した新しい綱領では、天皇の制度について『君主制』という規定をしておりません。」と明言し、天皇の制度に対する党の方針として、以下の「綱領」の文言の「…憲法の条項と精神からの逸脱を是正する」までの前半を「課題」とし、将来の「発展方向」として、後半の文言「党は、一人の個人が・・・」を復唱していた。

  2004年綱領[憲法と民主主義の分野で] 11 天皇条項については、「国政に関する権能(けんのう)を有しない」などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱(いつだつ)を是正する。 党は、一人の個人が世襲(せしゆう)で「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫(しゆびいつかん)した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃(そんぱい)は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。

  上記の新綱領で、「その存廃(そんぱい)は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」とした点に着目してみる。前段で「現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫(しゆびいつかん)した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」としながら「国民の総意によって解決 する」と、どこかハシゴをはずされたような文言に違和感を覚えていた。現制度の廃止への方向性を明言できなかったのだろうか。私はここに大いなる後退を見てしまったのである。「将来、情勢が熟したときに」とあるが、「綱領」の立場での、具体的な活動や努力がどれほどなされたか、私には思い当たらない。たとえば、「おことば」が述べられる議長席より高い「玉座」の改革一つにしても、これまでの70年近く、具体的な提案を国民に働きかけたり、議会内で発言をしたりしたことがあったのだろうか。長い間、開会式に欠席はしていたのはなぜだったのか、建前や惰性に過ぎなかったのではないか。いまさら、出席して抜本的な改革を求める、と言われても、信じがたい。(続く)

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2015年12月25日 (金)

ことしのクリスマス・イブは~DHCスラップ訴訟控訴審(東京高裁)第1回口頭弁論傍聴と報告集会へ

日比谷公園のクリスマス市
知人ご夫妻からのお招きで、日比谷・松本楼でのランチを楽しんだあと、私たちは、東京高裁へと向かう。日比谷公園の噴水広場は、金色のツリーを前に、たくさんのテントがひしめいていた。日本ではあまり見かけないトンガリ帽子のような屋根のテントも多い。にぎわい始めた昼下りのクリスマスマーケット、聞くところによれば、すでに12月11日から始まっていたらしい。実行委員会形式で、ドイツ観光局とJR東日本も協賛していて、東京では、はじめてのイベントとも言う。ヨーロッパの街歩きで、朝市や金曜市も楽しいが、もう10年以上も前の11月下旬のウィーンで出会ったクリスマス市の独特の雰囲気は、忘れがたい。シェーンブルン宮殿前のクリスマス市は、すでに暮れていて、強烈なグリューワインに打ちのめされたこともあった。市庁舎前のクリスマス市は、家族連れでにぎわっていて、一回りすると暮らしの必需品が何でも揃ってしまいそうな店が並ぶ。ああ、もう一度出かけてみたい、そんなことを考えながら、東京高裁の822法廷へ。 

DHCスラップ訴訟控訴審第1回口頭弁論  
  すでに、9月のブログでも報告しているが、化粧品やサプリのDHC社長が「澤口統一郎の憲法日記」の記事が社長の名誉を棄損したとして、執筆の澤藤弁護士に6000万円の損害賠償を請求したという案件ある。9月2日の東京地裁判決は、もちろんそんな請求は棄却し、全面敗訴だった。にもかかわらず、社長側が控訴したので、この日の東京高裁での第1回口頭弁論となったわけである。

・DHCスラップ訴訟、澤藤弁護士勝利、東京地裁判決傍聴と報告集会に参加しました http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/09/dhc-30de.html(2015年9月4日)

  スラップ訴訟とは、言いがかりをつけて、相手の口封じや恫喝・弾圧のために、法外な損害賠償や刑罰を求めて提訴される訴訟をいう。DHC社長は、同様の提訴を10件も行っているとのこと、まさに言いがかり訴訟の際たるものではないか。  
  そもそも、上記「憲法日記」は、DHC社長が渡辺喜美への8億円の政治献金を明らかにしたことに端を発し、「政治とカネ」をテーマに糾弾したものである。東京地裁の判決は、「(本件ブログ記事は)いずれも意見ないし論評の表明であり、公共の利害に関する事実に係り、その目的がもっぱら公益を図ることにあって、その前提に事実の重要な部分について真実であることの証明がなされており、前提事実と意見ないし論評との間に論理的関連性も認められ、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない」から違法性を欠くものとして不法行為の成立を否定した。社長側は、控訴理由書は提出しているが、きょうの法廷には、若い弁護士が二人ぽつんと座っているだけで、澤藤弁護士側には、全国の大勢の支援の弁護士がいるが、きょうの被告席側には10人以上の弁護士が並んでいた。もちろん傍聴席にもたくさんの弁護士がいらしたようだ。澤藤弁護士は「今日は、弁護士ではなくて、被告としてこの席に立ちます」と弁論が始まる。「自席でどうぞ」と裁判長の言葉で弁論が始まって、約15分。詳しくは、以下のブログの12月24日までの一連の記事を参照してほしい。

・「澤藤統一郎の憲法日記」http://article9.jp/wordpress/

   口頭弁論の最後に、澤藤弁護士は、本件のようなスラップ訴訟が乱発されると、社会的な強者が自分に対する批判を嫌って濫訴が横行し、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされ、言論自体が委縮し、政治批判の言論は成立しなくなる、と言う趣旨のことを述べた。また、「表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法21条1項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される」とした、北方ジャーナル事件の最高裁判決(1986年6月11日)を引用して締めくくられた。 社長がからの控訴理由書の口頭弁論はなく、裁判長は、来年1月28日の判決を伝え、閉廷した。

