2017年3月30日 (木)

二つのドキュメンタリーを見た~アウシュビッツと沖縄と(2)

「いのちの森 高江」(謝名元慶福監督作品 2016年)

 最近、友人からDVD「いのちの森 高江」を借りて見た。沖縄の基地闘争のドキュメンタリー映画は、いくつか制作されているようなのだが、私は、森の映画社のニュースリールを見る機会が何回かあった程度である。

 米軍の基地、北部訓練場の長い歴史、高江の住民たちの長い闘争の歴史と現状を怒りを込め、だが、 淡々と綴る。あわせて、アキノさんという蝶類研究者の女性が多くの小さな命の営みを求めて、高江の森を案内するのだった。

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1970年代、米軍がベトナムの密林に見立てた訓練がなされていた

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北部訓練場だけでもヘリコプター事故がこれだけ起きている。さらに、オスプレイの飛行・離着陸の危険は計り知れない

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高江の森の生態系のすべてを破壊する工事は許せないとするアキノ(宮城秋乃)さん

 

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高江の住民たちは、工事差し止めの訴えを起こしたが

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映画の中には、こんな映像もあった。生活道路が封鎖され、今はこの石碑に近づけない、との解説があった。1916年(大正5年)、大正天皇即位を記念し造林地に建てらえた石碑は傾いている

 

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2017年2月27日 (月)

オスプレイ、千葉の空にもやって来た

 穏やかな日曜の午後だったが、地元の9条の会で、ユーカリが丘駅頭でチラシを撒く宣伝を行い、参加した。参加者11人、1時間で、何枚撒けたのだろう。私は、北口で10枚、南口で15枚ほど、手渡すことができた。

 千葉県木更津市の自衛隊基地に、この1月から米軍のオスプレイの整備拠点が置かれ、すでに房総の空を飛んでいる。昨年12月13日、沖縄県名護市海岸に墜落した、あのMV22オスプレイである。 空中給油中に、プロペラがホースを切断したとか、12月19日には、飛行を再開、日本政府は、原因究明も情報公開もできずに、早々と容認した。佐倉の空に、いつ飛んでくるのか、墜落するか、わからないのだ。25メートルプールに納まらないほどの巨体、製作試乗中に30人もの死者を出し、本格飛行後も各地で事故が続発、8人もの死者が出し、負傷者は数知れない。事故率の高い、このオスプレイを、自衛隊も17機の購入を決めている。

 このオスプレイのなにが問題、何が危険なのか、知らなければならない、と今回の学習会を企画した。近くにお住まいの方は、ぜひご参加してみてください。

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 なぜ房総の空に飛行が集中するのか

 以下は、民間機の話だが。

 先日、千葉市内に所用があって出かけた。新京成千葉寺駅から青葉の森公園手前のハーモニープラザまで、歩いて5・6分の間になんと着陸態勢の低空飛行機が6機も確認できたのである。午後1時過ぎのことである。1分間に1機の割合の上、佐倉で見るよりかなりの低空で、高度は1000mはないだろう。騒音も大きい。羽田空港への着陸機であろう。自宅の佐倉市上空での飛行状況については、このブログでも何回か報告しているが、それでも、佐倉の場合は、北方からに着陸便だけなのだから。千葉市上空となると、西からの着陸便もだから、相当の数になるはずだ。

 というのも、羽田空港の西側の空は、米軍の横須賀、横田基地があるので、米軍の制空権の下で、民間機が飛べないのである。だから、房総半島上空に集中し、羽田空港のハブ化にともない東京区内の低空飛行も問題になっている。

 日本の空が、日本の空ではなくて、米軍機しか飛べないなんていう、理不尽があっていいのだろうか。住宅地の上を避けてコースを変えたり、高度を上げたりしても、根本的な解決にはならない。日本の空を取り戻すためにも、日米安保、地位協定の見直しが迫られているはずなのに、より強固にする?アメリカが、本気で日本を守ってくれるとでも思っているのだろうか。

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2016年1月10日 (日)

あの低空飛行の軍用機は何か!?

 今日の午前中、ユーカリが丘の志津コミセンの会議室で、柔らかい日差しを受けながら話を進めている最中に、大きな窓に、低空飛行の軍用機が、何度も何度も巡ってくる。おかしいぞ、今日は日曜日だし、下総基地からの訓練機は飛ばないはずだし、何事かと、少し不安にもなった。その低空が、半端ではない低さなのである。メンバーの一人が、とりあえず、下総基地に電話をすると、きょうの飛行は、習志野第一空てい団の「降下訓練始め」でしょうとの情報が得られた。

 帰宅後あらためて、私も習志野第一空てい団に電話をしてみた。ホームページにもあるように、きょうの午前中11時から12時まで「降下訓練始め」で、その訓練ぶりを市民にも公開していたらしい。

 人騒がせな訓練ではある。習志野の第一空てい団の日常的な訓練では、佐倉市上空を飛行することはあまり多くはないようだが、コースにもよる。超低空と思ったら空てい団の航空機による降下訓練と思っていいだろう。習志野基地には、滑走路がないので、航空機の発着は下総基地を使用しているとのことだ。末尾の以下の過去記事にもレポートがあるのでご覧ください。

