2018年2月 8日 (木)

最高裁は「受信料が義務」とは言ってはいない~あやまった広報とNHKニュースの偏向ぶりが見ていられない

 昨年の126日、最高裁は、テレビを持った時点でNHKとの受信契約を義務付けている放送法が合憲との判決を出した。しかし、それが即、受信料の支払い義務を生じる、ということにはならない点に、注意しなければならない。判決は、NHKが国民の知る権利応える放送をしていることが前提になっているのである。受信料制度は「国民の知る権利を実質的に充足する、合理的な仕組み」であるかどうかが問われたことになる。

衆参の本会議中継や予算委員会の中継を見た後で、7時のニュースを見ると、実に見事に安倍首相へのエールのストーリーが出来上がっているのである。都合の悪いテーマの質疑は最初からすべてスルー、どうしても伝えなければならないと思う質疑では、首相や閣僚の、どうでもいいような読み上げ答弁のみを“しっかりと”と取り上げて、“自由自在に”編集する。野党議員の質問部分はカットして、何を質問しているかがわからいときもあるし、アナウンサーのナレーションで質問の要旨のみが読み上げられる形をとるのが常套手段だ。

  さらに安倍首相の議会内外の行動に密着している記者もいて、要所、要所では必ず登場し、これまた、“ていねい”に解説がほどこされる。いま政府は、世論操作に必死で、NHKに限らず、メディア戦略に力を入れ、安倍首相は、しきりにメディアの幹部やタレントやアスリート、学者などを取り込むために「会食」などを続けている。

第一に、政治のニュースそのものが、努めて短縮されるのだ。国会中継も視聴者の関心の度合いなどと言いながら恣意的である。このところの雪の気象情報などは、末尾の「気象情報」以外にも別枠を取る。北朝鮮のミサイル情報ほか、日本の危機を煽るような動向も丁寧な報道がなされる。相撲協会のスキャンダル、オリンピック、スター選手の動向などに長い時間を割く。火山噴火災害など大きな災害事故はもちろんだが、地方の災害・事件・事故もこと細かく報道して、30分の大半を占めることもある。加えて、緊急とは言えない、先端医療、IT・ロボット、宇宙、自然の生態などのテーマを好んでニュース項目として取り上げ、それが自局の特集番組の番宣の役割を果たすこともある。

そして、受信料を取って流す番組かと思うような番組もある。タレントやお笑い芸人を使った旅番組、まるでファッションを誇示するような女優を登場させる語学番組、民放で人気を得たタレントを起用する医学や科学番組だったりすると、もうそれだけで、見る気もしなくなる。もし、そんなことで、視聴率が取れると思っているのだったら、大きな間違いである。TV視聴者の大半は、いまや高齢者で、私の周辺にも、芸人が並んで、ガハハと笑いころげたり、安倍首相の顔がクローズアップされたりすると、見たくもないと、テレビを切る、という人が多い。また同時に、「いい番組もあるんだよね」という人もいるのだが、それだからと言って、帳消しにはならないのである。いわゆる、歴史の検証番組やドキュメンタリーで、丹念な“独自取材”を強調するものだとわかっても、現代の課題に直接切り込むスタンスが見られない。NHK幹部の高給取りの実態や番組の捏造、職員や記者、アナウンサーらの不祥事が後を絶たず、自局職員の過労死についての報道が遅れたことなどを知ると、まずもって受信料は払いたくないという思いに駆られるのである。

ふれあいセンターなどに集まる視聴者の声を自らは「録音を取ります」などとけん制しながら、その声を、どう反映させているのか、反映するつもりがないのか、知らせようとしないのが、≪皆さまのNHK≫の視聴者対応なのである。しかし、新聞の投書欄には、NHKの受信料についての意見と提案が多く寄せられている。たまたま、1月~2月にかけて東京新聞「発言」欄には、いくつかの投書が続いた。

123日「NHK映らぬ テレビ開発を」(男性無職 67歳)「勝手に送り付けられた商品に対して、受け取りを拒否する権利が私たちにはあるはずです。NHKが写らないテレビがあればいいと思います。特定の周波は受信できないテレビを作ることは可能なはず」

23日「督促より番組の充実を」(主婦 42歳):「放送内容の捏造や度重なる不祥事、私事的中立を欠く番組構成など、公共放送とは程遠いNHKの在り方に疑問」を抱き受信料支払い手続きをしていない。「NHKはストーカーまがいの執拗な督促をを続けるのではなく、視聴者に進んで契約をしたいと思わせる番組作りにまい進するか、(受信量未払いだと見られない)スクランブル(暗号)放送への切り替えを進めてほしい」

23日「NHK受信は選択希望制に」(パート女性 69歳):「ニュースやドラマは他局で十分、若者にこびているとしか思えない番組や出演者が楽しんでいるとしか思えないバラエティー番組が目につきます」「今の技術があれば、スクランブル(暗号)放送が可能なはずです。機器(テレビやスマホ)を購入したからと言って有料にするのではなく、NHKの受信は選択希望にすべきだと思います」

私も「公共放送の中立公正」、「公共性」を標榜するならば、他の水道・電気・ガス料金などと同様に、「見た分だけの料金を支払う」という受信料制度を取り入れるべきだと思っている。NHKは、これらの意見にどう応えるのか。

最高裁判決で「NHKの受信料が義務」となった、などという誤報に、惑わされてはならない。


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毎週火曜日のNHKの短歌番組の第4週目の「短歌de胸キュン」。若者をターゲットにした番組で、お笑い芸人とタレントをゲストに競詠させる番組で、出演者同士は実に楽しそうではある。上記写真の左下が選者の佐伯裕子、今年の4月からは栗木京子だそうだ。栗木は再度の登場か。一年に数回見る程度だが、歌人のお二人の奮闘がどこか痛々しいような・・・。2012年4月から始まっているが、同じころ始まったTBS系でのプレバト「俳句コーナー」の方が、娯楽に徹した感がある。この違いって何だろう。
他の3週は3人の選者が登場、それぞれゲストを迎えるが、どうも、そのゲストが選者の交友や好みが反映されているようなのだ。

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2018年1月29日 (月)

