2023年3月18日 (土)

桜には少し早かったが~養老渓谷へ

 平日だったら宿もすいているだろう、ゆっくり温泉にでも入ってと、たった二泊ながら、近場の養老渓谷にでかけた。近いと言っても、車ではないので、かなりの時間を要した。

 J R船橋まで出て、内房線の五井まで行くのだが、通勤時間はとっくに過ぎているのに混んでいた。さすがにマスクを外している人は見当たらなかった。五井から小湊鉄道に乗り換えるには、パスモは使えず、乗車券を買うのにけっこう並んだ。約一時間、沿線には菜の花やこぶし、もくれんの花が咲き始めていたが、桜は、ちらほらという感じだった。放置の田んぼも多く、倒木の多い林も続き、竹林の葉が車窓をかすめることもある。それに、いまにも覆いかぶさってきそうな崖すれすれに走る。

 小湊鉄道終点は上総中野と初めて知った。その一つ手前が養老渓谷駅で、あらかじめお願いしていた宿「もちの木」さんの車が待っていた。チェックインの時刻までには、まだ時間があり、ランチはやっていませんという宿のラウンジで、船橋で買い込んだサンドイッチと持参のおにぎりとみかんでつつましい?昼食をすませ、近くを散歩することにした。

 宿は、養老川に面しているが、その崖が高く、みごとな地層を見せていた。折から、辺りの樹々からウグイスの掛け合う鳴き声が、あまりにもみごとなので、どこかに拡声器でもあるのかしらと思うほどだった。

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 早めの大浴場は、貸し切り同然、露天風呂からは、正面の崖とせせらぎを見ながらのひとときであった。持ってきた本を読むどころか、横になったら、連れ合いともども寝入ったらしく、夕飯コールに起こされる始末であった。

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 そしてなんと、翌朝8時という朝食も、電話で起こされ、さすがに慌てたのである。バスで「粟又の滝」まで行くつもりが、フロントから、車がちょうど空いたので、送りましょうとの申し出があったのは有難かった。下車後、急な階段を下ると、左手には銀色に光る滝が見えた。滝を背に、しばらく遊歩道を進むときも、ウグイスの声は途切れることがなかった。

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 バス停前の、宿の姉妹館でもある「滝見苑」の日帰り湯チケットを出がけに勧められもしたが、ともかく、こんどは、弘文洞跡へとバスに乗り込んだ。ここもパスモは利用できなかった。先に両替しなかったもので、余分に払ってしまって下車。バス停からくだるとすぐに、トンネルが見えてきた。1970年(昭和45年)竣工の「共栄トンネル」(110m)は、車の往来もけっこう多い。二重トンネルが見られるというのだが、ちょっと想像しにくかったのだが・・・。共栄橋を渡って中瀬遊歩道に入れば、ここも、ウグイスの声に癒されながら、川を渡るところで引き返した。 

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古いトンネルの下に、共栄トンネルが作られたということらしい。

 今日こそ、きちんとしたランチをとりたいと、宿の勧めもあって、バス停にも近い「清恵(きよえ)」食堂で、私はてんぷら釜揚げうどんを。ゆとりをもってバス停に向かったのだが、なんと路線バスが停留所を過ぎてやって来るではないか。これを逃したら、一時間以上待つことになる。庭先に出ていた民家の人が、手を挙げたら停まるかもという声に、二人して両手を振ったら、停まってくれたのである。宿に近い「老川」で下車しようとすると、「朝、20円もらいすぎたから、20円引いた額でいいですよ」と、朝と同じ運転手さんで、覚えていてくれたのである。バス停以外で乗車できたこと、20円ながら、清算してくれたこと、何かほっこりした気分で、宿に帰ったのであった。早めの入浴、ひとしきり夕寝をしたにもかかわらず、夕食後は、また眠くなってしまう情けなさ。連れ合いの読書はだいぶ進んだようだったが。 

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翌日も、養老渓谷駅まで送ってもらった。運転手さんによれば、「もちの木」は、もともとは企業の保養所であったそうだ。バブル後に買取り、改装を重ねたそうで、なかなかセンスのある宿だったし、従業員のもてなしも行き届いていた。帰りには、千葉で下車し、「青葉の森公園」にでも寄ろうかと算段していたが、お天気も下り坂というので、直帰することになる。少し落ちついて、小湊鉄道の沿線の風景を楽しむことができた。沿線の野辺の道では、ところどころで、立派そうなカメラを抱えた人が列車を待ち構えている光景に出会った。変わった駅名なども興味深く、乗り降りの乗客にも関心が向く。高滝の駅手前で、「市川ぞうの国」のマイクロバスを見かけたが、高滝がそのシャトルバスの発着駅だという。上総牛久では、10分近くの停車、学生の乗り降りも多かった。3月25日には、夜のお花見列車が走るとのことだった。

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養老渓谷駅の発車時刻表を見上げて、連れ合いが、おかしいと声を上げると、「いや、改正になって、明日から変わるんです」と、すべて一人で仕切っている駅員さんが教えてくれる。今日までは、右下の小さい時刻表だったのである。

もう、お土産をなど気にしなくてもいい、二泊の短い旅は終わった。

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五井行きの列車が入ってきた

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2019年10月29日 (火)

それでも「饗宴」は続くのか

 即位礼の祝賀パレードを11月10日に延期した理由は何だったのだろう。台風被害に配慮してとのことだったが。天皇夫妻が即位礼参列者への返礼として開催される「饗宴の儀」は、下記の資料に見るように4回開かれる。すでに2回は終了し、あと2回を残している。平成改元の折は7回、3400人を招待したが、今回は4回とし、2600人に絞ったということだが、予算は、増額されているのだ。しかも、その招待客の差別化が、あまりにも露骨なので驚きもする。

 この時期に、こうした一連の行事が開催されていることについて、野党も、新聞やテレビの報道(番組)でも決して異議を唱えない。テレビの「即位の礼」報道では、参列したコメンテイターを複数まじえ、10月22日、朝からの雨も即位礼が終わる頃には、日が射してきて、虹までかかり、新しい時代の到来を告げたかのようだとか、その感動を語らせるのだった。外国の参列者を迎える天皇夫妻が晴れやかだったとか、首相夫人のドレスがおかしくないかとか、どうでもいいことではないか。新しい皇后の病気が快復したのはいいけれど、これまではいったい何だったのだろうか。高御座の幕が開けられて天皇が現れるという光景は、仕掛けばかりが大きい手品を見せられているようだった。天皇の「おことば」に「平和」が何回出てきたとか、「国民に寄り添う」姿勢は平成と変わりはないとか、丁寧に解説されても、政治的権能のない天皇の発信に感動したり、ことさら評価したりすることは何を意味するのだろう、というのが私の率直な疑問と感想だった。

 即位礼に続く「饗宴の儀」は、2018年11月20日の閣議決定で概要は決まったが、詳細、経過は、以下の首相官邸HPの「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典委員会」、さらに実務的な資料は、宮内庁HPの「大礼委員会」を見てほしい。二つの委員会はともに、2018年10月12日発足している。

