« 2025年10月 | トップページ | 2025年12月 »

2025年11月30日 (日)

なぜ、いま「ボンヘッファー」か~神を信じなくとも

  11月26日には、連れ合いと千葉劇場へ「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」を見に出かけた。千葉駅からモノレールで二駅、葭川公園前で下車。千葉劇場は、私は初めて。

  ボンヘッファー(1906~1945)は、若きキリスト教神学者であったが、ナチスによるユダヤ人迫害や教会への弾圧が激しくなると、聖職者たちさえヒトラーを崇拝する「帝国教会」を目の当たりにして、牧師ながら、ナチスへの抵抗運動に身を投ずるなか、スパイにもなり、ヒトラーの暗殺計画にも参加するようになる。信仰と信念を貫き、ついにはフロッセンビュルク強制収容所へ送られる。即決裁判により国家反逆罪で絞首刑に処せられたのが1945年4月9日、4月30日には、ヒトラーの自殺によりナチスは事実上崩壊するのである。

Photo_20251129152201
原題は、"BONHOEFFER PASTOR・ SPY・ ASASSIN" (2024年)、アメリカ、ベルギー、アイルランド製作、監督のドット・コマーニキは、「ハドソン川の奇跡」以来だという。

 映画は、愛情豊かな家族と共に過ごす少年時代の回想から始まる。第一次世界大戦で戦死した兄の遺品の聖書を母から手渡され、信仰への道を深めて行き、ベルリン大学神学部卒業後、助手となって1930年から一年間アメリカに留学、ニューヨークの神学校で学びながらハーレム地区出身の友人と知り合い、黒人たちの力強い生き方と差別のきびしさを知る。その後、牧師としてロンドンの教会に着任するが、ナチスの台頭著しく、1933年1月ヒトラー内閣が成立、ナチスへ抵抗すべく同志たちと「告白教会」を結成すると、彼はベルリン大学を解任される。アメリカへ渡り、亡命をも勧められるも、1939年7月にはドイツに帰国、1943年4月、ユダヤ人亡命に関与したとしてゲシュタポに逮捕され、テ―ゲル刑務所に収監される。ドイツ国防軍内の反ヒトラーグループのヒトラー暗殺計画に参加するが、1944年7月20日の決行は失敗に終わる。それへの参画が発覚してフロッセンビュルク強制収容所で処刑されるまでを描く、2時間を超える大作である。抵抗運動のさなかでの家族とのさまざまなエピソードや同志の聖職者たちとの軋轢やナチス軍の兵士や収容所の看守たちが、ひそかに見逃したり、窮地の場面で助けたりする場面もいくつか描き出される。

  ただ私には、回想場面、彼が場所を変えての活動場面などの切り替えについていけず、ストーリーがつながらないところもあった。だが、彼のスピーチやノートに書きつける言葉の数々には、共感することも多々あった。キリスト教理に疎い私には、理解が届かない部分もあったが、繰り返されるのは「ヒトラーが神より上に位置する」ことは許されず、「人間が完全従属すべき対象は神の掟であり、偽預言者のそれではない」「悪の前の沈黙は悪であり、神の前に罪である」・・・。「神」を持たない私は、これらの「神」をその都度「信念」に置き換えてはみるものの、なにほどのことができたのか、心細い。

  ボンヘッファーについて、日本でも、1980年代から、著作や書簡集、伝記などの翻訳が出されていて、キリスト教関係者や研究者の間では、評価が高く、それは現在も続いている。しかし、私たちがボンヘッファーを知ったのは、ごく最近のことである。2019年6月、5日ほど滞在したハンブルグを発つ朝、ホテルから散歩に出て、聖ニコライ教会跡に立ち寄った時のことだった。連合軍、主にイギリス軍による空襲が始まったのは1940年末からであるが、1943年7月の大空襲による被害は甚大なものであった。この教会の尖塔が140mもあったため、空襲の標的の目印となり、塔だけが焼け残ったとされる。復興後も、戦争被害のシンボルとして残し、地下は博物館となり、70メートルまではエレベーターで昇れるそうだ。その敷地のモニュメント「試練」、その銘板に、ボンヘッファーの言葉が刻まれていたのである。 

Photo_20251129152001  Photo_20190828110501_20251129151901

ヴィリー・ブラント通りに面した聖ニコライ教会の尖塔が辺りを圧する。塔の右手にはHAMBURG SDL (社会民主党)の文字が見えるビルがある。(2029年7月1日撮影)

