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2019年8月13日 (火)

はじめてのオランダとハンブルグへの旅は始まった(9)デン・ハーグ市立美術館のモンドリアン

 ハーグ歴史博物館を素通りして、次に向かったのがハーグ市立美術館である。ここでのお目当ては、モンドリアンコレクションだった。モンドリアンといえば、色鮮やかな幾何学模様の絵がスカーフになったり、さまざまな商品のデザインに取り入れられているので、ご存知の方も多いだろう。私はどういうわけか、1960年代の終わりころ、モンドリアンに出会って衝撃を受けてしまったのだ。私の第一歌集『冬の手紙』(1971年)の「あとがき」は、つぎのような書き出しである。

「モンドリアンの抽象に出遭ったとき、あの冷徹さに戸惑いながら惹かれていったのはなぜだろうかと考えています。そこには猥雑なものをいっさい拒否しようとする、ひとりの人間の生き方の美と思想があると思いました。この画家の幾何学的構成にいたる過程は、<樹木>連作が雄弁に語っています。さらに光と影から解放された垂直と水平の世界の展開を見せられたときの感動を忘れることができないでいます。主観的な表現を極度に排し、求めてやまなかったものはなんであったろう。・・・」

 なんとも気恥ずかしい書きぶりであるが、モンドリアンの絵画の出発が、「彼の生地、オランダの日常的な海であり、砂丘であり、なんの変哲もない一本の樹木であったのです。対象にはひと一倍鋭い感受性とこまやかな愛情を重ねていた時期は決して短くはありませんでした」ということを知って、自らを省みたという顛末を記していたのである。そのモンドリアンに、このデン・ハーグで、会うことができるのである。1987年の夏、池袋の、今はなくなってしまった「西武美術館」でのモンドリアン展には、その頃暮らしていた名古屋から見に来た記憶がある。まとめてみるのはそれ以来か。その後、私の、暮らしや短歌においても、モンドリアン熱は冷めたけれども、やはり懐かしい。

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ハーグ市立博物館、左右に人工池を見て、進む。

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入場券は、エゴンシーレ(1915)で、パンフの表紙はモンドリアン(1908)であった。入場券は16€。

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手前が、「明るい色による市松模様のコンポジション」(1919年) 

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左が「ドンブルフの風車」(1909)、右が「赤い樹木」(1908~10)

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 パンフレットより:モンドリアンのオランダ時代、パリ時代、オランダ帰還時代、ニューヨーク時代の作風の変遷を簡単にたどっている頁もあった。

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「モンドリアン展」(1987年7月25日~8月31日、西武美術館)パンフの表紙より。上段「樹Ⅱ」、中段「灰色の樹」、下段「花咲くりんごの樹」、いずれも1912年制作。

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思いがけず、モネにもモランディにも出会えた。

 

 

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