「何か求むる心海へ放つ」(放哉)って、今は少し恥ずかしい
前の家では物置に置きっ放しにしておいた、若い時の書作品が出てきた。これまで、『ポトナム』で指導を受けた先生たちの色紙を額に収めて飾ることはあっても、拙作を部屋に飾るということは思い浮かばなかった。それでも、私の部屋をリホームした昨年、その一つを持ち出して飾った。その後、転居の話が急に進み、あたらしい住まいはコンパクトながら、どうしたわけか、昔の拙作が懐かしく、飾ってもいいかなという心境になった。上記「何か求むる心海へ放つ」と同じ尾崎放哉の「たった一人になりきって夕空」の二句を認めた軸、夫が運んでくれた、大きな額の「大工町寺町佛町老母買ふ町ありやつばめよ」(寺山修司)などを並べてみる。上の二作は、職場のサークルで、同僚でもあった書家の宮本沙海さんの指導で続けていた頃、「墨の国展」(内山雨海主催)に出品した思い出の作でもあった。しかし、いずれも若気の至りというか、今なら、こんな句や歌は選ばなかっただろう。寺山の歌、「町」のリフレインが気に入っていたのだが、自分自身が「老母」となった今では、自虐の歌にもなってしまう。少し、恥ずかしいけれど、自分の部屋には放哉の軸にすることに。
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