 今日のような、イベントの情報は、佐倉市には伝えているのか、と尋ねたところ、隣接の三市だけには伝えているが佐倉市には伝えていない、という。あの低さは、どのくらいなのですかと尋ねれば、演習地以外は、340m以上と決められているので、それより低いことはありません、ということは、400mを切っているということ。ユーカリが丘付近の戸外で目撃したひとは、きっと恐ろしい思いをしたことだろう。 下総基地発着のP3c哨戒機は、佐倉市上空を500~800mで飛ぶことはとザラだというが、400mと言えば、スカイツリーの634mよりかなり低いことになる。

  いわば出初式みたいな、余分な訓練飛行はやめてほしいし、上空を飛ぶ自治体には、情報を流し、市民にもきちんと広報するように、とだけは伝えておいたが、さて。

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平成28年 第1空挺団 降下訓練始め  
 
                                                                    

   

 

   
   

平成28年1月10日(日)

   
   

 

   
   

習志野演習場

   
   

 

   
   

訓練及び装備品展示、模擬売店   

   
   

その他

   
   

公共の交通機関をご利用下さい。
 
(駐車場の台数には制限があります。)
 
天候等により、訓練の一部又は、全てを中止す

る場合があります。 

   
 

 

http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/images/spacer.gif

 
 

 

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以下の過去記事もご覧ください。

2014年4月25日:

340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/04/340m-6c9c.html

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2015年1月 1日 (木)

新年のご挨拶申し上げます

いつも当ブログをお訪ねくださいまして、ありがとうございます。

政治やメディアの動向を思いますと、重苦しさを覚える昨今です。

昨夏は、17歳の犬との別れがありましたが、10月には、ドイツを再訪、フランクフルト、ライプチヒ、ベルリンの街を歩きました。主に戦跡やドイツ統一の歴史をめぐる旅となりました。11月には、知事選最中の沖縄を訪ね、戦争の傷跡と基地の実態を目の当たりにしました。いずれも私にとっては 、遅すぎた修学旅行の感がありました。感じたこと、学んだことを大切に、息苦しい時代を少しでも切り開く一助にしたいと思っています。201511

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なお、当ブログは開設して9年になりますが、記事数は総計607本となりました。昨年、一年間の閲覧数の多かった記事は以下の表の通りです。

「自治会と寄付」をテーマにしたものが13位、91115位を占めていました。あらためて、その関心の高さに驚いています。

4は、地域の開発会社の社長がテレビ「カンブリア宮殿」に出演したときのレポートであり、地域の実情を踏まえない、社長ヨイショ番組に腹を立てたときのものです。6は、佐倉市の志津霊園問題が全国的にも知られるようなった頃のテレビ番組で、蕨市長が追っかけ取材から逃げようとしている場面が滑稽だったのです。道路土地収用に際し、市は、予定地のお寺の宗教法人と墓地移転に係る石材屋にまんまと騙されたケースで、昨年11月、ようやく157メートルの道路が開通しましたが、その総工費はかさみにかさみ、484100万、道路1mに308万もかかったことになり、その行政の責任が全くもってあきらかにされないままなのです。

7の「関さんの森」では、都市計画道路が関家所有の広い森を分断する計画だったのを、所有者、地域住民、自然保護団体そして行政らの長い間の協議の末、森をベターな形で残し、道路を開通させた経緯を知ってほしかったからです。時間はかかったが、道路開通後も所有者と熱心なボランティアたちが中心に、都市における環境保全を支え、市民の憩いの場や環境教育の場を提供していることを実感する場所でもあります。

13は、航空機騒音の問題、14は、新聞の写真におさまる森田健作千葉県知事と言えば、表敬訪問のタレントやスポーツ選手とVサインかガッツポーズをとる姿でしかない、ちょっと恥ずかしいような知事の話です。

8では、「生協」という、本来民主的であるべきはずの組織の独善的な姿勢を質したかったのです。

また、歌詠みの端くれとしての記事、だいぶ書いているつもりですが、15位までに登場するのがたった3本でした。5は、小学生、中学生短歌の入選がつづく朝日新聞歌壇についてですが、これは歌壇全体の現況を象徴的に表しているように思えたからです。新人賞などでは、若手歌人を育てたいあまり、迎合していることはないのかも心配だったのです。10は、暮にも書きましたように、いわば、私自身がこだわっているテーマでもあるので、アクセスしてくださる方が多いのはうれしいことです。12は、中学校国語教科書に登場した「短歌」に焦点を当てたものです。すべての教科書に登場した栗木京子は昨年の秋に紫綬褒章を受章しました。これについてはいずれ書きたいと思っています。

多くの読者とリンクを張ってくださっている方々に支えられ、歩むことができた9年間でした。やはり地域に根差した問題に着目し、面倒くさがらずに、書きつづけられたらと思っています。10年目の今年もどうぞよろしくお願いいたします。今後とも、お気づきの点やご意見を伺えましたら幸いです。

「内野光子のブログ」2014年アクセスランキングベスト15

                                                                                         
 

 
 

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6. TBS「噂の現場」を見ましたか~再び佐倉市へ、志津霊園問題 :内野光子のブログ
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7.新松戸、「関さんの森」へ行ってきました:内野光子のブログ
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8.「生協」の民主的な運営とは~生活クラブ生協で体験したこと~:内野光子のブログ
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9.赤い羽根募金、社協の会費って、個人の自由ですよね!「希望ヶ丘自治会、募金...
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10.歌会始2014、今後の行方: 内野光子のブログ
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11.内野光子のブログ: 寄付・募金
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12.中学校国語教科書の中の近代・現代歌人と短歌作品~しきりに回る「観覧車」:...
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13.340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空 : 内野光子のブログ
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14.「千葉県知事 鈴木栄治様」? 森田健作ではなかったの!:内野光子のブログ
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15.社協会費の集め方、皆さんの自治会では??「自治会の自由」ではなく、「市民...
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2014年11月24日 (月)