ピアノコンサートのプログラムから「平和憲法」の文言が削除

あってはならない、杉並区の男女共同参画事業でのこと

 

126日の院内集会でお会いした小林緑さんから信じがたい「事件」を知らされた。小林さんは国立音大名誉教授で「小林緑&知られざる女性作曲家カンパニー」を中心に、クラシック音楽史上、埋もれた女性作曲家たちの作品を発掘、聴いて、広めようという活動に長い間、取り組んでこられた方だ。NHKの経営委員を一時期つとめられ、NHK問題についても深い関心を寄せられている関係で、お話を聞いたり、「カンパニー」のコンサートにも伺ったりしていた。毎回さまざまな工夫を凝らしたコンサートは、私などの素人にも、わかりやすく、いつも楽しませていただいている。 

昨秋、東京ウィメンズプラザフォーラムの「音を紡ぐ女たち」の講演会では、11月に開催の杉並区男女共同参画都市宣言20周年記念「トークとピアノコンサート」の案内も配られていた。私は出かけることはできなかったが、そのコンサートのプログラムをめぐってとんでもない問題が起きていたのだ。 

『週刊金曜日』では、すでに「杉並区<憲法>文言の削除要請 平和憲法を女性たちの音楽から見直すのは政治的?」として報じられていた(2018112日号)。プログラムの中で、演奏される女性作曲家たちの曲目の紹介の末尾に、小林さんによる数行の解説「なぜ彼女たち?なぜこのような音楽を?」がある。今回、選んだ作曲家と曲目の趣旨を語っているのだが、当初の原稿は、つぎのように記していたそうだ。

 

「(前略)(選んだ)5人はみなピアノの名手にして作曲家ですが、抽象的なソナタより表題付きのわかりやすい小品を、さらに一人だけで目立つのでなく、連弾やトリオなど、息を合わせバランスを保つ形の作品を多く残しました。平和憲法さえも危機にある世界の現状を、こうした女性たちの音楽から見直すためにも・・・」

 

ところが、区の担当者から下線の部分が「政治的だ。記録に残るから直せ」との要請があり、その場で抗議をしたが、印刷の前日でもあったので、つぎのように修正にしたということだった。

 

「こうした女性たちの肩肘張らぬ音楽に耳を傾け、世界が平和に、男女が等しく、自然体で命を紡ぎ続けられるよう・・・」

 

その後、再度抗議したところ、区の男女共同参画担当課長は「政治的だからでも検閲でもない。これは男女共同参画事業なのだとわかりやすく伝えたかっただけ」と答えたそうだ。 

まさに、杉並区職員の「忖度」による「自己規制」の結果でもある。共謀罪の成立、安倍首相はじめ政府の言動から、国の官僚から自治体職員までが、自らの意思で、政府の意向、上司の意向に沿う判断しかできない状況が出来上がりつつあるからだ。言論統制など、多くの場合、「刃物など要らぬ」ということで、役職や出世、嫌がらせをチラつかせ、「萎縮」させればよい。そして市民には、ときに、見せしめのように、ほんの一部の人たちに逃亡や証拠隠滅などを口実にして、不当な警察権力を行使する。沖縄の山城博治さんや森友学園元理事長籠池さん夫妻のように。 

小林さんの件を知って、すぐに想起したのは、さいたま市の「9条俳句訴訟」であった。 

さいたま市立三橋公民館が、憲法9条について詠んだ俳句「梅雨空に『九条』守れの女性デモ」を「公民館だより」に掲載することを拒否した件につき、憲法が保障する表現の自由の侵害に当たるとして、作者が市に句の掲載と200万円の損害賠償を求めた訴訟であった。さいたま市は、公民館は改憲の議論に絡み「世論を二分するテーマで、公民館だよりは公正中立の立場であるべきだ」などとして掲載を拒否。市は「公民館側に発行、編集の権限がある」などと棄却を求めていた。 

その後の新聞報道によれば、20171013日のさいたま地裁判決は「原告が掲載を期待するのは当然で、法的保護に値する人格的利益で、公民館職員らは思想や信条を理由に不公正な取り扱いをした」として、賠償2万円を認めたが、掲載は認めなかった。俳句の作者、市ともに、不服として控訴している。 

こうした事態は、どこでも起こり得る環境が整い始めてしまったのだ。だからこそ、こうした事態に対応する場合には、市民一人一人が毅然とした態度で立ち向かわねばならない。個人にしろメディアにしろ、表現の自由は与えられるものではなく、一人一人が獲得していかねばならないとあらためて思うのだった。

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この部分の修正が要請された

なお、くわしくは、「NPJ通信」の小林緑さんの寄稿をご覧ください。

http://www.news-pj.net/news/60309

 

 

 

 

 

 

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2017年12月 2日 (土)

12月2日の新聞は、天皇の生前退位をどう報じたか

 

一つ前の記事では、退位の日、2019430日をどう表現したかについて触れた。ネット上での検索も含めてまとめると、読売、朝日、毎日、東京は、「2019年」であり、NHKは「再来年(2019年)」であったが、産経が「平成31年」であった。産経がスジ?を通していると言えば言えるか。 

沖縄における、琉球新報、沖縄タイムズでは、関連記事自体が極端に少ない。122日の社説は、二紙とも昨年、うるま市の女性が米軍属に殺害された事件の那覇地裁の判決についてであった。
 

琉球新報:社説・元米軍属に無期懲役 地位協定の改定が急務だ
 

沖縄タイムス:社説・[元米兵に無期懲役]なおも残るやるせなさ 

 

手元にある朝日、毎日、東京の三紙を読んでみると、まずは、今回の退位日程の政府と宮内庁の駆け引き、新元号や即位の儀式や日程についての記事が圧倒的に多い。同時に、社説とあわせ天皇30年間の足跡をつぎのような記事で報じている。

毎日:社説・天皇陛下の退位日決まる 国民本位を貫く姿勢こそ
               
苦楽国民に寄り添い おことば世論を動かす(付年表)


朝日:平成史 お二人の足跡「差別解消に力」「被災者に寄り添う」(付年表)