P7014902_20251129151901
2004年に作成され銘板の右には英文が記されている。「世界中のだれ一人も真実を変えることができない。人は真実を求め、見出し、供することができる。真実はあらゆる場所にある デイートリヒ ボンヘッファー」とでも訳す?(2019年7月1日撮影)

 2019年のアムステルダム、ハンブルグの旅から帰国して、すぐに買い求めたのが、出版まもない下記の、宮田光雄『ボンヘッファー 反ナチ抵抗者の生の大部分は涯と思想』(岩波書店 2019年7月)であった。私には、少々手ごわい本で、通読はかなわないでいる。伝記の部分や詩編などをまず読んだ。「第8章ボンヘッファーと日本」において、日本の天皇制批判にも触れているというのである。「聖書研究」の一節、「十戒の第一の板」(1944年、テーゲル刑務所における執筆論文)おいて「日本のキリスト者の大部分は、最近、国家の皇帝礼拝に参加することが許されていると宣言した」ことについて、要求されているこのような国家的行為への参加、他の神々を礼拝することを拒否することが「キリスト者の明白な義務である」、イエス・キリストを否認するような行為への参加は拒否されなければならない、と述べている。キリスト教が「皇室礼拝」を相容れないことを明言し、ヒトラー総統礼拝の拒否を示唆している。

 なお、本書の末尾で、ボンヘッファーが、即決裁判で国家反逆罪で処刑されたが、1996年のベルリンの刑事法廷は、この判決を破棄し、彼の名誉を復権しているとの記述があった。また、著者の「眼前に押し迫ってくる暗く絶望的に見える既成事実に打倒され、埋没させられるのではなく〈未来の世代に対して責任を負う〉ために時代に抗して確固と立ち向かっていく決意を新たにすることこそ、ボンヘッファーをあらためて〈想起〉する意味があろう」との言葉は重い。

 

Photo_20251129231301

| | コメント (0)

2025年11月27日 (木)

何年ぶりだろう、駒場の近代文学館に出かけました。

  11月21日、最終日が明日に迫り、あわてて出かけた「滅亡を体験する―戦渦と文学1936-1950」。山手線の日暮里から渋谷に出て、井の頭線への乗り換えの通路が、こんなにも長かったかと。駒場東大前から歩いて7分との案内だが、それも、10分はかかったか。

Photo_20251127004101
左側の横文字は、フランス語で、渡辺一夫『敗戦日記』1945年6月6日より。右側の走り書きのような一行は高見順の日記の1945年8月14日からで「ずっと前から敗けてゐたのだ」と読める。

   秋晴れの駒場公園、旧前田家洋館脇の公孫樹の黄葉はすでにみごとに色づいていた。靴底に砂利と木の実が入り混じった感触を確かめながら、文学館へと向かう。特別展のテーマは平たく言えば「敗戦前後の作家たちの足跡」というところか。 展示は、官報・週報、新聞、雑誌などと所蔵の作家たちのコレクションの肉筆の日記、手紙、葉書、原稿などが駆使されていた。それに、このところ大幅に拡大した国立国会図書館デジタルコレクションも活用されている。
  展示の冒頭は、東京日日の高原四郎記者従軍記念の日の丸への寄せ書き(1940年2月)である。そうそうたる作家たちの寄せ書きに息をのむ。 構成は以下の通り。

 ・二・二六事件から日中戦争へ
 ・アジア・太平洋戦争開戦
 ・総力戦体制
 ・中国戦線と南方
   ・空襲・原爆
 ・敗戦

  第一部は、二・二六事件の戒厳司令部からの「下士官兵ニ告グ」(1936年2月29日)のビラから始まる。1936年10月14日には、内閣情報部から『週報』が創刊され、国策の広報・宣伝活動が強化されてゆく。この間、敗戦を経て、検閲や弾圧から解放されたはずであったが、GHQによる形を変えた情報統制がなされ、多くの文学者たちは戸惑い、息苦しい時代ではなかったか。その弾圧、統制の実態に触れるのは第三部の「総力戦体制」の部分だが、法令の提示と津田左右吉事件、横浜事件と日本文学報国会関係の資料に留めているように思えた。
 第五部・第六部になると、やや焦点が定まらないような気がしたが、8月15日前後の高見順、中野重治、秋田雨雀、渡辺一夫らの日記が並ぶと、それぞれの鬱屈が見て取れるようだった。さらに、占領期のGHQによる検閲を体験しているに違いない作家や編集者たちの声も知りたかった。

