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2021年6月29日 (火)

コロナ禍の五輪は中止して!天皇の「五輪で感染拡大の懸念」拝察発言の違憲性

「今からでも遅くはないから」五輪は中止して!という思いは、多くの国民の願いではある。しかし、IOCもJOCも、東京都も政府も、五輪開催にこぎつけさえすれば、メディアも国民もこれまでのいきさつを忘れて、盛り上がるに違いない、コロナ対策の失敗も遠のき、原発再稼働も辺野古の基地建設も進められる、もろもろの不祥事も吹き飛んでしまう、とタカをくくっているのかもしれない。

 そんな折、6月24日、西村宮内庁長官が定例会見で、天皇が「五輪の開催による感染拡大」を懸念しているという「拝察」発言があった。この報道は、国の内外に大きな波紋を広げた。
 ひとつは、天皇は、国民の声を代弁してくれた、というもので、開催強行突破の国政に水を差したとして、反対勢力やリベラルとされる人たちの共感をともなうものだった。
 
ひとつは、天皇は憲法4条により、「国政に関する権能を有しない」のだから、世論を二分するような五輪開催についての発言は、許されない政治的発言だとする見方である。
 さらに
、これまでの政権が、批判を浴びつつ天皇や皇室を政治利用してきたことに加えて、宮内庁サイドが「拝察」という形でガードしてきた経緯はあるものの、象徴天皇制のもとでは望ましくない、とする見方である。

 政府は、ただちに、「懸念」拝察発言は、西村長官の「個人的な見解」であると、菅総理、加藤官房長官、丸川五輪担当大臣は、口を揃えて、無視する構えをとった。一方、社民党はツイッターの公式アカウントで「象徴天皇制を揺るがす大変問題のある発言」、共産党の志位委員長は「天皇は政治にかかわらないことになっており、それをきちんと守る必要」と述べている(「こちら特報部」『東京新聞』2021年6月29日)。 
 また、今日6月29日の「文春オンライン」の記事「《天皇陛下の“御心”を菅政権は無視?》宮内庁長官の異例発言「オリパラご懸念を拝察」の重すぎる意味」(朝霞保人)は、いかにも、皇室ネタ大好きな文春らしく「御心」とは、恐れ入るのであるが、菅総理の「内奏」直後だっただけに、総理が天皇の「懸念」に耳をかさずに招いてしまった場合の感染拡大の責任は重大であるという主旨に思えた。

 現憲法下の天皇には、もちろん、政治的な発言は許されない、と私は思う。天皇は、憲法上、「国事行為」のみに限られていて、人間が「象徴」になるという「擬制」自体が成立しにくいとも思っている。しかし、とくに平成期の天皇は、皇后とともに、「国事行為」でもなく、まったくに「私的行為」でもない、いわゆる「公的行為」というあいまいな諸活動を拡大に、拡大を重ねてきたといえる。植樹祭、国民体育大会、豊かな海づくり大会、全国戦没者の追悼式に参加して、「おことば」を述べ、被災地訪問、慰霊の旅などを重ね、国民に声をかけ、短歌を詠み、発表してきた。「国民に寄り添う」というスタイルを確立して、その振る舞いが、広く支持されてきた平成期であった。

 さらに2016年の生前退位の表明は、いかにも唐突であったが、政治の過程を経ることなく、メディアを通じて国民へ直接語り掛けるという行動に出て、憲法が想定しない「生前退位」の特別法を全会一致で成立させてしまったのである。こうした行為こそ、政治的な権能を発揮した一例であったが、議会も、政府も、メディアも「長い間ご苦労様でした」というムードを作り上げてしまい、大方の国民を「奉祝」へと向かわせたのであった。憲法上の異議を唱える研究者や歴史家の声は消されていったのが、今回の代替わりといえる。

