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2016年7月18日 (月)

ふたたびの沖縄、慰霊の日の摩文仁へ(5)伊江島2

団結小屋

村営のバス路線があるらしい。北上すると西崎区公民館を経て団結小屋のバス停を入ったところで下車。そこには、いかにも頑丈そうな小屋があった。もちろん今は無人で、外壁には、大きな文字で、伊江島の土地を守る会、そしてその運動の中心だった阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう/19012002年)からのメッセージが書かれていた。1955年、この真謝の集落は、西崎と並んで、米軍の銃剣とブルドーザー、焼き払いなどによって農地の強制収用、住民排除が展開された地域でもある。その様子は阿波根の証言による『米軍と農民―沖縄伊江島』(岩波新書 1973年)に詳しい。収用後は爆撃演習が日常となった地である。古いながらも『教えられなかった戦争・沖縄戦―阿波根昌鴻・伊江島のたたかい』という記録映画が、1998年のキネマ旬報ベストテンで文化映画の部門で1 位を受賞しているそうだが見てみたい。また、報道によれば、佐々木愛が代表の文化座で、阿波根昌鴻と瀬長亀次郎の若き日の生き方を描く「命どぅ宝」という劇の5来年の上演を目指しているそうだ(「<非暴力精神>劇に」『琉球新聞』2016713日)。若い人にぜひ見てもらいたいと思った。 

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米軍演習地ゲート

どのゲートにあたるのかがわからないのだが、この米軍海兵隊の基地には常駐の部隊はいない。ヘリコプター、ハリアーパットも擁し、オスプレイの離着陸訓練、パラシュートの降下訓練が日常的になされているそうだ。フェンス外の滑走路を含む伊江島補助飛行場は、周辺は黙認耕作地なので、「地主は結構な地代をもらっているはずだよ。1千万以上の農家もざらにいるさ」と、運転手さんは話していた。ところが、翌日、普天間基地周辺をガイドされた運転手Kさんは、こちらが尋ねたわけでもないのに、伊江島の話に及んだとき、「伊江島の黙認耕作地の地主さんは、地代をもらうといっても6割以上は年間100万円以下ですからね」と語っていたのだ。家に戻って調べたところによると、伊江島補助飛行場用地の国・県・市町村所有地は801ヘクタールの4分の1ほどで、613ヘクタールは、民有地で、地主が1872人、という。防衛省が支払っている年間賃借料は15500万円(20133月現在、沖縄県基地対策課)というから単純計算すると、地主一人平均80.4万円、ということになり、Kさんの数字に納得するのだった。1000万以上という地元の運転手さんの言い方にはかなり問題あり、と見たのだった。

しかし、一方、当たり前なのかもしれないが、基地内の私有地が、「フェンス内(黙認耕作地ではありません)なので、絶対に返却されることはありません。賃借料は値上がりしています」などの売り文句で、普通に売買されていることも知った(ちなみにある不動産店の今年6月の実績で、1674㎡が885万円とある)。投資としても有利との説明があるほどだ。

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湧出(わじー)展望台、リリーフィールド

ときどき見える牧場で飼われているのは、ブランドの「伊江牛」だそうだ。島には人口の倍くらいの1万頭くらいはいるだろう、とのことだった。

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つぎに下車したのは島の北海岸を見下ろす「湧出」展望台だった。私たちの予定にはなかったところだったが、島の名所だというだけあって、素晴らしい展望だった。続いてと、案内されたのはリリーフィールド、ゴールデンウィークまでは、ユリの見ごろで、様々なイベントが開催され、大変な人出だそうだ。今はうちひしがれているユリがその姿をさらしていた。

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岩場の中央の色の違ったたまり水が湧き水だそうだ

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中央に見えるのが舞台

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地域、集落ごとの民謡の立派な歌碑をあちこちで見ることができる。「仲村柄節」の碑は、リリフィールドのそばに、湧出のそばには、「こてい節」の碑があった。

 

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