東京:社説・国民の理解とともに 天皇の退位と即位
      
慰霊の旅 平成築く 前侍従長川島さん象徴天皇制の意義語る

 

朝日の社説はまだ出ていないが、「耕論」欄において、「天皇と政治」のテーマで御厨貴「退位 官邸と宮内庁のバトル」、河西秀哉「能動的象徴 利用される危険」と語らせている。もっとも朝日は、かねてより「皇室と震災」のシリーズで、連載をしている。 

うねりのような、こうした流れの中で、少しでも異議をさしはさむことが困難な時代になった。1977年生まれの河西秀哉は、慎重な言い回しでつぎのように語った(上記「天皇と政治」『朝日新聞』2017122日)。

 

「天皇が進んで被災地を訪れていますが、政治がそれを利用しようとする気になれば、結果的に被災者の政治への不満を天皇が和らげ、政治の不作費を覆いかくしてしまうことにもなりかねません」 

「昨年8月の『おことば』にこめられた今上天皇の思いは、半分は政権に受け流された感じがします。国事行為の縮小や摂政の設置を否定するなど政治性を小保田『おことば』は結局、政権によって政治的に処理されたのかもしれません」

 

 また、原武史は、「連休で<歓迎>演出か」の見出しで、日程についての政府の思惑、皇室会議の議事録非公開、「おことば」の政治性、上皇設置による二重権威化を指摘していた(『東京新聞』2017122日)。 

今回の衆議院選挙においても、若年層の保守化が著しい傾向が明らかになった中で、上記のような中堅世代の活発な発言を期待したいし、私たち高齢者も戦中戦後の体験と天皇の果たした役割を、きちんと整理して伝えていきたい。

 

 

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2017年11月11日 (土)

11月9日NHK「ニュース7」、会計検査院院長インタビュー放映の意味(2)~NHK「ふれあいセンター」の対応~

 きのうの続きだが、NHKふれあいセンターとのやり取りでは、おかしなことがいっぱいあって、また怒りがこみあげてくる。録音をとっているはずなのに、オペレーターたちは、記録に余念がなく?こちらの話に全くの無言、無反応で、電話が切れたのではないかと「聞こえていまずか」と確認することも何度かあった。電話の受け手は、「ハイ」くらいの返事をしたらどうなのか。とくに、代わって出てくる「上司」というのが、態度が悪い。今回の場合もそうなのだが、視聴者の話をさえぎって、NHKの代弁者、防波堤の如くしゃべるのだ。正直言って、その「上司」の個人的な意見など聞きたくない。

 今回のやり取りで、こんなこともあった。私が、NHKが前川元文科省事務次官のインタビューを放映していないことと今回の会計検査院長のインタビュー報道には、共通する問題があると、言いかけると、「え?今度は前川さんの話?、別件ですね」というから、「最後まで聞いてください」と。両者に共通するのは、あまりにも恣意的で、政府への偏向が著しい報道姿勢ではないかと、つい力が入ると、「前川さんの件、報道局に伝えるのか」、気のない返事、「伝えるも伝えないも、あなたが選択することではなく、すべて伝えるのが仕事でしょ」といえば、「私は混乱してしまった」とのこと。なんとも情けない「上司」ではあった。

「ふれあいセンター」なのだから、できれば担当者とのやりとりが望ましい。もしそれが無理なら、担当者からの意見や声を、後刻でもいい、視聴者に伝えるシステムが必要なのではないか。さらに、すぐにでもできる提案をしたい。「ふれあいセンター」の仕事を、NHKの下請けのアルバイトに丸投げをするのでなく、担当でなくてもいい、NHKの現場担当者を含めた職員自らがローテーションで、視聴者のナマの声を聞くチャンスを設けるべきだと思う。「みなさまのNHK」をいうならば、何よりも「ふれあい」の一歩であり、職員の「研修」にもなるのではないか。「ふれあいセンター」が、むしろ、NHK職員や現場担当者(これもかなり下請けが多いらしいが)と視聴者とのバリアになっている現実を十分承知しながら、視聴者の意見を聞くふりをしているのが実態なのだろう。

各地で開かれる「経営者と語る会」も、もっと回数を増やし、各地でトラブルになる参加者の人数制限など撤廃すべきである。受信料から、高額給料を払っている経営委員であり、大会議室くらい難なく用意できるだろうに。

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2017年11月10日 (金)

1月9日NHK「ニュース7」、会計検査院院長インタビュー放映の意味~NHKの政府追従報道はどこまで続く~

 1022日、総選挙前夜の党首追跡報道が、議会の議席数に比例する時間をもって編集するという悪弊とともに、その与党分が「よいしょ」一辺倒であったと複数の方からメールをいただいた。私は見ていなかった。

 トランプ来日報道も日米首脳親密強調の色濃いものであった。私が見たニュースで、少し驚いた場面があった。115日「ニュース7」で、トランプ大統領の移動の車列を沿道で迎えて「岐阜からこのためにだけに来たので、(見られて?)うれしい」という若い男性が大写しされていた。こんなレアケースがニュースとして流される内容なのだろうかと大きな疑問が残った。

 そして昨日119日の「ニュース7」で、森友問題の調査報告が迫ったとして、河戸会計検査院長との単独インタビューを放送した。調査が詰めの段階に入り、調査に必要な重要文書が欠けているのは問題であり、国有財産の値引きに関しては種々の要件により値引きはあり得る、という主旨であった。

 これって、調査報告書が公表される前の、院長みずからのNHKへのリーク?なのか。それにしても、公表前に、会計検査院組織内、議会、国民に予断を与えてしまう内容ではないか。いや、森友問題における文書不備が問題だといい、値引きもあり得るということは、すでに調査結果の方向性を明示したにも等しい。

 私は、今朝、NHKふれあいセンターに電話をした。河戸院長のインタビュー報道は、第三者機関であるはずの会計検査院が、報告書公表前に、報告内容を予断させるような発言を放送したのは、メディアとしてのルール違反があり、視聴者をミスリードする可能性があるのではないか。どうして、この時期に報道したのか、と質問すると、「そういうご意見があったことを担当に伝えます」という、いつもの応答である。さらに、こうした放送をしたことについてNHKの意図を確認したいといえば、「質問には答えないことになっています」とこれまた、いつもの返答なのである。「同じような質問が多く来ている場合、これまで、NHKとしての回答をしてもらったことは何度でもありますよ」といえば、上司のN.Jと名乗る男性に代わった。 

