2015年3月16日 (月)

「順天堂大学誘致」はどうなったか、佐倉市議会の質疑から見えるもの

  2月9日、3月8日の当ブログでは佐倉市の「順天堂大学誘致」に関する、地元の不動産業者「山万」と順天堂大学のおかしな動きについて調べてみた。その後、佐倉市2月議会の中継録画が下記にアップされた。新聞記事は市長の答弁の要約であったが、中継録画を見て、誘致推進派議員たちの、市民そっちのけの、税金を市長のポケットマネーのように24億円を「持ち出せ」、「金を出せ」と迫る言い分にはあらためて驚いた。

  以下のサイト「録画配信」の用語検索で「大学誘致」のキーワードを入力すると、過去の議会にさかのぼって質問をした議員と市との質疑の全容が分かるので、進行の見当を付けて、その部分の画像と音声が視聴できる。 http://www.sakura-city.stream.jfit.co.jp/

  録画によれば、2月議会で、質問の大部分をこの「順天堂大学誘致」問題にあてた、さくら会古参のK議員は、後半は、まったく中身のない執拗さで市長に質問していた。私は、現市長の市政に対する考え方について、さまざまな疑問や注文を持つ一市民ではあるが、いまのところ、この順天堂大学誘致の件については、フラフラしながらも、まあ、まっとうな答弁だったと思っている。  

  K議員は、2012年11月、市議会の多数で大学誘致に関する意見書を可決し、以後、2013年11月に山万からの用地無償提供、大学からのスポーツ科学部キャンパスの移転に伴う建設費の半額24億円支援要請があった以上、大学とも早く話し合って決断すべきだったとする。

  市長は、大学の当初の佐倉市進出計画は、他の学部新設だったり運動部用の寮建設だったりで方針が定まらなかったが、上記の計画が提示されたのが2013年11月、昨年の「懇話会」設置で、第三者の意見提出を得た。さらに大学側の建設計画と費用の積算根拠の提示を求めてきたが、いまだにその提示がない以上、この計画は進められないとする。

   先の当ブログでも報告しているように、市議会の大学誘致意見書可決は、あくまでも一般論で、具体的な計画があってのことではなかったこと、公的支援要請の積算根拠が不明な以上、市民への説明責任が果たせていないことは確かである。さらに、都市計画変更の手続きは、いまだスタートしていない。山万が業務代行となって進められる土地区画整理事業組合を立ち上げるための準備会がようやく申請されたばかりで、地権者、周辺住民の合意形成はこれからだろう。どんなビルが建ち、周辺の環境に与える影響が分からず、学生の移動や活動内容、職員の動向も知らずして、財政支出を決断せよというのは無理な話ではないか。

  ユーカリが丘一帯を区画整理事業という形で開発を進めてきた山万は、つねに土地区画整理組合の業務代行として、都市計画の変更や宅地造成工事を仕切ってきた。千葉県や佐倉市を巻き込んで、ときには公的資金を引き出し、周辺住民に意向を無視して進めてきたのが実態である。私は周辺住民の一人としてそうした状況を目の当たりにしてきた。その一部は、ブログ記事として報告してきた。土地区画整理による開発が住民に、佐倉市にどれだけの成果をもたらしているか、いないかも実感しているだけに、この問題は、重大な関心事であり、その成り行きを注視したい。      

   なお、先のK議員は、質問に事欠いて、この間、当ブログでも紹介した新聞報道について「新聞を利用して世論誘導をしたのは誰だ」というのだ。それでは、31日の朝日新聞の妙な記事をどう読むのか。それを言うのなら、いまのテレビや新聞、はてはネット情報に至るまで、みな世論誘導、世論操作の具になりかかっている部分がある。だからこそ、情報の海におぼれないためにも、私たち市民は、市議会、審議会、市は何をしているのかを、できれば直に、根気よくウォッチしなければならない。

  当ブログの、「土地区画整理事業」に関する記事は、以下の他、カテゴリー「土地区画整理事業」「都市計画」の記事を合わせてご覧いただきたい。

 

・ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が ~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(20141010日)傍聴から振り返る」(1)(2)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/post-7e2b.html
 
20141010日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/320141010-ebd5.html 

20141014日)

・ユーカリが丘、順天堂大学キャンパス誘致、見送り?201529日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/02/post-fea7.html

・佐倉市の大学誘致はどうなるのか~順天堂大学おかしな動き、その蔭に

201538日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/03/post-5d0f.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」はなぜ不認証になったのか(2) 2012.02.08

「ユーカリが丘地域まちづくり協議会」はなぜ不認証になったのか(1) 2011.12.06

佐倉市の縦覧制度と情報公開制度の実態~土地区画整理事業について、先ごろ、こんなことがありました・・・ 2011.03.02

「奇跡の街、ユーカリが丘」、開発の基本に立ち戻ってほしい~「カンブリア宮殿」を見て 2010.09.15

佐倉市都市マスタープランの見直しへ、市民の意見を反映するというけれど 2010.07.13

マイリスト「すてきなあなたへ」に5657号を登載しました 2009.08.14

町の名前、こんな風に決まるんだ~「ユーカリが丘」って、どこまで?! 2009.07.06

ディベロッパーの責任~宣伝がすぎると 2009.05.07

無計画な都市計画~千葉県佐倉市の場合も 2009.04.27

住宅街の真ん中に、24時間営業のスーパーができる、大店法は何を守るのか 2008.09.06

「考える街。ユーカリが丘」って、ディベロッパーは何を考えているの(2) 2008.06.04

「考える街。ユーカリが丘」って、ディベロッパーは何を考えているの? 2008.03.31

道路は誰のために佐倉市はなぜ車輌通行止めを拒むのか 2007.11.24

マイリスト「すてきなあなたへ」に49号を登載しました 2006.12.23

佐倉市都市計画審議会、やっぱりおかしい~~行政・議長の露骨な賛成誘導と議長の条例違反明らか 2006.11.19

マイリスト「すてきなあなたへ」に48号を掲載しました 2006.09.30

堂本知事、千葉県都市計画公聴会って何ですか 2006.09.25

佐倉市井野東・井野南開発はどうなるのか 2006.08.24

区画整理組合への助成金は、やはり業者への後押しだった! 2006.06.17

区画整理組合による開発の企業主導と行政の後押し「佐倉市都市計画見直し」説明会に参加して 2006.04.25

すてきなあなたへ No44,45号をアップしました。 2006.03.23

助成金は土地区画整理事業の延命装置か佐倉市、井野東土地区画整理組合の場合 2006.03.15

道路用地費11億円はどのように決まったのか(3)異議あり!井野東土地区画整理事業への公管金 2006.03.13

道路用地費11億円はどのように決まったのか(2)井野東土地区画整理事業における不動産鑑定の怪2006.3.10 

道路用地費11億円はどのように決まったのか(1)井野東土地区画整理事業公管金の謎 2006.03.07

土地区画整理事業における住民参加(2)行政と業務代行のはさまで 2006.02.28

土地区画整理事業における住民参加(1)行政と業務代行のはざまで 2006.02.26

 

 

 

| | コメント (0)

2015年3月 8日 (日)

