自民党圧勝のあとの「墓じまい」だった。
自民党圧勝以来、脱力感がやがて絶望感に替わり、何もかも気力が失せた日々が続いて、ブログを書く気力も失っている。
かねてより、長兄の姪が継いでいた私の両親、長兄夫妻が入っている小平霊園のお墓を閉じる相談をしていた。合同墓地に移葬するにもいろいろな手続きや石屋さんとの話し合いなど面倒なこともあったらしい。姪たち夫婦には子供もいないので、合同墓地にお骨を移し、自分たちが入る生前予約もしていた。
2月16日、いよいよ、お骨を合同墓地に移す日、姪夫妻と、もう一人の姪と4人と管理事務所の担当者立ち合いで、芝生に覆われ、こんもりした合同墓地に収めることができた。親不孝ながら、最近は間遠になった墓参だったので、正直なところ、ホッとした気持だった。「墓じまい」や最初から合同墓地を望む都民は多く、埋葬された人たちの名を刻んだ石碑が幾重にも巡らされていた。沖縄の平和の礎を思い出すほどだった。そこに名を刻むには、一名一万円近い費用が掛かるとか、姪たちは、「どうしようか」と迷っていた。この日の4人以外にお参りする人も少ないだろうし、次兄の墓地は別のお寺だし、「私はなくてもいいのでは」とだけ伝えておいた。霊園の梅は見ごろで、合同墓地に直結する「さくら通り」も、春には見事だろうと。帰りの喫茶店で久しぶりのおしゃべりに心和んだのだった。
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