2017年5月 3日 (水)

駅頭で、「憲法9条をまもりたい」のニュースを配りました

 きのう52日、憲法記念日を控え、地元の9条の会で、ニュースを配りました。夕方の4時半からの1時間、11人ほどで、「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」ニュース34号を配りました。近くの県立高校の下校時間にもあたり、また買い物客も多い駅前のデッキは、かなりの人通りでした。全部で200枚弱を配ったことになりますが、受け取りの感触は、私には今一つでした。小さなお子さんを連れた家族連れや高齢者、そして、高校生たちに、受け取ってくれる人が多いようでした。一方、働き盛りの年代層、中年男性や若い女性たちは、「オレたちには、そんなこと考える必要もない」「私たちに関係ない」みたいな、かたくな態度で通りすぎていく人たちが多かったような気がしました。

 私たちの会は2006年から活動を始め、11年目に入りました。10数人の世話人から、亡くなった方も3人いらして、その後の出入りはありながら、細々と活動をつづけています。

 この日、マイクを持ったのは、いつものNさん、私も少しばかり手伝いましたが、どうも苦手です。原稿を持たずに呼びかけることができるようにとも思います。出かける直前のメモは以下の通りでしたが、どこか抜けたり、足したりと~。

 

 「皆さん、私たちは、さくら志津憲法9条をまもりたい会です。2006年から活動を始めて10年たちました。いま、最新号のニュースをお配りしています。どうぞ、お手に取ってお読みください。今年は、あすの憲法記念日で、憲法施行70年になります。私たちは、この憲法に守られ、日本は戦場になることも、海外の戦場で人を殺すことはありませんでした。その海外でも日本の憲法、とりわけ憲法9条が高く評価されてきました。

その憲法が、いま安倍政権によって変えられようとしています。昨日、憲法改正の集会で、安倍総理は「憲法改正の機は熟した」と発言していました。はたして、そうなんでしょうか。

安倍政府と改憲勢力は、まずは、一見、聞こえの良い、環境権とか、プライバシーの権利とかを守るため、最近では、高等教育の無償化を図るために、憲法を改正しようとしています。まずは、こうしたことから、改憲、お試しの改憲をしてから、9条を変えようとしています。環境権、プライバシーの権利、教育の充実にしても、現在の制度や法律で十分対応できるのです。

共謀罪の新設もそうです。いまある法律で守れることを守らず、テロ防止とかオリンピック開催のためにという口実で、共謀罪を新設する目的は何でしょうか。一般市民の活動を普段から監視して、政府に少しでも異を唱える人たちや集まりを萎縮させようとするのです。政府に都合のいい法律の新設や憲法改正には、私たちは反対です。

もう一度、立ち止まって考えてみましょう。」

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5月3日の朝、
ドクダミが繁茂するなか、今年は、生垣のレッドロビンの内側から咲き始めたテッセン
奥の紫モクレンのさかりは過ぎていた

 

「さくら・志津憲法9条をまもりたい会」のブログでは、ニュースのバックナンバーも読めます。ぜひお立ち寄りください。 

http://sakurasizu9jo.cocolog-nifty.com/blog/#_ga=2.161657660.1437253997.1493986454-443006642.1464273255

なお、以下は、私が最新号に寄せた文章です。

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「劇場」のカーテンは降ろさせない

トランプ劇場、小池劇場、籠池劇場と呼ばれて、メディアを賑わしています。

今回の籠池劇場は、森友学園に異常な安値とスピードで国有地を払い下げられたことを、一人の豊中市議の疑問から明るみに出たことに始まりました。国有地払い下げに政治家の圧力、官僚の加担、首相夫人の関与にまで発展しました。舞台での敵役は、籠池一家から、政治家や財務省・大阪府の役人、首相夫人まで飛び出し、目まぐるしく入り乱れています。政府は幕引きに躍起です。一部マス・メデイアは視聴率が少しでもとれればと、視点をずらして扱い続けていますが、登場するコメンテイターが、徐々に、首相の仲良しジャーナリスト「すし友」に移行しているのが気になります。財務省・大阪府の情報公開や官僚や首相夫人の証人喚問で、真実を明らかにしていくべき問題でしょう。世論の力、国民の力が問われる局面です。

アメリカでは、トランプ大統領の暴走に対して、議会や司法が、そしてメディアがきっちりと歯止めの機能を果たしています。韓国においても、国民や司法の力がトップを変えました。安倍首相は、トランプに、真っ先に駆けつけたといって自慢げであったし、その後もトランプ追随が目に余ります。

私たちのささやかな活動さえも監視の対象とされる「共謀罪」の新設、災害復興支援打ち切りの一方で、原発再稼働への舵を切り、天皇の退位問題をきっかけに、君が代・日の丸・元号・教育勅語などの問題がウヤムヤに溶解し始めています。さらに、沖縄の基地新設を既成事実として進む日米同盟強化など問題は山積みです。「残業月100時間未満」と非正規拡大のセットは、まさに「労働者哀史」です。私たちの身近な不安をあおることばかりです。

私たちは、政党に頼り、専門家の話を聞くだけではなく、自分たちの素朴な疑問からスタートして、一人一人が、自ら調べて、発信して、議論して、行動する努力なくしては、政治や世論を変えることができないと思っています。

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手入れせずとも、毎年咲いてくれるツツジ

 

