2015年12月25日 (金)

ことしのクリスマス・イブは~DHCスラップ訴訟控訴審(東京高裁)第1回口頭弁論傍聴と報告集会へ

日比谷公園のクリスマス市
知人ご夫妻からのお招きで、日比谷・松本楼でのランチを楽しんだあと、私たちは、東京高裁へと向かう。日比谷公園の噴水広場は、金色のツリーを前に、たくさんのテントがひしめいていた。日本ではあまり見かけないトンガリ帽子のような屋根のテントも多い。にぎわい始めた昼下りのクリスマスマーケット、聞くところによれば、すでに12月11日から始まっていたらしい。実行委員会形式で、ドイツ観光局とJR東日本も協賛していて、東京では、はじめてのイベントとも言う。ヨーロッパの街歩きで、朝市や金曜市も楽しいが、もう10年以上も前の11月下旬のウィーンで出会ったクリスマス市の独特の雰囲気は、忘れがたい。シェーンブルン宮殿前のクリスマス市は、すでに暮れていて、強烈なグリューワインに打ちのめされたこともあった。市庁舎前のクリスマス市は、家族連れでにぎわっていて、一回りすると暮らしの必需品が何でも揃ってしまいそうな店が並ぶ。ああ、もう一度出かけてみたい、そんなことを考えながら、東京高裁の822法廷へ。 

DHCスラップ訴訟控訴審第1回口頭弁論  
  すでに、9月のブログでも報告しているが、化粧品やサプリのDHC社長が「澤口統一郎の憲法日記」の記事が社長の名誉を棄損したとして、執筆の澤藤弁護士に6000万円の損害賠償を請求したという案件ある。9月2日の東京地裁判決は、もちろんそんな請求は棄却し、全面敗訴だった。にもかかわらず、社長側が控訴したので、この日の東京高裁での第1回口頭弁論となったわけである。

・DHCスラップ訴訟、澤藤弁護士勝利、東京地裁判決傍聴と報告集会に参加しました http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/09/dhc-30de.html(2015年9月4日)

  スラップ訴訟とは、言いがかりをつけて、相手の口封じや恫喝・弾圧のために、法外な損害賠償や刑罰を求めて提訴される訴訟をいう。DHC社長は、同様の提訴を10件も行っているとのこと、まさに言いがかり訴訟の際たるものではないか。  
  そもそも、上記「憲法日記」は、DHC社長が渡辺喜美への8億円の政治献金を明らかにしたことに端を発し、「政治とカネ」をテーマに糾弾したものである。東京地裁の判決は、「(本件ブログ記事は)いずれも意見ないし論評の表明であり、公共の利害に関する事実に係り、その目的がもっぱら公益を図ることにあって、その前提に事実の重要な部分について真実であることの証明がなされており、前提事実と意見ないし論評との間に論理的関連性も認められ、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない」から違法性を欠くものとして不法行為の成立を否定した。社長側は、控訴理由書は提出しているが、きょうの法廷には、若い弁護士が二人ぽつんと座っているだけで、澤藤弁護士側には、全国の大勢の支援の弁護士がいるが、きょうの被告席側には10人以上の弁護士が並んでいた。もちろん傍聴席にもたくさんの弁護士がいらしたようだ。澤藤弁護士は「今日は、弁護士ではなくて、被告としてこの席に立ちます」と弁論が始まる。「自席でどうぞ」と裁判長の言葉で弁論が始まって、約15分。詳しくは、以下のブログの12月24日までの一連の記事を参照してほしい。

・「澤藤統一郎の憲法日記」http://article9.jp/wordpress/

   口頭弁論の最後に、澤藤弁護士は、本件のようなスラップ訴訟が乱発されると、社会的な強者が自分に対する批判を嫌って濫訴が横行し、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされ、言論自体が委縮し、政治批判の言論は成立しなくなる、と言う趣旨のことを述べた。また、「表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法21条1項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される」とした、北方ジャーナル事件の最高裁判決(1986年6月11日)を引用して締めくくられた。 社長がからの控訴理由書の口頭弁論はなく、裁判長は、来年1月28日の判決を伝え、閉廷した。

