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2019年9月 9日 (月)

あらためて、髙村光太郎を読んでみた(1)教科書の中の光太郎

 機会があって、髙村光太郎の詩作品を通して読むことになった。とくに戦時下と敗戦直後の作品を「歌集」や『髙村光太郎全詩集』(北村太一編 新潮社 1966年)とをあわせて読んでみた。「道程」や「レモン哀歌」のイメージが大きく崩れたのは言うまでもないが、さらには、高校の修学旅行で訪ねた十和田湖畔の「乙女の像」へのあまやかな記憶も遠のいていった。これまでも、たしかに、「地理の書」や「一億の號泣」を読み、その戦争責任論への言及にも触れてはいたが、この時代のおびただしい数の「戦争詩」の全貌を知らなかった。若い時の海外での暮らしや智恵子との出会いと死別、そして、敗戦後の岩手県の山小屋蟄居生活を詳しく知ろうとも思わなかった。何をいまさらと思うかもしれないが、年をとっても知らないことが多すぎると思う昨今なのである。

 新しくは、中村稔の『髙村光太郎論』(2018年)『髙村光太郎の戦後』(2019年)、古くは吉本隆明の「髙村光太郎論」(『吉本隆明著作集8』勁草書房 1973年)などを読むことにもなった。

教科書の中の光太郎 

 大方の人の光太郎との出会いや認識はといえば、やはり教科書ではないかと思う。少し古いが、『朝日新聞』週末の付録「be」のランキングシリーズに「教科書に載っている好きな詩」(2014年8月2日)というアンケートがあった。対象は、朝日新聞デジタル会員1600人余に約80篇の日本の詩から選んだという結果なので、対象に若年層は少ないかもしれない。一位「雨ニモマケズ」(宮沢賢治)に続くのは「道程」(髙村光太郎)、「君死にたまふ勿れ」(与謝野晶子)、「椰子の実」(北原白秋)、「初恋」(島崎藤村)であり、さらに、「小諸なる古城のほとり」(島崎藤村)、「てのひらに太陽を」(やなせたかし)と続く。十二位に光太郎「あどけない話」が登場する。

「道程」

僕の前に道はない

僕の後ろに道はできる

ああ、自然よ

父よ(後略)

 冒頭のこのフレーズさえ、私が覚えていたのは「僕の前には道がない 僕の前には道がある・・・」であって、不正確なのがわかった。また、「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ。」で始まるのは「あどけない話」、「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川。」のリフレインがあったのは「樹下の二人」という題の詩であったことも思い出せないほどであった。さらに、「あなたのきれいな歯がかりりと嚙んだ」の「かりりと」が新鮮に思えたころは、レモンなど街の八百屋や果物店で見ることがなかったし、食卓にのぼることもない時代であった。いま「レモンをかりりと嚙め」と言われたら、まず、国産か輸入物か、農薬やワックスがかかってはいないかの不安がよぎるにちがいない。

 ところで、若い世代の光太郎の接点については、とりあえず、最近の中・高等学校の教科書を調べてみた。中学校の国語教科書、国語の五社(学校図書・教育出版・三省堂・東京書籍・光村図書)十五冊のうち、教育出版の一年用に「道程」と「智恵子抄」、二年用に「レモン哀歌」。東京書籍の三年用「レモン哀歌」が採用されている。高校では、現代文B・国語総合・国語表現の教科書十社五十四冊のうち、「樹下の二人」が教育出版、三省堂、筑摩書房各一冊、大修館書店二冊、計五冊に採用され、「冬が来た」が教育出版一冊、東京書籍二冊の計三冊に、「道程」が第一学習社二冊に、「あどけない話」が大修館書店に採用され、十社のうち六社で採用されていることになる(中・高等学校「(平成30年度)新潮文庫国語教科書採用作品一覧」新潮社)。ちなみに宮沢賢治の「永訣の朝」は、高校の教科書十社五十四冊のうち、九社二十二冊で採用されている。なお、人気の高い「雨ニモマケズ」は、詩作品そのものが教科書に採用されるというよりは、長い間、宮沢賢治の伝記教材などで扱われることが多い(葛西まり子:「国語科教科書の中の宮沢賢治―〈伝記教材〉を視点として」)『(慶應義塾大学)芸文研究』88号 2005年6月)ことが、「永訣の朝」より「雨ニモマケズ」の分かりやすさが、人気の秘密なのかもしれない。未見ながら、最近『宮沢賢治はなぜ教科書に掲載され続けるのか』(構大樹著 大修館書店)という本も出たらしい。

光太郎は、今日においても、「冬が来た」(1913年12月)、「道程」(1914年2月)や「樹下の二人」(1923年3月)、「あどけない話」(1928年5月)、「レモン哀歌」(1939年2月)などにより、一定の国民的な人気を維持している詩人ではあるが、これらの作品は、いずれも一九一〇年から一九三〇年までの作品で、かれこれ百年前の「現代詩」ということにもなる。

Be

「教科書に載っている好きな詩」『朝日新聞』(2014年8月2日)

 

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