2017年5月23日 (火)

土曜日は、共謀罪についての講演会~私たちはどこまで危険にさらされるのか

 連日、気分が悪くなるような政治家や官僚の発言や政局の動きを目の当たりにしています。こんな風にして、法律が成立し、運用され、国民は、安心・安全どころか、暮らしの不安がつのり、危険にさらされていくのをこらえていかねばならないのか、と思ってしまいます。私たちの世代ももちろんですが、これからの若い人たちの歩む道は、いっそう険しいことになるに違いないと思うのです。

 今日にも、共謀罪は衆院本会議で可決されようとしています。緊迫した空気を肌に感じながら、パソコンに向かっています。

 土曜日の20日は、明治大学リバティ・タワーの一室で開かれていた澤藤統一郎弁護士の「共謀罪―その危険な本質と狙い」という講演会(ちきゅう座主催)に参加しました。そのお話の内容を、私の理解の限りでまとめてみると・・・。

 今回の「共謀罪」は、321日、政府が国会に提出した法案では「テロ等準備罪」と言い換えましたが、「組織的犯罪処罰法」の改正案で、2003年から3回提出されていましたが、いずれも廃案になり、2009年以降、法案提出の動きはなかったのです。

安倍内閣は、急きょ、昨年から、共謀罪新設は、オリンピックを控えてのテロ対策として、「国際組織犯罪防止条約」(TOC条約、2000年採択)締結のための必須要件として、その必要性を強調し始めました。しかし、そもそもTOC条約は、マネーロンダリング対策などが主目的で、テロ対策が目的ではありません。テロ対策のための条約としては、すでに日本も「爆弾テロ防止条約」「テロ資金供与防止条約」などの国連条約やその他8つの国際条約を締結、国内法も整備しているわけで、今回の「共謀罪」とTOC条約とは、連動するものではなく、別個の問題です。殺人罪などの重要犯罪には、刑法上準備罪・予備罪も規定されています。

では、なぜ、安倍政権は、共謀罪の新設を急ぐのかといえば、

広範囲の人と行為を、早い時期から、捜査の対象とすることができる

捜査機関、とくに警察の判断で、情報収集や捜査を開始することができる

特定秘密保護法(201312月)、盗聴法の拡大、司法取引を導入した刑事訴訟法の変更(20165月)とあいまって、一般市民の監視を強化することができる

・・・・

要するに、「共謀罪」新設は、安倍政権の、一強体制のうちに、改憲へと突き進みたいための地ならしであり、同時に、一般市民への監視体制を強化して、不都合な市民の発言や活動を抑止したいがためなのだろうと思いました。

 

駿河台の街路樹のもとには、心地よい新緑の風が吹き抜けます。お茶の水駅前のスクランブル交差点には、週末にもかかわらず若い人たちが行き交っていました。いたって静かで、のどかな学生街ながら、気持ちはどこか晴れない一日となってしまいました。

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3年ぶりの剪定のビフォー・アフターです。せっかくのヤマボウシ、残念だったのですけれど。晩年は室内犬となった、主のいない犬小屋は片付けられないでいます。

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2017年5月17日 (水)

正岡子規について書きました

 今年は子規生誕150年という。『現代短歌』の特集<子規考>に書いたものです。誌上では子規作品の発表年に誤植がありましたので、送稿の原稿を掲載します。先日発売の6月号には、訂正記事が掲載されています。

 

              ◇ ◇ ◇

子規との気ままな出会いから      

 

子規について、私は、中学校の国語教科書においても、作歌を始めてからの文学史・短歌史においても、素通りに近かった。私の関心は、もっぱら現代短歌にあった。ただ、一九六〇年、学生時代に入会した『ポトナム』は、小泉苳三の書誌学的研究の伝統がまだ残っていたし、私の職場が図書館だったこともあって、書誌への関心は深まった。例えば、戦時期の発禁歌集・歌書、占領期のプランゲ文庫内歌集・歌書の目録や『ポトナム』の小泉苳三、阿部静枝らの著作目録の作成を始めたのが1970年代であった。苳三の『近代短歌史(明治篇)』(白楊社、一九五五年。一九六九年再版)では、近代短歌史の時代区分や子規の役割をめぐる考え方に違いがあることを知った(拙著「小泉苳三と『近代短歌史・明治篇』」『ポトナム』一九八四年八月)。

 

退職後、マス・メディア史を少し学ぶ時期があって、明治期の新聞史において、藩閥政府を批判する陸羯南の『日本』を根拠地とする、ジャーナリスト・俳人・歌人としての正岡子規に出会う。そこで、私が何よりも興味深く思ったのは、病身ながら従軍を思い立ち、種々の曲折を経て、実行したことであった。同僚や『国民新聞』の徳富蘇峰、国木田独歩の従軍記事に刺激されたからだろう。一九八五年三月三日広島に向かい、四月一〇日宇品港を発つが、日清戦争はすでに休戦、船上で下関条約批准を知る。日記には「五月十日 講和成り万事休す」とまで記し、五月一七日帰国船上で喀血するという顛末であった。子規の従軍日記は、愛国的というよりは、軍隊内の差別に激しく抗議する一方、戦後の大陸の山河や小動物、村人の営み、日本兵や記者たちの日常を克明に綴るものであった(拙著「子規の従軍」『運河』199712月)。

 1894年: 
生きて帰れ露の命と言ひながら(従軍の人を送る)
日の旗や淋しき村の菊の垣(天長節)

1895年: 

戦ひのあとに少き燕かな(金洲 燕) 

君が代は足も腕も接木かな(予備病院 接木) 

行かばわれ筆の花散る処まで(従軍の時) 

なき人のむくろを隠せ春の草(金洲城外 春草)

  当時の私の子規認識はここまでで、その後、『正岡子規、従軍す』(末延芳晴 平凡社 2011年)を読み、子規の従軍の目的や背景について新たな示唆を得た。子規は「なぜ、従軍したのか」について、戦争を国と国との喧嘩とみなし、正義による制裁をすべく主体的に参加する意欲と、天皇を国家の中心的頂点に位置づけ、戦争翼賛・植民地容認への過程をたどることによって解明し(304308頁)、「国家と国民は、共同の敵を打ち倒し、祖国の危機を救うという意識と使命感の共同性」を希求した結果だとする(318頁)。 