佐倉市の大学誘致はどうなるのか~順天堂大学のおかしな動き、その蔭に

 佐倉市議会2月議会では、推進派の何人かの議員が「順天堂大学誘致」について市長に迫ったらしい。録画はまだアップされてないので、新聞記事の限りだが、蕨市長の答弁では、必ずしも明確でなはないが「計画実現のために、解決すべき問題を一つ一つ解消していく必要がある」「市民の納得できる内容になればすみやかに計画を立て議会に諮りたい」と述べた、と報じている(朝日新聞 201532日)。

かねてより、大学は、事業費の半分の約24億の公的負担を佐倉市に要請してきた。佐倉市は、大学に詳細な事業計画を求めていたが、期限の2月末日までに回答がないままだった。24億円と言えば半端ではない支出で、詳細な積算根拠があってこその要請でなければならないはずだ。順天堂大学の姿勢も「佐倉市に進出してやる」と言わんばかりの態度ではないのか。市長に誘致の決断と負担を迫る議員は、市の財源の税金を誰のものと思っているのだろう。大学と推進派の議員の後ろには、これまた、ユーカリが丘駅前の土地3000坪を無償貸与すると言っている不動産会社山万がいるのだ。

そんなキナ臭い、利権が絡むような背後の様子が垣間見えるような事態を知った。上記の市議会の質疑が始まる直前、31日の「順大誘致『市長に意思ない』佐倉のシンポで同大学部長」という新聞記事だった(朝日新聞)。228日、順天堂大学主催のシンポジウムでスポーツ健康科学部の部長の挨拶の中での発言というのだ。どんなシンポジウムだったのか、どこで開催されたのか、記事からは分からないので、支局に問い合わせると、ユーカリが丘のウィシュトンホテルで開催された「第11回順天堂大学スポーツ科学部国際シンポジウム」でのことだった。ネットで調べると「アダプテッド・スポーツ(障害者スポーツ)とつながる力~多様性に応じた実践と今後への期待」と題され、障害者スポーツイベントの事務局長やパラリンピックの元アスリートの講演と知的、身体、精神障害者スポーツの各団体の役職者たちによるシンポというプログラムだった。シンポのテーマとは全く関係がないところでの発言であることが分かると同時に、記事では、4月の市長選の立候補予定者も登壇して「歴史ある順天堂にぜひ佐倉に戻ってきてほしい」と挨拶したとある。会場の障害者スポーツ関係者は、さぞかし驚いたことだろう。関係のないシンポで、市長選立候補者が登壇してきたのだから。

この立候補予定者というのが、このシンポの前日227日に、立候補を公表したN元衆議院議員だった。維新の会から次世代の党に移った議員で、昨12月の総選挙で落選した。維新の会時代に、原発事故で飛散したセシウムは人体に影響がないから避難住民は即時帰還させるべきだと政府を質し、物議をかもした人物だった(衆議院予算委員会2013313日)。こんな候補者を立てて、順天堂大学のキャンパスの一部を佐倉市へ誘致しようとする市議会保守会派も地元の不動産業者も、何を考えているのだろう。現市長が設置した「大学等誘致に関する懇談会」の報告書も、その内容は、前にも当ブログで指摘したように、ハッキリしない。800人規模の学生が往来する「誘致による経済効果」の議論を傍聴したかぎり、明確な根拠も見当たらず机上の空論のようなものだったし、結論としては、市がかつて東邦大学病院(20億)や聖霊病院(15)を誘致したときの負担額より、市民への便益から考えて、それより低く抑えるべきだ、とするものだった。誘致を推進して、地元の不動産の付加価値を目論んでいるのかもしれないが、それによって住民へ還元されるものがあるのか。この不動産業者は、担いだ市議や政治家との関係が長続きしないことでも知られている。市長選も、巨額の公的補助をめぐる論議も注視していかねばならない。

これまでの当ブログの関連記事は、以下の通りです。併せてご覧いただければと思います。

・内野光子のブログ「ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が ~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(20141010日)傍聴から振り返る」(1)(2)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/post-7e2b.html
(2014年10月10日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/10/320141010-ebd5.html 

20141014日)

・ユーカリが丘、順天堂大学キャンパス誘致、見送り?201529日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/02/post-fea7.html

(参考)
・佐倉市ホームページ「大学誘致に伴う公的支援のあり方について」

(佐倉市大学等の誘致に関する懇話会 201519日、122日佐倉市HP公表)

http://www.city.sakura.lg.jp/cmsfiles/contents/0000011/11401/daigakuyuuti_all.pdf

 

| | コメント (0)

2014年10月14日 (火)

ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が ~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(2014年10月10日)傍聴から振り返る(2)

そして、今年の市議会では~市長、はっきりして!

  今年に入って、誘致賛成派の議員たちの順天堂への働きかけ、山万との話し合いなどを重ねていたようだし、市議会での市長への質問も活発であった。直近の9月議会を録画で見てみると、賛成の議員は勢いづいての質問であったが、9月8日の大野博美議員と9月9日の萩原陽子議員の質問によって、実態が少しわかるようになった。

  大野議員の質問によって明らかになった事実、7月10日の順天堂からの文書での佐倉市進出構想案では「サテライトキャンパス」となっていたのを、誤解を招くとして「削除」させた件、2006年には、順天堂大学印西キャンパスを都内葛飾区のUR工場跡地に移転すべく交渉を進めていたが、3年後になって、本郷キャンパス拡充が優先するとして辞退にいたり、葛飾区の責任が問われることになった件(その後、理科大誘致が実現)などを例に、大学誘致は、大学の事情、資金やタイミングにおいて、多大のリスクを伴うことを指摘した。大学誘致には、当然、立地可能な用途地域変更、容積率緩和などが必要になって来るが、市は、建設計画の詳細が不明な以上、都市計画変更上必要な手続きは進められない、と答弁していた。なお、先の7月10日文書で、建設予定地は無償の使用貸借ではなく、地上権設定によって第三者対抗要件を備えたより安定的な権利関係を望んでいるが、当事者間で確定したわけでもない。また、市民の意識調査の実施、懇話会の設置に関しても、順天堂誘致の具体的提示がないままでは、有効な結果は得られないだろうとの指摘は、もっともなことであった。

  9月9日、萩原議員の質問では、先の記事にあったように、周辺住民にしてみれば、土地区画整理事業との関係が一大関心事である。2013年4月のユーカリが丘駅北土地区画整理組合準備会提出の事業計画では、対象面積4ヘクタール、想定人口1000人、300戸であったが、その後大学誘致を含めての事業計画変更の申請はいまだにないという。山万からの周辺住民への説明では、20階建てで、1階は店舗、上階を教室・研究室・図書館の10000㎡、600人収容講堂の1200㎡、バスケットコート2面他の2500㎡とのことであったが、その後、佐倉市にも詳細な計画は一切伝えられていない、との答弁であった。また、懇話会には、土地区画整理事業の件は、一切伝えないままで、議論を進めているのは、大学誘致とは別々の申請であって、それを受けてから進めたいとしていた点は、納得しがたいところであった。 なお、両議員がともに、市に質したのは、順天堂大学が示した、総工費48.5億円の根拠であった。市は、詳細が一切不明なこと、したがって公的支出の判断のしようがない、というのが一貫したスタンスではあった。なお、順天堂側は、公的支援の規模がわからない以上、詳細は示せないという、どうもそんな綱引きが続いている様相である。しかし、公的支援を受けようとする側が、その額の根拠を示せないというのは、合理的根拠に欠けるのは明らかだろう。