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2017年3月30日 (木)

二つのドキュメンタリーを見た~アウシュビッツと沖縄と(2)

「いのちの森 高江」(謝名元慶福監督作品 2016年)

 最近、友人からDVD「いのちの森 高江」を借りて見た。沖縄の基地闘争のドキュメンタリー映画は、いくつか制作されているようなのだが、私は、森の映画社のニュースリールを見る機会が何回かあった程度である。

 米軍の基地、北部訓練場の長い歴史、高江の住民たちの長い闘争の歴史と現状を怒りを込め、だが、 淡々と綴る。あわせて、アキノさんという蝶類研究者の女性が多くの小さな命の営みを求めて、高江の森を案内するのだった。

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1970年代、米軍がベトナムの密林に見立てた訓練がなされていた

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北部訓練場だけでもヘリコプター事故がこれだけ起きている。さらに、オスプレイの飛行・離着陸の危険は計り知れない

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高江の森の生態系のすべてを破壊する工事は許せないとするアキノ(宮城秋乃)さん

 

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高江の住民たちは、工事差し止めの訴えを起こしたが

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映画の中には、こんな映像もあった。生活道路が封鎖され、今はこの石碑に近づけない、との解説があった。1916年(大正5年)、大正天皇即位を記念し造林地に建てらえた石碑は傾いている

 

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2017年3月11日 (土)

さまざまなニュースが錯綜する中で、3月11日を迎えた~南スーダンからPKO派遣部隊の撤退の意味

 きのう310日の夕方、南スーダンへのPKO派遣の自衛隊施設部隊の撤退のニュースはあまりにも、唐突で、不自然だった。森友学園籠池理事長の記者会見に割って入った形の、首相の記者発表であった。施設部隊の仕事が「一定の区切り」がつく5月末をもって撤収するのだという。昨年の9月ごろから検討していたという。治安が悪化しているからではないのかという記者の質問には答えない3分間のぶら下がりだった。追いかけるように、菅官房長官、稲田防衛大臣、自衛隊トップは、治安悪化が撤退の原因ではないと必死の弁明が続いた。

11日、245分が過ぎた。6年前、私たち夫婦は、浅草での東京大空襲の写真展を見学、体験者の話を聞いた後、新宿に向かう山手線に乗っていた。車内に一時間半ほど閉じ込められた後、線路上に降ろされ、代々木駅近くから新宿まで歩いたが、もちろん家に帰る交通は断たれたので、思いつくまま、ひたすら池袋の私の実家へと歩き、7時過ぎにたどり着いた。いわゆる「帰宅難民」であったことを思い出す。その後、津波の被害、福島原発事故の深刻さを知ることになった。亡くなった人々、行方不明の人々の家族に、いまだに避難生活を余儀なくされている12万人の人々、生活再建のめどが立たないまま不安な日々を送っている人々に、何と声を掛けたらいいのだろう。

 

きのう、310日の朝刊には、週刊文春と新潮の、森友学園と安倍政権の関係のドロドロを競うように報じる広告が出た。新聞報道はじめ、テレビのワイド番組でも、新しい映像や情報が飛び交っていた。午前11時過ぎには、韓国の憲法裁判所が朴大統領の弾劾訴追を受けて罷免を宣告した。午後3時からは、小池都知事の定例記者会見が行われていたが、私は途中でテレビは切っていた。夕方、夫が書斎から下りて来て、5時半から、森友学園小学校申請取り下げの籠池理事長の記者会見があるらしいと。塚本幼稚園の会見場に現れた理事長が話し始めたが、前日の小学校建設現場での2回のぶら下がりでの独演の繰り返しであって、いつまで続くのやらと思っていた矢先、突然の速報が、冒頭の首相の記者発表だったのである。

  この日は、さらに、クアランプール空港で殺害された男性は金正男と特定したというニュースも届き、38日には金正男の長男の動画がネット上投稿されたニュースも流されていた。

騒然としたニュースが続くなか、首相の妻と森友学園との関係や言動の公私の混同がクローズアップされたり、政治家からの働きかけがあちこちから噴出してきたり、少なくとも籠池理事長の国会への参考人招致の世論の声が色濃くなる中で、首相の身に危険が迫ってきているのを察知したのだろう。そして、3月の中旬を迎え、各社の世論調査日程の直前のタイミングで、南スーダンからの撤退が発表されたのではないか。この見え透いた、目くらましまがいによる世論操作に騙されてはならないと思う。騙されるとしたら、まさに国民の民度が問われる場面だろう。

それにしても、派遣の自衛隊員は、どうか無事に帰国してほしい。すでに、昨年7月、現地で悲惨な戦闘場面を目撃して心的外傷後ストレス障害(PTSD)のケアが必要になった隊員が複数、約20人いることが、防衛省関係者への取材で分かったという報道もある(『毎日新聞』夕刊 2017311日)。

森本学園問題も、これで収束してはならないはずで、国有地の不透明な格安払下げ、森本学園での教育勅語暗唱などの偏向教育、小学校認可関連で、安倍首相夫妻はじめとする政治家たちと役人たちの動向が何を意味するのかを、徹底的に解明してほしい。

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2017年2月27日 (月)

