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2019年9月25日 (水)

あらためて、高村光太郎を読んでみた(9)芸術院会員辞退のこと

 光太郎の詩集の解説や評伝のようなものでは、彼の「反骨精神」の証として、あるいは、戦時下の活動やたくさんの戦争詩を書いたことへの「自省」の現れとして、芸術院会員への推薦を辞退したこと、しかも二度も辞退していたことを高く評価している。
 194710月と195311月の辞退の顛末については、晩年連載を始めたエッセイの第1回目に書いている(「日本芸術院のことについて―アトリエにて1」『新潮』19542月)。この件では、世間にいろいろなうわさが流れているが、自分としての記録を残しておきたいということであった。人選については若干の変化はあるようだが、日本芸術院の前身の「帝国芸術院」に抱いている不潔感、その成立自体に「政治的かけ引き」を見てしまい、その内容や機構に大した違いがない以上、「あのやうなどさくさで出来上つた芸術院の内側に自分が入ることはとても出来ない」としている。まさに、正論というほかない。後世の人間が「反骨精神」や「自省」で跡付けるのには疑問が多い。

 私も、各分野ごとの定員制をとる日本芸術院、その会員推薦や芸術院賞選考過程について、何度か書いているので、ここでは詳しく述べない。その閉鎖性と政治性は現在でも変わりはない。にもかかわらず、文化勲章や文化功労者、芸術選奨など国家による褒章制度と並んだ、日本芸術院の存在は、学術や文芸の振興に役立つところか悪影響が大きいことを指摘してきた。そういう意味でも、光太郎の対応は、現代の政府にかかる褒章制度とその恩恵にあずかる人々とそれをもてはやすメディアへの警告となるだろう。

 光太郎はつぎのような詩を残している。1回目の推薦を踏まえて作ったことになる。詩集『典型』には収録しなかった。

「赤トンボ」

禿あたまに赤トンボがとまつて

秋の山はうるさいです

うるさいといへばわれわれにとつて

芸術院というものもうるさいです

美術や文學にとつて

いつたいそれは何でせう

行政上の権利もないそんな役目を

何を基準に仰せつけるのでせう

名誉のためとかいふことですが

作品以外に何がわれわれにあるでせう

さういふことは前代の遺物でせう

芸術院会員などといふものよりも

宝くじ五六本あてたやうな現ナマの方が

作家にとつて実益になるでせう

文化勲章といふものとても

授ける以上はらくに食へる年金を

死ぬまで贈らねば無意味でせう

実益のないことは子供だましでせう

レジヨン ドヌウル ルウヴル入の時代は

もう通り越してもいいでせう

作家は作ればいいでせう

政府は作家のやれるやうにすればいいでせう

無意味なことはうるさくて

禿あたまの赤トンボのやうです

19491024日作。『展望』19501月)

   ひとまず、髙村光太郎については今回で終了、別稿では書けなかったもろもろを記録にとどめた。拙稿が活字になった折は、お知らせしたい。

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