 さらに、1986年から始まった国民文化祭も各県を回るが、第1回から皇太子が出席し続け、天皇になった現在も、出席するようになり、平成期に積み上げてきたものを継承しようとする意識は強い。ただ、コロナ禍と重なり、現天皇は、思うように動けず、オンラインによる参加や進講を受けるなどしている現況の中での、今回の出来事ではあった。
 東京五輪の名誉総裁を務める天皇は、五輪によってもしコロナ感染が拡大するようなことになったときのことを考えて、いわば、身を守る、責任回避の意図もあったかもしれない。こうして、天皇制は、守られ、強化されていくことに、私たち国民は敏感にならなければと思う一件であった。
 議事堂の玉座からの天皇の「おことば」で始まる国会開会式の参加を拒み続けてきた共産党は「天皇の言葉に政治的な内容がない」として、2016年の国会から出席するようになり、特例法にも賛成してきたのだが、志位委員長の一言との整合性が問われるだろうし、リベラルを称する「識者」たちの言動も、いかにもあいまいなのである。

 

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2021年6月28日 (月)

コロナ禍の五輪は中止して!(1)「今からでも決して遅くはないから」

 「今からでも決して遅くはないから・・・」 これは「戒厳司令部」からの「伝単(ビラ)」ではない。多くの国民の願いでもある。

 五輪東京招致は、福島の原発事故による汚染水が「アンダーコントール」されているとのウソからは始まった。「東日本大震災の復興の証」は、コロナ禍で消えた。にもかかわらず、一年延期後もほとんどの政党やメディアは、つい最近まで、「中止」を掲げることはなく、頑張っている選手たち、さまざまな工夫をしているホストタウンとなった自治体、五輪関係者たちに意気込みを語らせ、競うように情報を流していた。IOC、JOC、政府や東京都は、もちろん、五輪の“実施本部”を置く、国策メディアNHK、スポンサーとなっている大手報道機関は、今でも五輪推進の旗を掲げ、国民の多くの不安や中止という民意に応えようとしない。  
 そもそも、東京オリンピック2020に反対する手立てもしなかった人たちが、いまさらながら、世論を見極めながら、そろりと中止を言い出しているのが現状だろう。
 
新型コロナウイルスの感染が、いっこうに収まらない中、ムリヤリ、意地になって五輪を強行しようとしている政府与党。強行して、だれがどれだけ得をして、だれがどれだけ損をするのだろうか。国民の、そして、五輪関係者の命や健康まで犠牲にして、五輪を開催するメリットは、何なのか、そこが明確になっていない。
 最近になって、ワクチン接種普及と水際対策が、五輪突破のカナメのような情報発信がなされてきたが、どちらも「ヤルヤル詐欺」まがいの状況に振り回されてきた。ここにきて、そのどちらもすでに破綻していることが明確になった。

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衆院本会議に臨む(右から)菅義偉首相、河野太郎行政改革担当相、田村憲久厚生労働相=国会内で2021年4月20日午後1時6分、竹内幹撮影。「「信用できない」「あいまい」ワクチン供給めぐる政治家発言に批判」2021年4月23日『毎日新聞』

 医療従事者・高齢者はもちろん、介護従事者、高齢者施設職員、保育・教育従事者などへのワクチン接種のすべてが中途半端な状況で、集団接種、職域接種まで手を広げたものの、その運営の拙速さもさることながら、ワクチン自体の供給のめどが立たなくなって中止することになった。基礎疾患を持つ人への優先接種はどうなったのか?その掛け声も聞こえなくなった。河野担当大臣は「チケットの予約と違って、売り切れはないから、あわてずに、落ち着いて」などとの発言していたのはいつのことだったか。早い者勝ちの、都市住民優先、大企業優先などの「差別」がまかり通ってしまった。派手なマスクが自慢の河野大臣に接種会場を視察されても事態は一つも変わらない。

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政府は、こんなスケジュールを発表していたが・・・
2021年1月27日『朝日新聞』より