オスプレイ、千葉の空にもやって来た

 穏やかな日曜の午後だったが、地元の9条の会で、ユーカリが丘駅頭でチラシを撒く宣伝を行い、参加した。参加者11人、1時間で、何枚撒けたのだろう。私は、北口で10枚、南口で15枚ほど、手渡すことができた。

 千葉県木更津市の自衛隊基地に、この1月から米軍のオスプレイの整備拠点が置かれ、すでに房総の空を飛んでいる。昨年12月13日、沖縄県名護市海岸に墜落した、あのMV22オスプレイである。 空中給油中に、プロペラがホースを切断したとか、12月19日には、飛行を再開、日本政府は、原因究明も情報公開もできずに、早々と容認した。佐倉の空に、いつ飛んでくるのか、墜落するか、わからないのだ。25メートルプールに納まらないほどの巨体、製作試乗中に30人もの死者を出し、本格飛行後も各地で事故が続発、8人もの死者が出し、負傷者は数知れない。事故率の高い、このオスプレイを、自衛隊も17機の購入を決めている。

 このオスプレイのなにが問題、何が危険なのか、知らなければならない、と今回の学習会を企画した。近くにお住まいの方は、ぜひご参加してみてください。

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 なぜ房総の空に飛行が集中するのか

 以下は、民間機の話だが。

 先日、千葉市内に所用があって出かけた。新京成千葉寺駅から青葉の森公園手前のハーモニープラザまで、歩いて5・6分の間になんと着陸態勢の低空飛行機が6機も確認できたのである。午後1時過ぎのことである。1分間に1機の割合の上、佐倉で見るよりかなりの低空で、高度は1000mはないだろう。騒音も大きい。羽田空港への着陸機であろう。自宅の佐倉市上空での飛行状況については、このブログでも何回か報告しているが、それでも、佐倉の場合は、北方からに着陸便だけなのだから。千葉市上空となると、西からの着陸便もだから、相当の数になるはずだ。

 というのも、羽田空港の西側の空は、米軍の横須賀、横田基地があるので、米軍の制空権の下で、民間機が飛べないのである。だから、房総半島上空に集中し、羽田空港のハブ化にともない東京区内の低空飛行も問題になっている。

 日本の空が、日本の空ではなくて、米軍機しか飛べないなんていう、理不尽があっていいのだろうか。住宅地の上を避けてコースを変えたり、高度を上げたりしても、根本的な解決にはならない。日本の空を取り戻すためにも、日米安保、地位協定の見直しが迫られているはずなのに、より強固にする?アメリカが、本気で日本を守ってくれるとでも思っているのだろうか。

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2016年12月 8日 (木)

全国紙では、伝わってこない沖縄のこと~私たちは、まず知ることから始めなければならない

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『琉球新報』2016年11月29日の記事より、高江に飛ぶオスプレイMV22



 一日遅れで『琉球新報』を購読しているが、刻刻入る基地関係のニュースには、購読している他の全国紙
4紙では、伝えられないことも多い。辺野古や高江のニュースはもちろんだが、嘉手納や普天間の飛行場を遠望、周辺を歩いた時のことを思い出しながら、その記事は、なるべく丹念に読むようにしている。

伊江島の米軍補助飛行場の改修工事進む

今年6月に訪ねた伊江島では、8月から米軍の伊江補助飛行場の拡張工事が着々進んでいる記事にも目が留まる。どれも胸が痛くなるような内容である。

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2016122日『琉球新報』一面から

「強襲揚陸艦」(上陸用舟艇の搭載・発進機能とヘリコプターによる空輸上陸機能を併せ持つ軍艦)の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」、写真左上の白く砂利を敷いたところは、ステルス戦闘機F35とオスプレイMV22の離着陸訓練を行うためとされる。既存の広さの2倍の10.7万㎡となり、来年8月完成予定という。そもそも、伊江島の35%が米軍基地なのだ。伊江島は「銃剣とブルドーザーによる接収」の経緯があり、1990年代に入っても、民有地の契約拒否地主が生み出された。ちょうど20年前の1996122日からSACO(沖縄に関する特別行動委員会)で、読谷補助飛行場で行われていたパラシュート降下訓練の伊江島移転が合意されたのである。

 那覇市に住む『琉球新報』客員編集委員の(元毎日新聞記者)の藤原健さんのエッセイはつぎのような文章で締めくくられているのに出会った。米軍の土地収用を非暴力で抵抗した阿波根昌鴻の団結小屋の壁に書かれた「陳情規定」や「平和の最大の敵は無関心である」「戦争の最大の友は無関心である」などの言葉を引用した後に続く。

今、米軍伊江島補助飛行場周辺で騒音発生が激化している。8月から強襲楊陸艦の甲板を模した着陸帯<LHDデッキ>の拡張工事が進む。高江のヘリパッド建設と連動している。こんなときに接した重い言葉の束。柔らかにして、しかし、迷うことなく、私たちの覚悟を迫っているように聞こえる。

(「人間が作る平和を~伊江島 民の言葉」『琉球新報』2016124日)

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団結道場の壁に書かれた「陳情規定」、伊江村真謝にて、20166月写 

 本ブログ、伊江島関係記事も合わせてご覧ください:

ふたたびの沖縄、慰霊の日に摩文仁の丘へ(4~7)伊江島14

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-2b26.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-4891.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-a2b2.html

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2016/07/post-9129.html

 

高江ヘリパッド、知事は容認したのか?