沖縄の戦跡を歩く~遅すぎた<修学旅行> 2014年11月11日~14日(4)

チビチリガマへ、修学旅行の高校生とともに
   つぎは「チビチリガマ」(波平)だった。沖縄で「ガマ」というのは、海岸の岩場や地中に自然にできた鍾乳洞のことで、それを若干の手を加えて、利用したものが「壕」と呼ばれる。このガマは、1944年10月10日の空襲以来、住民の避難壕になっていて、米軍上陸当時140人が避難していた。米軍に捕らえられれば、殺されると信じ込まされていた住民は、米兵に突撃して射殺された2人を含み、狭い壕内で毛布に火が放たれもして、薬殺や自決などに追い込まれ85人が命を落とした。こうした真相がわかったのは1983年で、1985年には遺族たちと地域住民により追悼の平和の像が完成した。が、間もなく何者かに破壊されたので、現在のような石の壁で囲われるようになったとのことだった。
   私たちが壕に着いたときは、高校生が来ていて、ガイドの女性が説明しているところだった。一方、このガマに近い同じ波平の「シムクガマ」に避難した住民は1000人に及んだ。米兵の呼びかけがあったとき、住民の中のハワイ帰りの二人が間に立ち、住民の多くが混乱、突撃しようとする者たちもいたがなだめ、 説得し、全員を無事助け出すことができたという話もKさんから聞いた。

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右手の白いモニュメントは、壊されてから、コンクリートで覆われた平和の像

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赤ちゃん泣き声は、敵に居所を知らせるのだから、早くここを出るなり、殺せと兵士たちに迫られた母親の気持ちを訴えていた

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チビチリガマの入り口

「さとうきび畑」の碑へ  
  波平から、サトウキビ畑の続く、細い道を少し走ったところに車は停められた。森山良子が歌う「さとうきび畑」の碑という。あの「ざわわ、ざわわ」の歌。高志保の村有地に建てられ、2012年4月1日に除幕式が行われたというから、まだ新しい。寺島尚彦作詞・作曲、1970年代から「みんなのうた」でも放送され、ポピュラーな歌となったのだろう。森山以外の何人かの歌手に歌われている歌でもある。サトウキビ畑の真ん中に、石垣を巡らし、階段も付けられ、歌詞の彫られたプレートが石の台座にはめられた歌碑、そして大きな鉄の板がくりぬかれ、そこに66本のサトウキビを模したパイプが立てられているモニュメント、傍らのボタンを押すとメロディが流れる仕組みになっている。なぜ66本かというと11番まである歌詞のなかに「ざわわ」が66あるとのことだった。 それにしても、辺りは人も車もほとんど通らない、サトウキビの花穂に埋まりそうに立っているモニュメントは、あまりにもさびしそうだった。
  碑のすぐ前に、洗濯物も干されていた平屋の一軒家が建たっていて、あたかも、この碑を見守っているようで、少しは安堵したのだったが。

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2012年4月1日に除幕された「さとうきび畑」の歌碑

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茶色のモニュメントは鉄板で、「鉄の暴風」を意味するという

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ススキによく似たサトウキビの花穂が揺れる

座喜味城跡へ、ここでも高校生と  
  渡慶次の在郷軍人会が1912年に建てた「忠魂碑」を経て、座喜味城跡で降りた。ここからの眺望がすばらしいと案内書にあったが、まず、城址公園の広いことと城壁の描くその造形の美しさに惹かれた。説明によると、築城の名人護佐丸の設計になるという15世紀初頭に築かれた城だ。沖縄の「世界遺産」の一つになっている。
  ここでも、いくつかの学校の修学旅行生たちと出会った。琉球松の林の中では、生徒たちが、神妙に話を聞いていた。Kさんは「あのガイドさんが知花昌一さんですよ」と教えてくれる。かつての米軍通信所「象のオリ」の中の地主さんの一人であり、沖縄の平和運動家としても有名で、私もよく名前は聞いている人だ。Kさんは50代とお見受けしたが、折があれば、沖縄の歴史を勉強し、講演会などにも足を運んでいるようだった。仕事とはいえ、途中で出会う戦跡のガイド、バスの運転手、ガイドさんはじめ知り合いの方が多く、親しく挨拶をかわしていた。
  城壁を繰り抜いたアーチ型の門をくぐるたびに、高い城壁の上にのぼったときにも、思いがけない城壁の描く曲線の造形美に、はっとさせられるのだった。これが、城を「守る」術にかなっているとも聞いた。規模は首里城に及ばないし、建造物の復元はないが、良い形で遺されていると言えそうだ。駐車場横の資料館に入ると時間がかかりそうで失礼したが、外には、かつての馬力によるサトウキビを絞る仕掛けが展示されていて、その苦労がしのばれた。
  見学中の生徒たちは、停まっているバスの名札で都立南葛飾高校、立教女学院と知るのだった。

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知花昌一さんのガイド、琉球松の林の中で、右側の高校生に混じって、観光客も

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城壁が描く曲線による造形美は見事ではないか

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護佐丸を讃えるパネル

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馬が綱を引いて回るサトウキビの絞り機

 