私: 先ほどの方から、質問の内容を聞いているか。

NHK:聞いている。いま、WEB上でその記事を読んでいるが、何が問題なのか。

私: 報告書公表前に、その内容をNHKにもらしたことにならないか。

NHK:内容は、一般論であって、文書が欠けているのが問題、値引きする場合もあり得るという、当たり前の発言であって、これまでも報道されていることで、まったく問題はない。

私: 一般論ではない。はっきりと森友問題の調査報告書についての質問に答えている。この時期に、院長のこのような発言を報道することは、メデイアとしてのルール違反であり、視聴者をミスリードしていることになる。

NHK :ルール違反とか、ミスリードというのはおかしい。反論したい。

私:私はあなたの反論を聞きたいのではなく、NHKの意図を確認したい。あなたたちは、NHKの責任者でもないし、意見を伝えるだけといつも言っている。あなたの意見ではなく、NHKの見解を知りたい。



 「ふれあいセンター」、「ふれあい」など言いながら、いつも一方通行で「担当者に伝えます」というばかりのシステムが問題なのだ。受信料はとことん集金するが、あとの意見対応がないに等しい。質問などが殺到した場合は、統一見解、回答があってしかるべきではないか。即答でなくともよい、NHKとしての見解が知りたい。

  ついでながら、NHKは、前川元文科省事務次官に、他局に先んじて、真っ先に、インタビュー取材しながら、とうとうそのインタビューを放映することはなかった。そして今回まるでスクープかのように、会計検査院長の独自インタビューを、この時期を選んで放映したのである。政府に都合の良い情報は率先して流すが、不都合な情報は流さない、という、これほど、露骨で、恣意的なNHKにつけるクスリはないのか。すぐに編集権を持ち出して、やることは政府広報ではやりきれない。


 
受信契約による受信料の支払いについて、126日には最高裁の判決が出る。司法の適切な判断を待ちたい。

 

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2017年10月28日 (土)

「報道リスク」って?「黙れ」ということ?~佐川国税庁長官の罷免要求署名、刑事告発人に名前を連ねて

  署名を受理する財務省も、告発状を受領する検察庁も、ともかく「1022日の選挙後」にこだわっていたそうだ。結局、告発状の方は、選挙前の1016日に提出し、署名の方は、1024日に提出することが出来た。

 

「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」は、すでに、821日、3週間で1万筆を超えた佐川国税庁長官罷免要求署名を財務省に提出していた。その時も、財務省は、入り口は正面玄関でなく、別の出入り口を指定し、メデイアのカメラは一切お断りというお達しだった。しかし、財務省の正面に集まった記者やカメラマンは、玄関前の道路での取材を始め、その一部は、その日の午後のテレビで放映された。一万余の署名のボリュームや呼びかけ人7人の姿やコメントを捉えた。

 

一度は締め切った佐川長官罷免署名だったが、テレビや新聞報道で知って、いまからでも署名したいという人たちの声が事務局に殺到して、第2次署名として再開、1012日に締め切り、合わせて2万筆を超えた。ネット署名のコメント欄の多種多様な政府や佐川長官批判、その署名の数もさることながら、用紙署名には、集会で署名を集めた、駅頭で署名を呼び掛けた、近所の知り合いや遠い親戚にも声を掛けた、カンパの切手を同封した・・・というメッセージがどれも熱い。第2次署名の締め切り直後の提出に関して、財務省は、10月下旬でないと受理できない、その理由は受領する担当者の調整がつかない、という理由にならない理由を繰り返すばかりだった。麻生大臣に手渡したいと言っているわけでもないのに。交渉の末、1022日以降ならということになったが、何のことはない、「総選挙」の前はマズイ、ということではないか。そして、マス・コミはどこが来るのかと、しきりに聞いてくるというのだから、マスマス、財務省の意図は「見え見え」ではないか。森友・加計問題での財務省の担当者の国会答弁では、つねに、だれに対しても、丁寧に対応するという仕事ぶりをアピールし、問題の関係者にはその通常の対応をしたまで、とも答弁していたのを思い起こす。

 森友問題の国有財産値引きに関して、佐川局長は、国会において、国から価格を提示したこともないし、森友側から提示されたこともない、との発言を繰り返していたが、国会の閉会後、あらたな音声証言や文書が出て来たうえ、パソコンの文書は自動消去されたという珍妙な発言も、その後の麻生財務大臣の消去延期発言で、佐川局長の虚偽発言が明らかになり、証拠隠滅疑惑も浮上した。そこで、市民有志による佐川長官の刑事告発が進められた。100人を超える告発人とその代理人6人の弁護士による告発状の受領も、代理人の方々の努力で、ともかく1016日受領にこぎつけたわけだ。告発状提出後の司法記者クラブでの記者会見の模様は、テレビや新聞での報道の通りである。テレビカメラが6台、30人近くの記者が集まった。

財務省も検察庁も「選挙後」「選挙後」という、政府与党への「配慮」は、露骨だ。そして、取材をしても報道しなかったメディア側の「萎縮」も根深い。

「報道リスクを避ける」とは

 そんな折、今日の朝日新聞は、「林文科相『報道リスクを避ける』 加計の獣医学部来月前半に結論」の見出しで、林文科相が記者会見で、大学設置・学校法人審議会の審査結果が遅れているのは「審査内容が報道されるリスクを避けるため、日程を調整した」「52年ぶりの獣医学部新設の案件があり、より慎重な審議を行うのに必要な日程を確保した」と述べた、と報じた。この記事だけからは、「審査内容が報道されるリスク」、「報道リスク」とは、何を意味しているのかが不明だし、肝心の記者は、「報道リスク」と何なのかを質問しなかったのだろうか。文字通りに読めば、「審査内容が取材によって報道されることによるリスク、悪影響」とでもいうのだろうか。何への「リスク」「悪影響」なのか。「加計学園獣医学部新設認可」への大きな流れの中での「悪影響」ということになりはしまいか。「審査内容の取材による報道」を否定することにならないか。これは、メデイアへのけん制と、審議会メンバーや関係者への口封じを示唆することでもある。

