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2018年7月16日 (月)

目取真俊講演会に出かけました

 猛暑の土曜日714日、どうしても聴いておきたかった。目取真俊の小説「平和通りと名付けられた街を歩いて」を読んだことから、天皇制への確固たる批判の姿勢を知り、他の作品からは、沖縄の抱える問題を鋭く分析、提示していることを知り、多くを考えさせられた。昭和、平成の天皇の沖縄との関係を調べるきっかけになった。私は、とくに、その短歌に着目しながら、いくつかの論稿をしたためた。そして、沖縄の歌人たちの短歌、本土の歌人たちの詠む沖縄、本土の歌人たちの沖縄の歌人たちへの対応についても、いささかながら言及してきたからでもある。

 そして何より、辺野古の海を守るため、基地建設に反対・抗議するカヌーチームの一人として発信する「海鳴りの島から」を読みながら、励まされ、座り込みにいけないのを嘆く日々を過ごしているので、目取真さんの声を聴きたかったのである。

 講演の前半は、目取真さん自身が、毎日、撮り続けている海上での抗議活動の様子を伝える映像を中心に進められた。前日713日の活動を撮ったものも映し出され、その速報性にも驚いた。ブログ「海鳴りの島から」をまず見ると生々しい写真が続く。すでに715日の記事には、この日の講演会の報告もなされていた。 

〇海鳴りの島から 沖縄・ヤンパルより…目取真俊

https://blog.goo.ne.jp/awamori777

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 工事の進行状況と海上の抗議行動とその弾圧の熾烈さ、まず海岸に工事用の道路ができ、両端から始まった護岸工事K-1N-3は繋がり、もはや完了間近いと思われる。しかし、カヌーは、幾重ものフロートやフェンスを越え、振り落とされながらも、工事船に接近してスクリューを回らないようにし、クレーンから降ろされる10トンの石が積まれたモッコの下で待ち受けるなどの抵抗によって、工事は一日でも一時間でも遅らせるという、過酷な戦いでもある。毎朝、7時には、海岸に着き、4時ごろまで活動は続き、家での入浴と食事、ブログ執筆などで、一日が終わるという。最近の工事現場では、カヌーが来ない朝6時から工事を始めることもあるという。もし、抗議をしなかったら工事は進む。踏みとどまって抵抗しないと、沖縄には逃げる場所がない、だからあきらめてはいけないと。

 後半は、沖縄の歴史、米軍基地の沿革―本土に散在していた米軍基地が地元の反対運動に遭って、次々と人口140万の沖縄に移され、そして、沖縄の中では、中南部から人口10万の北部に基地が集中していく現況に言及する。本土と沖縄の関係が沖縄県内でも基地のある所とない所の関係が生し、中南部にますます人口が集中するという現象がみられる。沖縄の経済を支えていた3K―基地・きび・公共事業から、観光の比重が高まり、平和の大事さも浸透している一方、本土には知られない、基地がもたらす犯罪多発、教育環境の悪化など目に余るのが実態である。

さらに、817日に、土砂投入工事を開始するとしている沖縄防衛局に対して、承認撤回などをめぐる翁長知事への評価をめぐっての言及もあった。沖縄の革新はすでに革新首長が十分の七の時代から十分のゼロへ衰退し、翁長知事にしても、稲嶺前名護市長にしても、もともと保守派であったのだが、現在に至っている。ともかく、いまは、闘病のなかの決断を迫られている知事を見守りたい、すべての元凶は政府、安倍政権にあるのだからとも。

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新基地建設が進むきょんぷシュワブ沿岸6月29日、名護市辺野古全景(小型無人機撮影)、 「沖縄タイムス」2018年7月13日