行き止まりの「栄橋」
  つぎに、県道74号線から左に折れ、行き止まりになった道路に降りた。米軍の上陸によって敗退する日本軍が、米軍の利用を断つため自ら爆破したという栄橋、戦前はサトウキビを工場に搬入する重要なルートであったという栄橋があるはずである。爆破されたままの形で遺されているという。正面の鬱蒼とした木々の間から、たしかに、コンクリートの橋げたの断面が見えた。かつては美しいアーチ型の二重橋であったという。行き止まりのガードレール脇には、標識板も立っていた。右手は嘉手納高校である。高校の比謝川沿いには、日本軍陣地壕、鉄血勤皇農林隊壕、慰安所跡などがあるはずだが、案内表示がない。Kさんは、また「待っていてください」と一人で「偵察」に出かけ、野球場や陸上競技場はわかったものの、畑で働く人にも聞いてみたけれど、その場所などは知らなかったそうだ。あとで、調べてみると、すでに施設の駐車場の下になっていたり、壕の跡などは樹木に覆われていたりしているということがわかった。
  この辺り一帯の住民は、日本軍の飛行場建設や陣地建設、戦闘訓練に動員された。近くの嘉手納の県立農林学校の生徒たちは、鉄血勤皇隊に入り、軍の支配下で、特攻隊へ配属された者もいた。沖縄戦での農林学校の戦死者は124人に及んだ。こうした事実を、嘉手納高校の生徒たちは、どう学んでいるのだろうか。たしか、甲子園に出場したことのある高校ではなかったか。

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行き止まり、緑の標識は、史跡案内だが、「栄橋」の説明しかされていなかった

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ススキに挟まれた辺りに、わずか橋げただけが見える

道の駅「かでな」から、基地を遠望する  
  県道74号線に戻ってすぐに降りたのが道の駅「かでな」だった。地図で見ると、嘉手納高校や運動場施設と隣接しているような位置である。いきなり階段を上っていくKさんについていくと、頭上からすごい轟音である。「ここでビデオをみてください」と暗くした映写室に入った。嘉手納基地の沿革と現状を手短かにまとめたものだった。すでにKさんから聞いている話を含めて、嘉手納町総面積の83%が米軍基地であること、その規模の大きさに驚くのだった。見終わったところで、屋上へとあがると、さっきの轟音の続きである。目の前の3700mの二本の滑走路から離着陸する騒音は、道路端に設置された測定器では100デシベルを超える。この幹線道路の通常の車の騒音が60デシベル程度のところ、軍用機が飛ぶたびに100を超える。これは肌で実感できる被害ではあるが、県民は、いつ墜落するかもしれない不安、目に見えない数多くの被害とともに、深い心の傷を負っているに違いない。基地内に墓を取り込まれ、思うようにお参りもできない、借地料が入ろうとも耕作地を奪われた人々、多くの遺骨が収集されないままに放置され、まるで産廃処理場のような状況で何が埋もれているか分からない状態での返還に甘んじる日本政府、そして現実には、墜落事故と米兵による暴行・殺傷事件が続く。県民の怒りと悔しさのほんの一部でも共有できただろうか。  
  帰途の車内では、沖縄経済の基地への依存度が取りざたされるが、いまや極単に少なくなった現状について、Kさんと夫との会話は続く。本土の人たちの「沖縄は基地があるからやっていける」との大いなる誤解は払しょくしなければならないと。 すでに、約束の5時間はとっくに過ぎて、ホテルに着いたのは4時すぎであった。その夜の食事は、ホテルのカウンター係員に、モノレール美栄橋駅近くの食堂を紹介してもらった。ホテルの横の路地を進むと大通りに出ると、大きな店を構えたジュンク堂前の「我部祖可」だった。今日も長い、そして重い旅の一日だったが、沖縄そばとゴーヤチャンプルなどの家庭料理とオリオンビールはおいしく頂戴したのだった。

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機影は点のようにしか見えないのだけれど

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左下の赤い数字が現在の騒音測定値を示している

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翌日11月13日には、町による騒音測定がなされ、同日の夕方、ホテルのテレビで地元メディアのニュースを見た

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道の駅「かでな」前、甘藷伝来の恩人という

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「我部祖可」の赤いノボリが見える食堂











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2014年5月31日 (土)

佐倉市上空の自衛隊機航空機騒音、その後

 

   521日、厚木基地第4次騒音訴訟―周辺住民7000名が国に米軍機と自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めや損害賠償を求めた―で横浜地裁判決が出た。国に「自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止め」を命ずる画期的な判決だった。だが、526日に、国側は「自衛隊機飛行は国民の命を守るために必要」として東京高裁に控訴している。総額70億円余の支払いを命じた損害賠償の判決についても控訴の予定という。第1次訴訟は、1976年、住民92名の一切の航空機騒音による損害賠償と夜間・早朝の飛行差し止めを求める提訴に始まった。以降、一部の損賠賠償は認める判決は確定していたが、今回、行政訴訟によって自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めを命じた判決は初めてであった。ただし米軍機については、その飛行差し止め請求を退けた。しかも当日の防衛大臣は、厚木の米軍基地機能の一部を岩国基地に移転するとも述べていた。

 当ブログの425日の記事「340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空」でも書いたように、佐倉市の上空も他人ごとではない。厚木基地の騒音被害は佐倉市の比ではないかもしれない。

 425日の記事)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2014/04/340m-6c9c.html

 