報告集会のあとで
  弁護士会館の会議室での報告集会は、イブということもあって、澤藤弁護士ご一家の心づくしのケーキと飲みものが供され、和やかな雰囲気のなかで進んだ。 幾つかの発言の中で、印象に残ったのは、中川弁護士による「健康食品の規制緩和と機能性表示食品の危険性」についてだった。これまでも、新聞や生活クラブ生協の機関誌などで、「機能性表示食品」が今年の4月から解禁となったこととその信頼ならぬことは認識し、もちろんその類の商品とは縁がないものと思っている。それにしても、新聞やテレビでの広告が半端でなく激増し、なかでも新聞折り込み、新聞全紙裏表の折り込みも、よく目にするようになり、驚いている。安倍内閣が、推進してきた、この分野での規制緩和ながら、内閣府食品安全委員会委員長といわゆる「健康食品」を検討するワーキンググループ座長の名で2015年12月8日には、「国民の皆様へ」として19のメッセージと21に及ぶQ&Aを発表した(注)。中川弁護士は、以下のようなメッセージを国民への警鐘ととらえ、片やアベノミクスの一環としての規制緩和、その結果としての機能性表示食品を含む「健康商品」の種々の危険性を消費者に訴えている矛盾を指摘した。食品安全委員会は、これだけのリスクを抱えた「健康食品」の拡大を止めることができなかったか、国民へのメッセージは、国民への責任転嫁とも捉えられても仕方ないようにも思えたのである。
  健康食品広告では「気をつけよう、体験談、学会発表、争点はずし!」という発言も澤藤弁護士からあった。体験談はでっち上げも可能、自前のわけのわからない学会だったり、動物実験結果だったりすることもある。「毎日にハリ、潤い!」「みなぎる活力を実感!」「栄養バランス抜群!」といわれても・・・、ということらしい。
  神原弁護士は、国会前の集会やデモ隊の最前線で、過剰警備から人々を守る若手で、政府に都合のいい人たちの人権は守られるけど、弱者側の人権は守られないことを嘆く。あの人権侵害も甚だしいヘイトスピーチへの対応を見てもわかり、ようやく法務省の「勧告」が出た程度なのである。

歳晩の覚悟
  日に日に、政治的な表現の自由、公共的な事項の表現の自由が狭まってきた現在、集会中、TBSニュース23のキャスター岸井成格糾弾の意見広告についての発言が出たとき、報道ステーションのキャスター古館伊知郎の降板もというニュースが会場の一人からもたらされた。古館については、噂でしょうとその場で聞き流された形だったが、なんと、帰宅後分かったのだが、やはり、午前中には、テレビ朝日から来年の3月をもって降板と発表され、本にの記者会見まで開かれていた。そして、これを書いている25日には、岸井の来年3月をもってニュース23からの降板も正式に発表された。なんというクリスマスであったのだろう。寒さがいささか緩んだクリスマスではあったが、「表現の自由」は、「報道の自由」は、確実に侵害され、後退した2015年、歳晩にして、凍りつくような風が体の中を吹き抜ける思いだった。 現在の安倍政権、そして取り巻くサイドのやりたい放題に、立ち向かえない私たち国民の力に絶望することは簡単だが、ともかく自らの抗う力を声にしたい、形にしたいと覚悟するのだった。

~~~~~~~健康食品を愛用の方、ぜひご参照ください ~~~~~~~~

       食するなら、自己責任ですよ、死ぬこともありますので・・・

(注)内閣府省区品安全委員会HP<健康食品」に関する情報> https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html 平成27年12月8日作成

委員長、座長から国民の皆様へ[PDF:142KB]
  「若さと健康を願うあなたに」、「△△の健康のための○○」といったキャッチフレーズを、毎日たくさん見聞きします。そして、医薬品のようにカプセルや錠剤の形をしたサプリメント、「健康によい」成分を添加した飲料や食品など、さまざまな「健康食品」*が売られています。今や国民のおよそ半分の方々が、こうした「健康食品」を利用されているという調査もあり、「健康食品」市場が拡大しています。これは、健康で長生きしたいという古来変わらない人々の願望の表れでしょう。 (中略) 残念ながら、現代でも「これさえ摂れば、元気で長生きできる」という薬や食品はありません。それどころか逆に、「健康食品」で健康を害することもあります。しかも、そのような情報は皆様の目に触れにくいのが現状です。消費者は、「健康食品」のリスクについての情報を十分に得られないまま、効果への期待だけを大きくしやすい状態に置かれているといえます。 食品安全委員会ではこういった状況を憂い、幅広い専門家からなるワーキンググループを作り、「健康食品」の安全性について検討しました。まず「健康食品」から健康被害が起こる要因を挙げ、次にその要因ごとに、健康被害事例などを含めた文献などからの科学的事実を調べ、皆様に知っていただきたい要点として取りまとめました。そうして作成した報告書からさらに抜粋して、皆様に向けて19項目のメッセージをまとめました。これらには「健康食品」で健康被害が出ることをなくしたいという本委員会の願いを込めました。
いわゆる「健康食品」に関す検討ワーキンググループ座長  脇 昌子
食品安全委員会長                          佐藤 洋  
健康食品」とは、「健康への効果やダイエット効果をうたって販売されている食品」を言います。これには、特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品も含まれます。また、ここでは「サプリメント」とは、 カプセル・錠剤・粉末・顆粒形態の「健康食品」を言います。

関連情報
・「健康食品」に関するメッセージ[PDF:1,312KB]
・「健康食品」に関する報告書[PDF:817KB]
・「健康食品」に関する情報(Q&A)[PDF:292KB]                                                                                                             

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2015年12月10日 (木)

「自治会と寄付金」問題がなかなか改善されないのはなぜか~自治会が共同募金や社協会費を集める根拠がないのに?