子規は、八〇句ほどの従軍俳句を詠んだが、同時に、一七もの漢詩を残した。従軍という過酷な世界の印象やイメージ、感慨や情念を、俳句ではストレートに表現できない限界を感じたのではないかとする(218219頁)。さらに、従軍俳句のベースには漢詩があったとし、俳句との相関関係を具体的に示す。「なき人のむくろを隠せ春の草」「戦のあとにすくなき燕かな」の原イメージは、漢詩「三崎山」の「枯骨に春草生じ」、「金州城外」の「乱後の亡民 求むべからず/杏花の空屋に 燕児愁ふ/遼陽の四月 草猶短く/行人の為に 髑髏を掩はず」にあったとする(229263頁)。子規の漢詩や新体詩には、「敵を斬って斬り払え」といった過激で物騒な文言が並び、アジア民族への蔑視をあらわにする。こうした傾向は子規に限らず、子規の時代に限らず、本来ならば、国家の方向を質してゆくべき多くの知識人、文学者、ジャーナリストという市民社会のリーダーたちの陥穽であったのかもしれない。 

 また、品田悦一『万葉集の発明』(新曜社 2001年)に接したときは、日本の近代化の過程で萬葉集は<発明>されたとするなか、萬葉集が時代を超えて「国民歌集」となってゆく経緯を教えられた。品田の書誌的な分析の起点は、小泉の『近代短歌史(明治篇)』の萬葉集再評価の系譜であり、さらには子規による萬葉集評価にあったのではないか。  

その後、ふたたび子規に出会ったのは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』であり、それを原作とするNHKのテレビドラマであった。その子規像は、原作とも異なり、史実とも異なるフィクションに戸惑ったのであった。

  そして今、年を経て、病床記たる『墨汁一滴』『仰臥漫録』『病牀六尺』などを読んで思うのは、子規の「終活」の見事さであり、介護を担った母と妹、律の存在であった。(『現代短歌』2017年5月)  

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2017年5月 6日 (土)

ほんとに、何から言い出していいのかわからないほど(4)難解な?景気判断とキラキラ政策

「緩やかな回復基調が続いている」とは

 「アベノミクス」の破たんは、安倍首相が自らの「アベノミクスは道半ば」「その果実が全国津々浦々まで行き渡り、実感していただくまで」との発言に見られる通りである。閣議を経て内閣府から発表される「月例経済報告」では、ここ数年、少なくとも2014年来、「景気は緩やかに回復している」「緩やかな回復基調が続いている」という、なんか寝ぼけたような「総括判断」が続いていることでも、明らかである。さらに、その月例報告では、景気の「先行き」についても言及するが、2012年末、野田内閣から引き継いだ安倍内閣時代に入って「輸出環境や経済対策の効果により景気回復に向かうことが期待される」として以来、「緩やかに回復していくことが期待される」が繰り返され、リスク要因としては「海外景気の下振れが我が国の景気を下押しする」とし、その要因をまず海外に振る。実態とは別に、要するに、「期待通りに」「緩やかな回復基調が続いている」という表現が、2017年の今日に至るまで続いているのである。さらに、各月の先行きリスク要因として、前述の海外景気の動向のほか、時々の国内の雇用・所得環境、デフレ、消費税引き上げ、消費者マインドなどの影響などが付け加えられるのである。

詳しくは、1980年代から各年1月の景気判断と先行きをたどる年表を作成したので、未定稿として、ご覧いただきたい。

〇「月例経済報告」における<日本経済の基調判断>の推移
(内野光子作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/getureikeizaihokokunenpyo.pdf

 また、下記のような、近年の安倍政権下の「月例経済報告」を例に興味深い分析がある。景気判断の表現が、なぜ、こんな曖昧な、どっちつかずなことになるのか。その理由の一つとして、そもそも、景気判断自体が、難解で、専門家によって判断が分かれ、簡単には表現できないからという。一つは、現政権が、常に「景気がいいこと」が、何よりの政権維持の要因、願望でもあることから、おのずから「政治的配慮」の結果でもある、という。そういえば、テレビ・新聞などに登場するエコノミストたちにも、明確なコメントよりも、どっちともとれる、素人でも十分語れそうな、あたりさわりのない発言が多い。まさに「政治的配慮」に十分配慮した結果なのだろう。そうした「政治的配慮」による「景気判断」が、経済政策を大きく誤らせたり、遅らせたりしていないか、安倍政権は、その瀬戸際にあるようなのだ。

〇難解な「霞が関文学」はこう読み解こう~10月の月例経済報告、景気判断引き下げ  岡田 晃)

 http://shikiho.jp/tk/news/articles/0/8900720151021日)

 

 

「世界の真ん中で輝く」とは~キラキラ感が半端でない

  安倍首相は、それでも、この三年間、201517年の年頭所感で、意味不明な「世界の真ん中で輝く日本」を強調している。国民の多くは、首相の年頭所感など関心はないと思うが、「世界の真ん中で」という報道に接するたびに、私は「何言ってんだか」のそらぞらしい思いがしていた。今回、前掲のような年表を作成していると、安倍政権の政策は、実の伴わない、キラキラ感だけがひとり歩きして、ほかの政権よりはマシと思わせている側面が、政権維持を可能にしているのではないか、の思いを強くした。ちなみに、今年の2017120日の第193回国会での安倍首相の施政演説を読んでみるとよくわかる。その目次をあげてみると・・・。 

 

一 はじめに

二 世界の真ん中で輝く国創り 

(日米同盟)  

(地球儀を俯瞰する外交) 

(近隣諸国との関係改善) 

(積極的平和主義) 

三 力強く成長し続ける国創り 

(「壁」への挑戦) 

(中小・小規模事業者への好循環) 

(地方創生) 

(観光立国) 

(農政新時代)  

四 安全・安心の国創り 

(被災地の復興) 

(国土の強靱化) 

(生活の安心)

 五 一億総活躍の国創り 

(働き方改革) 

(女性の活躍) 

(成長と分配の好循環)

 六 子どもたちが夢に向かって頑張れる国創り 

(個性を大切にする教育再生)

 (誰にでもチャンスのある教育) 

七 おわりに

 

 

さらに、以下の資料を合わせて読んでみると、そのきらびやかさ?は、格別である。そこにはつぎのような言葉が頻繁に使われるが、一語一語どういう違いがあるのかが不明である。その曖昧さの中で、つけられた予算だけが費消され、成果がなに一つ出なくとも、何ら責任をとるシステムがない。

「日本再興戦略2016~これまでの成果と今後の取組」(201662日)

内閣官房日本経済再生総合事務局

file:///C:/Users/Owner/Desktop/2016saikou_torikumiアベノミクス.pdf

 