 コロコロと変わる、飲食店などの営業制限と補償対策、給付金の遅れの中で、失業、廃業、生活困窮に追いこまれる人が続出、その手当てがまるでできていない実態を、菅首相や加藤官房長官、小池知事たちは知ろうともしないだろう。挙句の果て、都知事は雲隠れしてしまった。自分の身をめぐって戦略でも練っているのだろう。診断書ではどうなっているのだろう。

 海外からの選手や関係者への水際対策も、受け入れ自治体の保健所任せで、感染者を移動させてしまうという失態に、何をいまさらあわてているのか。関係者の会食・飲酒などはさすがに引っ込めたが、感染対策のずさんさはこれからもどんどん明らかになっていくだろう。そこまでして、五輪を強行するのはなぜか、の最初の疑問に突き当たる。

 ところで、首相はじめ関係閣僚は、7月中には、高齢者の希望者には全員ワクチンの2回目が完了のめどが立ったというが、私は7月29日ぎりぎりだし、連れ合いは8月にずれ込む。どのくらいの接種率かと調べ始めると、厄介なのだ。結論的に言うと、6月27日現在、高齢者を含む一般国民の接種率は以下の表のようになった。2回目接種完了は6%前後に過ぎない。ワクチン接種は加速して、1日100万回を達成したと、官房長官は胸を張ったが、1・2回目をあわせての数であり、100万回を超えたといっても、6月の9日、15日、16日の3日間に過ぎない。グラフで推移をみると、どういうわけか、全国では6月16日、東京は6月20日、千葉は6月22日をピークに下降線をたどっているのである。しかも、1日100万回の接種達成というのは、医療従事者を含めてのことらしい。たとえば、一般でのピーク6月16日の1回目51万6742人、2回目44万7623人に医療従事者11万8735人を合わせてのことだった。

 私には、以上の数字をたどるだけでも、時間を要した。厚労省「新型コロナワクチンについて」の中に「新型コロナワクチン接種の実績」というデータは今年の「4月9日まで」とある。4月12日以降は「首相官邸のホームページ」へという。首相官邸「新型コロナワクチンについて」を開くと、「一般の接種(高齢者を含む)」と「医療従事者などの接種」に分かれる。国民全体の接種回数と接種率は、出てこないので、首相官邸の「ワクチン接種状況ダッシュボード」作成担当の内閣官房IT室に尋ねると、ここでは「承知していない」という。内閣官房広報室があるというので、代表にかけ直すと、交換台は、用向きをしつこく聞いてくる。広報室は、各担当からのデータを載せているだけだから、医療従事者の接種者合計と接種率は厚労省に聞けという。質問ではない、意見があるのだがというと、広報室で対応するが、いま5人が待機しているから、後で掛け直せと、断られたも同然である。こうして、国民の質問や意見を蹴散らすことしか考えないのが役所なのだろう。首相官邸のほーみうページには、電話番号は一切記載されていない。

 そしてたどり着いたのが、NHKの「特設サイト・新型コロナウイルス・データでみる」のサイトであった。こちらの方がまだわかりやすいが、尋ねたいことがあっても、電話での質問は受け付けていない。

 ことほど左様に、わずかなことを知ろうとしても、その壁は厚い。今年の1月18日に新設のワクチン担当大臣に就任した河野太郎はもともと軽いが、パフォーマンスが過ぎて、情報もまともに収集できずに、先走ったことばかりを言う。

 現在のワクチン接種状況(一般)


 


全国


東京


千葉


人口(人)


127,128,906


13,832,804


6,319,713


1回目接種率(%)


16.84


14.15


15.82


2回目接種完了率(%)


6.54


5.42


5.82


65歳以上接種率(%)


22.51


23.35


21.03

<参考>
「ワクチン接種状況ダッシュボード」(首相官邸 2021年6月27日版)から作成内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室https://cio.go.jp/c19vaccine_dashboard

NHK特設サイト・新型コロナウイルス・データで見る
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/progress/#mokuji2