 また、私がほとんど知らかったこともあって、興味深く思われたのは、作家たちの中国や南洋への従軍、渡航体験おける写真や記録、書簡などであった。とくに高見順の「文学非力説」論争は、1941年1月、自ら進んで渡航した「蘭印」(インドネシア)体験に触発されて書かれた「文学非力説」(『新潮』1941年7月)が発端である。国策文学への抵抗か屈服か、評価が分かれているとのことであるが、論争直後の1941年11月には徴用令によって、陸軍報道班員としてビルマ(ミャンマー)に派遣される。妻や母親にあてた軍事郵便の一部も展示されていて、少しほっとしたものだった。

454073
高見順「文学非力説」草稿

 また、この展示で、歌人はどう扱われているかにも着目した。斎藤茂吉と窪田空穂の二人だった。茂吉は『文藝』(1942年1月号)収録の「開戦10首」の部分が展示されていた。これらの短歌は、昭和十六年、昭和十七年の作品を集めた『霜』(1951年12月)には、戦争に関係しないもの863首を収録とあり、件の作品は省かれている(『斎藤茂吉全歌集』筑摩書房 1968年12月 1316頁)。空穂の『冬木原』(長谷川書店 1951年7月)における、次男茂二郎の戦死を偲んだ長歌「子を憶ふ」部分が広げてあった。

 通り過ぎてしまった展示も多くあったと思うが、脚も疲れてきたので、それ以上はあきらめた。ただ、帰り際に、転居前に、文学館未所蔵の書籍や雑誌を寄贈した折、お世話になった担当の方に挨拶できたのが何よりだった。

  疲れたと言いながら、これまで寄ることがなかった旧前田邸の和館に入ってみた。見学者の中には、自分の家の縁側のようにくつろいでいる人たちもいる。洋館の文学博物館は、今回も失礼して帰路についた。
 そういえば、昼食はまだだったのだ。東大駒場駅前のパン屋さんの匂いに惹かれて、けっこう買い込んでしまった。

Photo_20251127004201
旧前田邸和館の見学者たち

| | コメント (0)

2025年11月25日 (火)

政治家の言葉(3)~困ったときの常套句

 「誤解を招くようなことがあれば」「慎重に対応する」

  台湾有事をめぐる高市首相答弁をめぐって、首相自身は、従来の政府の方針を変えるものではない、最悪のケースについて述べたに過ぎない、という主旨の発言をしている。11月21日、木原官房長官は記者会見で「誤解を招くようなことがあれば、今後は極めて慎重に対応しなければいけない」と述べている。失言や虚言を指摘されて謝罪する折に使われる「誤解を招くようなことがあれば」「慎重に対応する」はこれまでも幾度となく聞かされてきたフレーズである。まるで、指摘した側や受け手が誤解した、誤解してしまったかのような表現で、あたかも「誤解した」相手側に非があるかのような意にとれる。だったら、真意は何であったのかを説明すべきなのに、深く頭を下げて「謝罪」したり、「反省」したりして、終わりというケースが多い。今回はそれさえもなく、「慎重な対応」で収めようとしているが、具体策は見えず、中国側の反発は続き、その行方は定まらない。同様の主旨のフレーズに「適切に対応する」などもある。

 「誤解」といえば、「あえて誤解を恐れず言えば」とか「誤解を承知の上で」という言い回しもあるが、さすがに、政治家の発言には少ないが、「評論家」や「コメンテイター」に多いのではないか。だったら「誤解されないような」発言をすべきとも思うのだが、これも「逃げ」の一種だろう。

 また、いまだに収まらない小川晶前橋市長の”ラブホ密会”の件で、市長は、9月24日の記者会見「誤解を招く軽率な行動であったことを深く反省しています。」と述べ、タレントの不倫疑惑報道後のコメントでも、これらのフレーズはよく使われる。たとえば、永野芽郁は、ラジオ生出演の場で「誤解を招くような行動、心から反省」すると謝罪しているという(Sponichi Annex /スポーツニッポン新聞社、2025年4月29日)。

「高い緊張感をもって注視する」

11月19日、植田日銀総裁との会談を終えた片山財務大臣が「市場の動向に対しては、高い緊張感を持って注視する」と語っていた。円安、株安、債券安の「トリプル安」による財政悪化が進行しているなか、「注視するだけですか」「何も手を打たないのですね」と返したくなる。そういえば、このフレーズも、定番で、かつての岸田首相も「高い緊張感を持って注視したい」を連発していたことも思い出す(「トップが絶対に使ってはいけないフレーズ 岸田首相の口癖に学ぶ」『NEWSポストセブン』2022年9年24日)。

