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2021年1月 5日 (火)

「朝日歌壇」の今昔

  繰り返しになる部分もあるかもしれないが、私が会員である『ポトナム』という雑誌の「歌壇時評」として書いたものである。

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 近頃、「新聞歌壇」の様相が気になって、手元にあった古い本を読み返してみた(『斎藤茂吉選・朝日歌壇 第一集』(朝日新聞社編刊 一九五四年)。四八年八月から五三年二月の入選作品集で、茂吉は、死の直前まで選者を務め、以後は結城哀草果に引継がれた。「カーマストラ戦ひの日に讀みしことも我がひそかなる悲しみとしつ」(清水房雄 一九四八年八月)、「進駐軍宿舎のあたり夜の空つねに明るくここより見ゆる(吉村睦人 一九五〇年五月)が目に留まった。清水は三八年に、吉村は四九年に「アララギ」入会、ともに土屋文明の選を受けているが、「アララギ」会員はもっといたかもしれない。「ポトナム」会員では、四七年入会の吉田邦治、五四年入会の林安一の作品を見出すことができる。

・ふる里の木野山驛は新しき薪に埋れ今し貨車来る
(岡山 吉田邦治)(一九五一年六月)

・寺を継ぐ僧は未だに歳若く村の教師の職を捨てざる
(長野 林安一)(一九五一年一〇月)

 「朝日歌壇」が五島美代子・宮柊二・近藤芳美の共選となるのは一九五五年、前川佐美雄が加わり四選者となったのは一九七〇年。『朝日歌壇共選二十年秀歌選』(朝日新聞東京本社学芸部編 朝日ソノラマ 一九七六年)の「序」では、共選のねらいは、広い読者層から、日々の生活の中から湧き上がる平明率直な歌を取り上げることだと記す。この「朝日歌壇」からは、次のような歌人も巣立つ。

・夜の団交勝利のごとく伝えられ帰る工員らに門開けてやる
(仙台 佐藤通雅/近藤選)(一九六一年)

・苦しかりし試験終わりぬ頭より湯をふんだんに今宵は浴ぶる
(東京 日賀志康彦(高野公彦)/宮・近藤選)(一九六四年)

・爪立てて「同志よ黙秘を」と刻み来し我が房の壁今宵誰が見む
(吹田 道浦母都子/五島・宮選)(一九七一年)

・祖母と呼び孫と呼ばれし事もなく見知らぬ祖国に果てしを知りし
(上野 李正子。宮・近藤選)(一九七三年)

  現在の「朝日歌壇」は、馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏による共選が続き、たしかに「平明率直」な歌が多く採られている。遡れば、大堀昭平、島秋人という獄中歌人に、死刑囚坂口弘、米国での終身刑囚郷隼人、ホームレス公田耕一が続き、現在は十亀弘史らの入選作が注目されている。入選者の常連化、話題性の高い作者の入選作が目立つのは共通点といえる。この傾向に輪をかけたのが、常連入選者に幼児や小中高校生が登場したことである。彼らの成長を見守るかのような選歌が続き、その短歌を題材にした入選作も登場、松田梨子・わこ姉妹、山添聖子・葵・そうすけ一家などは、まさにアイドルと化し、しばし盛りあがるのである。「新聞歌壇」のサロン化といってもいいかもしれない。もう一つの変化は、短歌が時代を反映するというのは当然ながら、反応が早い「時局詠」「社会詠」が多くなったことである。東日本大震災の頃からか、原発事故・災害、安保体制への不安、新型コロナウイルスの恐怖、日本学術会議への圧力などのテーマの歌が続出するという現象である。上記二冊の時代を通して、「時局詠」的なものは決して多くはなかった。短歌入門者の通過点、修練の場という役割を担ってきた「新聞歌壇」、短歌と一般読者を結ぶチャンネルとして親しまれてきた「新聞歌壇」はどこへ行くのか。月二回の「時評」は、逆に、執筆者の師弟関係や仲間内でのオマージュ、「歌壇」にしか通じない、社会性のないテーマが多いのも気なるところだった。(「歌壇時評」『ポトナム』2021年1月号所収)

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左側の『朝日歌壇 共選二十年』は、横長の本で、初年1955年の頁を開くと、右側には一年の主な出来事が知るされている。冒頭に「テレビ、洗濯機、ミキサーなど家庭電化時代始まる。マンボスタイルが流行」とある。入選作の1頁目には、つぎの1首があった
・未来にもわれにも向いて走りつつ届かぬ星の光あるべし(東京)石本隆一 五島選

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