 

 

 

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2021年6月11日 (金)

読売新聞の今朝のコラムに、つぎの一首が紹介されました

ひらく傘に音立て雨滴はずみたる朝は小さき旅が始まる
『野にかかる橋』(ながらみ書房)

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読売新聞 2021年6月11日、より。6月11日は、入梅の日なることが多いことから、業界では「雨傘の日」としているとのこと。

 昼下がり、うとうとしているところに、いとこから「新聞、見ましたよ」とのショートメールが入った。何のことかわからず、電話すると、今朝の読売の長谷川櫂さんのコラムに私の歌が載っているのだという。我が家では、残念ながら読売は購読していないので、近くのコンビニに走った。”新聞”に載るなんてめったにないこと。そういえば、10数年も前に、『日本農業新聞』の草野比佐男さんのコラムの時も、近くの農家の方からの電話で知らせてもらったことがあった。当時、出していたミニコミ誌の取材で知り合った方で、『世界』や『中央公論』を購読しつづけ、政府の減反政策に抗して、田んぼの一枚に「コメクエ コメクエ」などの稲文字を毎年制作していた気骨のある方だった。

 

 

 

 

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2021年6月10日 (木)

NHK、ここまでやるのか、五輪開催高揚報道~歌人や短歌まで動員?

NHKテレビのニュース番組の偏向が言われて久しいが、まるで政府の広報番組と化してしまったのではないか。近年ますます顕著になってきた。国会の質疑でも、何を質したかは省略して、首相や担当大臣の答弁の「いいとこどり」の答弁を流すのが常套手段である。

いま、コロナ禍の中の五輪関係報道を見てみよう。新型コロナウィルスの感染拡大で、感染症の専門家、医療関係者、市民の間でも、五輪開催が危ぶまれ、開催によるリスクや不安が高まる中でさえ、毎日、毎日、ワクチン接種がスムーズに進んでいる、離島や小さな村などを例に、「よかった」「安心した」の声を流す。ワクチン接種拡大、加速の方針が決まったとか準備をしているというだけで、その自治体や企業の様子をこと細かに報道する。新規感染者がいかに減少したかを強調するが、死者数が高止まりしていることは画面の数字でしかわからない。選手らの出場決定の喜びや練習風景を伝え、聖火リレーも、沿道の人たちの五輪反対の「声」を、文字通り消音の処理をして放送したりするのである。民放の報道番組と見比べてみると、よくわかる。政府の方針や決定は、大々的に伝えるものの、その後の検証がなされないままのことが多い。高齢者のワクチン接種にしても、予約のしづらさ、現場の不具合やミスの多発、打ち手の不足には触れようとせず、実態は依然として厳しい状況なのに、医療体制ひっ迫の報道はすっかり姿を消してしまった。

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こんなこともある。6月7日、JOCの経理部長が地下鉄の線路に飛び込んで亡くなったニュースをネットで知った。朝の事故であったらしい。午後には、多くのメディアがネット上発信し、一部の記事では氏名も記されていた(一番の速報は産経新聞の6月7日15時21分、ではなかったか)。NHKテレビでは当日の夜7時のニュースでも、9時のニュース番組でも報道されなかった。8日にも報道された形跡はない。タレントの結婚や自殺などまで報じているのに、とその社会的重要性の判断基準を疑ってしまう。そういえば、NHKに限らず、このニュースの続報が少ないのは確かで、かえって、JOCに何があったのか、その闇の深さを思ってしまう。