 

「赤い羽根募金」が終わったら、「歳末助け合い募金」 が始まる・・・

  私の住む佐倉市でも、自治会や町内会(以下自治会)では、年中と言っていいほど、寄付金集めをしている。毎年、年度初めに、市役所が自治会長を集めて、その寄付のお願いをしている状況は変わらない。その際に配られる自治会が集めるとしている会費・募金など「寄付金」一覧である。その要点は以下の通りである。

ご協力いただく会費・募金等一覧表

                                           
 

種類・納入期間

 
 

内容

 
 

使途

 
 

問い合わせ先

 

日本赤十字社資  

5月~6  

社費:500円以上  

寄付金:500円未満

 

災害救護・健康安全知識の普及・その他の赤十字活動  

佐倉市社会福祉課

 

愛の一円募金  

6月中旬~7

 

法務省主唱「社会を明るくする運動」活動資金  

街頭広報・講演・音楽会・作文コンテスト 

佐倉市社会福祉課

社会福祉協議会会費  

4月~6

 

社会福祉法109条に基づく「地域福祉団体」 

世帯一般会費:1500  

個人賛助:11000  

法人:110000円など 

地域福祉推進  

地区社協活動ほか  

法人運営事務費など

 

社会福祉協議会

 

共同募金・赤い羽根

10月~12

社会福祉法112条に基づく国民助け合い運動、目標額と市使途を事前設定

 

6割:佐倉市内 

4割:県内の施設、団体、災害見舞金など  

共同募金会佐倉支会(社会福祉協議会内)

 

共同募金・歳末助け合い  

12  

要支援世帯、高齢者、児童、障害者へ支援金

  先の自治会長たちへの説明会で手渡される「自治会・町内会・区役員の手引き」(佐倉市のホームページで閲覧できます*)によれば、日赤の募金は、どういうわけか、佐倉市と自治会との委託契約に基づく業務となっている。自治体からの文書回覧、民生委員の推薦、会員の要望の取りまとめなどと並んで、「その他市長が必要と認めた事項」に入っている。一方、そのすぐ下に「社協が行う募金は、委託業務には含まれていません」との注意書きがある。それは当然のことながら、日赤が、日本赤十字社法により厚生労働省管轄の認可による「一般社団法人」ではあるが、日赤の募金が、なぜ佐倉市が自治会に委託する業務になるのかがわからない。日本赤十字社のHPにはつぎのようなQ&Aがあったが、地域の 日赤のボランテイアの方の存在など知る由もなく、自治体を介しての自治会の集金が当たり前のごとく横行している、その由縁を説明したことにはならないだろう。

http://www.city.sakura.lg.jp/cmsfiles/contents/0000004/4954/27jichikai.tebiki.pdf 

よくあるご質問 (← 寄付する ← 日本赤十字社)

社費の募集に、なぜ町内会の人などが来るのですか?

赤十字の活動は、地域福祉やボランティア活動など地域に根ざした活動を行っており、また、災害が発生すると、自治体や地域住民の方々と協力して救護活動を展開するなど、赤十字の活動は地域と密接なかかわりを有しています。

こうした活動を支えていただくため、地域の皆さまには、社費へのご協力をお願いしているのですが、その際、赤十字ボランティアが直接お宅を訪問しお願いに伺うほか、それが困難な場合には、自治会・町内会の方々にご協力をお願いする場合があります。

また、上記の表であたかも募金の根拠規定のように記されている社会福祉法109条は、社協が会費や寄付金の募集をすることができる規定にはなっていない。社会福祉法112条は、共同募金会が募金をすることができるとはなっているが、社協との関係が不明確な上に、なぜ、自治体が、自治会の共同募金への協力を推進ないし便宜を図っているのかも不明である。社協も共同募金会も一つの「社会福祉法人」に過ぎない位置づけなのに。


寄付は「個人(自治会員)の自由意思」をなぜ徹底させないのか

自治会を通して、寄付を集めること自体に法的根拠はなく、むしろ寄付の自由を阻害することがわかっていても、現在、全国のかなりの自治会で問題になっているのはなぜなのだろう。この件に関しては、昨年、私は、「私の視点・自治会と寄付金」と題して『朝日新聞』(2014317日)に寄稿している。それ以前にも当ブログでは、寄付の集め方自体とその背景となっている募金の主催団体たる社会福祉協議会、日本赤十字社などの成り立ち、募金の使われ方、さらに自治体との関係など、10本近い記事で言及している。その記事へのアクセスが、年度初めと赤い羽根募金が始まる10月から年末にかけて、かなりの数にのぼり、初めて自治会長や役員になられた方々や募金の自治会費上乗せや強制について常々疑問を持っている方々からのコメントが多くなるのも恒例である。