宮内庁/大礼委員会
https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/shiryo/tairei/

 首相官邸(内閣官房・内閣府 皇位継承式典事務局)/天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典委員会https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gishikitou_iinkai/

 平成改元の折の饗宴の儀と比較している資料(第6回2019年6月20日天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に伴う式典委員会配布資料3-1)があるが、以下のように簡単にまとめた記事があった。

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 JIJICOM(10月27日)より

 台風15号、19号、そして今回の大雨での千葉県の被害は、尋常ではなかった。いずれも、私の住む地域では、大きな被害はなかったのだが、テレビや新聞の上空からの佐倉市の映像を見て心が痛む。ふだん目にしていた光景が一変したのだ。

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氾濫した鹿島川『毎日新聞』(10月26日)より

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10月26日9時5分撮影『毎日新聞』(10月27日)より
 

今回の大雨で高崎川は氾濫し、JR佐倉駅と周辺の冠水をもたらした。駅の線路も水没したという。鹿島川の氾濫は、当地に引っ越してきて30年余、これまで聞いたことがなかったが、広範囲の冠水と土砂崩れを引き起こした。国立歴史民俗博物館の駐車場も土砂崩れがあったらしい。

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歴博周辺の浸水地域  東京新聞(10月28日)より


 
印旛沼のサイクリングロードは、かつて、家族で、自転車で何度か出かけ、阿宗橋から船戸大橋、竜神橋、鹿島橋まで走らせたこともある。雨が上がった後も、印旛沼の水位が上がっているとの報道もあり、27日も取材のヘリコプターが飛んでいた。千葉県内では犠牲者が9人にもなり、農業被害や家屋の倒壊・浸水など、再建や復旧が危ぶまれる事態が続いている。
 房総半島の南部では、屋根のブルーシートが破れたり、停電が復旧した矢先の大雨で再び冠水したりして、泥だらけの家電や畳を運びだす人々、倒壊したビニールハウスを前に途方に暮れる人々を目の当たりにすると、やりきれない。がれきの処理も一自治体では処理できない状況が続いている。一度訪ねたことのある館山の「かにた村」もどうなったことか、心配でもある。
 さらに、福島や宮城県では、台風被害・大雨被害での犠牲者に加え、放射能汚染土のフレコンパックの仮置き場からの流出、風評被害から立ち直りかけた農家の方たちへの打撃は、言葉では表せないほどの口惜しさと将来への不安を募らせたことだろう。

 こんな状況の中で、なぜ「饗宴」は続けられるのか。招く側も、招かれる側も、一度立ち止まって、いま何をすべきなのかを考えてほしい。

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2019年5月25日 (土)

自治会と寄付・募金について、やはりおかしくないですか(3)日赤と皇室の関係も改めて考えたい(続)

 日本赤十字社には、年間にして、どのくらいの社資が集まっているのだろうか。平成29年度(2017年度)で日赤本社、千葉県支部、佐倉市地区の単位で調べてみると・・・。

 いずれも決算が出ている平成29年度の数字である。佐倉市地区に関しての歳出歳入などの詳細な数字は、公開されていないことがわかった。

・佐倉市地区では臨時職員を一人置いて、社会福祉課地域福祉班職員がその事務を行っている。なぜ、地方公務員が日赤の業務を行わなければならないのかも大いなる疑問である。佐倉市で集めた社資や寄付金はすべて県支部に送り、県は、毎年、全体の11%ほどを市町村に還元していることがわかった。かつては2200万以上の社資や寄付金が集まっていたが、いまは、1700万円台を推移しているようだ。人口減や自治会組織率が低迷していることも大きく影響しているだろう。

・千葉県支部では、歳入の77~78%が社資となる。前述のように歳出の11%は地元還元、13%程度が日赤本社に収められている。いわゆる運営費は、管理業務、各事業共通管理運営費などを併せてみると1億5000万円前後、歳出総額の20%程度を占める。

・一方、日赤本社では、一般会計歳入の三分の二が社資である。これが、年々確実に減少しているので、広報に努めるとしているが、足元の、地元での社資の集め方に、「自由意思」を標榜しながら、「強制」が伴っている現実を直視し、改革しなければならないはずだ。一般会計歳出を見ると、人件費・事務費などの科目では出てこない。各事業の中に組み入れているのかはわからない。総務管理費45億と、資産管理費12億などを合わせると運営費ということになるのだろうか、20%前後になることがわかった。なお、病院、血液、福祉事業は独立の特別会計とし、退職給与資金特別会計では、平成29年度は288億の積立金、264億の交付金、基金残高は465億を超えていた。

 災害への義援金は、運営・事務費などは差し引かないということであった。団体や個人からの義援金の受け皿になっているのが日赤だといえる。そもそも、戦場で、敵・味方なく負傷者の救護にあたった「博愛」精神を社是とする、1952年に厚生省の認可法人となった民間団体である。現代にあっては、政府を、国を、ひたすら「補完」するのではなく、本来の寄付文化を育て、根付かせてほしいと、願うばかりである。さらに、皇族たちの名誉職は必要なのだろうか。しかも「公務」というではないか。

日本赤十字社HPより作成

一般会計歳入決算のあらまし(平成29年度事業報告及び歳入歳出決算概要・一般会計)

・歳入総額  312億円(←平成28年度351億円)

 社資収入  209億円(←平成28年度228億円)

日本赤十字社千葉県支部HPより作成

千葉県支部の事業・活動(平成29年度事業報告書)

・歳入総額  763,166,654円(←平成28年度783,331,516円)

 社資総額  586,181,949円(←平成28年度613,994,940円)

佐倉市のHPより

平成29年度赤十字事業資金(社資)募集実績報告

・社資総額   17,531,766円 (←平成28年度17,864,541円)

 一般        16,913,966円 (←平成28年度17,249,341円)

 法人          617,800円 (←平成28年度   615,200円)

 皆さまからお預かりした赤十字活動資金(社資)につきましては、全額を日本赤十字社千葉県支部へ送金を行いました。

<問い合わせ>
 日本赤十字社千葉県支部 電話:043-241-7531
 日本赤十字社千葉県支部佐倉市地区 電話:043-484-6135
 (佐倉市福祉部社会福祉課地域福祉班内)

 

 

 

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2019年5月23日 (木)

自治会と寄付・募金について、やはりおかしくないですか(2)日赤と皇室との関係も改めて考えたい

 昨日5月22日、明治神宮会館で開かれた全国赤十字大会に出席した皇后は「皇后雅子さま初の単独公務」などの見出しで報じられた。皇后は、日本赤十字社の名誉総裁に位置付けられている。日本赤十字社は、その前身「博愛社」を経て、発足したのが1887年なので、名誉総裁は皇后五代により引き継がれていることになる。さらに女性皇族たちが、役職に就き、今回の報道写真にも、何人かの女性皇族の姿が見られた。また、日赤の現在の赤十字社社長は、2005年から近衛忠煇(旧近衛公爵家出身、妻は三笠宮家長女)が就き、1996年からは宮内庁長官だった藤森昭一が務めていたことからも、皇室との関係は深められている。