 伊江島のニュースの三日前、1129日の『琉球新報』一面の見出しに驚いた。 「知事  ヘリパッド容認」と横に、縦には「〈苦渋のさいたるもの〉事実上の公約撤回」と読めたのである。就任2周年の記者会見での「質疑(要旨)」のつぎのような個所を捉えてのことであるとわかった。

―北部訓練場は地元が求める形での返還の進め方でない―

北部訓練場なども苦渋の選択の最たるものだ。約4千ヘクタールが変えてくることに異議を唱えるのはなかなか難しい。現実には高江に、新しいヘリパッドが6カ所も造られ、環境影響評価などもされないままオスプレイが飛び交って、状況は大変厳しい。

―知事選の公約会見では高江のヘリパッド建設に反対した。<苦渋の選択>

  は後退では―

オスプレイの全面撤回があればヘリパッドも運用しにくいのではないか。SACO合意の着実な実施と地元2村との信頼関係を考える中で、オスプレイの配置撤回で物事は収れんされるのではないか20161129  2 

 同じ1129日の紙面には、つぎのような落胆の反響が記事となった。

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『琉球新報』20161129日の紙面から

 1130日の『琉球新報』社説では、つぎのように強い語調で、知事発言に抗議している。
・県民を裏切る重大な公約違反と断じざるを得ない。過重な米軍基地負担軽減 を求める民意に背くものであり容認できない。
・北部訓練場も米軍によって奪われた土地である。本来ならば全面返還を求め                                    しかるべきである。「異議を唱えるのは難しい」とすること自体理解に苦しむ。
・オスプレイ配備撤回があればヘイパッドの運用がしにくいとは楽観的過ぎる。
・県民要求を実現させることが知事の務めである。原点に立ち返り、ヘリパッド容認を撤回すべきだ。

  (「知事ヘリパッド容認 原点に立ち返るべきだ 基地負担軽減に逆行する」『琉球新報』1130日 2面)

ところが、知事は122日の記者会見で、米軍北部訓練場のオスプレイパッドの建設については、「着陸帯の容認はしていない」と説明したとして、「『着陸帯容認せず』知事『反対』明言なし」との見出しで、つぎのように報じた。

翁長知事は「北部訓練場の約4千ヘクタールの返還に異議を唱えるのは難しいこととオスプレイが使用するヘリコプター着陸帯は容認できないこと、そのはざまで県政を担う状況を『苦渋の選択』と言った。決して容認したわけではない」と説明した。

(『琉球新報』2016123日 1面)

 しかし、1128日、122日の記者会見の場で、質疑をした記者は、つぎのように書く。

沖縄の政治で「苦渋の選択」は、基地負担の受け入れを表明する際に保守系知事や首長が多用してきた言葉だ。稲嶺元知事も、比嘉氏、岸本、島袋氏の3元名護市長も米軍普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設受け入れの際に使った。沖縄で記者をしていれば翁長知事の言葉はヘリパッドの事実上の容認と映った。

(政治部滝本匠「記者の窓・翁長知事会見 理解できぬ『苦渋の選択』(『琉球新報』2016123日 8面)

 記者は、2日の会見で、翁長知事は、「ヘリパッドは容認していない」と繰り返したが「反対」とは言わなかったことへの疑問を呈していた。
 
また、125日の『琉球新報』の社説では、翁長知事は「ヘリパッド建設について『苦渋の選択』と述べ、事実上容認したとの報道を否定した、が反対するとは明言しなかった」とした上で、「歯切れの悪さは、ヘリパッドに反対することで、北部訓練場を含めた在沖米軍基地の返還を定めた日米特別行動委員会(SACO)最終報告をほごにされかねないという懸念があるからだろう」と前回の社説とはややトーンは異なるが、さらに、日本政府が、そこを突き、脅して、翁長知事の支持基盤のヘリパッド反対派と県政に亀裂を生じさせることを想定しているとして、社説は、つぎのように続ける。
新設されるヘリパッドはSACO合意時は明らかにされていなかった垂直離着陸機MV22オスプレイが利用する。ヘイパッドは東村高江集落に近すぎ、生活環境や自然への負荷は大きい。前提条件が変わっているのだ。県は前提条件が変わったことでSACO最終報告に或る「沖縄県民の負担を軽減し」という目的に反すると主張すべきだ。
(「知事容認否定 県内移設ない返還計画を」『琉球新報』125日 2面)

「返還」を人質にするような基地機能強化が進められる中で、知事は「ヘリパッド建設に反対し、県内移設を前提としない、新たな返還計画を日米両政府に、求めるべきだ」と結ぶ。

全国紙ではほとんど報じられなかった、これらの経緯。その上、「歯切れの悪い」知事の発言直後の1129日、沖縄県警は、辺野古の市民の抗議拠点でもある「沖縄平和運動センター」を捜索し、同センターの山城博治議長ら4人を逮捕した。10か月前のキャンプシュワブゲート前での工事車両侵入を妨害したとする、威力業務妨害容疑の事案であった。いま、なぜなのか。知事発言の翌日のタイミングであった。その捜査の異常さも伝えている(「県警、平和センター捜索 辺野古抗議拠点も」「10か月前事案 弁護士<異常>」1面、「萎縮狙い 捜査執拗」「運動弾圧許さない」2627面 『琉球新報』1130日)。 