「慎重に検討していく」「慎重に対応する」「慎重に議論を重ねる」なども同様の場面で使用されことが多く、「無策」と言っていいだろう。

「あらゆる選択肢を排除せず」

 2025年10月22日、小泉進次郎防衛大臣は「着任訓示」で「我が国の抑止力を向上させていく上では、(中略)あらゆる選択肢を排除せず、抑止力・対処力を向上させていくための方策について検討していかなければなりません」と語っているのをニュースで知った(詳しくは、「防衛省/自衛隊HP」)。これって、小泉進次郎は前にもどこかでも言ってなかったっけ、と調べてみると、2025年5月21日の農林水産大臣就任記者会見で、記者からの「備蓄米入札の見直しについて」の質問に対して「今回随意契約という形で、そして詳細な制度設計をした暁に、(中略)明確に政治の意思を持って(価格を)さげていく。そういった中で、あらゆる選択肢を排除しないで制度設計をしていく」と答えていたのである。テレビでも、この辺りが切り取られていたかと思う(詳しくは「農林水産省HP)。小泉進次郎が好きなフレーズ?と思いきや、このフレーズをネットで検索してみると、出るわ、出るわ・・・・。

・2021年12月6日、岸田首相は「所信表明演説」で「国民の命と暮らしを守るため、いわゆる敵基地攻撃能力も含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討し、スピード感をもって防衛力を抜本的に強化していきます」と語っている。(官邸HP)

・2022年2月21日、衆議院予算委員会で、ガソリン税価格高騰への対策を問われて「あらゆる選択肢を排除せず、さらなる対策を検討する」と答えている。

・2022年8月31日、岸田首相は、記者会見で、原発の新増設について問われて「次世代革新炉の検討も含め、あらゆる選択肢を排除せず、有識者の皆様方検討をお願いしている」と答えている。

・2024年3月28日、予算案と税制法案の成立を受けての記者会見で、為替介入を問われて「政府として、高い緊張感を持って為替動向についても注視していきたいと思いますが、行き過ぎた動きに対しては、あらゆる手段を排除せず適切な対応を採りたい」というのが政府の基本的な考えであると述べた。また、賃金と物価の好循環やデフレに後戻りしない状況をつくり出すための日銀の追加利上げについて問われると、日銀と政府は、密接に連携していかなければならない、デフレからの完全脱却、新たな成長型経済への移行への正念場にあって「政府としても、あらゆる政策を総動員していきたいと思います」と答えていた。

 さかのぼれば、もっとこのフレーズは出てくるのかもしれない。小泉進次郎の「抑止力を向上するためには」「コメの価格を下げてゆくには」としてこのフレーズを発信している。岸田元首相は「防衛力の抜本的強化のためには」「ガソリン税価格高騰対策として」「原発の新増設について」「デフレ脱却、新たな成長型経済にむけて」・・・、どんな政策を問われても「あらゆる選択肢を排除せず」とするのだが、それでは「どんな選択肢があったのか」聞いてみたい。従来からは「万全を期す」といういい方もあったが、それをより強めたかったのか。

 上記の「誤解を招くようなことがあれば」は、当事者が「非」を認めようとしない場合に重用される。「高い緊張感をもって注視する」は、主体的には、何もしないつもりの方便だし、「あらゆる選択肢を排除せず」も、具体的な方策がない場合に多用される。
 要するに、具体策が講じられないので、ひたすら「懸命にやっているぞ」感を前面に出すだけで、中身がない、空疎な言説に過ぎない。

 困ったときの政治家の言葉には、まだまだ、さまざまな常套句があるが、繰り返されれば、繰り返されるほど、政治への信頼は、ますます、地に落ちてゆく。(つづく)

 

| | コメント (0)

2025年11月21日 (金)

「佐倉・房総ゆかりの作家たち」展に出かけました。

 佐倉市立美術館は、収蔵作品を「佐倉・房総ゆかりの作家たち」などと題して、ほぼ毎年、美術展を開催していて、入場は無料になる。1988年、佐倉市民になって以来、さほど通ってはいないが、他の企画展もふくめて、気が向くと出かけていた。同じ市内の川村美術館は、今年の3月で閉館となってしまったので、残念でならない。報道によると、川村美術館所蔵だったモネの「睡蓮」が70億で落札されたとか。やはり寂しい。

 今回の「佐倉・房総ゆかり」の画家たち―佐倉藩士の家に生まれた浅井忠(1856~1907)に学んだ都鳥英喜、倉田白羊、長谷川良雄、黒田重太郎らの作品が並ぶ。浅井が日清戦争の従軍画家として描いた「露営」(1885)、児童自由画教育運動や山本鼎らと農民芸術運動にも携わった倉田白羊の「秋色」(1932)、都鳥英喜の「入江」(1930)が出展されている。