問題、課題、整理、整備、対応、対策 

喚起、活用、再興、再生、見直し、改善、改革、革新 

構築、制度設計、創出、開発 

向上、成長、拡大、推進、促進、加速、強化、深化

連携、育成、助成、支援 

実行、実現、実施 

効率化、活性化、高度化、具体化、円滑化、一体化、簡素化

 同時に、黒田東彦日銀総裁は、14日の全国銀行協会の年頭会合で、つぎのようにも述べていた。さすがに、「毎年申し上げているように聞こえるかもしれない」などのコトワリを入れているが、「お集りの皆様の表情が和やかで明るい」「これまで以上の確信を持って」など、エコノミストらしからぬ、根拠もないまま、横文字を散りちりばめながらの「ご祝儀」にはあきれる。

日本経済はまさにいまデフレ脱却に向けた正念場であると思う。というと、毎年申し上げているように聞こえるかもしれないが、世界経済はようやく金融危機後の停滞局面を脱し、新たなフェーズを迎えている。日本経済にも前向きなモメンタム(勢い)が強まっている。  

 ここで景気動向を最も敏感に反映する指標の一つとして、本日ここにお集まりの皆様の表情を拝見していると、昨年の今ごろと比較してもより和やかで明るさが増している。 

 トランプ米次期政権の政策運営やブレグジット(英国の欧州連合離脱)など、注意を要することがないとは言わないが、私はこれまで以上に強い確信を持って、今年はデフレ脱却に向けて大きく歩みを進める年になる、と考えている。  

 日本銀行もしっかり金融緩和を進めていくが、デフレ脱却には民間の投資拡大が不可欠だ。金融機関も企業の動きを後押しし、ご自身もフィンテック(ITを生かした新たな金融サービス)をはじめ金融イノベーションを進めていただきたい。」

  日銀の「しっかりした金融緩和」政策の実態といえば、政府の国債発行は増大を続け、いまや1000兆円を超えた。市中銀行が引き受けた国債を、すぐに日銀が買い取っている(日銀トレードといわれている)。その合計は、昨年9月現在で398兆円に及んでいる。それによって世の中に出まわるお金を増やそうというのが、「異次元緩和」と呼ばれるものだった。しかし、現実は、出回るどころか、いま、日銀の市中銀行からの預かり金は、323兆円にものぼるのだ。なぜかと言えば、マイナス金利が実施されているのは、そのうちのわずか10%内外で、あとは、ゼロ金利か、利子が付いているのだから、市中銀行は、まず日銀に預けるだろう。デフレ脱却どころか、国民の生活への不安は深まり、国民は、消費を控え、低い金利ながら預貯金に回す。働く世代の所得も伸びず、非正規労働者のみならず、過酷な労働条件を強いられているという悪循環が続いているのが、現状と言える。

  さらに、年度が替わったこの4月にこんな記事もあった。4年間の責任をどう取るつもりなのだろう。

「黒田緩和、見えぬ「出口」 5年目に 物価上昇見通せず

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4年間で景気はどう変わった?/物価は伸び悩み、日銀の保有国債は急増している

 日本銀行が黒田東彦(はるひこ)総裁の就任後に始めた大規模な金融緩和は4日、5年目に入った。大量の国債買い入れやマイナス金利など、世界でも異例の政策を打ち出したが、「物価上昇率2%」の目標は、来年4月までの総裁任期中の達成は事実上断念。出口が見えない政策が続き、低金利を背景に政府の財政が拡張し続ける・・・」2017450500分 朝日新聞デジタル)

 安倍首相は、景気が良くなったとの証拠とばかりに、求人倍率は、確実の伸びていると、しばしば胸を張る。「求人倍率」は、以下の表のようにたしかに伸びてはいた。しかし、その実態は、厚労省資料「一般職業紹介状況」[実数] (パートも含む)での「有効求人倍率」と並んだ、近くの欄に、「対有効就職率」というのがあるのだ。これは何を意味するのかと言えば、ハローワークで、求人票を見て、応募し、実際に就職した人の割合を示す。実際に就職できた人の割合である。なんと10%に満たない。就職先を選びさえしなければ、就職できるはずという「求人倍率」なのである。求職者は、待遇や労働環境などを選ぶだろうし、採用者側も、適性や人を選ぶだろう。双方のミスマッチは、まったくカウントされない数字である。それに、人手不足の業界では、必要以上に、いわば、サバをよんだ採用者数を登録する、また、本気で採用する気がなくとも、登録の費用負担はないし、ハローワーク経由の採用には助成金がでることなどの特典もある。それに、ハローワークから企業への求人呼びかけも活発である。そうした実態のもとに成り立っている「有効求人倍数」であり、「就職率」であることは、まず報道されない。あわせて、求職者人口、労働人口自体が、減少していることも無視できない。安倍首相の発言のみが報道されていることも、知っておかなければならない。

    (求人倍率)(就職率)

2013度平均 0.97%   ―
2014度平均 1.11%   ―
2015/5   1.07%   7.7%
2016/2   1.38%   8.2%
2017/2   1.53%   8.4%

 安倍首相は、3日の憲法記念日に、憲法を改正して、第91項・2項を残して、3項を加え自衛隊の存在を明記する、高等教育の無償化を書き込むとかを、言い出したのには驚いた。政権の座について以来、こうした言及は、自民党憲法草案にも、公約にも、政策にも、一度もない。改憲推進集会の場とは言え、突然の首相のメッセージであったのである。9条の12項と新設するという3項との法律的な整合性はあり得ないし、無償化に至っては、憲法条項ではないし、財源はどうするのだろう。現状を見ても教育の充実は、まだ先にやらねばならないことはたくさんあるはずである。いわば、聞こえの良い「無償化」という思いつきで、アベノミクスの破たんや失政を払拭したい焦りにも思える。「無償化」にことよせて、共謀罪と相まって、大学や学問の自由をも奪おうというのだろうか。

 

 

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2017年5月 3日 (水)

憲法改正「2020年に施行したい」 首相がメッセージ~なんと、先ほど入ってきたニュースは

憲法記念日のきょうの午後、日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などによる「第19回公開憲法フォーラム」の改憲集会で、安倍首相は、2020年には、「憲法9条に、自衛隊を明記する条文を書き込む」改正を行い、オリンピックの年を、日本が生まれ変わる年にしたい」とのビデオメッセージを寄せたという。当ブログの前の記事で、安倍政権は、最初は、憲法9条を持ち出さずに、憲法改正を目論んでいると思っていたが、それは、やや見込み違いであった。9条の1項・2項を残して、自衛隊を明記するという。「私たちの世代の内に、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、自衛隊が違憲かもしれないなどの議論が生まれる余地をなくすべきである」と述べている。メッセージで「今日、災害救助を含め、命懸けで、24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿」とも称揚する「自衛隊」は、「専守防衛」どころか、「駆けつけ警護」、できればひそかに実施したかった「米艦防護」など、「警護」「防護」の名のもとに自衛隊の軍事活動、装備は、拡大する一方である。日米安保条約、日米地位協定、安保関連法が、それらを正当化、拡充してきた。近隣諸国との緊張関係をいたずらにあおるような昨今の安倍政権の拙劣な外交政策や情報操作は目に余る。私たちは、日本が自ら軍事強化へと進もうとする現実をしっかりと見つめ、何とか歯止めを思っている時期に、なんということを。