 『沖縄タイムス』や『琉球新報』を購読しなくても、ネット検索して、主要な記事やニュースを閲覧することができるし、沖縄から発信しているソシアルメディアもあり、グループや個人のホームページやブログもある。「知りたい」という意思さえあれば、手立てはいくらでもある、はずである。その上で、私たちは、率直な気持ちと意見を発信していかなければならない。

私自身も、沖縄については、まだまだ知らないことばかりである。しかし、今回の翁長知事の発言を、沖縄で長い間、基地反対運動を続けてきた人々、辺野古、高江で日々、抗議活動を続けている人々、そして、全国で支援している人たちはどう受け止めただろうか。発言直後の官憲の勢いづいた活動拠点の捜査、リーダーたちの逮捕という流れを見ると、その影響を見逃すわけにはいかない。翁長知事は、苦しいかもしれないが、公約実現のため、毅然とした姿勢で臨むべきだ。

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「えぐられるいのちの森 ヘリパッド着工から3か月」「『琉球新報』2016年10月22日

オスプレイMV22の大きさと事故

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←――――   プロペラ含めた巾25.8m          ―――→
機体の長さ   ←11.6m    →
機体の巾           ←4.7m→

 Photo_2 高さ6.7m
←―――     尾翼までの長さ17.5m          ―――→

 垂直離着陸輸送機<MV22>オスプレイ(24名乗り・貨物9100㎏・最大速力520㎞)は、開発途上で30名が死亡、量産後の重大事故で、2009年以降2015年までの間に、重大事故として、ノースカロライナ、アフガニスタン(4名)、モロッコ(2名)、フロリダ、ハワイ(2名)の5回の事故で8名が死亡、40数名の負傷者を出している。(防衛省資料「MV22オスプレイ事故率について」2012年、他参照)

・MV22オスプレイ事故率について(2012年9月19日)

http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/osprey/pdf/dep_5.pdf

 

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2016年7月30日 (土)

「時代」の所為(せい)にはするな~私の歌壇時評

以下もやや旧聞に属することになってしまったが、5月中旬締め切りで、歌誌『ポトナム』に寄せた時評である。

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2015927日、緊急シンポジウム「時代の危機に抵抗する短歌」(同実行委員会主催)が京都で、同年126日、緊急シンポ「時代の危機と向き合う短歌」(強権に確執を醸す歌人の会主催、現代歌人協会・日本歌人クラブ後援)が東京で開催された。「時代の危機」という言葉もあいまいながら、どちらにも参加できず、隔靴掻痒の感はぬぐえないが、その感想を記録にとどめておきたい。

 

京都での呼びかけ人、吉川宏志は「安保法制など、憲法を揺るがす事態が起こっている現在、私たちは何をどのように歌っていくのか。近現代の短歌史を踏まえつつ、言葉の危機に抵抗する表現について考えます」と訴え、表題の「時代の危機」は「言葉の危機」に置き換えられていた。京都での三枝昻之は、戦中戦後の短歌雑誌に対する検閲にかかわり、歌人みずからの自己規制の危うさを語り、永田和宏は、最近の政治家の失言を例に、脅迫的な暴言を繰り返す危険な言葉遣いを指摘、歌人は危機感をもっと率直に表明することの大切さを語った、と総括する(吉川宏志「時代の危機に抵抗する短歌~緊急シンポジウムを終えて」『現代短歌新聞』201511月)。

 

東京では、永田が「危うい時代の危うい言葉」と題して、民衆の表現の自由が民主主義の根幹ながら、その言葉が様々な手段で奪われようとしている危機を語り、レジメには、「権力にはきつと容易く屈するだらう弱きわれゆゑいま発言す」などの短歌が記された。今野寿美は「時代の中の反語」と題して与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」を例に時代状況の中で曲解・悪用されてきた事実を指摘、表現者のとして自覚の重要性を説いた。予告にあった佐佐木幸綱の「提言」は、本人が風邪のため中止になったらしい。

 

東京での呼び掛け人であった三枝は、シンポの表題を京都のそれと比べ、「時代の危機と向き合う・・・」として、「ソフト」にしたのだといい、シンポの主題は、「安保法案の是非ではなく、政治の言葉の是非」であると、繰り返し述べている(「2015126日シンポジウムを振りかえる」(『現代短歌』20163月)。

 

二つの集会のキーマンである吉川、永田、三枝の三者は共通して、「時代の危機」というよりは「言葉の危機」を強調したかったのではなかったか。「時代の危機」を前提にしながらも、あえて「言葉の危機」「政治の言葉」に置き換えたことは、見逃してはならないと思う。「安保の是非」は横に置いておいて、歌人は「言葉の危機」にどう対応するかの念押しに、参加者の多くは、やや肩透かしを食らった気がしたのではないか。

 

東京の集会に参加した石川幸雄は、永田の「投獄されて死んでゆくのは犬死だ」と怯える姿を目の当たりにした後、「ここで 登壇者の内三名(三枝、永田、今野)が宮中歌会始めの選者であることに気づいた」と記す(「カナリアはいま卒倒するか」『蓮』20163月)。岩田亨は、永田は「怖い」を連発していたが、何がそんなに「怖い」のか、「<NHK短歌>や新聞歌壇の選者から降ろされるのがこわいのか。考えて見ると歌人の地位を失うのがこわいらしい」と、三枝については「『昭和短歌の精神史』は戦中の歌人の戦争責任を不問に付し」た「歴史観が今日の状況を作ったのではないか」と報告している(ブログ「岩田亨の短歌工房」2015128日)。私には、壇上の歌人たちが時代に「異議を申し立てた」という「証拠」を残すために、こうした発言の場を設けたように思われた。一過性で終わることのない本気度を見せてほしいと思った。近く記録集(*注)が出るというので、若い人たちの討論の内容も確かめたいと思う。(『ポトナム』20167月号所収)