 佐倉市の上志津に1968年から住んでいた荒谷直之助(1902~1994)は、今回のチラシになった「みどり」という少女像(1975)などが出展されていた。荒谷の作品は、佐倉市内ではよく見かけ、単独の展覧会も開催されている。私も、10年以上前に、2回ほど見に来ていて、当ブログでも紹介したことがある。詳しくはそちらをご覧ください。荒谷が描いた物像は、いつ見ても、どれもやさしいなあと。

佐倉市立美術館「荒谷直之介展」に出かける(2012年3月27日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/03/post-8748.html

「荒谷直之介展~人へのまなざし」、佐倉市立美術館へ(2012年9月 5日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/09/post-cc3a.html

Photo_20251121223501

 柴宮忠徳(1936~2007)は昭和学院高校の教員を務めていたが、1970年に画業に専念、船橋市海神から1982年に佐倉市上座に転居し、終生その地で過ごしている。水彩「秋色」は幻想的で素晴らしかったが、繊細に描かれた草花の絵も。

 直前の当ブログ記事でも紹介した小堀進(1904~1975)、小堀の作品の大胆な筆致と明快な色使い魅せられてしまって、2013年に開催のカタログを衝動買いした次第。旧制の佐原中学校出身とのこと、黒田清輝指導の葵橋洋画研究所に学んだあと、江戸川の小学校の教師を務めていたが、1940年退職、荒谷直之介、春日部たすくらと水彩連盟を結成している。今回の出展も「カンヌ」だった。カタログによれば、南欧の海や丘を描いた作品もある。一方、繰り返し描いている空の青、緑の山、海の青と白い雲には、思わず引き込まれてしまうのだった。
 なお、成田中学校の教師を務めた時期もあるが篠崎輝夫(1929~2005)の水彩をはじめって知った。1988年頃『農業千葉』に連載した水彩画が展示されていた。なかでも、「佐原新上川岸古い蔵造」「潮来十二橋」「伊能忠敬旧宅」などに注目。というのも、佐原は、母の生家のある町、私たち家族の疎開先でもあったからである。佐原生まれの柴田祐作(1925~2021)の「初秋の掘割(佐原川岸風景)」もあった。

 二室にわたって、ときどき腰掛けたり、古いカタログをみたり、一時間近く、行きつ戻りつしながら、満喫したのだが、なんと会場に入ってから出るまで、その間、ただ一人、誰も入場者はあらわれなかった。

*********************************

   今回の展示のもう一つの部屋に、昨年12月に亡くなられた高橋真琴さん作成の佐倉市の「時代まつり」と「フラワーフェスタ」のポスターが集められていた。高橋さんについては、当ブログでも、2回ほど触れている。1990年代初め、志津にある高橋さんの家近くの「真琴画廊」を訪ねた折、買い求めた10センチ四方の小品が、引っ越し荷物から出てきて、本棚に置くことができた。

Photo_20251122101801

・あの瞳が輝いている~高橋真琴さんが亡くなられた(20241219日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/12/post-57b136.html

・「山川惣治展」行ってきました(2009323)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2009/03/post-9a68.html

 

| | コメント (0)

2025年11月19日 (水)

政治家の言葉(2)~「戦略」と「見直し」の虚実

 高市首相の「台湾有事」発言が中国を刺激してしまったのだ。少なくとも歴代内閣が抑制していた部分の一線を超えたのが高市発言だった。さまざまな政策で内実の伴わない「力強さ」だけを強調した一面が露呈したのだ。中国の大阪の総領事の暴言や日本の金井アジア大洋州局長との会談後の劉アジア局長の振る舞いはいくら自国民向けのパフォーマンスとしても、ポケットに手を突っ込んだり、手を後ろに組んだりする映像が流れているが、外交上いかがなものか。

 それにしても、「政治家」、「専門家」たち、マス・メディア、ソーシャル・メディアは、中身のない常套句や常套手段が駆使して、目をくらませる。受け手の私たちは、用心に用心を重ねて実態や事実を知る努力をしなければならない。

「戦略」が大好き?「司令塔」になりたい‽

 状況が打開できないのを察知すると、すぐさま新しい会議や本部を立ち上げたり、新設したりする。直近で言えば、高市首相の所信表明で「日本成長戦略会議を立ち上げ」(10月24日)、いつできたのか知らないが、内閣官房の「人口戦略本部」は初会合を開いたという(11月18日)。こんな会議や本部は、「司令塔」になるという発言もよく聞かれる。そんなに「戦い」たいのか、軍隊用語まがいのことばが横行しているが、ただの「看板の立て替え」、「表紙の付け替え」のことが多い。従来の失策や不具合を覆い隠したいだけなのかもしれない。

「政府効率化局」って何する?

