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2020年11月 4日 (水)

「性差(ジェンダー)の日本史」(国立歴史民俗博物館 2020年10月6日~12月6日)に出かけました~何かが足りないのでは?!

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 地元佐倉の歴博での企画展「性差の日本史」は、今回、展示プロジェクトに館外から参加されていたKさんのお誘いで、久しぶりの歴博となった。Kさんからは、事前に、ご自身がかかわった「滝乃川学園」の「天使のピアノ」のオンライン演奏*と講演の情報をいただいていた。本来ならば、歴博のホールでの企画であったが、新型ウイルス対策で、オンラインになったそうだ。待ち合わせの京成佐倉駅から、入り口まで回る「田町車庫」行きのバスにうまく乗り継ぐことができた。Kさんは、今回のプロジェクト代表のYさんとの約束もあるとのことで研究棟までご一緒すると、この入館証で自由に見学できますとのこと、いただいた招待券も利用せずじまいとなった。

* 「天使のピアノ」の演奏は、以下のユーチューブで公開されています。
https://www.youtube.com/watch?v=nPkO2q6HIV0&list=PLVpS_omS8zWLznM05AAMSmnEQTcBjEayM

 週末は予約制というが、週日の今日はフリーで、会場は、“密”にならない程度の見学者でにぎわっていた。Kさんは、オープン前にすでにご覧になっているとのことだったので、少々わがままを言って、近現代の展示から見ることにした。
 
展示の構成は以下の通りだったので、第5章からとなった。

プロローグ:歴史のなかのジェンダー
第1章:古代社会の男女第2章:中世の政治と男女
第3章:中世の家と宗教
第4章:仕事とくらしのジェンダー - 中世から近世へ -
第5章:分離から排除へ - 近世・近代の政治空間とジェンダーの変容-
第6章:性の売買と社会
第7章:仕事とくらしのジェンダー - 近代から現代へ -
エピローグ:ジェンダーを超えて 

 本企画の趣旨は、「プロローグ」によれば、「日本列島社会の中で男女という区分がどのように生み出されてきたのか、またその区分の目的や区分によって生まれる意識がどのように変化するのかに着目」し、「それぞれの時代のジェンダー構造への着目と歴史社会における主体への関心を重ね合わせる方法、すなわちジェンダーの区分のなかで、人びとがどのように生きてきたのかを、その中で生きた女性たちの声を聴きその経験を深く理解するという手法によって」明らかにすることを目指した、とある。やや難解ながら、要するに、日本社会で男女の区分がどのように生まれ、変化するのかを、その区分抑圧の中で生きてきた人々や女性たちのナマの声を聴くべく、ときには日記や手紙などにも目を配り、とくに「政治空間における男女」「仕事とくらしのなかのジェンダー」「性の売買と社会」という三つのテーマでたどるというものだった。
 いずれのテーマにおいても、原始、古代から中世・近世、近・現代へとたどろうとする意欲と工夫は見えたが、やはり、明治国家の成立以降のスペースが少なかった。それに、時代区分が優先する部分とテーマが前面に出る展示が前後するので、ややわかりにくい面があった。むしろ、どれか一つのテーマに絞った上で、原始から現代までたどった方が、内容も充実しただろうし、見学者の得るものも大きかったと思う。

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栃木県下野市甲古墳の埴輪たち、6世紀半頃

「政治空間における男女」

 「政治空間における男女」において、古墳時代には、多くの古墳の人骨や埋葬品などから女性首長が当たり前に存在し、律令時代の天皇家は、同じ母親の子供たちがグループをなし、そのなかでは、男女の区別がなく「男女混合名簿」方式だった、平安時代の貴族社会では、女性の地位は、天皇や上皇との距離によって、女房・女官の業務分担や女院が形成されていたことを知る。鎌倉時代に入ると、北条政子に代表されるように、夫の死後は家長権を持ち、財産も政治的な力を持つにいたるが、室町時代から近世社会では、男性中心の「家」を前提にした身分が固定化し、明治憲法、皇室典範により皇位継承から女性は排除され、民法下でもその劣位は制度化された。  
 こうした流れは、どの時代にも、女性が常に差別されていた存在でなかったことを教えてくれる。しかし、私たちにより身近な、近代に入ると、むしろ、差別が法制化され、強化された側面があったこと、それに抵抗する、例えば、女性たちによる国会開設運動や自由民権運動などは、第7章のカタログでの解説に留まり、展示には、岸田俊子も福田英子も見当たらない。さらに、平塚雷鳥らによる「青鞜」や市川房枝らによる婦人参政権運動についても同様であった。また、逆に、日中戦争下における大政翼賛体制に取り込まれる女性たちの動向が顧みられる展示もなかった。
 
さらに、明治憲法下における天皇制が、「性差」を拡大、固定化に貢献し、皇后や皇太后に振り当てられた役割などにも言及すべきではなかったか。

「性の売買と社会」

 今回の展示で、一番力が入っていたのはこのテーマであったと思う。「性の売買」というテーマの設定もかなりストレートなものに思えた。近世・近代における遊郭の実態については、初めて知ることも多く、性を売る側、買う男性たちの生々しい資料に圧倒された。とくに性を売る女性たちによる声に加えて、遊郭の営業を支える金融の仕組みなどを示す資料も初めて目にした。近代の公娼制度は、性を売る女性たちの「自由意思」のもとで展開されたのであるが、現実には、「貸座敷」に拘束され、廃業の自由はなかった。近代の遊郭は、近世の遊郭、宿場町、居留地、産業・商業都市、軍隊の駐屯地、植民地都市などで営業された(カタログ208頁)。私の住む、歩兵第二連隊が置かれた佐倉市も例外でなく近隣の弥勒町にあったという。

