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2019年1月11日 (金)

天皇の短歌の登場は何を意味するのか

「ヘイセイ」「平成」とメディアは大騒ぎするけれど、天皇の代替わりで何が変わるのだろう。元号が変わったからと言って、日本国憲法下の世の中、変わるものがあるとしたら、逆におそろしい気がする。 

たった二年間ながら、私は、新卒で、学習院大学の職員として勤務したことがある。そんなこともあって、学習院同窓会「桜友会報」がいまだに送られてくる。最新号113号の(2018年12月)の特集は「[平成]両陛下30年の旅」であった。年表を含む6頁にわたるもので、一覧できる資料としては、便利に使わせていただいている。学習院同窓会の会報がこうした特集を組むことは、その沿革からうなずけないこともない。誌面から、すでに他界された先生方も多いけれど、ゼミのOB会などのレポートで、見知った先生のお元気な様子を知ったりもする。

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 だが、一般の全国紙やテレビ局が「平成最後の」「代替わりを前に」などという機をとらえて、天皇夫妻あるいは天皇家の内情や動向を事細かに報道する必要があるのだろうか。たしかに、天皇は、日本国憲法の下では「国民統合の象徴」であり、皇族方の生活は国費によって賄われている、といった視点からの報道は、なされなくてはならないだろう。 

しかし、メデイアから発信される記事や番組の内容はといえば、趣向や視点が若干異なるものの、皇室は、「国民に寄り添い、平和を願い、家族や自然をいつくしむ」人々として語られ、結果的に「天皇陛下万歳」の世界に終始する。

 天皇(家)から直接国民に発信できる場は、たしかに限られている。国事行為や公的行為における「おことば」や「記者会見」などでの質疑が思い浮かぶが、しばしば登場するのが、「短歌」なのである。わかりやすく、なにしろ短い文言なので、「お気持ち」や「心情」が端的に表現されて、人々の心にも届きやすいとして、メディアにも好まれるのだろう。昭和天皇死去報道の際にも、天皇の短歌がクローズアップされ、それをめぐって、歌人たちの論評や発言も相次いだ。 

前回の記事でもふれたが、今回の代替わりを前にしても、東京新聞には「象徴のうた 平成という時代」(永田和宏)が連載中であるし、今年の元旦の朝日新聞では、昭和天皇晩年の短歌とメモが新たに発見されたと、大々的に報じた。そしてさらに昭和天皇の命日となる1月7日には、その“新発見”の短歌の解釈や解説をし、歴史家などのコメントも添えて、天皇の日常や折に触れての苦悩を「短歌」から読み取ろう、という趣向である。代替わりを前に、昭和天皇の短歌にもさかのぼって「昭和史」をたどろうということらしい。

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          2019年1月7日「朝日新聞」朝刊より

  しかし、天皇に限らず、短歌で歴史を読み解くリスクは、心得ておかねばならない。まして、天皇の「表現の不自由」な状況で作られる「短歌」であること、その短歌も、今回の記事の「和歌づくりの流れ」でもわかるように、いわば、公文書作成の流れにも似ていること、がわかる。短歌のためのメモから公表までの過程に、何人かの手が入っていることも伝えられた。かつて、私も、入江相政(元侍従長)日記から同様の感触を得ていたことも思い出す。 

 代替わりをはさんで、天皇(家)の短歌が、何かと話題になることも多くなるだろう。心情や真情を吐露しやすいからと言って、短歌一首を、断片的に過大評価してはならないし、不自由な環境の中ではあるが、そこでの発言や活動をトータルに検証していかねばならないのではないか、と思う。

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