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 その日赤から、まもなく、私たち自治会員宅に「赤十字活動資金(社資)へのご協力のお願い」という文書が回覧されるはずだ。前記事の社協会費の場合と同じように、当自治会の「補足説明文書」が回覧されるだろうか。この日赤の「社資への協力」も、私たちの自治会は、社協会費、赤い羽根共同募金と同様の扱いで、手渡し回覧袋での集金が行われ、自由意思が維持されている。

 千葉県、佐倉市において、大方の自治会は、強制徴収や自治会会計からの一括納入や自治会費への上乗せによる徴収が実施されている。県の日赤支部や佐倉市地区からの協力依頼の回覧文書のどこかには、必ず協力は「強制ではなく個人の自由意思による」と申し訳のように記されていて、一方では「年500円を目安として」「年に500円以上を目安にして」などとも書かれている。さらに、日本赤十字社のHPには、<よくあるご質問>として次のような質疑を掲載する。

会費の募集に、なぜ町内会の人などが来るのですか? 

赤十字の活動は、地域福祉やボランティア活動など地域に根ざした活動を行っており、また、災害が発生すると、自治体や地域住民の方々と協力して救護活動を展開するなど、赤十字の活動は地域と密接なかかわりを有しています。

こうした活動を支えていただくため、地域の皆さまには、会費へのご協力をお願いしているのですが、その際、赤十字ボランティアが直接お宅を訪問しお願いに伺うほか、それが困難な場合には、自治会・町内会の方々にご協力をお願いする場合があります。

  回答の前段は、建前で、本来、赤十字のボランティアがなすべきことを、自治会・町内会に丸投げをしていることを、自ら宣言し、それを自治体が公認しているのが実態である。その町内会や自治会が強制や自治会費への上乗せなどで徴収していることについては、当ブログでも何回も触れているように、最高裁の決定で違憲とされているにもかかわらず、町内会・自治会の総会決議などで、決定した方法ならば違法ではないという見解を表明していることへの異議申し立てには、どの政党も、どの自治体も、どのメディアも深くかかわろうとしない。「福祉」や「皇室」が絡んでいることをもって、いわばタブー視しているかのようである。

 この天皇代替わりの、異様なほど狂騒のなかでは、皇室情報は選別され、皇室批判が葬られていくことに気づく必要があるのだろう。

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昨年、各戸に配布された「日本赤十字社千葉県支部」のチラシ。上段矢印の箇所には「一人ひとりの自由意思で・・・」、下段の箇所には「年500円以上を目安として…」の文言が見える。

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日本赤十字社佐倉市支会のチラシ。矢印の箇所には「強制ではなく、個人の自由な意思、判断にもとづく・・・」、「年500円以上を目安として・・・」とあった。

 

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自治会と寄付・募金について、やはりおかしくないですか(1)社協会費の徴収、「自由」定着への歩み

 年度が替わって4月に入ると、私のブログの自治会と各種「募金」に絡む記事へのアクセスが激増?!する。新しく自治会役員になったり、班長になったりして、多分、募金徴収の仕事がわが身に降りかかってきて、疑問を持つ人が多くなるからではないかとも考えられる。私たちの自治会でも、かつては、役員や班長になって最初の仕事というのが、自治会費の徴収と5月の社協への募金500円の徴収であった。

当ブログでも、何回か触れている、自治会と寄付・募金の問題は、新聞紙上などでもよく記事にもなり、テレビのバラエティ番組の話題になることもあった。各地の自治会・町内会での強制的な寄付集めの実態やそうしたことへの疑問や改革の取り組みが紹介されることもあるのだが、全国的な動きには連動しないのが現実である。

私たちの自治会では、もう20年も前のことになるが、あることがきっかけになって、600世帯規模の10人の役員のうち6・7人が女性であった年が続いた。私もその中の一人だったのだが、社会福祉協議会が「会費」、日本赤十字社が「社資」と称して、500円を強制的に徴収するのっておかしくない?!という声が、役員からも班長からも飛び出した。私も、寄付集めを請負うのは自治会本来の仕事ではないという思いから、とりあえず、「強制」だけはやめて、社協の会員になる、日赤の社資に協力する、共同募金をするのは、あくまでも「自由」であるべきではないかと提案して、運営協議会と呼んでいる班長会の大多数の賛成で決定した。「強制」とならないためにと考えられたのは、B5の茶封筒の右肩の切れ目するから、会員・社資・寄付の希望者は、氏名を記入の上、500円を入れた小袋を、投入方法をとった。あとで、班長さんが、会員証や領収書を届けるという方式であった。封筒には、現金が入っているので、用心のため、郵便受けではなく、必ず手渡しで、ということにもなった。当初は「この町内は、なんと福祉に冷たいのか」などの声も聞かれたが、この20年間で定着した。ときには、社協や日赤の支部の人が、役員会に説得に来たこともあったという。年度初めには、市の自治人権課主催の自治会・町内会長を集めた地区代表者会議が開かれ、相変わらず、社協や日赤の支部スタッフによる協力要請の時間が設けられている。自治体が、こうした民間団体の寄付集めに全面的に協力していること自体も問題なのだが。

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私たちの自治会の方式は、むしろまれで、ほとんどの自治会は、ほぼ強制的に一定額を徴収しているか、それが面倒ということで、自治会会計から、世帯分の会費や社資、募金額をまとめて拠出しているところもかなり多いというのが現況である。

 ところが、昨日回ってきた、その手渡しの集金袋には会長名で「社会福祉協議会(会費募集)に関する補足説明」、という回覧文書が付いてきた。そこには、以下の文章とともに、「社会福祉法第109条」にもとづく、地域福祉の推進役を担う民間法人であることが付記されていた。

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 「まず、当自治会としましては、社協の会費募集に際し、お手伝いはしますが、自治会員に社協会費を強制するものではございません。あくまで、社協の活動趣旨にご賛同いただけた方のみ会費を納入頂き、当自治会はその際に回覧ネットワークを提供するのみとの姿勢です。くれぐれも誤解の無き様、よろしくお願いします」

  前述のように、私は、個人的には、本来、自治会が民間団体への寄付や民間団体の募金を請け負うべきではなく、協力する必要もないと思っているものの、現況にあっては、とりあえず、上記のように、「会費の強制」をきっぱり否定し、確認する文書を回覧に付したことは、至極まっとうなことだと思ったのだった。

 全国各地で悩まれている皆さん、自治会・町内会による社協の会費徴収について疑問を持ったり、戸惑いを感じたりしたときは、寄付や募金の基本に立ち返り、ぜひ「自由意思」によるべきとする改革を提案してみてはどうだろう。

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2018年7月15日 (日)

ユーカリが丘駅北口、あたらしい街づくりというが 

 