 そんな折、『朝日新聞』が9月から「どうする?自治会・町内会」と題して特集が連載された(97日、26日、104日、11日、18日、25日)。反響が大きく、読者アンケートや各地域の関係者への取材をもとに構成され、かなりの問題点が浮き彫りにされたのではないかと思う。たんなる「ご近所の底力」的な、行政へのお助け、多くは思い付きの域を出ない、持続性が危ぶまれる自己満足的な活動の礼賛に終わらなかったのがよかった。なかでも、私が注目していたのは、やはり、第3回(104日)の中心テーマであった「自治会の会計」であり、「募金の自動徴収」であった。前者では、自治会予算は、前年度踏襲になりがちで、会員の意思が反映しにくい点、後者にあっては、強制募金や自治会費上乗せ、自動徴収などが横行している点を指摘していた。2008年、滋賀県甲賀市希望が丘自治会の住民が各種募金の自治会費上乗せを違法とする最高裁決定(大阪高裁判決2007824日判決)を勝ち取ったにもかかわらず、募金のチラシなどに、小さな字で「寄付は個人の自由な意思によります」などと書き添えたりする程度で、自治体も、自治会を通じての強制募金や会費上乗せ、自動徴収などを見て見ぬふりをし、協力しているのが実態ではないか。 

 なぜ、改まらないのかといえば、その要因は、募金の主催団体が自治会を集金組織としか考えていない傲慢さと怠慢にあるからだと思う。自治体は、それらの集金団体が福祉や医療など人道的な活動の一端を担っていることから、自治体行政がそれらに依存したり、補完させたりしている関係があるからでもある。しかし、そこには善意のボランティア精神をないがしろにするように、各団体の運営費、とくに人件費や広報費の割合が高いことはよく指摘される点である。寄付をしても、直接、福祉や医療の現場に届くまでには時間がかかり、目減りが著しいという現実がある。さらに全国組織になると、国の役人の天下り先になったりする現象もある。

ともかく、自分の自治会で、募金の集め方がおかしいぞと思ったり気付いたりした人が、何人か相寄って、異議を申し立てることが、スタートではないかと思う。あわせて、自治体の自治会担当、社協や日赤などから「寄付の任意性」を明言させることが大事なのではないか。 

佐倉市では、私たちの自治会では・・・

佐倉市では、前述の自治会長などに配る「手引き」の「自治会との委託契約業務とする日赤の募金の注記に、昨年から次の記述、矢印部分が加わった。しかし、私が昨年参加した説明会では、この件についての口頭での説明は、市からも、募金団体からも一切なかったのも現実である。さらに、前年度の各自治会の寄付金額一覧を配る悪弊が続いていることも確かである。

〇募金などは、個人の自由意思に基づくものです。募金等を自治会費に上乗せして徴収するとした総会議決は無効であるとの判例(*H19.824 大阪高等裁判所)もございますので、自治会等におかれましても、募金等の取り扱いについてご配慮いただきますようおねがいいたします。

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 また、私たちの自治会では、毎年、各募金ごとに、つぎのような募金袋を各班の回覧ルートにのせて回ってくる。ポスティングではなく、必ず手渡しで回し、班長さんに戻る仕組みになって10年余を経た。ともかく、寄付の任意性が維持されてはいる。最近、回ってきた集金袋の表書きである。百均のファスナーのついた透明な袋に入れられているから、かなりの重さ?にも耐えられるだろう。 

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 しかし、自治会が、毎年、地域の自治体連合会に「消防団協力金」(50円×世帯数)、周辺の自治会・商業施設などを中心とする実行委員会形式でのまつりの参加費(700×世帯数)、防犯パトロールなどのNPO法人への協力費が一括で納入されているのも実態である。「消防団」関連への寄付は、消防団員が準公務員であることからや強制募金の性格が強いことから、法廷でも問題になっている。祭りに関しては、現実の参加者数、会場との距離、開発業者主導、参加費の高さなどから、一括納入は問題が多い。さらに「お世話になっているから」と特定のNPO法人のみへの協力金は、拡大への懸念が課題になるだろう。

ああ、問題が多すぎる!まずは、気づいた人からの、自治会、募金団体、自治体へ切り込む力が必要である。

 

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2015年12月 6日 (日)

歴博で開催中の「大久保利通とその時代」に行ってきました  

 11月の最後の週末、松本三之介先生を囲む会に、I さんから声を掛けていただいた。二つの大学合同の松本ゼミOBの会と言ってもいいのだろうか、10人ほどが池袋に集まった。多くは、近代政治思想史専攻の研究者たちで、世代的に現役組よりも退職組が多くなってきた。京都や福岡からの参加者も。まず先生の老いを感じさせない研究姿勢や日常生活に接し、一同、大いに励まされる思いがしたのだった。メールでのやりとりもある現役の京都のKさん、大学同期のWさんとも久し振りであった。

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入館者はやはり圧倒的に高齢者が多かった

子孫による顕彰、研究者の努力   
  そのWさんから、佐倉に住んでいる私にと、国立歴史民俗博物館の企画展「大久保利通とその時代」展の招待券を頂いたのだ。今回の企画展に携わった歴博の教授からのご招待だったという。   