しかし、少なくとも厚木基地周辺の住民に思いをいたし、自衛隊機・米軍機の早朝・夜間の飛行差し止めを支援しなければと思うのだ。私たち佐倉市民も、佐倉市上空の実態を正確に知り、その被害の軽減に努めるよう要請しなければならないと思う。

 昨年には、下総航空基地の哨戒機P3Cの飛行状況についてレポートはしたが、今回は、習志野第1空挺団の航空機、ヘリコプターの訓練飛行について調べている。さきの記事には、やや不正確のところがあったが、ともかく、現在までに分かったこと、私の理解の限りであることをお断りしながらのレポートである。

 514日、11時過ぎ、あまりの大きさの航空機爆音、それにその頻度、2分間隔くらいなのだ。そのたび、席を立って庭から空を見上げた。低い!340mとは思えないが、500mくらいだろうか。南から北へと通過、八千代方面に旋回しているように見えた。もう一度、習志野第1空挺団にも電話で聞き、HPで確かめた結果である。

HPには、直近2カ月分の訓練等の予定が図示されたカレンダーが「航空機等を使用した訓練等のお知らせ」として掲載されている。ちなみに6月分は以下のとおりである。

「航空機等を使用した訓練等のお知らせ」

http://dmituko.cocolog-nifty.com/6gatukunrenhyo.pdf

 週日は、必ず何らかの訓練があり、飛行及び降下訓練は、ヘリコプターの大型・中型を含め前半の6日間飛び、夜間も含めると11回の訓練がなされることがわかる。航空機による降下訓練は、後半8日間、夜間を含めると11回の訓練がなされる。

習志野第1空挺団の訓練状況は、先の「お知らせ」と電話での回答をまとめるとつぎのようになる。ちなみに、厚木基地では、米軍機22~6時、自衛隊機21~7時までの飛行を自粛する紳士協定が守られていない。

 

習志野第一空挺団の航空機などの訓練の状況(2014年5月30日作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/narasinodaiitikuteidankunren.pdf

  航空機の場合は、新幹線の速さで飛ぶ機体から人や物を降下させる訓練であり、ヘリの場合は、毎時130キロの機体からの降下訓練ということになる。災害や事故の時のための救助訓練ならば、受忍の範囲も自ずから生まれるだろう。

 佐倉市の上空は、今回の習志野第一空挺団の航空機とヘリコプターの500m以下の飛行・降下訓練、下総航空基地の哨戒機P3Cの昼夜の500800m以下の飛行・離発着訓練、天候に左右されながら12002400mとかなり低空の羽田空港着陸の民間機が飛行する区域であることがわかる。さらに、高い上空には成田空港の着陸便が西から東に飛んでいる。この何重にも及ぶ航空機騒音に市は真剣に取り組んできたのか。201110月からの羽田空港の再拡張に伴う民間機による航空機騒音については、佐倉市も住民からの苦情や要請で、周辺自治体で構成する協議会メンバーとして国交省への申し入れなどを行い始めた。しかし、あくまでも「国」の問題であって、一自治体の問題ではないという認識から積極的な働きかけをしていない。自衛隊機については、その訓練情報すらも市民に伝えていないのが現状である。

 佐倉市は、民間機対策については、少なくとも千葉市などの積極的な対応を、自衛隊機については八千代市の広報姿勢などを見習ってほしい。 

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2014年4月25日 (金)

340mの恐怖~習志野第一空挺団の軍機飛ぶ佐倉市上空

  佐倉市に20数年住んでいて、わが家の上空がさわがしく思える近年、これはいったいどうしたわけなのか。羽田の発着便が増えたことが最大の理由だと思う。好天南風の天候下の着陸便の佐倉市上空あたりが4000フィート、約1200mの低空だとかなりの大きさの機影と騒音である。多い時間帯では3分~5分に一機が通過する。夏、エアコンなしで窓を開けていたら、テレビの音が一時聞こえなくなる程度の騒音である。

  これに加え、最近になって、極端に大きな爆音と低空飛行の機体が気になりだした。一昨年になって分かったのが下総航空基地の哨戒機の飛行訓練であり、最近知ったのが習志野第一空挺団の飛行であった。

 下総基地では哨戒機P-3Cのパイロット養成をおこなっているので、天候にもよるが、ほぼ週に4~5日は、館山沖の海上訓練のために2~3機が発着し、佐倉市上空を往復する。9時台は東から西へ、帰りの午後3時台は西から東へ、高度800m、機影はかなり大きい。さらに、夜間訓練は、季節によって異なるが、日没後2時間、夜の8時までには終了するということで、500~800mの低空での発着訓練が実施されている。夜の井野中の校庭に立つと、その旋回の状況がよく分かる。高度を下げての2本の照明灯は、まるで自分が狙われているような錯覚にも陥るほどにおそろしい。

  そして、不覚にも、最近になって、まさに我が家の上空に覆いかぶさるように飛んでいく飛行機に気付いた。これは、前述の哨戒機よりももっと低空なのである。時間帯も、下総基地のそれとはズレている。どうしたことかと、下総基地の広報に問い合わせた。「いや、それは習志野空挺団でしょう、下総基地の滑走路を使用して発着しています」という。一瞬、わけがわからなかった。というのもかつて、津田沼からバスで通勤していた折、習志野駐屯地の上空での落下傘による降下訓練をよく目にしていたからである。