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2017年3月30日 (木)

二つのドキュメンタリーを見た~アウシュビッツと沖縄と(2)

「いのちの森 高江」(謝名元慶福監督作品 2016年)

 最近、友人からDVD「いのちの森 高江」を借りて見た。沖縄の基地闘争のドキュメンタリー映画は、いくつか制作されているようなのだが、私は、森の映画社のニュースリールを見る機会が何回かあった程度である。

 米軍の基地、北部訓練場の長い歴史、高江の住民たちの長い闘争の歴史と現状を怒りを込め、だが、 淡々と綴る。あわせて、アキノさんという蝶類研究者の女性が多くの小さな命の営みを求めて、高江の森を案内するのだった。

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1970年代、米軍がベトナムの密林に見立てた訓練がなされていた

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北部訓練場だけでもヘリコプター事故がこれだけ起きている。さらに、オスプレイの飛行・離着陸の危険は計り知れない

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高江の森の生態系のすべてを破壊する工事は許せないとするアキノ(宮城秋乃)さん

 

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高江の住民たちは、工事差し止めの訴えを起こしたが

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映画の中には、こんな映像もあった。生活道路が封鎖され、今はこの石碑に近づけない、との解説があった。1916年(大正5年)、大正天皇即位を記念し造林地に建てらえた石碑は傾いている

 

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二つのドキュメンタリーを見た、アウシュビッツと沖縄と(1)

「ただ涙を流すのではなく“分断する世界”とアウシュビッツ」(NHK-BS1226日)

旧聞に属するが、226日、国会や報道では、森友学園問題で大揺れであったが、夜は、NHK-BS1スペシャル「ただ涙を流すのではなく“分断する世界”とアウシュビッツ」を見ていた。番組予告では、「100万人を超えるユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所。その悲劇を伝え続けているのが、世界各国出身のガイドたちだ。今、ガイドたちは、大きな危機感を抱いている。移民や難民をめぐり広がる排斥の声。世界が分断を深める中で、自分たちは何を伝えるべきなのか。ただひとりの日本人ガイド・中谷剛さんも語るべき言葉に悩んでいる。揺れるアウシュビッツのひと冬を追った。」とあった。

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 NHK-BS1、2017年226日午後8時~

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 NHK番組紹介ホームページより

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構内の収容所バラックのすぐ近くに、収容所長の住宅があり、家族とともに住んでいた。そこには平安な日常生活が営まれていたのだろう。私たちが見学した折は気づかなかった。NHK番組紹介ホームページより

2010年5月、私たち夫婦は、ポーランドのクラクフに2泊した折、アウシュビッツビルケナウ強制収容所見学のバスツアーに参加した。雨の朝、ホテルを出て、あちこちで道路工事の真っ只中の街に迷いながら、バスの発つマテイコ広場までたどり着くのに苦労した。ともかく、「英語コース」のバスに乗り、現地でも英語のガイドによる案内で、心細い思いをした。ただ一人の日本人ガイド、中谷剛さんとの縁はなかったけれども、この番組は逃してはならないと思った。

中谷さんは、1966年生まれ、1991年からポーランドに住み、猛烈な勉強をして、1997年アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所博物館の公式ガイドの資格をとり、ポーランドの女性と結婚されて、今もガイドの仕事を続けている。

日本から来た若い見学者のグループを伴い収容所構内や幾つもの展示室を案内するとき、ドイツナチス時代に、なぜこうした民族差別による大虐殺がなされたのかを、言葉を選びながら説明し、見学者が自ら考えるように、という思いを伝える。中谷さんは、偉そうには解説はできないと、丁寧で慎重な姿勢を崩さず、見学者に接しているようだった。同時に、ポーランド人、ドイツ人のガイドたちの悩みも語られてゆく。決して声高ではないけれど、力強く訴えるものがあった。ただ、ドイツ国民が、なぜナチスに雪崩れ打って、ここまでの虐殺がなされ得たのか、と、そこでなされた残虐の限りの実態を、そのファクトを検証する場でもある、アウシュビッツで起きたことをもっとストレートに語ってもよかったかと思った。

 私のわずかな経験からも、目の前に示される歴史上のファクトには、筆舌を超えるものがあり、それを次代に継承すること自体が、過去への反省と責任を伴って初めて成り立つことだと思えたからである。加害国のドイツ国内においてもかつての強制収容所跡を残し、ベルリンの中心部、国会議事堂直近の場所に、ホロコーストの碑を建設、様々な歴史博物館において国家としての反省の意思を示したドイツを思う。それに比べて、「自虐史観」と称して歴史教科書において、日本の侵略戦争の事実を少しでも薄めたい政府、民間人の集団自決に軍の関与がなかったような、曖昧な展示しかできない国立博物館、原発事故の原因究明がなされないまま、被災者切り捨て、原発再稼働を進める政府、教育勅語礼賛の安倍首相夫妻・・・を思うと、その格差に愕然とする。話はどこまでも拡散してしまうのだが、以下の、かつての旅行の記事も参照していただければ幸いである。

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展示室より

<当ブログ参考記事>

◇ポーランド、ウィーンの旅(2)古都クラクフとアウシュビッツ

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2010/05/post-f56e.html

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◇ドイツ、三都市の現代史に触れて~フランクフルト・ライプチッヒ・ベルリン~2014.10.20289)(ザクセンハウゼン強制収容所ほか)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/11/20141020289-91f.html

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2017年3月26日 (日)

「~してございます」~霞が関と永田町の言語生活~森友問題を通じて

霞が関話法?