報告集会のあとで
  弁護士会館の会議室での報告集会は、イブということもあって、澤藤弁護士ご一家の心づくしのケーキと飲みものが供され、和やかな雰囲気のなかで進んだ。 幾つかの発言の中で、印象に残ったのは、中川弁護士による「健康食品の規制緩和と機能性表示食品の危険性」についてだった。これまでも、新聞や生活クラブ生協の機関誌などで、「機能性表示食品」が今年の4月から解禁となったこととその信頼ならぬことは認識し、もちろんその類の商品とは縁がないものと思っている。それにしても、新聞やテレビでの広告が半端でなく激増し、なかでも新聞折り込み、新聞全紙裏表の折り込みも、よく目にするようになり、驚いている。安倍内閣が、推進してきた、この分野での規制緩和ながら、内閣府食品安全委員会委員長といわゆる「健康食品」を検討するワーキンググループ座長の名で2015年12月8日には、「国民の皆様へ」として19のメッセージと21に及ぶQ&Aを発表した(注)。中川弁護士は、以下のようなメッセージを国民への警鐘ととらえ、片やアベノミクスの一環としての規制緩和、その結果としての機能性表示食品を含む「健康商品」の種々の危険性を消費者に訴えている矛盾を指摘した。食品安全委員会は、これだけのリスクを抱えた「健康食品」の拡大を止めることができなかったか、国民へのメッセージは、国民への責任転嫁とも捉えられても仕方ないようにも思えたのである。
  健康食品広告では「気をつけよう、体験談、学会発表、争点はずし!」という発言も澤藤弁護士からあった。体験談はでっち上げも可能、自前のわけのわからない学会だったり、動物実験結果だったりすることもある。「毎日にハリ、潤い!」「みなぎる活力を実感!」「栄養バランス抜群!」といわれても・・・、ということらしい。
  神原弁護士は、国会前の集会やデモ隊の最前線で、過剰警備から人々を守る若手で、政府に都合のいい人たちの人権は守られるけど、弱者側の人権は守られないことを嘆く。あの人権侵害も甚だしいヘイトスピーチへの対応を見てもわかり、ようやく法務省の「勧告」が出た程度なのである。

歳晩の覚悟
  日に日に、政治的な表現の自由、公共的な事項の表現の自由が狭まってきた現在、集会中、TBSニュース23のキャスター岸井成格糾弾の意見広告についての発言が出たとき、報道ステーションのキャスター古館伊知郎の降板もというニュースが会場の一人からもたらされた。古館については、噂でしょうとその場で聞き流された形だったが、なんと、帰宅後分かったのだが、やはり、午前中には、テレビ朝日から来年の3月をもって降板と発表され、本にの記者会見まで開かれていた。そして、これを書いている25日には、岸井の来年3月をもってニュース23からの降板も正式に発表された。なんというクリスマスであったのだろう。寒さがいささか緩んだクリスマスではあったが、「表現の自由」は、「報道の自由」は、確実に侵害され、後退した2015年、歳晩にして、凍りつくような風が体の中を吹き抜ける思いだった。 現在の安倍政権、そして取り巻くサイドのやりたい放題に、立ち向かえない私たち国民の力に絶望することは簡単だが、ともかく自らの抗う力を声にしたい、形にしたいと覚悟するのだった。

~~~~~~~健康食品を愛用の方、ぜひご参照ください ~~~~~~~~

       食するなら、自己責任ですよ、死ぬこともありますので・・・

(注)内閣府省区品安全委員会HP<健康食品」に関する情報> https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html 平成27年12月8日作成

委員長、座長から国民の皆様へ[PDF:142KB]