    北風が冷たい日ではあったが、会期末も近いので、思い切って歴博に出かけた。私の明治維新史は、高校の日本史で止まっている。大学では、よその学科ながら、歴史の講義は好んで聴いて、楽しく新鮮だった思い出はあるが、明治維新史となると、かつての日本映画やNHKの大河ドラマ的な物語がなじまず、苦手と言ってもよい。ただ、大久保利通となると、紀尾井町の大久保利通哀悼碑のある清水谷公園は暗殺の地であり、60年安保の集会の会場にもなっていた場所でもある。かつての職場の同じ課ながら別室の「憲政資料室」には、大久保利通の子孫という大久保利謙さんが在籍されていて、よく姿をお見かけしたこともあった。そんなわずかな、細い糸を辿りながら、展示を見ていくに従い、幕末から明治の激動の時代、桜田門外の変、生麦事件に始まる著名な歴史的事件にかかわり、歴史的人物たちが多くは大久保に宛てた、膨大な量の書簡、そして克明な大久保の日記に圧倒され始めた。わかりやすいキャプションや手紙や日記の要所の「読み下し文」も示されていて、思わず引き込まれるのだった。  
  今回の展示は、大久保利通の子孫たちによる資料の収集とその顕彰への格別な努力と研究者たちの検証の成果と言えるのだろう。

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大久保家失火で、焼け焦げの跡が生々しい朱子学入門書『近思録』

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教科書でもおなじみの写真、岩倉使節団の5人、右が大久保、中央の髷は岩倉具視

琉球処分とは何だったのか
  
いま、私が気になっているいわゆる「琉球処分」関係の文書や書簡はあるのだろうか。大久保の果たした役割は、どれほどだったのかに関心もあった。160点ほどの展示の中で、気が付いたのは「琉球藩使節の上京嘆願について記した大久保利通日記(1875〈明治8〉年10月25日)であった。1875年7月、政府からの清・韓との交流を断てとの要請に、琉球王府は、三司官池城親方(安規)をして、従来通り「日清両属」を認めるよう14回もの直訴を繰り返していたが入れられず、1877年3月、陳情のさなかに池城は「悶死」したとのことである。そういえば、「琉球処分」を事典などで調べると、政府からの琉球藩に派遣される内務官僚の松田正之が王府の抵抗や清国からの干渉に遇い、結局は武力によって首里城を明け渡させ、廃藩置県を強行したのは1879年3月であった。その前年、1878年5月14日に、大久保利通は、征韓論に敗れた不満の士族たちによって暗殺されていたことになる。松田正之も琉球処分官としての琉球・東京との往来に奔走し、1882年、43歳の若さで没している。 「琉球処分」については、日本の近代化に伴う民族統一を大義名分として、琉球王府や住民の意思を踏みにじって、領土として併合したとみるのが、私にはもっとも理解しやすい。
  明治政府によるその施策は、1945年敗戦時は米軍の本土上陸阻止のために犠牲となり、1952年日米平和条約発効に伴い米軍管理が固定化、基地は「東アジアの要石」として拡充、1972年本土復帰時にあっても膨大な米軍基地がそのまま残り、固定化したとみることができ、その状況は、現在に至っても大きく変わることがないのではないか。日本政府の軍事上、外交上の都合による犠牲の出発点が「琉球処分」ではなかったか。そんなことまでも考えさせられた展示だった。
   また、大久保の業績として「外交手腕の発揮」「国家建設の指導力」などの章立ての命名による展示には、若干の違和感を持ちながら、こうした展示では仕方ないのかな、とも思いつつ。「盟友西郷隆盛との訣別」「家庭にて」「その死と追悼」では、冷徹な実務家のイメージを払拭するかのように、家庭的な側面などが強調されていた。「正妻との子どもたちも、他の女性との子どもたちも、一緒に分け隔てなく育てた」との主旨の解説もあった。「なんだかなぁ」の思いも。

 

   大久保の漢詩や和歌などの展示もあったが、その一部を以下紹介しておこう。

大久保利通の歌二首
・雲にのぼり海にひそむも時ありて龍の動きのやすくもあるかな(年月不明)
(1.薩摩で育まれた者もの より)
・君が代の千代を寿ぐ鶯の初音のとけきあさぼらけ(年月不明)
(5.国家建設の指導力 より)
勝海舟(物部安房)の大久保利通追悼歌二首
・たはさみし剣のたわみとりしはりあらそひしさへなつかしきかな
(十五年忌に、1893年)
・夢なれやつるきたわみとりしはりあらそひしさへなつかしき哉
(二十年忌に、1898年)

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見学の帰路、今年の紅葉は遅いのか

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歴博入口、すでに陽は傾き、中央に光る水面は佐倉城址の濠

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2015年12月 5日 (土)

マイナンバー通知、到着、どうしますか、「ニューデンシャ」って、何?!