6月の自治会の回覧資料のなかに、地元の開発業者山万発信の「平成30年度6月~開発計画について」(63日)があった。地域の複数の自治会で構成される自治会協議会で、報告されたようであった。営業所の移転、スタバの開店予定、シネマコンプレックスの運営会社の変更などの情報に混じって、「(仮称)佐倉市ユーカリが丘駅北再開発事業計画」という3頁の書類が入っていた。数年前から山万が業務代行となって「佐倉市ユーカリが丘北土地区画整理組合準備会」を立ち上げ、駅前の3000坪ほどの土地を順天堂大学に提供するので、一部のキャンパスを移転してはどうかの話が持ち上がっていて、大学生でにぎわう街、それに伴う経済効果をうたい、駅前の再開発計画を目論んでいた。佐倉市には、約25億円の補助金を要請していたが、市長は、大学から詳細な計画が提出されていないことと市財政の立場から、あくまでも消極的だった。 

 

三年前、大学誘致をめぐる市長選挙は何だったのか

 

ところが、三年前の市長選挙のとき、山万が、大学誘致を全面的に推進する候補者を突如立てて、悪辣とも言ってよい選挙戦を展開した。その実態は、年表にまとめてあり、このブログでも10数回にわたって、記事にしているので、関心のある方は、一読いただけれと思う。周辺住民への説明会も、おざなりのもので、道路計画などには大きな不安が募っていた。現職の市長も誘致推進派の対抗馬に引きずられて、本来の公約そっちのけで応戦してもいた。選挙民は怪文書や違法ポスター、ネット情報に翻弄された。山万が、あの醜悪な選挙戦をリードしたのを目の当たりにすると、どんなきれいごとを並べられても、私には信用しがたいものがある。

 

その上、私には、私の住む街区に隣接する「井野東土地区画整理組合」による約50ヘクタールの開発事業(200279日都市計画決定~2012217日組合解散)で、組合の業務代行だった山万が見せた開発の手法への疑問があった。その開発過程で、私たち周辺住民になされた、環境保全、周辺住民無視にも等しい数々の対応を忘れることができない。土地造成に伴う産廃・残土処理・盛り土の高さ、法面の処理、道路計画、建造物の高さ、工事に伴う騒音・振動・交通対策などについて、自治会を中心とする住民組織との数年にわたる会議や質疑・折衝に見せる不誠実で、強硬な姿勢に、気を緩めることができなかったからである。さらに加えて言えば、そのときの千葉県や佐倉市の開発優先の対応にも疑義が深まったのだった。この辺り経緯は、本ブログ開設当時2006年以降の記事や地域のミニコミ誌「すてきなあなたへ」の当時の各号に詳しい(本ブログのマイリストからも閲覧できます)。

 

“狂乱”の市長選挙の結果は、現職に落ち着いたが、一部市議会議員と山万は、引き続き大学誘致を進めようとしていた。佐倉市側からの経過説明は以下のサイトで読むことができる。


佐倉市HP:順天堂大学の誘致について(2015716)

http://www.city.sakura.lg.jp/0000011401.html

 

〇佐倉市における順天堂大学誘致問題の動向2015~市長選を中心に(告示日:2015419日、投票日:426日)20155月作成、同年6月、20187月補、内野光子作成)
 http://dmituko.cocolog-nifty.com/yukarinenpyou.pdf

 

大学側も、佐倉市からの補助金引き出しを困難と見て、キャンパスの都心回帰志向が高まる中、補助金がないままの進出は、どうでもよくなったのか、201610月、大学と山万は協議の上、「佐倉市ユーカリが丘北土地区画整理」事業による都市計画提案は取り下げるに至ったのである。 加計問題の二の舞になるところではなかったか。

 

取り下げから、一年半余り

 

そして、取り下げから一年半余り、佐倉市との事前協議を重ねていたのだろう、2018320日、今回の「都市計画」提案になったのである。大学に提供すると言っていた1ヘクタール弱の敷地を含めた4.3ヘクタールに、「内外の企業誘致をするためのビジネス街、子育て世代からシニアのための多機能住宅構想を柱に、就業人口、昼間人口、定住人口の増加を目指す」とした都市計画提案を、613日付で、佐倉市は採用・決定した。下のホームページでも明らかなように、計画書、審議結果の双方とも、大学誘致についての経緯や評価にはいっさい触れていない。その提案者は区画整理事業組合(準備会)ではなく、山万からのものであるが、実質的には、大きな変わりはない。

 

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2018年3月20日、山万から提出された「都市計画提案」

上記の決定内容の詳細は、以下を参照ください。

〇佐倉市HP:都市計画提案(仮称)佐倉市ユーカリが丘駅北再開発地区及び周辺地区2018613日)
http://www.city.sakura.lg.jp/0000019052.html


あらたに決定した計画書と開発実績とは

 

「職住近接下コンパクトな街づくり」「国際色豊かで多彩な都市的機能の享受機会に恵まれた駅前拠点」として再構築を目標とし、「賑わいと活力のある商業・業務機能と利便性に富んだ都市型住宅機能の整備をはかり回遊性と界隈性を備えた街づくり」を実現する、とある。また、佐倉市の審査結果には、都市計画法や千葉県、佐倉市の都市計画との整合性、地権者・周辺住民との調整、環境への配慮、地元での開発実績からの実現性を評価し決定したと記されている。

 

 <用途地域のの新旧対照図> 

 

 

 

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右が用途地域変更後の見取り図になる。現在、みずほ銀行の角裏の空色の台形部分の第1種低層住宅専用地域と黄色い296沿いの第1種住宅地域の一部がピンク色の近隣商業地域に取り込まれ、変更となる

  <予想建築物計画図>

 

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みかん色が三か所の高層住宅で、合わせて432戸。灰色の立体の専用駐車場639台とビルに併設が221台で、あわせて860台。ピンク色の2か所の1階部分が商業施設となる。中央の青色部分が1500人収容の多目的ホールになるという。各建造物の事務所スペースが多い

 

上記二つの図面の詳細は、以下を参照ください。

 

佐倉市HP:都市計画提案(仮称)佐倉市ユーカリが丘駅北再開発地区及び周辺地区2018613日)

http://www.city.sakura.lg.jp/0000019052.html

 

こうした、夢のような構想が語られても、その実現性は、これまでの、「井野東」「井野南」などの土地区画整理事業による開発経過と結果・実態をみれば明らかになるのではないか。それにしても、7月21日に予定されていた、公聴会は、公述人なしで、中止になったという。

 