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1849(嘉永2)年、新吉原遊廓「梅本屋佐吉」の遊女たち16人が、楼主・佐吉の非道を訴えるため、集団で放火し自首するという事件が起き、江戸の評判となる。梅本屋佐吉お抱えの遊女・桜木の日記「おぼへ長」は、この事件の裁判調書にとじ込まれていた。桜木の日記は、梅本屋における遊女たちの過酷な生活を物語る貴重な資料である

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日露戦争時、佐倉遊郭の佐倉歩兵第2連隊凱旋記念ハンカチ

 ここにも、近代に入っての廃娼運動や日中戦争、アジア太平洋戦争中の従軍慰安婦については、カタログには「前借金を返済されるために戦地の日本軍『慰安婦』になることを余儀なくされたのである」(222頁)と記されるにとどまり、組織的に戦地や植民地に連行されて強制された売春、敗戦後における占領軍相手の売春などには触れていない。さらに1946年、GHQにより公娼制度は廃止されたが、1957年「売春防止法」施行までの暫定措置として、政府は「特殊飲食街」(赤線区域)として、認めていたという。そういえば、私の生家がある池袋、池袋駅西口前の「ヤミ市」には、子どもの頃、母親と買い物に出かけていたが、あの周辺に「トクインガイ(特飲街)」というのがあるということは、その意味も解らず、耳にしていたことだった。池袋には「三業地」というのもあって、小学校の同じクラスに三業地に住む友達もいて、家は「待合い」だと聞いて、母親に、「『待合い』って、何?」と尋ねたことは覚えているが、何と答えてくれたのだろう。
 それはともかく、「売春防止法」は性交のみを対象としているので、性風俗関連特殊営業」において、「『売春』自体も半ば公然と行われているのが日本の現状である」(223頁)と、このテーマの解説の最後に記されるが、このあたりの解説も2頁ほどだし、展示も極端に少ない。

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滋賀県八日市町「清定楼」の「遊客名簿」、滋賀県では敗戦後においても規則により名簿の作成がなされていた。客はほとんどが地元の近隣で、半分以上が農業で20代が圧倒的に多かったという

 現在、韓国の慰安婦問題について、政府は決着済みとするが、様々な論議が活発である。それへの言及がないのも残念であった。”国立“由来の博物館であることによる忖度でもあったのだろうか。

「仕事とくらしのなかのジェンダー」

 第6章と第7章の展示は、隣り合わせながら、第7章に入ると、突然、敗戦後の展示に変わる。私は、とくに近・現代における女性の職業と暮らしの展示に着目し、私自身の世代の職業生活と重なる部分をたどりたいと思った。私が就職した1960年代といえば、若年定年制、結婚退職制がまだまかり通っていた時代、産前・産後休暇の取得さえ肩身の狭い思いをし、育児休暇は夢に過ぎなかった。それでも、その後、1976年育児休業法施行、1985年男女雇用機会均等法成立、女性差別撤廃条約批准、1999年男女共同参画社会基本法施行などを経て、2019年働き方改革関連法(労働法関係法一括改正法)の成立に至る。しかし、このあたりことは事実としても伝えられないし、その評価もされていなかった。働き方改革自体も、有給休暇取得の義務化、同一労働同一賃金の実効性はあるのか、残業時間の上限が高すぎないかなどが問われているが、保育所の不足、女性労働者のパート・非正規化が増大し、過労死も減らず、セクハラ、パワハラも横行しているという実態は、多くの働く女性を苦しめていることを忘れてはならないだろう。さらに、戦時下の「銃後」を支えたことによる、その功罪にも触れてほしかった。

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第7章、冒頭の展示は、1948年、労働省婦人少年局のポスターだった

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館内見学用のチラシから

 

最後に

 天皇制の問題にしても慰安婦問題にしても、さらには性的少数者への言及がない展示について思うのは、学問の自由、研究の自由、そしてそれを発信する自由を、自ら萎縮させることにはならないでほしい、と切なる願いであった。
 そして、さらに、気になったのは、「性差(ジェンダー)」の用語を用いながら、私たちが、日常的に使用している「性による差別」、「差別」という言葉が意図的に使われていないように思えた。その代わり、「男女の区分」「女性の排除」「男女の分離」「性別規範の負荷」、性差による「抑圧」、「性による不平等」といった表現の使い分けは、担当執筆者の表現の違いなのか、程度の違いなのか、質の違いなのか、迷うところだった。展示のキャプションも、カタログの文章も学術論文ではないので、シンプルで分かりやすい表現が求められよう。
 今回は、文芸における「性差」が、まったく扱われることはなかった。文学、美術、音楽、演劇、教育あるいは、科学技術、医療・福祉分野などでの「性差」についての研究書や論文は、数多くあり、さまざまな研究会やシンポジウムなども開かれている。美術館や文学館、演劇や音楽の舞台でも、問題提起がなされてきた。歴博においても、「歴史民俗博物館」として、一つの分野での「性差」の日本史の試みを、シリーズで開催するなどをできないものか期待したい。

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コメント

学術会議の人員任命騒動。いろいろやかましいが、偉い学者?たちが学問の自由などと喚いているらしい。本当に自由を求めているのか、危ない危ない。国から予算をもらって国家から自立なんてあるのかね。加納さんが消えてからジェンダーから離れてるが、彼女早く消えすぎた。これは学術会議と話は別だが…。

投稿: 濡れカラス | 2020年11月 5日 (木) 07時50分

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