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2017年12月 5日 (火)

「赤い羽根」への善意のゆくえ

赤い羽根 胸にともせる人に会う 小さな愛のあふれる季節

 

 ことしも、わが町の自治会でも、赤い羽根募金袋が回ってきたと思ったら、今月は、歳末助け合い募金も回ってきた。もうだいぶ古い話になるのだが、冒頭の「赤い羽根 胸にともせる人に会う 小さな愛のあふれる季節」は俵万智の短歌である。彼女が、一九九八年から三年間、中央共同募金会のポスターモデルになっていたときの一九九九年のポスターに掲載された短歌である。 

その前年、赤い羽根募金のポスターに「「寒いね」と話しかければ「寒いね」と 答える人のいるあたたかさ」という短歌が掲載されたのを見て、人気歌人の人気作品が、こうして利用されるんだ、の思いをあらたにしたのだが、翌年の、冒頭作品を見たときには、少し驚きもし、団体の要請により作歌に応じたんだと、少し怖いものを見た気がした。

 

そのころ、私たちの自治会でも、班長さんが、自治会費のほかに、社会福祉協議会の会費500円、日本赤十字会の社資500円、赤い羽根募金の500円ほかいくつかの寄付を集める仕事について、疑問の声があがっていた。とくに毎年転居してくる新住民から、「寄付は自由なはずなのに」「前の自治会では、こんなことはなかった」などの意見もあったし、私自身の班長の経験からも、留守の家も多く、集金は負担であったし、定額の領収書を持っての集金には抵抗があった。我が家では、ある時から、「寄付は自由だと思うし、別のかたちでボランテイアをしているので」と、班長さんにはことわっていた。

 

そして、その後、自治会の役員を数年やる羽目になって、これまでの本ブログでも繰返している「自治会と寄付」の問題に取り組むようになった。今、自治会には、直接かかわらないものの、会員として、市民として、ささやかながら発信を続けている。全国的にも、この問題への関心は高く、私のブログでの関連記事は、常時、アクセスが多い。「自治会と寄付」については、すでに最高裁判決が出ているというのに、なかなか改まらない実態があり、問題の根は深いからだと思っている。新聞やテレビでも、ときどき、特集が組まれるようにもなり、私自身も取材を受けたり、出演?したりしたこともあった。あるとき、昼のワイド番組から、「怒れる女たち」(?)というコーナーへの出演依頼?があったときには、即座に断ったのだった。

 

五百円の寄付の代りに貰ひたる置きどころ探すこの赤い羽根 

  

  これは、今週、月曜日12月4日のある新聞歌壇の入選作である。そしてなんと、作者は、Tさん。彼は、大学時代の同期で、短歌研究会のメンバーであった。斎藤茂吉、佐藤佐太郎流の作品を、週一度、昼休みに開いていた研究会で発表していた。当時は、コピーなどはなかったから、お互いに、自分の作品を黒板に書いての歌会であった。年に一度だけ、『ポロニア』という謄写版の冊子に短歌や歌論を掲載するといった活動をしていた。「大学歌人会」も衰退の一途をたどっていた頃だが、それでも、数回の合同歌会で会ったことがあった岸上大作が、一九六〇年一二月、自殺したことを知って衝撃を受けた仲間のTさんだった。長い間、国語の先生をされ、海外で日本語教育にも携わった方でもある。

 

Tさんの短歌は、この新聞歌壇欄でも、ときどき読むことがあるのだが、今回の入選作は、俵万智の短歌にも通じる「市民の善意」を詠んだものだろう。ただ、Tさんには「置きどころ探す」で、あの針のついた赤い羽根の置き所に苦慮している様子が伺われた。「上手だな」と思う一方、「五百円」の集められ方と「五百円」の行方にもう少し踏み込んでもらうと、「赤い羽根」の問題点が浮上するはずなのにと、この短歌を選んだ選者にも、もの申したい気持ちであったが。

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2017年12月 2日 (土)

12月2日の新聞は、天皇の生前退位をどう報じたか

 

一つ前の記事では、退位の日、2019430日をどう表現したかについて触れた。ネット上での検索も含めてまとめると、読売、朝日、毎日、東京は、「2019年」であり、NHKは「再来年(2019年)」であったが、産経が「平成31年」であった。産経がスジ?を通していると言えば言えるか。 

沖縄における、琉球新報、沖縄タイムズでは、関連記事自体が極端に少ない。122日の社説は、二紙とも昨年、うるま市の女性が米軍属に殺害された事件の那覇地裁の判決についてであった。
 

琉球新報:社説・元米軍属に無期懲役 地位協定の改定が急務だ
 

沖縄タイムス:社説・[元米兵に無期懲役]なおも残るやるせなさ 

 