  「若さと健康を願うあなたに」、「△△の健康のための○○」といったキャッチフレーズを、毎日たくさん見聞きします。そして、医薬品のようにカプセルや錠剤の形をしたサプリメント、「健康によい」成分を添加した飲料や食品など、さまざまな「健康食品」*が売られています。今や国民のおよそ半分の方々が、こうした「健康食品」を利用されているという調査もあり、「健康食品」市場が拡大しています。これは、健康で長生きしたいという古来変わらない人々の願望の表れでしょう。 (中略) 残念ながら、現代でも「これさえ摂れば、元気で長生きできる」という薬や食品はありません。それどころか逆に、「健康食品」で健康を害することもあります。しかも、そのような情報は皆様の目に触れにくいのが現状です。消費者は、「健康食品」のリスクについての情報を十分に得られないまま、効果への期待だけを大きくしやすい状態に置かれているといえます。 食品安全委員会ではこういった状況を憂い、幅広い専門家からなるワーキンググループを作り、「健康食品」の安全性について検討しました。まず「健康食品」から健康被害が起こる要因を挙げ、次にその要因ごとに、健康被害事例などを含めた文献などからの科学的事実を調べ、皆様に知っていただきたい要点として取りまとめました。そうして作成した報告書からさらに抜粋して、皆様に向けて19項目のメッセージをまとめました。これらには「健康食品」で健康被害が出ることをなくしたいという本委員会の願いを込めました。
いわゆる「健康食品」に関す検討ワーキンググループ座長  脇 昌子
食品安全委員会長                          佐藤 洋  
健康食品」とは、「健康への効果やダイエット効果をうたって販売されている食品」を言います。これには、特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品も含まれます。また、ここでは「サプリメント」とは、 カプセル・錠剤・粉末・顆粒形態の「健康食品」を言います。

関連情報
・「健康食品」に関するメッセージ[PDF:1,312KB]
・「健康食品」に関する報告書[PDF:817KB]
・「健康食品」に関する情報(Q&A)[PDF:292KB]                                                                                                             

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2009年6月 4日 (木)

ラベンダーとバラの向こう側で

ラベンダーと市政と

 ご近所の友人が車を出してくれて、4人での「お花見」となった。

 そろそろ見ごろらしいとの情報が入った、先崎(まっさき)のラベンダーランド。ここは、現在の蕨佐倉市長が就任前から自分の畑にラベンダーを植え始め、いまは結構な広さになって、去年からラベンダーまつりが開かれるようになったところだ。蕨氏は早くより自宅に隣接してゴルフ練習場や霊園を経営する元銀行員で、先々代は志津村の村長さんだったという旧家らしい。民間の手法を市政にもという触れ込みで当選した市長だが、現実にはあまり変わり映えのしない役所の姿勢にがっかりしている。開発・環境問題で何度か交渉した体験からしても、こんな課長がと思う人ほど出世しているような気がする昨今の市役所人事ではある。それにしても、ラベンダーの陰に市長の顔がちらつくのは困ったものだ。

 ラベンダー畑の管理者の話によると、「濃紫早咲」が見ごろだそうで、花穂の下方部分の濃い紫が出そろい、先端に薄紫の花が開き始めた今がよいという。6月半ばのラベンダーまつりには屋台も出るし、ラベンダーグッズや鉢も売るからと勧められる。他に「グロッソ」という名札を付けた畑もあり、花期は6月下旬~7月下旬、やや丈のある青々とした葉が茂っていた。うっすらと花穂の気配を見せる「おかむらさき」というのもある。

以下は、帰宅後、ネットから仕入れた情報である。「濃紫早咲」は、香りが淡いので、切り花やドライフラワー、リース材に適しているそうだ。「おかむらさき」は富良野のラベンダーの主力らしい。「グロッソ」は、交配種のラバンジンの一種で1972年、フランスのグロッソ氏が作出したとのことだ。数年前、南仏のアビニヨンで土産に買ったポプリを、改めて確かめてみると、”LAVANDIN DE PROVANCE” というシールが貼ってあるではないか。オイルの収穫量も多い品種とのことで、ポプリは玄関の靴箱の上で、いまだにかなりの香りを放っている。

 