また、こんな報道もある。内閣官房に「政府効率化局」を新設するという。これは自民と維新の合意書にも明記され、企業への特別減税措置や高額な助成金などの点検を行い、「仕分け」によって財源を捻出するという。会計検査院があるではないか、それより以前に各省庁に点検・自浄作用が働かないのかと、納税者としては、いまさらと情けない限りではある。もっとも森友・加計問題は、いまだに誰もが責任を問われないまま、再調査の必要がないと突っぱねる政府の「政府効率化局」に何ほどのことができるのか。

「見直し」という改悪!?

 政府は、総合経済対策の一環として「OTC類似薬(市販薬と成分や効果が類似する薬剤)の自己負担見直し」、つまり保険適用から除外することによって現役世代の保険料抑制をはかる方針が明らかになった。また、社会保障制度改革の中で、高齢者の医療費の窓口負担割合に金融資産を反映させる法制上の措置を講ずるという(「朝日新聞」2025年11月18日)。実は、OTC類似薬の件については、すでに、今年の6月に、自民・公明・維新の三党合意がなされていたが、日本医師会などからは懸念が表明されていた(「社会保険料の削減を目的としたOTC類似薬の保険適用除外やOTC医薬品化に強い懸念を表明」『日医ニュース(日医online)』2025年3月5日。「2026年度から実施?「OTC類似薬」保険適用除外の目的・論点を徹底解説」『ドクタービジョン』2025年9月4日)。日本医師会が懸念するのは、主として(1)医療機関の受診控えによる健康被害、(2)経済的負担の増加、(3)薬の適正使用が難しくなること、であって、これは素人でもわかる。(1)(2)はもちろんだが、素人判断での服薬は、その中止や重複による被害が問題となる。

 また、再審制度の見直しの議論が進んでいる。再審の請求から43年を経ての無罪判決、23年を経ての無罪判決が続き、再審制度の不備が明らかになった。手続きの長期化と捜査機関が持つ証拠を開示するルールをめぐって、法制審議会での議論が続いている。無実の人の最後の救済手段だけに、その救済の道を狭めてはならず、早急な法改正が必要なはずである。ところが、検察・法務省は、検察が持っている証拠開示の範囲を「弁護士が提出する新証拠とそれに基づく主張に関するもの」に限るとする意向だという。その範囲も曖昧だし、かえって開示の範囲を狭め、拡大には消極的だとされ、批判を浴びている。「見直し」という「改悪」になりかねない。

 残念ながら「見直し」と聞くと、まずは疑ってみる必要がある。(つづく)

===================

Photo_20251119232301    Photo_20251119232302

先日、近くの佐倉市立美術館「佐倉・房総ゆかりの作家たち」に出かけた折、買わないことにしている美術展のカタログをその絵に魅せられて買ってしまった。『小堀進水彩画展』(佐倉市立美術館 2013年)より。

 

| | コメント (0)

2025年11月17日 (月)

初めての”文化祭”、短歌の会も参加しました。

 11月17日から、施設内での「秋の祭典」が始まった。各サークルの展示は二会場で、ステージ発表は最終日11月23日ホールで開催。7月にスタートした短歌の会も、展示部門で参加した。8人各2首の出詠、書は、書道サークルにも参加のMさんだ。ボードの前には、これまでの歌会の配布資料のファイルを置き、展示作品のプリントを用意し、「ご自由にお持ち帰りください」としたが、何人の方がとってくださるだろうか。

 2006年1月から始めたブログですが、なんと、本記事が1500本目と分かりました。雑多で、不定期の記事なのですが、いつもご愛読ありがとうございます。

20251117
会場風景、花瓶と陶芸サークル作品展示の奥の正面が短歌の会のコーナー。

20251117img_2954
短歌の会の両脇は書作品、右手に俳句サークルの短冊が見える。

Photo_20251117173101
あなたの一首、感想などをいただけたらとメモ用紙を用意したが・・・。

20251117_20251117173201Img_2962
掃いても掃いても、落ち葉は積もり、毎日のようにあちこちで見られる光景である。ツワブキの花の季節にもなった。右の写真の奥にも落ち葉掃きの方の姿が見える。

| | コメント (0)

2025年11月16日 (日)