また、NHKEテレには「NHK短歌」という日曜の早朝番組がある。私は火曜午後の再放送で、ときどき思い出したように見ることがある。見るたびに思うのだが、選者の歌人が真ん中に、その両脇にはレギュラーの司会とアシスタント、歌人の隣には、ゲストとして、タレントやお笑い芸人、スポーツ選手などが並ぶ。歌人は、ゲストに自分のお気に入りの人を選ぶ特権も一、二あるらしく、番組の冒頭でそんな<ご挨拶>を聞かされることがある。選者の歌人が若くなったこともあり、歌人以外の出演者は、みな、テレビで活躍の人らしいが、私などには、初めて聞く名前や初めて顔をみる人が多い。昔は、アナウンサーと歌人が、入選作の紹介と鑑賞をするのが中心だったが、いまは、たった25分間の中に、いろんなコーナーがあり、バラエティのようになってしまった。テレビもあまり見ないという若年層をターゲットにしているとしても、どこか半端な気がしている。新聞歌壇を含めた短歌投稿マニアの作品が出てくることも多い。

そんな「NHK短歌」が、この四月に、選者も変わり、リニューアルをして、4週・5週は、「頑張る人たちを短歌で応援する活動」を「タンカツ」と称する企画が始まったらしい。その直近の5月4週・5週は「タンカツ・パラスポーツ」と称する、パラリンピックを盛り上げる番組にしか思えなかった。歌人とタレントたちがぞろぞろと、ブラインドサッカーや車いすの学生のボッチャを見学したり、一緒にやってみたり、車いすを製作する工場見学に出かけて、短歌を詠んだりという流れであった。オリ・パラ高揚番組に短歌や歌人が動員されているという印象を持つのだった。

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写真は東洋学園大学HPより。選者の佐伯裕子さんの判定で、つぎの一首が優秀作とされた。
「腕を振りボールを丸めていざ投球 ボッチャ対決トンシュルルルルー」(井戸田潤)

 もっともNHKには、「東京オリンピック・パラリンピック実施本部」なるものが設置されているというのだから、なんと主催者のつもりらしい。これだけ強行しておきながら「私は主催者ではない」という菅首相の無責任ぶりもさることながら、NHKにオリ・パラの実施本部があるというのだから恐ろしいではないか。

 それでいて、話はやや飛ぶが、NHKは、かんぽ生命保険の不正販売をめぐっての経営委員会の議事録の開示請求を、報道機関や市民団体が行い、「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」という第三者委員会から昨年、今年と二度も全面開示の答申を出しているにもかかわらず、いまだに開示されてない。市民団体の開示請求には、「開示の判断に時間を要する」と二度の延長通知が来たので、提訴の準備を進めることになったという。全面開示できないよほどの不都合があるに違いない。

 この閉鎖性と政府広報化は一体となって、受信料を支払っている視聴者を置き去りにし、公共放送の役割をどんどん失ってしまうのか。

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「毎日新聞」2021年6月9日より

  そこで思い起こすのは、とくに、太平洋戦争下、NHKが「国営ラジオ」とまがう、戦意高揚番組を率先して放送していたことである。同時代を生きていなかった者でも、見聞きはしていると思う。戦況はすべて「大本営発表」をそのまま放送し、兵士や戦場の記者たちの声、戦死者の遺族、差別されていた障がい者や病者の訴え、政府や軍部を批判する発言や活動は、すべて封印されてしまったのである。 
  1938年9月1日発表のラヂオ標語一等入選作は、「挙って国防 揃ってラヂオ」であったし、40年4月3日発表のそれは「明けゆくアジヤ 導くラヂオ」であった。1940年から詩の朗読の時間は、一カ月に一度くらいの特別番組だったが、1941年12月8日の開戦直後からレギュラー番組に昇格した「愛国詩」には、高村光太郎、野口米次郎はじめ、多くの詩人たちが動員され、東山千栄子、長岡輝子、丸山定夫、山村聰らの演劇人によって朗読され、1944年末まで続く。そこには「愛国和歌」として、佐佐木信綱、北原白秋、斎藤茂吉らの短歌も登場する。歌人たちは、ラジオよりは、短歌雑誌はもちろんながら、文芸誌、総合誌、女性誌、新聞などへの起用は目覚ましく、活躍の場を広げ、競うように、戦意高揚短歌を発表するようになってゆく。

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