これまでの開発で、多くの緑地と雑木林を失い、都市計画道路と宅地になり、高層集合住宅も建った。戸建て住宅の小規模化により子育て世代を呼び込んだり、集合住宅は、企業などの借り上げなどにも助けられたり、この地区の人口は確かに増加した。しかし、計画道路沿いの商業ゾーンは、当初、大型スーパーや葬祭場などができて、渋滞などが予想されたが、いまだ空き地が続いている。また、さらに、駅寄りに巨大なイオン・タウンが開業したが、どうだろう。それよりもユーカリが丘駅に近かった、二つの商業施設(ユーカリプラザ、旧サティ)のスーパーや専門店の撤退が相次ぎ、いまは、昨秋、開店のオーケーだけがにぎわっているのが現状である。駅の南側にあった電気店コジマや北側でもツタヤをはじめ、パン屋さん、いくつかの個人商店が閉業している。イオン・タウンへは、オープン以来、私は数回しか出かけていないが、連れ合いは、自転車で、ノジマや生鮮食品売り場、クリーニング店などにはよく通っている。私も出かければ、レストラン街など歩いてみるが、魅力的な店が見つからない。一流とか、有名とかにはこだわらないつもりだが、テナントとして入る店が、どうもこれという特色がない店が多く、リピーターがつかめないのではないか。同じようなことを、よく買い物に出かけるという友人も話していた。お客が多いのは生鮮食品売り場くらいで、閑散としている店が多いのだ。なかには、冷房も暖房も効いているので、もっぱらウォーキングのために出かけ、ところどころにベンチもあるので助かるという友人もいる。

 

それに、テナントの出入りもはげしく、定着しない。オープン当初、しっかりした眼鏡屋さんが入ったと思い、眼鏡を新調したら、なんと一年余で撤退してしまったという個人的な体験もある。

 

この街に、あんな大きな商業施設が必要だったのだろうか。呼び込んだ山万とイオンのコンセプトがわかりにくい。遠隔地からの集客は、近隣に同様の商業施設が乱立しているから、まず無理なのではないか、というのは素人でもわかる。私たち住民にとっては、地元の商店やコンパクトなスーパーが充実していれば十分にも思える。私は、コピーや公共料金納入・送金などで利用する程度のコンビニながら、この街にはコンビニが多く、内情はわからないが、共存しているらしいのだ。ということは、大型スーパーより、コンビニの利便性が評価されているのかもしれない。若者、シニア、単身者の利用が多いというのもうなづける。さらに、いくつかの生協の宅配、食材・弁当の宅配業者の車もよく見かける街となった。また、モノレールとて、運行距離が短く、限定的で、駅やホームへのアクセスが悪く、運賃が高い。結局は、小回りの利く、シャトルバスやコミュニティバスを運行する事態に到っている。

 

今回の開発で、さらに商業施設が増強され、事務所スペースが多く、ビジネス街を目指すという所以でもある。ほんとうに、ビジネスを誘致できるのか。この街はどうなるのだろう。近い将来、当地域の人口増加も、いずれ期待できなくなり、利用者激減の商業施設やモノレールはどうなっているのだろうか、を目の当たりにするのが恐ろしいのだが、そのころ、私などは・・・。 

 

それでも、企業や自治体、議員や研究者などの視察が盛んなのは

 

 そんな状況の街ながら、山万の街づくりが、モデルケースとして、国や自治体、地方議員、企業関係者、研究者らの来訪・視察の対象となっている。レポート類も数多く出されていて、業界紙やテレビでも紹介されることが多い。テレビの「カンブリア」にも登場していた。しかし、その大方は、山万が提供する資料や山万の社長や幹部のインタビュー取材にもとづくもので、いわば企業の広報べったりのレポートであることが多く、その裏付け取材や検証がなされないまま、独り歩きしているのだ。将来の人口構成まで見据えた年間200戸以上売り出さない「成長管理」、分譲したら、その地を撤退する開発ではなく、地域に密着した企業であり、社員を地域に住まわせ、関連会社による子育てから介護、環境整備まで支援し、環境に優しい新交通システム(モノレール)の導入、電気自動車のシェア、コミュニティバスなどの運行、住民へのアンケート実施などが高く評価されたことが、HPや広報誌「わがまち」、「夢百科」などで繰り返される。

 

 ともかく、地元の市役所や住民・自治会・地元のNPOなどに取材したり、関係資料を収集したりする努力、形跡が見えないものがほとんどである。

 実態を見ない机上の開発手法であることが多く、地域密着と称して自治会や管理組合在籍の社員による情報収集・情報操作がなされた場面にも遭遇している。

役人や議員、学者や実務家ら専門家・有識者と称する者やメディアの言は、まず疑ってみよ、が、私にとって、どんな問題にも共通する鉄則にも、思えてくるのだ。

 

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2018年7月10日 (火)

8年ぶりの佐原、なつかしい、そして思いがけない出会いも

 疎開地佐原については、たびたび、このブログでも触れているが、78日、訪ねる機会があった。連れ合いが、佐原でのある集会で話す予定があると聞いて、ついてゆくことにした。


新しい佐原駅


 前回、家族
3人で出かけたのは、201010月、神幸祭の翌日だった。8年ぶりということになる。駅と駅前の様子はがらりと変貌を遂げていた。駅前広場には、伊能忠敬らしい銅像が立っていた。

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正面の右手、今は瀟洒な平屋だが、私の記憶では、2階建ての、1階は駅前食堂「八代商店」があった・・・

 私の脳裏にある佐原駅は、疎開中の敗戦前後の「停車場(テイシャバ)」で、当時の駅舎は、ネットで見つけた、まさに、下の写真の通りである。駅の南側になる。私たち家族が疎開して、まず身を寄せたのは、岩ケ崎の母の生家であり、そこから転居した仁井宿の馬市場の旧管理人さんの家であった。駅前には、食堂をやっていた親戚の家があって、場所柄もあり、親戚中の人たちがよく立ち寄っていた。私たち家族も2階の部屋に泊まらせた貰った記憶がある。列車が駅に着くたびに、2階はびっくりするほどよく揺れて、そのたびに目を覚ましていたらしい。1階の食堂の調理場の真ん中に井戸があって、土間だったのか、タタキだったのか、立ち働いていた人たちの姿も覚えている。「停車場」の駅員さんや交番の駐在さんも食堂のお得意さんだったらしかった。当時を知る人たちはもういない。

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正面は旧佐原駅舎、右は駐在所

新しい駅舎は、20113月開業とのこと、私たちが前回訪ねた翌年、東日本大震災直後だったことになる。南口広場の整備は2015年というから、まだ間もないことがわかった。その日の集会の会場は、駅の北口、佐原中央公民館だった。この建物も、跨線橋もあたらしい。

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数十年ぶりに従姉と会って

昨年から、ヒヨンなことから電話でのやり取りが始まったのであるが、数十年ぶりに従姉のMさんと会うことになっていた。見つけることができるだろうかとの不安もあったが、すぐにわかった。彼女は、住まいの東京から今は誰も住んでいない佐原の生家にときどき通っているとのことであった。その間に、亡くなったお連れ合いの仕事場でもあったアメリカにもよく出かけるという。数日前に帰国、成田から佐原に直行したという。そのエネルギーに脱帽しつつ、短い時間だったが、話すことができた。私の母の妹である、彼女の母親も、1950年代後半、母と一緒に作歌に励んでいたのは知っていた。そしてなんと、その叔母の歌が、毎日新聞に載っていたのを、Mさんは、今回の佐原滞在の折に、生家の引き出しから見つけたというのである。そのコピーには、

