被災地訪問に「原発と天皇」を考える
天皇夫妻と長女の三人は、3月6日、福島県双葉町の県立「東日本大震災・原子力災害伝承館」を訪問し、設けられた献花台に花を供え、帰還した被災者と懇談している。双葉町は、原発事故後、町民全員7000人近くが避難を強いられ、今も町の85%は帰宅困難区域であり、2026年1月現在の人口は帰還町民と移住者をあわせて196人(朝日新聞デジタル2026年2月2日)という。双葉町ホームページによれば、県と復興庁の三者で毎年全国各地に避難している世帯の「住民意向調査」を行っているが、ここ数年、その回収率は、激減している(https://www.town.fukushima-futaba.lg.jp/9246.htm)。2020年3018世帯のうち1486世帯が回答49.2%、2023年38.3%、2025年29.3%という具合で、双葉町への関心自体が薄れている。というのも回答世帯の80%近くがすでに回答者自身ないし家族が所有する家があり、定住している。さらに70歳以上が50%超えるというのが実情である。関係者の努力があったとしても町としての復旧・復興は不可能に近いのではないか。
そのような双葉町に訪れた天皇家の三人が、被災して帰還した三人、「東日本大震災・原子力災害伝承館」で語り部をする70歳の男性、ファストフード店で働く54歳の女性、町営住宅で管理組合長を務める76歳の男性が選ばれ、懇談している。「事故を起こした原発が立地する双葉町を皇室として初めて訪れ、被災者の話に熱心に聴き入り、復興への取り組みを励ました」という。76歳の男性には「多くの人が帰って来るといいですね」と天皇は話している(朝日新聞 20206年4月7日)。
「寄り添い」「励ます」とは真逆のように、この訪問に際して、伝承館は4~7日は休館となり、6・7日は大規模な交通規制がなされている。
そして、きょう4月7日には、富岡町のとみおかアーカイブ・ミュージアム、大熊町のlinkる大熊、同町の教育施設「学び舎(や)ゆめの森」、浪江町の道の駅なみえを訪問し、各訪問先で復興状況などを視察し、学び舎ゆめの森でも被災者と懇談するという。Jビレッジに一泊の強行日程の中で、三人は原発事故と津波の被災地の何を見て、被災者から何を聴いたというのだろう。復旧・復興のほんの「一画」をめぐり、数人の被災者と「懇談」したからといって、何が変わるのだろうか。にわか仕立ての献花台に花を供えて祈ることが犠牲者を追悼することになるのだろうか。
原発事故から15年が経ち、今年の1月から3月にかけて、メディアは、復興の困難さ、原発回帰、原発再稼働、除染土や核燃料廃棄物の最終処分場の混迷など、特集記事や社説をもって、政府に疑問を投げかけるものが多かった。
そんな中での、天皇一家の福島県訪問である。メディアの報道の仕方は、地元の歓迎ぶり、祈る姿、被災者への励まし・・・とそのパターンは変わらない。
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