「習志野の落下傘の訓練機がなぜ佐倉で飛ぶんですか」
「習志野には滑走路がありませんから、下総の滑走路を使用して発着して、習志野の演習場で降下訓練をしています」
「なぜ、ここらあたりを、こんな低空で飛ぶんですか、500m位ですか」
「いや、340mです。340mよりも低くても高くても危険なのです」
「どういう頻度で、訓練しているのですか、いつまで続くのですか」
「ほぼ、一か月のうち14・5日、月の半分くらいを、そうですね・・・佐倉上空は、4と・・16回は旋回しています」
「何時から何時までですか」
「天候によりますが、朝の8時から夜の8時までの間です。ふつう、昼間の訓練は、午前中には終了しているんですが、きょうの午前中は雨だったもので」

  時計を見ると午後2時近くだった。どうも夜間の訓練もあるらしい。ともかく電話は切って、調べることにしよう。下総基地の広報担当者は「習志野空挺団のHPには訓練予定も出ています」と何度も繰り返していたし・・・。  

 そして、検索してみて、出てきたのが、つぎのような当面の予定と4月・5月の訓練予定表であった。これを見て、驚いた。こんな危険にさらされていたのだ。災害救助のための訓練ならば、受忍すべきところがあるかもしれない。しかし、平穏な住環境を日々侵しながら、個別的自衛権を標榜し、憲法では決して容認できない集団的自衛権を掲げての、これ以上の軍拡はもうゴメンだというのが、正直な気持であった。ヘリコプターの訓練のことも調べてみないといけない。今年の基地開放日は終了したらしいが、「夏祭り」があるし、資料展もあるということだから、出かけなければならないか。

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●航空機からの降下訓練:
 時期 4月21日(月)~22日(火)
 時間 08:00~21:00  場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターからの降下訓練:  
時期 4月21日(月)~24日(木)
 時間 08:00~20:00
 場所 習志野演習場
●大型ヘリコプターの離発着訓練:  
 時期 4月21日(月)~29日(火)
 時間 07:00~20:00  
 場所 習志野演習場

●4月・5月の予定表
http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/topics2jump/index.html

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5月14日補記
その後、5月14日の自衛隊機の騒音の大きさに、再度習志野空挺団に問い合わせたところ、月に休日を除いてほぼ毎日、朝8時から夜8時まで、1回の降下訓練がほぼ5回の旋回で、約30分、それを1日4~5回繰り返す由。上の記事のにある佐倉市上空16回というのは、一定のものではなく、5×5、25回程度まではあるということらしい。高さは、340m厳守ということなので、かなりの恐怖感を覚える高度である。コースにより、わが家からは、それほど低いと思えない高度の時もあるのだが・・・。コースについてはさらに問い合わせ中。

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2013年9月29日 (日)

下総航空基地へ~佐倉の航空機騒音の原因の一つ

928日(土)は、地元の9条の会の有志で、海上自衛隊の下総航空基地開設54周年記念祭に出かけてみた。新京成の新鎌ヶ谷駅前から、基地行きシャトルバスが出ていて、10分ほどでゲイト通過、しばらく走っての下車。子連れの家族が多いし、若い男性も、年配の男性も多い。かまぼこ型の巨大な格納庫が3つ並んでいる。一つをくぐると航空機やヘリコプターが幾機も並んでいて、もうすぐ「祝賀飛行」が始まるということで、遠い滑走路を前に、何重にも人垣があり、肩車の子どもも何組か見える。

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まず習志野駐屯地の空てい部隊のヘリコプターからの降下のパフォーマンス、赤い発煙筒がたかれた草はらに次々と着地する。P-3C三機による低空での旋回が始まる。青空の銀翼を真下から見上げるのは初めてである。佐倉の自宅の上空で見るP-3C700m前後かそれよりも低いこともあるらしいが、この日見上げたのは、もちろんそれよりも低空である。地上の見物人からは思わず声があがる。第2格納庫前の放送席からは、簡単な説明が流されるが、振り向くとその左右には、制服の幹部たちと背広の来賓たちが並んでいるのに気が付いた。佐倉市長が来賓席に来ているかどうかは、オペラグラスでもないと分からない。「祝賀飛行」が終わると、「午餐会」へどうぞと、そこは空っぽになった。

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私たちも少し早目のお昼をということで、お好みの屋台の店に並んだ。腰を下ろした芝生の辺りには赤とんぼが飛んでいた。再び戻った格納庫では、太鼓の披露のさなかでもあり、隣の格納庫では、装備品の展示場になっていた。大震災時、浦安で活動した給水車や一度に200人分の炊飯ができるという炊飯車なども展示され、大きなお釜の周りには幼い子供たちが乗り降りしていた。落下傘や迷彩服の装着ができるコーナーでは若い男性たちが順番待ちをしていた。東日本大震災の折の救助活動が感謝されたというが、自衛隊の存在・目的を意図的にすりがえてしまっているのではないか。こんな風に、軍事化への道に取り込まれていってしまうのだろう

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祝賀飛行の折は近づけなかった航空機やヘリコプターが接近して見られるようになり、説明の隊員も配置されていた。軍事オタクというか飛行機オタクというのか、望遠レンズ装着のカメラを持った男性たちが右往左往していた。昔、『航空ファン』『航空情報』とかの雑誌があったのを思い出すが、いまどうなのかなあ。ヘリコプターでも、戦闘用と輸送用では、プロペラから姿形などこれほど異なるものかというのも知るのだった。ところで、この基地の滑走路は、帰宅後調べると、長さ2250m、幅30mだったそうだ。