 

いまのところ、他のメデイアでは、「報道リスク」発言を報道していないのも、また気がかりである。要するに、文科省としては、結論が出るまで「黙れ!」ということなのだろうか。まさに、報道の自由の侵害の何ものでもない。メディアは、こんな発言をこのまま黙ってきいているのだろうか。

「静かな環境の中で」とは

 こうした状況は、表現こそ違ったが、天皇の生前退位法成立過程の前段、衆参両議院正・副議長の各政党の意見聴取による論点整理・調整がなされることになり、大島理森衆議院議長の「静かな環境の中で議論を深めるべきだ」という趣旨の発言をしたことと共通する。「静かな環境」とは、「対立激化を避け、政争の具にしないために、非公開で」進めよという政府の意向を背に、大島議長は各党間でのフィクサー的役割を果たし、まとめた。最後は、議会軽視、民意とは異なる方向を指摘されながらも、特別法として「挙国一致」的な決着を見たことは、記憶に新しい。

 

そのうちに、憲法改正の議論や審議も「静かな環境」のもとに審議、国民投票がなされるべきだという論理で、「国民的な議論」や「国民の深い理解」は「排除」され、いつの間にか、じわじわと世論操作や表現の自由、言論の自由、報道の自由が統制される日が来てしまうのではないか、そんな不安が去らない。いや、すでに来ているかもしれない。

安倍首相はじめ、政府与党は、総選挙後、「政権運営は謙虚に、丁寧に」と言っていた矢先、野党の質疑時間を短縮するという見直し案を検討しているというのである。野党も、メデイアも国民も、いま、踏ん張りどころのはずである。

 ふだん、めったに、政治的な話にはならないご近所の方との立ち話や久しぶりにバスで乗り合わせた知り合いとの話でも、佐川国税庁長官の話になると盛り上がる。あの国会答弁とその後の国税庁長官へのご出世と会見もしない振る舞いが許せないのである。同じ思いを形にして、苦しくても、声をあげなければならない。

 

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なお、刑事告発についての報道は以下をご参照ください。いずれも、10月16日の報道、放映でした。

①ユープラン動画:「佐川国税庁長官(当時財務省理財局長)他、背任罪・証拠隠滅罪で  刑事告発」38分

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck&feature=youtu.be

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck

②「佐川国税庁長官らを告発」(朝日新聞、2017.10.16夕刊)

③「佐川前子区長らを告発」(毎日新聞、2017.10.16夕刊)
④「佐川宣寿国税庁長官を告発 市民団体が証拠隠滅容疑」(産経ニュース)   http://www.sankei.com/affairs/news/171016/afr1710160015-n1.html

⑤「『嘘の答弁』森友問題で佐川国税庁長官ら刑事告発」(テレビ朝日)   https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20171016-00000025-ann-soci

https://www.youtube.com/watch?v=vaHb5DZAgck

⑥「『森友』問題めぐり、市民団体が佐川国税庁長官らを告発」(TBS)   https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20171016-00000069-jnn-soci

⑦「森友問題 佐川国税庁長官らを証拠隠滅の疑いなどで刑事告発」(関西テレビ)   https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171016-00000004-kantelev-l27
 自局のこれまでの関連ニュースを織り込みながら、今回の告発のポイントを分かりやすく紹介しています(動画付きでないのが残念です)。

⑧「森友問題で、市民ら背任容疑で東京地検に告発」(Economic News)   http://economic.jp/?p=77274

 *なお、友人からは、翌日10月17日のNHK「おはよう日本」の6時40分台に報道があったと、後日、連絡をいただいた。

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2017年10月15日 (日)

雨の駅頭で、「9条をまもりたい」のニュースを配る

きのうも冷たい雨の土曜日でしたが、地元の九条の会「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」は、最寄りの駅頭の通路で、会のニュース35号を配りました。今月の世話人会で、衆議院選挙を前に、何かしなくてはと、最新号のニュースを増刷りして配ることになりました。ニュースの内容は、次の通りですが、会のブログをご覧いただければ、読むことができます。「とっつきにくいよな」「ちょっと難しすぎる」「読む気もしない」などの、きびしいご意見もいただきますが、一度ご覧の上、ご意見いただければうれしいです。

1頁:自衛隊の憲法明記は9条破壊宣言
2~3頁:共謀罪は施行されたが・・・反対の運動は続き、メディアも危険視
4頁:膨張し続ける防衛費~あなたは、どこの国の総理ですか

詳しくは、「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」ブログ

http://sakurasizu9jo.cocolog-nifty.com/

 この日は、急きょ、「佐倉・九条の会」と合流での活動となりました。総勢9人、横断幕を掲げ、ささやくように9条は宝と訴える人、マイクを手に自衛隊の海外派遣の理不尽を熱く訴える人、私は、この地域で、9条をまもりたいの思いで、市民が相寄って活動を始めて11年目になること、今回の選挙では、憲法、とりわけ9条が問われている大事な選挙であることだけを訴えました。通行の方々、受けとってくださる方もさまざま、「頑張りましょう」の声には励まされました。一方で、「あんたたちは、どこの党?」との質問は、この日もありました。選挙運動期間中でもあり、当たり前なのかもしれません。「私たちは、政党ではないんです。市民の有志の会です。憲法9条をまもりたいと、10年間活動を続けています。これが一番新しいニュースです。ぜひ読んでみてください」と大急ぎで話すと、手を伸ばして受け取ってくれる場面もありました。

手渡そうと近づくとよけて過ぎる人、邪険に振り払う高齢男性、スマホから目を離さない若い人、おしゃべりをしながらの中高年の女性たちはまず受け取ってくれない、おしゃべりに夢中な高校生たちでも男女を問わず、軽く受け取ってくれる、カップルや家族連れは、みきわめが難しい・・・。

相変わらずの光景ですが、学ぶことも多い一時間でした。

 

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2017年9月23日 (土)

