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2020年9月19日 (土)

どうしようも内閣、発足~私たちは何をなすべきかなのか

  安倍首相の後、だれがなっても絶望的であったし、新内閣の顔ぶれを見ても脱力の一語である。この一年で何人の閣僚が辞任することになるのやら~。女性活躍という<建前>も押しやられ、男性の待機組処理と派閥の論理で押し切られた。五輪中止も見据えた、その女性担当大臣が留任、それでも引き受ける元アスリート。21歳の大阪なおみを見習ったら・・・、とも言いたくなる。法務は、河井克行、森雅子の後は、返り咲きという。どの顔見ても、どうしようもない内閣である。

 最近のNHKニュース番組は録画で見て、組閣人事は飛ばすと、ほとんどがスポーツと天気予報しか残らなかった。民放の報道ワイド番組でも、コメンテイターたちの間では、新内閣へのエールか、当たり障りのないコメントか蔓延し、少しでも批判的な発言をすると、ネット攻撃が始まる。不自由な時代である。

 この不自由な時代、新型コロナウイルスやインフルエンザの恐怖にさらされている私たち、高齢者は何をなすべきなのか。

 

 いま必要があって、金子光晴の詩を読み始めた。金子光晴といえば、これまで、私生活ではややスキャンダラスながら、反骨詩人、反戦詩人としてのイメージが強かった。もっとも、櫻本富雄氏は、早くより、詩作品何篇かの改ざん問題を指摘していたが、詩壇の大御所たちは、軽く受け流していた感がある。長い海外体験、放浪生活から日本の権力を見据えたとみられる、一九三七年の詩集「鮫」は、抵抗詩集としての評価が高い。時には自虐的に、あるいは執拗なまでに嗜虐的に語り続ける。長詩「鮫」は「海のうはつつらで鮫が、/ごろりごろりと転つてゐる。/ 鮫は動かない。」で始まり、「鮫。/鮫。/鮫。/奴らを咀はう。奴らを破壊しよう。/さもなければ、奴らが俺たちを皆喰ふつもりだ」で終わる。

  さらに、金子光晴は、太平洋戦争下に書き溜めておいた詩作品を、1948年に、『落下傘』、『蛾』を出版、1949年に『鬼の子の唄』を出版している。伊藤信吉は「これらの全部が戦争否定やその憎悪などの、痛烈な批判的精神からうまれた。これらの詩の主題は、今では過ぎ去つた戦争の回顧としてかたられるわけだけれども、その当時、光晴のような態度をとることがどれほど困難であったか。それをもう一度私どもは身に引き締めて考えてみるべきだろう」(「金子光晴」『現代詩の鑑賞』下巻 新潮社1954年)という。また、これらの詩集は、全体主義、ファシズム、戦争から、民衆の悲惨、思想弾圧、圧迫される個人や家庭の寂寥などを「批判したり、風刺したり、哀傷したりしているもので、その切実さは忘れがたく感動的である」(「あとがき」『金子光晴詩集』岩波書店1991年)と清岡卓行はいう。
 たしかに、これらの詩集からは、つぎのような詩句が、文言が飛び出してくる。制作年月が記される場合と記されていないものが混じっている。これらの詩集が公刊されたのは、まさにGHQの検閲下の時代でもあった。それだけに、「戦時下にあって、実はこんな詩を書いていました」と、次々発表することは、どういう意味を持つのだろうか、という素朴な疑問も頭をかすめる。

「誰も彼も、区別はない。死ねばいゝと教へられたのだ。/ちんぴらで、小心で、好人物な人人は、「天皇」の名で、目先まつくらになつて、/腕白のやうによろこびさわいで出ていつた。」(「寂しさの歌」『落下傘』より)

 

 

「癩の宣告よりも/持つと絶望的なよび出し。/むりむたいにに拉致されて/脅され、/誓はされ、/極印をおされた若いいいのちの/整列にまじつて、/僕の子供も立たされる。」(「子供の徴兵検査の日に」『蛾』より)

  反戦詩、抵抗詩の金字塔のように語り継がれていることに、私は違和感を覚えてしまう。現代にあっては、いまだから話そう、私もこれだけの抵抗をしてきた、など反体制的な発言をしている高級官僚のOBたちが、民主的な勢力にもてはやされたりするのに似ているのではないか。あるいは、自民党を支えてきたかつての著名な政治家が、引退後に少しばかり政権批判をしたからといって、それに飛びつく政党などの一貫性のなさにも似てはいないかと、立ち止まってしまうのだ。

 どうしようもなかった安倍内閣を継承すると明言している菅内閣も、どうしようもない内閣でしかないことに、気づいた者から、すぐにでもできることは何だろうか。

 

 

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『現代短歌』(現代短歌社)11月号が、はや届きました。5月から6月にかけて、本ブログに連載していた古関裕而について書いた記事がきっかけで、執筆のチャンスをいただき、全面的に書き直したものが掲載されています。

 

「古関裕而はだれにエールを送ったのか~公募歌・委嘱歌をて手がかりに~」

 『現代短歌』は、リニューアルされて、隔月刊となり、ちょうど一年、六冊目になります。「評論」に力を入れるということでした。今回の拙稿は、「古関裕而作曲の戦時歌謡の主な公募歌・委嘱歌一覧」の4頁を含み、13頁となり、約束の枚数をオーバーするというわがままを聞き入れていただきました。お読みいただければうれしいです。なお、この雑誌は、東京ですと、紀伊国屋書店新宿本店、ジュンク堂書店池袋本店など、全国主要書店で取り扱っています。

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 2020年11月号裏表紙です

 

 

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コメント

インチキアリバイに、さもありなんと飛びつくジャーナリストやいわゆる文化人たち。歴史から学ばない事態は永遠に繰り返される。そのことに気づいて「インチキアリバイ」とでも題する文を発表したい。できないだろうが…。

投稿: 濡れカラス | 2020年9月20日 (日) 08時41分

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