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2019年2月 6日 (水)

1月16日「歌会始」の天皇の短歌

また、「歌会始」の話となってしまう。思いがけず、旧著『現代短歌と天皇制』(風媒社 2001)が「週刊金曜日」に紹介された記事を当ブログでお知らせしたばかり。①  その時の執筆者の太田昌国さんが、以下のような論考を執筆されているのを、ネット上で知った。② そこでは、岡井隆の歌会始選者就任時の衝撃や今年の歌会始の天皇の「贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に」にも言及している。「歌会始」のテレビ中継や新聞記事を読んでの感想はさまざまだと思うが、少しでも批判的な要素のある内容のものは、なかなか目に触れにくい。関心のある方はぜひお読みください。後半では、短歌と天皇制をテーマにした旧拙著3冊にも触れている。

 

 2019年、歌会始は終わったが~召人は二人?

(2019 1 17日)

 

②太田昌国のみたび夢は夜ひらく[104] 歌会始と天皇が詠む歌

(201924)

『反天皇制運動 Alert 』第32号(通巻414号、201925日発行)掲載

http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=836

 

 今年の天皇の歌は、阪神淡路大震災の10年後の追悼式典で渡された、亡くなった少女の自宅跡で花を開いたひまわりの種を詠んだものである、というエピソードが、復興の象徴として、テレビ中継はじめ、当日116日、翌日の117日のテレビや新聞で繰り返し報じられた。大震災は、まさに24年前の117日の早朝のことだったのである。これは、たんに偶然のこととは思えず、限りなく意図的なものに、私には思えたのである。天皇、選者、宮内庁の意向などもろもろが勘案、忖度が働いていたのではないか、と。

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コメント

 四月三十日平成天皇が退位し、翌日令和天皇が即位した。私は六十八年の人生で天皇制とか天皇家について、折に触れて調べそして考え、調べそして考えてきたが、私自身の中で綺麗に折り合いが付く結論は未だに出ていない。一千年以上続いてきた歴史を前にして、長くても百年の人生で結論を出せる訳も無いのだろう。
 だから私の中にあるのは、天皇制と天皇家に対する答えの出せない幾つかの自問だけなのだが、それらについて書いてみようと思う。

 平成天皇は1933年12月生まれだから現在85歳、あまりにも重い役割をこんな高齢になるまで良くぞ続けて下さったものだ。退位後は皇后と共にゆったりと後の半生を生きて頂きたいと心から思う。それと同時に、この年齢になるまで「法」の定めによって一人のあるいは少なくとも二人の人間を、これほど重い役割に縛り続けることが許されるのかと考え続けている。あるいはそんなことを「法」で定めることが許されるものなのかと。
 天皇制・天皇家に関する「法」は私の知る限りだが「憲法」と「皇室典範」の二つがある。ここまで書いて調べてみたが、この二つだけのようだし、珍しいことだが「皇室典範」は憲法とのみ関係し、他の法律とは一切関係していない。そしてこの2つの「法」特に「憲法」によって、天皇家は日本人の中で最も極端に差別された存在となっている。彼等には一般の戸籍も無い、選挙権も被選挙権も無い、職業選択の自由も無い、住居の自由も無い、そして言動の自由も無い。「憲法」の定め、
 第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
 この条文にそれなりの理由があるとは言え、一般に言われる人権は完全に無視されている、・・・それで良いのだろうか?
 第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
 この条文で天皇の言動の自由はすべて奪われる。だからその責任が天皇に無いことは明らかだが、・・・それで良いのだろうか?
 平成天皇がその退位の意志を示されたのは2016年8月、82歳の時だが、これも内閣の承認を得てされたものだ。100%の確信を持って言うが、天皇がこのことへの承認を内閣に打診し始めたのは天皇が80歳になる以前からだった。しかし内閣はそれを承認せず、天皇は歳を重ね高齢化して行くばかりだった、・・・それで良いのだろうか?

 そもそも人は生まれながらに平等ではない。「憲法」で「平等」という語は2ヶ所で使われているが、その一つは次のようなものだ。
 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、・・・以下略
すなわち、「法」によって人は差別し得るのであって、その一例が天皇家に対するものであり、その差別の仕方は言わば凄まじいものがある。
 「法」は色々と眺めてみると、人を差別することを合法化しているものが多数あり、「法」はその為にあるのではないかとさえ思うが、その一つとして1966まで続いた「優生保護法」が有る。だがこの「法」に依って平等を奪われた人々は多数居て、彼らはその不当に対して声を上げ戦うことが出来るが、天皇家はそれさえも出来ないのだ、・・・それで良いのだろうか?

 これらは私自身への自問であり、ではどうすべきなのかについては何も答えを見いだせずにいる。これらのことの今後は私には分からないが、天皇家も含めて、日本の未来が幸多かれと祈っている。

   以上

投稿: 高木尚 | 2019年5月 3日 (金) 22時16分

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