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2025年10月11日 (土)

雑誌の廃刊が続く中で(4)『季論21』の廃刊

  『季論21』は、我が家ではどちらかといえばなじみのある雑誌だった。人文・社会科学系の幅広いテーマを扱っていたので、私は、文学、メディア関係の論説などは拾い読みしていた。まさか自分のところに依頼が来るとは思わなかった。編集長、新船海三郎さんから、新刊書、中村稔『高村光太郎の戦後』(青土社 2019年6月)の書評をとのことだった。私は、19年1月に『斎藤史<朱天>から<うたのゆくへ>の時代』を上梓したばかりで、戦時下の斎藤史と同時代に“活躍”した文学者たちのあり様にも関心があり、高村光太郎もその一人だった.。「光太郎の戦後はどうであったのか」を深く知りたいと思ったので、引き受けることにした。

  『高村光太郎の戦後』を読むほどに、調べるほどに、「書評」という範疇をはみ出してしまい、高村光太郎の戦中・戦後の様相を呈し、かなり長いものになってしまった。できるだけ、詩作品を引用して、具体的に示したつもりで、17頁にもなってしまった。編集長には、申し訳なく、ひたすら感謝するばかりであった。

 その内容は以下の通りとなった。

・「暗愚小伝」は「自省」となり得るのか――中村稔『高村光太郎の戦後』を手掛かりとして (『季論21』46号 2019年9月 本の泉社)
はじめに/蟄居山小屋生活の実態/『高村光太郎の戦後』にみる光太郎の「自省」とは/日本文学報国会の高村光太郎/戦時下の朗読運動の中の高村 光太郎/高村光太郎における試作品の隠ぺいや削除はあったのか / 付表・高村光太郎詩集・選集の出版概要一覧(1914~1966)

 この『季論21』は2008年夏号として創刊、2020年秋号50号をもって廃刊となってしまった。

460001  46
『季論21』46号(2019年9月)目次

  上記拙稿は、最初の原稿メモからは詩作品の引用を短くしたり、資料の図を削ったりしているので、発表後、そのメモ様のものを「内野光子のブログ」に何回かに分けて、気ままに余分なことも含めて、連載している。関心のある方はそちらを見ていただければありがたい。

・あらためて、高村光太郎を読んでみた1~9(『内野光子のブログ』2019年9月9日~9月25日)
1教科書の中の光太郎/2食へのこだわり/3「地理の書」の改作と削除/4光太郎の世界地図帳/5民族の「倫理」と「美」と/6戦争詩において天皇はどのようによまれたか/7敗戦後、天皇をどうよんだか/8晩年の「新しい天の火」/9芸術院会員辞退のこと

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佐倉の秋祭りの2日目の10月11日はあいにく肌寒い雨となった。山車もシートをかぶり、人間も雨合羽着用で、印半纏の若い女性に「ご苦労様です」と声を掛けると、「ホント、ヤバイっす、この雨」と顔をぬぐっていた。

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コメント

いつも楽しみに拝読しているものです。コメント欄があることを知り利用してみました。

あらゆる差別の源泉である天皇制の問題について、いつも考えながら何もできないでいるなか内野さまのブログやご本で勉強させていただいております。

「リベラル」フェミニストといわれる人たちも、前提が天皇制容認になっているなか、「女性初」総理の誕生でフェミニズムもファシズムに取り込まれていっているのが空恐ろしいです。

雑誌も廃刊が続き、いよいよどうやって言葉を伝達できるのか難しくなってきたと感じますが、私のように何も発信できなくても励まされている者がたくさんおりますので、どうぞ今後ともいろいろな形でご執筆を続けられますようお祈りしております!

ファンです!

投稿: にしだゆうこ | 2025年10月16日 (木) 20時51分

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