「ある少国民の告発~文化人と戦争」(1994年放送)を見て

 大先輩の知人、櫻本富雄さんから、ご自身が出演の、24年前に関西で放映された番組が、突然you tube に出現したので、とのお知らせをいただいた。早速拝見、やはり映像で、櫻本さんのインタビューに答える、横山隆一、山本和夫、丸木俊、住井すゑさんたち、ご本人の証言を聞いて衝撃を受けました。私が紹介するよりは、ぜひフィルムを見ていただきたいと思いました。you tubeでは、いくつかのカット場面があり、当時の放映のままではないとのことですが、ぜひ一度、ご覧ください。個人的に何人かの友人にBCCで、お知らせしたところ、24年前のTVはこんなこともできたのか、など、いくつかの感想が返ってきました。

 

「ある少国民の告発~文化人と戦争」(毎日放送 1994年制作) 

https://www.youtube.com/watch?v=8-dC55hmhbc

 

 戦時下の文化人の表現活動には、今では想像がつかない障害があったこと知ることも大事なのですが、そこで、意に添わない活動をしたことに、その後、本人がどう向き合ったかが、重要なのかと思います。さらに、その後、どのような活動をしていたのか、行動をしてきたのか、暮らしをしていたのか、その生涯をトータルで、見極めたいと思っています。そのためには、発言・著作・制作物などを、記録にとどめ、保存し、継承するという基礎作業が問われるのではないかと、思います。その上で、その後の時代、時代に、何を残し、どう行動したのかが問われるのだと思いました。 

 

 今回の番組では、愛国少年だった櫻本さん自身が、戦時下に「あったことをなかったことにしよう」とする敗戦後の時代の流れに抗して、個人で10万冊もの雑誌や図書を収集し、戦時下の文化人たちの言動を浮き彫りにした著作を発表し続けていること、家永三郎さんも、戦時下の反省から、敗戦後の教科書裁判に踏み切ったこと、などを語っています。

 

 翻って、現在の知識人、文化人と称される人々の発言や行動において、少なくとも、敗戦後の占領期が終わった段階では、「表現の自由」があったにもかかわらず、「陽のあたる場所」を求めてでしょうか、意外と、微妙な変転、変節をしていたり、繰り返したりする人たちも多くなっています。人間、心身の成長や加齢によって、考え方も、行動様式も、変ることはあるでしょう。その人をどこまで信用していいのか、その発言にどこまで責任を持つことが出来るのか、自身で説明責任が果たせるかが問われるのではないかと。これは自らにも返ってくる問いでもあります。さらに、目前の課題に翻弄されながらの発言や行動は、とかく、より根本的な課題を置き去りにする傾向が、とくに最近目立ってはいないか、とても不安です。

 

 

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2017年7月27日 (木)

アンジェイ・ワイダの遺作『残像』を見て~ワイダと画家からのメッセージ

 友人の映画評論家の菅沼正子さんから、早くよりお勧めのあった映画『残像』を見に、岩波ホールまで出かけた。昨年、90歳で亡くなったワイダ(19262016)の遺作である。ワイダの作品『カティンの森』と『大理石の男』を見たのが2009年だから、久しぶりのことである。このブログにも、つぎのようなレポートを書いている。

◆『カティンの森』『大理石の男』、ワイダの新旧二作品を見る

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http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2009/12/post-9c03.html

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プログラムの表紙から

640_2 画家のアトリエは正面のアパートの階上の一室、ある日突然スターリンの垂れ幕が下ろされ、窓からの光は断たれた。 画家は、自らの松葉づえで、それを引き裂くのだった。写真はいづれもプログラムから
         


 今回の『残像』は、ポーランドの実在の抽象画家、ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(18931952)が、社会主義政権下の最も弾圧の厳しかった中で、自らの芸術的信条を曲げずに貫いた晩年の4年間を描いたもの。私は、この画家の名前は初めて聞くが、ポーランドを代表する芸術家の一人で、両世界大戦間期に国際的な前衛美術運動に大きな役割を果たした画家であり、理論家であったという。1931年には、妻の彫刻家コブロとともに、ポーランド中部、ワルシャワとクラクフの中間に位置する都市ウッチに美術館も設立している。映画は、そのウッチを舞台に、造形大学の教授として、学生たちからも絶大な信頼を得ていた教育者でもあった彼が、社会主義リアリズムこそが、政治と一体化するという文化政策に抵抗したとして、さまざまな迫害を受け、職も奪われ、絵具も食料も入手できない状況に追い込まれ、病に倒れるまでがリアルに描かれる。プライベートでは、宗教の違いなどから別れた妻と娘ニカはともに暮らしているが、病弱の母親の介護と第一次大戦の戦傷で手足が不自由な一人暮らしの父親を気に掛けて、両親のもとを行き来する一人娘との葛藤をも丁寧にたどられる。

官憲による弾圧・迫害は、徐々に過酷なものとなる。大学での講義が、文化大臣の演説で中断され、その会場で自説を述べれば、以降一方的に休講とされ、馘首される。美術館の展示室から彼の作品は倉庫入りとなり、彼の学生たちの作品展の作品はすべて打ち砕かれ、造形芸術家協会からは除名されてしまう。悩む学長、美術館長も体制にのまれてゆく。それでも、古くからの友人の詩人ユリアン、慕う学生たちの陰ながらの支援で得た生活のための仕事も、密告のため失ってしまう。また、画家を慕い、アトリエでの口述筆記に通う、教え子の女性すらも拘束される事態となるなか、映画には一度も姿を見せない元妻の様子は、娘を通してのみ語られるが、画家には知らされないまま病死する。それしかない赤いコートのまま、母の棺に従うのは、ニカの一人だけという墓地の場面、行き倒れのような形で救急車で運ばれた病院から抜け出した画家が、そのコブロの墓に青い花を捧げる場面、やがて、画家が仕事先のマネキンが並ぶショーウインドウのなかで壮絶な死を遂げるが、通行人の一人にも気づかれないという場面の寂寞と荒涼は、胸に迫るものがあった。

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自宅のアパートのアトリエに集う学生たち
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職を失った画家の仕事先の似顔書きの工房を訪ねる娘のニカ

