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2024年4月 7日 (日)

小石川、文学散歩に参加した~サクラには少し早かったが(1)

 3月にしては、記録的な暑さだったという3月31日、初めてながら『新日本歌人』の文学散歩に参加した。メトロ茗荷谷駅集合、小石川植物園近辺を経て、JR大塚駅解散、約二時間なら、私にも参加できそうであった。それに、茗荷谷は、高校・大学併せて7年間乗り降りした駅でもあった。が、意外と近辺を知らなかったことは、2019年3月30日の社会文学会の文学散歩の折にも痛感したのだ。あの時は、後楽園駅集合、茗荷谷駅解散だったが、今回のコースは、少し違っていた。いずれにしても坂の地域、脚の方は大丈夫だろうか、やや不安もあったのだが。

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今日の案内人は、永島民雄さん、茗荷谷駅にて

 総勢23人、最初の坂は、かつて、名前も知らなかった「湯立(ゆだて)坂」であった。いまは暗渠になっている谷端川が渡るのに難所であったための「湯立神事」に由来するそうだ。下り初めてすぐ右側に、山林で財を成した磯野敬の旧邸があるが、正門の前を通る。地震と火災に強い建築ということで、壁を増やし、銅張にしたことから、「銅(あかがね)御殿」と呼ばれるようになったという。そして左側には「占春園」の入り口がある。徳川光圀の弟頼元家の庭園だったそうだ。かつての東京教育大学跡の「教育の森公園」と隣接する小さな公園だが、池と鬱蒼とした樹木、加納治五郎の銅像は相変わらずであった。巨樹となったイチョウはすぐわかったが、カツラ、シロマツ、足元にはさまざまな草や花が、名前を知っていたら楽しかろうに・・・。遊歩道はだいぶ整備されていた。

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湯立坂、右手に見えるのが旧磯野敬邸正門。「新日本歌人」の赤い旗ののもと、少し恥ずかしい気もしたが。

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誰でも入れる公園だが、筑波大付属小の自然観察の場でもあるという

 つぎに寄ったのが、啄木終焉の地、今は、文京区の施設の一階に小さな展示室とその傍らには歌碑が建っている。ここで一同、集合写真を撮り、播磨坂へ向かう。「さくら祭り」とはいうものの、サクラはまだつぼみで、いささか寂しいが、休日なので家族連れで結構にぎわっていた。

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唯一花をつけていたサクラ

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想定外の暑さに、子どもたちは、水遊びに余念がない

 

<関連過去記事>

文京・春日・小石川=坂と文学をめぐって(1)(2)
2029
43日/8日
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/04/post-c58a.html

https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/190233/entries/90880771

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