バラ園とその管理者

 少しばかり道に迷いながら、「草ぶえの丘」に到着。今朝(61日号)の「さくら広報」の1面を飾ったばかりのバラ園である。さまざまな品種のバラが、国別、品種別、色別に植栽され、アーチやパーゴラ、随所に格子が組まれているのがわかる。日本の「バラの父」鈴木省一コーナーもある。しかし、バラ愛好家でもない素人の私には、バラ園全体が散漫で、いまひとつインパクトがないのはどうしたわけだろう。「草ぶえの丘」全体の管理運営は、指定管理者制度により、佐倉市から地元の開発業者山万グループに移行した。さかのぼれば、すでに3年前から山万グループに移行、今年度、更新してさらに5年間の指定管理者となった。このバラ園は開園4年目という。バラ園の運営がNPOバラ文化研究所らしいのだが、山万グループとの関係はどういうことになるのだろう。「草ぶえの丘」は、バラ園はじめ、農園、ミニ鉄道、アスレチック、キャンプ・研修施設などアウトドア関係施設を擁するが、どんな風に盛りたてて行くのか、見守りたいところではある。行政改革の一環として始まった指定管理者制度であるが、効率的で安定した管理運営をすることによって市民へのサービスを向上させるのが、その目的だ。指定管理者の選定過程、モニタリング、財政・人事の透明性、情報公開などがきっちり確保されているのだろうか。ともすれば、行政からの丸投げ、責任転嫁、サービス切り捨てへの不安がつきまとう。入園料400円とアクセスの不便さが当面のネックになってはいないか。入園者はどのくらい増えたのだろうか。そんなことを考えさせられた「草ぶえの丘」であった。

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2008年9月 6日 (土)

住宅街の真ん中に、24時間営業のスーパーができる、大店法は何を守るのか

窓を開ければ、屋上駐車場が

 1か月以上、更新ができなかったのは、世の中、夏休みというのに、妙に忙しかったからだ。隣接の井野東土地区画整理事業の中の一つの街区に、スーパー出店の商業施設建築計画が、今年20083月に当地の地元ディベロッパー山万から発表された。向かいの街区に建築中の14階建てのマンションの来年3月の入居にあわせて、購入者に約束したスーパーの開業をなんとか間に合わせようというのだ。その商業施設は、2階建てながら、屋上に駐車場ができるというのだ。300戸越えるマンションの足元に、屋上駐車場付きのスーパーが建つというわけだ。私たち、20数年来、まがりなりにも閑静な戸建て住宅街に住み続けてきた近接の住民は、驚いた。自治会と専門部会たる開発対策協議会は、早速ディベロッパーと協議を始めることになった。道路やモノレールの軌道を挟み、第一種低層住居専用地域とマンションに隣接し、さらに将来は、高齢者施設も計画されている、その真ん中に、屋上駐車場はないだろう、というのが正直な感想であった。まだ、周辺には空地がある、平置きの駐車場にならないか、少なくとも地下駐車場にできないか、と要望したのだが、業者は土地の有効活用と経済性の観点から一歩も引かない。屋上駐車場への導入路を若干低くして、駐車台数を数台減らしたのが相手の譲歩だった。駐車場への主たる導入路は、大店法の「指針」では原則禁止している右折だった。ディベロッパーや市役所・県庁に、その危険回避対策を迫っても、「指針」に強制力はないと涼しい顔なのである。

それでも、予想できる照明、騒音、排気ガスなどの被害や交通被害を極力抑えた建築物にするよう協議は重ねられ、ともかく協議の確認書を取り交わせたのが8月上旬だった。続いては、着工に先立って、建築主のディベロッパーと施工業者を相手に「工事協定書」を結ばなければならない。その協議も始まった。

大店法手続きの虚実