・いつになき夕焼のして厨映え菜刻むわれの指先あかし


とあった。

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 昨年、やはり偶然見つけた、母の短歌については、以下のブログにも書いたところだが、叔母の短歌も見つかったとは・・・。

2017115

晩年の母の一首、見つけました

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2017/11/post-3edd.html

 母は、女流短歌連盟主催第1回「女人短歌大会」のに入選、第2回に叔母が入選していたことがわかったのである。子育てから手が離れた、母と叔母の姉妹が、切磋琢磨していたことが、よくわかるエピソードであった。ともに『ポトナム』の阿部静枝先生の指導を受けていたのである。私がまだ短歌を詠み始める前のことでもあった。


そして佐倉からも

今回の集会には、なんと、佐倉からもお一人駆けつけてくださった。当日78日の午前中は、地元の9条の会の世話人会だった。私は欠席して、連れ合いに同行したのだが、その会の代表のTさんは、午前中の世話人会を終えて、高速を走ってこられたという。事前に伺っていなかったので驚いてしまった。ご実家が牛堀なので、帰りにはそちらに立ち寄られるとのことであったが、思いがけず、うれしいことだった。佐原は、東京の大学に行くまでは、水郷大橋を越えて、本や画材を求めにやってきた町だったという。

集会での話の内容は・・・

なお集会のオープニングは、南条忠夫さんの演歌「利根の佐太郎」「祝い船」「夫婦春秋」であったのは、なかなかの趣向で、年期の入った見事な唄いぶりであった。その日の集会は「市民連合ちば10区1周年記念」とのことで、連れ合いの話は「安倍政権を退陣させる攻めどころ」と題して、森友・加計問題で追いつめる二つのルートと安倍政権への経済政策への代案―消費税に代わる財源構想、についてであった。とくに、後者については、普段聞かされる話しながら、聞くほどに、腹立たしさが募るのだった。

発行された国債の大部分は銀行が買い取り、それを日銀がまとめて預かっている367兆円、私たちの銀行預金の十倍もの利子をつけているのだから、お金が出回るわけがない、というのだ。さらに、法人税の減税分で労働者の給料を上げ、工場の海外進出を抑えるなどの目的が果たせるどころか、逆行し、非正規は増えるし、社会保障負担分をも抑え、内部留保が増えるばかりだという。この無益な法人税減税を中止し、内部留保課税に踏み込むべきだ、と強調する。内部留保税を二重課税とする論は、法人税減税の無益さと消費税こそ二重課税ではないかの論を破ることができないはず、と。

途中、雲行きも怪しかったが、夕方には、車窓から、遠くの筑波山を眺めながらの帰途となった。乗り換えの成田駅界隈は、新勝寺の祇園祭の最終日の由、大変な人出であった。


8年前の佐原紀行については、以下をご覧いただければと~。 

2010年10月14日~15日
祭のあとの佐原をゆく(1)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2010/10/post-7fec.html

祭のあとの佐原をゆく(2)
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2010/10/post-3ba9.html

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2018年7月 3日 (火)

日本の空にオスプレイいらない、どこにもいらない、オスプレイ落とすな~7月1日、「オスプレイ暫定配備反対7・1県民大集会in木更津」に参加しました

  関東は、観測史上初めての6月の梅雨明けの由、71日は、朝からもう暑い。「3000万人署名佐倉市民アクション」のチャーターしたバスは、地元の4つの鉄道の駅をめぐって満席となった。一行には、ふだんお目にかかっている人、久しぶりにお会いした方に加えて、初めての方も多かった。 

市原のサービスエリアで、トイレも買い物も最後ですよとの15分休憩だったが、会場の吾妻公園には、予定よりも早く着いた。木更津駐屯地の南の角にあたり、カンカン照りなので、公園内の木陰を選んで、座り込む。こんな時は、シートと小さい携帯用イスがあればと、遠ざかってしまったアウト・ドアの必需品、物置にあったのを思い出す。それでも、風があるので、だいぶ助かるが、地元の9条の会の旗「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」をわずかばかり持ったものの、支えるのに苦労する。

 少し早めに始まったオープニング・アトラクション、木更津の方の和太鼓演奏、合唱団とシンガーソングライター大熊啓さんが歌う歌は、正直ほとんど知らないのだが、「沖縄を返せ」を懐かしく聞いた次第。地元4団体の集会実行委員会、代表の木更津の「オスプレイ来るな いらない住民の会」の吉田勇悟さんの挨拶は切実である。普天間基地海兵隊のオスプレイMV22 24機の整備拠点として、千葉県知事も木更津市長も了承し、昨年2月には1機が飛来、その整備が終わらないのか音沙汰がない中、今年の625日突如2機目が飛来した。24機が代わる代わるに整備にやってきて、試験飛行が繰り返される。加えて、自衛隊のオスプレイMV22の、暫定配備が決まってしまったのである。オスプレイ自体の危険性は、本ブログでも何度か記事にしているが、重大事故のいわゆる事故率は324と高く、それに到らない「予防着陸」や部品落下などの事故は、沖縄では数知れず確認されている。原因究明が曖昧なまま、飛行が再開しているのが実態で、防衛省は米軍の言いなりである。

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木陰を求めて、三々五々。右側に交通公園、その奥が駐屯地である

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和太鼓演奏の皆さん

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千葉九区市民連合の人たち

集会は、政党代表6人の「連帯」のあいさつが続いたが、この炎天下、一刻でも早く終わってほしい、というのが正直なところだった。続いて、各地で活動を続けている会の方からの報告と訴えがあった。とくに印象に残ったのは「横田基地撤去を求める西多摩の会」の方が、突然米空軍のオスプレイCV225機、4月横須賀から横田基地に飛来し、6月4日、離陸したのは確認しているのだが、そのうち2機は、奄美大島に緊急着陸、そのうちの1機と合せて計4機は、横田に戻ったのを確認している。もう1機は、行方知らずの疑問を呈していた。どこかの民間の格納庫に隠されてしまったのかとも。報道によれば、奄美空港からは、日を異にして、2機は離陸しているというのだから、ミステリーでもある。CV22は、MV22よりも低空飛行(地形追随)、夜間飛行が強化され、電子妨害機能をももつ特殊作戦機であるという。そんなおそろしい巨大機が一体どこに?という疑惑が深まる話であった。*



* 7月5日付記:その後の報道によると、6月4日に横田を発ち嘉手納に向かう途中、奄美空港に緊急着陸した2機のうち1機が、長期の整備を経て、一カ月ぶりに7月4日に横田に「帰還」した、とある。(『東京新聞』7月5日)1機は、ずっと奄美空港にとどまっていたことになるのだが・・・。

* 羽村市のホームページよりhttp://www.city.hamura.tokyo.jp/0000011168.html

 

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あまりの暑さに、「千葉土建」テント下の空いた椅子をしばらく占拠、一息つく


 また、「パトリオットミサイル入らない習志野基地行動実行委員会」の方からは、習志野駐屯地航空自衛隊第一高射隊に
200711月、ミサイル、パトリオットが突然配備されることになって以来の活動を踏まえての報告であった。編成替えがあって、習志野駐屯地の陸上自衛隊「第1空挺団」と木更津駐屯地陸上自衛隊「第1ヘリコプター団」が連携した飛行訓練がいっそう強化されるとの不安が語られた。

 徒歩で17分ほど、木更津駅まで行進するとのことだったが、駐屯地沿いにしばらく歩いた後、富士見通りに出ての一直線が長く感じられた。解散地点の光明寺前まで、45分近くは歩いたことになるのだろうか。沿道の民家の木戸からお辞儀をし続けている年配の女性もいらしたし、歩道から手を振ってくださる方も何人かいらした。参加者2200人、お疲れ様でした。

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出発まもなく、駐屯地の格納庫、ここに、いま2機のオスプレイがおさまっているのか

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これは何の装備だろう、目にするのは、隊員の住まいの宿舎ばかりだったが・・・

 

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だいぶ大げさな・・・、張り切った千葉県警?