 森友学園問題の国会での質疑を聴いていると、政府や役人の答弁にまず腹が立ち、野党の質問の拙さにも苛立ってしまうことがある。テレビの前で座ってばかりいるので運動不足にもなり、精神衛生上もきわめて不健康な状況が続いている。

 その上、とくに役人の答弁の「~してございます」という表現が気になって仕方がない。「霞が関文学」ともいわれているそうだが、そんな上等なものではなく「霞が関話法」と名付ける価値もない。丁寧そうな言葉遣いながら、文法的にも誤用であり、その発言内容と相まって、慇懃無礼な、無責任答弁に多用されている。「してございます」は、官僚ばかりでなく、企業人も社外向けに使うことが多く、中高年男性に愛用されているようなのだ。

 「担当職員が対応させていただいてございます」「政治的な配慮をしてございません」など、324日衆参予算委員会に森友問題で出席した、財務省と国土交通省の参考人たちも連発していた。証人として招致したところで、「知らぬ、存ぜぬ」で通すのだろう。

参考:「最近気になる放送用語―「~てございます」(2011年8月1日)

https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/145.html

永田町話法?

一方、政治家たちの責任逃れは、かつて「秘書が、秘書が・・・」であったことが揶揄されていたが、今回は「妻が、妻が・・・」「夫が、夫が・・・」かと思いきや、やはり「(首相夫人付)秘書が、秘書が・・・」ということにもなった。324日の国会の質疑や記者会見での次のような発言は、大いなる自己矛盾を、明白にもしている。 

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2017年2月17日

安倍首相①「(妻が100万円寄付をしたかどうか)密室のやりとりなど反証できない事柄を並べ立て、事実と反することが述べられたことはまことに遺憾だ」

「(首相夫人付き秘書から籠池証人への報告ファックスについて)ゼロ回答なのだから妻が関与したことにはならない」

「(首相夫人の証人喚問要請について)今まで証人喚問に出られ方は、刑事罰がかかるかもしれない疑いの中で出られている。妻の行為は犯罪では全くない。名前を出された人たち全員証人喚問するというのか」

菅官房長官「(首相夫人付き秘書の谷氏の籠池理事長への報告ファックスについて)ゼロ回答のことわりのファックスなので、まったく問題はない」

竹下国会対策委員長「(首相夫人の寄付について)100%、200%あり得ないが、たとえあったとしてもても、まったく問題はない」

 首相①は、反証をというのならば、首相夫人を証人喚問すれば、籠池証人の答弁との比較において、議員や国民に判断の材料を提供できるし、決着がつかなければ司法の判断にゆだねることもある。首相は、別の日の答弁で「ないことの証明は<悪魔の証明>なので困難」とか言って質問をかわしていたが、そんな大げさなものではない。

首相②と官房長官の発言は、「ゼロ回答」「ことわり」だったからというが、ファックスの2枚目には、案件別に経緯が記され、その末尾には、つぎのようにある。

4)工事費立て替え払いの予算化について

一般には、工事終了時に清算払いが基本であるが、学校法人森友学園と国土交通省航空局との調整にあたり、「予算措置がつき次第返金する」旨の了解であったと承知している。平成27年度の予算での措置ができなかったため、平成28年度での予算措置を行う方向で調整中。」

このファックスは20151117日付であったが、工事費は、翌年の年度初め46日に支払われていることも判明している以上、まさに「関与」「口利き」の成果ではなかったのか。この文面をどう読んでも、問い合わせへの夫人付き秘書の「丁寧な対応」だけというには無理がある。さらに言えば、福山議員が言うように関与や口利きは「結果」「成果」がなくても成り立つものだろう。しかし、このくだりを、明確に切り込む質問がなされなかったのは残念だった。

「携帯水没後」の首相夫人と籠池夫人のショートメールの往復、316日参院予算委員会視察団に「寄付の中には、安倍首相からの100万円の寄付も入ってます」との籠池理事長の発言後、その大金の寄付の授受を「100万円の記憶がないのですが」などと悠長な文言で聞き返している首相夫人のメールには、やや驚いた。ここで、「記憶がない」という永田町の常套句、いわば「永田町話法」が、やはり登場してきたのだ。さらに、上記の首相夫人付き秘書の籠池理事長あてファックス文書は、これだけでも、公人による「働きかけ」の一端が浮上、「関与」の証拠になるはずである。

なお、首相③の発言は、憲法62条「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」という「国政調査権」の意味を理解していないのではないか。犯罪の嫌疑や容疑に係る者でないと喚問できないという大いなる誤解にすぎない。さらに、「名前の出た人全員・・・」云々の発言は、いつもの「民進党は支持率が上がらないじゃないですか」と同じで、「ほかにフって」しのごうとしているらしい。

竹下国対委員長の発言には、「開き直り」というか、語るに落ちた、の感がある。

安倍首相は、「私も妻も安倍事務所も、一切、国有地払い下げや学校認可にかかわっていない。関係していたら私は間違いなく首相も議員も辞めますよ」(217日衆院予算委員会)と啖呵を切っていた。いずれ、すべてが公開される日もあるかもしれないが、自民党による首相夫人と籠池夫人のメールの一部公開は、安倍首相擁護が裏目に出て、安倍夫妻への疑問はさらに深まったのではないか。今となっては、安倍首相の辞めない理由を探すのが、むしろ困難な状況に至ったようだ。

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2017年3月16日




従来、政治が危機に直面したときは、冷たく「粛々と進める」冷酷さで突破するか、内外の批判には「前向きに検討し」「真摯に受け止め」「万全を期して」、「推移を見守る」と成り行きに任せることもできたのに、どうだろう、今回は。それにしても代わるべき受け皿がないのは、如何ともしがたい現実であるが、とりあえず「野党頑張れ」としか言いようがない。
 

政治家の資質と人格

このところの安倍首相は、国会の質疑で「不愉快だ」「失礼じゃないですか」「まるで犯罪者扱い」「悪意に満ちている」など、感情的な言葉を口走り、政治家の資質が問われる発言を繰り返している。

324日の衆院予算委員会での質疑では、さらに驚いた場面があった。共産党が入手した鴻池事務所の「面談メモ」をめぐっての麻生財務大臣の答弁。当初は、だれのメモかを明かさないままだったのだが、当日31日の夜に鴻池議員が自ら記者会見に及んだ経緯がある、あのメモだ。宮本議員が、麻生大臣に、そのメモについて鴻池議員に確認した件で質問したところ、次のような発言が飛び出したのだ。「訳の分からないところから『メモを取った』と偉そうにいっていたじゃないか。偉そうに」との発言に野党側からのヤジが飛ぶと、麻生大臣はさらに声を張り上げ、「俺は偉そうに聞こえたんだからしようがないだろ」と。人を指さすジェスチャーをしながら「いつも人をこうやって指さしてワンワンしゃべってる。偉そうに。失礼だろ、それは」と言い切った。実際の発言は、もっと口汚い、まるで、チンピラやくざの口ぶりそのままで、再現できないのだが、聞くに堪えなかった。麻生大臣の品格のなさは、知っていたが、こんな人間がかつて首相をやっていたかと思うと、情けない。その発言を、笑いながら受けている野党も野党だ。山本一太委員長の「麻生大臣、ご表現には気を付けてください」で、当の大臣はじめ、大笑いで落着となったのだ。