 マイナンバー制度の基本的な欠陥
  友人たちの中には、簡易書留のマイナンバー通知の受け取りを拒否したという人も多い。我が家では、確認の意味もあって受理はしたのだが、もちろんカード交付申請をするつもりはない。いずれにしても、もう、住民票にはマイナンバーが付記されてしまっているのだから、いずれの場合も実質的な効果にさして変わりがない。しかし、受領拒否が「未達」としてカウントされ、増大すれば、これから先、制度運営に何らかの影響を与えるだろう。
  そもそも、私は、住民の意思に関係なく、個人番号を付与し、社会保障・税・災害などに使用すること自体、プライバシーの侵害により憲法に違反していると考えている。 しかし、マイナンバー通知を受領して、開封してみて、あらためて明確になったことがある。マイナンバーは、決して「個人番号」ではなく、「世帯番号」であるということである。カードの個人番号部分を隠して、その利用の拡大を狙っているようだが、そんなことはあまり意味がない。個人番号や個人情報が守れる保証は、もはやない。私は、そこが疑問であった。「世帯」の概念も曖昧だ。
  マイナンバーの無料問い合わせ番号は、いまだに通じないことが分かったので、「内閣官房社会保障改革担当室・内閣府大臣官房番号制度担当」(03-6441-3457直通)に問い合わせてみた。「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」という長たらしい法律は、とりあえず「マイナンバー法」と呼ぶ。その法律自体より、内閣官房HPの逐条解説の方が日本語としてまだ通じやすい。それを見ながら、以下の問い合わせをした。12月3日のことである。

ナンバーの削除は、市役所に申し出ることができる!
  私の問い合わせに対して、内閣官房の担当者がたしかに答えたのである。

:第5条で、地方公共団体は、可能な限りマイナンバーの利用推進をする、独自的、主体的な取り組みを求めているが、マイナンバーの利用を市民に義務付けてはいないので、私は利用してほしくないということで、住民票からの個人番号を削除してほしい。
担当(Uさん):自治体などが利用するまでには、個別の法律や条例や改正が必要なので、自治体に住民票からの削除を申し出ることできる。

   そういうことだったのである。いろいろなやりとりはあったが、結論的には、意外とあっさりとした回答だった。逆に、判断を自治体に振ったという無責任さも垣間見られる。各地でマイナンバー法の違憲性に伴う損害賠償請求の民事裁判が提訴されている。それはそれとして大事だが、とりあえず、今すぐ、市民たちができることは、住民票に付与されている個人番号の削除を申し出ることではないか。カードを受け取った人も受け取ってない人も、自治体に個人番号を使用させないための手立てとして、他にどんなアイデアがあるか、知恵を絞ることが大事だろう。 

「世帯」って、「家族」って、何? 
 内閣官房の担当に、もう一点確かめたことがある。

:マイナンバーの通知は、「世帯」ごとに届けられている。簡易書留を開いてみて驚いた  のは、家族分の個人番号が明示されているカードがむき出しのまま入っていて、家族間では、個人番号は、お見通しというかオープンの中で、一生変わらないという個人番号の情報は守られるのか。
担当(Uさん):いえ、家族には、信頼関係がありますから。
: 家族の間、一世帯住人の間の信頼関係の有無など、法律が介入することではないと思うが。現に家族間のトラブルや不祥事、殺人までが多発しているではないか。「世帯」となると、もっと拡大されるのではないか。
担当:住民票の「世帯」は、あくまで「生計を一にする」同居人から構成されている。住民票は、世帯主の申請により作成されるものだから、問題がない。

  たしかに、家族一人一人に、それぞれに乱数まがいの12ケタの個人番号ではあるが、赤ちゃんのとき付せられた個人番号が一生ついて回ることになるのに、世帯内だからと言って、こんなにも無防備でいいものだろうか。使用目的によって、個人情報は分散管理され、個人番号だけで個人情報全てが漏れないシステムといい、委託、再委託先からの情報漏れは、適正な管理、第三者機関の保護委員会のチェックもあるというが、これまでの個人情報管理すら機能していないのにと、不安は募るばかりである。

「ニューデンシャ」って、何?
  内閣官房の担当と話し合っていて、何度も発せられる「ニューデンシャ」なることば、新しい電車?がどうしたの?と、さえぎって尋ねてみた。皆さん分かりますか?私は初めて聞くことばだったが、聞いてびっくり、役所言葉にもほどがあり、笑い話にもならない。そのときの一問一答・・・。

:「ニューデンシャ」って、何なのですか。
担当(Uさん):「入電者」と書いて、電話をいただいているお客様のことを言います。
:? 私は、内閣府のお客様ではありません。一度聞いてもわからないような、日常使われていない「入電者」なんて、通じませんよ。
担当:「お客様」と呼んで、何度も叱られたことがあります。
:「あなた」でいいではないですか。
担当:役所に「あなた」と呼ばれたくないという人もいて、「俺・お前」「あなた」の関係ではないとおっしゃる方もいまして・・・。 

   「入電者」なんて、いったい、だれが考えたのだろう。「あなた」でも、「そちら様」でも何でもいいではない か。 ほかに、もっと考えることがあるでしょうに。

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2015年12月 4日 (金)

研究者は、今~この危機に直面して、これでいいのか

 「会員」でもないのに、いいかしらと思いつつ、知人に勧められるままに、「日本科学者会議」東京支部ニュースに寄稿した。「戦争法制と私」という特集の増刊号であるという。貴重な機会を与えてくださった知人や編集部に感謝し、ここに再録したいと思う。