わが家のクマは。

 今朝の毎日新聞の松尾貴史さんのエッセイでは、クマのぬいぐるみのイラスト共に、クマ対策への提案がなされていた。クマを森に帰すには、犬の放し飼いが有効なのでは、との内容であった。今となってはかなりハードルの高い提案に思えたのだが、何とか"駆除”を避けたい気持ちは一緒だった。クマに襲われ命を落とした方々や様々な形で被害に遭われた方々には、申し訳ないのだが、我が家には、かなり大きめのクマのぬいぐるみがある。娘が、まだサンタクロースを信じていた頃にプレゼントしたものだが、家に置いていったので、私の持ち物になった。そして、今回の転居にもそのクマさんとウサギのぬいぐるみだけは、持ち込んだ。今は私のベッドの横で、夜間緊急連絡のボタンを首に巻いて見守ってくれている。どんぐりも柿も欲しがらずに、頑張っている。連れ合いには聞こえないくらいの小声で「おやすみ」と声を掛けている。娘には「お母さんって、そんな趣味あったの?」と笑われている。

 街にやって来るクマたち、早く冬眠してください。その間に、人間は知恵をしぼらなくてはいけない。

202511

| | コメント (1)

2025年11月13日 (木)

政治家の言葉(1)~高市首相のキャッチフレーズが怖い

 11月5日、今年の流行語大賞候補が30ばかり発表されたが、意味や背景がわかるのは、ほぼ三分の一。どうやって決まったのか、もう高齢者には縁がないのかもしれない。

  5月だったか、米不足のさなか、江藤拓農水相は、自分の家には米は「売るほどある」「買ったことがない」との放言で更迭された。この「売るほどある」も入っているかなと思ったが、入っていなかった。政治むきの言葉では、「戦後80年/昭和100年」「トランプ関税」「物価高」「フリーランス保護法」のほか「働いて、働いて・・・」の高市首相の所信表明演説のフレーズが入っていた。

2025年流行語ノミネート30選
https://www.oricon.co.jp/news/2416616/full/

  30選には選ばれてはいないが、高市首相の「責任ある積極財政」「財政出動」「戦略的互恵関係」など、一見、確固たる自信を持っての発言は、いかにも決断力と実行力が伴うかのような強いイメージをいだかせる。しかし、私などには、具体的になにを意味するのか分かりにくく、のっけからうさん臭さを感じてしまう。国会での質疑や新聞報道などにより少しづつ見えて来るものがある。

   国会での質疑といってもなかには、どうしようもない質問にイライラすることもあるのだが、重要政策については、首相答弁の結語は、「検討する」「協議する」に終始し、これまでの政権と同様、「先送り」の感がある。
  そんな中で、高市首相のキャッチフレーズにひそむ嘘とリスクを思わずにはいられない。
  首相は、11月4日、岸田、石破両政権下の「新しい資本主義実現会議」の看板をおろし、「日本成長戦略本部」の設置を閣議決定し、11月10日、初会合を開き、人工知能(AI)や半導体など17分野に重点投資する方針を決定した。「新しい資本主義」も成果が見えない中、キャッチコピーは「成長と分配」から「責任ある積極財政」に変えたというわけである。

「責任ある積極財政」って!?

  高市首相は10月24日の所信表明において、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に増額する目標を、25年度中に前倒しする方針を示した。

116

「『責任ある積極財政』を掲げる高市首相の発言」『北海道新聞』116日配信。日本の債務残高の対国内総生産(GDP)比は今年時点で234.9%と先進7カ国(G7)の中で突出して高い。

   株価は5万円を超えたが不安定だし、円安は進んで一挙に150円を超え、11月12日には154円後半へと値下がりした。大規模な財政支出で経済成長を目指すというが、「新しい財源調達」といっても、11月5日の衆議院本会議の代表質問に答えて、国債発行も否定しなかった。これまでも、金融緩和政策として、日銀に巨額の国債を背負わせ、日米の金利差による円売りから円安をもたらし、輸入に頼る食料やエネルギーの価格上昇により物価が高騰して来た。日銀は、円安が進行しても、金利を上げることに慎重だったのは、政権への「忖度」、政治的配慮があったとされる。もともと、前総裁選で「今、金利を上げるのはアホ」とまで言っていた高市首相である。現に、10月30日、日銀は、金利を0.5%に据え置き、上げることはしなかったことにより、日銀の独立性が危ぶまれている。黒田前総裁の自信ありげな発言も気にくわなかったが、植田総裁の状況を「見極める」「注視する」だのどこかおどおどした振る舞いも気になるところである。