  市長よ、ふらふらするな、ハッキリしてほしい。財政的な余力は、佐倉市にはない。 第一、少子化により大学の存続自体が危ぶまれる昨今、さらに学生募集の目玉として、どこの都市圏でも、都心回帰が進む現状をどうとらえるのか。870人程度の昼間人口が増えて街が活性化するのか、経済効果があるのか。コンビニやファストフードの店が増えるかもしれない、関連の非正規雇用が若干増えるかもしれない程度の経済効果ではないのか、素人ながら考える。 山万の考える「まちづくり」は掛け声や宣伝が先走る。年取らないまちを目指すといいながら空き家はふえる一方だし、高齢者の買い物が大変そう、中途半端な実証実験バスが街を走るけれど、ユーカリが丘に図書館というものがない、本格的な書店がない、見たい映画がかからない・・・。佐倉市からもかなりの公的支出を引き出した井野東、井野南の区画整理事業の功罪を見極めたい。今度の公的支出は、さらに半端でない25億である。  

| | コメント (0)

ユーカリが丘駅前の大学誘致をめぐるおかしな動き、やっぱり、山万が~第3回「大学等の誘致に関する懇話会」(2014年10月10日)傍聴から振り返る(1)

この日の懇話会では~順天堂、山万にとって、なんともムシのいい話では?

傍聴した懇話会は、つぎのようなメンバーで、すでに、第1523日、第2725日と開催されている。懇話会設置の目的について、市長は、順天堂から大学のスポーツ健康科学部の新キャンパス構想案の提案を受け、同時に大学施設建設への財政支援を要請されたので、その公的支出の在り方について有識者の意見をいただきたい旨、述べている。年内に5回ほど開催して、報告書作成の段取りらしい。この間、市が行った市民の誘致に関する意識調査と他の自治体における誘致事例調査、シンクタンクによる大学誘致の経済効果などの結果を踏まえての議論が進んでいる。第3回は、主に経済効果調査の報告を中心に意見交換がなされた。私は初めての傍聴だったが、傍聴者は11人、これまでで一番多いとか、山万関係者1名、市民8名、議員2名であった。

この日の懇話会でも、委員から疑問が出ていたが、その性格がスタート当初から不明確なのだ。12回の議事録を読んでみると、懇話会の事前に、事務局から、一般的に大学誘致に伴う公的支出の在り方を論じてもらうのであって、特定の大学名、すなわち順天堂大学という個別の話はしないようにというの指示があったらしい。委員たちは、それでは検討が難しいと言えば、「個別の話にのみに特化するのではなく、大学誘致をそもそもどう考えるのかについてご議論いただきたいとの趣旨であった。その中で、個別の話を出していただくのは構わない」(?!)と事務局は応えている(第1回議事録より)。分かったよう分からないような答弁。市民のアンケート調査にしても回収率が悪く、どう見ても質問や選択肢が悪いし、誘導的であった。期待できる効果を問うたものにしても、人口増加、雇用拡大、昼間人口増による賑わい、社会貢献、消費による経済効果など、その回答には突出したものはなく、ばらけていていずれもパーセントは低く、20%前後だ。他の自治体の大学誘致の事例、佐倉市と同規模自治体の同程度規模の大学誘致の事例も報告されているが、それは様々で、誘致の経過、公的支出の割合、誘致によるメリット、デメリット・・・、誘致効果など簡単に計れるものではないだろう。街は賑やかになったか、若者の人口が増えたか・・・、担当者に面談か電話かをする調査もしていたらしいが、これとて参考のデータになるのだろうか。経済効果にいたっては、具体的な条件が定まらずして、調査ができたのだろうか。この調査業務は200万で千葉銀行の研究所が落札したという。委員には、詳細な資料が配られているのか否か、傍聴人に配られた簡単な資料も退室時には回収されてしまった。その資料によれば、順天堂大学側の提案の一部が表になっていて、山万からの3000坪無償貸与を前提に、学生が4学年870名、教職員60名の規模、教室・研究室・図書館と600人収容の講堂、バスケットコート2面を含む施設の総費用485000万円、その半分を佐倉市が負担せよ、容積率も変更せよ、というものだった。ひとことで言えば、大学にとっても、ユーカリが丘駅北口再開発を進める山万にとっても、なんと“虫のいい”話ではないか。市民の税金25億近くを出させようとは。

 委員同士、担当の企画政策課とのやり取りを聞いていても、環境経済学、行政法専攻の教授たち、弁護士、葛飾区で理科大誘致にかかわった元担当者、シンクタンクの研究員たちの質問や意見は専門的とは言い難く、感想や思い付きの座談めいて、それはゆるいものだった。なかには、委員同士のエール交換だったり、委員が市担当者の調査をねぎらうものであったりと、実がない。いったいどんな報告書を出そうというのだろうか。 あと2回の懇話会に何が期待できようか。

  たしかに市のスタンスは曖昧なのだが、委員は市が何をしたいのかを明確にしない以上はとお茶を濁さず、山万や市議たちの外圧に惑わされることなく、「御用」ではない第三者の専門家としての知見を発揮してほしい。

***********************                                      

 

 任期:平成265月~平成273月 

 

佐倉市大学等の誘致に関する懇話会委員名簿

 
 

氏名

 
 

経歴等

 
 

備考

 
 

有村 俊秀

 
 

早稲田大学政治経済学術院教授

 
 

 

 
 

淡路 睦

 
 

株式会社ちばぎん総合研究所主任研究員
 
佐倉市補助金検討委員会委員

 
 

 

 
 

下井 康史

 
 

千葉大学大学院専門法務研究科教授

 
 

副会長

 
 

山崎 喜久雄

 
 

元葛飾区教育委員会教育長
 
佐倉市行政改革懇話会委員
 
佐倉市補助金検討委員会委員

 
 

 

 
 

湯川 芳朗

 
 

弁護士

 
 

会長

 

 そもそも、どこから出た話なのか

佐倉市の大学誘致の話は、わが家が転居してきたころだから、平成に入って、菊間、渡貫市長時代から、ちらほら聞かないではなかった。企業誘致と合わせての市の振興策の一環として、市議会でやりとりされている。渡貫市長は、市の側から積極的に大学誘致をするということは、財政負担が生ずることになるので慎重にならざるを得ないという姿勢であった。

蕨市長(20074月~)時代に入って、2011年末の市議会から、順天堂という大学名を伴って、一部会派の議員たちが、盛んに市長に質問し始めている。市長は、佐倉市への大学進出は街の活性化に寄与するが具体的な話は一切届いていない、大学が誘致されても免税されるので税増収にはつながらないので企業誘致の方を優先したい旨の答弁をしていた。2012年になると、さらに質問は執拗になり、市長は具体的な話があれば、手伝いはさせてもらうが、佐倉市には多額の財政支援を行う余力はない、としていた。20121217日「大学誘致に関する意見書」がさくら会、公明党などにより市議会に発議され、28人中22名の賛成で議決されている。それは、佐倉市の生産年齢人口の急減が憂慮され「佐倉市の人口減少と少子高齢化への対応と高等教育環境の整備、経済振興の活性化と品格ある佐倉市に期するため」順天堂大学を佐倉市に誘致するよう要請するものであった。