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 20147月、安保法案が閣議決定されたあたりから、研究者や大学人、弁護士会はじめ種々の専門家集団による法案に対する反対声明や抗議活動が活発になった。廃案運動では市民の先頭に立っての活動も顕著となり、マスメディアへの露出度も高くなっている。研究者が、研究室に閉じこもることなく、積極的に社会に向けて発信し、社会的活動をすることには大いに期待したいところである。 私自身は、11年間の公務員生活をはさんで、三つの私立大学の職員として20余年間、働いてきたが、研究者ではない。ただ、近頃、大学教員でもある夫とよく話題にもすることで、考えさせられることがある。私が大学の職員時代に、同僚とは、大学の先生の「昼と夜を知ってしまったね」と冗談を言い合ったこともある。「昼と夜」は「建前と本音」と言い換えてもいい。その落差もさることながら、時間軸で見たときの「ブレ」の在りようにも、疑問を感じることが多くなったのである。研究者たちの安保法案廃案運動やさまざまな発言の足を引っ張るつもりは毛頭ないが、最近の動向に着目したい。実名を出した方が、分かりやすいのではと思いつつ、ここでは控え、なるべく実例に沿って進めたい。

 動員される研究者たち
 
「UP」(東京大学出版会の広報誌)10月号には、「安倍談話とその歴史認識」(川島真、東アジア政治外交史)という文章があった。「安倍談話」には一言も二言もあるので、飛びついて読んでみた。執筆者は、北岡伸一らとともに「二十一世紀構想懇談会」の一員だったはずである。だから、内容的にはある程度予想はできたのだが、かなり客観的な筆致で「安倍談話」の意義と一定の評価を与えるというのが基調であった。そこでは、「村山談話」など歴代内閣の談話を「全体的に引き継い」でいるのであって、個別的には、日露戦争に高い評価を与え、満州事変以降の国際的潮流に反し国家の進むべき道を誤ったという見解は、先の懇談会の提言書に即しているといい、謝罪を子子孫孫まで引き継がせたくないとしながらも、「世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合う」とする部分があるのに、メディアは注目していない、とも指摘する。さらに国際社会の反応として、反省や謝罪が引用であり、謝罪を継承させないと印象付けたことに言及する一方、日本の「侵略」は満州事変以降とした認識については、一定程度の成果をおさめたとする。国内のメディアは、総じて肯定的な評価がやや高かったように思え、内閣支持率も一定程度回復し、政府にとっては意味があったのではとした。最後に「戦後日本政治で最も保守的とも言われる安倍政権で、最もリベラルな政権の一つとされる村山談話を引用し、継承したことは、日本政府の歴史へのスタンスの幅をほぼ決定づけることになった」と結論づけた。こうした結論に至るのは、もちろん自由であるが、執筆者は、文中においても、肩書においても、二十一世紀構想懇談会のメンバーであったことはどこにも記していない。編集者のことわりもない。懇談会のメンバーであったことは、むしろ積極的に公開した上で、私見を述べるべきだったのではないか。どこかフェアでないものを感じるのだった。
   
上記懇談会は、首相の私的諮問機関であったが、行政が日常的にあるいは臨時に設ける、いくつかの審議会や諮問機関、あるいは企業が不祥事を起こしたときなどに立ち上げられる第三者機関には、有識者や専門家として、必ず研究者が起用される。そんなとき、「第三者」というよりは、大方は、設置者の意向に沿うような委員がまず選ばれ、そうではない委員も公平性を担保するかのように混入させるのが常である。設置者の事務方が作成した原案がまかり通る場合も多い。審議会行政と呼ばれる由縁である。今回の懇談会と談話作成過程の検証は今後の課題となろう。

時流に乗りやすい研究者たち
   
すでに引退した政治家が、とくに、自民党のOBの何人かが、いまの自民党の安保法制に真っ向から反対の意見を言い出すと、それをもてはやすメディアや野党にも、なぜか不信感が募るのだ。現役時代の数々を、過去を、そう簡単に水に流せるものなのか。「あの人さえ、いまは!」と時流やご都合主義になだれうっていくのを目のあたりにするのは、やり切れない思いもする。もともと、どこまで信用していいかわからなかった面々たちだからと、つい気を緩めてしまうこともある。 しかし、研究者の場合、専門性や論理性が求められているだけに、数年前に言明していたことと真逆のことを言い出したり、攻撃の対象としていた考え方に乗り換えられたりしたら、戸惑ってしまうではないか。周囲の状況が激変したからとか、自分が成長した証だと言われてみてもにわかに信じがたい。また、微妙な言い回しで、自らの立ち位置を目立たぬようにずらしてしまうという例もある。階段教室に、みんなで並べば怖くないみたいなノリで記者会見に臨んだりしているのは、いささか研究者らしからぬと思うのは、私だけだろうか。目立つところには喜々として立つが、事務方や裏方を好まず、職場や地域での地道な活動には身が入らないという例も意外と多いのがわかってきた。国際政治学専攻の知人が隣家の猫が自宅の庭に侵入して、悪さをするので困っている、と話しているのを聞いたことがある。全然話し合いにならないものだから境界に薬剤を撒いているとのことだった。国境紛争や国際政治を大局的に捉えている専門家なのにと、思ったことだった。
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日本科学者会議東京支部個人会員ニュースNo.105(増刊号)1110日発行) 

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ある晩秋の朝、窓を開けると・・・

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2015年12月 3日 (木)