*注 『(シンポジウム記録集) 時代の危機と向き合う短歌~原発問題・特定秘密保護法・安保法制までの流れ』(三枝昻之・吉川宏志共編 青磁社 2016年5月8日)の書名で刊行された。

 

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2016年5月16日 (月)

「ノーベル平和賞」ってなに?沖縄施政返還の日に~佐藤栄作元首相とオバマ大統領

1972年、515日、沖縄の施政権が返還された。44年の月日を思う。さらにさかのぼれば、1945年から1972年までの米軍による占領期が長かった。この長い戦後史は、私たち本土の者が活字や映像などをたどっただけではなかなか理解しかねることも多いのではないか。

 ちょうど、沖縄の戦後文学、短歌について少し調べているとき、201641日、作家の目取真俊氏(1960~)が辺野古のキャンプシュワブ近辺の海上抗議行動中に米軍に拘束され、海上保安庁に逮捕されたというニュースが入った。「沖縄県民がどれだけ反対しても意に介さず、力ずくで作業を強行する日本政府への怒り」からカヌーによる抗議行動に参加したのは20148月からだったという(「季刊目取真俊」『琉球新報』2016413日)。氏のブログ「海鳴りの島から」では、全国紙ではなかなか報じられることのない沖縄の現況、とくに基地反対運動の動向を知ることも多かったので、他人事に思えなかった。

 512日に目取真氏は、米軍に拘束され、海上保安庁に引き渡されるまで8時間を要した件で、憲法で保障された人身の自由などの権利を侵害され、精神的苦痛を被ったとして、国を相手に60万円を求め、那覇地裁に提訴した、というニュースがもたらされた(『琉球新報』2016513日)。記者会見では、憲法よりも日米地位協定が優先され、市民が自分の権利すら守られない状況を許す政府の在り方が問題であると指摘している。

 そしてきょう、515日「NHKニュース7」では、沖縄返還に伴い、いったん撤去した核兵器を、「危機の際には再び持ち込む権利がある」と、アメリカ国防総省が公刊した歴史文書に記されていたことを報じた。日米間でいわゆる「密約」が交わされていたことは、当時の首相佐藤栄作の遺族のもとに、両国首脳がサインした極秘文書が残されていたことで明らかになったのだが、7年前、政府が設けた有識者委員会では検証の末「文書を後の政権に引き継いだ節は見られない」などとして「必ずしも密約とは言えない」とした結果を報告していたのである。

NHKは、「日本政府は1968年、唯一の被爆国として『核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず』とする非核三原則を宣言し、みずからは核を持たないという政策を堅持している」と解説するが、密約を隠蔽していた佐藤首相がノーベル平和賞を受賞していたのだから、噴飯ものである。

ノーベル平和賞といえば、200945日、アメリカとEUの初の首脳会議が行われたチェコのプラハで、オバマ大統領は、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国としてアメリカが先頭に立ち、核兵器のない世界の平和と安全を追求する道義的責任がある」という決意を表明し、その年の109日にノーベル平和賞を受賞したのである。そのオバマが、527日、伊勢志摩サミットの帰路に広島を訪問することが決まった。政府やメディアは、野党までが、今やこぞって大歓迎ムードである。はたしてこれでいいのか、過去の反省や謝罪のない「未来志向」とは、何なのか。なんでも「水に流す」ことでいいのだろうか、というのが素朴な疑問である。被爆者たちと対面することすら避けて、犠牲者慰霊の献花だけで、駆け抜けようとするに違いない、それがそんなに画期的なことなのか。長崎はどうなのか、東京大空襲はどうなのか、太平洋戦争末期の日本各地での無差別空襲、そして何よりも沖縄の地上戦での多大な犠牲者に対して、その後のアメリカと、そして日本政府の仕打ちの過酷さと無責任な対応に怒りがこみあげて来るのを禁じえない。大いなる声を上げなければならない。

日本政府が、みずから「謝罪」を要求しないということは、日本も、もはやどこにも謝罪はしないという意思表示でもある。昨年の戦後70年の「安倍談話」にも、それがよくあらわれていたではないか。

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2015年12月 4日 (金)

研究者は、今~この危機に直面して、これでいいのか

 「会員」でもないのに、いいかしらと思いつつ、知人に勧められるままに、「日本科学者会議」東京支部ニュースに寄稿した。「戦争法制と私」という特集の増刊号であるという。貴重な機会を与えてくださった知人や編集部に感謝し、ここに再録したいと思う。