2013年の11月議会において、1119日、順天堂の理事長から佐倉市長に、山万からユーカリが丘駅北口に3000坪の土地の無償提供を受けること、容積率の緩和をすることなどを条件に、スポーツ健康科学部の新キャンパスを開設したい旨の正式な表明がなされたこと。市長は、多額の支援は困難であること、市民の理解が得られること、早く具体案を示してほしいことの3点を伝えたことが、議会の質疑で明らかになった(123日。なお、11月28日に理事長からの正式文書が届いている)。山万の広報誌「わがまち」12月号は待ってましたとばかりに「順天堂大学の誘致がいよいよ始動します!」と伝えた。

ところが、ここに至るまでには、山万の相変わらずの強引な、地元無視の手法が展開されていたのだ。毎年、秋に開催されるユーカリが丘自治会協議会と市長との懇談会に向けて、各自治会から提出された要望事項というのがある。2013119日に、地元のユーカリが丘3丁目自治会は、当該の3000坪を含む「ユーカリが丘駅北土地区画整理事業について」、とにかく、怒って、つぎのような経緯と要望を提出している。その主旨は、201376日、「ユーカリが丘駅北土地区画整理事業組合準備会」(山万ほか地権者)*による地元周辺住民への説明会が開催されたが、そこでは事業計画の内容ではなく、事業計画に記載されていない「大学の立地について」の説明に終始した。そこで、佐倉市に問い合わせたところ「20134月、市は、準備会から「基本計画協議書」が提出された以降、協議を進め、周辺住民への影響を考慮して基本計画の内容を十分説明した上で合意形成を計るよう助言を繰り返していた。市として順天堂大学に確認したところ、当区画整理事業区域内に進出する意思はないとのことである」との回答(82日)を貰ったが、さらに、準備会、実質的な事業計画者、山万への指導を強化するよう要望していたのだ。さらに、地元では、大学誘致による用途地域変更についてはもちろん、ユーカリが丘3丁目の地区計画制定者の一員でもあることから、周辺住民との協議をするよう、市の強力な指導を要望していたのである。なお、これらの要望については、同年1227日付で、ほぼ同上82日付回答と同旨で、加えて市と準備会との協議が中断しているとのことも明らかになった。

*<参考>千葉県における土地区画整理事業の手引き:

http://www.pref.chiba.lg.jp/tosei/shigaichiseibi/kumiai/tejun.html

この経過を見ると、地元自治会の山万への不信感は募るばかりだろう。しかし、市からの回答も、1227日付にしては、もっぱら準備会と地元自治会との問題に限定したもので、上記、市議会での質疑や市長の答弁がまるっきり反映されていないわけだから、市への不信感もいかばかりかと思う。そのさなかでの、「わがまち」のトップ記事だったわけである。(つづく)

 

 

| | コメント (0)

2014年5月31日 (土)

佐倉市上空の自衛隊機航空機騒音、その後

 

   521日、厚木基地第4次騒音訴訟―周辺住民7000名が国に米軍機と自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めや損害賠償を求めた―で横浜地裁判決が出た。国に「自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止め」を命ずる画期的な判決だった。だが、526日に、国側は「自衛隊機飛行は国民の命を守るために必要」として東京高裁に控訴している。総額70億円余の支払いを命じた損害賠償の判決についても控訴の予定という。第1次訴訟は、1976年、住民92名の一切の航空機騒音による損害賠償と夜間・早朝の飛行差し止めを求める提訴に始まった。以降、一部の損賠賠償は認める判決は確定していたが、今回、行政訴訟によって自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めを命じた判決は初めてであった。ただし米軍機については、その飛行差し止め請求を退けた。しかも当日の防衛大臣は、厚木の米軍基地機能の一部を岩国基地に移転するとも述べていた。

 当ブログの425日の記事「340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空」でも書いたように、佐倉市の上空も他人ごとではない。厚木基地の騒音被害は佐倉市の比ではないかもしれない。

 425日の記事)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/04/340m-6c9c.html

 

しかし、少なくとも厚木基地周辺の住民に思いをいたし、自衛隊機・米軍機の早朝・夜間の飛行差し止めを支援しなければと思うのだ。私たち佐倉市民も、佐倉市上空の実態を正確に知り、その被害の軽減に努めるよう要請しなければならないと思う。

 昨年には、下総航空基地の哨戒機P3Cの飛行状況についてレポートはしたが、今回は、習志野第1空挺団の航空機、ヘリコプターの訓練飛行について調べている。さきの記事には、やや不正確のところがあったが、ともかく、現在までに分かったこと、私の理解の限りであることをお断りしながらのレポートである。

 514日、11時過ぎ、あまりの大きさの航空機爆音、それにその頻度、2分間隔くらいなのだ。そのたび、席を立って庭から空を見上げた。低い!340mとは思えないが、500mくらいだろうか。南から北へと通過、八千代方面に旋回しているように見えた。もう一度、習志野第1空挺団にも電話で聞き、HPで確かめた結果である。

HPには、直近2カ月分の訓練等の予定が図示されたカレンダーが「航空機等を使用した訓練等のお知らせ」として掲載されている。ちなみに6月分は以下のとおりである。

「航空機等を使用した訓練等のお知らせ」

http://dmituko.cocolog-nifty.com/6gatukunrenhyo.pdf

 週日は、必ず何らかの訓練があり、飛行及び降下訓練は、ヘリコプターの大型・中型を含め前半の6日間飛び、夜間も含めると11回の訓練がなされることがわかる。航空機による降下訓練は、後半8日間、夜間を含めると11回の訓練がなされる。

習志野第1空挺団の訓練状況は、先の「お知らせ」と電話での回答をまとめるとつぎのようになる。ちなみに、厚木基地では、米軍機22~6時、自衛隊機21~7時までの飛行を自粛する紳士協定が守られていない。

 

習志野第一空挺団の航空機などの訓練の状況(2014年5月30日作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/narasinodaiitikuteidankunren.pdf

  航空機の場合は、新幹線の速さで飛ぶ機体から人や物を降下させる訓練であり、ヘリの場合は、毎時130キロの機体からの降下訓練ということになる。災害や事故の時のための救助訓練ならば、受忍の範囲も自ずから生まれるだろう。

 佐倉市の上空は、今回の習志野第一空挺団の航空機とヘリコプターの500m以下の飛行・降下訓練、下総航空基地の哨戒機P3Cの昼夜の500800m以下の飛行・離発着訓練、天候に左右されながら12002400mとかなり低空の羽田空港着陸の民間機が飛行する区域であることがわかる。さらに、高い上空には成田空港の着陸便が西から東に飛んでいる。この何重にも及ぶ航空機騒音に市は真剣に取り組んできたのか。201110月からの羽田空港の再拡張に伴う民間機による航空機騒音については、佐倉市も住民からの苦情や要請で、周辺自治体で構成する協議会メンバーとして国交省への申し入れなどを行い始めた。しかし、あくまでも「国」の問題であって、一自治体の問題ではないという認識から積極的な働きかけをしていない。自衛隊機については、その訓練情報すらも市民に伝えていないのが現状である。