最後に、資料館へということになったが、案内の隊員に尋ねると、休館かもしれないし、歩いたら15分もかかるという奥まったところにあるとのことだった。この基地の沿革など知りたかったのだが、残念ながら、次の機会に譲ることにした。シャトルバスも混まないうちにと、止まっているバスに着席してしばらくすると、なんと見る見るうちに長い行列になっていた。

Gedc3309

基地開設54周年というのが、今日のイベントだったのだが、ホームページをざっと見たところ、19606月に米軍から全面返還されて、自衛隊の基地になったのである。先のブログにも書いたが、もともと、この基地のあった場所は、1932年に藤ヶ谷ゴルフ場として開発されたが、太平洋戦争末期の1944年首都防衛のため陸軍が接収、陸軍飛行場として、朝鮮人の大量動員などによって19455月に完成している。敗戦後は米軍の基地となり、1960年に返還されたというわけである。総面積262ヘクタール、ちょっと見当がつかないが、わが家近接の井野東土地区画整理事業による開発面積が50ヘクタール弱、業者によれば1300戸建設の予定だというから、その何倍?

この基地が、1980年代になって、米軍の艦載機夜間発着訓練用の基地として候補地に挙がり、再び米軍基地となる動きがあったという。近隣8自治会の反対要望書が出されて、沙汰やみになっているが、いつまた、その話が再燃するか、地元住民の不安が募っているというのだ。   このごろの、自衛隊の広報活動は活発である。この日の基地でのイベントなどの開催はじめ、映画・ドラマ、テレビなどのドキュメンタリーなどへの積極的な協力、隊員募集や学校の職場体験、防災などでの自治体との連携、企業研修などの積極的な受け入れなど、形は様々である。

 来年度予算で陸上自衛隊のオスプレイ導入のための調査費がつけられるという。関東圏でも横田基地など米軍基地のみならず、自衛隊の習志野駐屯地などからの発着が案外早いのかもしれない不安がある。災害救助や災害支援のための人材養成、装備の拡充は、納得する国民も多いだろう。しかし、近隣の環境被害、汚職・不正経理やいじめなどが絶えない自衛隊、桁違いに財政を圧迫する軍拡はもうごめんだ。「集団的自衛権」などもってのほかである。アメリカにものが言えない、「立ち話」さえままならぬ「外交」の拙劣さ、配慮のない暴言いや本音が許されてしまう首相や政府を変えるためには何ができるか。9条の会の課題は大きい。

 

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2013年7月13日 (土)

自衛隊機の夜間演習飛行、日没から夜8時までの2時間!

 ほそぼそとしたウォーキングながら、この猛暑で、昼から夜に切り替えた。これまでも夕食後、一休みした8時ごろから歩いていたことはあったのだが、その時は気づかなかったことがある。佐倉市上空の航空機騒音について、このブログでも何本かレポートしている(その主な記事は、末尾参照)。羽田着陸便、成田離陸便の件数・高度・航路、海上自衛隊の下総航空基地(柏市・鎌ヶ谷市)から発着するP-3Cの飛行演習の実態などについてはある程度調べていた。
 
詳しくは、下記のブログ記事を見て頂くとして、概況として、繰り返しになるが、羽田着陸の民間機、春から秋にかけての南風仕様時の高度は1200m、北から南へと向かう。多いときで3分に1機、少なくとも56分に1機は通過する。かつては夜11時からの発着はなかったが、LCCサイドからの要請で以降も可能になった。夜、窓を開けて寝る季節には、びっくりするような騒音になる。高度は比較的高く、東から西へと飛ぶ成田離陸便は、180機以上は通過すると、空港の担当者から聞いた。

一方、自衛隊機は、朝の9時台に下総基地を発ち、館山沖で訓練し、午後3時前後に、佐倉市上空を通過する。天候にもよるが、土日を除く週5日、23機が飛んでいる。高度は、500800mと聞いた。機体も大きく見えるし、家の真上を通過すると、やはり怖い。東京スカイツリーより低いこともあるのだ。 

そして今回、早めの夕食を済ませ、7時半前後にウォーキングに出ると、頭上を、前方への照明が2本の牙のように、航空機が高度を下げて来るではないか。しばらく大通りを歩き、中学校のグランドを突っ切ってくると、なんとさっきの飛行機が低空で何回も旋回しているのがわかった。これは民間機の航路ではない。そういえば、昨晩も、遠周りに旋回している風の機体を見かけ、ヘリコプターかしらと思っていたが、どうもおかしい。帰宅後、下総基地に電話するも、当直らしく要領を得ない。翌日電話をすると、連絡先を聞かれ、すぐに回答があった。下総基地のP-3C(哨戒機)の夜間の発着訓練飛行は、23年度・24年度の実績でいうと、年間150200日、日没前後から夜8時までの約2時間、週に34日、23機が飛行しているという。高度は、800m位ですかと聞くと、どういうわけか760mという数字が出てきて、高くても1200m位との話であった。今週は、月・火・水と3日続いたという。もう、何十年も続けているが事故はない、と確信に満ちた声だった。「佐倉市役所の総務課には、毎週1週間前には事前通告していますよ」とのこと。アー、知らなかった。のん気といえばのん気だったのだが、夜、民間機の騒音に紛れて、自衛隊機が飛んでいたのだった。 