監督のワレサは、クラクフの美術大学を中退して、ウッチの映画大学を卒業したという。生前の画家との出会いはないが、この映画に寄せたメッセージの末尾でつぎのように述べている。

「私は、人々の生活のあらゆる面を支配しようと目論む全体主義国家と、一人の権威ある人間との闘いを描きたかったのです。一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか。表現の自由を得るために、どれだけの対価を払わなければならないのか。全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか。これは過去の問題と思われていましたが、いまもゆっくりと私たちを苦しめは始めています。どのような答えをだすべきか、私たちはすでに知っている。そのことを忘れてはならないのです」

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自らの病をおして元妻の墓を訪ねる

 

 また、映画で語られる画家のセリフのなから、断片的に飛び込んでくるいくつかの言葉があった。同じく抽象絵画を目指したカンディンスキー(18661944)やモンドリアン(18721944)の名前も飛び出し、「彼らは、自分の模倣を続けている」と学生たちに語り、公安当局に呼ばれて、大事な分かれ道、体制に従うのか従わないのか、どちらの側につくのか、と選択を迫られたとき、「私の側だ」と立ち去る場面が印象的だった。

モンドリアンといえば、昔のことになるが、私の第一歌集『冬の手紙』(1971年)の「あとがき」の冒頭で、つぎのように書いているのを思い出した。合評会で、この「あとがき」に言及される方はいなかったが、立ち話で、玉城徹さんが「モンドリアンとはねェ・・・」と苦笑されていたのも思い出の一つである。

「モンドリアンの抽象に出遭ったとき、あの冷徹さに戸惑いながら惹かれていったのはなぜだろうかと考えています。そこには猥雑なものをいっさい拒否しようとする、ひとりの人間の生き方の美と思想があると思いました。この画家の幾何学的な構成にいたる過程は、<樹木>連作が雄弁に語っています。さらに光と影から解放された垂直と水平の世界の展開を見せられたときの感動を忘れることができないでいます。主観的な表現を極度に排し、求めてやまなかったものはなんであったろうか・・・・」

恥ずかしいけれど、歌集の最終章には、こんな歌も残していた。

・描かれたる<樹木>連作たどるとき闇に熱き思いを放つ

・老画家のひとりの冬の死のまぎわコンポジションの原色冷ゆる

 ところで、映画では、ストゥシェミンスキの絵画作品を正面から映し出すことはしていなかった。美術館での展示室での作品群、コラージュ帖やアトリエで制作中の絵としては、何度か映される程度だった。ネット上で検索しても、すぐには出てこない。どんな作品を残していたのか。一度ゆっくり鑑賞したいと思っている。

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2017年6月23日 (金)

なぜ、いま、「斎藤史」なのか~6月12日の「大波小波」に寄せて

「大波小波」では

 もう、十日以上も過ぎてしまったので、旧聞に属するが、612日『東京新聞(夕刊)』の匿名のコラム「大波小波(魚)」は「<濁流>に立つ言葉」と題して、斎藤史の『魚歌』(1940年)と『朱天』(1943年)の各一首を取り上げていた。前者の「濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ」と後者の「御いくさを切に思ひて眠りたる夢ひとところ白き花あり」を引用して、史の「美しいイメージは権力に奉仕」する「一変ぶり」に「自立性」を失うことへの警告を発している。問われるのは、史ばかりではないとして「第二の<濁流>の中で立ち続ける言葉を持てるかどうかなのだ」と結んでいる。

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『東京新聞(夕刊)』2017年6月12日




  安倍政権が推し進めた特定秘密保護法(
201412月施行)成立、そして「テロ等準備罪」新設への疑問は、依然として根深い。しかも、テロ等準備罪に関しては、衆議院法務委員会で強行採決を経て、本会議で可決、参院では法務委員会の審議を打ち切り、委員長による「中間報告」をもって、即、本会議の採決とするなどの異例の手段で、可決、成立させた。法務大臣はじめ、曖昧な答弁が続き、解明されないままである。質疑は参議院に移っても、法務大臣がまともな答弁が出来ず、疑問は解明できず、「テロ等準備罪」の必要性がどんどんと崩れていった。組織的犯罪集団の解体、テロ防止、オリンピック開催に役立つどころか、監視社会の強化により市民の活動や言論は萎縮をもたらすだろう。短歌という小さな世界にかかわる表現者としても、このコラムでの指摘は、重く受け止めねばならない。

 

斎藤史研究の基礎的な作業は

斎藤史は、194112月の「開戦」を境に「一変」したというより、彼女が短歌や時代に向き合う姿勢に問題があったのではないかと思う。というのは、私自身、作歌とともに近現代短歌史に関心を持ったころから、著名歌人の戦争責任に触れないわけにはいかなくなって、斎藤史に着目した。彼女の短歌は、老若を問わず、その作品の魅力や生き方を賞賛してやまない歌人たちや読者が多い。そうした人々には、「一変」したのは時代の流れで、だれもが遭遇した、致し方のないことだったとする論調が多い。

 しかし、斎藤史に関しては、短歌にかかわる「事実」を、きちんと整理しておかなければならないことに気が付いた。もう20年以上も前のことになるが、私は『風景』という短歌同人誌に「斎藤史 戦時・占領下の作品を中心に」と題して連載していたことがある。「『斎藤史全歌集』への疑問」として、「大波小波」(東京新聞1998115日)に紹介された。基本的な作業として、史が、いつどのようなメディアに、どんな作品を発表していたかを明確にしておかなければと思った。当時に比べると、現在は、資料をめぐる環境も随分変わった。古本は、なかなか入手しにくくなる一方、国立国会図書館で、雑誌のデジタル化が進み、プランゲ文庫の新聞雑誌の検索可能になり、遠隔コピーの利用もたやすくなった。しかし、例えば、史が属していた『心の花』は復刻版もあるのでありがたいが、いわゆる短歌総合雑誌も欠号なく所蔵している図書館が少ない。父親の斎藤瀏と立ち上げた『短歌人』、さらに『原型』などを所蔵する図書館や文学館があっても欠号が多い。前川佐美雄らとの雑誌「日本歌人」「オレンジ」などになると、さらに難しい。最近思いがけず『灰皿』がデジタル化されているのを見つけたりした。
 