麻生発言といえば、メディアでは問題にされなかったのだが、今年の、麻生大臣の地元、九州の飯塚市の成人の日の「来賓祝辞」だった。例の昼間から賭けマージャンをして「賭けないでマージャンする人はいないだろう」と豪語していた斎藤市長が辞任を表明した直後のことだ。さすがに成人を前に挨拶できなかったとみえ、有力支持者の一人だった市長に代わっての来賓としてよばれた麻生大臣だったのか。その挨拶が、これまたびっくりだったのである。「あんたたち、成人になったら、これまでと何が違うかといったら、強姦罪、賭博、麻薬・・・でつかまったら少年A じゃすまない。自分の名前が出るんだ」と。いや、もっと罪名をあげていたと思うし、言葉も汚かったし、あくまでも「要旨」なのだが。「責任を持て」という成人へのメッセージにしては、ひどい。ひどすぎる。

「劇場」のカーテンは降ろしてはいけない

小池劇場、トランプ劇場、籠池劇場とも呼ばれて、メディアを賑わしてきたが、今回の森友問題は、政治の根幹、安倍首相夫妻に大きくかかわる問題だけに、このままの幕引きは許されない。この間、共謀罪の法案も閣議決定された。こちらの国会審議もしっかり、丁寧にした上で、廃案に追い込んで欲しい。追い込まなくてはいけない。テロ対策ができない?オリンピックが開催できない?一般人には関係がない?から共謀罪新設が必要であるというのだが、その目指すところを見極めなければならない。テロ集団か一般人とはだれが何を以て判断するのか。要するに国民全体への監視のシステムが合法化することになるのだ。天皇退位をめぐる動向、南スーダンPKO部隊派遣問題にしても、課題は山積みである。

福島県はじめ東日本大震災の実質的な復興がなかなか進まない実態、熊本地震も同様だし、沖縄の高江・辺野古基地建設問題、原発再稼働が始まった川内と伊方、再稼働を控えている地での安全対策というより原発・エネルギー政策、東京都の豊洲市場問題は、一地域の問題ではなく、国民一人一人、自分の問題として考えなければならないはずではないか。

地元では、千葉県知事選挙が展開されているはずだったが、今日は投票日。冷たい雨となった。佐倉朝日健康マラソンの日でもある。森田健作知事は、ミス〇〇とかアスリートの表敬訪問でガッツポーズをしている写真ばかりが報道され、何をしているのかがわからない。役人にとってはありがたい知事だという。県庁への出勤状況は、石原元都知事といい勝負かもしれないが、投票率は如何。

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2017年3月20日 (月)

「天皇の退位」は実現する見込みだが~衆参両院正副議長の「とりまとめ」をめぐって

「とりまとめ」への経過

201688日には、天皇の「生前退位」の「お気持ち表明」が一斉にテレビ放映された。先立つ713日にはNHKのスクープとして、天皇が「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示していたと報じられた。これまで、政府は、面倒な問題として先送り、避けて来た問題が浮上し、慌てての対策が、コントロールが効く政府の諮問機関「有識者会議」なるものを立ち上げた。その中間報告が政府の意向を受けたものだったので、両院の議長が事前協議の形で、各党・会派の協議を行い、317日、与野党は、衆参両院正副議長による「議論のとりまとめ~特例法の制定によって退位を可能にする~に合意し、首相に提示した。4月下旬、有識者会議の「最終提言」を経て、5月の連休後に国会に提出、成立する見込みとなった。昨年11月の段階で、私なりの情報の整理を試みたので、ご覧ください。 

天皇「生前退位」の行方~天皇制の本質については語られない(1)(2

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-dd45.html20161129日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/11/post-e43f.html (20161130日)

 現在も、上記の段階から基本的な方向が変わったとは言えない中で、官邸の意向を十分忖度した上での10の各党・会派の妥協の産物ではなかったかと思う。「とりまとめ」自体にも矛盾点がいくつかある。しかも、これとて、今後の有識者会議の最終提案、国会での法案審議と進行する中で、何が起こるかわからない。安倍首相は、特例法に「今上天皇」を書き込むことにこだわり、女性宮家創設の検討と退位が先例になることを極力さけたい意向だったという。今回の提案には、ともかく「今上」の文言はなくなり、あとの二つについては皇室典範付則などで、その可能性を残した。さらに、典範付則には特例法との一体化を明記し、憲法との整合性をはかり、特例法には、今回の天皇の意向表明が広く国民の理解を得たという経緯を書き込むことで、天皇の気持ちが反映されることを確保したということだ。 

「とりまとめ」と付された「政党の意見」

この「とりまとめ」は、あくまでも「国会」「立法府」としての見解ではなく、「衆参正副議長による議論のとりまとめ」であったということである。この見解への各党の対応がどうだったのかでも、今回の問題点が浮き彫りになるだろう。安倍首相は、「重く受け止め、直ちに法案の立案に取りかかりたい」旨の発言が報じられた。また、この「とりまとめ」には7つの党・会派の意見も合わせて付された。朝日新聞によれば(5面、「7党・会派の意見(要旨)」、民進党は、主張してきた「恒久法に規定されるべき退位」が事実上制度化されと理解する、などの意見を付した。共産党は、①特例法の立法理由が退位を認めることについて広く国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的だ②「おことば」を政治の側が「重く受け止めて」立法措置をとるとなると、憲法に背いた政治的機能の行使になりかねず不適切であり同意できない③「象徴としての行為」のすべてを肯定的に評価する記述は同意できない④「とりまとめ」は、全会派を拘束する文書すべきではない。今後の国会審議を縛るものとしてはならない、とする意見を付した。