 佐倉市は、民間機対策については、少なくとも千葉市などの積極的な対応を、自衛隊機については八千代市の広報姿勢などを見習ってほしい。 

| | コメント (4)

2014年5月 4日 (日)

みどりの日、関さんの森、再訪

   初めて訪ねたのも2年前のゴールデンウィーク。2010年から、「関さんの森を育む会」のボランティアに参加している長女が帰省中でもあり、一緒に出かけた。新松戸駅下車、さかい農園の際を通ってゆるやかな坂を上ってゆく。やがて道は、車のすれちがいができないほど狭くなったり、急な坂や階段が現れたりするが、ともかく国道6号線につながる市道の交差点に出る。2年前はまだ工事中だった市道、2012年9月に開通し、連休中だったためか、この日の車の往来は激しい。前回の訪問記は以下の記事、あわせてご参照ください。 http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/05/post-e122.html(2012年5月8日)

    前にもお会いした「育む会」の武笠さんがすでに正門前で、入園者を待っていらした。私たちは、常時開放の「関さんの森―屋敷林」の方を先にと、しばらく森に沿って歩き、入口の階段をのぼる。起伏のある鬱蒼とした雑木林を進むと、2月14日の大雪でだいぶ折れた枝や竹もあったらしく、そこここに片づけられていた。後に訪ねる関家の庭園を含めると、全部で1.5ヘクタールの広さという。湧水の池は決してきれいとは言えなかったが、ご近所の親子連れが何組か、ザリガニをとりに来ていて、時折、子どもらの歓声が、森に響いていた。

Gedc3449

    今日は、さらにこの森から6~7分ほどのところに、やはりかつて関家の所有だった「溜ノ上の森」があるという。途中、右手には、「花嶋さんのスダジイ」が見え始め、その一樹が何軒もの屋敷をまもるようにこんもりと辺りを睥睨しているようだった。「溜ノ上の森」は、広さから言うと、「関さんのの森」の三分の一くらいだそうだ。昔は、松も多かったらしいが、いまは竹林が広がり、そして、まさにタケノコ、若竹の季節。破竹の勢いというが、2~3mに伸びた「タケノコ」が、突然、目の前に現れて驚かされる。

Gedc3459

スダジイ

Gedc3457

  そして再び、「関さんの森」に戻り、今度は関家の庭園を見学させていただく。梅林の梅の実は、大きいものはすでにほんのり色づき始めていた。この、広大な緑地を開発から守り続けた関家のご姉妹にもお会いすることができた。そしてのんびりお昼寝中の猫たちにも。

Gedc3464

雑蔵の裏手、アジサイの道になるそうだ。いまは古文書が保管されている。3.11以降、燃すに燃せない薪と。

  1964年、関家の敷地を通る都市計画道路が決定したが、先代の関武夫氏が、周辺の都市化によって失われてゆく自然を守りたいという願いから、関家の屋敷林と畑を「子どもの森」「子どもの広場」として市民に開放したのが1967年。1994年、氏の死去後は、その多くを環境保護団体に寄付、1996年には「育む会」が誕生、屋敷林の維持管理とともに、松戸市との道路計画変更協議を重ね、関家とも2009年に合意、翌年着工の運びのなったという経緯がある。

  天気にも恵まれ、のんびりと森林浴を楽しんだ、みどりの日となった。

| | コメント (0)

2014年4月25日 (金)

340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空

  佐倉市に20数年住んでいて、わが家の上空がさわがしく思える近年、これはいったいどうしたわけなのか。羽田の発着便が増えたことが最大の理由だと思う。好天南風の天候下の着陸便の佐倉市上空あたりが4000フィート、約1200mの低空だとかなりの大きさの機影と騒音である。多い時間帯では3分~5分に一機が通過する。夏、エアコンなしで窓を開けていたら、テレビの音が一時聞こえなくなる程度の騒音である。

  これに加え、最近になって、極端に大きな爆音と低空飛行の機体が気になりだした。一昨年になって分かったのが下総航空基地の哨戒機の飛行訓練であり、最近知ったのが習志野第一空挺団の飛行であった。

 下総基地では哨戒機P-3Cのパイロット養成をおこなっているので、天候にもよるが、ほぼ週に4~5日は、館山沖の海上訓練のために2~3機が発着し、佐倉市上空を往復する。9時台は東から西へ、帰りの午後3時台は西から東へ、高度800m、機影はかなり大きい。さらに、夜間訓練は、季節によって異なるが、日没後2時間、夜の8時までには終了するということで、500~800mの低空での発着訓練が実施されている。夜の井野中の校庭に立つと、その旋回の状況がよく分かる。高度を下げての2本の照明灯は、まるで自分が狙われているような錯覚にも陥るほどにおそろしい。

  そして、不覚にも、最近になって、まさに我が家の上空に覆いかぶさるように飛んでいく飛行機に気付いた。これは、前述の哨戒機よりももっと低空なのである。時間帯も、下総基地のそれとはズレている。どうしたことかと、下総基地の広報に問い合わせた。「いや、それは習志野空挺団でしょう、下総基地の滑走路を使用して発着しています」という。一瞬、わけがわからなかった。というのもかつて、津田沼からバスで通勤していた折、習志野駐屯地の上空での落下傘による降下訓練をよく目にしていたからである。

「習志野の落下傘の訓練機がなぜ佐倉で飛ぶんですか」
「習志野には滑走路がありませんから、下総の滑走路を使用して発着して、習志野の演習場で降下訓練をしています」
「なぜ、ここらあたりを、こんな低空で飛ぶんですか、500m位ですか」
「いや、340mです。340mよりも低くても高くても危険なのです」
「どういう頻度で、訓練しているのですか、いつまで続くのですか」
「ほぼ、一か月のうち14・5日、月の半分くらいを、そうですね・・・佐倉上空は、4と・・16回は旋回しています」
「何時から何時までですか」
「天候によりますが、朝の8時から夜の8時までの間です。ふつう、昼間の訓練は、午前中には終了しているんですが、きょうの午前中は雨だったもので」

  時計を見ると午後2時近くだった。どうも夜間の訓練もあるらしい。ともかく電話は切って、調べることにしよう。下総基地の広報担当者は「習志野空挺団のHPには訓練予定も出ています」と何度も繰り返していたし・・・。  

 そして、検索してみて、出てきたのが、つぎのような当面の予定と4月・5月の訓練予定表であった。これを見て、驚いた。こんな危険にさらされていたのだ。災害救助のための訓練ならば、受忍すべきところがあるかもしれない。しかし、平穏な住環境を日々侵しながら、個別的自衛権を標榜し、憲法では決して容認できない集団的自衛権を掲げての、これ以上の軍拡はもうゴメンだというのが、正直な気持であった。ヘリコプターの訓練のことも調べてみないといけない。今年の基地開放日は終了したらしいが、「夏祭り」があるし、資料展もあるということだから、出かけなければならないか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  

●航空機からの降下訓練:
 時期 4月21日(月)~22日(火)
 時間 08:00~21:00  場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターからの降下訓練:  
時期 4月21日(月)~24日(木)
 時間 08:00~20:00
 場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターの離発着訓練:  
 時期 4月21日(月)~29日(火)
 時間 07:00~20:00  
 場所 習志野演習場

●4月・5月の予定表
http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/topics2jump/index.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

5月14日補記
その後、5月14日の自衛隊機の騒音の大きさに、再度習志野空挺団に問い合わせたところ、月に休日を除いてほぼ毎日、朝8時から夜8時まで、1回の降下訓練がほぼ5回の旋回で、約30分、それを1日4~5回繰り返す由。上の記事のにある佐倉市上空16回というのは、一定のものではなく、5×5、25回程度まではあるということらしい。高さは、340m厳守ということなので、かなりの恐怖感を覚える高度である。コースにより、わが家からは、それほど低いと思えない高度の時もあるのだが・・・。コースについてはさらに問い合わせ中。

|

2013年7月13日 (土)

自衛隊機の夜間演習飛行、日没から夜8時までの2時間!