そして、予定より早く、抜き打ち的になされたのが、出店届の申請・受理と約10日後の住民説明会開催だった。同日の午前・午後の2回開催、その壇上に行政も含め関係者は居並び、物々しいが、要は、大店法にかかる手続きの代行業者コンサルタント会社が説明の主役なのである。この大店法手続き上の住民説明会は、半径1kmの住民に対する、いわば、建築主(家主)とスーパーの事業計画のお披露目でもある。このときの住民の意見は、県へは数行で報告されるのではないか。いわば大店法手続きの最初のセレモニーである。説明会後、事業計画書が縦覧に付され、4か月間、住民の意見提出を受け付けるという。しかし、一方では、建物の建築工事の着工は、建築確認が下りさえすれば、大店法の手続きとは関係なく可能なのである。本来、スーパー出店の建物の「建築計画」と建築主(家主)であるディベロッパーによるスーパー入居と併設施設にかかる「事業計画」は一体的なものと思われるが、手続き上は、大店法と建築基準法の二流れで進行するのだ。もし、住民の強い意見等で事業計画に変更をきたし、建築計画自体の変更を迫られたらどうするのだろうと、素人は心配するが、役所は、事業者や建築主がそのリスクを背負うといい、ハード面での変更など最初から変更する気がないのが実態らしい。

縦覧中に提出された、市町村の意見や住民の意見は「県報」の公告・縦覧を経て「審議会」に掛けられ、出店届から8か月以内に審議会での審議・答申により県として「意見を有しない」のか「意見を有する」のかに分かれ、有すれば公告・縦覧に付する。意見がなければ、手続き終了ということになる。

さらに、県の意見がある場合、建築主の設置者は、その対応策として届出事項の変更をするのかしないのかを判断し、その変更は、再び4か月間縦覧に付されることになり、その変更が適正か否かにしたがって「審議会」は設置者に「勧告」するか否かを決定する。「勧告」に強制力はなく、勧告に従わなかった場合は「公表」するというぺナルティがあるのみである。

この「大規模小売店舗立地法」の手続きの流れを、資料をもとに県庁の役人からレクチャーされたが、気の遠くなるような話で、住民の意見が反映されるか否かの観点から、どのくらいの機能を果たしているのだろうか。いや、むしろその「無能力化」にいかに寄与しているのか、「形骸化」に貢献しているのか、その「むなしさ」が先に立つのだった。

住宅街の真ん中で24時間営業って、「あり」?

ディベロッパーとの協議の中で、6月にようやく、出店業者が発表された。イオン系のスーパーで、全国に600近く店舗を有し、24時間営業が「売り」という。まず、スーパーの本部に自治会は面談を申し入れ、事業計画を尋ねようとすると、商業施設の建築主たるディベロッパーがバリアになって、なかなか実現しない。スーパー本部の担当者は、説明会に先立って、近隣自治会長への挨拶まわりには怠りないが、店長も決まってない段階で、自治会という住民組織と面談するつもりがないと突っぱねる。

私たち地元住民が、いちばん心配しているのが、24時間営業の近隣の住環境への影響だ。まず、幹線道路から引っ込んだ、住宅街の真ん中での終夜営業は不要ではないか。たとえ、わずかな利用者がいても、その利便性のために、近隣住民が受忍しなければならない騒音、光害、防犯・風紀上の悪影響などが大きすぎる。

最近、自治体でもコンビニの24時間営業に規制を打ち出すところが出てきた。上述のような理由に加えて、エコロジーの観点からも規制を強めたい、夜型の生活スタイルを変えていこうとする考え方によるものである。規制反対派は、おもに業界からは、利用者がいる限り営業面で不利になる、たとえ自粛してもエコへの寄与はわずかなものだし、なぜコンビニから始めるのか、防犯面からはむしろ交番の代替としての役割を果たしているではないか、などが主なところらしい(朝日新聞2008630日、200896日参照)。繁華街や駅ビルならいざ知らず、住宅街の真ん中での終夜営業は、私にとっては理解に苦しむところだ。

3回目の住民説明会が近づいてきた。住民の関心は高まりつつある。

補記:

①2009年4月に24時間営業で開店したスーパー「マックスバリュユーカリが丘店」は、2009   年11月21日より、開店7か月で営業時間が短縮され、午前9時~午後12時営業となった。

②開店当時より医薬品コーナーの営業は短縮されて限定的だったが、2010年2月半ばで、医薬品コーナーは撤収した。

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2008年3月31日 (月)

「考える街。ユーカリが丘」って、ディベロッパーは何を考えているの?