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風があったので、旗持ちも、楽ではなかったようだ

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懐かしい、昭和の銭湯の風景に思わず、シャッターを切る。調べてみると「宮の湯」さん?行商の女性のかごには「マンゴーアイスクリーム」ともあった。風呂上がりのお客さんを待つのか。一人振り返っている男性は千葉県警のようで、その視線が鋭い

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正面に木更津駅、左手に光明寺、「切られの与三郎」の墓があるという。DJポリスの女性は、「ここが解散地点です。早く解散するように」と繰り返す。右翼の車がかなり結集していたとのことだったが、何事もなく無事解散、帰りのバスは、彼らの車と並走することもあり、かなり遠くの他府県のナンバーもあった。相当な渋滞もあって、予定より遅れた 

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光明寺、広い境内のようだったが・・・


 習志野の方の訴えにあった、第1空挺団と第1ヘリコプター団との連携について、調べてみると、2007年、第1空挺団及び特殊作戦群が中央即応集団隷下に編成替えになったが、今年の3月には中央即応集団廃止に伴い第1空挺団・特殊作戦群が陸上総隊隷下に隷属替えになっていた。いまどき、「隷下」「隷属」なんていう公用語があるんですね。

 ついでに、以下の防衛省のそれぞれのホームページを読むだけでも、日本の防衛政策の過剰なことと広報活動の活発さと米軍との関係では、いかに「隷属」的な関係、まさに言いなり、植民地化していることが分かる。私たちの税金が、これほどまでの防衛費、日米の軍需産業に費消されていることが明確にもなるだろう。たとえば、次のような文言を読むと、日本政府の危うさが浮き彫りになるだろう。

********
北関東防衛局「CV22オスプレイ横田飛行場配備について」(2018531日)より

 CV-22の配備先については、米側から、CV-22の任務や役割を踏まえた上で、
 運用や訓練上のニーズ
 機体整備のための施設が活用できること
 10機のCV-22及びその要員を受け入れるためのスペースを有していることなど、様々な点を総合的に勘案した結果、横田飛行場を選定したとの説明を受けています。
 我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、高い性能を有するCV-22が我が国に配備されることは、米国のアジア太平洋地域へのコミットメント及び即応態勢整備の観点から、日米同盟の抑止力・対処力を向上させ、日本の防衛及びアジア太平洋地域の安定に資すると考えています。

********

陸上自衛隊第一ヘリコプター団http://www.mod.go.jp/gsdf/crf/heridan/topics170911/index.html#wrap


陸上自衛隊第一空挺団

http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/index.html

北関東防衛局>オスプレイ関連
http://www.mod.go.jp/rdb/n-kanto/kichi-syuhen/ospray.htm

防衛省・自衛隊>CV22オスプレイについてhttp://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/yokota/cv22.html

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2018年6月29日 (金)

千葉の空がアブナイ!ますます危ない!~<安全保障環境>が変わったのに(4)

 

下総航空基地の哨戒機PCの飛行訓練は、いま

  梅雨アケかと思うほどの好天が続き、と思ったら、本日関東も梅雨が明けたそうだ。一気に真夏の暑さに、我が家の居間は、南の掃きだしと西の出窓を開け放つ。この季節までは、気にならない航空機騒音が、否応なしに、また、飛び込んでくるのだ。これまでの三つの記事では、羽田着陸便の騒音とその要因、木更津駐屯地への米軍オスプレイの整備拠点、自衛隊オスプレイの暫定配備に伴う危険について報告した。今回は、これまでも、当ブログでは、毎年のように、主に海上自衛隊下総航空基地(柏市)からの哨戒機PC3の低空飛行、騒音についてレポートをしてきた。昨日628日、居間でパソコンに向かっていても、この騒音に悩まされた。午前中の9時台か10時台にかけてと、この日は、午後2時台、そして日没後の夜間飛行による騒音であった。この時間帯は、午前中は訓練のため館山沖に向かい、午後は、基地に戻る時間であり、夜間は離着陸の訓練であるということを聞いていた。自衛隊機は、ほぼ、我が家の真上を通過する。その時は、人の話し声、テレビの音はかき消されるが、とくに、静かな夜間は、窓から見上げたときの音と両翼、尾翼の強烈な灯りの近さには恐怖さえ覚える。350m以下は飛べないことになっているというが、高度500mそこそこではないかと思われる。ここでは、繰返さないが、かつて、2011年~13年にわたって、基地広報担当には、そっけないながらも、教えてもらったこともあった。佐倉市の総務・広報担当の対応は、まさに、ミもフタもないものだったことを思い出す。一連の報告は、以下のブログ記事を見てほしい。

 

あらためて、きょう、629日、下総基地のHPを見てみた。そして驚いたことに、かつて公表していた飛行訓練計画カレンダーがない。消えている。探し方が悪いのか問い合わせてみると、なんとそんなことはしてません、1週間分の予定なら教えますよ、という広報の返答だった。数年前には訓練計画のカレンダーが月単位で公表されていたのである。信じがたいのだが、なぜ公表しなくなったのかを尋ねると、遠方から基地周辺までやってきた飛行機マニアが「カレンダー」と違うではないかと文句をつけてくるから?!ともいう。軍事情報でもなんでもない、こんな情報まで隠蔽するんだ、と少し怖くもなった。かたや、情報公開をうたいながら、特別秘密保護法や公文書管理法によって情報隠しを合法化しようとする行政、政府の在り方に恐怖さえ覚える。いつの間にか、こんなことになっているとは、知らなかった。知る権利を行使しないとこうもなるのだ。下総基地の担当者は、1週間分をお知らせすれば、皆さん納得されて、文句を言う人もいませんよ、との発言。それではファックスによる情報提供をお願いします、と言えば、それはできない、とのことだが、近隣の自治体にはファックスで知らせている由。いずれ情報公開請求によって、一年間分くらいの飛行実態を知りたいと思っている。

 