 ほそぼそとしたウォーキングながら、この猛暑で、昼から夜に切り替えた。これまでも夕食後、一休みした8時ごろから歩いていたことはあったのだが、その時は気づかなかったことがある。佐倉市上空の航空機騒音について、このブログでも何本かレポートしている(その主な記事は、末尾参照)。羽田着陸便、成田離陸便の件数・高度・航路、海上自衛隊の下総航空基地(柏市・鎌ヶ谷市)から発着するP-3Cの飛行演習の実態などについてはある程度調べていた。
 
詳しくは、下記のブログ記事を見て頂くとして、概況として、繰り返しになるが、羽田着陸の民間機、春から秋にかけての南風仕様時の高度は1200m、北から南へと向かう。多いときで3分に1機、少なくとも56分に1機は通過する。かつては夜11時からの発着はなかったが、LCCサイドからの要請で以降も可能になった。夜、窓を開けて寝る季節には、びっくりするような騒音になる。高度は比較的高く、東から西へと飛ぶ成田離陸便は、180機以上は通過すると、空港の担当者から聞いた。

一方、自衛隊機は、朝の9時台に下総基地を発ち、館山沖で訓練し、午後3時前後に、佐倉市上空を通過する。天候にもよるが、土日を除く週5日、23機が飛んでいる。高度は、500800mと聞いた。機体も大きく見えるし、家の真上を通過すると、やはり怖い。東京スカイツリーより低いこともあるのだ。 

そして今回、早めの夕食を済ませ、7時半前後にウォーキングに出ると、頭上を、前方への照明が2本の牙のように、航空機が高度を下げて来るではないか。しばらく大通りを歩き、中学校のグランドを突っ切ってくると、なんとさっきの飛行機が低空で何回も旋回しているのがわかった。これは民間機の航路ではない。そういえば、昨晩も、遠周りに旋回している風の機体を見かけ、ヘリコプターかしらと思っていたが、どうもおかしい。帰宅後、下総基地に電話するも、当直らしく要領を得ない。翌日電話をすると、連絡先を聞かれ、すぐに回答があった。下総基地のP-3C(哨戒機)の夜間の発着訓練飛行は、23年度・24年度の実績でいうと、年間150200日、日没前後から夜8時までの約2時間、週に34日、23機が飛行しているという。高度は、800m位ですかと聞くと、どういうわけか760mという数字が出てきて、高くても1200m位との話であった。今週は、月・火・水と3日続いたという。もう、何十年も続けているが事故はない、と確信に満ちた声だった。「佐倉市役所の総務課には、毎週1週間前には事前通告していますよ」とのこと。アー、知らなかった。のん気といえばのん気だったのだが、夜、民間機の騒音に紛れて、自衛隊機が飛んでいたのだった。 

そして、そもそも「下総航空基地」って、どんな?とあらためてネットで調べてみると、そのホームページには、ゆるキャラの着ぐるみ隊員が登場、720日の「サマーフェスタ in 下総/ オープン・スクール」のお知らせである。施設見学やスポーツ大会、各種体験コーナーや模擬店が開催されるらしい。基地での盆踊り、花火大会、航空ショーなどはよく聞くところであるが、近年の自衛隊のPR活動はすさまじい。子どもたちに小銃や機関銃の操作体験までさせて物議をかもし、市民団体が防衛相・自衛隊幹部らを銃刀法違反で刑事告発して、「銃は展示」だけにとどまらせたというニュースも思い出す。町おこしのイベントに自衛隊に戦車の出動を要請した大洗町のことも報道されていた(「NHKニュース」712日)。 

下総航空基地は、海上自衛隊に属し、教育航空集団司令部が置かれ、いくつかの部隊が在籍しているが、その中心が、第203教育航空隊で、 P-3C機のパイロット養成が目的である。そして、この基地自体の沿革を初めて知って驚くのだった。

・海上自衛隊・下総航空基地<沿革> 

http://www.mod.go.jp/msdf/simohusa/base_shimofusa/base_shimofusa.html#enkaku

 

  ・千葉の戦争遺跡 <鎌ヶ谷市の戦争遺跡2(藤ヶ谷陸軍飛行場関連)> 

http://blog.goo.ne.jp/mercury_mori/e/72877b6c11e107b3364fa82fe1f61a99

 

下総航空基地の前身の藤ヶ谷陸軍飛行場は、「1932年(昭和7年)、東洋一の規模を誇り、広大な敷地をもつ<藤ヶ谷ゴルフ場>(武蔵野カントリークラブ・藤ヶ谷コース)として開発された土地を、1944年(昭和19年)には、陸軍が首都圏防衛を目的として接収、同年秋頃から鎌ヶ谷と風早村(現:柏市)にまたがって飛行場の建設が開始された。工事には、大相撲の力士や付近の住民、中学、女学校などの生徒、約1200人の朝鮮人労務者が動員された。中学生たちは、学徒動員で1ヶ月泊り込みで飛行場建設に奉仕した」と、上記「千葉の戦争遺跡」には、記されていた。さらに、19454月に完成した藤ヶ谷陸軍飛行場は、敗戦直後には米軍に接収され、15年間以上も、米軍基地となっていて、全面返還されたのが19606月であった、と上記、基地のホームページの「沿革」には記されている。 

このブログ記事を書いているさなか、新聞の参院選情報の一つ「憲法の現場から」で9条を扱っている記事が目に留まった(『朝日新聞』2013712日、千葉版)。「?」その記事の写真に、なんと「下総基地の米軍機使用絶対反対」という背の高い看板が写っていたのだ。「米軍機」って、なんだろう。記事によれば、下総基地が、1980年代に米軍艦載機の夜間発着訓練の移転候補地に浮上し、周辺8自治体の移転反対の要望書を出したり、議決をしたりした。そこで、当時、鎌ヶ谷市役所の一画に建てられたのが、写真の看板だったのである。現在も、国は移転検討を止めてはいない。反対運動を支え、平和の大切さを訴えることができるのは憲法9条があったからと、鎌ヶ谷基地連絡協議会のひとりが語っていた、と記事は結ばれていた。 

成田や羽田の離着陸のコースが、千葉県に集中するのは、東京湾の西側の上空に民間機が飛べず、分散できないというのも、横田基地があるからというのは、周知の事実である。日本の空であって、日本の航空機が飛べない。たかが航空機騒音では済まされない、自衛隊の基地、米軍の基地の問題が、これほど身近に迫っているということを感じさせる一件であった。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<当ブログの主な関連記事> 

◇『すてきなあなたへ』66号「志津地区上空の航空機騒音、ようやく調査へ」(2012919日)http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatahe66.pdf