  最重要課題としている物価高対策といっても、ガソリン税減税や所得税の非課税枠の引き上げをしたところで、加速化した物価の高騰には追いつかないだろう。電気やガス料金への若干の補助がなされても、「おコメ券」「プレミアム商品券」などを配ってみても、その程度では“消費マインド”が高まるなどとは考えにくい。食料品の消費税引き下げ・廃止ができず、社会保険料や医療費の引き上げと重なるとなれば、政府への不信は高まり、国民の将来への不安は募るばかりだ。

 
  物価高対策や社会保障費の財源を、現行の税制制度で、税収の上振れへの期待や国債増発、都道府県への交付金などでは根本的な解決にはならない。「挑戦」というならば、早急になすべきは、法人税の税率引き上げ、所得税の累進課税の徹底、金融資産所得を含めた所得への総合課税、富裕税の創設などによって、富裕層への「増税」に踏み切るべきではないか。世界の潮流でもある。富裕層への優遇措置は、税の公正・公平を削ぐものにほかならない。財源確保というならば、上記税制改革と次に述べる防衛費の増額・前倒しストップではないか。

<参考>
ガブリエル・ズックマンって誰?~富裕層には、「富裕税」を!: 内野光子のブログ

「戦略的互恵関係」って?!

  10月24日、高市首相は、所信表明演説において、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に増額する目標を、25年度中に前倒しする方針を示した。外交・安全保障では、中国、北朝鮮、ロシアの軍事動向などを前提に、日米同盟の強化を表明し、その後のトランプ米大統領の来日、会談でより明確に示された。

 

Photo_20251113171301
 10月28日、 横須賀米軍基地にて。かなり恥ずかしいし、おかしくないですか。

   防衛費増を視野に入れた安保関連3文書については、日本を取り巻く環境の変化を踏まえ、「我が国として“主体的”に防衛力の抜本的強化を進めることが必要だ」と強調し、安保関連3文書の26年中のさらなる改定を目指し、検討を始める考えも明らかにした。
   11月7日の衆院予算委員会では、米中衝突も予想される「台湾有事」が日本が集団自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる可能性があると明言、若干トーンダウンしたものの本音が出たと思われる。さらに、11月10日、小泉防衛大臣は、他の国も持っているから、日本にも原子力潜水艦は必要にも言及した。アメリカ従属の何物でもないだろう。朝日新聞の報道によれば、自民・維新の会連立与党内では「殺傷能力のある武器輸出拡大に向けて協議会を設置」するという。2014年に制定された「防衛装備移転三原則」の「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の五類型に限定されているのを、完成品をも輸出できるように撤廃する方針だという。

 各地の災害復旧・復興が進まない中、教員が足りない、自衛隊員、警官、介護職員への応募が激減している。子供の貧困率も高い日本。総務省の「労働力調査」【2024年】によれば、非正規雇用者数は2005年に1,634万人だったのが2024年には2,126万人と約1.3倍になっている。そんな現況を放置しておいて、防衛費を増額している場合なのだろうか。
========================

住まいの近くに、なんとなく気になっていた店、転居10カ月にして、ランチでもと入ってみた。パスタのBコース、3種から選べてコーヒー、デザートが付く。下はその前菜。お客さんは、一人も多く、リピーターらしかった。

Img_2947

Img_2941

 

| | コメント (0)

2025年11月10日 (月)

野狐台、初めての秋

  転居先の住所は鏑木町(かぶらぎまち)なのだが、近接の野狐台(やっこだい)自治会に属しているのを実感したのは、10月半ばの佐倉秋祭りであった。「のぎつね」でなく、なぜ「やっこ」なのか。地名辞典によれば、寛文年間にさかのぼり、鏑木町と大蛇町の入会地であったところに、佐倉藩の足軽たちが住み始め、住人の多くが「奴(やっこ)」として雇われていたことに由来するという。今は、坂が多いが、閑静な住宅街である。

20251014

10月4日、いまにも枝が折れそうに、実をつけていた。

2025113

 11月3日、渋柿だけどどうぞと言われて、持ち帰ったもののどうしたら良いものやら。まず落ち葉と一緒に絵にかいてみた。ネットで調べてみると、焼酎やブランデーにつけてしばらく密閉にしておくとよいそうだが、家にあるのはビールとワイン、料理酒くらいなのでいちばん簡単そうな渋抜きを試みた。皮をむいて四つ割りにして冷凍庫に、もう半分は干し柿にしようと、むいた柿を熱湯消毒?してベランダにつるしてみた。さてどうなることか。柿の木には、まだたくさんの実がなっている。

2025119

Otibanogotisou-2mg_2939

 落ち葉と木の実のごちそうはいかが。

 

| | コメント (0)

« 2025年10月 | トップページ | 2025年12月 »