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 20147月、安保法案が閣議決定されたあたりから、研究者や大学人、弁護士会はじめ種々の専門家集団による法案に対する反対声明や抗議活動が活発になった。廃案運動では市民の先頭に立っての活動も顕著となり、マスメディアへの露出度も高くなっている。研究者が、研究室に閉じこもることなく、積極的に社会に向けて発信し、社会的活動をすることには大いに期待したいところである。 私自身は、11年間の公務員生活をはさんで、三つの私立大学の職員として20余年間、働いてきたが、研究者ではない。ただ、近頃、大学教員でもある夫とよく話題にもすることで、考えさせられることがある。私が大学の職員時代に、同僚とは、大学の先生の「昼と夜を知ってしまったね」と冗談を言い合ったこともある。「昼と夜」は「建前と本音」と言い換えてもいい。その落差もさることながら、時間軸で見たときの「ブレ」の在りようにも、疑問を感じることが多くなったのである。研究者たちの安保法案廃案運動やさまざまな発言の足を引っ張るつもりは毛頭ないが、最近の動向に着目したい。実名を出した方が、分かりやすいのではと思いつつ、ここでは控え、なるべく実例に沿って進めたい。

 動員される研究者たち
 
「UP」(東京大学出版会の広報誌)10月号には、「安倍談話とその歴史認識」(川島真、東アジア政治外交史)という文章があった。「安倍談話」には一言も二言もあるので、飛びついて読んでみた。執筆者は、北岡伸一らとともに「二十一世紀構想懇談会」の一員だったはずである。だから、内容的にはある程度予想はできたのだが、かなり客観的な筆致で「安倍談話」の意義と一定の評価を与えるというのが基調であった。そこでは、「村山談話」など歴代内閣の談話を「全体的に引き継い」でいるのであって、個別的には、日露戦争に高い評価を与え、満州事変以降の国際的潮流に反し国家の進むべき道を誤ったという見解は、先の懇談会の提言書に即しているといい、謝罪を子子孫孫まで引き継がせたくないとしながらも、「世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合う」とする部分があるのに、メディアは注目していない、とも指摘する。さらに国際社会の反応として、反省や謝罪が引用であり、謝罪を継承させないと印象付けたことに言及する一方、日本の「侵略」は満州事変以降とした認識については、一定程度の成果をおさめたとする。国内のメディアは、総じて肯定的な評価がやや高かったように思え、内閣支持率も一定程度回復し、政府にとっては意味があったのではとした。最後に「戦後日本政治で最も保守的とも言われる安倍政権で、最もリベラルな政権の一つとされる村山談話を引用し、継承したことは、日本政府の歴史へのスタンスの幅をほぼ決定づけることになった」と結論づけた。こうした結論に至るのは、もちろん自由であるが、執筆者は、文中においても、肩書においても、二十一世紀構想懇談会のメンバーであったことはどこにも記していない。編集者のことわりもない。懇談会のメンバーであったことは、むしろ積極的に公開した上で、私見を述べるべきだったのではないか。どこかフェアでないものを感じるのだった。
   
上記懇談会は、首相の私的諮問機関であったが、行政が日常的にあるいは臨時に設ける、いくつかの審議会や諮問機関、あるいは企業が不祥事を起こしたときなどに立ち上げられる第三者機関には、有識者や専門家として、必ず研究者が起用される。そんなとき、「第三者」というよりは、大方は、設置者の意向に沿うような委員がまず選ばれ、そうではない委員も公平性を担保するかのように混入させるのが常である。設置者の事務方が作成した原案がまかり通る場合も多い。審議会行政と呼ばれる由縁である。今回の懇談会と談話作成過程の検証は今後の課題となろう。

時流に乗りやすい研究者たち
   
すでに引退した政治家が、とくに、自民党のOBの何人かが、いまの自民党の安保法制に真っ向から反対の意見を言い出すと、それをもてはやすメディアや野党にも、なぜか不信感が募るのだ。現役時代の数々を、過去を、そう簡単に水に流せるものなのか。「あの人さえ、いまは!」と時流やご都合主義になだれうっていくのを目のあたりにするのは、やり切れない思いもする。もともと、どこまで信用していいかわからなかった面々たちだからと、つい気を緩めてしまうこともある。 しかし、研究者の場合、専門性や論理性が求められているだけに、数年前に言明していたことと真逆のことを言い出したり、攻撃の対象としていた考え方に乗り換えられたりしたら、戸惑ってしまうではないか。周囲の状況が激変したからとか、自分が成長した証だと言われてみてもにわかに信じがたい。また、微妙な言い回しで、自らの立ち位置を目立たぬようにずらしてしまうという例もある。階段教室に、みんなで並べば怖くないみたいなノリで記者会見に臨んだりしているのは、いささか研究者らしからぬと思うのは、私だけだろうか。目立つところには喜々として立つが、事務方や裏方を好まず、職場や地域での地道な活動には身が入らないという例も意外と多いのがわかってきた。国際政治学専攻の知人が隣家の猫が自宅の庭に侵入して、悪さをするので困っている、と話しているのを聞いたことがある。全然話し合いにならないものだから境界に薬剤を撒いているとのことだった。国境紛争や国際政治を大局的に捉えている専門家なのにと、思ったことだった。
(
日本科学者会議東京支部個人会員ニュースNo.105(増刊号)1110日発行) 

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ある晩秋の朝、窓を開けると・・・

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2015年12月 3日 (木)