 

◇ 8月市議会傍聴、航空機騒音について(201296日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/09/8-75e2.html

 

◇佐倉市の航空機騒音、その後(2012819日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/08/post-bd02-1.html 

◇副市長辞任と航空機騒音2012615日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/06/6-bcdd.html

 

◇自衛隊機、500mの低空飛行~50年も続いている(2012411 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/04/50050-5a56.html

 

◇『すてきなあなたへ』64 号「この夏の航空機騒音、佐倉市の空はどうなる」20111121日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatahe64.pdf

 

◇佐倉市上空、飛行の可能性のすべて~やはり実態調査が必要なのでは

2011118日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/post-3f30.html

 

◇羽田空港の国際化から1年、佐倉上空の騒音は(20111114日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/1-9441.html 

◇中秋の名月を仰ぎ、機影を数える~航空機騒音の、その後

2011918日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/09/post-0479.html

 

◇この夏、航空機騒音、気になりませんか~佐倉市上空は、5分に1機の低空着陸 飛行!2011727日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/07/51-563f.html

 

| | コメント (0)

2013年3月14日 (木)

津波被災地、巨大防潮堤の怪

  東日本大震災での津波の被害の大きさと深刻さは、津波が街や田畑を襲う映像、残された夥しい量の瓦礫、瓦礫が撤去された後の荒野・・・、私は現地に赴くことはできないでいるが、至らないながら想像はできた。どの地も復旧も再建も進まない現状。 大震災より2年を経たいま、いくつかの報道の中で、気になる一つ。
 スーパー防潮堤の話は、今回の津波には役に立たなかったではないかという大震災直後から聞いていたような気がしていた。復興予算の中での公共事業予算が増額される中で浮上し、具体化されてきた。政府の考えている「復興」の中身が見えてきた。地元の人たちの話、自治体、国の行政担当者の話を報道で知るだけでも、大きい仕事にもかかわらず、かなり「やっつけ」の、「予算ありき」という、将来に禍根を残す「防災事業」であることが分かった。 

 私が読んだのは、26日『毎日新聞(夕刊)』浦松丈二記者の記事であり、断片的に見た310TBSテレビ「サンデーモーニング」と翌311日テレ朝「報道ステーション」でのレポートだった。

 

毎日新聞では 

上記の毎日の記事には「防潮堤を勉強する会」の気仙沼市民、酒蔵会社社長の菅原氏が登場し、20119月に示された宮城県の復興計画で9.8mの高さが示された時は、当然住民への説明や合意形成の過程があると思っていたところ、かなりのスピードで一方的に進められているという。同じ被災地でも地域によって実情は異なるはず。「工場や産業エリアなら防潮堤が高くてもいいが、海辺の景観で商売をしている所は問題になる。ワカメや昆布などの資源のある地域では生態系への影響が懸念される。でも、防潮堤計画には背後地の利用計画がセットにされていて、復興を進めようとしたら計画をのまざるをえないのです」いわば、「私たち住民は復興の予算とスピードを人質に取られているようなもの」と語る。

 

報道ステーションでは 

 「報道ステーション」では、古館キャスターが夜の大谷(おおや)海岸からの中継とともに、上記、菅原氏の案内で気仙沼市内の取材映像が続く。ここでも「防潮堤がまちづくり計画とセットになっている」不合理を説く。地震による地盤沈下によって遠浅の海岸が消えたので、そのカサ上げにより砂浜を再生したい地元、防潮堤によるワカメ漁への影響が不安な漁業関係者、約一キロにわたり、底辺45mにも及ぶ台形型となるコンクリートの塊が海岸線に建造されることになる。その景観の激変は、想像するだけでも恐怖に近い。それによって守られるものは何なのか、と私は思った。 

こうした計画は、ここ大谷海岸のみならず、岩手県で全長83キロ(2810億)、宮城県211キロ(4257億)、福島県を合わせると、400キロにも及び、総工費8284億ということであった(一部聞き漏らしている)。こうした巨大防潮堤計画の高さの根拠は何かと言えば、201178日付「設計津波の水位の設定方法等について~復興計画策定の基礎となる海岸堤防の高さ決定基準~」という国土交通省・農林水産省の関係4課長名による各都道府県海岸管理担当部長あての通知文書だという。文書はあくまで各自治体への「助言」であって、主体は各自治体とする。過去の数十年から百年の単位での津波被害(レベル1、千年に一度と言われる?今回の東日本大震災はレベル2だそうだ)の記録、あるいはシミュレーションによるデータから算出せよ、との「助言」ということになる)。そして窓口一本化と称して、今年度は水産庁防災漁村課だそうで、私もそこに問い合わせ、報道にも登場した文書を入手した。(http://www.mlit.go.jp/report/press/river03_hh_000361.html

 

 自治体は、過去の津波の高さがそのまま堤防の高さを決める基準になるという計算で、とてつもない高さの防潮堤が策定されたということになる。その防潮堤が決まらないと、その後背地のまちづくりが決まらない。その予算は、5年間という期限のある災害復旧財源から出されるという。「報道ステーション」でも、なぜ、防潮堤の建造のみを急ぐのか、と村井宮城県知事に質問していたが、「災害復旧財源はあと34年で使わねばならないし、まちづくりを早く進め、県民の命を守る視点からも防潮堤の建設は急がねばならない」との主旨で語っていたが、まさに「予算ありき」が根底に見えるようだった。なぜ、それぞれの自治体、地域に見合った、弾力性のある防災対策を促進しようとしないのか。地盤のかさ上げ、避難路の整備・確保などの工夫があってもいいのではないかと、番組でも言っていた。要するに、コンクリートの積み上げは、関係業者は潤うし、予算消化は簡単だし、役人はそれで済む。しかし、それが住民の暮らしや気持ちにかなうものなのか、はなはだ疑問だから問題なのである。そして、その耐用年数が40年から60年ということである。

 

サンデーモーニングでは 

 気仙沼市の気仙沼港に車で移動しての中継であった。関口宏キャスターと岸井成格毎日新聞主筆の出演での被災地レポート。地盤沈下が起きたが、水揚げ量は59%に回復しているとのレポートがあった。カキ養殖業の畠山信さんが登場する。気仙沼地域の防潮堤計画案は、高さ5メートルから14.7メートルの高さ・全長約33キロメートルの防潮堤計画である。防潮堤より防潮林の発想が大事ではないか、岸井コメンテイターは語っていた。 

畠山さんについて、詳しい紹介はなかったが、あとで調べてみると、彼の父親の畠山重篤さんは、1980年代から「豊かな海は、豊かな森から生まれる」をモットーに植樹活動を始め、20095月には、NPO法人「森は海の恋人」に発展させている活動家で、信さんは副理事長ということであった。 

 

あらためて 

さらに、あらためて、ネットで検索してみると、つぎのような記事やサイトにも出会う。考える材料を与えてくれるはずである。

 

〇NPO法人森は海の恋人 

http://www.mori-umi.org/base.html

 

〇防潮堤を勉強する会 

http://seawall.info/ 

 <分かった事と参考になる考え方> 

http://seawall.info/pdf/12-121003-sankou.pdf#search='%E5%B7%A8%E5%A4%A7%E9%98%B2%E6%BD%AE%E5%A0%A4%E3%81%AE%E8%80%90%E7%94%A8%E5%B9%B4%E6%95%B0

