欠陥法案、続々成立~もうこの国を愛せない(1)
毎日新聞の栗原俊雄専門記者が、日本国旗損壊罪法案が基本的人権を侵害するものとして強い反対をよそに成立を急いだことについて「≪国を愛さない自由≫」もある」との見出しで解説している(毎日新聞朝刊 7月17日)。いまの私の「もうこの国を愛せない」という心境にぴったりだった。近頃の国の内外の政情を見るにつけ、「鬱」を通り越して「憤死?」への道をたどることになるのだろうか,と。
「皇室典範」については、野党の結束ならず、途方もなく珍妙な改正案が成立した。当ブログでも何度か書いて来た。全体会議を経て、両院正副議長のとりまとめから、政府提出の条文案に至る過程で、先の取りまとめになかった「養子縁組の子が皇位継承権を持つ」という森衆院議長の“失言”を政府提出の改正案条文に盛り込み、それを「立法府の総意」というアクロバット的なすり替えをおこなったのである。この間、木原官房長官、高市首相は、国民の代表である議会の両院正副議長の「取りまとめ」に沿った条文であるといい続け、木原官房長官と共に「将来の検討を先取りしたり縛ったりする趣旨ではない」との答弁を繰り返し、「立法府の総意」であることを強弁した。中道はこともあろうに「将来の検討を先取りしたり縛ったりする趣旨ではない」によって賛成に回ったという経緯がある。
今回の「国旗損壊罪」を創設する法案は、7月17日、参院の本会議での可決をもって成立した。この法律の守る法益は「国旗を大切に思う国民感情」であり、処罰対象は「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で「公然と国旗を損壊、除去、汚損する行為」なのである。「人間の感情」はさまざまで、簡単に「≪国民≫感情」などと一括りに出来るものではない。しかも、「不快感」や「嫌悪感」などとて千差万別で「著しいかどうか」など何が基準になるのだろうか。素人が考えても、「国旗」に対するさまざまな感情や表現活動は、憲法の思想・内心の自由、表現の自由で保障されているもので、損壊罪の創設は、違憲と言わねばならないだろう。
法案の審議過程で、法案提出者の維新の議員は、この法律によって「愛国心の醸成」にもつながると発言している。そもそも、この法案は、自民と維新との連立合意にあたって、維新からの提案であったという。立法事実にも乏しく、両党の“お約束”実現に振り回された形だった。さまざまな場合分けをして、処罰の対象になるか否かとかしましい。処罰に至るにはかなりハードルが高いが、国民の国旗への扱いについて、牽制する効果を期待したいのだろう。スポーツや官公庁、教育現場でのイベントなどでの国旗の扱いに、規制や強制が強化されないか不安である。現に、教育現場では、国歌「君が代」伴奏や歌唱の強制をめぐって裁判が続いている。一般家庭や個人ではどれほど国旗への関心があるものだろうか。皇族たちの出先での歓迎の日の丸は、ほとんどが、日本会議や神社本庁が配布しているのが現状である。
(つづく)
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コメント
今国会は欠陥法(悪法)が次々と可決そして成立。
開いた口がふさがりません。
投稿: | 2026年7月21日 (火) 00時25分