 もっと、いろいろな話をされたと思うが、うまくまとまらない。しかし、基地の本土引取り論、沖縄独立論、県民投票の賛否など核心に迫る質疑応答もあって、目取真さんは丁寧に答え、私の理解も少しだけ深まったようにも思う。引き取り論については、安保を前提にしながら引き取ろうと言っても、いったいどこがどういう基地機能を担うのか、具体的な道筋とその可能性が見えない以上賛成できない、という。独立論も、研究者や評論家らによって長い間主張されてきていて、高まりつつも、その実現性に欠け、現在の反基地の闘い、新基地建設を止める運動にはなっていないという。県民投票については、若い人たちが中心になって進めている運動ながら、まず、県民投票をするための条例制定を目指して、有権者の50分の1、約24000名の署名を集めなければならない。723日が締め切りだが、その数のクリアも危うい。たとえ、クリアしたとしても、実際に県民投票にいたるまでの手続きに時間がかかりすぎ、タイミングが悪すぎ、新基地建設の歯止めにはならない。それに、目取真さんは、署名の集計状況を見て、基地を抱える伊江村、東村などが限りなくゼロに近い数字にも驚いたともいう。Photo_6

「『辺野古』県民投票の会」より発表

なお、会場の若い男性から、海上抗議行動を始めた動機を尋ねられ、始めて4年になるが、かつて生家のある今帰仁の海岸で、青い海にウミガメが泳ぎ、ウミガメの産卵も目の当たりにしていた少年の頃を思い出し、ウミガメが産卵の海岸を奪われ、赤土でサンゴが死滅してゆく現実を前に、始めたという。カヌーは自分の手で漕いで、海に出るので、五感で辺野古の海の美しさを感じることができるからだとも、語っていた。

さまざまな思いで、辺野古に座り込みをする人々、カヌーで抗議を続ける人々に対して、陸上では、機動隊員と多くの警備会社アルソックの人たちがごぼう抜きをする。海上では海上保安庁の隊員と警備会社セントラル警備が請け負い、カヌーの侵入を阻止し、突き落とそうともする実態にも触れた。海上の民間警備は、かつてマリン・セキュリティが請け負っていたが、予算の水増しが告発されて交代したという経緯もあったという。

私が最初に読んだ短編小説「平和通りと名付けられた街を歩いて」のラストシーンは忘れがたい。次第に体が冷たくなっていく祖母を背負い、二人の大切な場所に向かう孫の少年の心の陰影、その優しさには、読むたびに、人に伝えるたびに涙してしまう。皇太子夫妻を沖縄に迎えるにあたって、かつて平和通りで魚を商い、一家を支えていた祖母が徘徊しないようにとの警察からの要請で、その当日、家族は祖母を部屋に閉じ込めた。だが、いつの間にか抜け出して、皇太子夫妻の乗る車のフロントガラスに汚物にまみれた手形をつけて、こと切れるという、いわば「不敬」小説なのである。難解にも思える、ミステリアスな、短編も多いのだが、そこには、いつもどこかに人間のやさしさが秘められているのが特徴に思われた。今回、話を聞いて少し納得したような気がしている。

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辺野古に新たな柵設置 ゲート前、抗議激化に備えてか、
米軍キャンプシュワブの工事用車両用ゲート前で進められる柵の設置作業、7月15日午前1時18分、名護市辺野古で。「東京新聞」18716 朝刊。深夜の突貫工事であることが分かる

<7月18日付記>

目取真さんの話の中で、大事なことを一つ書き忘れていた。大型船によるボーリング調査が始まったのは昨年2017年3月だったが、すでに、埋め立て予定地の一部の海底が軟弱なことがわかって、さらに調査を進めるためではなかったかという。工事予定が中止され、一部変更の理由は明らかにされていないが、海底は40mの厚さの泥状態の軟弱地盤で、45トンのコンクリートブロックは沈み込んでしまい、埋め立ては不可能だというのだ。今朝の東京新聞「こちら特報部」によれば、沖縄の市民団体の情報公開によって明らかになった、2014年から2年にわたってのボーリング調査の結果は、地盤の固さを示すN値がゼロであったというのである。国は詳細な調査を出さず、いずれ総合的な判断をするとしているが、海底地盤改良には巨額の費用が不可欠となる、という。

 

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