 

〇防潮堤なくても死者1人 宮古市・鍬ケ崎地区 

(産経ニュース2011414 07:56  

 「岩手県宮古市・鍬ケ崎地区で40世帯、約110人が暮らす角力浜町内会は、基幹産業の漁業への懸念から防潮堤を造らなかった。代わりに実践的な避難訓練を繰り返し、犠牲者を1人にとどめた。」(以下略 ) 

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110414/dst11041407590026-n1.htm

〇一定の効果はあった釜石の湾口防波堤 

(日本経済新聞電子版20113311325 

「釜石湾の湾口防波堤は、1200億円以上の総事業費と約30年の歳月を費やして093月に完成した。全国で初めて耐震設計を採用。最大水深63mはギネス記録に認定された。」 

「釜石沖約20kmでの津波高さは6.6m。湾口防波堤がなかったら、沿岸で約13mの高さの津波が襲来すると推定される。湾口防波堤がある実際は、沿岸の浸水高さは実測で79mだった。つまり、湾口防波堤によって最大6mほど津波の高さを抑えることができたと言える。(資料:港湾空港技術研究所・国土交通省国土技術政策総合研究所) 

浸水高さが13mならば、一般的な2階建ての木造住宅を完全にのみ込む高さにな 

る。7mならば2階の上部までの高さだ。 

湾口防波堤が津波被害の軽減にある程度の効果を発揮したのは間違いなさそうだ。しかし、30年、1200億円もの年月と費用をかけ、ほかの都市よりは津波の浸水を抑えられたとはいえ被害は甚大だ。ハードによる津波対策の限界を示したとみることもできる。」
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK3100F_R30C11A3000000/

 

〇宮古on Web「宮古伝言板」後のコーケやんブログ 

http://blog.goo.ne.jp/traum2011

  

| | コメント (0)

2012年9月 6日 (木)

8月市議会傍聴、航空機騒音について

  8月市議会と言っても、一般質問は、93日からであった。6月議会では一人会派民主党のT議員が質問したことは、このブログでも記事にした。http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/08/post-bd02-1.html 

今回は、T議員と最大会派のH議員も質問するという。質問通告を知って、その後どのくらい調査を進め、対策は進んでいるだろうか。ともかく私のこれまでの資料を2議員には送付しておいた。  

 今回は、H議員の質疑しか傍聴できなかったが、私が資料の中で強調したかったことは、いくつかあった。

 

①佐倉市も議員も積極的には調べようとしない、羽田空港拡張後20101021日以来の風向き天候別による「佐倉市上空を飛行する可能性のあった羽田着陸便数」調査を国交省  東京航空局に依頼、その調査結果をともかく入手したので、それ自体を行政も議員も認識すること。 

②その上で、佐倉市における騒音の実態を国交省に測定させ、それを補完する佐倉市独自の測定を強く要望すること。季節、時間を問わず、場所も1か所と言わず通年の調査を目指すこと。今回、志津浄水場の国交省による1週間の臨時測定に甘んずることなく、測定結果の広報はもちろん、独自測定に取り組むこと。 

③千葉市や浦安市は、早くより航空機騒音についての情報を市民に広報し、その軽減策を、市長が市民と共に取り組んでいる姿勢が見える。千葉市は、試験的とはいえ、8月から千葉市上空の飛行高度を一部4000ftからともかくひきあげることを取り付けた。佐倉市の現地視察・調査はいまだ皆無である。佐倉市における関係情報は、まるで隠ぺいするかのような対応で、ホームページ上での検索は分かりにくい。関係の「市民の声」の件数もわからないし、おざなりの回答、その公表も恣意的、9か月遅れの公表もある。すべてが航空機騒音対策の市政の表れである。今後は、市民にも航空機騒音の実態を知らせ、その対策を市民と共に考える流れを作ること。飛行便数が確実に増えることは分かっているのだから。 

④羽田空港の滑走路拡充にあたっての経過説明が佐倉市HP「航空機について」においてなされているが、これを読む限りでも、沿岸部の千葉市、浦安市、船橋市など14市は、少なくとも飛行ルート決定の相談にあずかったが、影響が出る、佐倉市を含む他の12市町村については、決定後の26市町協議会に参加を呼びかけられたことになる。年に2回しか開かれないこの協議会を唯一の窓口としてしか、佐倉市は動いていないこと。 

⑤これは佐倉市の問題というより、国レベルの話になる。なぜ千葉県内陸に羽田空港発着便の低空飛行が増加したのか、の根源は、横田基地の存在にあるからだ。すなわち羽田空港の西側の東京湾、神奈川県上空が米軍の制空権下にあり、日本の航空機が飛行できないとする条約があるからである。日米安保条約に基づくもので、日本の空であって、日本の空ではないという実態からくる。だから、日本の航空機の飛行が千葉県上空に集中し、羽田空港、成田空港の拡大・拡充の途上にあるなか、根本の問題を解決しない限り、千葉県上空の飛行状況、騒音その他のリスクは深刻になるばかりである。この点を、佐倉市、議員、市民も認識すること。

 

 H議員の質問は淡々として行儀はいいものの迫力に欠けていたのが、残念だった。しかし、低空飛行の12001300メートル を実感するための東京スカイツリーの2倍ほどの高さでしかないという例えなど、私など思いつかないことだった。また、ユーカリが丘駅前の高さ100mのマンションの住人の恐怖感などは実感がこもっていた。また、横田基地の件、26市町村(現在は25市町)協議会の欺瞞性などについても若干触れていたが、経過を知らない議員、現在の行政担当者にどのくらい届いたか。答弁は、その重要事項については一切触れなかったし、多数会派からの質問と見てか、緊張感のないおざなりの答弁しかしていなかった。

<お詫びと訂正>上記低空1200~1300フィートは、メートルの間違いでした。お詫びして訂正いたします。コメントの「くう」さん、ご指摘ありがとうございます。

<追補> この夏、犬の散歩や夜のウオーキングの際に、飛行便数の目視調査を実施しています。その中で、国交省羽田事務所から聞いている羽田空港着陸便の飛行ルートとは異なる東から西へ、比較的高い高度で飛び航空機があることがわかりました。羽田事務所に問い合わせると、成田空港の離陸便ではないか、とのことでした。成田空港の発着便は佐倉市の東側を飛行しているものとばかり思っていましたので、成田空港に問い合わせました。さっそく佐倉市上空の飛行便数のデータをお願いしましたところ、羽田空港のようなシステムをとっていないので、簡単には出ないということでしたが、概数は出るかもしれないとのこと。届きましたらお知らせします。高度は高いとはいえ、成田を発って中国などに向かう離陸機が一度太平洋側に南下した後、再び北上するときに佐倉上空を飛行するとのことでした。(9月7日記)

<追補2>成田空港事務所から依頼した調査の回答が届きました。それによると1日約60便ですから、羽田空港着陸便の約半数近い便が飛んでいるわけです。多いときは1時間に8機ぐらい飛んでいます。調査では約2万フィート、約6000メートルの高度とのことですが、かなり気になる騒音でもっと低いようにも感じられます。(9月17日記)

 

| | コメント (1)

より以前の記事一覧