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2019年12月18日 (水)

歌壇、この一年を振り返る季節〈1〉短歌と天皇制

   短歌研究社『短歌研究年鑑』(2020年版)とカドカワ『角川短歌年鑑』(令和2年版)が出そろった。2019年の歌壇状況を知る助けにはなるのだが、今年という一年をしっかり振り返ったことになるのかなという違和感があった。その二・三を書きとどめておこうと思う。 

 一つは、くどいかもしれないが、やはり、短歌と天皇制の問題にきちんと向き合ったかという疑問だった。というのは、短歌総合誌では、5月の改元を前に、競うように、「平成」という時代を振り返るという企画が展開された。さらに、平成の天皇夫妻の「おことば」や「短歌」に沿って、その振る舞いを称え、あるいは、歌会始の30年を振り返ったりする特集もあった。新しい元号が発表されると、萬葉集を出典としているとして、歌壇も出版界も少しざわついて、商機とも思ったのか、書店にも雑誌の特集や書籍が並んだ。

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いずれも、2019年5月22日、大手町の丸善にて

 今回の改元が、歌を詠む人たちや短歌の読者・愛好者たちにとっても、天皇制と短歌との関係を考えるチャンスであったはずだが、現実の歌壇は、上記のような状況であった。こうした歌壇に対して、大辻隆弘が『朝日新聞』の「歌壇時評」〈2019年2月17日〉で、歌壇における「天皇制アレルギー」はもはやなくなり、「無反応」であったと、早々とけん制した。しかし、現実には、『短歌研究』総力特集「平成の大御歌と御歌―天皇・皇后両陛下のお歌」について、瀬戸夏子のきびしい批判があったし(『現代短歌』2019年2月)、斎藤寛は「『大御歌』『御歌』の位相―短歌と天皇制再考」(『短歌人』2019年7月)において、「老舗の短歌総合誌は皇室の広報しに転じた」とも断じた。また、高島裕(「時評・両陛下のお歌に思う」『未来』2019年3月)は、「『歌会始』など皇室と和歌との関わりに対する現代歌人の拒否反応に疑問を呈し、この伝統詩型が、祖国への心情や皇室との関わりの中で捉えられることの必然を主張してきた」というスタンスが、従来は、少数意見だったが、このような特集が組まれるということは「短歌と天皇制、短歌と愛国心との関わりをめぐる言説環境が大きく変容したのであろう」としている点で、前記大辻の論調と一にする。さらに、廣野翔一は、やや戸惑いながら、現実としての皇族の短歌を、「歌会始」を受け入れようとするものだった(「時評・平成の終わりに」『短歌』2019年6月)。いずれにしても「無反応」にはならなかったことになる。高島の「少数意見だった」という捉え方には、それこそ疑義があり、以下の当ブログ記事もあわせてお読みいただければと思う。

 無反応ではなかったが、《論争》にならなかった。上記『短歌研究年鑑』の恒例の「歌壇展望特別座談会」(佐佐木幸綱・三枝昂之・栗木京子・小島ゆかり・穂村弘)では言及がなく、「特集展望」(加藤治郎)は、肯定的に紹介するのみだった。『短歌年鑑』では、島田修三が「とにかく、われわれの短歌が新たな時代を生きるために、まず皇室和歌との決別から出発した史実だけはつねに自覚しておいた方がいい」としながら、何がいいたかったのかというと「おそらく元号などを始めとする平成末期から令和の皇室を巻き込んだざわざわとした空気に違和感を感じるということだったし、そこに短歌の影がちらちらするということだったと思う。」と遠慮がちに表明するが、特集などには直接触れない(「どうにもなりません」)。たまたま、私がある短歌雑誌の編集者と電話で話した折、「あの特集には、ほとんどの歌人がおかしいと言ってますよ、思ってますよ」というのだが、それがほんとだとしたら、そのほとんどの歌人たちが表立って声を上げていないことになる。

これからも、この短歌と天皇制の問題は、正面から論議されることが、ますます必要になってくるはずなのだが。

「短歌と天皇制」(217日『朝日新聞』の「歌壇時評」)をめぐって(4)「無反応」だったのか (2019年3 5日 )
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/03/217-0117.html

「短歌と天皇制」(217 日『朝日新聞』の「歌壇時評」)をめぐって(1)「その反省から出発した戦後短歌」って、ホント?(2019年225日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/02/210-9ef9.html

「短歌と天皇制」(217日『朝日新聞』の「歌壇時評」)をめぐって(2)「戦後短歌は皇室との関係を結ぶことに慎重だった」のか (2019年3 1日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/03/210-80d0.html

「短歌と天皇制」(217日『朝日新聞』の「歌壇時評」)をめぐって(3)「天皇制アレルギー」って?(2019年3 5)http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/03/post-d222.html

 

 

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