なつかしい山川惣治さん、高橋真琴さん、「昭和のメディアとひとびと」展へ
佐倉市立美術館で開催中の「昭和のメディアとひとびと」、27日が最終日と知って、あわてて出かけた。展示内容が定かでなかったが、なつかしい山川惣治さんと高橋真琴さんに出会えればの思いだった。かなり昔、2009年に「山川惣治展」は見ているので、今回の展示はやはり寂しかったし、高橋真琴さんについてもそんな思いだった。
晩年の山川さんが同じ町内に住んでいらしたこともあり、また、小学生時代に見た街頭紙芝居の思い出もある。参考として示した2009年の当ブログ記事にもあるように、つぎの葉書は、町内の空き店舗で開かれたミニ絵画展の案内である。立ち寄った会場では、おふたりにお話しするきっかけもなく、ただ絵を見入るばかりだった。山川さんはこの絵画展の数か月後に亡くなられている。戦時下には戦意高揚のための「勇犬軍人号』(1938年)『護れ軍艦旗』(1939年)などの紙芝居、『愛国絵話集』(1941年)『陸軍落下傘の神兵』(1941年)などの本が展示され、敗戦後も1946年には『白い牙』『十六に秘密』を出版、『少年ケニヤ』や『少年王者」などの冒険もの制作を始めている。戦時下の作品に対して、戦後どのように考えていたのか聞くすべもないが、絵物語本のブームが去ったのち、興した会社の破産、レストラン経営では詐欺にあって破産するなどの辛酸をなめている。住まいは転々とし、最期を佐倉市で迎えたことになる。
「山川惣治展」行ってきました(2009年3月23日 )
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2009/03/post-9a68.html

ケースの中の『少年王者』第一集、復刻版(1977年)である。
高橋さんの展示作品は、一切撮影は禁止となっていたので、いただいたことのある絵画展の案内状の一部を収めておきたい。2024年に亡くなられたときの当ブログ記事もあわせてお読みいただければと。

いずれも、いまはなき「船橋西武百貨店」のギャラリーでの絵画展の案内葉書で、左が1993年、右上が1995年、右下が1996年のものである。

いずれも「西武新宿PePe」のギャラリー「せ・らーる」で開催された折の案内状で、サインのある方が1994年2月、右が1995年3月に開催されているが、船橋の西武には、一・二度出かけた記憶があるが、新宿は失礼していると思う。
京成電車で一駅の志津のお住まいの隣に開設された画廊の案内で、わたしがはじめて出かけた折に、いただいたと思う。
あの瞳が輝いている~高橋真琴さんが亡くなられた(2024年12月19日)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2024/12/post-57b136.html
6月19日撮影、住まいの敷地に隣接する「さくら庭園」のキンモクセイ、続く雨にもう花は落ちてしまったかもしれない。










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