そして、そもそも「下総航空基地」って、どんな?とあらためてネットで調べてみると、そのホームページには、ゆるキャラの着ぐるみ隊員が登場、720日の「サマーフェスタ in 下総/ オープン・スクール」のお知らせである。施設見学やスポーツ大会、各種体験コーナーや模擬店が開催されるらしい。基地での盆踊り、花火大会、航空ショーなどはよく聞くところであるが、近年の自衛隊のPR活動はすさまじい。子どもたちに小銃や機関銃の操作体験までさせて物議をかもし、市民団体が防衛相・自衛隊幹部らを銃刀法違反で刑事告発して、「銃は展示」だけにとどまらせたというニュースも思い出す。町おこしのイベントに自衛隊に戦車の出動を要請した大洗町のことも報道されていた(「NHKニュース」712日)。 

下総航空基地は、海上自衛隊に属し、教育航空集団司令部が置かれ、いくつかの部隊が在籍しているが、その中心が、第203教育航空隊で、 P-3C機のパイロット養成が目的である。そして、この基地自体の沿革を初めて知って驚くのだった。

・海上自衛隊・下総航空基地<沿革> 

http://www.mod.go.jp/msdf/simohusa/base_shimofusa/base_shimofusa.html#enkaku

 

  ・千葉の戦争遺跡 <鎌ヶ谷市の戦争遺跡2(藤ヶ谷陸軍飛行場関連)> 

http://blog.goo.ne.jp/mercury_mori/e/72877b6c11e107b3364fa82fe1f61a99

 

下総航空基地の前身の藤ヶ谷陸軍飛行場は、「1932年(昭和7年)、東洋一の規模を誇り、広大な敷地をもつ<藤ヶ谷ゴルフ場>(武蔵野カントリークラブ・藤ヶ谷コース)として開発された土地を、1944年(昭和19年)には、陸軍が首都圏防衛を目的として接収、同年秋頃から鎌ヶ谷と風早村(現:柏市)にまたがって飛行場の建設が開始された。工事には、大相撲の力士や付近の住民、中学、女学校などの生徒、約1200人の朝鮮人労務者が動員された。中学生たちは、学徒動員で1ヶ月泊り込みで飛行場建設に奉仕した」と、上記「千葉の戦争遺跡」には、記されていた。さらに、19454月に完成した藤ヶ谷陸軍飛行場は、敗戦直後には米軍に接収され、15年間以上も、米軍基地となっていて、全面返還されたのが19606月であった、と上記、基地のホームページの「沿革」には記されている。 

このブログ記事を書いているさなか、新聞の参院選情報の一つ「憲法の現場から」で9条を扱っている記事が目に留まった(『朝日新聞』2013712日、千葉版)。「?」その記事の写真に、なんと「下総基地の米軍機使用絶対反対」という背の高い看板が写っていたのだ。「米軍機」って、なんだろう。記事によれば、下総基地が、1980年代に米軍艦載機の夜間発着訓練の移転候補地に浮上し、周辺8自治体の移転反対の要望書を出したり、議決をしたりした。そこで、当時、鎌ヶ谷市役所の一画に建てられたのが、写真の看板だったのである。現在も、国は移転検討を止めてはいない。反対運動を支え、平和の大切さを訴えることができるのは憲法9条があったからと、鎌ヶ谷基地連絡協議会のひとりが語っていた、と記事は結ばれていた。 

成田や羽田の離着陸のコースが、千葉県に集中するのは、東京湾の西側の上空に民間機が飛べず、分散できないというのも、横田基地があるからというのは、周知の事実である。日本の空であって、日本の航空機が飛べない。たかが航空機騒音では済まされない、自衛隊の基地、米軍の基地の問題が、これほど身近に迫っているということを感じさせる一件であった。 

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<当ブログの主な関連記事> 

◇『すてきなあなたへ』66号「志津地区上空の航空機騒音、ようやく調査へ」(2012919日)http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatahe66.pdf

 

◇ 8月市議会傍聴、航空機騒音について(201296日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/09/8-75e2.html

 

◇佐倉市の航空機騒音、その後(2012819日)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/08/post-bd02-1.html 

◇副市長辞任と航空機騒音2012615日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/06/6-bcdd.html

 

◇自衛隊機、500mの低空飛行~50年も続いている(2012411 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2012/04/50050-5a56.html

 

◇『すてきなあなたへ』64 号「この夏の航空機騒音、佐倉市の空はどうなる」20111121日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatahe64.pdf

 

◇佐倉市上空、飛行の可能性のすべて~やはり実態調査が必要なのでは

2011118日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/post-3f30.html

 

◇羽田空港の国際化から1年、佐倉上空の騒音は(20111114日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/11/1-9441.html 

◇中秋の名月を仰ぎ、機影を数える~航空機騒音の、その後

2011918日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/09/post-0479.html

 

◇この夏、航空機騒音、気になりませんか~佐倉市上空は、5分に1機の低空着陸 飛行!2011727日) 

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2011/07/51-563f.html

 

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2012年9月19日 (水)

「すてきなあなたへ」66号を掲載しました。左のマイリストから66号をお選び下さい。

すてきなあなたへ66号

<目次>  
夏の終わりに~アクティブレストを取り入れてみては
荒谷直之介展へ~この絵に見覚えありませんか
志津地区上空の航空機騒音~ようやく調査が・・・ 
菅沼正子の映画招待席38『ソハの地下水道』

ここをクリックしても読むことができます。
http://dmituko.cocolog-nifty.com/sutekinaanatahe66.pdf

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