今回の「見解」自体が不透明で、文意が曖昧な個所がある上に、付された意見を読むと、さらに、混迷が深まる。民進党の意見は、念押しや確認のつもりなのかもしれないが、これってたんなる「勝手な期待」としか読めない。共産党は、見解への「反対意見」ではなかったのか。「とりまとめ」に、これだけの問題点があるのに、なぜ合意したのだろう、というのが素朴な疑問である。318日の「赤旗」では、全体会議での小池書記長の「発言」として、「天皇退位の立法化の理由が退位を認めることについて広く(主権者である)国民の理解が得られていることに置かれるならば、憲法にてらして適合的であり、了としうる」と「とりまとめには問題点があり、全会派を拘束する文書とすべきではない」の2点をあげ、「意見」としては、上記「朝日」の「意見(要旨)」②をあげている。③は、「発言」としても「意見」としても、記事には登場しない(2面「全会派拘束するべきではない 天皇退位『とりまとめ』小池書記局長問題点指摘」)。それにしても、小池発言の「天皇退位の立法理由が…了としうる」という仮定の問題を想定しての「期待」にすぎず、意見としてどんな意味があるのだろうか。要するに、この際、天皇のことなので「仲良きことは美しきことかな」の発想なのか。こと、天皇の件となると、「突出」したくなかったのか。憲法上の疑義がある「とりまとめ」に、こうした意見を付すくらいなら、なぜ反対しなかったのだろうと。もっとも、このブログでも何回か記事にしているように、共産党は、天皇制へのスタンスを、確実に転換したのにもかかわらず、きちんとした説明責任を果たさないまま、ポピュリズムへと雪崩れていく姿に戸惑い、驚いている。

一方、今回の「とりまとめ」報道、新聞各社の社説をのぞいてみると、いずれも、「とりまとめ」への一定の評価を踏まえ、皇位の安定的継承のための課題を残し、法案審議の過程に着目する、という姿勢のようだ。

毎日新聞:退位の議長見解 政治の土台は固まった 

朝日新聞:天皇退位 「総意」が見えてきた

読売新聞:「退位」特例法案 一本化を促した「国民の総意」(いずれも318日朝刊) 

天皇に、憲法上疑義のある発言をさせた責任~原武史氏の発言

また、さまざまな識者のコメントや発言も溢れた。その中で、私が注目したのは、原武史へのインタビュー「『お気持ち』と政治」(「朝日新聞」318日)であった。天皇の退位の意向を受けて、立法に動くこと自体が憲法に反する、という。こうした疑義が憲法学者から出ないこともおかしな事態だと。現実として、国民の多くが高齢の天皇夫妻の言動を見て、退位容認に傾いていると思うが、どういう過程をとるべきだったのか、を記者に問われて、まず憲法上の「摂政」で対応した上で、国民の多くの声に動かされ結果、政治が動くか、天皇からの意向を早くより伝えられていた政府が動くかして、立法審議へと進むべきだったと。保守派・伝統派の一部での「摂政」での対応を可とする考え方との相違を問われて、「退位のよしあしよりも、過程全体が憲法や皇室典範など現行法にのっとっているかどうかです。次元の違う問題です」と答えていた。

さらに、原は、昨年の天皇の「お気持ち」表明を敗戦後の「人間宣言」と重ねて、リベラルと言われる人からも評価されていたが、あの「人間宣言」は、『昭和天皇実録』の記述によれば「万世一系イデオロギーを継承していた、と指摘、比較というならば敗戦時の「玉音放送」との比較にこそ意味がある、と主張する。「いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民の関係です。この点で458月と現在は変わっていません」と結論付ける。

今の時期、こうした明確な発言は、貴重であると思った。護憲や立憲主義を主張するリベラル派と称される識者や護憲政党までも、皇室典範改正や特例法を可とする風潮を理解しがたく、高齢の天皇への同情や言動への敬意・親近感をそのまま「国民の総意」としていることを不安に思っていたので、大いに共鳴したのだった。

また、どのような文脈での発言からなのか、インタビュー記事からでは不明ながら、皇居前の肖像写真のコメントに「天皇に会えば、どうしても感情が入る。研究者として、会うべきではないと思います」の言葉にも説得力があった。

というのも、私が、これまで様々な機会で述べてきたように、「歌会始」選者となった歌人たち、「歌会始」に陪聴者として招かれた歌人たち、それに連なる、もしかしたら声がかかるかもしれない歌人たちの短歌作品や発言に目を止めるだけでも、親天皇、親天皇制へと傾いていく現実を目の当たりにしてきたからである。それが、研究や文芸にかかわる者、表現者としての自律性を大きくゆがめているのではないか、の疑問が増幅していく昨今なのである。

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2017年3月15日 (水)

今年の「建国記念日」は、甲府へ、石橋湛山記念館、山梨県立文学館と美術館と(2)

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文学館でも時間が足りない

 しっかりと時間もとって、ゆっくり見学するつもりであった。最初に入った文学館ではボランティアの説明の申し出があった。常設展の深沢七郎コーナーで、夫が「笛吹川論争って何ですか」と質問をしたところ、別の人に交代した。彼女は、熱心なあまりついに大きな声になってしまったのか、係員が飛んでくることもあった。途中で、2代目紅野敏郎館長の功績を讃えていたので、いまの三枝館長はどうですか、と思わず尋ねると「天皇家にも出入りしていて、近寄りがたいのですが、でも気さくな方ですよ、著書にも気軽にサインしてくれました」とのこと。

深沢七郎の「風流夢譚」が引き起こした出来事をどのように、説明・展示がなされているかが知りたかった。常設展示のカタログはないということであった。2011年の企画展「深沢七郎の文学<楢山節考>ギターの調べとともに」というガイドブックでは、「笛吹川論争」も「風流夢譚」もつぎのような説明であった。戦前のギタリストとして活動、「楢山節考」以後の小説家としての活動、「風流夢譚」以降のいわば身を隠すような暮らし、日本には本当に表現の自由を支えるベースがなかったことを表す一連の出来事、その後の執筆の傍ら農場や市井での暮らしに、ほっとする一面もあった。

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  なお、このハンドブックから、ハンセン病の医師、『小島の春』の小川正子の生家が春日居(現笛吹市)にあり、生家の近くには資料室や歌碑が何基かあるということをも知った。彼女は、光田健輔弟子であったが、1943年にっは結核で没している。光田は戦後もハンセン病患者の強制隔離を主張して、ハンセン病史に大きな汚点を残している。皇室とハンセン病のことを調べ、沖縄愛楽園を訪ね、ハンセン病のことを少しばかり知っただけに、今度は、訪ねたいと思った。

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 常設展の中では、飯田蛇笏・龍太、山崎方代などもゆっくり見たかったのだが、美術館のロビーコンサートもあるということで、だいぶ端折ってしまったのが残念だった。「新収蔵品展―直筆に見る作家のリアル」も開催されていて、ゆかりのある文学者の手紙や短冊が多かったなかで、新宿ハモニカ横丁“伝説の”文壇バー「みちくさ」関係の出品が多く、戦後まもないの文士たちの一面が見えてきて、興味深いものがあった。また、甲州市出身という竹内勇太郎の「赤胴鈴之助」や「三匹の侍」などの台本もかつてを思い出させる品々であった。