ちなみに、口頭で確かめた、来週の予定と今週分の実績は以下の通りだった。昨夜の低空飛行と騒音の原因を追認した形である。50年目から続いていると豪語するのだが、住民としては、これ以上の騒音被害や低空飛行の恐怖は、何としても阻止しなければと思う。71()は、木更津で「オスプレイ配備に反対する!県民集会」が開催される。佐倉からは、バスで出かけることになっている。ぜひとも県民の力を結集したいものである。

 

20186月~7月(2週間分)飛行訓練時間の実績と予定(広報からの聴取)

6

25/

26/

27/

28/

29/

30/

1/

 

10∼15:00

10∼15:15

10∼16:15

10∼19:30

10∼16:00

なし

なし

7

2/

3/

4/

5/

6/

7/

8/

 

なし

14001600

なし

なし

なし

航空機騒音等のお問い合わせ先:海上自衛隊 下総航空基地
04-7191-2321(代)

 

参考:当ブログの関連記事をどうぞ 

2012411
〇自衛隊機、500メートルの低空飛行~50年も続いている

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/04/50050-5a56.html

 

2012819
佐倉市の航空機騒音、その後

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/08/post-bd02-1.html

2013713
〇自衛隊機の夜間演習飛行、日没から夜8時までの2時間!

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/07/82-f987.html

 

20139月29
〇下総航空基地へ~佐倉の航空機騒音の原因の一つ

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2013/09/post-d7df.html

 

2014425
〇340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空 
 http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/04/340m-6c9c.html

2014531
〇佐倉市上空の自衛隊機航空機騒音、その後

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/05/post-7d69.html

2016610()
あの低空飛行の軍用機は何だ

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/01/koukakukakunnre.html

 

 

 

 

 

 

 

 

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千葉の空がアブナイ!ますます危ない!~<安全保障環境>が変わったのに(3)

陸自購入のオスプレイの配備が、急きょ木更津に決まったわけは

 アメリカから、1機100億以上もするオスプレイMV2217機もアメリカから買うなどということはいつ決まったのか。といえば、201312月、5年毎に策定される「中期防衛整備計画」(2014年~2018年度)が閣議決定されていた。そして、当初は、その17機は、佐賀空港に配備の予定であった。それが、201825日、佐賀県神埼市に、自衛隊の戦闘ヘリコプターAH64Dが点検後の試験飛行中に民家に墜落、乗員二人が死亡する事故が起きたことは記憶にも新しい。その事故により、オスプレイの配備が住民の反対により困難になったため、急きょ、暫定配備先として、木更津駐屯地が決まり、この秋にも5機が配備されることになったのである。木更津駐屯地は、すでに米軍のオスプレイ整備拠点であったことと無関係ではなかったはずである。木更津にとっては、二重の負担にいたった。

 なお、佐賀で墜落した自衛隊機AH64Dは、曰くつきの機種であったことを初めて知って驚いたのである。

陸上自衛隊は、2005年からAH-64D(アパッチ・ロングボウ,ボーイング社製)の導入を開始した。しかし、富士重工業のライセンス生産により、当初62機が調達・配備される予定だったが、2013年度まで9年をかけて、わずか13機で調達を中止した。富士重工は、初期投資が回収不能になったとして、国を相手取り351億円の支払いを求めた訴訟で、最高裁は富士重工側の訴えを全面的に認め、国に対し全額の支払いを命じる判決が確定した、という機種だったのである。国の選定の失敗の本当の理由は、新しい機種の開発を知りながら、価格には見合わない高い買いもの、コストパフォーマンスがあまりにも低い機種を調達してしまったということであった。下記の資料では、2015年度の実働機は、11機であったことも分かり、さらに今回1機を失ったことになる。乗員2名のみの対戦車用の高性能の「戦闘機」という触れ込みであったが、「調達」の失敗で、二人の自衛隊員を失い、民間人の命を奪いかけたのである。

ところが、今回の佐賀の自衛隊機墜落報道において、機種やその性能の高さや原因究明に言及する記事は散見したが、上記の調達ミスによる訴訟で国が全面的に敗訴したことを報道した記事を見いだせなかった。私が、たまたま機種名でネット検索したら、Wikiでもこの経緯は記されていたのである。報道関係者が知らないわけはないだろう。2002年からから予算計上され、2005年から導入していたのであるが、一機の平均購入額は68億と高額なものであった。その後の自衛隊からの原因究明の中間報告によれば、整備不良や操縦ミスは認められなかったという。こうした、不良兵器・装備の購入は莫大な無駄遣いと人命にかかわるということを、強調しておきたい。

<陸・海・空の各自衛隊別、機種別の機数>

https://flyteam.jp/news/article/53415

 もしかしたら、知らないのは国民だけで、氷山の一角だったのかもしれない。そんな失敗をも省みず、オスプレイの選定にも、同様の不安を覚える。だが、それにもまして、日本をとりまく安全保障環境は、大きく変わりつつあるなかで、防衛関係費の推移をあらためてたどっておこうと思う。

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上記の数字には、以下の経費を除いたものであり、平成2930年度に限り、(  )内の数字はそれを含めたものになる。
SACO関係経費として、平成29年度:28億円、平成30年度:51億円
米軍再編関係経費のうち地元負担軽減分として、平成29年度:2,011億円、平成30年度:2,161億円
新たな政府専用機導入に伴う経費として、平成29年度:216億円、平成30年度:312億円
<我が国の防衛と予算 平成30年度予算の概要>よりhttp://www.mod.go.jp/j/yosan/2018/yosan.pdf

 

 防衛関係費の「平成30年度予算の概要」で、今回のテーマと関連して、私が注目したのは、

・戦闘機(F-35A)の取得(6機:785億円)その他関連経費(整備用器材等)として、別途293億円【30予算までの整備数/中期防内の整備数:28機/28機】

・ティルト・ローター機(V-22)の取得(4機:393億円)

輸送ヘリコプター(CH-47JA)の輸送能力を補完・強化のため。その他、関連経費として323億円【30予算までの整備数/中期防内の整備数:17機/17機】

 
 ということは、5年間で戦闘機F35A28機、MV22ヘリコプターは17機が発注されたことを意味し、そして、毎年、関連経費として、かなりの額の予算に組まれていることが分かる。これまでは、「北」の脅威、南西諸島にかかる中国への抑止力を口実に、防衛関係費は、近年0.8%の上昇率をもって増額してきたのである。しかし、在日米軍の経費の4分の3は日本が負担している現状にもかかわらず、トランプ大統領は、自国の負担の軽減を主張する。さらに最近では、米韓の合同演習も中止、在韓米軍の撤退すら言い出したのである。日本としては、在日米軍縮小のチャンスではないのか。今後は、イージス・アショア2基の買い付けなどは、もはや必要性を失いつつあるのではないか。日本の軍拡によって、誰が得をするのかをたどってみると、アメリカの軍事産業であり、日本の軍事産業ではなかったか。少なくとも、2019年から5年の「中期防衛整備計画」では、当然見直されなければならない。災害救助に重点を置いた「自衛隊」で、良いではないか。国民は、自らの安全・安心のために何を優先すべきなのか自身の意識を変えていくべきではないか。

(つづく)

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