沖縄辺野古基地建設にかかわり、同時進行している訴訟の行方(2) ~明確になった国側の「瑕疵」と振りかざす「ご都合主義」  

  これは、私だけのことだったのかもしれないが、けさ、きのうの沖縄辺野古新基地建設にかかる代執行訴訟の第1回口頭弁論の各紙報道を読んでみて、ようやく理解できたところもある。昨日の当ブログ記事の続きにもなる。  私の手元には、朝日・毎日・東京新聞などがあるが、たくさんの頁を割いて解説されているなかで、以下の東京新聞の図表がわかりやすかった。あわせて、昨日の当ブログ記事で、私の作成した年表と図表も参考にしてほしい。  

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  安倍政権の大きな流れの中で、しばしば登場する「法治主義」、「地方創生」は、裏を返せば法律で治めるのではなく「与党独裁」であり、「地方切り捨て」の施策に過ぎない。辺野古の新基地建設の問題にも当てはまる。「日本は法治主義の国ですから・・・」「地方の活力に期待して・・・」とのセリフには実態がない。「国際情勢や国際環境の変化」によって、憲法9条の解釈や判例の解釈を変更したり、地方の民意は、予算のばらまきで首長や住民に目くらましで捻じ曲げようとしたりする。そうした中でも、沖縄県民が示しつづけている「辺野古新基地建設」反対と抵抗の意思を、2013年12月の仲井真前沖縄知事の建設工事「承認」をタテに頑として受け入れない国の「法治主義」「地方創生」は、字面のパフォーマンスに過ぎないではないか。私たちも、アメリカ軍の日本の基地、沖縄の基地、自衛隊の役割が日本の防衛ためという建前は崩れ、アメリカ自らの軍事拠点に利用する目的にシフトしてきているにもかかわらず、日米の同盟関係を強化するなどとの安保法制で、日本国民の命はますます危うくなってきていることを自覚しなければならない。沖縄県を、沖縄県民を米軍基地から解放することは、私たちの命を守ることにもなるのだから、本気で、いまの政府にNOを突きつける手立てを考えなければならない。

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2015年12月 2日 (水)

沖縄辺野古基地建設にかかわり、同時進行している訴訟の行方

 あす122日は、沖縄での裁判で、第1回の口頭弁論が始まるという。沖縄新基地建設をめぐって、基地をつくらせないと闘っている人たちを支援したいと気持ちが焦り、沖縄の最近の動向を整理しようとして、例のごとく年表を作成していて、どうも分かりにくい点がいろいろ出てきた。とくに「法廷闘争」が入り組んでいて難しい。少したどっていって理解できたのが、以下のようなことだった。もちろん足りない部分や勘違いもあると思うが、とりあえずのレポートとしたい。ご教示いただけたらと思う。沖縄で進む三つの訴訟の進捗状況と何が争われているのかを整理しておきたい。

 今年の1013日、翁長知事が辺野古埋め立て工事の承認を取り消したことに始まる。その「承認」というのは、20131227日、安倍首相との会談を終え、仲井真沖縄県知事が、従来の主張を覆して、3000億円の振興予算とオスプレイ分散配備などを条件に辺野古埋め立て工事を承認したことを指す。知事の「これで、いい正月が迎えられる」とのセリフが、いまでも思い出されるのである。一年後の昨年末、圧倒的な勝利を収めた翁長知事が就任して以来、「基地をつくらせない」闘いが始まっていたわけである。

 訴訟では以下の三つの方法で、争われることになる。

①国が「民間事業者」としての立場から、防衛局が、公有水面埋立法を所管する国交相に不服審査請求をした場合で、すでに石井国交相は、1028日、翁長知事の取り消しを違法として取り消し処分の執行停止という裁決を下し、翌日から本体工事着手を始めている。県は、1124日に国を提訴している。図表では、赤字で示した流れである。

②国が「行政体」としての立場で、石井国交相が翁長知事に取り消しの是正の指示・勧告を行ったが、それを拒んだ県に対して、取り消し処分の撤回を行う代執行を求めて、福岡高裁那覇支部に提訴したのが1117日である。122日第1回口頭弁論が開かれる。図表では黒字で示した流れになる。

112日、翁長県知事は、国土交通省の工事承認取り消しの効力一時停止の処分を不服として国地方紛争処理委員会に対して審査を求め、1125日に意見書を提出している。

①は、行政不服審査法1条は、行政庁の違法、不当な処分行為について「国民救済」の手立てとして不服申し立ての道を開くことを目的としているにもかかわらず、「国民ではない、国が申し立てる」ことは想定してない、との考え方から、県は「違法」として国を提訴している。

②は、地方自治法で定められた手続きではあり、裁判所による公正な判断が待たれるが、なんと10月末日の人事異動で訴訟指揮を執る福岡高裁那覇支部の支部長が交代し、政府より人事との報道もある。

③は、まだ始まったばかりのようで、今後の動向を注視しなければとも思う。

もう日付が変わって、122日となってしまったが、第1回の口頭弁論の行方を見守りたい。

以下の図表は、PDFでご覧ください。

・近年の沖縄辺野古新基地建設の動向、二つの裁判を中心に(2015121日現在、内野光子作成)

・辺野古新基地建設にかかる訴訟手続き(2015121日現在、内野光子作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/okinawanenpyou.pdf

(参考)

辺野古承認取り消し:前例なき法律闘争、国の対抗策3つのケース沖縄タイムス914日)

https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=132782 

 

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