手元にある朝日、毎日、東京の三紙を読んでみると、まずは、今回の退位日程の政府と宮内庁の駆け引き、新元号や即位の儀式や日程についての記事が圧倒的に多い。同時に、社説とあわせ天皇30年間の足跡をつぎのような記事で報じている。

毎日:社説・天皇陛下の退位日決まる 国民本位を貫く姿勢こそ
               
苦楽国民に寄り添い おことば世論を動かす(付年表)


朝日:平成史 お二人の足跡「差別解消に力」「被災者に寄り添う」(付年表)

東京:社説・国民の理解とともに 天皇の退位と即位
      
慰霊の旅 平成築く 前侍従長川島さん象徴天皇制の意義語る

 

朝日の社説はまだ出ていないが、「耕論」欄において、「天皇と政治」のテーマで御厨貴「退位 官邸と宮内庁のバトル」、河西秀哉「能動的象徴 利用される危険」と語らせている。もっとも朝日は、かねてより「皇室と震災」のシリーズで、連載をしている。 

うねりのような、こうした流れの中で、少しでも異議をさしはさむことが困難な時代になった。1977年生まれの河西秀哉は、慎重な言い回しでつぎのように語った(上記「天皇と政治」『朝日新聞』2017122日)。

 

「天皇が進んで被災地を訪れていますが、政治がそれを利用しようとする気になれば、結果的に被災者の政治への不満を天皇が和らげ、政治の不作費を覆いかくしてしまうことにもなりかねません」 

「昨年8月の『おことば』にこめられた今上天皇の思いは、半分は政権に受け流された感じがします。国事行為の縮小や摂政の設置を否定するなど政治性を小保田『おことば』は結局、政権によって政治的に処理されたのかもしれません」

 

 また、原武史は、「連休で<歓迎>演出か」の見出しで、日程についての政府の思惑、皇室会議の議事録非公開、「おことば」の政治性、上皇設置による二重権威化を指摘していた(『東京新聞』2017122日)。 

今回の衆議院選挙においても、若年層の保守化が著しい傾向が明らかになった中で、上記のような中堅世代の活発な発言を期待したいし、私たち高齢者も戦中戦後の体験と天皇の果たした役割を、きちんと整理して伝えていきたい。

 

 

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生前退位とオリンピックと~2019年、2020年はどうなる

 きょう、121日のNHKは、テレビの「ニュース7」を一時間に延長して、その大半を、天皇の退位関連情報に費やしていた。安倍首相が議長の皇室会議で、採決を経ずに「2019430日退位に決まった」と、各紙の夕刊も伝えた。いずれも「退位19430日」(毎日)「194月末退位」(東京)「天皇陛下194月退位」(朝日)が見出しで、ここでは「平成」の元号は使用されてないことが共通している。「平成314月」とは、表現していないのはなぜか、不思議でもあった。ずばり19年の方が、明確でわかりやすかったからだと思う。NHKは、「再来年(2019年)」との表現をとっていた。

ことほど左様に、元号表示は、明確さを欠き、継続性を損なうことは明らかである。しかし、再来年の5月まで、「平成30年の歴史」は繰り返し、繰り返し語られるだろう。多くの国民は、自分の暮らしの先行きの方が不安で、「静かな環境」で「代替わり」を見守るしかないと思っているに違いないのに、政府やそれに追随するマス・メディアは、目くらましのように、大々的に平成回顧を展開するだろう。天皇の退位表明が政治的関与とならない配慮どころか、「代替わり」は、まさに「政治的利用」されていると言ってよい。今回の退位・改元日程も、政府の政治日程から割り出されたようだ。役所的な発想でも、41日が、順当のような気もするのだが。

いまの日本で、元号でくくられる歴史に、どれほどの意味があるのだろうか。グローバルな思考や「地球規模の歴史」が問われる中で、まさに真逆の方向としか言いようがない。

東京オリンピックまで1000日を切ったというから、あわせての二重の狂騒曲を聞かせられることになりそうだ。東京誘致が決まる過程も不透明であり、安倍首相の虚言のプレゼン「原発事故による放射能はコントロールされている」も今では問われないまま、国を挙げての盛り上げに懸命である。その一方、スポーツ界と競技者たちの事件が続く。オリンピックでメダルを何個という発想が、指導者とアスリートをむしばみ、暴力事件や往年の選手の不祥事が絶えない。

平成回顧、オリンピックの狂騒にうつつを抜かし、日馬富士引退などと騒いでいる間に、政治の私物化、森友・加計問題の幕引きも、原発再稼働も、北朝鮮脅威論による改憲問題も一気に進んでしまいそうな、憂鬱な日が続く。

(日付は変わってしまったが)

 

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