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2016年10月 5日 (水)

夏の課題図書 戦争と短歌 『沖縄文学全集第三巻・短歌』

 やや旧聞に属しますが、8月29日の当ブログ記事でも紹介しましたように、8月発売だった『現代短歌』9月号の特集<夏の課題図書 戦争と短歌>に寄稿しました。

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夏の課題図書 戦争と短歌 

『沖縄文学全集第三巻・短歌』(国書刊行会 一九九六年六月) 

 「沖縄文学全集」全二〇巻のうちの一冊で、380人ほどの近・現代の沖縄歌人によるアンソロジーである。版元にも在庫はあり、古書店でも見つけることができるし、所蔵する公共図書館も少なくはない。作者たちは、沖縄出身の沖縄在住者が圧倒的に多い。昭和期以降に限っても、沖縄出身の井伊文子・春山行夫・桃原邑子、ゆかりの深い折口信夫・中野菊夫・丸木政臣・遠役らく子・武田弘之らの作品も見える。ただ、初出、出典歌集などの記載がないのが、残念ではあるが、平山良明による年表・歌集解題・歌壇概観があるのがありがたい。

 五十音順に並んでいるので、どの頁から読み始めてもよい。『スバル』を舞台に活躍した山城正忠(18841949)「朱の瓦屋根の絲遊春の日にものみなよしわが住める那覇」や摩文仁朝信(18921912)「いたましき首里の廃都をかなしみぬ古石垣とから芋の花」などの作品にも出会うことができる。 作者自身が沖縄戦を体験し、あるいは身近な家族が犠牲となっている世代の人々は、つぎのようにも詠む。平成の天皇は、皇太子時代に五回、即位後五回、夫妻での沖縄訪問は一〇回に及ぶ。昭和天皇の「負の遺産」を払拭すべく、沖縄への思い入れは強いが、謝罪のない鎮魂のメッセージは届くはずもない。

・天皇のお言葉のみで沖縄の戦後終はらぬと勇気持て言ふ

(大城勲1939年~)

・戦争の責めただされず裕仁の長き昭和もついに終わりぬ

(神里義弘1926年~)

・天皇は安保廃棄基地撤去を宣言してから沖縄へ来られよ

(国吉真哲1900年~)

・警備陣万余到りておどろおどろ島に黑影あまたに揺らぐ

(新里スエ1934年~)

・洞穴に児を殺したる軍その銃の菊の紋章我は忘れじ(仲松庸全1927~)

 

つぎは、沖縄歌壇をけん引してきた人たちの作品である。1950年代「九年母簿論争」を経て、昨今、「類型的」とか「スローガン的」など沖縄県内外の評者からの指摘を受けてもいるが、「語り部」として次代につなげる、力強い作品を発信してほしい。

・流線の機首美しき三式戦のわが子の良太を切り裂きにけり

(桃原邑子19121999

・わが戦車の待避壕いまものこるという西岳村に行きたかりけり

(松田守夫1928~)

・はらからの手に帰るなく摩文仁野のいづべに汝は朽ち果て行くか

(屋部公子1929~)

・爆音が臓腑を刺して突き抜けるかかる不安を日常とする

(平山良明1934~)

・病み臥る母が皺深き顔見ればなべて沖縄戦の記憶につながる

(平山良明1934~)

・国体旗並ぶ街道囚はれの如く島人に警備の続く

(玉城洋子1944年~) 

沖縄歌壇の歴史で、忘れてはならないのは、ハンセン病療養所の歌人たちの作品である。沖縄県には、名護市屋我地島の愛楽園、宮古島の南静園がある。医学的に根拠のなかった「隔離・断種政策」が強行され、新薬プロミンが開発され、一九九六年「らい予防法」が廃止された後も、いわれのない隔離と差別が続き、二〇〇一年熊本地裁の隔離違憲判決により当時の小泉首相が国として謝罪した。この間の過酷な差別が続く療養所には、多くの短歌サークルが生まれ、作品が様々な形で出版されるようになった。このアンソロジーにも、多くが収録されているが、そのほんの一部を紹介しておこう。

・潮鳴りの遮光灯蒼き病棟の夜は新海の魚となり棲む

(新井節子1921~)

・ひと生(よ)病む遠離の果てをおもうとき夕雲よ炎のごとく奔れよ

(新井節子1921~)

・親のつけし名をかえ戸籍もこの島の療園に移してひそやかに住む

(松並一路19222014

・住民に焼かれし病友の住家あとに千日草が小さく咲きおり

(松並一路19222014

 このアンソロジー出版後の最近の沖縄歌人の作品は、「特集・歌の力沖縄の声」(『短歌往来』二〇一三年八月)、「特集・戦後七十年、沖縄の歌―六月の譜」(『歌壇』二〇一五年六月)に多く収録され、最近では、『現代短歌』五月号から「沖縄の歌人たち」の連載が始まった。あわせて、まずは沖縄歌人の作品に触れてほしい。 (「現代短歌」20169月号所収)

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