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文學館の窓から美術館と甲斐駒ケ岳を望む

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美術館入り口、企画展大きな看板

美術館へ 

美術館のレストランで昼食をとり、見学し始めたのだが、思いのほか時間がかかり、甲府の乗車予定を大幅に繰り下げた。ミレー館のミレーはやはり心落ち着くコーナーである。私は、バルビゾン派と言われる画家たちが描く、さまざまな「空」に引き込まれてしまう。ミレーの「空を見上げる羊飼いの少女」、トロワイヨンの「近づく嵐」の暗雲が迫るもと牛と牛を追う親子ののどかさ、テオドール・ルソーのフォンテンブローの森の空、ドービニーのオワーズ河の朝焼けの河面と空・・・。クールベは、その生き方も含めて、興味をそそられる画家の一人だが、ここでの「嵐の海」の印象はむしろ“激しさ”は感じられなかった。何年前か、オルセー美術館の入り口に陣取っていたクールベの「世界の起源」に衝撃を受けたことを思い出す。

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ミレー「空を見上げる羊飼いの少女」。リーフレット下段左がコロー「大農園」
右がルソー「フォンテンブローの森のはずれ」

 企画展の「没後100年野口小蘋」、野口小蘋(18471917)の名前は初めて聞いた。明治の女性南画家として、著名とのことであった。幼少より、四条派の絵画などを学んでいたが、父亡きあと19歳のとき、すでに絵を描くことを生業としており、上京後は、官命により皇后陛下御寝殿に草花図を八枚を描き、皇室にかかわる仕事が増し、華族女学校の嘱託教師も務めている。1907年には、女性で初の帝室技芸員に任命され、宮廷では絵画や装飾、調度品なども手掛け、優雅で、こまやかな作品を残す。その技法も確かな写生力がベースにあり、展示の鉛筆書きのスケッチや草花、昆虫などの写生帖には、説得力があった。

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「写生帖」より

 一泊の旅で、見残しが悔やまれる旅でもあったが、元気でありさえすれば、また出かけられると思うことにした。帰途の車中、長い笹子トンネルを通過するとき、昨年の小学校のクラス会で、担任のO先生から聞いた話を思い出していた。小学5年の遠足は昇仙峡だったという話で盛り上がったとき、先生は「トンネルに差し掛かると、あなたがね、このトンネルの長さは何メートルか、しきりに尋ねて来るんだよ」と話された。そういえば、小学校の高学年になったころ、私は、毎日、厚い『少年朝日年鑑』を風呂敷に包んで通学していたことを思い出していた。あまり夢のない「愛読書」だったわけである。作文は大嫌いだったが、壁新聞や夏休みの課題で模造紙に図表や年表を書いたりするのが好きだったなあ。そんなことを思い出していると、いつの間にか眠ってしまったようだった。

 帰宅後、「笹子トンネル」を調べてみると、このトンネルは、新旧2本あり、旧トンネルは 1902年に開通し、全長 4656m、下り線に使用され、上り線の新トンネルは1966年開通、全長 4670m、であることが分かった。遠足時には、まだ旧トンネル一本の時代だった。

 

 

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2017年3月14日 (火)

今年の「建国記念日」は、甲府へ〰石橋湛山記念館、山梨県立文学館と美術館と(1)

 やや旧聞に属するが、211日午後、夫が甲府での集会で話をするというので、ついていくことにした。一泊して、久しぶりに山梨県立文学館と美術館を訪ねようという計画もまとまった。

 

石橋湛山記念館

家を出るときも寒かったが、八王子を過ぎたあたりから、沿線の斜面や林に少し雪が残り、笹子トンネルを抜けるとブドウ棚がびっしりと続いていた。甲府駅には、今日の集会「歴史に学び平和を考える・211山梨県民集会」実行委員会のお世話役の浅川保さんが迎えてくださった。浅川さんは、高校の先生の在職中から甲府一高出身の石橋湛山研究に打ち込むと同時に、地元の平和運動の活動に取り組み、2007年からは、山梨平和ミュージアム・石橋湛山記念館の理事長をされている。集会の前後にわたって、ミュージアムを案内していただく。丹念に収集した湛山関係の資料と県下の空襲関係の資料が充実していた。ご自身も、山梨ふるさと文庫、山梨日日新聞社などから歴史書や湛山の評伝を刊行されている。近著に『地域に根差し、平和の風を』(平原社2015年)がある。

私は、湛山の政治家としての活動もさることながら、ジャーナリストとして『東洋経済新報』で健筆をふるっていた活動に関心があった。なお、昨年、1960年湛山から岸首相あての書簡が見つかったという。その内容は衝撃的なものだった。同時に、さもありなん、といった内容でもあったのだ。すなわち、湛山は、首相時代のある出来事を振り返って、1960年、岸信介にあてた書簡は次のような内容であった。昨年10月の『サンダー毎日』スクープ記事でもあったのだが、湛山が「ある一人の人」に閣僚名簿を提示したところ、「かの人」は、名簿にある「岸信介は、先般の戦争の責任としては東条英機よりも重大である」と述べたあと、岸首相の「安保問題」の対応に対して「これ以上、あの人に心配を掛けぬよう」という趣旨の文面であった。「ある人」とは、ほかでもない昭和天皇であったという考証であった

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 石橋湛山の展示は、いくつものコーナーに分かれていた

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甲府空襲コーナーにて

 

昔の職場の友人との出会い

 集会での演題は「今、問われるメディアの姿勢と役割~理性を育むNHKを目指した」という長さで欲張っていたのだが、南スーダンの治安状況などを例に、テレビの報道番組、NHKと民放との比較などを交えながら、公共放送のあるべき姿と現況、制度を中心にした話となった。

 会場は立派な総合市民会館の一室で、参加者は約100人とのこと。なんと会場には、かつての職場のSさんらしい姿を発見、部局が違っていたので直接話をするようなことはなかったのだが、奥さんとは同期で、課も同じフロアであった。Sさんは、1982年に、甲府市内の大学に転出されて、すでに退職、地元では、専門分野での活躍とともに、九条の会の世話人もされているようだった。何しろ、40年ぶりにもなろうか。集会の途中からは、思いがけず奥さんも駆けつけてくれて、終了後のお茶の会では、席の隅で、私たち3人の話は弾んだ。夫も、かつて同じ審議会メンバーで、役人とやりあった仲だった元主婦連のKさんとの出会いも十数年ぶりだったということであった。

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