佐倉市の開発行政は誰のためなのか

私が住むのは京成沿線のユーカリが丘なのだが、開発を一手に引き受けてきた地元開発業者は、このところ、カンガルーのキャラクターを使って「考える街。ユーカリが丘」のダジャレ宣伝を展開している。3月半ばには、TBSのワイド番組でも「人口の減らない街、年取らない街、子育ての街」として発展を続けている街として紹介されたらしい。「素晴らしい町なんだね」と番組を見た知人からの電話に、私は戸惑うばかりだった。安心・安全・福祉の街づくり、環境との共生を標榜しながら、地域住民への配慮のない開発を目の当たりにしているからだ。

国の道路行政において、道路特定財源が官僚や道路族議員・国交省天下り先業者により好き勝手に使われている実態が次から次へと、議会の質疑や報道などにより連日明らかにされている。もう税金は払いたくないというのが正直な感想だ。

また、「新銀行東京」への都からの追加出資の顛末を見ていると、都民でなくとも腹立たしい。あの都知事の指示を天の声?とし、銀行新設・追加出資に賛成した議会の責任も大きい。

身近にも、似たようなことが起っている。ちょうど10年ほど前から、近くの雑木林が突然伐採されることになり、土地区画整理組合による開発事業の実態を知り、佐倉市の都市計画行政を少しばかりウォッチすることになってしまった。住民の想像をはるかに超えて、行政や開発業者は実に「えげつない」ことをしていることがまた、一つわかったのだ。

開発行政は、まるで業者の言いなりなの?

 このブログでも、すでに2006617日「区画整理組合への助成金は、やはり業者への後押しだった」で触れているように、「土地区画整理事業の助成に関する条例施行規則」33項で、不動産業者・開発業者が、土地区画整理組合事業による開発区域の3分の1以上を所有している場合は助成対象からはずすことになっていたのを、20063月末日付で、この項を削除した。そして規則修正により、8m以上の道路の歩道部分用地取得費相当額の2分の1を助成できることにした。つぎの19年度早々に、私の住まいにも近接する「井野東土地区画整理組合」による開発事業に約5700万円の助成が実施された。その組合による開発区域の約72%が、組合の業務代行となっている地元の開発業者「山万」の所有であったのだ。施行規則の条項削除・修正は、条例ではないから、市議会の議決を要しない。行政、担当部課による事務的な手続きで可能なのである。

 この規則改正直前の20062月市議会において、改正の動きを察知、質問した議員もいた。条例施行規則に「3分の1条項」が盛り込まれたのは、19983月。その趣旨は、営利目的の事業者の所有する土地の割合が一定以上越える場合、公金を支出することは好ましくいないとするものであった。

では、その規則を改正してまで、7割以上もの土地を一開発業者で占めている土地区画整理組合に助成するのはなぜか、の質問に、当時の市長は、土地ブーム時の先買い業奢が特別の利益を受けるのは望ましくないけれど、「非常に、もう沈滞化しているという、いわゆる土地が動かなくなっているという社会的な情勢の中では、今度はそういった事態に対応して土地をきちんと活用できる方向に施策を進めていくべきであろう」と区画整理事業をきちんと進める必要があるという判断に基づいた措置である、と答えていた。

 さらに、この規則改正では、同時に「井野東土地区画整理組合」事業区域に隣接の「井野南土地区画整理組合準備会」へも、本組合認可準備のための助成と称して平成19年度・21年度の2度にわたって計5400万円助成の予算措置がとられた。10年前までは、二つの組合区域一帯は「山万」の第3期開発の予定区域だったのだから、当然その所有割合は3分の1どころか6割を越えている。これは、紛れもなく、公金による営利目的の事業者を利する措置にちがいないのだ。規則改正直後の6月市議会では、業者からの要請があったかの質問に対して、市長は、土地区画整理組合からの「強い働きかけ」はあったが、最大地権者の開発業者(山万)からの要望があったかは「記憶」にない、と答弁していたのだ。

 そして、さらに驚くべき方向に事態は進む。上記二つの組合への助成措置が完了後、目にも止まらない速さ、1年数ヵ月後の昨20071217日付けで、上記条例施行規則の一部改正によって再び「3分の1条項」を復活させ、200811日施行となったのである。佐倉市都市整備課HPには、その改正趣旨にはつぎのように書かれていた!?