 史は、短歌総合雑誌だけでなく、さまざまな文芸誌、女性雑誌、業界雑誌や地方雑誌、児童雑誌、そして新聞と、その寄稿対象が広いので、網羅的な著作目録作成は不可能に近いかもしれない。これまで私は、作品を含めてほそぼそと著作目録の作成を続けて来たが、何ほどのものが集められたか心細い。史の場合は、同じ作品を、さまざまなメディアに、組み合わせを変えたり、あるいは、そっくり同じ作品を、再録との注記もなく、題を変えて、同時に発表したりすることもある。さらに、次に述べるように、歌集収録や『全歌集』収録の際の削除、改作にいたっては、夥しい数にのぼる。歌集収録に当たっての取捨や改作は、「歌集」自体を一冊の文学的な結実として評価するところから、普通によく行われていることであろう。その異同などが、作品鑑賞や研究、作家研究などの対象になることも多い。

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『朱天』1943年7月15日発行の初版の奥付けと「後記」の末尾。出版会承認3000部とある。スキャンすると、どうしても歪んでしまって・・・

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『朱天』1944年1月15日発行の再版の表紙とカバー。奥付けには出版会承認3000部とある。初版・再版ともに櫻本富雄氏から頂戴したものである

二つの『朱天』が意味することは

ところで、1977年刊行の『全歌集』に収録された『朱天』は、初版『朱天』より、つぎのような神がかり的な戦意高揚短歌を含む17首が削除されていたことが分かったのである。それは、『全歌集』刊行時、編集にあたった史が、どういう評価をし、どういう意図で、17首を削除したかは、定かではない。

多くの著名な歌人たちには、生前だったら自らの手で、没後は、遺族の手で、あるいは弟子や第三者の手で、さまざまな編集過程を経て、刊行される≪全歌集≫や≪全集≫を持つ。刊行の折には、明確な編集方針を示すとともに、その意図、理由をも示してほしい、というのが読者の願いでもある。そうすることが、≪全歌集≫や≪全集≫の資料的価値の決め手になるのではないかと思うからだ。歌集は、「てにをは」のミス訂正はともかく初版の原本が基本だろう。編集時の改作、作品の加除は、なすべきではないと、私は考えている。もし、どうしても、その必要があるならば、異同が生じた理由や経緯を明らかにしておくことが重要かと思われる。

 歌集『朱天』は、作歌時期によって、大きく「戦前歌」「開戦」に分かれるのだが、『全歌集』に『朱天』を収録する際に、斎藤史は、「戦前歌」という表題の下方に、「昭52記」と添え書きをして、次の1首を付記したのである。 

はづかしきわが歌なれど隠さはずおのれが過ぎし生き態なれば 昭52 

 

 そして、初版1943年、再版1944年の「後記」は、「昭和十八年二月」付で、364首を集めた、と記している。『全歌集』の収録時には、この「後記」と同じ頁に、「昭52付記今回三百四十八首」と付記した。これだけを読むと、16首(364348首)を削除したことが推測されるが、その理由などは示されていない。その上、初版の『朱天』の収録歌数の実数は、365首だったので、実際の削除は17首であることが分かったので、照合してみると、たしかに、『全歌集』に収録されていない作品が17首あり、その中に、つぎのような作品があったのである。

國大いなる使命(よざし)を持てり草莽のわれらが夢もまた彩(あや)なるを(『朱天』6頁)


 初出は『日本短歌』19412月号、「秋より冬へ」15首の内の1

首であった。さらに、「使命」の部分は「理想」であった。




現(あき)つ神在(ゐ)ます皇国(みくに)を醜(しこ)の翼つらね来るとも何かはせむや(『朱天』95頁)



 初出は、『公論』19423月号「四方清明」5首の内の1首であり、『日本短歌』19424月号「春花また」6首の中にも見出すことができる。




神怒りあがる炎の先に居て醜の草なすがなんぞさやらふ
(『朱天』
147頁)

 

初出は『文芸春秋』194212月号、「北の防人を偲びて」10首の内の1首であった。『文芸春秋』の短歌のコラムは、現在も続いている、歌人も注目のコラムであるが、斎藤史の登場は、戦前戦後を通して、他の歌人に比べれば、例がないほど、その頻度は突出している。当時、1940年以降、平均すれば、年に1回は作品を寄稿していることになるのである。 

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『朱天』初版・再版とも頁割は同一で、最終の2頁5首の内、4首が『全歌集』から削除され、収録されたのは、最後の1首であった。綴じが崩れている個所もあって・・・


 『全歌集』刊行の
1977年以降、「昭和52付記」の「はづかしき・・・」の一首は、削除した作品を検証することもなく、独り歩きをした格好で、史が戦時下の歌集を隠すことなく、さらけ出した「勇気」や「覚悟」を称揚する論調が拡散した。

それは、戦時下においては、斎藤史が歌壇内外で“人気”の若手女性歌人であったからだろう。しかし、それは、歌人の父、斎藤瀏が226事件の反乱将校たちを幇助したとして服役し、1938年仮釈放された後、『心の花』を離れ、『短歌人』立ち上げたのが1939年であった。娘の史は、親しかった反乱将校たちを銃殺刑で失うという、“悲劇”を背負った歌人の父娘であったことと、瀏が、仮釈放後、歌壇に復帰したのが、軍国主義が強化され、軍による言論統制が露骨になった時期であり、歌壇のファッショ化の先陣を切る形での活動が始まったことと無関係ではなかった。その華々しい活動は、著作目録から見ると、他の女性歌人と比べて、そのメディア進出頻度は破格だったことが分かる。

さらに、戦後の斎藤史は、戦前の歴史的な検証というよりは昭和天皇との確執という「物語」を背負い、疎開地の長野にとどまって、父を看取り、長きにわたった母の介護に続き、夫の介護をも担うことになる。初版の『全歌集』が刊行されたのは、夫が亡くなった直後でもあった。

占領下、その後の斎藤史については、別稿としたい。


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