沖縄辺野古基地建設にかかわり、同時進行している訴訟の行方(2) ~明確になった国側の「瑕疵」と振りかざす「ご都合主義」  

  これは、私だけのことだったのかもしれないが、けさ、きのうの沖縄辺野古新基地建設にかかる代執行訴訟の第1回口頭弁論の各紙報道を読んでみて、ようやく理解できたところもある。昨日の当ブログ記事の続きにもなる。  私の手元には、朝日・毎日・東京新聞などがあるが、たくさんの頁を割いて解説されているなかで、以下の東京新聞の図表がわかりやすかった。あわせて、昨日の当ブログ記事で、私の作成した年表と図表も参考にしてほしい。  

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  安倍政権の大きな流れの中で、しばしば登場する「法治主義」、「地方創生」は、裏を返せば法律で治めるのではなく「与党独裁」であり、「地方切り捨て」の施策に過ぎない。辺野古の新基地建設の問題にも当てはまる。「日本は法治主義の国ですから・・・」「地方の活力に期待して・・・」とのセリフには実態がない。「国際情勢や国際環境の変化」によって、憲法9条の解釈や判例の解釈を変更したり、地方の民意は、予算のばらまきで首長や住民に目くらましで捻じ曲げようとしたりする。そうした中でも、沖縄県民が示しつづけている「辺野古新基地建設」反対と抵抗の意思を、2013年12月の仲井真前沖縄知事の建設工事「承認」をタテに頑として受け入れない国の「法治主義」「地方創生」は、字面のパフォーマンスに過ぎないではないか。私たちも、アメリカ軍の日本の基地、沖縄の基地、自衛隊の役割が日本の防衛ためという建前は崩れ、アメリカ自らの軍事拠点に利用する目的にシフトしてきているにもかかわらず、日米の同盟関係を強化するなどとの安保法制で、日本国民の命はますます危うくなってきていることを自覚しなければならない。沖縄県を、沖縄県民を米軍基地から解放することは、私たちの命を守ることにもなるのだから、本気で、いまの政府にNOを突きつける手立てを考えなければならない。

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2015年12月 2日 (水)

沖縄辺野古基地建設にかかわり、同時進行している訴訟の行方

 あす122日は、沖縄での裁判で、第1回の口頭弁論が始まるという。沖縄新基地建設をめぐって、基地をつくらせないと闘っている人たちを支援したいと気持ちが焦り、沖縄の最近の動向を整理しようとして、例のごとく年表を作成していて、どうも分かりにくい点がいろいろ出てきた。とくに「法廷闘争」が入り組んでいて難しい。少したどっていって理解できたのが、以下のようなことだった。もちろん足りない部分や勘違いもあると思うが、とりあえずのレポートとしたい。ご教示いただけたらと思う。沖縄で進む三つの訴訟の進捗状況と何が争われているのかを整理しておきたい。

 今年の1013日、翁長知事が辺野古埋め立て工事の承認を取り消したことに始まる。その「承認」というのは、20131227日、安倍首相との会談を終え、仲井真沖縄県知事が、従来の主張を覆して、3000億円の振興予算とオスプレイ分散配備などを条件に辺野古埋め立て工事を承認したことを指す。知事の「これで、いい正月が迎えられる」とのセリフが、いまでも思い出されるのである。一年後の昨年末、圧倒的な勝利を収めた翁長知事が就任して以来、「基地をつくらせない」闘いが始まっていたわけである。

 訴訟では以下の三つの方法で、争われることになる。

①国が「民間事業者」としての立場から、防衛局が、公有水面埋立法を所管する国交相に不服審査請求をした場合で、すでに石井国交相は、1028日、翁長知事の取り消しを違法として取り消し処分の執行停止という裁決を下し、翌日から本体工事着手を始めている。県は、1124日に国を提訴している。図表では、赤字で示した流れである。

②国が「行政体」としての立場で、石井国交相が翁長知事に取り消しの是正の指示・勧告を行ったが、それを拒んだ県に対して、取り消し処分の撤回を行う代執行を求めて、福岡高裁那覇支部に提訴したのが1117日である。122日第1回口頭弁論が開かれる。図表では黒字で示した流れになる。

112日、翁長県知事は、国土交通省の工事承認取り消しの効力一時停止の処分を不服として国地方紛争処理委員会に対して審査を求め、1125日に意見書を提出している。

①は、行政不服審査法1条は、行政庁の違法、不当な処分行為について「国民救済」の手立てとして不服申し立ての道を開くことを目的としているにもかかわらず、「国民ではない、国が申し立てる」ことは想定してない、との考え方から、県は「違法」として国を提訴している。

②は、地方自治法で定められた手続きではあり、裁判所による公正な判断が待たれるが、なんと10月末日の人事異動で訴訟指揮を執る福岡高裁那覇支部の支部長が交代し、政府より人事との報道もある。

③は、まだ始まったばかりのようで、今後の動向を注視しなければとも思う。

もう日付が変わって、122日となってしまったが、第1回の口頭弁論の行方を見守りたい。

以下の図表は、PDFでご覧ください。

・近年の沖縄辺野古新基地建設の動向、二つの裁判を中心に(2015121日現在、内野光子作成)

・辺野古新基地建設にかかる訴訟手続き(2015121日現在、内野光子作成)

http://dmituko.cocolog-nifty.com/okinawanenpyou.pdf

(参考)

辺野古承認取り消し:前例なき法律闘争、国の対抗策3つのケース沖縄タイムス914日)

https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=132782 

 

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