 「宅地及び公共施設の整備や保留地売却など、土地区画整理事業の性質にかんがみ、これに類する業を行う営利目的の事業者を不当に利することを防ぎ、助成制度の一層の適正化・公平化を図ったものです」

 佐倉市の厳しい財政状況から、補助・助成制度の廃止・整理・統合、基準の見直しの一環としての改正だったという大義名分も付されている。その見直しのさなか、井野東・井野南土地区画整理組合(業務代行山万)からの強い働きかけで、規則改正による助成を佐倉市は断行したと判断されても仕方ないだろう。

 佐倉市における土地区画整理事業には、清算にたどり着けずに、行政のテコ入れを余儀なくされているところもある。千葉県は開発行政の見直しで、あらたな土地区画整理事業は認めないことになっているが、佐倉市の「井野東」「井野南」への助成は、3分の1条項をはずしての最初で最後の公的助成となったのである。
 自由自在の規制緩和、用済みの後は、また規制?

似たようなことといえば、最近こんなこともあった。20082月市議会を前に、佐倉市が「市街化調整区域の宅地開発許可基準(区域指定制度)の廃止について」の意見書、いわゆるパブコメを募集しているのに気がついた。すでに形骸化している悪名高い「パブコメ」なのだが、ナニナニ?ドーイウコト?数年前、200310月のことだったのだが、条例改正により、一定の条件さえクリアすれば市街化調整区域の中の宅地開発が可能になった。市議会少数会派の議員たちは、いわゆるミニ開発、乱開発が野放しになることで反対していたのだが、議会を通過してしまったのだ。

いわゆる市街化調整区域の規制緩和は、4年ちょっとで、その緩和を廃止して元に戻そうというものだ。パブコメ募集時のコメントを見て、またあきれるのだが、つぎのように書いてある。

「佐倉市では、平成15年10月1日から、条例により市街化調整区域でも一定の条件を満たす土地について住宅地の開発を可能なものとしました(区域指定制度)。しかしながら、道路・排水施設などの公共施設が不十分な地区においての住宅地開発が次々と行われるようになりました。
 このような住宅地開発が行われると、隣接する地区に流入する自家用車等の交通量が増大し、交通渋滞や事故を発生させる危険性を生じさせ、また、農地や緑地が失われて自然環境が損なわれることが懸念されています。」

 こんなことは、都市計画行政に素人でも十分わかっていることだった。何をいまさらと思う。4年余りの規制緩和による乱開発の例をいくつか聞き、近くの知人の家の隣接でも目の当たりにしている。20軒から100軒くらいの規模の宅地造成が突然、近隣との脈絡なく行われ、建売住宅が販売されるケースが多い。ほとんどが雑木林や畑地であったところだ。ループ状の道路が一本団地を巡るだけの袋小路的な形状であったり、既存道路との接続が危険であったり、盛り土・排水・調整池の不備に隣接住民は不安を抱えることになる。市内の各地でトラブルが頻出することになった。大きくはない開発業者による場合が多く、法令や行政指導を潜り抜け、行政や近隣住民へ脅迫まがいのことが発覚、市議の利権が絡む例も知った。行政としては、当然予想できる事態であるのにもかかわらず、なされた拙速な規制緩和はいったい誰が責任をとるのだろう。

 市民からの意見書は21通あって、すべてが緩和の廃止を可とするものであった。

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